孤物語   作:星乃椿

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今回はいつもよりちょっと長いです。
というか、あんまり納得はしてないです。書き方がくどくて申し訳ない限りです。なんかいろいろ矛盾がありそうだ・・・
そろそろシリアスな展開になっていくので読み直したほうがいい気がしてきた。


012

 通りすがりのおっさんが邪魔に入った途端、三人は示し合わせたかのかの如く、あっさりと撤退していった。字面だけ見るとなんとも拍子抜けのようだが、実際は不気味で気が抜けることなどなかった。

 

 忍野メメ。

 サイケデリックなアロハ服を着た、通りすがりのおっさんは、そう名乗った。“メメ”なんてそうはいない名前といい、アロハ服にぼさぼさの髪という浮浪者のような風貌といい、胡散臭い話し方といい、先ほど見せたバケモノ染みた身体能力といい、怪しいなんてもんじゃない。もはやこいつがあの三人の親玉と言われても素直に信じてしまうくらいに。

 

 もしかして、こいつは俺を油断させて殺すつもりなんじゃないのだろうか。

 命を助けれたこと自体には素直に感謝しているが、しかし、それが演技だという可能性も否定できない。むしろ、俺に取り入ってキスショットに辿り着こうとしていると考えるのが妥当なところだろう。

 

 何より、軽薄そうな見た目とは裏腹に人の裏を読もうとするあの目が気に入らない。

 

 「・・・忍野さん、助かりました」

 

 とりあえず、礼は言っておく。目的が何であれ、流石に礼くらいは言っておく。そこらへんはしっかりした男なのだ。「ありがとう」は言えないけれど。そんな爽やかじゃないです。

 

 「礼なんていいよ。きみが一人で勝手に助かっただけだよ」

 

 なんだこいつ。爽やかなセリフなのに全然爽やかじゃない。キザなセリフなのに野暮ったい。

 

 「そういえば君の名前を聞いていなかったね。僕だけ名乗るなんて不公平じゃない?」

 「きもちわる」

 「ひどいなぁ。ただ名前を聞いただけじゃないか。最近の若者は名前すら教えちゃくれないのかい?」

 

 見知らぬおっさんに名前を名乗る若者は滅多にいないと思う。というか、なにが悲しくておっさんにナンパまがいのセリフをいただかなくてはならないのか。

 だが、おっさんに“助けられた”という現状況下においては俺に拒否権はない。あの3人に介入して俺を助けた時点でこいつは俺の正体を知っている可能性が高い。“助ける”という行動は“自分に不利益にならないようにする防衛行動”であるからだ。つまり、こいつにとって俺は“利用価値がある”、もしくは“知り合い”と考えるのが妥当だろう。

 

 まず俺の利用価値について考えてみる。

 まず思いついたのは、このおっさんがあの3人と敵対関係にあるということ。俺に恩を売っておくことで戦力を増やそうとした。が、この可能性は低い。なぜなら俺は無残にも、無様にも、成す術もなくやられかけていた。この可能性が考えられるのは少年漫画の主人公だけである。

 次に考えたのは、吸血鬼としての力を手に入れるということ。正直これが一番あり得ると思っている。なにせこれだけの身体能力を得られるのだから。・・・あれ? このおっさん既に化け物染みてるから必要なくね?

 結論、俺に利用価値はない。なにそれ悲しい。

 

 そして、このおっさんが俺の知り合いであるか。答えは否。

 俺のデータベースにこんな浮浪者のようなおっさんは登録されていない。登録されてる人なんて両親と家族程度だが。

 可能性として考えられるのは、キスショットの知り合いであること。

 

 「キスショット」

 

 こいつがキスショットと何かしらの関係があるならば名前を聞いて多少は変化があると思っての言動である。見え見えのカマかけだがそこは勘弁してほしい。対人スキル0の俺に悟られずに聞きたいことを聞き出す高等技術は使えない。

 そんなど真ん中ストレートのボールは見事に功をなしたらしい。忍野は怪訝な目をしたかと思うと、すぐに表情を戻して言った。

 

 「それは君のご主人様の名前だろ? 君の名前を教えておくれよ」

 

 予想的中。こいつはどういうわけか俺と彼女の関係を知っている。俺の現状を知っている。

それと俺のような純日本人が“キスショット”というあり得ない名前を名乗ったことにはノータッチでお願いしたい。反応がなかったら新たな黒歴史の1ページに加えられることなのだから。最近俺の黒歴史刻まれすぎじゃない?

 

 「はは。そう警戒するなよ。何かいいことでもあったのかい?」

 

 いよいよ本名を名乗らざるを得ない雰囲気になってしまった。というよりしてしまった。

 正直こいつは信用できない。本名を名乗ったからって害があるわけではないが、できるだけ情報を教えたくはなかった。故に俺が取った行動といえば

 

 「引谷八幡」

 

 間違えて呼ばれていた苗字を使って中途半端な偽名を名乗ることだった。

 

 「引谷? 随分と珍しい苗字だね。それにしても引谷八幡かぁ・・・随分と面白い名前だね。八幡神(やはたのかみ)からとったのかな。吸血鬼が神様の名前なんて面白い偶然があったものだよね。流石はハートアンダーブレードの眷属ってところかな。はっはー。しっかし、あの連中は見境なかったよねえ。並みの神経してりゃ、結界も張らずにこんなところでことを起こそうとはしないもんだけど」

 「随分と博学なんだな」

 

 こんな軽薄そうな男が八幡神を知っているということもそうだが、それ以上に聞き捨てならないことを言った。

 偶然。吸血鬼が神様と同じ名前であることをこいつはそう言った。それと、「流石はハートアンダーブレードの眷属」だとも。

 つまりそれは、こいつは彼女を、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードをよく知っているということだ。

 

 「そう警戒するなよ、引谷くん。そんなに目を腐らなせなくてもいいのにさ。まるでどこかの詐欺師みたいだぜ。何かいいことでもあったのかい?」

 「うっせぇ。目は元々だ」

 

 こいつは読心術でもできるのだろうか。というか、いいことあったら目が腐るのかよ。

 

 忍野はアロハ服のポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。火をつける素振りは一切ない。ただタバコをを咥えているだけ。

果たして、嗜好品としての煙草の正しい楽しみ方であっているのであろうか。煙草なんて触ったことすらないけれど、火をつけないとただの紙で巻いた枯葉なのではないのだろうか。

 そんな俺の疑問を余所に忍野は続ける。

 

 「まあ、とりあえず帰ろうぜ、引谷くん」

 「は? 帰る?」

 

 どこに帰るというのだろうか。実はこいつただのホモなんじゃねーの? え、男と同棲とかごめん被るんだが。腐ったラブコメは他所でどうぞ。

 

 「はっはー、そんな意味じゃないよ。流石の僕も男と同衾なんかしたくなんかないさ。あの学習塾廃墟にだよ」

 「ああ、そっちか・・・って、なんで知ってんだよ!?」

 

 あそこはついさっきまでキスショットといた場所で、さっきまで俺がいたことは彼女しか知らないはずだ。もしかして、キスショットはやられてしまったのだろうか?

 

 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに、知っているのも当然だ。何せ、あの子にあの場所を教えたのは僕なんだからね」

 

 俺の思考を読んだ上に、さも当然の如く言い切った。おかげで大きな疑問が解消された。

 

 「じゃあ、俺を運んだのもお前か? ずっと不思議に思ってたんだよ。キスショットのあの体で俺のこと運ぶなんて無理だと思ってたからな」

 「さあ、どうだろうねえ。義を見てせざるは勇なりってね。あの子が随分と困っていたようだから手を貸してあげただけさ。それよりもさ。君は彼女のことをキスショットって呼ぶんだね」

 「・・・ダメなのか?」

 「いや、別に構わないさ。なにせ君はあの子の眷属なんだからね。ただ、彼女・・・ハートアンダーブレードは伝説の吸血鬼だからね。怪異殺し。いや、怪異の王、キングなんだぜ。いやクイーンかな。だからキスショットなんて呼べるやつなんてそういないだけなのさ」

 「あれ本当だったんだ・・・」

 

 幼女のような容姿のせいかもしれないが、“怪異の王”だなんてただの誇張かと思っていた。だがそうでもなかったらしい。本当の本当に王様、いやお姫様らしい。

 

 「それじゃあ、そろそろ行こうか。まだ3月だからね。アロハシャツだと割と寒いんだよね」

 「その前に何点か確信させてくれ」

 「なんだい?」

 「お前は俺とキスショットを退治に来たわけじゃないんだな?」

 

 口で確認しても意味がないとも思う。だが、これだけが現状確認できる唯一の手段でもある。

 あいつの眷属としてみすみす敵を連れていくわけにはいかないのだ。

 

 「もちろん違うよ。証拠はないけどね」

 「・・・わかった。それともう一つだけ。お前は一体何者なんだ?」

 「僕かい? あるときは謎の風来坊、あるときは謎の旅人、あるときは謎の放浪者、あるときは謎の吟遊詩人、あるときは謎の高等遊民」

 「は?」

 

 全くわけわからん。文面通りに受け取るとただのホームレスってことになる。あれ? キスショットもホームレスじゃん。そうなるとしばらく俺もホームレスなの?

 

 「あるときは女声の最低音域」

 「それはアルト」

 「あるときはある、ないときはない」

 「なぞなぞかよ」

 

 ねんてね、と。はぐらかすように肩をすくめて言った。

 

 「僕は、ただの通りすがりのおっさんだよ」

 「そんなわけがあるか」

 

 結局、話が一歩も進んでなかった。

 

 「で、本当は何なんだ? 話が進まねぇからちゃんと答えろ」

 「はっはー、せっかちだなあ引谷くんは。何かいいことでもあったのかい?」

 「うっせえ、いろいろと大変なんだよ」

 

 いつになく多い文字数を読む読者とか、進まなくて悩む作者とか。そういうメタい話を抜きにしても疲れるのだ。こいつと話すのが。

 そんな願いが通じたのか知らないが、忍野はまたも飄々としたまま、けれど、今度こそちゃんと答えた。

 

 「しょうがないなあ。僕は怪異のオーソリティだよ。つまり僕は妖怪全般の専門家ってところさ。安心していいよ。僕は別に吸血鬼退治の専門家ってわけじゃあない」

 

 専門家。プロフェッショナル。オーソリティ。ジェネラリスト。

 どうやら、俺を襲ってきたさっきの3人は吸血鬼専門にしているらしい。さしずめヴァンパイアハンターっていったところか。

 

 「怪異全般ってことは吸血鬼も入ってるんじゃないのか?」

 「はっはー、きみはよく話を聞いているね。これも気にしなくていいよ。僕はあの三人と違って、退治するのはあんまり得意じゃないんだ」

 「得意じゃないって・・・専門家なんだろ?」

 

 少なくともあの3人の攻撃を簡単に封じることができている時点で、能力的には十分退治できそうなものだが。

 

 「もう少し有体に言えと、好きじゃないんだよね」

 「じゃあ、何ができるんだ? まさか、知識があるだけってわけじゃないんだろ」

 「もちろん、そんなわけじゃないよ。僕の専門はバランスを取る事さ」

 

 続きは帰ってからにしようか。寒いからね。と。

 そう言って、笑いながら忍野は歩き始めた。整理のつかない情報を必死にまとめながらとりあえずついていくことにした。

 




ちなみに「引谷」という苗字は100世帯もいないらしいです。

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