まさかのお気に入り800超え。ありがとうございます。
なんと日間ランキング3位に入りました。重ね重ねありがとうございます。浮かれてたらすぐに圏外になりましたが。
そしてやっとhi-liteを咥えたあの男が登場。
一人夜の街へと繰り出した俺は吸血鬼としての身体を堪能していた。まず最初に実感したのは五感の鋭さ。廃墟では暗さを暗さと感じない程度だった視力だが、数km先まで見ることができる。それだけではない。ピントの調節能、動体視力が段違いだ。元々視力が悪いわけではなかったが感動を禁じ得ない。視力でここまで言えば他の五感がどれほど強力になっているのか想像がつくのではないだろうか。
そして身体能力。これは凄まじいの一言に尽きる。ひきこ・・・いや、自宅警備に勤しんでいる身では到底できそうにないアクロバティックな動きから人間離れした脚力。改めて自身の化物さに感嘆する。
これだけの身体能力を得た俺は調子に乗っていたと言わざるを得ない。映画やアニメのような動きを実際にできるとなれば誰だってそっちに気が向いてしまっても仕方ないだろう。何せこれだけの全能感。キスショットがあれだけ傲慢な性格であることも頷ける。
調子に乗って見逃してしまった。見誤ってしまった。失念していた。
「痛ぇ!!」
俺の跳躍は見えない壁にぶつかったかのように弾かれ見事に挫かれた。地面に叩きつけられた俺は自身の置かれている状況を思い出した。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが狙われていることを。俺がキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの唯一の眷属であることを。自分が退治されるべき化物であることを。一人ずつ退治に来る保証なんてないことを。
まさに誂えたような三叉道で件の三人と対峙していた。
まずは正面右側。ドラマツルギー。キスショットから右脚を奪い取った男。2mを裕に超え、伸び放題に伸びた髪をカチューシャでかきあげた、筋肉隆々の巨漢。
そんな大男が、厳しい表情で、口を真一文字に閉じたまま、波打つ大剣を二本ぶら提げて、睨みつけてくる。
そして正面左側。エピソード。キスショットから左脚を奪った男。ギロチンカッターとは対照的が細いが、しかし、幼い顔に似合わない、人を殺せそうな三白眼の男。
白ランを着たその男は、巨大な、およそ自分の3倍の大きさはあるであろう巨大な銀の十字架を片手で肩に背負って薄笑いを浮かべている。
そして。
後ろ。ギロチンカッター。雰囲気も風貌もいかにも穏やかな神父のような男。キスショットから両腕を奪った男。
そして、俺が最も危険だと感じた男。なにせ、こいつは武器もなにも持っていないにも関わらず、他の二人の倍キスショットの部品を奪っている。それだけではない。吸血鬼としての直観なのか、それとも今までの経験からか、こいつは一番
その男が、警戒心を感じさせない顔つきで、手には何も持たないままで、自然な歩調で近づいてくる。
ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター。
キスショットを追いつめた三人が、俺を中心に集まっていた。
俺に逃げ場はない。否、逃げることができない。なぜか身体が動かない。何かに縛られたように手足が動かないのだ。
まさに、袋の鼠だった。いや、罠にはまった獣か。
「あー?んだよ。超ウケる」
と。最初に口を開いたのはエピソードだった。俺の黒歴史のどこかで聞いたことがあるような、乱雑な口調。ホストのような見た目同様軽薄な口調だった。
「ハートアンダーブレードじゃねーじゃねーか。誰だコイツ?」
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」
エピソードの問いに、ドラマツルギーが厳格で、いかにもいかめしい口調で答える。外国語だろうか? 生憎、俺には何を言っているのか全く分からない。つーか、なんで日本語の質問に外国語で返すんだよ。日本語理解できてんなら日本語話してください。お願いします。
「いけませんよ、ドラマツルギーさん。現地の仕事では現地の言葉で。基本ですよ」
ギロチンカッターがそこを指摘してくれた。別に俺の為ってわけじゃないだろうけど、ありがたい。
「まあでも、確かにあなたの言う通りでしょうね。恐らくは、いえ、間違いなく、この少年はハートアンダーブレードさんの眷属でしょう」
「マジかよ・・・」
不機嫌そうにエピソードが呟く。
「あの吸血鬼は眷属を作らない主義なんじゃねーのかよ」
「昔、一人だけ造ったとお聞きしていますがね」
「●●●・・・、大方、私達に追い詰められ、やむを得ず、部下を作ったのだろう」
俺を挟んで3人の会話が続く。あれ?なんか既視感が・・・。思い出そうとすると鼻先が痛くなってきたからやめよう。
というか、こいつら俺の存在を認識していない。あくまで退治対象として見なしている。まるで人里に現れた熊のような扱い。
この状況どうすればいい。話し合っている今が逃げ出すチャンスであるのは確かだ。さっき体感した吸血鬼としての身体能力であれば逃げるのは恐らく容易い。だが、身体を動かすことができないとなってはそれは不可能だ。
だからといって、交渉できるとも思えない。なにせ彼らは俺を人間どころか生き物とすら思っていないだろうから。
どうにかやり過ごす算段も思い浮かばぬうちに、3人の意見は俺を退治することに纏まっていく。それどころか、俺を誰が退治するかということで盛り上がってやがる。
これは本当にまずい。
「お、おい!! ふざけんじゃねぇぞ!! 俺が何したってんだ!! なんで殺されなきゃなんねぇんだよ!!」
焦りからの叫びだった。確かに俺はもう人間じゃない。けれど、さっきまでそこらへんにいる高校生だったんだ。いきなり殺されそうになって、はい、そうですか。なんて、まして、かかってこい。なんて言えるわけがない。
けれどそんな言葉は、意味を持たなかった。
「ならば、いつも通りのやり方だ」
と、ドラマツルギーは言う。
「オッケ。早いもの勝ちってことだな」
と、エピソードが言う。
「いいでしょう。平等なる競争は互いのスキルアップに繋がりますからね」
と、ギロチンカッターも言った。
そして、三人は同時に俺へと飛び掛かってきた。
いくら動体視力が良いところで、いくら身体能力が優れていたところで、逃げ場のないこの状況でそんなものなんの役に立つ?
恐怖。
人生初の戦いは、競技なんて正々堂々としたものでも、喧嘩なんて生易しいものでもなく、化物として退治されることだった。それも3対1の袋小路で。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
未だかつてないほどの恐怖が俺の身体を支配していた。
「キスショ――――」
俺が恐怖のあまりにしたことといえば、目を固く閉じ、情けなく幼い主人の助けを乞おうと名前を叫ぶことだけだった。
だが、いつまで経っても、三人の攻撃が俺にされることはなかった。あまりの情けなさに呆れてしまったのだろうか?それとも情けをかけてくれたのだろうか。
いや、そんなことはありえない。
あいつらは俺を化物として見ていた。人間だなんて、それどころか、家畜とすら見ていなかった。
だしたら何故?
恐る恐る顔を起こす。
「・・・はっはー」
と。場に似つかわしくない、そんなお気楽な笑い声が聞こえてきた。
「こんな住宅街のど真ん中でさあ・・・結解も張らずに剣振り回して十字架叩きつけて物騒なこと言って、本当に、きみ達は元気良いなあ―」
ドラマツルギーの大剣を二本、右手の人差し指と中指、薬指と小指で、それぞれ白羽取りにし。エピソードの巨大な十字架を、右足の裏で何ということもなさそうに受け止めて。ギロチンカッターの俊敏な動きを、左手を突き出して、触れることなく制したのは―――
通りすがりのおっさんだった。・・・こいつの方が化物じゃねぇか。
そんな化物染みたおっさんは、左脚一本で立ったまま続ける。
「――何かいいことでもあったのかい?」