しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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ギャグを挟みづらい。


ウサの耳

 コツ、コツ、コツ、と硬質な音が玉座の間に響く。それは明らかに苛立ちを含む音色であり、玉座から数段下に侍る者達に緊張感を与えていた。

 

「…報告は以上か?」

「は……然様で御座います。更に詳細なものとなりますともう数日はかかるかと」

「セバスよ。お前はナザリック地下大墳墓が誇る階層守護者が洗脳されているというのに、更に数日間シャルティアをその汚辱に耐えさせよと、そう言ったのか?」

「…っ、失礼致しました。モモンガ様のお気持ちを察せぬこの身の蒙昧をどうか――」

「――よい、よいのだ。無理を言ったのは私だ……お前達に怒りをぶつける意味など無いというのに、な。アンデッドであるにも拘わらず怒りを制御も出来ぬとは情けない」

「そのようなことはございません! その怒りは、モモンガ様がシャルティア様に向ける慈愛あればこそ。私に怒りをぶつける事で御身の気を紛らわす事が出来るなら、それ以上の幸福はございません。全てはモモンガ様の御為に」

「…私には過ぎた僕だ、お前達は」

 

 守護者統括、階層守護者、戦闘メイド、ランドスチュワート、そして特例として宝物殿領域守護者と、ナザリック地下大墳墓の主たる者達がこの玉座の間に集っていた。各地に飛ばした斥候の報告をその場でセバスが代表してモモンガに伝え、ほとんど八つ当たりに近い辛辣な言葉を返される。頭を振ってすぐさまそれを詫びるモモンガに、しかし僕達はこの身で気が紛れるなら、と傅く。

 

 多少冷静になったモモンガが放った言葉に僕達は感動し、そして歓喜した。彼等の存在価値は至高の存在のためだけにあり、故に自身の価値を認められるような言葉を掛けられたならば、その賞賛はどんな麻薬よりも多幸感を齎してくれるものとなるからだ。

 

「…さて。ドラウから聞いた情報と、先の報告を踏まえてお前達はどう動くべきだと思う――デミウルゴス」

「は。法国が王国への襲撃を企てているというならば、それは恐らく『見せしめ』であるかと。時間を掛けずに国家を纏めあげるというならば、恐怖以外の選択肢はありえません」

「アルベド」

「標的はまず間違いなく貴族派でしょう。人類のためというお題目が真実であれば『見せしめ』と『粛清』と『示威』を効率よく行える手段ですわ」

「パンドラズ・アクター」

「なればこそ、そこに戦力を集中させる可能性が高く。かの国は己の立ち位置が背水の陣であることを理解しているのです。全てを万全にするには手遅れと考えているならば、ある程度は割り切っているのでしょう。『準備が整うまでは評議国に攻め込まれない』と。もはや王国を既に領地と考えてその準備――制圧と統治を同時に行う事もあるでしょう、我が主よ。詰まるところ、最高戦力の揃い踏みということで御座います」

「…ふむ、なるほどな」

 

 どう動くべきか、と問われたにも拘わらず三者の返答は法国の動き方についてのみであった。彼等も理解しているのだ。モモンガの問いは単なるポーズであり、他の守護者が円滑に理解するための振りに過ぎない、と。実際は本当に聞いているだけだが。

 

「戦力比はどう見る」

「ナザリックを完全に無防備にする訳にはいきません。しかしシャルティアの戦力を考えるならば守護者複数名が必要な事もまた事実。故に此処に招集された階層守護者以外はそのまま、そして特例として1~3階層についてはプレ『イ』アデスを配置致します。ウカノミタマをかの部屋から動かす許可をいただけますか?」

「許す。ただし配置は三階層限定だ。それ以外の低階層については召喚モンスターを配置する。プレイアデスならばそこから支援も可能であろう」

 

 戦闘メイド集団『プレアデス』 長姉『ユリ・アルファ』を筆頭に『六人』の姉妹からなる戦闘メイドだ。ナザリックに所属する以上、彼女たちは全て人間以外の種族で構成されているが――しかし彼女達が本来の人数『七人』姉妹に戻った時『プレアデス』は異形のみの構成から人間を含む集団へと変わる。その名は『プレイアデス』 戦闘メイドの末妹、ナザリック唯一と言ってもいい『人間』である彼女は普段ある物を守護するため、殆ど動くことはない。

 

 ある意味で宝物殿に収められた物よりも尊い宝を守るため、引きこもっているのだ。彼女が使役する『ウカノミタマ』は物理特化型の高レベルモンスターであり、『プレイアデス』からの支援を受けたならば一階層の護衛は十分に務まるといえよう。

 姉妹総出で『ウカノミタマ』の――つまりオカッパ狐っ娘の支援をする姿は、ペロロンチーノ垂涎の一幕であろうことは想像に難くない。

 

「――シャルティアについては私が相手をする。何人たりとも手出しは許さん」

「っ!? いけません! たとえ至高の御方であろうとも、シャルティアと戦えば万が一が御座います! 恐れながら申し上げますと、彼女とモモンガ様の相性は最悪です。何卒ご自愛くださ――」

「デミウルゴス」

「…っ!」

「シャルティアは、『私が』、相手をする……よいな」

 

 感情を読み取る、というのはどういうことを指すのだろうか。表情を見る――これが一番手っ取り早い方法だろう。喜怒哀楽は一番そこに出やすく、どれだけ演技が上手かろうがその本心の欠片すら覗わせないというのは難しい。しかし、モモンガの頭部は骸骨であるが故に、その内心を容易には推し量れない。

 

 瞳を覗く――目は口ほどにものを言う、と格言にもあるように瞳を見ればその内心を見透かすこともできるだろう。訓練を積んだ人間ならば、対象がどのような精神状態かすら見抜くこともできると言われている。しかしそれも前述したように、モモンガには当てはまらない。

 

 ならば此処に集まる全ての僕が、主の怒りに恐怖しているのは何故なのか。答えは単純明快、とどのつまり『声質』によるものだろう。モモンガの短い宣言には、万感の思いと底すら見えぬ怒りが渦を巻いていたのだ。

 

 絶対者、君臨者、暴君、覇者、どのような言葉を用いても陳腐に聞こえてしまう程の雰囲気を彼は纏っていた。僕として至高の存在を危険に晒すことは絶対に許されない。しかし、しかしだ。僕として主の厳命を無視することは『許されない』を通り越して『有り得て』はいけないことだ。

 

「お前達ならやりかねん故に厳命しておく。私の命令を無視してシャルティアを相手取り、その後命令違反の咎で自害することは許さん。死は何よりも裏切りであると知れ」

 

 主の厳命と主の安全。ナザリックの僕達がどちらを上に置くかは、実のところ個々によって違いがある。主が覚悟を持って挑むと、自分以外がそれを為すことを許さないというならばそれを酌んで命令を遵守するもの――此処に集まっている者で挙げるならば『パンドラズ・アクター』『コキュートス』『アルベド』『ルプスレギナ・ベータ』『シズ・デルタ』などだろうか。

 

 反して『セバス・チャン』『デミウルゴス』『アウラ・ベラ・フィオーラ』『マーレ・ベロ・フィオーレ』『ユリ・アルファ』『ナーベラル・ガンマ』『ソリュシャン・イプシロン』『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』などは命に背いてでも主の安全を優先するだろう。

 

 もちろんその時その場所の状況にもよるものではある。主の厳命ならばと身を引きつつも、目の前で窮地を見てしまったならば体が勝手に動いてしまったというものや、その逆もまた然り。しかしアルベドを筆頭に、人それぞれ理由とやり方は違えど主を大切に思う気持ちだけは確かなものだ。

 

 『優しい嘘』などという言葉があるが、嘘をつくもつかざるもそれには優しさが籠っている。彼等もそれと同じで、忠誠の捧げ方が各々違っているだけのことなのだ。

 

「パンドラズ・アクターよ」

「はっ!」

「宝物殿のワールドアイテムを解放する。王都に出向く者には余さず行き渡らせよ」

「仰せのままに」

「アルベド」

「はい、モモンガ様」

「デミウルゴス」

「此処に」

「コキュートス」

「ハッ!」

 

 玉座に座るモモンガがゆらりと立ち上がる。平伏す僕を見渡し、厳かに、そして力の籠った声で王都へ出向く者に声をかけていく。

 

「アウラ」

「はいっ!」

「マーレ」

「は、はい…」

「セバス」

「はっ」

 

 敵はいずれも世界有数の強者であり、シャルティアが洗脳された事実からワールドアイテムの存在すら可能性として推測出来る。故に少数精鋭での出向と決められた。ナザリックは手薄になれど、それでも層は十分に厚い。特に3階層から上へ常駐している者も、今回特別に配置している者も一筋縄ではいかない猛者ばかりだ。

 

 それに、モモンガはそれ程長くナザリックを離れる気など一切ない。何故ならば――

 

「The goal of all life is death(あらゆる生あるものの目指すところは死である) …だが私は奴らに死を与えるつもりなどない」

 

 死は救いだ。逃れ得ぬものであり、しかし安らかに終えるため準備を尽くす終着点。けれど死の支配者は言い放つ。

 

「ナザリックに敵する者は死こそ相応しい。彼らは等しく勇者であり、我々はそれを称え、死を与える事に全力を尽くさねばならぬ。しかし、だ」

 

 一拍置いてモモンガは片手を握り締め、掲げた。

 

「ナザリックを汚す者には、死すら生温い…! 救いなど与えぬ。慈悲など有り得ん。その体の一片までも後悔で埋め尽くし、煉獄を永久に漂うがいい!」

 

 墳墓の主が憎悪を立ち昇らせ、それに呼応するように僕が一斉に立ち上がる。決戦の時は近い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…急転直下とはこのことか」

「まさに。数日と経たず帰還することになろうとは思いもしませんでしたぞ」

「それはそれでどうなんだ……いや、それよりまずはどう行動すべきかだな。指針となるものが一切無いのは判断に困る。敵対は有り得んが、しかし評議国を相手どるのもできればしたくない」

「蝙蝠の如く立ち回ると?」

「ふん……どうしたものか。法国は種族間の生存戦争と言っているが、評議国がどう認識しているかが問題だ。彼らが法国のみを敵視するなら、我々は静観したいところだな。そうなれば法国がこちらに手を出す余裕もないだろう?」

「しかし評議国がそうでないならばその後は知れていますな。法国が勝っても遺恨が残る。何より先ほどの使者の、傲慢とも言える一言……あれは恐らく真実でしょう」

「ああ、その通りだ。その通りだとも。とるべき道は既に決められているのだろう。しかし帝国皇帝として軽々に判断を下すことなどできん」

 

 脅し以外のなにものでもない法国から来た使者の言葉。それは間違っても帝国の皇帝であるジルクニフに向かって放つ言葉ではなかったが、しかし真に迫る力強さがあった。嘘偽りない、真実のみが持つ鋭さが。

 

『我々は長きに渡り人類の生存圏を守ってきた。人類同士の戦争などという『遊び』を続けてこれたのは誰の御蔭か。我々が滅べばどのみち人類が亜人に飲み込まれるのは時間の問題である。竜王国の現状も、トブの大森林の間引きも、人類の生存圏の中でも尚蔓延る亜人の脅威も、全てを我々が背負ってきた。皇帝という地位にあってなおそれを無視し続けたつけは、清算するべき義務でもある。現実を見据えているのが、亜人の脅威に晒される人界境の弱小国だけというのは皮肉でしかないな。王国も帝国も――そうだ、お前達は責任を取るべきだろう』

 

 にべもなく言い放ったその文句を聞いて、周囲の者は色めきだった。法国はこれまで傍観者であったのだ。ドワーフの国との取引には目を光らせたりもしていたが、基本的には不干渉を常としていた。それが一転この傲岸不遜な物言いだ。当然その無礼のつけは払わせて然るべきだと、四騎士達も立ち上がった。

 

 しかしジルクニフは、当然のことながら彼らを止めた。そもそもフールーダが戻ってきている時点でシャルティア・ブラッドフォールンの身柄が奪われたことは真実に間違いないのだ。それに近い実力者も複数名を擁しているとなれば敵対は有り得ない。

 

 結果的には『答えは王国の末路を見た後で聞こう』と言い残して、足早に去っていった使者をただ見送る事しかできなかったのだ。

 

「王国……王都か。兎にも角にもお手並み拝見とすればいいのか? もうこれ以上何が出てきても驚かんな」

 

 割とすぐ後にその言葉を撤回する羽目になるとは、皇帝も思わなかっただろう。いずれにしても各国の視線は、王都に集中していくだろう。惨劇が起こるのは間違いないが、その対象となると――神のみぞ知る、と言ったところだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 法国から王国への宣戦布告――否、正しくは降伏勧告がなされてから幾ばくか経った。王都は、王都の政に携わる者は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。これまで傍観を貫いてきたかの国が今更何故、と。指揮系統は乱れ、誰も彼もが身の振り方に頭を悩ませている惨状が出来上がっていた。

 

 それもその筈、普通は宣戦布告から戦闘開始など日を置くのが当然である。むしろいくら謎に包まれた法国とはいえ、兵糧から兵士の動員に至る戦闘の準備すら察知できない訳はないのだから、この状況は青天の霹靂としか言いようがないものだったのだろう。戦闘の用意を慌ただしく始めるものや、そもそも戦闘が始まることにすら懐疑的な者もかなり居る有様だ。

 

「…酷い有様だな」

「ドラウディロン様が仰っていた事から推測するに、王国の最大戦力でも精々ユグドラシル換算でレベル30前後とのこと。彼我の戦力差をどれだけ認識しているかは知りませんが、そもそも勝負にすらならないのではないかと思われます」

「奴等が王国を制圧した後、疲弊したところを急襲する戦略はとれなさそうか」

「MPの消費を考えればあながち無駄とも言いきれません。とはいえ相手方の構成次第ではございます。シャルティアを例に考えるなら、彼女が王国を占領するとして魔法を使用する必要があるかと言えば――否定せざるを得ません」

「滅亡ではなく支配を目指しているなら、広域破壊の必要もないか…」

 

 モモンガ、それに守護者が王城の慌ただしさを感じ取りその滑稽さに嘆息する。まがりなりにも『国』という形をとっているというのに、これでは烏合の衆としか言いようがないではないか、と。嘲笑というよりも呆れが先にくる程の為体ぶりだ。

 

 彼らが王城の狂騒を見ている場所――それは大胆不敵にも王城内部の一室であった。何故、というならばそれは法国の戦力が集まる場であるからと答えるしかない。王国が法国の動きに気付かなかった理由を考えれば、それは自明の理だろう。すなわち少数精鋭でもって侵略し、端から頂点以外を狙う気がないと公言しているようなものなのだから。

 

「さて、時間のなさ故に随分と慎重さを排したと思ったのだが……ここまで気付かれないというのもどうなんだ。情報系の魔法への対策も、探知、感知に至るまで随分とお粗末ではないか」

 

 マジックアイテムを駆使したとはいえ、あまり必要ですらなかったのではないかという警備のお粗末さ。いくら騒動の只中とはいえもう少し警戒しろよ、とモモンガは更にもう一つため息をついた。仮にもここは王族の住まう区域なのだ。厳重であって然るべきだろうと、警戒し過ぎた自分が逆に恥ずかしいなとモモンガは肩を竦める。

 

「この後に及んで派閥同士で争う愚か者共ですもの、それも当然で御座いますわ」

「腐リハテテイルトハ聞イテハイタガココマデトハナ」

「竜王国とはえらい違いだよねー。あっちは冒険者に至るまで団結してたのに」

「ぼ、冒険者…」

 

 冒険者という単語を聞いてブルリとマーレが体を震わせる。それもこれも竜王国筆頭のアダマンタイト冒険者であるロリコンのせいだ。しつこく言い寄られる、とまではいかないが事あるごとに随分とモーションをかけてきたロリコンアダマンタイト。姉であるアウラがわざとある一定のところまで自由にさせていたのは、ロリコンに『行けんじゃね!?』と思わせるところまで思わせて最後に『残念、男の娘でした~』という悪戯をやりたかったからだ。

 

 しかしアウラにも想像の埒外であったのだ。『アリだぁぁ!!』などと言ってロリコンが更なる境地へ覚醒することなど。結果的にマーレにトラウマが刻まれることになったのは、やはりアダマンタイト冒険者の面目躍如である。

 

「やはり王都ごと滅ぼしてしまわれた方がよろしいのではないでしょうか、モモンガ様。下等生物に相応しい末路でございますわ」

「…絶望に相応しいのは、あくまで首謀者のみだ。この戦いで王都がどうなろうと知ったことではないが、人間を下等生物と侮るのはやめよ。ドラウは我が友であるし、それでなくとも今はプレイアデスが動いているのだ」

 

 ドラウの名が出たところで少し顔を顰めたアルベドであったが、主の判断に異を唱えるわけもなく、恭しく頭を垂れた。王城の一室に潜んでいる――というよりかは占領して寛いでいるような状態の彼等だが、警戒は怠っていない。もちろん王城の人間ではなく法国の動きを気にしているだけだが。

 

 隠密に長けた僕を十数匹ほど城に解き放ち、異変を察知できるように努めているのだ。ついでに何か目新しい情報が入ればと、連絡を密にしているのだが……ちょうど今、モモンガにそれが届いたようだ。

 

「――そうか。ご苦労、そのまま待機せよ」

 

 僕の一匹から『第三王女の部屋でシャルティアの名が出た』との報告が出た。そこまで有用な情報が聞けるとは思わないが、籠りっぱなしの状況に飽きていたことも手伝ってモモンガは自身がそこに赴くことを決めた。察知能力の高い存在が居ると聞き、スクロールとアイテムを使用して存在を限りなく隠してモモンガは部屋を出る。

 

 当然守護者達がそれを黙って見ている筈もなく、睨みあいと牽制が行きかいつつ半数がモモンガについていくこととなった。とはいえ余りにも隠密に向いていないコキュートス、そしてパンドラズ・アクターは最初から除け者にされていたが。正直TPOを一番弁えることができるのはパンドラズ・アクターなのだが、普段の言動とリアクションがアレなので説得力がなかった。

 

 結局アウラ、アルベド、マーレの三人がついていくこととなったのは、やはり女は強しということなのだろう。

 

 多少警戒しつつも、スタスタと身を隠す素振りもなく歩いていく四人。全員がそういったスキルを持っているわけではないが、高位アイテムを使用しての隠密を見破る人物も、そしてアイテムも王国に存在しないという証明だろう。程なくして目的の部屋の前に到着したモモンガ達は、四人の女性と一人の不審人物……そして一人の屈強な男性の合計六人による諍いに耳を傾ける。

 

「正気ですか? 戦力比など貴方達が一番把握していると言ってもいいでしょうに。伏して待ち頭を垂れるか、逃げ出すかが正しい選択です。クレマンティーヌ様の行動が一番正しいと思うのだけれど」

「…そうね。馬鹿なことをしている自覚はあるわ。……でも! 少しの間でも、仮ではあっても、私は仲間を見捨てない」

「別に正面切って戦うってわけじゃねえんだ。シャルティアを操ってる奴自体は強くなさそうだったんだろ? ならそいつだけをぶっ飛ばすことに全力を注げばいい話っつーこった」

「本気で言っていますか? 向こうからすればそれだけはさせないと警戒しているのは当然です。そもそも操者がここに来るかどうかも保証がありません」

 

 イビルアイが帰還した際に語られた事実。全員が驚愕し、そして耳を疑った。とはいえ王国戦士長から王に齎された情報と同じものではあったし、そもそもイビルアイが嘘をつく理由もない。どうするべきかと皆が判断に迷っているうちに、法国からの宣戦布告が宣言された。

 

 しかしラナーは持ち前の頭脳から、そこまでひどい状況にならないだろうと踏んでいた。大勢で攻めてくるという情報が無い以上は、狙いが上層部のすげ替えであることはほぼ間違いない。そしてイビルアイ、戦士長が見逃された事実からして有能な人物は内に入れる方針であることも推測できる。恐らく貴族派の粛清だけで事が終わるだろうと予測しているのだ。

 

 だが『蒼の薔薇』はその侵略に対して服従することをよしとしなかったのだ。とは言っても徹底的な抗戦を選択したわけでもない。正面からぶつかれば勝ちの目など一ミリすらないことは彼女達も理解している故に、目指すのはシャルティアとツアーの解放だ。どのみち蜘蛛の糸よりも細い希望に縋っているようなものだが、しかし『蒼の薔薇』は仲間を見捨てない。

 特にイビルアイにとっては古い仲間と新しい仲間の両方を洗脳されているのだ。退くことなど出来はしない。

 

「…私はシャルティアがナザリック地下大墳墓を見つけるまで手伝うと約束したんだ。はっきり言って善良とは程遠いアイツが、これまで王都で問題を起こしていないのは私との約束があるからだ……と、思う。驕りでも自惚れでもなく、シャルティアは私を……私達をある程度は信頼してくれていたと思う。ならば信頼で返すのは当然だろう? 何よりアイツは……アイツは、私を『友達』と言ってくれたんだ――見捨てるなどという選択肢は有り得ん」

「助け出したらどんなご褒美が待ってるんだろう……ゴクリ」

「ティア、雰囲気をぶち壊さないでくれ」

 

 王女の前に対立するように立つ彼女達。いや、実際に意見は食い違っているのだから対立といってもいいだろう。ラナーはその明晰な頭脳をフル回転させてどう立ち回るべきかを検討する。現状はほぼ詰みだ。自分が蒼の薔薇に味方しても精々コンマ数%の成功率がいいところだろう。そもそも不確定要素が多すぎる上に成功したとしても評議国がどうでるかが不明なのだ。

 

 イビルアイがツアーと仲間だったと言っても、なあなあで済ませるには限度というものがある。竜王が人間に操られる屈辱はそれを下回るのか? 仮に下回ったとして国の面子を優先しない保証は? 危険が過ぎるということでどのみち戦争になる恐れもある。

 

 諸々の事情込みで暫し思考に耽り、彼女が出した答えは――

 

「…解りました。私も協力致しましょう。導を示せと言ったシャルティアさんに、私はまだなにも提示できていない。強さだけでは限度があると申し上げた責任は取るべきですね。頭脳だけでどこまでやれるかは解りませんが」

「ラナー!」

「よっしゃ、お前さんが味方についてくれりゃ百人力だぜ!」

「…すまんな」

「…恋の奴隷ライバル?」

「どうでもいいけど私の存在が薄い。抗議したい」

 

 答えは『取り敢えず』協力する、だ。なんだかんだ言っても『蒼の薔薇』と自分が抗戦したとして、ある程度のところまでは懐柔策を優先する筈だとラナーは判断したのだ。特に自分に関してはよほどの事がない限り殺害という手段は取らないと彼女は確信している。

 

 なにしろ国民の受けがいい上に、王族の血筋だ。法国が侵略した後の事を考えたならば――皮肉なことに法国の政策は間違いなく国民の生活を向上させるだろう。法国側もそう判断しているだろうし、ならば国民に愛されているラナーを殺害するのは外聞が悪い。そして貴族派を粛清するのだから王族派の反感を買う必要性も薄い。

 

 ならば万が一の成功を考えて、蒼の薔薇に協力するのは悪くない選択だろう。シャルティアがあまり自分の事を信用していないのは、ラナーにとって容易く見て取れていた。だがもしその作戦が成功して我に返ったシャルティアが、危険を省みず法国に相対した王女の話を耳にすればどうだ。

 

 なによりも得難いシャルティアの『信頼』を得られる可能性があるのだ。デメリットは薄く、メリットは限りなく大きい。故にラナーのこの答えは必然であった。

 

「あ、お父様には内緒にしてくださいね。王族派が抗戦すると捉えられては目標が逆転しかねない……まあ、まずないとは思いますけど」

「ええ、解ってる」

 

 ラナーの協力を得られた『蒼の薔薇』はひとまず胸を撫でおろし、しかしすぐにきたる襲来を考えて気を引き締める。

 

「それにしても……クレマンティーヌ様が居てくださったなら成功率はそれなりに上がる筈なのですが…」

「仕方ないだろう。そもそもシャルティアに無理やり連れまわされていたようなものだ。何より法国からの追っ手を撒くためにここまできていたのだから、むしろ逃げて当然だろう」

「ちょっと、人聞きが悪いわよイビルアイ。あの子は逃げてない……と、思う」

「何? だが私の話を聞いてすぐに姿を消したじゃないか」

「うーん……その、なんていうか…。逃げるような雰囲気じゃなかったというか、えーと…」

「なんか百面相してた」

「うん、そうそう。まじかよ……みたいな顔になって、逃げようかな……って顔になって、その後に待てよ……みたいな顔になって、最後に凄くいやらしい笑顔になってた。で、ちょっと帝国に行ってくるって凄い勢いで出ていったのよ」

「帝国…? フールーダか? いや、しかしそうだとしても…」

 

 

 ぶつぶつと考え込むイビルアイだが、なんにしても帝国へ行ったならばすぐに帰ってくる訳がない。クレマンティーヌの異常な速度を加味し、帰りがフールーダによる転移だとしてももう暫くは帰ってこないだろう。作戦に組み込むことはできないと考えた。

 

「いよっし! とにかくシャルティアの奪還作戦を考えなくちゃね! 誰か良い案はないかしら?」

 

 空元気を出してラキュースが皆に問う。まあどのみちラナーの考えに頼ることになるだろうとは思っているが、明るい雰囲気を出すための気遣いだ。それに天才だからこそ考え付かない妙案が出る可能性もなくはないだろう。

 

「ああ、あるぞ。お前達が協力するのならば、だが」

「へっ? 誰――――うぎゃあぁ!? 骨ぇ!?」

 

 逆に、凡才であっても考え付く案が出ることも。

 

「――全面戦争だ」

 




イビルアイ「友達と言ってくれた(言わせた)んだ…!」



本当に今更Twitterとやらを初めてみた。1時間ほど弄った。飽きた。

なるほど、これリア充専用アプリね。おけおけ

誰か僕を見つけてくれぇ…(ベルトルト感)

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