しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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恋心ではありませんよ、変心です。


あるしぇちゃんの変心

 帝都アーウィンタール。この街を拠点にしているワーカー『フォーサイト』のリーダー、ヘッケラン・ターマイトは現在頭を悩ましていた。それは数日前に一緒に呑んだきり、一向に姿を見せないアルシェに関してだ。パーティ全員が可愛い妹分のようにも思っており、仲間としても絶大な信頼を寄せているアルシェ。第三位階の魔法まで扱える優秀なマジックキャスターであり、状況判断にも優れた必要不可欠な仲間だ。ワーカー暗黙の了解として私生活を詮索するような真似はしていないが、それでも極端な節約志向や装備の新調をしていない様子を見ると何かしらお金に困っているだろうことはよく解る。

 

 稼ぎの内ある程度の金額を装備に回すことは冒険者やワーカーにとって当然の事であり、充分に稼いでいながらいつまでも装備を新調しないような輩は、いずれパーティから爪弾きにされるのは当然のことである。それでも可愛い妹分で大事な仲間だからこそ『フォーサイト』の面々は、アルシェがいつまでも同じ装備であることに触れなかった。

 

 アルシェ本人がそれを一番恥じていて、罪悪感に押し潰されそうなことを知っているからこそだ。きっと何か事情があるのだろうと、彼らは何も聞かずに見守っていた。もしどうしようもなくなって金銭に関して頼ってきたならば、無利子無期限無催促で貸してもいいと思えるほどに、『フォーサイト』のメンバーはお互いを思いやっているのだ。普通のパーティ――それもワーカーなどという職業に就いているならば金に関してのトラブルなど日常茶飯事であり、そんな関係がどれほど尊いことかよく解るだろう。

 

 そんな関係だからこそヘッケランは――いや、イミーナもロバーデイクも、全員が彼女を心配しているのだ。もしや借金がどうにもならず身を売ってしまったか、それに類することを強制させられているのでは、と。まあミスリル級となんら遜色のないワーカー、それと同額を稼ぐ娼婦などまず存在しないためそこに関してはあまり心配はしていない。借金取りが居たとしても、そんな馬鹿でも解る損得を勘定しない訳はないだろう。けれど、何かしらのゴタゴタは起きているのだろうことは間違いない。少なくともこれほど長くなんの連絡もないことなど、今までなかったことなのだから。

 

「…やっぱ探しに行くべきか?」

「うーん……あの子のことだから、抜けるにしてもなんにしても報告くらいはする筈でしょう? 私達がそれを受け入れるかどうかは別にして、やっぱり何の報せもないのは異常だわ。嫌がられるかもしれないけど少し探ってみるべきだと思う」

「同意見です。何も言わずに去ってしまうほど、我々の関係は薄くない――少なくとも私達はそう思っていますからね。なにかあったと見なして動く方が、きっと後悔しませんよ」

 

 そう意見が一致した彼等は、凄腕のワーカーとしての能力を十分に発揮すべく行動を始める。冒険者と違い、依頼者と直接やりとりをするワーカーはその性質上、依頼の裏を探る能力も求められる。でなければ早々に屍を晒すことになるだろうし、そもそもワーカーに頼むような案件は冒険者組合に頼れないと公言しているようなものなのだから、危険が付き纏うのも当たり前だ。

 

 それでもその中からできる限り取捨選択をしてきたからこそ『フォーサイト』は今まで生き抜いてきたのだ。そんな彼等が本気になれば、一人の少女の足跡を探ることなど容易い。まずはアルシェと最後まで呑んでいたシャルティア・ブラッドフォールン、そしてクレマンティーヌに話を聞こうという意見がたった。

 

「時間が合わないせいか、ここで会ったのはあの一度きりだけど……今の時間なら闘技場かしら」

「そうでしょうね。お酒の席では随分仲良くなっていたみたいですし、もしかしたら協力を仰げるかもしれません」

「そうなれば心強いな……噂が話半分だとしても相当なもんだ。あの武王を子供扱いだろ? 前に俺が戦った時より弱くなってるってこともないだろうし」

「ですね。暴力が必要な事態というのはあってほしくありませんが…」

 

 善は急げとばかりに立ち上がる彼等。奥まっていた場所で話していたため、いくつかのテーブルを横目に外に向かい始めた。昼日中だというのに管を巻いている客達の横を通り過ぎていく。

 

 酒瓶を顔の横に、寝かけている爺――ちびちびと安酒とつまみを口に入れ続けている小太りの男――公衆の場所だというのに、武器の手入れをしている戦士――パンツ丸見えで寝こけているクレマンティーヌ―― 

 

「って居たっ!?」

「な、なんて恰好で寝てるのかしら…」

「こういうのもなんですが、女性としてどうなんですかこれは」

 

 そこには酔いつぶれてそのまま寝てしまったとおぼしきクレマンティーヌが、ぐうぐうと寝息をたてていたのだ。ミニスカートで長椅子に寝転んでいるため、女性にあるまじき寝姿である。色々と見えてはいけない部分が丸出しで、よくよく見れば先ほどの小太り男や戦士は、彼女の下着が良く見える位置に陣取っているのだった。つまみを口に運びちらちら。武器を磨きつつちらちら。まあ男ならしょうがないとはいえ、イミーナの極寒の視線に気が付かないのは少々そちらに意識を割き過ぎである。

 

「と、とにかく起こすか。おーい、クレマンティーヌさん? 少し聞きたいことがあるんだが…」

「んー……クソ兄貴ィ……殺す…」

「寝言……ふうん、お兄さんが居るんだ。ふふ、憎まれ口を叩くほど仲が良いってことかしら」

 

 残念ながらガチの方の『殺す』である。照れ隠しなどでは絶対に無い。それはさておいて、ゆさゆさと揺さぶられたクレマンティーヌは気怠そうに上半身を起こして自分を目覚めさせた連中を見つめる。同時に彼女に突き刺さっていた視線が、残念そうな色を含みつつ薄れていった。

 

「ん――くー……っあたま痛ぁー。ん……あれ、誰だっけ」

「『フォーサイト』のヘッケランだ。すまんな、気持ちよく寝ているところ」

「お詫びと言ってはなんですが…」

 

 そう言ってロバーデイクは、二日酔いで頭を押さえているクレマンティーヌに回復魔法をかける。一応二日酔いもバッドステータスに分類されているため、魔法で無理やり抑え込むこともできるのだ。とはいえ、こんなことでホイホイ一般人に使用していてはロバーデイクが『行方不明』になる可能性もあるだろうが。そこに教会が絡んでいるかどうかは誰も知らない、けれど公然の秘密である。

 

「あー効く効くー……で、どしたの? 揃いも揃って神妙な顔つきで」

「ああ、突然で悪いんだが、アルシェのことを知らないか? ここ数日連絡がなくてな。今までそういうことはなかったから少し心配なんだ」

「ああ、あの子ならうちのお嬢と一緒だけど」

「お嬢……ってシャルティアの嬢ちゃんか? なんでまた…」

「それならそうで連絡くらいしてもよさそうなものだけど…」

 

 自分達が考えていた悪い予想が外れ、ほっとする面々。しかしそうだとしても、連絡を入れない理由にはならないだろうと首を捻る。まさかパーティを放っておいて二人で遊び呆けているわけでもあるまいし、いったい何をしているのかと再度クレマンティーヌに問いかけた。

 

「私もよく解んない。なんかあの子がお嬢に貢がせてたみたいだけど? すごいよねー、白金貨百枚って」

「…すまん、もう一回言ってもらっていいか? 少し耳が詰まってたみたいだ」

「お嬢が気に入ったのかなんか知んないけど、あの子の借金かなんかを返すとかどうとかでお金稼ぐって張り切っててさー。よっぽどあの子との一晩が良かったってことじゃない?」

「…すまん、耳じゃなくて頭が少し変になってるみたいだ。もう一度だけいいか?」

「だから一晩(自主規制)やって(自主規制)が(自主規制)の(自主規制)じゃないの? どっちにしてもお嬢からお金引っ張るとか、パないわー」

 

 三回目のクレマンティーヌの言葉を聞いたヘッケランは、それが聞き間違いではないと仲間に確認したあと、横の机に頭をガンガンとぶつけだした。まあ気持ちは解る。

 

「えー……と……その? 無理やり、とかじゃないのよ……ね? あの子がそんな趣味だったなんて聞いたことない、けど」

「そうですよ、それに男の影だって今までまったく……あ、いえ、だからシャルティアお嬢さんなのでしょうか…?」

「さあ。でもほら、お嬢に抱き着いてた時(誇張)とか真っ赤だったし(誇張)満更でもないんじゃない? むしろどっちが被害者かってーとさ、馬鹿みたいな金額貢いだお嬢じゃないの?」

「…でもあの子が赤の他人に貢がせるのも、そもそも知り合ったばかりの同性に体を許すのも信じられない。だいたいそういう趣味だったって言われても、こんなに一緒にいて私が気付かないのよ? そんな視線一度だって感じたことないわ」

 

 信頼している仲間が女にお金を貢がせる百合悪女だったなどという話は、到底受け入れられるわけがない。そもそもして、身持ちが固そうなアルシェだ。その上そんな百合百合しい気配などイミーナは微塵も感じたことが無いのだから、否定の言葉が出るのも当たり前といえば当たり前だろう。しかしそんな彼女に、横合いから無言の――しかしはっきりとした憐憫の視線が向けられる。それは誰あろう、彼女の恋人であるヘッケランだ。

 

「…」

「何? ヘッケラン」

「いや、なんでもなグワァーーッ!?」

「ねえ、私の胸を見て何が言いたいの? ねえ?」

 

 ヘッケランの視線の先には、ハーフエルフであるが故の慎ましい貧乳があった。すなわち、これからも成長することがないであろうその平原には、アルシェも食指を動かさなかったのではないか――つまりシャルティアの美貌は言うまでもないが、その小さな体に似合わぬ巨大な双丘にも惹かれたのではないかと……イミーナのちっぱいには興味がなかったのではないかと、ヘッケランは瞳で語っていたのだ。

 

「まーた始まった……リバーサイドだっけ? あんたも大変だねー」

「ロバーデイクです。どうやったらそんな間違え方になるんでしょうか」

 

 ぎゃいのぎゃいのと言い合いをする二人に――言い合いというには一方的だが――クレマンティーヌは呆れかえる。というかお嬢のあれは盛ってるだけだよ……などとは口に出さない。どこかでそれが彼女の耳に入れば、どうなるかなど解ったものではないのだから。

 

「まあとにかく、お嬢と今一緒に居るわけだから心配はいらないでしょ。むしろ世界で一番安全な場所かもねー」

 

 彼女を不機嫌にさせなければ、の話ではあるが。まあアルシェは気に入られているようだったので、その言葉に間違いはないだろうとクレマンティーヌはグラスに余っていた酒を呷る。そして、そうこうしている内に喧嘩を終えたイミーナとヘッケランはクレマンティーヌがついている席と同じテーブルに座り、店員に酒を注文し始めた。

 

「…とにかくだ! アルシェの悩みの一つが解決したのなら祝福すべきだな! クレマンティーヌさん、アルシェの仲間としてお礼を言わせてくれ」

「さん付けキモいからやめてくんない?」

「私からも、ありがとうね。シャルティアさんにもお礼を言わなくちゃ…」

「んー、私には関係ない話だけど。そもそも私が付き添った意味が不明すぎたし? 楽しかったっちゃー楽しかったけどねー」

「それでもです。仲間の受けた恩は私達が受けた恩も同然、この借りはいつかかならず返しますよ。貴女達ほどに強い方々のお役に立てるかは解りませんが」

「…ま、そっちが思う分には勝手にすれば? ただお嬢にそれ言うとたぶん下僕にされるけど」

 

 自分の体験談をしみじみと思い返すクレマンティーヌ。イビルアイが言うには、シャルティアの『貸し』とはそういうことになっているのだそうだ。その間違った価値観が誰のせいかというとイビルアイのせいなのだが、それを言うとシャルティアに怒られそうなので彼女はお口にチャックをしている。

 

 そんな感じでため息をつくクレマンティーヌに、ヘッケランが何故俺だけ辛辣な返しなんだ……とぼやいているが、誰も気に留めなかった。ちなみにクレマンティーヌの言う『楽しかった』とは『八本指』の末路に関してである。特に自分とも何とか張り合えるであろうゼロが、最終的に巨乳を目指す組織のリーダーになった時は腹筋が崩壊したのかと思う程であったと、クレマンティーヌは記憶を反芻しつつ口角がにやけるのを押さえつけた。

 

「とにかく心配が杞憂でよかった。そういうことなら遠からず連絡もあるでしょうし、私達はいつも通りに接してあげましょう」

 

 ほどなくして運ばれてきた酒の入ったグラスをロバーデイクが受け取り、殆ど残っていないクレマンティーヌのグラスにカチンと打ち付ける。イミーナもそれにならい、気の無さげなクレマンティーヌを気にせず乾杯の音頭をとるのだった。

 

 ロバーデイクが持つグラスを見て、それ俺が頼んだやつ……というヘッケランの言葉は、やはり誰にも聞き留められることはなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなく、これで足りるでありんすね?」

「う、うん。充分」

 

 八本指を壊滅させ、充分な資金を手に入れたシャルティア。とはいえ彼女にとって金貨など大した意味を持つものではなく、それ故にアルシェが必要とする分だけを回収し、残りはラナーに好きにさせていた。必要になれば、都度ラナーにせびればいいとも思ってはいるが。

 

 家族を養うためとは言ったものの、結局借金があることを赤裸々に告白させられたアルシェ。まあ養うだけで異世界換算でウン億円はありえないだろうし、流石のシャルティアもそこには言及したのだ。さっさと身ぎれいになりなんし、と金を手に入れたその足で借金取りのところへ向かい、ズシリと重い袋をアルシェに手渡した。

 

「…」

「なんでありんすか?」

「ううん。後で」

 

 感謝の視線と共に何か言いたげなアルシェを見て、シャルティアは問う。しかし首を振った彼女は、もう一瞬だけシャルティアを見つめた後借金取りが居るであろう建物に足を踏み入れた。シャルティアは首を捻りつつもその後ろ姿を見送った。

 

 胡散臭い借金取りの――金貸しの塒へ入ったアルシェ。とはいえ、彼等は金を貸す時に利子を明言しているし、実際に暴力的な手段に出たことだって一度もない。犯罪すれすれのやり方をすることもあるだろうが、そもそも金を返さないからそんな手段に出る事を、借りた方は忘れてはいけないだろう。

 

 しばしば物語では悪の権化のように描かれるが、彼等は命と同じように大事な『金』を貸しているのだ。それを返さない、返せないと言われてはいそうですかと引き下がれば商売は成り立たないだろう。彼等は『金貸し』ではあるが『詐欺師』ではないのだ。それを同様とし、人を騙し金を搾り取る輩が多いのも事実ではあるが――少なくともアルシェが、アルシェの父が借りているところはそういった悪質なものではなかった。

 

 しかしアルシェからしてみれば、自分がワーカーとして稼ぐのを見越してどんどん父に金を貸す輩など、前述した者達となにも変わらない。額が大きくなれば当然支払うべき利子も大きくなる。そしてアルシェは知っているのだ。どれだけ彼等が金を貸そうと、アルシェが住む家の価値以上には出してこないことを。

 

 アルシェが生きて稼ぐ内は現状を維持し、そして死んで帰ってこなくなれば財産を全て没収する――やはり、彼女にとっては単なる害悪だ。解ってはいるのだ、父と母の浪費を諫めれば問題がなくなることぐらいは。それでも彼女は、今まで育ててくれた恩と、家族だからという理由、そして可愛い妹達のために尽くしてきた。それが間違いだということは解っていても、だ。

 

「おや、フルト家のお嬢さん。今日はどのようなご用件で?」

「お金を返しにきた……もうこれ以上は家に来ないで。もし貸したとしても私はもう関知しない」

「これはこれは……ふむ、確かに。大きなご依頼でも達成されましたかな? ご苦労様です。しかしもう来るなと言われましても……私共も呼び付けられれば参上しなければいけませんので。貴女が支払わないと言うならば、別に構いはしませんよ。回収の手段はいくらでもあります」

「…っ」

「…一応、偶に苦言を呈してはいるんですけど……ね」

 

 商売故に、借りたいと言われれば貸すだけだと男は言う。商売柄人の破滅など腐るほど見てきているし、今更そんなことで躊躇はしない。目の前の少女がもう返さないと言うならば、貸した後は最後の手段に出るだけだと脅しを入れた。彼はアルシェが家族を見捨てないだろうことを理解しているし、今の言葉も単なる虚勢だと確信している。金の卵を産み続ける鶏を手放す愚は犯さない――それでも最後の言葉だけは、なけなしの良心から出た本音だ。

 

 ただただ金を運んでくる機械のように不憫な彼女を見て、アルシェの父にそれが如何な苦労かを少しだけ溢してやることもある。しかし彼女の父から出る言葉は、ワーカーなどという下賤な行為をやめさせねば……などという的外れな返しがくるだけだ。その下賤な金で生きているお前はいったいなんなんだ? と内心で思いつつも口には出さない。結局大事なものは金で、多少哀れな小娘に情けをかけても、それがどうしようもないのならしゃぶり尽くすだけだと。けっして自分は良い人などではないのだから――と、ちょっとだけ優しい借金取りは思っていた。

 

「…」

「またのお越しをお待ちしています。お父上の説得が上手くいくことをお祈りしておきましょう」

「…っ」

 

 この悪魔め、とアルシェは内心で毒づく。一応多少の本音も含まれてはいるのだが、彼女からしてみれば単なる皮肉以外の何ものでもないだろう。扉を勢いよく閉めて、シャルティアが待つ表通りに向かう。アルシェもせっかく彼女が施してくれたチャンスをふいにするつもりは微塵もない。必ず両親の説得を成功させなければと己を叱咤した。

 

「待たせた」

「然ならんし。首尾よくいきんしたか?」

「うん……この後、少し付き合ってもらってもいい?」

「よしなに。逢瀬の誘いを断るほど、わらわは無粋ではありんせんの」

 

 くすくすと笑いながら尊大に手を差し出すシャルティア。その人間味の無いほど白い手を取って、アルシェは珍しく笑顔を見せた。仲間にもあまり見せる事のない笑顔――彼女が妹達以外にそれを見せることは、あまりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の光が暖かい、外に面したカフェテラスで二人はお茶を飲む。飲食不要のシャルティアではあるが、流石に空気を読んで紅茶を共に楽しんでいた。そしてアルシェの方から、先ほど金を返す前に言おうとしていた言葉を口に出す。

 

「本当にありがとう。お金は、時間がかかるかもしれないけど必ず返す」

「よしなんし。やったお金を受け取れなどと、わらわに恥を掻かすつもりでありんすか?」

「でも他に恩を返せる方法が思いつかない。シャルティアは私よりずっと強くて、王国の王女とコネもある」

「恩を返したいなら、そう。わらわが知りたい情報――ナザリック地下大墳墓、もしくは至高の41人と呼ばれる御方を探していんすから、何か知っていれば……もしくはこれから知ることがあれば真っ先に教えなんし」

「そんなことでいいの?」

「それが何よりも重要でありんす」

 

 真剣な瞳のシャルティアを見て、必ず……と頷くアルシェ。もしかしなくても体を要求されるんだろうなと思っていた彼女からすれば、少し肩透かしを食らった気分であった。自分にそんな趣味はないし、これからも芽生えるとは思わない。けれど、彼女がそれを求めてきたのなら受け入れてもいいかもしれない――そのくらいには、シャルティアの事を憎からず思っているアルシェ。

 

 そもそも赤の他人である彼女がここまで自分に尽くしてくれたのだ。悪の組織を一夜で滅ぼすほど圧倒的に強く、ただただ強く、それでいて世界で一番美しいと言われても納得できる美麗な容姿。モテる要素のランキングを作ったならば『強さ』がトップにくるこの世界で、そこに関してすら最強格。加えて次点辺りににランクインしそうな『容姿』までトップクラスなシャルティア。そんな、自分では足元にも及ばない女性がこれほどまでに尽くしてくれれば、ちょっとグッときても仕方ないだろう。

 

 世に居るノーマルな女性の数%くらいは靡いても驚きはないし、要は自分もその内の一人だったということだ。それはさておいて、シャルティアがそこまで執着するものに興味を覚えたアルシェ。いったそれはなんだろうと問いを投げかけた。

 

「シャルティアにとってそれは何?」

「くふ……よくぞ聞きんした。ナザリック地下大墳墓と至高の御方等はわらわにとって全て。何よりも優先される神々と、神々がおわす場所。そしてわらわは、その栄えあるナザリック地下大墳墓の1階層から3階層までの守護という大任を背負う『階層守護者』! 訳あって今は離れてしまいんしたが、御方等も必ずやわらわを待ってくれているに違いありんせん!」

「ふぅん…? それは、シャルティアよりも凄い人達?」

 

 世界最強と言っても差し支えないような目の前の少女が、神と評す者達。アルシェにはもはや想像がつきにくいレベルだ。そんな場所があれば、少しくらい耳にしてもいい筈なのにな……と更に詳細を尋ねる。少しでも恩を返すためと、やはり好奇心もあるのだろう。

 

「当然でありんす! なにしろわらわを創造し、わらわと同格の守護者達を生み出された御方達。特にわらわを創りんしたペロロンチーノ様は、ギルド随一の弓の名手! 直接拝見する機会こそ無かったでありんすが、ナザリックの御方等の中でもきっと持て囃されていたに違いありんせん!」

 

 萌え馬鹿にされることはあっても持て囃されることはきっとなかっただろうが、理想とはかくも尊きものである。それはさておいて、突っ込みどころが多すぎてアルシェは何から聞こうかかなり迷った。

 

 『創造した』とは文字通りの意味なのだろうか。他の同格って、彼女クラスが何人も居るのだろうか。『ギルド』って冒険者ギルドと同じ意味合いなのだろうか。というか神々の名前がペロロンチーノってどうなの? 

 

 などなど疑問は様々である。

 

「シャルティアって、その……吸血鬼だよね? そのペロロンチーノ様も吸血鬼なの?」

「正しくは吸血鬼の真祖、吸血鬼の最上位種でありんすぇ。ペロロンチーノ様は高貴なるバードマンでありんした」

「えーと……? じゃあ生み出したって、どういう風に?」

「まさにそれが至高の御方が御方である所以でありんしょう。わらわ達のような僕にとっては理解できない、偉大な御業で我らを御創りになられたのでありんす」

「…すごい」

「そうでありんしょう、そうでありんしょう! ぬしは他の塵芥とは違うと思っていんした! 至高の御方は、すごいのでありんす! きっと『あっち』のほうも凄かったに違いありんせん……ああ、想像するだけで…」

 

 なるほど、確かに『神』だ。彼女のような存在を零から創りだせるのだとすれば、それ以外に形容できる方法をアルシェは知らない。そして『ギルド』『至高の41人』と言うからには、そんな存在が多数居たのだろう。まさに神々の住む場所だ。

 

「もっと聞いてもいい?」

「くふ、御方等の事を知ればそうなるのも当然でありんすな。わらわが語れる部分さえ、その偉大さに比べれば些末でしかありんせんが……存分に聞かせてやろうではありんせんか! まずはわらわが創られた当時の――」

 

 ウキウキと話し始めるシャルティア。それは新しいことを覚えて自慢してくる妹達のように可愛らしく、自然とアルシェも笑顔になって神々の話に夢中になるのであった。

 

 





どんな僕も、ナザリックを語る時はきっと楽しそうなんだろうなぁ……と思ってます。

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