しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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あるしぇちゃんの活躍

「さあ、行きなんし。わらわの役に立てばぬしの望みもいずれ叶うでありんしょう」

「はい、シャルティア様」

 

 此処はエ・ランテルにある墓地の一角。先ほどカジットを吸血鬼に仕立て上げ、完全に支配せしめたシャルティア。従順になった彼から情報を吸い上げ――個人的な部分についても、だ――必要な事を聞き終えた後は、今までと変わらずズーラーノーンに所属して情報を集める役目を言い渡した。

 

「ふーん…」

「なんだ、クレマンティーヌ」

「ううん、意外と変わんないもんだなって。どんな感じ?」

「ふん、シャルティア様に忠誠を誓ったこと以外は何も変わらん。優先順位が変わっただけのことよ」

「ふむふむ」

「……いや、そうでもない、か。この死の宝珠の呪縛から逃れた分、すっきりしたかもしれん」

「呪縛?」

 

 カジットの眼を曇らせていた最大の要因『死の宝珠』 シャルティアの支配下に置かれ、種族が変わった関係上彼はその支配から一時的に解放されたのだ。そして彼は今まで犯してきた数々の残虐行為を後悔し、良心の呵責に苛まれた――などということはなく、今度は吸血鬼になったのでチョイ悪のままである。

 

「うむ、どうやらこの宝珠は儂の認識を歪め、多少なりとも操っておったようだ。まあ、今はシャルティア様のおかげで問題はないがな」

「(操られる対象が酷くなっただけじゃ…?)」

「なんだ?」

「なにもー。ま、それならそれでお勤め頑張ってねー」

「貴様に言われるまでもないわ。ではシャルティア様、必ずやご期待に応えます……もう暫らくお待ちください」

「期待して待つとしんしょうか。わらわは信仰系のマジックキャスターなれど蘇生は門外漢でありんすが、ナザリックに帰還すれば専門の者も居るでありんす。ぬしが帰還の一助となった暁には、至高の御方に嘆願することも考えていんすよ」

「はっ! 何卒よろしくお願いいたします!」

 

 そしてカジットは墓地の闇に消え去り、残ったのはシャルティアとクレマンティーヌ……そして献上された死の宝珠だけである。ちなみにカジットの部下は今日休暇中なので此処には居ない。実に幸運である。

 

 たとえ悪の組織だろうがなんだろうが、休暇なしに人間は働けない。常日頃悪事に走っていようが、休みがないほうがありえないのだ。追記すると『カジットチーム』の休暇は週休二日制である。王国の一般市民からすればホワイト極まりないだろう。

 

「意外と優しいんだねー、お嬢。なんでも言うこと聞くんなら命令するだけでいいんじゃないの?」

「わらわも学んでいるのよ。支配しているとはいえ、自我はありんす。ならばやる気の有無で結果が変わることもありんしょう? それに一応眷属となったからにはあやつはナザリックの所有物も同然、多少の温情はかけてやってもよいでありんす」

「ふーん……それはそうと、この後はどうするの? 帰る?」

「ラキュースは帰しんす。その後はクレマンティーヌ、ぬしと共に帝国へ向かうでありんすよ」

「帝国? なんでまたそんなとこに……あの姫様も大概人使い荒いというかなんというか」

 

 それに何故ラキュースだけを、と視線で問うたクレマンティーヌにシャルティアは歪んだ嗤いで答える。お前の性にあった、楽しい任務だと。帝国は――自分の手によって新しく生まれ変わるのだと。

 

「くふ、帝国の落日はすぐそこ。わらわによって帝国は生まれ変わるでありんす」

「えぇ…? その、大丈夫なの? お嬢の力は疑ってないけど、帝国と法国になんの繋がりもないってわけじゃないよ? 人外に滅ぼされるなんてことになれば、たぶん主力が出張ってくると思うけど…」

 

 帝国は今現在、人類種族最大クラスの国家だ。戦力こそ法国の後塵を拝しているとはいえ、その豊かさは周辺の小国とは比べ物にならない。故に帝国が危機に陥った時、法国が黙ってみている筈もないのだ。直接的な手段に出た時、情報系の魔法を――諜報にしろそれを防ぐ魔法にしろ――その手段をあまりもっていないシャルティアでは対策が難しい。法国が帝国崩壊の事実を知って、その原因を探そうとした時、確実に真相に近付かれることは間違いない。

 

「ふふん、わらわがなんのためにあの気狂いに指揮を委ねたと思っていんすか。そういうことを、そうならずに、そうさせるためでありんしょう。それに滅ぼすとは言ってないでありんすよ」

「気狂い? あの温室育ちのお姫様のこと……だよね?」

「そこは気にしないでよいでありんす。とにかく、帝国へ向かいんしょう」

「うーん……了解。危なくなったら守ってね、お嬢?」

「…戯言はその口角を下げてからほざきなんし」

 

 守ってほしい。そんな可愛い文句を紡ぎだしたクレマンティーヌの口角は、三日月のように歪んでいた。これから起こることに期待して。これから起こすことに期待して。

 彼女が蒼の薔薇に加入してから、きっと一番の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国の首都アーウィンタール。見る者すべてがその威容を称えるだろうその宮殿、その内部にある執務室にて皇帝と主席魔法使いは雑談をしていた。彼等はその立場こそ明確に上下はあるものの、幼い頃は魔法使いが皇帝に指導をしていたこともあり、気の置けない仲という言葉がしっくりくるほどに親交がある。

 言葉にはしないが、若い皇帝は魔法使いを祖父のように思うことすらあるのだ。それは血縁や親族を悉く粛清した『鮮血帝』などと呼ばれる男にはそぐわない感情とも言えるが、結局のところ皇帝とて人の子だ。それに情がなければ、情を理解しなければ国を動かすことなどできはしない。故に政務を終え、一時の憩いに政治など関係なく雑談をすることは皇帝にとっても息抜きなのだ。とは言っても魔法使い――生きる伝説とも言われる『フールーダ・パラダイン』にとって政治の話など興味はなく、そんな話をし始めれば魔法の研究に戻ることは間違いないだろうが。

 

「そういえば聞いたか? じい。あのガゼフ・ストロノーフが強姦で捕まったらしいぞ。《メッセージ/伝言》での報告の際は完全にガセだと判断していたんだが……まさかだな。今なら恩を売れるかもしれんが、どう思う?」

「ふむ……顔が笑っておるぞ、ジル坊。どのみち何かの間違いだと確信しているのだろう? かの清廉潔白で有名な王国戦士長がそのようなことするまいて。おおかた貴族派閥の画策か何かか…」

「ほう、じいにそんな推測ができるとは知らなかったな。他国の政治事情など気にもしていなかったろうに」

「それは失礼をしました、皇帝殿。では物知らずな爺は研究に戻るとしますかな」

「待て待て、ただの冗談だ。いや、本題は別にあってな……その王国戦士長を捕まえた――というよりかは気絶させた、の方が正しいか。その人物がこの帝都に来ているらしいという話だ」

 

 慇懃無礼に退出しようとする魔法使いを、皇帝は笑いながら引き留める。どちらも本気ではないことは解りきっているのだから、これは単なるじゃれ合いの類だ。そんなことより、と皇帝は本題のシャルティア・ブラッドフォールンという少女の話を始める。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン……今は闘技場でその実力を遺憾なく発揮しているようだ。接近戦では武王を子供扱いし、魔法を使えばその位階すら推測できんという話だ。傍付きの女もこれまた強く、いまだ傷一つ付けられず無敗を誇っているらしい。じい、どう思う?」

「その御仁らの思惑が、という話ですかな? ならば儂に推測させるのではなく文官と議論を交わせばよい話です。実力の程と、それをどうにかできるかという話ならば――断定はできませんが無理でしょう。そもそも儂は戦闘そのものを得意としているわけではないことを…」

「ああ解った解った、一応確認してみただけだ。しかしどう出るべきか……あちらもこっちの接触を待っているのは間違いないだろう。まさか要職に就かせてくれと言い出す訳でもないだろうしな、いったい何が起こっているのやら」

「謁見の際には同席させてくだされ。位階不明のマジックキャスター……心が躍りますな」

「…じいの魔法狂いは治らんな。まあどう出るかは解らんが、あまり不用意なことはするなよ。死人こそ出てはいないが、獲物を嬲るのが好きなタイプ――控えめに言っても下種な輩だ。珍しくはないが気を付けるに越したこともない」

 

 闘技場で活躍したものが皇帝に見初められるのは有名な話だ。実力があるのなら、手っ取り早く皇帝に会うための手段としては有効な手立てだろう。しかし聞いただけでも解るその異常な実力。英雄を超えた存在、逸脱者とも呼ばれるフールーダですら勝算は不明なその二人。偶然闘技場で活躍しているなどとは露ほども思わない。何らかの意図は絶対にある筈で、しかしそれが全く読めないのは不気味でしかないだろう。

 

 しかし、そのような実力を持ちつつこういった手段で接触を図ろうとするならばやりようはある。フールーダを超えるということは、すなわち皇城を守っている戦力では彼女達を阻めないということに等しい。それでも強硬手段に出ていない以上あちらもあちらで思惑があるということだろう、と皇帝は考えているのだ。

 

「しかし呼び出すにしてもいつになるやら……この仕事の量だ。じい、少し手伝ってくれな……居ないっ!?」

 

 逸脱者フールーダ・パラダインは転移魔法すら使用できる世界最高クラスのマジックキャスターで、執務室からも逸脱できる最高のマジックキャスターである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘技場の中心で勝利の判定が響き渡る。誰もが予想した通りの結果で、誰もが解りきっていた結果だ。きっとこの帝都で最も強く、そして最も美しい戦乙女の勝利に場内は沸き上がっていた。勝者はここ最近で一気に有名になった闘士シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 当初はその見目麗しさに人々は目を奪われつつも、その華奢な体躯で闘技場に出場する愚かさに呆れてもいた。勿論戦闘に関してそれなりに見識のある者ならば、見た目と実力が比例しないことなどよくあることだと知っているし、マジックキャスターならばたとえ子供でも魔物と戦えるのは当たり前のことである。

 

 しかし良い身分のお嬢様がそのまま闘技場に入ってきたかのような風体に、ほとんどの観客はなんの冗談かと驚いていたのだ。杖もなく、武器もない。あるのは優雅な微笑みと尋常ならざる美貌のみだ。戦闘が始まれば、いったいどのような凄惨な光景になるのかと顔を覆う者も居たし、逆に興奮しながら期待する者も居た。

 

 だが結局のところ、シャルティア・ブラッドフォールンはその全ての期待を裏切ったと言ってもいいだろう。向かってくる闘士に対して指一本でその猛攻を防ぎ切り、欠伸をしながらデコピン一発で相手を沈めたその様は、もはやこの闘技場の語り草になっているほどだ。

 

「お疲れー、お嬢」

「冗談はやめなんし。この程度で疲れる筈もありんせん……本当に程度が低いわぇ」

「んー……まあ、帝国は戦闘者の平均値が高い代わりに、突出したのがいないからねー。冒険者の扱いが悪いのも一因だろうけど」

「大国が聞いて呆れるでありんすな。ま、わらわにとってはどうでもいいこと……それより、まだ鮮血帝とやらの誘いは来ないでありんすか。実力の程はたっぷりと見せていんしょうに」

「仮にも国のトップだし、色々用意があるんじゃないかな。ところでー、そろそろお腹空いたなって」

「ふむ、では宿に戻りんしょうか。ついでにちょいと吸いてあげんしょう、もうお腹が空くこともなくなるでありんすよ」

「そ、それは遠慮したいかな」

 

 尊敬と羨望の視線を一身に受けながら、それを気にも留めずにその場から離れる二人。団体戦でありながらクレマンティーヌは特になにもしておらず、それ故に増々シャルティアの実力が並々ならぬものであることを示しているといえるだろう。

 

「それにしても王国とは随分毛色が違いんす…」

「ん? あー、街がってことか。まあ国民が払った税金は国民に還元してるからねぇ。王国はそのまま貴族の財布に直行するだけだし。整備環境なんて雲泥の差――」

「そんなことではなく、女人の胸の大きさのことでありんすよ。明らかにこっちの方が平均値が…」

「…あっはい」

 

 頭をかくんと下げながら呆れた返事を返すクレマンティーヌ。きょろきょろと首を回しながら歩くシャルティアの目線は確かにそこいらの女性の胸に集中しており、自身の双丘を見返しながらため息をつく様は、表情だけならば物憂げな美少女である。

 

「到着ー。今日は何食べるかなー」

「わらわは結構。好きに頼みなんし」

「はーい」

 

 食事ができない訳ではないが別段必要もなく、そして大して美味しいとも感じない行為にシャルティアは意味を感じない。一応食事の席に付き合うだけクレマンティーヌに気を使ってはいるのだ。少なくともこの世界に来た当初のシャルティアではありえない行動であり、根っこの部分が少し似かよっているクレマンティーヌに少し特別扱いをしているとも言えるだろう。

 

 宿屋の扉をくぐった二人は空いている席を捜して首を振るが、食事時ということもあり満席であった。宿屋に宿泊する客以外にも食事や酒だけをとりにくる者もそれなりにはいるため、丁度タイミングが悪かったのだろう。

 

「ありゃ、満席かー……どっか空いてないかな」

「その辺の虫をどかせれば済む話でありんすよ。そもそもわらわが来た時点で席をあけないとは、気が利かないにも程がありんす」

「ま、まあまあ。あんまりやり過ぎると泊まるとこなくなっちゃうしー……あ、あそこ空いてる」

 

 大テーブルに四人座っているが、少し空きがあるためそこに座らしてもらおうとシャルティアの手を引っ張って連れていくクレマンティーヌ。狂人を自称する彼女も、狂吸血鬼のおもりをするためならば正気にならざるを得ない――というよりか、表面的に見せる狂った部分は割と『振り』なので、日常生活においては普通に分別があるのだ。

 

 人間である以上『衣食住』も、それを提供してくれる人間も必要不可欠なのだから当然の事ではある。まあ先ほどまで『うひゃひゃ』などと叫びながら人を嬲っていた人間が、食事処では『あ、いただきます』などと言っているのは非常に奇妙ではあるが。むしろ狂っているというよりは『あの病気』的なものに近いだろう。ラキュースと仲良くなれた訳も理解できるというものだ。

 

 

「ここいいー?」

「さっさと空けなんし」

 

 お願いと命令の言葉ではあるが、どっちも答えは求めていないところが似ている部分である。どのみち断られたところで無理やり座るのが彼女達クオリティなのだ。

 

「あ? ――っああ、別に構わないが……あだっ!?」

「あら、ごめんなさい。いつの間にかこんなに混んでたのね」

「失礼、少し寄りますね」

「…ん」

 

 冒険者風の四人が少しずつずれ、二人に席を空ける。リーダーらしき男の表情は、一瞬だけ仲間の団欒を邪魔してほしくなさそうな雰囲気を見せたが、シャルティアの美貌を認識した瞬間その顔はだらしなく緩んだ。が、その瞬間隣の女性に腿を抓られ叫び声を上げた。神官らしき男は呆れつつ体をずらし、寡黙な雰囲気の少女は殆ど無言で席に置いていた杖をどかした。

 

 クレマンティーヌは店員に適当に注文し、シャルティアにも手持無沙汰にならないよう酒を頼んだ。一息ついた彼女は、自分達がきた事で少しだけ口数が少なくなった四人に視線をやり、どの順番で殺せば一番楽しそうかななどと妄想し始めた。

 

「うおっ!? なんか寒気が…」

「わ、私も少し……飲み過ぎたのかな」

 

 戦士寄りの二人はそのねっとりした殺気に本能で気付いたが、酒が入っていたこともありそのまま流した。不思議そうに自分とシャルティアを見つめるマジックキャスターの少女に、彼女はおっとしまった、と妄想を鎮める。丁度料理が運ばれてきたこともあり、そのまま誤魔化すように食事を口にし始めた。

 

「…何か用でありんすか、小娘」

「…ううん。何も」

「ならば不躾な視線はやめなんし。場所が場所ならその細首、ぽっきりと折れているでありんすよ」

「…ごめんなさい」

「どうしたの、アルシェ?」

「なんでもないから、イミーナ。大丈夫」

 

 マジックキャスターの少女――アルシェと呼ばれたその少女は、確かに少し失礼な程シャルティアの顔を見つめていた。そして本人にそれを見咎められ、謝罪したアルシェの瞳には隠せない動揺が見えていたのだ。しかし仲間の変調を目敏く見逃さなかったハーフエルフの女性――イミーナに問いかけられても、アルシェは首を振るばかりであった。

 

「いや悪いなお嬢さん、アルシェもたぶん見惚れちまったんだろうよ。詫びに一杯奢らせてくれ――あだだっ!? 別にそういう意味じゃねえってイミーナ!」

「はん、どうだか!」

「…こういう場合はどうするべきでありんすか? クレマンティーヌ。わらわはなんだか八つ裂きにしてやりたい衝動が湧き上がってきているの。ふしぎ」

「それでいいんじゃないかな。汝の為したいがままを為せってスルシャーナも言ってたらしいし」

「それは勘弁してあげてください……まあ貴女方の美貌が悪さをした、と思っていただければ。あ、申し遅れましたがロバーデイクと申します」

 

 夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、吸血鬼も吸いたい気分にはならなかったようだ。ついでに仲裁しながらちゃっかり自己紹介しつつ二人に酒を注文する神官――ロバーデイク。まあ自分の美しさが悪かったと言われれば、不快になる女性の方が少ないだろう。シャルティアも機嫌を直してそれを受け入れた。まあそもそも別に怒ってはいなかったし、アルシェに見つめられた時は単に『尻尾が似合いそう』などと情欲に塗れた視線を返しただけである。

 

「その美しさに二人組……もしかして最近闘技場で話題のお二人ですか?」

「ほう、わらわの美貌に気付いただけでなくそこにも気付くとは。ぬしは中々良い眼をしているようでありんす。如何にも! わらわこそ、残酷で非道で冷血な真祖のきゅあぶぶっ! なにするでありんすかクレマンティーヌ!」

「お嬢お嬢、それは言っちゃまずいって」

「ああ、そういえばそうでありんした……失礼! わらわこそ……えー……シャルティア・ブラッドフォールンその人でありんす!」

 

 何も思いつかなかったようだが、まあ外見が外見なので問題はない。可愛いは正義で、可愛ければ大抵の事は許され、可愛ければ大方の行動は可愛らしく見えるのである。

 

 しかしたった今、重大な事件が起きた。最初に気付いたのはクレマンティーヌで、次に気付いたのはいまだちらちらとシャルティアに目をやるアルシェだ。ふんすと胸を張って自分の名を叫ぶシャルティアの、その胸が大きくずれているのだ。もはや垂れ乳どころか腹からおっぱいが生えているのかと疑うほどに、ずれている。

 

 その原因は今しがたシャルティアの口を両手で塞いだクレマンティーヌであることは明白で、それ故に彼女は今顔を青く……どころか土気色にしてあわあわと口をパクパクさせている。気付かれたら血の雨が降る――そう彼女には確信できた。どうにかしたいが、他人の胸パッドを正常な位置に戻すことなどたとえ10位階の魔法でも無理である。いや、時間停止ならいけるかもしれないがクレマンティーヌには知る由もない。

 

「あ、あ…」

「…? どうしんしたか、クレマンティーヌ」

「あ、いや、その」

 

 まずいまずいと視線を彷徨わせるクレマンティーヌだが、そんな事で解決法が見つかれば世話はない。無情にも彼女の命はここで終わるのか……そう思われた時、彼女の思いも寄らぬ場所から救いの手が差し伸べられた。腹乳に気付いていたもう一人の人物――そう、アルシェ・イーブ・リイル・フルトだ。彼女はクレマンティーヌがどうなってしまうかなど理解してはいないが、とりあえず今の状況がまずいことだけはその表情を見て悟ったのだ。

 

 なにより、同じ貧乳仲間が恥を晒すのをよしとしない決意があった。たとえ――たとえ、ちらりと見えている鋭い牙を見てシャルティアが吸血鬼だと理解していてもなお、だ。

 

「トイレに行ってくる……あっ、ゴメンナサイ」

「む?」

 

 アルシェはトイレに立つ振りをして腰を上げた。しかし酒に酔っていたせいか愛用の杖に足を引っかけてしまい、シャルティアの方へ倒れ込んだ……振りをした。唇が触れかねないほど顔を寄せ――あまりの端正な顔立ちに頬が紅く染まる――シャルティアが少し驚いている間に、全ては終わっていた。

 

 その間1秒。100レベルの真祖をして気付けぬ早業。衣類の上からだというのに、正確にパッドの位置を直した技術はもはや神技としか形容し得ないだろう。それは自分もかつてパッドを信仰していた者であり、そして諦めた自分とは違い、戦う者でありながらパッドを外さない彼女に敬意を感じたからこそ成功した奇跡だったのかもしれない。激しく動く冒険者やワーカーにとって、パッドなど無用の長物でしかないのだ。それでもなお付け続けているシャルティアに、アルシェは感銘を受けたのだ。

 

 まあシャルティアも本気を出す時はパッドを外すのだが。

 

「失礼した……大丈夫だった?」

「…ん、気を付けなんし」

 

  何かに気付いたようなシャルティアは、気もそぞろに謝罪を受け入れる。その胸中は窺い知れないが、胸外はしっかり直っているのでおおむね問題は無いと言ってもいいだろう。いや、こむねで問題は無い。

 

 そして胸を歪ませた張本人のクレマンティーヌはというと、アルシェに向かって最敬礼をしていた。先ほど頭の中で惨たらしく殺していた事実はどこへやら、今彼女の眼にはアルシェが聖女のように見えているのだ。アルシェも無言でサムズアップをしてそれに応え、二人の間に奇妙な友情が結ばれた。

 

「…クレマンティーヌ、花摘みに行くでありんす。付き合いなんし」

「え? お嬢って『出る』の? ――ごっふぅっ!」

「何かお言いかぇ?」

「おぐぅ……何でもないです! さ、行こ行こ!」

 

 トイレに付き合えというシャルティアに対して、クレマンティーヌは『吸血鬼ってウンコするの?』※要約 などと身も蓋もない事を口に出してしまったため、腹パンをくらった。これが横のアルシェであれば体が二つになっていた程の一撃である。

 

 そしてこっそり外に出たシャルティアとクレマンティーヌ。後者は先ほど起きたパッド事件が気付かれていたのかとびくびくしながら付き添っていたが、しかしシャルティアの口から出た言葉は予想外もいいところであった。

 

「あの小娘……アルシェと言いんしたか。どう思うでありんすか?」

「え? どうって……あの、別に普通の冒険者……いや、プレートかけてなかったからワーカーかな。とにかくそんな気にするほどでもないと思うけど。た、倒れた時だって不自然なところ、なな何もなかったし!」

 

 お前が一番不自然だと、突っ込みどころだらけのクレマンティーヌだが、シャルティアもシャルティアでシャルティアなので気付かない。しかしクレマンティーヌの言葉には首を振って反論をした。

 

「ぬしもまだまだでありんす。あの不自然さに気付かないとは、それでもわらわの下僕でありんすか?」

「そ、その……あの…」

「うむ、間違いありんせん。あの小娘、わらわに気があるに違いないでありんすよ。わざとらしい倒れ方といい、あの頬の染め方といい……あげくの果てにはわらわの胸を一瞬弄っていんした。これはもう決まりでありんしょう」

「へ? あ…」

「あやつを見た瞬間、尻尾が似合うと思っていんしたの。それでいてわらわに気があるとくれば、これはもう応えてやるのが情けというものでありんしょう? そうでありんすよね」

「あ……うー……うーん…」

 

 そうきたか、とクレマンティーヌは唸る。どんな勘違いだよと突っ込みたいのはやまやまだが、客観的に見れば確かに勘違いしても仕方ない。それにちらちらとシャルティアに視線をやっていたのも確かなのだから。しかし、先ほど助けてくれた恩人を売るのは甚だ忍びない――けど、仕方ないよね! とクレマンティーヌは笑顔でシャルティアの問いに首肯した。他人より己を取るのは彼女にとって当然である。

 

「ではクレマンティーヌ、上手くその方向に持っていくよう手伝いなんし。くふ、皇帝とやらが接触を図ってくるまでの退屈しのぎが見つかったでありんすな」

「はーい、頑張れお嬢」

 

 お前は合コンで張り切るパイセンか――と、何処かのバードマンが居れば叫んだに違いない。

 

 アルシェの純潔や如何に

 





明日も更新できればするかもです。

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