スキマ妖怪、邁進す   作:りーな

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ゲヘナ導入部。
イビルアイ寄りの三人称視点が主。
よって、ゆかりんの出番はほぼなし。


超越者

支配した“駒”をスキマの中で藍に《メッセージ/伝言》で操らせつつ、動く時の為の準備を進める途中。糸の繋がるような感覚に、紫は首を傾げた。経験上これは《メッセージ/伝言》で間違いないが、態々報告を受けるような命令を下した覚えはない。

 

『――――八雲さん』

 

脳内に響いた声に納得するとともに、紫は眉を顰めた。分かりやすすぎる程に籠められた憤怒が、魔法越しにすら伝わった為である。

 

「どうしたのよ、アインズさん。少しは落ち着きなさい」

『やはり分かりますか、私が怒っているのは』

「誰だって分かるわよ。……で、どうしたの?」

『今、ソリュシャンから連絡がありまして、ツアレが拐われたようです。その件で、セバスの支援部隊の編成を至急お願いしたくて』

「ある程度予想はつくけど、相手は?」

『八本指、こいつらでほぼ確定です』

「そう、了解よ。その件は任せて頂戴。……それと話は変わるのだけれど、今何処に向かってるのかしら?」

 

紫の目線の先には、一際大きい瞳が存在している。その中には、透明な板らしきもにのナーベラル共々乗せられ、上空を高速で飛翔する冒険者としてのアインズの姿があった。

幾分か怒気の和らいだアインズの声が響く。

 

『ああ、今レエブン候とか言う貴族から指名依頼を受けてまして。表向きの依頼は数日間の自宅警備、本当の依頼は八本指の拠点襲撃への参加です』

「こっちでも八本指襲撃計画は把握してるけど……決行時間と王都までの距離、スピードを鑑みるとまず確実に間に合わないわよ?」

『マジですか』

「マジよ」

 

耳に痛い沈黙が流れた。ややあって、紫が口を開く。…所謂“悪い笑み”を浮かべながら、だったが。

 

「アインズさん、一石二鳥どころかもっと利益を得られそうな方法を思い付いたわ」

『本当ですか!?』

「ちょっと計画を前倒しして進める必要があるけど、許容範囲よ。今から内容を話すわ。その流れに沿って動いて頂戴。後は演技力ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ、はぁ、と肩で息をする。綱渡りにも程がある戦いだった、とイビルアイは内心で一人ごちる。

前方で力なく倒れ伏す異形の蟲メイドは、強者の自負を持つイビルアイをして強大と言わざるを得ない実力だった。まだキィキィと鳴いている辺り生きてはいるようである。止めをさす、と告げた仲間(ティア)にイビルアイも賛同する。蟲メイドが戦闘能力を失っている今が絶好のチャンスだ。

剣を手に踏み出したティアの体が硬直する。質問が口をついて出る前に、イビルアイはその理由を知った。

 

「それぐらいにしてもらおうか」

 

――――蟲メイドとの間に、いつの間にか佇んでいる者がいた。暗褐色の全身鎧を纏い、背には深紅の大鎌。ヘルムは被っておらず、鮮やかな緋色の髪を持つ若い男の顔が晒されている。その整った容貌は男女問わず魅了してしまいそうだったが、髪から覗く短くも確かにある捩れた二本の角が人ではないと告げていた。

笑みを浮かべており、敵意の類いは感じられない。しかし、イビルアイは指一本動かせなかった。害意を欠片も向けられていないにも拘らず、叩きつけるようにして吹き抜ける威圧感。イビルアイ自身とも、蟲のメイドとも隔絶した圧倒的な力量差。字句通りの「格の違い」、真の「別格」と言うものをイビルアイは思い知る。

各々の得物を構える蒼の薔薇の面々を完全に無視し、背すら向けて蟲のメイドに優しく話し掛ける姿は、敵とは言え好感を持つのに十分だった。――――が、先の威圧感、そしてそこから沸き上がった恐怖は決して消えようとはしない。

本能が最大限に刺激される。無様に逃げたくなる衝動を押し殺し、息を潜めて隣の仲間達に必死の思いで伝える。

 

「……逃げろ。馬鹿、此方に視線を向けるな。そのまま黙って聞け。あれは――――強い。それも圧倒的に。振り返らずに全力で逃げろ」

「お前は、どうすんだよ」

 

唸るような声でガガーランが問う。その声色には葛藤がありありと滲んでいた。その事に嬉しさを覚えつつ、イビルアイは努めて平静に答えた。

 

「気にするな。お前達が逃げ切れるだけの時間を稼いで、即座に転移の魔法で逃げる」

 

回復手段を用いた様子の無い筈の蟲のメイドが、覚束ない足取りながらも確りと立ち上がった。何処からともなく飛来した蟲が背中に張り付き、夜空に飛び上がる。そのままキィキィという鳴き声を残しつつ飛び去った。

最早そちらに意識を向ける余裕すらなく、三人全員の視線が目の前の男に釘付けになる。

イビルアイは二百五十年以上生きてきた吸血鬼だ。当然、何人もの強者を目にしてきている。男が初めて明確に向けてきた悪意は、その強大さと醜悪さにおいて比類ない。

 

「待たせたな。さて、始めようか?」

「早く逃げろ!」

 

イビルアイの悲鳴の如き声に、二人が弾かれたように駆け出した。罪悪感はあるのだろうが、イビルアイ対する信頼が罪悪感を上回ったのだ。イビルアイならば逃げ切れる、と。

――――しかし、早々に前提から崩される。

 

「〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉。転移は阻止させて貰った。別れは挨拶と共にするのが礼儀だろう?」

 

極一部の上位悪魔や天使等が使用できる、周辺一帯の転移魔法発動を阻止するスキル。イビルアイの撤退手段をピンポイントで潰しにきたその行為を、イビルアイはどこか他人事のように受け入れていた。元から分かっていた事だ。この超越者の前に立てば、生きては帰れない事くらい。

遠ざかる気配に別れを告げ、イビルアイは構えた。勝機ゼロの敵に挑む為に。

 

「さて、お先にどうぞ。まあ、来ないのなら此方から行かせて貰うがね」

 

優しげな声とは裏腹に増大し続ける悪意の放射を、イビルアイは意志を総動員して振り払った。

 

「――――では先に行かせてもらうとしよう!《マキシマイズマジック・シャード・バックショット/魔法最強化・結晶散弾》!」

 

放たれたのは水晶の散弾。先端部分が尖ったそれを至近距離で叩き込むのがイビルアイの常套手段だが、眼前の悪魔に接近するのは出来る限り遠慮したかった。

イビルアイの初手を前に悪魔は口元を歪め、嘲笑(わら)った。そのまま水晶が全身に当たる――――前に、唐突に掻き消える。まるで幻であったかのような、急な消失だ。

一部の種族が持つ、魔法無効化能力。実力差が開けば開く程に無効化されやすくなる。悪魔とイビルアイ程に隔絶していれば、大概の魔法は通用しない。

初手を間違えたイビルアイを無視し、悪魔は貴族の如く優雅に手を一閃した。

 

「《ヘルファイアーウォール/獄炎の壁》」

 

背後からの熱波に、イビルアイは慌てて振り返る。夜闇をそのまま切り取ったかのような、現実にはあり得ざる黒炎が燃え上がっていた。漆黒の炎に包まれた二人が悶え、そしてゴミの如く転がった。動く気配はない。生命に敏感なアンデッドであるイビルアイだから分かる。――――二人は、既に絶命している。

 

「おや、今の炎で死んでしまうとは脆弱な事だ。生かさず殺さずのラインで止めるつもりだったのだが……申し訳ない。うっかり殺してしまったのは私のミスだ」

 

心の底から悔やむかのように、悪魔は頭を下げた。そのあまりにも態とらしい態度に、イビルアイのなけなしの理性が吹き飛んだ。悪魔にとって、これは戦いですらないのだとイビルアイは漸く思い至った。悪魔にとって、これは狩り。逃げる獲物と逃げない獲物、前者を優先して“狩った”に過ぎない。

 

「難しいな、死なない程度の手加減とは。いやはや、困った困った。……しかし、それほどの差がありながら、何故パーティーを組んでいるんだ?それさえなければ、もう少し調節が利いたんだが」

「あぁぁああぁあぁあああ!!」

 

上がったのは、返答ですらない怒号。憎悪溢れる雄叫びを上げ、イビルアイは突貫する。実力差など関係ない。此処で果てるとしても、一矢報いなければ気が済まなかった。

悪魔は酷薄な笑みを浮かべ、左手を翳した。

 

「《トリプレットマジック・ファイヤーボール/魔法三重化・火球》」

 

掌に浮かんだ魔法陣から火球が射出される。それを進路を無理矢理変えてイビルアイは回避し、着弾した火球の威力を見て絶句した。

地面が融解している。イビルアイの背筋が凍った。あんなもの、かするだけで大怪我間違いなしだ。直撃した時のことなど考えたくもない。

悪魔の手から続けざまに何発も同様の火球が繰り出され、それを必死になって躱す。溢れんばかりの憎悪はあれど、桁外れの威力の火球が乱れ飛ぶ中を突貫する勇気は残念ながらイビルアイにはなかった。

 

「《ペネトレートマキシマイズマジック・クリスタルダガー/魔法抵抗突破最強化・水晶の短剣》」

 

イビルアイから放たれたのは、大きめの水晶の短剣。純粋な物理ダメージであるこの魔法は無効化されにくく、抵抗突破力も追加で強化されている。先の魔法無効化能力を鑑みた結果の選択だった。

悪魔はいっそ優しげな笑みさえ浮かべ、それを体で受け止めた。何ら堪えた様子は無い。悪魔の守りを突破するには、威力を底上げしようが防御突破を込めようが、イビルアイでは根本的に実力不足である。それを誰よりも理解している悪魔の微笑は崩れない。その笑みは、例えるならば虫籠の中で無様に藻掻く虫を眺めるようなもの。つまるところ、圧倒的上位者の憐憫と嘲笑である。

それを理解してなお、イビルアイは退かない。魔法の乱射を止めて背負っていた大鎌を構える悪魔を正面にしながら、場違いにも唇の端を吊り上げた。イビルアイにとっての最悪手は、復活魔法を扱えるラキュースとこの悪魔が対面してしまう事。戦場を上手く移動させつつ二人の死体から引き離し、できうる限りこの悪魔を釘付けにする。前者はともかく、後者はこの悪魔の気分次第だ。悪魔がその気になれば瞬殺される以上、精々無様にいたぶられるしかイビルアイには方法が無いのだから。

イビルアイが難行に挑もうとしたその瞬間――――轟音を立て、一つの人影が着地した。

その人影を視認した瞬間、悪魔の顔から笑みが消え、警戒するように目を細めた。それまで厳然と存在した“狩る側の余裕”。そこから来るある種の弛緩した気だるげな雰囲気は嘘のように霧散し、悪魔が初めて戦闘体勢(・・・・)に入った事がイビルアイにも窺えた。

 

舞い上がった土埃が収まった後に残ったのは、一人の戦士の姿だった。

漆黒の鎧は月光を反射し、仄かに燐光を放つが如く淡く輝く。深紅のマントが風にたなびき、夜空に炎のように映えていた。それぞれの手には本当に片手で振るえるのか疑念を抱きそうになる大剣が収まっている。

戦士が着地の姿勢からゆっくりと立ち上がる。戦場に見合った姿だというのに、どこか優美な雰囲気を纏ってもいた。

イビルアイと悪魔。片や見惚れ、片や静かに観察するたった二人の観客を前に、威厳の滲む声で名乗りを上げた。

 

「――――冒険者、“漆黒”のモモンだ。“蒼の薔薇”のイビルアイ、助太刀に来た」

 




・悪巧みゆかりん
 ナザリックの得意技、マッチポンプ発動。クライマックスは原作より多くの「観客」に見せる予定。そしてゆかりんによる演技指導。名前を度々間違えそうになるうっかりオーバーロードはこの作品にはいないのです。


――以下、落書きじみたナニカ――



外見や口調からわかると思いますが、魔王役はデミえもんではありません。デミえもんが魔王を演じると、服装とかが一致しててバレやすくなってしまうと作者が勝手に思ったからです。
そう考えると、エントマを見た蒼薔薇の三人は殺害&死体回収がナザリックにとってはベスト。でも殲滅してしまうと、魔王出現を証言してくれる「絶対に証言が疑われない者」がいなくなる。
漆黒は結局のところ新参ですから。邪推からであってもグルだと疑われないためには、この人の言葉なら、と誰もが納得してくれる第三者が必要だと思いました。
と言うわけで、イビルアイは一人目の「観客(道化)」決定となりました。実際、裏を知ってると道化以外の何者でもないですし。

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