スキマ妖怪、邁進す   作:りーな

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新話ようやく完成。
次回はゲヘナ。


証明

「…セバスの背信?」

 

リザードマン部族をナザリック軍が襲撃し、襲撃自体は失敗したものの結果的にリザードマンの支配が確立。その際にコキュートスの成長が見られてからざっと二ヶ月。

背信などどいう言葉とは無縁そうな配下の名前が出てきた事に、紫も思わず聞き返してしまった。

 

「ええ。何でも、人間の女をわざわざ怪しげな娼館から大金を払って引き取ったとか。しかも面倒事を招くに飽き足らずソリュシャンにスクロールを使わせて治療したらしくて」

「あんまり聞きたくないけどそのスクロール、何の魔法が込められていたの?」

「…《ヒール/大治癒》です」

 

紫は目に手を当てて天井を仰いだ。この世界でナザリックが用いるに足るスクロール用の羊皮紙は今の所、デミウルゴスが持ってくる“羊”の皮だけである。そしてそれでも第3位階の魔法が限度だ。

無論、ナザリックには高位魔法用の羊皮紙は大量に在庫がある。しかし補給の目処が立っていないのに、それらを計画性も無く使う訳にはいかない。

《ヒール/大治癒》は第6位階。当然素材の羊皮紙もそれなりのものである訳で。

 

「…本当に何を考えてるのかしら」

 

本来なら非常用に渡していた筈だった。使わざるを得ない、つまり敵の襲撃を受けた際の使用を念頭に置いていた。セバスはモンクなので、多少の傷であれば自身を癒すことは可能である。それでも役不足な時のための保険のスクロール。それはセバスも理解している筈。

 

NPCとスクロール、どちらを取るかと言われれば紫もアインズもNPCを取る。しかし人間とスクロールと言われればスクロールを優先する。人間ごとき(・・・)が死んだところでナザリックには何の影響も無いのだから。

もしセバスからペストーニャ辺りを派遣して欲しいと言われれば派遣していただろう。助けても構わないが、別にスクロールよりも優先する事では無いというだけの事なのだから。それに助けた程度なら、記憶を少し弄って離れた都市へ放り出してやれば後腐れもない。

だというのに貴重なスクロールを消費し、しかも面倒事を招くとは何事か。出発前に散々釘を刺したというのに。属性(アライメント)が極善だからか?紫の思考が若干脱線し始め、そうじゃないと気を取り直す。

 

「…報告にその女の事は?私の記憶では無かったと思うのだけれど」

「知っての通りデミウルゴスとアルベド、そして八雲さんと私で目を通していますが、やはりアルベド達も八雲さんと同じく報告の中に覚えは無いそうです。一応2人に命じて再度目を通させてはいますが、恐らく結果は変わらないでしょう」

 

紫は重い溜息を吐く。傾城傾国を見つけた時以上に気が滅入っていた。

 

「ちょっとデミウルゴスとコキュートスを借りるわよ。真意を確かめる必要があるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王国王都に存在する屋敷の一室。紫はそれなりに仕立ての良い椅子に背を預け、不機嫌さを隠しもせずに撒き散らす。

同じ部屋には紫から見て向かって右手、数歩前に出た位置にデミウルゴスが佇み、扉から少し離れた位置に端に寄ってコキュートスが戦闘態勢を維持していた。

ここには居ないが、アインズも遠くナザリックから藍の開いたスキマを通じてこの部屋の様子を見守っている。

セバスは今外出中だとの事だったので、ソリュシャンにはセバスが戻ってきたらこの部屋に案内するように伝えてある。

ソリュシャンすらも含め、全員が緊張感を孕んだ臨戦態勢。最悪セバスの「処分」も視野に入れた人選である。

 

暫く待つとコツコツと控えめなノック音が響き、音を立てずに扉が開く。

扉の向こうから現れたセバスの顔は青い。そしてそれも、デミウルゴスやコキュートスの敵意と紫の笑顔の裏に隠された静かな憤怒を感じ取り、すぐさま白に変わる。

セバスを部屋に入れ、必要があれば即座にデミウルゴスが紫の壁となり、コキュートスがセバスを斬り捨てるのに最適な位置で止まらせる。

紫は微笑みを更に深くし、話を切り出した。

 

「挨拶は不要よ。先ずは一応聞いておきましょうか。…私がここに居る理由を、説明する必要があるかしら?」

 

半ば殺意染みた感情の放射を受け、セバスの顔に尋常ならざる量の汗が浮かぶ。

 

「……いえ、必要はございません」

「できれば報告書で知りたかったのだけれど…どうやらちょっとしたペットを、拾ったついでに飼っているらしいわね?」

 

やはり。セバスの懸念は的中していた。というよりもツアレ(ペット)関連しか心当たりが無い。背筋が凍る、などどいうレベルではない恐怖と不安がセバスを襲う。そして質問に答えていないことに気付き、慌てて返答した。

 

「────はっ!」

「…返事が遅れたわね。まあ、いいわ。先に言っておきましょうか────人間を助けたことについては、とやかく言うつもりはないわ」

 

助けたことについては(・・・・・・・・・・)。安心にはまだ早く、またさせる気も紫には無かった。

 

「さて、聞きたいのは何故報告書に上げなかったのか、そして渡しておいたスクロールを何故使ったのか。好きなように説明してごらんなさい。聞いてあげるわ」

「それ、は────くだらぬ事を書く必要は無いかと思いまして」

「それを決めるのは貴方ではなく、私かアインズさん。貴方に情報の取捨選択を命じた覚えは無いわ。確かに多少の自己判断は当然としても────独断が過ぎるわよ、セバス。それとも何かしら、アインズさんがその名において下した命は貴方を縛るに不足だったと?」

 

その言葉が紡がれた瞬間、弩級の殺気が放射された。発生先は二人の守護者とソリュシャンの計三人。ナザリックでも屈指の戦闘能力を誇るセバスをして、その殺気は身が震えるほどだった。

耳に痛い沈黙が流れる。

 

「…はぁ、それは置いておきましょう。私が個人的に腹に据えかねてるのはこっちね。…何故《ヒール/大治癒》のスクロールを使ったのかしら」

「…人間を癒すというような些事で、ナザリックで詰めている者達の手を煩わせる事も無かろうかと」

「私としては、このような状況になっている方が煩わしいのだけれど。もう手に入らないかもしれない素材を用いたスクロールと、ナザリックから人員を派遣する手間に加えて消費する魔力。どちらがより大きな損害か、考えて分からなかったのかしら?

…それとも、考える暇も無いほどその人間にかまけてたのかしら。ナザリックの家令(ハウススチュワード)がなんと情けない」

 

紫は冷徹な視線を浴びせた。その極寒の視線の奥に秘められた、溶岩がゆったりと、しかし確実に流動するような苛立ちと憤懣を感じ取り、セバスをして吐き気を催さんばかりの焦燥と恐怖に襲われた。

 

実の所、紫としてはセバスの行動の理由にある程度の心当たりがある。

セバスの属性(アライメント)は極善。ほぼ全員が悪系統に偏っているナザリックでは珍しく、人間に対して玩具や食料的な意味ではなく関心を持っている存在である。

しかも製作者はたっち・みー。正義という言葉に全メンバー中で最もこだわり抜いた男。悪を是とした“アインズ・ウール・ゴウン”の中でも異質な男。セバスはその創造のされ方からして、こう言っては何だが、ギルド方針に真っ向から反対しているのだ。ある意味“アインズ・ウール・ゴウン”の体現者とも呼べるデミウルゴスと犬猿の仲なのもそれを証明している。

…まあ、創造主同士が壊滅的にそり(・・)が合わなかったこともあるのだろうが。

 

ともかく。

 

「斯く在れ」と定められた在り方としては、セバスの方針は間違ってはいない。ただ紫としては、もうちょっとやり方があったでしょ、と言いたいだけなのだ。セバスがそれに気付くかどうかは別として。それを指摘するのはナザリックの最上位者────本人は今尚しぶとく否定し続けている────であるアインズの仕事だ。紫の仕事ではない。

 

だんまりを決め込むセバスから視線を外し、ソリュシャンに目を向ける。

 

「ソリュシャン、件の人間を連れてきてくれるかしら?」

「畏まりました」

 

恐らく無意識なのだろう、縋るような目を向けたセバスをさらっと無視して、優雅に一礼した後ソリュシャンは退出した。職務に忠実なのは評価すべきだろう。そう思いつつ扇子を弄りながら、脂汗を滝のように流すセバスを笑みすら浮かべて紫は見据えた。セバスが震える様を視界に映していながら、紫の意識は更に先のことに向かっていた。

魔王の用意、影の悪魔(シャドウ・デーモン)片付けた(・・・・)冒険者の排除、現地で調達した手駒の組織化。紫は暇ではないのだ。目処こそ立っているが、計画をいつ始めるのかという問題があった。後方にナザリックという超存在が控えていることが露見しかねない大規模な行動は極力控えたい。そういう状況下で面倒事を招いたのは頂けない。確認(・・)を兼ねた多少の意地悪は許されるだろう。

 

扉が開かれ、二人の女性が姿を現す。当然ながらソリュシャンとツアレである。

 

「連れてまいりました」

 

部屋の中を視界に入れたツアレが息を飲む。伝承にある悪魔そのものの姿をしたデミウルゴスに驚愕したのか、異形の姿を晒すコキュートスに恐怖したのか。はたまた、美女にしか見えないにも拘らず、この部屋で最も強い威圧を放っている紫に戦慄したのか。恐らくその全てだろう。

守護者二名の敵意がツアレに突き刺さる。紫が態々足を運んでまで糺しているセバスの罪、その発端が目の前に現れたのだから無理もない。ツアレの華奢な体が震えた。その勇気の源泉がセバスの存在にあるとしても、絶対者たる守護者、それも二名の敵意を一身に受けて泣きわめかないのは素晴らしい。

この人間、意外と使えるかもしれない。胆力は優秀、とツアレの評価に密かに付け加えつつ、紫は取り敢えず、大人げなく濃密な敵意を向け続ける守護者達をたしなめることにした。

 

「デミウルゴス、コキュートス、やめなさい」

 

途端、先程までの空間そのものを圧迫するがごとき敵意が霧散した。その辺りの従順さや切り換えの早さは流石と言うべきか。

 

「いつまでそんな所に突っ立ってるつもりなのかしら?入りなさい、セバスの拾った人間」

 

紫の声に応じ、ツアレは震えながらも一歩一歩部屋の中へと進んでいった。

 

「逃げないなんて、案外度胸があるのね。それとも、ソリュシャンにセバスの運命はあなた次第だとでも言われたのかしら」

 

今尚震え続けるツアレは何も答えない。しかし、セバスに向けられた縋る様な視線がその思いを顕著に物語っている。

室内に入ったツアレは迷うことなくセバスの隣に立った。コキュートスがゆっくりとツアレの真後ろに移動し、待機の姿勢を取る。

絶対者を前に気丈に立つツアレをデミウルゴスは冷たく見据え――――

 

「“ひざ――――”」

 

――――ぱちん、と鳴った指の音が、デミウルゴスの呪いを孕んだ声を遮った。その意味を察し、デミウルゴスは口を閉ざす。

 

「構わないわ。我らを前に挫けないその意志を称えて、この場の無礼を許しましょう」

「申し訳ありませんでした」

「いいのよ。曇りなき忠義に由来する行動を糾弾する術を、私は持たないわ」

 

深々と頭を下げたデミウルゴスに軽く手を振りながらそう返し、さて、と呟きながら紫は椅子にもたれ掛かった。椅子の軋む音が、静寂の支配する空間に余韻を残して響く。

 

「まずは自己紹介をしておきましょうか。私の名は八雲紫。そこにいるセバスの支配者よ」

 

紫は笑みを浮かべたが、その瞳には鋭い光が宿っている。害意が有ると言うわけではないが、ツアレという人間の全てを暴こうとする裁定者の姿がそこには有った。

口を開きかけたツアレの動きを遮るようにして、紫は再度口を開いた。

 

「貴女の事はある程度知っているわ。そして私にそれ以上の興味は特に無い。其処で黙って立ってなさい。呼んだ理由はじきに分かるわ」

 

ツアレは痙攣するように何度も頷く。それを見届け、紫はセバスへとその視線を移動させた。

 

「セバス。私達は目立たぬように行動しろ、と命じたはずよね?」

「はっ」

「にも拘らず、其処の下らない人間の為に面倒事を招き、あまつさえ緊急用のスクロールまで無為に消費した。――――違うかしら」

「間違っておりません」

 

下らない、の辺りでツアレが僅かに反応するが、それに意識を向ける者はいない。

 

「それは私達の命令を無視する行為だと、思い至らなかったのかしら?」

「はっ。私の浅慮が御方々のご不快を招いたことを深く反省し、このようなことが二度と起こらないよう、十分な注意を重ね――――」

「――――構わないわ」

「はっ?」

「構わない、と言ったのよ。失態は誰にでもあること、況してや此度は一度目。セバス、今回のつまらない失態は許しましょう」

「――――ありがとうございます、八雲様」

「けれど、失態は償わなければならないわ。――――殺しなさい」

 

部屋の空気が凍った。否、そう感じたのはセバスとツアレのみ。その他の者達は至って平然としている。

セバスは唾を飲んだ。何を殺せと言うのか。尋ねるまでもない。それでも尚、僅かながら存在する、聞き間違いであってほしいという思いが、緩慢ながらもセバスの口を動かした。

 

「――――何と、仰いましたか」

「失態の元の始末を以てミスを帳消しにする、と言ったのよ。貴方はナザリックの執事(バトラー)我ら(ナザリック)の中でも上に立つべき存在。そのような存在が失態の原因をそのままにしていては、下の者に示しがつかないでしょう?組織として至極当然の事よ」

 

セバスは息を吐き、そして吸う。強者を前にして尚乱れないセバスの息が、極度の恐怖と緊張から乱れていた。

 

「セバス、貴方は命に従う忠実なる従僕?それとも、己が意志こそを優先する者?――――言葉は不要。結果で答えを示しなさい」

 

目を閉じ、開く。セバスの迷いは一瞬。されど一瞬。その躊躇は、至高の存在に絶対の忠誠を捧げる三者からの敵意を買うのには充分だった。

セバスは覚悟を決め、ツアレへと向き直った。一瞬だけ縋るようにツアレの腕が伸ばされかけ、しかし諦めたように力なく垂れた。セバスの表情からその決定を察したかのように微笑み、目を閉じる。

セバスの動きに最早迷いはない。想いは深く沈め、忠義のみをその胸に抱く。

拳が硬く握り締められる。痛みも恐怖も感じる間の無い神速の死拳は、セバスが唯一手向けることを許された慈悲。頭部目掛け繰り出されたその一撃は、頭だけと言わず上半身を血煙と化すだろう。

確殺の一撃が音を置き去りにして空を駆け――――

 

「――――何を?」

「――――っ、」

 

――――拳は受け止められる。

横合いからコキュートスが四本ある腕の一本を伸ばし、セバスの拳を防いでいた。(至高の存在)の命令による一撃を止めるとは、コキュートスの叛意の表れなのか。当然のようにセバスの脳裏に浮かんだ疑問はしかし、続く紫の言葉で氷解した。

 

「セバス、下がりなさい」

 

意に反したコキュートスを咎めず、沿ったセバスを制する。紫のその行動でセバスも全てを察した。要は出来レース。ツアレの処分など建前で、真意はセバスの忠誠心の確認にあったということだ。

薄目を開けたツアレが涙目で体を震わせた。死が遠ざかって緊張の糸が切れたのか、足が震え、倒れそうになる。

セバスにそれを支えてやる事は出来ない。見捨てた者が見捨てられた者に何が出来ると言うのか。

紫とコキュートスはツアレを無視し、会話を進める。

 

「コキュートス、先の一撃は致死のものだったかしら?」

「間違イゴザイマセン、即死ノ一撃デス」

「ならばこれを以て、セバスの忠義に偽りなしと判断するわ。セバス、ご苦労だったわね」

「はっ!」

 

セバスは硬い表情で頭を下げた。

 

「――――さて。確認も終わった事だし、後はアインズさんにお任せするわ。沙汰はアインズさんから受けなさいな」

 

そう告げて椅子から立ち上がった紫は、開いたスキマの中に身を滑らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と言うわけで、後よろしくね?」

「何がよろしくね、ですか」

 

やりますよ、やればいいんでしょ、と呟くアインズを、紫はにこにこと見遣る。

あ、そうだ。そんな風に切り出した紫に、アインズは何となく嫌な予感を覚えた。

 

「アインズさん。傾城傾国の使用許可が欲しいのだけれど」

「別に構いませんが、いったい誰に?」

「セバスの報告書を見てて、面白い子を見つけたのよ。一応、もうデミウルゴスには誰に使うつもりかは伝えてあるわ」

「外堀から埋めに掛かってるじゃないですか」

 

まあいいですけど、と溜め息を吐きながら、アインズはパンドラに指示を出す為に《メッセージ/伝言》を行使した。

それを視界の端に収めながら、紫も藍に指示を下す。

 

「貴女が件の人間に傾城傾国を使用しなさい。私も貴女を介して指示を出すことになるけど――――」

「許容範囲内、ですか」

「ええ。出来る限りの接触は避けたい。貴女ならそもそも何かしらの“表の活動”に駆り出される事自体が極端に少ないから、多少の情報が万が一漏れたとしても、然程問題にはならないわ」

「畏まりました」

 




・激おこゆかりん
 面倒事を招いた事よりもスクロールを使った事に怒った。
 原作でも、私は正直この時点で第6位階のスクロールを使ったことは浅慮にも程があると思ってます。
・暗躍ゆかりん
 傾城傾国を使っちゃうゆかりん。
 ゲヘナの全てを裏から操るには必要なのです。

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