スキマ妖怪、邁進す 作:りーな
ちょっとペース早すぎやしないだろうか。
*誤字脱字報告してくれた方、ありがとうございました。
陽光聖典を軽く殲滅し、アインズらがナザリックに帰還してから数日。
ナザリック地下大墳墓第1〜3階層を管轄する階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンはナザリック外にいた。
無論、無断で出てきたとかいう何処ぞの
現在シャルティアがいるのはそこそこ質の良い馬車の中。そこそことは言っても、シャルティア含めナザリック所属の者にとって、美しいと絶賛するのはナザリック内に存在するモノのみである。普通の感性で言えば、充分に豪奢な馬車であった。
中に乗るのは5人。シャルティア、そしてそのシモベ兼妾の
ソリュシャンとセバスはそれぞれ「金持ちの我儘お嬢様」と「我儘お嬢様に振り回される誠実な執事」を演じ、リ・エスティーゼ王国の王都に潜入して情報を集める役目を与えられている。セバスは素のままだが。
シャルティアに与えられた命令は、戦士版の魔法とも言える「武技」を使える者を
言うまでもなく、ユグドラシルには存在しなかった武技なるものを研究し、あわよくば習得する為である。
それなりに重要度の高い命令を受けたシャルティアの感情は昂ぶっていた。が、それを上回って余りあるほど緊張してもいた。無論馬車を運転しているザックなる、人品卑しいことこの上ない
寧ろその逆、彼女らナザリックの者が敬うべき者が見ているからである。
八雲紫。“至高の41人”のうちの1人が、スキマと呼ばれる探知不可、不可侵の固有空間から覗いているのだ。
そうなれば、いかなシャルティアとて緊張せざるを得ないし、況してやペナルティスキルの【血の狂乱】で無様な姿を見せるわけにもいかない。
圧倒的な力を誇るナザリックの面々であれば仕方のない事ではあるが、シャルティアを始めとしたカルマ値の低い者達の「傲り」や「油断」といったものが無くなったという面では、紫の行動は吉と出た。
ただし、シャルティアがガチガチに緊張してしまっているが。
紫は元々する事が無かった。アインズは「
大抵自分に回ってくる書類は、アルベドかデミウルゴスが処理し終わって決裁が必要なもののみ。しかも判子を押せば終わりである。つまらない事この上ない。
紫としては気になる事もあったので、こうしてスキマからシャルティアの「はじめてのおつかい」を見学しているという訳である。
そのスキマの中。
赤黒い空間で無数に浮遊し蠢く、大小様々な瞳の内のひとつを覗き込む紫と、その横で数個の瞳を見遣る藍がいた。
「ねえ、藍」
紫は藍に呼び掛けながらも、その目はシャルティアを映し出す瞳から一瞬たりとも逸らされない。
「私の心配事を当ててみてちょうだいな」
「心配事、ですか」
難しい話である。紫の思考は藍の及ぶ所ではない。
それでも予想はできた。暫く考え、恐らくは、と前置きした上で藍は口を開いた。
「六大神に八欲王、そして十三英雄。ちらちらと覗く“ぷれいやー”なる者達の影と、それに伴う紫様達と同格の強者の存在でしょうか」
「50点」
そこで漸く、紫はシャルティアの姿から目を離した。その目には若干鋭い光が宿っている。
「概ねは正解。でも私はある程度の同格なら多少の数的不利すら覆す自信があるし、貴女みたいな部下もいる。
私が最も警戒しているのは、ある意味プレイヤーよりも面倒な物…ワールドアイテムよ」
ワールドアイテム。
例えば、紫の持つ
例えば、無限に強くなる
例えば、自分ごと相手を完全に滅ぼす
理不尽と不条理と、そして絶対の力を体現したアイテム。同格でしか対処できない、最強にして最凶のアイテム。
「アイテムなら、昔のプレイヤー達が持ち込んでいて、しかもそれが今まで残っていても何ら不思議ではないわ。破壊不可、劣化無効の特性を持つワールドアイテムなら尚更。そして、扱える者がいてもおかしくない。
ワールドアイテムだけは、どんな物が出てくるか分からない。だからこそ、これだけ警戒してるの。
プレアデス達に、セバスに、守護者達にその矛先を向けられる事をね」
だから50点、と言い加えて、紫は視線を再び戻した。
視線の先には、
シャルティアは満足していた。
武技なる珍妙な技を扱う男を眷属に出来たし、おまけとして数十の死体を得た。これから死体は幾らあっても足りないとアインズ様は仰っていたので、きっと褒めて下さるだろう、と。
ただ雑魚を
階層守護者としての
ただひとつ不満があるとすれば、
と、眷属から目標の始末完了が報告された。邪魔者を6、7人一緒に葬ってしまったようだが、まあ許容範囲だろう。寧ろ死体が増えたと喜ぶべきか。
そして突如として、眷属からの思念が急速に途絶えていく。
シャルティアは驚愕に目を見開き、次いで憤怒に顔を歪ませた。
自分の、ナザリック最高位NPCの生み出した眷属を屠られたことに対する怒りだ。
が、それでも憤怒で彩られたシャルティアの頭の中にはやはり紫の姿があった。
油断せずに鎧とスポイトランスを装備して、眷属の反応が途絶えた方角へ足を運ぶ。
やがてシャルティアの視界に映ったのは、12人の男女。装備品から放たれる魔力、そして肌で感じられる実力が如実に今までの有象無象とは違うと語っていた。
油断はない。シャルティアの中で
シャルティアは賢いとは言えない。が、愚かではない。一騎討ちにおいてナザリックNPC最強という肩書は伊達ではないし、こと戦闘関連においては敏感だった。
その感覚がシャルティアに囁いているのだ。目の前の者達は、時と場合によっては
排除。その二文字が頭に浮かび、そして条件反射染みた速度でシャルティアは行動に移した。
スキルをやたらめったらと使って強化した【清浄投擲槍】、それも魔力を消費して必中効果を付与したものを全力で放つ。一番強そうだと感じた、先頭の槍使いの男に向けて。
「使えっ!」
切羽詰まった声が響く。誰が発したのかはシャルティアには分からなかったが、その言葉が相当重い意味を持つことは分かった。
集団に動揺が一瞬だけ走るも、次の瞬間には全員が臨戦態勢を取る。
一番奥の老婆とシャルティアを隔てるように残りの人員が立ち、先頭は変わらず槍使いの男。手慣れた動きだ。
槍使いの男が重心を落としながら槍を腰だめに構え、二種類の盾を装備した男が清浄投擲槍と槍使いの男との間に割って入る。
幾つものスキルが乗った、盾の防御。その防御は現地世界随一だろう。
しかし哀しいかな、彼らが相対するのはユグドラシルにおいて十本の指に入る強大さを誇るギルド、アインズ・ウール・ゴウン内でも最強を誇るNPC。
耐えられる道理はなかった。
まるで紙に剣を突き立てるような滑らかさを以って、清浄投擲槍が盾を、そして持ち手の肉体を容易く貫通し、更には後方にて護られていた筈の槍使いの男の肉体さえ抉り取っていく。
当然の事ながら盾を扱う男は即死。槍使いの男も、とてもではないが戦闘を行えるような体ではない。
しかし彼らが文字通り身を呈して稼いだ時間は、全くの無駄という訳でもなかった。
老婆の着るチャイナドレスが光を放つ。
それこそが彼らスレイン法国特殊部隊の一、“漆黒聖典”の有する“真なる神器”。
名を、“ケイ・セケ・コゥク”と言った。
ナザリックの面々に分かりやすく言うならば、
その効果は、耐性を完全無視した精神支配。
隊員が壁となるモンスターを召喚し続け、或いは鎖を投げ、また或いはゴーレムや魔法で攻撃し、注意を引き付ける。
傾城傾国がより一層強く輝き、金の龍が顕現してシャルティアへと飛び掛かる。
シャルティアも回避行動を取ろうとするが既に遅く、金の龍がその顎門を開き────
────シャルティアの姿が突如開いた異空に呑まれ消失する。
対象を失った金の龍は右往左往し、やがて諦めたようにその身を掻き消した。
あまりにも異常な光景に、隊員らは目を見開いた。
彼らにとって、真なる神器の力は絶対。その常識レベルとも言える大前提が覆された。
そのショックは、計り知れなかった。
呆然とする者が数多いる中、気付いたのはモンスターを使役していた男だった。
少し離れた場所、彼らの常識が破られた所から然程距離もない場所にそれはいた。
金の髪を夜風に靡かせ、どこか彼らの真なる神器にも似た形をした服を纏う妙齢の女性。妖しく微笑む様は、本来似合わない筈の戦場の空気にすら良く馴染んでいた。
「…危険ね」
誰に聞かせる為とも思えない程小さな、それこそ風の音にすら溶けて消え入りそうな声だった。
しかし不思議にも、その場にいた漆黒聖典全員の耳に刻み込まれるようにして届いたのだ。
背筋を凍らせるなどという表現すら
「────っ!」
ほぼ反射的な行動だった。鎖を体に巻きつけた男は、その場から全力で飛び退いた。
次の瞬間、今の今までいた場所に爆発が起きた。比喩でも何でもない。正しく爆発が起きたのだ。魔法という、世の理を書き換える魔の
混乱の最中であっても再び老婆が傾城傾国を用いんとし、他の者達がそれをサポートする。
傾城傾国が再び光を放ち、金の龍が今度こそ獲物を捕らえんと飛び掛かろうとして────
────老婆の頭が
「…は?」
漆黒聖典、即ち人という種の存続と守護を志し実行する者達の反応としては随分と滑稽だろう。
しかし誰が責められるだろうか。
何もない所から突如として現れた傘の先端によって頭を粉砕された、漆黒聖典、というより法国において唯一真なる神器を扱える老婆の無残な姿。
動揺し、放心するのも無理からぬ事である。
ただし同時に、この場で最もしてはならない事でもある。
「《トリプレットマキシマイズマジック・リアリティ・スラッシュ/魔法三重最強化・現断》」
飛翔する、全魔法中にて最高レベルの攻撃力を有する魔法。それが最大まで強化され、更には3発放たれる。
半数は回避、残りの半数は装備品ごと細切れと化した。
回避した半数に含まれる槍使いの男は、どうしようもなく勝算が無いことを悟った。隊員の半数が死亡、傾城傾国も使用不可。一瞬で半分の隊員を屠った化け物相手に、どうにかなるとは思えなかった。
せめて真なる神器だけでも本国に、と考えた槍使いの男の目に、絶望が映った。
傾城傾国が、
いや、傾城傾国だけではない。つい先程斬り刻まれた隊員の死体すらも既に何処へと姿を眩ませていた。
一体何時の間に奪い去られたというのか。あまりの早業に言葉を失った。
槍使いの男は軽く頭を振って、意識を変える。
死体はなくなった。これで法国でも蘇生は不可能。真なる神器を失い、苦楽を共にした戦友を喪った心の傷と動揺は深く大きいが、あの埒外の力を有した存在の事を本国に知らせる事こそが友への唯一の手向けとなると信じて、周囲を警戒しつつ静かに踵を返し、
「はい、ご苦労様。疲れたでしょう?永遠に休んでなさいな」
意識が途切れた。
ふう、と紫は軽く息を吐く。
まさか自分の懸念が当たるとは思わなかった。こういう嫌な予感が当たるのは心臓に悪いから心底止めて欲しい、と紫は思う。思ったところでどうしようもないのだが。
「紫様、こちらを」
スキマからシャルティアと共に姿を現した藍が跪き、老婆の着ていたチャイナドレスを捧げ持つ。
それを受け取った紫は、魔法を発動させた。
「《オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定》」
脳裏に浮かんだ鑑定結果に紫は盛大に眉を顰める。
「…はぁ、やっぱり。これは一大事ね。…シャルティア」
「は、はい!」
いつもの廓言葉がさっぱり消え去る程緊張したシャルティアを宥めつつ、紫は指示を出す。
「藍と貴女のしもべと協力して、出来るだけ急いで死体を全て回収しなさい。回収後は速やかにナザリックまで撤退する事。良いわね?」
「かしこまりんした!」
何か妙に元気だな、と思いつつ、紫は口には出さない。テンションが高いところに水を差すのは無粋だと思ったからである。元気に越した事はない。
先に帰っておくわね、と言い置いて、紫はスキマに身を滑り込ませた。
はあぁ、と先程よりも長い溜息を吐き、《メッセージ/伝言》を発動する。すぐさま対策を練る必要がある案件だ。何よりも優先すべきだろう。
『アインズさん?ちょっと出来るだけ早くナザリックに戻って来てくれないかしら。実はね────』
・見学ゆかりん
暇なのでシャルティアを監視…もとい、観察するゆかりん。
何気にセバスよりもシャルティアを優先している。
・無双ゆかりん
フル装備ゆかりんの魔法は基本的にオーバーキル。
更に最強化して最高レベルの攻撃魔法を放つと…あとは分かるね?
・顰めっ面ゆかりん
藍に懸念を語ったそばから、まんまの事が起きたため。
普段だったら笑いながら内心で罵倒しまくるくらい。