スキマ妖怪、邁進す 作:りーな
独自展開になります。
時間的には魔導国建国後。大虐殺までは既に終わってます。代わり映えもしないので大幅にカット。大まかには流れは変わっていません。ただし、死ぬはずだった人物が生き残ってます。
リ・エスティーゼ王国第一王子、バルブロ。頭は悪く、さりとて武も本職には遠く及ばず。巨大犯罪組織たる八本指とも浅からぬ繋がりがあり、貴族派筆頭のボウロロープ候を始めとした多数の貴族達に推されて王座を得んとする男。弟である第二王子ザナックからの評価は最悪の一言だが、残念ながら至極真っ当な評価である。
バルブロは今現在、機嫌が悪い。それでいて、焦っている。魔導王に対する一手としてカルネ村に兵を率いて向かったのはいいものの、予想外の抵抗に遭遇。あまつさえゴブリンの軍勢による逆撃を受けてバルブロの軍は潰乱。這々の体で逃げ帰った先に待っていたのは、義父のボウロロープ候の戦死の報と、「ゴブリンに負けた王子」という甚だ不名誉な誹り。バルブロの弁明も嘲笑の滲む揶揄に掻き消され、未だ支持者を抱えてこそいるものの王位継承レースからは確実に脱落した。
重ねて述べるが、バルブロは愚物である。多少悪知恵は働くが、致命的に思慮が足りず、傲慢で自己中心的。「バルブロ王子」は兎も角、「バルブロ」に価値を見出したものなど後援者の中に一人も居はしまい。王の長子だから。自身が義父の立場にある王子だから。あるいは、甘い蜜を啜れるから。血筋か利権か。それしか無かったから、それ以外に縋る術を知らない。後援者も、バルブロ本人も。血筋はそれすら無為になる程に堕ち、利潤は権勢────或いは利用価値が減った為に減り、それ故に更に権勢が落ち、と悪循環。今まで恃んできたもの全てが失われつつある中、バルブロが最後に頼ったのは全てを引っくり返し得る
バルブロは、人としてすら地に堕ちる事を選んだ。
「…これは本物なのだな?」
「はっ、間違いありません」
時刻は夜。光源がただ一つのみの薄暗い部屋の中で、声を落として会話する二つの人影があった。その内の一つは、闇に紛れるような格好をした男。暗殺者や隠密といった言葉そのものな姿をしたその男の声は、どこか硬い。背筋に走る薄ら寒い感覚を、仕事人としての義務とプライドで押し殺しているが故だった。もう一つは、第一王子バルブロ。こちらの声は冷静だったが、その奥には熱があった。期待と興奮を抑えて取り繕ってはいるようだが、男に言わせれば拙いと言わざるを得ない。その熱が男の感じる嫌な予感の元凶の一つなのだから、男にとっては不幸でしか無かっただろうが。
バルブロの手には、一つの像が握られていた。三本腕の悪魔の像。各々の腕に色の異なる宝珠を握りしめているその像からは、魔法詠唱者ではない男でも分かる程に強い魔力が発せられている。
オーエン率いる悪魔軍が襲来した後に発見された、悪魔らが捜索していたと思われるマジックアイテム。王都に災禍を招いた物品。
今落ち目の王子が、これを使って何をするというのか。魔術師組合の魔法でも付与された魔法は不明だったが、オーエン程の悪魔が配下まで連れて大挙して押し寄せた事を考えれば、悪魔を召喚・使役する物品なのではないかという予想は立つ。あれ程の大悪魔が、マジックアイテムの所為とはいえ使役される事を良しとするとは思えなかったから。
「ふん、それなら良い」
本当に?と聞きかけて、顰めた顔を隠す為に頭を下げた。バルブロにはもう後がないからこそ、何をしでかす気なのか理解できる。所詮は予想だ。推測の域にすら至らない、邪推でしかない。
懸念をひた隠し、失礼します、と最後に声を掛けて男は部屋を去った。依頼金を手に王国を出て遠くに逃げよう、と思いながら。巻き込まれたくはない。それが男の偽らざる本音だった。
自身の下に目的の品を届けた男の背を見送り、漸くバルブロは喜色を表に出した。なけなしの財を放り出し企てた、文字通りの大勝負。失敗すれば全てを失う、後の無い暗闘にバルブロは勝利した。ダミーを残すように指示はしたが、盗難が発覚するまで時間はそう無いと思っていい。持って数日か。誰も居ない部屋の中、思考を巡らせながらバルブロはアイテムを掲げ、告げた。
「────さあ来い、最強の大悪魔よ!」
ぱきん、と音がした。
思わずアイテムに目を向ければ、像がひび割れている。やがて、さらさらと空気に溶け込むようにして光の粒となって消えていった。バルブロの手元からアイテムの重さが無くなると同時に、目の前に楕円形に渦巻く闇が現れた。さながら門のような闇の中から、ずるりと抜け出すように人影が現れる。
暗褐色の鎧を纏い、深紅の大鎌を背負った緋色の髪の男。お世辞にも武に優れているとは言い難いバルブロであっても容易く感じ取れる、その絶望的までに隔絶した戦闘能力。
大悪魔オーエン。伝え聞いた姿よりも、直面した時の威容はバルブロの生存本能を強烈に刺激した。
「…さて、初めましてかな?私はオーエン。悪魔を己の手で呼び出した以上、覚悟はあると判断した。さて、早速だが契約を始めよう」
王国の滅亡は目に見えていたが、強いて止めの一手を挙げるとするならば。それは、この夜に結ばれた契約だっただろう。