スキマ妖怪、邁進す   作:りーな

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ゲヘナ編二話目。炎壁構築まで。
いつもより短め。


漆黒の戦士

 

二振りの大剣を構えイビルアイと悪魔の間に立ったモモンに向かい、悪魔は柔和な笑みを浮かべた。その整った容姿と相まって非常に魅力的ではあったが、笑みと同時に掻き消えた悪意の放射が逆に不気味さを醸し出す。

 

「これはこれは、初めまして。ご丁寧にどうも、モモン殿。私の名はオーエンと言う。どうぞ宜しく」

 

大鎌を携えたまま、悪魔────オーエンは深々と礼をした。気楽でありながら、どこか上位者に対するような敬意をイビルアイは感じた。当然悪魔が敵に敬意を向けるはずもない。悪魔という種そのものが持つ慇懃無礼さの象徴だろうと判断する。

イビルアイは仮面の下で顔を歪めた。オーエンと言う名の悪魔は聞いたことがない。オーエンの実力────魔神をも上回る、魔神王とも呼ぶべき圧倒的な力────を考えれば、何らかの神話や英雄譚(サーガ)にでも謳われていそうなものだが。

 

「そこの小娘が目的かな?であればそれ(・・)は貴方に差し上げよう」

 

物扱いされたイビルアイは密かに憤慨するが、その怒りも続くオーエンの言葉に消し飛んだ。

 

「ただし代わりと言っては何だが、これからの我々の行動を邪魔しないで頂きたい」

 

────今、こいつは何と言った?

この超級の悪魔が何かしでかそうとしている、それだけで背筋が凍った。悪魔である以上、碌でもない事であることだけは断言できる。それを、魔神を超越するオーエンが行う。イビルアイの脳裏に、地獄の如き惨状が容易く思い浮かんだ。

 

「────残念だが、それは出来ない相談だ」

 

硬い声でオーエンの提案をモモンが一刀両断する。対するオーエンは残念そうにするでもなく、つれないねぇ、と呟きながら肩を竦めた。

 

瞬間、オーエンの姿が霞む。

 

直後、ぎぃん、と金属音が響く。イビルアイが遅れて事態に気付いた時、オーエンは既にモモンへと肉薄し、その戦鎌を振るっていた。モモンもまたしっかりと反応し、二本のグレートソードを交差させ、その交点でオーエンの鎌の一撃を見事に防いでいた。ぎちぎちと金属の擦れる嫌な音が暫し続き、モモンが払うように剣を振るった勢いに任せてオーエンが飛び上がって後退する。その着地した場所は最初と変わらない位置に見えた。

 

「突然か。礼儀がなってないな」

 

オーエンの不意打ちに対してモモンが静かに声を発する。そこに負の感情はなく、特に何とも思っていないようにイビルアイには思えた。まるで挨拶代わりだとでも言いたげに。

 

「戦場に礼儀も何も無いだろう?」

 

対するオーエンも悪びれる様子は欠片もない。その笑みに未だ変化はなく、相も変わらず柔らかい笑みを見せている。

 

「…まあ、違いない、な!」

 

言うが早いか、次はモモンの方から踏み出した。否、イビルアイからすればそんな気がしたと表現した方が正しい。オーエンのみならず、モモンもまた隔絶した実力の持ち主。いかにイビルアイが永きを生きてきた者だとしても、二者の激突を委細漏らさず把握するのは不可能だ。

ただそれでも、酷くありきたりで、だからこそ率直な感想を述べることは出来た。

 

「…すごい」

 

神聖さを漂わせる白銀の剣閃と、禍々しさを纏う深紅の斬撃が交差する。イビルアイであっても、突っ込めば瞬時に細切れになりそうな絶死の領域。雨霰と降り注ぐ剛撃はしかし、それらを作り出している二者に届くものは一つとてない。

イビルアイの記憶の中にあるどんな戦士をも、二人は超えていた。

いつだったか吟遊詩人が歌っていた、姫君になったかのような錯覚をイビルアイは抱く。姫君を颯爽と助ける騎士。万人を魅了するその姿が、目の前の漆黒の戦士に重なった。

 

「…がんばれ、ももんさま」

 

両手を組み、イビルアイは願う。騎士(モモン)大悪魔(オーエン)に勝利を収めることを。

 

モモンの一撃がオーエンの斬撃の壁を遂に潜り抜け、大きな音を立てながらオーエンを吹き飛ばす。転倒とまではいかないものの、両の足で勢いを殺しながら石畳の上を滑っていく。止まりきった所でオーエンは確とモモンを見据え、ひゅう、と茶化すように口笛を吹いた。

 

「高々人間の身でここまで鍛え上げるとは…見事なものだ」

 

がつんと音を立て、モモンの片方の大剣が石畳に突き立つ。自由になった手で埃を払いながら、平坦な口調でモモンが答える。

 

「世辞はいらん。お前も本気を出していないだろう?」

 

イビルアイの身体が震えた。二人の常識を遥かに凌駕した力量を漸く正確に悟って。あの攻防で手を抜いていた?それは────最早、神の領域ではないか。

見抜かれてるよ、怖い怖い。おどけるようにそう呟いたオーエンは、軽く息を吐いて邪気に溢れた笑みを浮かべた。その目が一瞬イビルアイを見据え、イビルアイが訝しむ前にその視線はモモンに戻った。

 

「次はこっちの番だ、そら行くぞ!【悪魔の諸相:触腕の翼】」

 

大きく跳躍したオーエンの背から何かが飛び出した。それはまさしく翼そのもので、しかし羽の部分が妙に平らな不思議なものだった。その先端は鋭く、飛行性能よりも殺傷能力の方が高そうに見える。

異様な翼で滞空しつつ、オーエンは称賛と嘲笑の混じり合った声を上げた。

 

「認めよう、モモン。お前は強い。私と互角、下手をすればそれ以上だ。だからこそ少々卑怯な手を取らせてもらおう。そのままこちらに斬りかかって来れば、私はまともに食らう他ないだろう。ただしその時は後ろの雑魚は諦めてもらう────さて、どうする?」

 

一瞬もぞりとオーエンの羽が蠢いたかと思うと、一斉に高速で伸長し、取り囲むようにしてその鋭い先端で襲い掛かった。その中心点にいるのはモモン────ではない(・・・・)

 

死んだ。

攻撃の標的にされたイビルアイは、素直にそう思った。オーエンの手加減なしの一撃を耐えられるとも、防げるとも微塵も思えない。

“死”の象徴たるオーエンの翼の刃が迫り────イビルアイの視界が遮られる。

イビルアイの目に映ったのは、漆黒の鎧で身を包んだモモンの後ろ姿。その光景を飾るように舞うのは、オーエンの羽の断片だ。致命の刃となる大悪魔の羽でも、こうなってしまうと言いようもなく美しい。

 

「────無事で良かった」

 

深みのあるモモンの声がイビルアイの耳に届くも、声が出ない。鼓動を止めて久しいイビルアイの心臓が、一つ高鳴った気がした。恋に堕ちるとはこういう事なのだろうかと、茹で上がった頭でぼんやりと思考する。

モモンは片手の剣を再度石畳へ突き立て、イビルアイへと手を伸ばす。御伽噺のお姫様のように横抱きにされる妄想を抱くが────

 

「……、…」

 

────それは裏切られ、荷物でも抱えるように持ち上げられる。

イビルアイの肉体は少女のそれだ。横抱きよりもこっちの方が安定するし、何より落としにくい。オーエンへの恨みはある。怒りもある。文句を言える立場でも状況でもないことはしっかりと理解している。それでも不満の灯火は鎮火出来ない。

オーエンが一瞬きょとんとし、次いで可哀想なものを見る目に変わった。先に浮かべた嘲笑混じりのものではない。本気で、心の底から、オーエンがイビルアイに同情しているのがひしひしと感じられた。

…泣きたい。

 

「その…曲がりなりにも女性に対して、その扱いはいかがなものかと思うのだが」

 

オーエンが言いにくそうにモモンに告げた。その間もオーエンの視線はイビルアイに固定されている。助け舟のつもりなのだろうか。イビルアイはなんとなく、惨めに思った。

 

「…?この方が戦いやすいからなのだが…?」

「いやまあ、そうだろうけど…」

 

相変わらずの淡々とした声に、オーエンが微妙な顔をした。それからやる気なさそうに頭を乱雑に搔きむしり、鎌を肩に乗せた。

 

「うん、なんか…()る気が失せた。一旦退かせて貰うとしようか」

 

物凄く力の抜けた声だった。このままやりあっても埒あかないし、なんて声も、どことなく戦意に欠けている。

 

「これから私は王都の一角を炎の壁で囲む。侵入して来なければ何もしないが、来るならば覚悟して貰おうか」

 

言い捨てるが早いか、オーエンは背を見せて走り出した。全力であるようにこそ見えないが、その背が加速度的に遠くへと離れていく。

 

「ま、まずいぞモモン殿、早く追わなければ!」

「…無理だ。奴は目的の為に撤退を選択した。追えば本気になって戦うだろう。そうなれば────」

 

モモンが濁した言葉の先はイビルアイも分かっている。オーエンはイビルアイという存在が、モモンにとっての人質になり得るという事を先の羽で確信しているだろう。であれば離れていても巻き込もうと戦場を誘導するだろうし、そうでなくとも民ごと攻撃する。たち(・・)の悪いあの悪魔なら確実にやるという、ある種の信頼があった。持ちたくなどなかったが。

超級の悪魔(オーエン)に唯一対抗できるだろう人物の足枷になっている己に、イビルアイはどうしようもなく腹が立った。

 

イビルアイは固く決意する。例え────例え、自分が命を散らしたとしても、モモンの為の露払いはしてみせると。足手纏いには決してなるまいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、これぐらいか?」

 

王都北東部。経済における中心区画であるそこに、オーエンはいた。

芝居掛かった様子で両腕を広げ、スキルを発動する。それと同時に、音すら立たずに炎の壁が吹き上がる。高さにして30メートル超、北東部をぐるりと囲むその長さは測るのが億劫になる程。

続いて別のスキルを起動し、悪魔を大量に召喚する。それらは境界周辺に散開させ、脱出を試みる者を内部へと追い立てるように命じておく。

オーエンの背後から続々と追加の悪魔が姿を現わす。オーエンが召喚した存在ではない。部下達に命じて召喚させた悪魔の軍勢だ。既に命令系統の一本化は終わっている。これらの悪魔には住民の拉致や物資の略奪を命じ、しかし幾つかの倉庫を意図的に残すよう指示する。

ほんの数分で悪魔の群れの支配領域と化した炎壁内を満足そうに眺め、側に侍る二体の悪魔に目線で指示してオーエン自身も待機する。

オーエンは思念を通じ、全ての悪魔に宣言した。

 

「これより“ゲヘナ”を開始する。さあ、英雄譚(マッチポンプ)の始まりだ。────諸君、奮戦せよ。悪魔らしく悪として、英雄譚を飾るとしよう」


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