規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
レインらが、偽のミーユを許した日の後日。
ダンソンとその妻は、森の中を進んでいた。
土を踏みしめ木の根を超えて、ヤブをかきわけて進む。
「どうしてこのダンソンが、このような目に会わなければならないのか……」
「しかしダンソン、どうしますの?
わたくしたちの家は、リチャードめに取られたようですが」
「そんなもの、このダンソンが戻ればどうにでもなるわ」
「さすがは、わたくしのダンソンですわ」
その発言は、間違ってはいなかった。
腐敗貴族のダンソンではあるが、同類からの支持は厚い。
一般的に三公と言えば、竜のようなものである。
尾に触れることですら、一般人には死の象徴だ。
『吾輩は、三公のダンソン様と親交があってねぇ……』と手紙をチラりと見せてやるだけで、下級や中級はもちろんのこと、上級貴族でも押し黙る。
ダンソンは、そんなアイテムである『三公の手紙』を、ワイロとおべっかを差し出せばくれる。
一方のリチャードは、そのあたりに厳しい。
自身の家の力を知っているがゆえ、滅多なことで手紙はださない。
相談を持ちかけられても、どちらに義があるのかを精査する。
性根の腐った貴族からすれば、ダンソンのほうが好ましいのだ。
ダンソンが戻ったと知れば、相当数がダンソンを支持する。
それが『三公』の力でもあった。
それゆえに、ダンソンはくり返す。
「どうしてこのダンソンが、このような目に……」
「レリクス=カーティスに手を出したからですよ」
そこに現れたのは、赤いコートに帽子を被った、赤づくめの男。
矛盾の妖魔シェイド=ゼフィロスであった。
「レリクス=カーティスは、七英雄最強の男。
「貴様は……!」
ダンソンは、ほんの一瞬、怒りに震えた。
しかしすぐさま息を吐く。
「まぁ、よい。ここにきたと言うのなら、領地につくまで護衛しろ」
「フフフ」
ゼフィロスは、穏やかに笑う。
怪しいほどに美しいはずのその笑みは、しかし狂気を感じさせた。
ダンソンは気圧される。
逃げ場を求めるような気持ちで、妻のほうを見る。
……ぽとり。
妻の首が落ちた。
赤い血を噴出して、うつ伏せに倒れる。
ゼフィロスの右手には、血塗られた鎌。
「条件一。作戦中は、わたくしの指示に従うこと」
「っ……?!」
「あなたの依頼を受ける際、わたくしが述べた言葉です」
「そ……そういえば、そのようなことも言っておったな……」
「しかるにあなたは、わたくしの作戦を流し、四神将の方々を呼び戻しました。
契約の際に出した条件を破るということは、契約を破棄することと同じです」
「だ……だがアレは、やつらを呼び戻せばあの老いぼれにも勝てそうだと……」
「そうですか」
ニコッ。
ゼフィロスは、明るく軽やかな笑みを浮かべた。
ダンソンの気がゆるむ。
次の瞬間。
ゼフィロスは、ダンソンの右足にナイフを刺した。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!」
ダンソンが、悲鳴をあげてうずくまる。
「いやはや、申し訳ありません。
あなたの足にナイフを刺せば、わたくしは楽しくなるかと思ったものでして」
「ぐひいぃ、ぐひいぃ!」
ダンソンは、必死になってナイフを抜いた。
痛む足を引きずって、ゼフィロスから遠ざかる。
「逃げられるとお思いですか? 舐められたものですねぇ」
ゼフィロスは、静かにナイフを取りだした。
ヒュオンと投げる。
空を切り裂き飛ぶそれは、左の太ももに刺さった。
「ぐひいぃ!!」
ダンソンは倒れる。
「よい気味ですねぇ、クトゥフフフ」
ゼフィロスは、新しいナイフを取りだした。
一本を二本。二本を四本。四本を八本に増やす。
そして増やした九十六本のナイフに四本を加え――。
「刻みなさい――ハンドレッド・プリズン!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
ドーム状の檻のように広がった百本のナイフは、ダンソンをズタズタに切り裂いた。
ダンソンは絶命した。
かと、思いきや。
「ハッ!」
と目覚める。
「幻想世界――イモータル・ワールド。
わたくしが得意とする能力のひとつですね」
そう言って、今度は鎌をヒュンと振る。
ダンソンの右腕が吹き飛んだ。
「ぎゃああっ!!」
血が流れでる腕を押さえ、ダンソンは叫ぶ。
「いっ……いったいなにが目的なのだ?
カネか? 地位か? 名誉か?
どれであろうと、このダンソンはくれてやることができるぞ?!」
「それについては、事前にお話したはずですが?」
「よっ……四神将との再戦か!」
「しかし本命のルークスくんは、無能なるあなたがレリクス=カーティスにぶつけたせいで、意識を失ってしまいました。
目覚めるまでには、しばしの時間がかかるでしょう」
「くっ……」
「つまりわたくしのお願いは、たったのひとつ」
そしてゼフィロスは、八本のナイフを構えて笑った。
「彼が目覚めるまでのあいだ、わたくしの時間潰しにつきあってください」
八本のナイフを、ダンソンに向かって投げる。
「ぎゃああっ!!」
ダンソンの悲鳴。
ゼフィロスは、容赦せずに突き刺し切り裂く。
絶命したかと思っても、ここはゼフィロスの幻想世界。
死ぬほどの痛みを受けても傷を受けても、一向に死なない。
その拷問は、ルークスが無事に目覚めるまで続いた。
「はひひゅ……、ひいぃ…………」
ゼフィロスの呪縛が解けた。
ダンソンは、すでに廃人と化していた。
頭髪は白くなり、半分近くが禿げあがり、豚のように肥えた体は、骨と皮だけになっている。
「ではルークスくんのところへと行きますか。
一瞬とはいえレリクスとの戦いで、なにかを掴んでいるとよいのですがねぇ。クトゥフフフ」
ゼフィロスは、いそいそと立ち去った。
ダンソンのことは、もはや意識の片隅にも存在していなかった。
取り残されたダンソンに、森のジャガーが食いついた。