規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
レインが苦戦していた時分。
ミーユたちがいる屋敷。
ミーユらは、レインたちの戦いを広い食卓で見守っていた。
戦場の端に設置されていた水晶玉から送られてきた映像を、ビジョンボードと呼ばれるハーフミスリル製の素材で作られた板に移している。
大きさは、大型テレビ級である。
「レイン様もレリクス様も、すさまじいですね……」
「さすがはご主人さまですにゃ……」
「人外離れしてるぜな……!」
リン、ミリリ、カレンの奴隷三人娘が感想を漏らすと、リリーナが言った。
「当然と言えば、当然の結果だな」
優雅な仕草でハーブティをすすり、クッキーを食べる。
リリーナの感覚から言えば、十万の軍勢は『たかが』であった。
そんな中、マリナがミーユを気遣った。
「………へいき?」
不安そうにうつむいていたミーユのおなかを撫でる。
手つきは、穏やかでやさしい。
ミーユの子どもがレインの子どもでもあると思うと、それだけで愛おしかった。
「レリクスさんもレインも強いんだけど……。
あのぐらいの軍勢を蹴散らすぐらいなら、四神将の人たちでもできるから……」
「………そう。」
「レリクスや少年を止めるには至らんと思うがな」
リリーナは淡々としていた。
そんな中、レインの背後に赤いコートを着た男が迫る。
銀色の剣で攻撃を咥え、それと同時に――。
レインが消えた。
「レイン?!」
「ご主人さまっ?!」
「ゼフィロスか……」
マリナたちが動揺を見せる中、リリーナは落ち着いていた。
「ゼフィロスって、矛盾の妖魔のですか?!」
「ああ、そうだ」
「レインでも、そんな敵は危ないんじゃ……」
「いや、そこは大丈夫だろう」
慌てるミーユではあるが、リリーナは落ち着いていた。
「やつが好きなことは強者を切ること。
得意なことは強者を切ること。
生きる意味は強者を切ること。
それゆえに、強者を殺すことをためらう。
特殊空間に入り込む結界も張った今、少年が殺されることはない」
「でもですが、レリクスさんにも、十二騎士とよくわからない人たちが四人も……」
「確かに少々、腕が立つようではあるが……」
リリーナは、目を細めると言い切った。
「レリクスにとっては幼子と同じだ」
ただそれはそれとして、自身の肩をぐるりと回す。
右手をグー、パーと握ったりもする。
「………。」
マリナもゆっくり立ちあがる。
「守って。」
ミーユをリリーナに任せると――。
扉に向かって猛チャージ!!
それと同時に、扉にピシリとヒビが入った。
バラリと割れる。
四神将が現れる。
マリナのパンチが放たれるっ!!
ゴシャアッ……!
剣を振り切っていた金髪の青年の顔面に、マリナの拳が突き刺さる。
「なっ……?!」
続いてマリナは、武骨な顔立ちをした黒髪の男に回し蹴り。
めきりと腕のひしゃげる音がし、黒髪の男を吹き飛ばす。
吹き飛んだ男が激突した壁が、爆弾でも使われたかのように吹き飛ぶ。
「ルークスさん! クロガネさん!」
ヒーラーの少女が、回復魔法を入れようとした。
マリナは右手に魔力を込めて、少女も殴り飛ばそうとする。
だがしかし、右方向から強力なプレッシャー。
足を止めると眼前を、白い矢が通った。
マリナは相手を確認しない。
相手を見やるより早くに、氷のツララを展開し、一直線に打ち放つ!!
時速360キロで突き進む八本のツララに対し、相手は素早く矢を放つ!!!
その矢はマリナのツララを砕き、マリナ本体へと向かう!!
「んっ………!」
マリナは素早く回転し、八本の矢を回避する。
回避された矢は地面に当たり、真珠色の波紋を作った。
ヒーラーの回復を受けたルークスが、光の魔法弾を放つ。
マリナは氷のバリアを張った。
直撃は避けたものの、勢いは殺し切れない。
爆風に煽られる。
マリナの体が派手に吹き飛ぶ。
廊下から食堂のテーブルを越えて、壁に叩きつけられた。
「っ………。」
かなりのダメージを受けたらしい。
立てないでいる。
「っ……」
「はにゃっ……」
「ぜな……」
リンとミリリにカレンの三人が、マリナを見つめて絶句する。
レリクスとレインには劣るとはいえ、常識外れの力を持っているマリナ。
そのマリナが、四対一とはいえやられるなんて――。
一方のミーユは、マリナを襲った四人を見ていた。
その顔は、蒼白だ。
「オマエらは――」
金髪の青年――四神将のルークスが、皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「おひさしぶりですね……ミーユ様」
「四神将のオマエが、どうしてこっちに……?」
「ゼフィロス様からのご命令でしてね。
十二騎士と偽の四神将が戦っているうちに、あなたの首を取ってこい――と」
ミーユの体が、小刻みに震える。
ミーユにとって、グリフォンベール家の守護者とも言える四神将は、強さの象徴でもある。
しかもその四神将は、マリナに立てないほどのダメージを与えた。
絶望するのも無理はない。
金髪の青年――ルークスは、そんなミーユの心境を見て取った。
ナイフを取りだし、ミーユの足元に投げる。
「ご自害ください」
冷徹な宣言。
ただその声音には、ほんのわずかにやさしさがあった。
「我々の狙いは、あなただけです。
あなたがご自害してくださるなら、ほかの方には手をだしません」
「本当か……?」
「我が剣と魂に誓って」
ミーユは地面のナイフを引き抜く。
「そんなのダメで――はにゃあっ!」
ミリリが止めようとしたが、ルーカスの剣気に押されてしまった。
雷撃でも受けたかのように怯み、目もあけていられなくなる。
「ミリリ!」
リンが後ろから抱きしめるように支え、かろうじて息を整えた。
ルークスのほうを見る。
ただ目があっただけであるのに、首を絞められているかのような圧力を感じた。
リリーナの声が響いた。
「格の違いに怯えているのか? リン」
ともすれば、侮辱とも言える言葉。
しかしリンは無言であった。リリーナの言葉が、そのまま真実であったからだ。
リリーナは、フッとほほ笑む。
「彼らは、確かに、なかなかの実力者だ。
戦士に格があると言うなら、かなりの上位に行くだろう。
マリナですらも、吹き飛ばされた。
が――」
リリーナは、マリナのほうをチラりと見やった。
したことは、もう本当にそれだけだ。
それだけなのに――。
マリナの傷は全快した。
立ちあがれないほどのダメージを、かすり傷以下のものに変えた。
リリーナは言う。
「今この場には、魔竜殺しの七英雄がいることを忘れるな」
リリーナは、自身の指をパチリと鳴らした。
リンとミリリとカレンに加え、マリナのステータスが平均三万も上昇する。
「……場所を変えましょうか」
「うん。」
苦戦と長期戦を察したルークスが言うと、クロガネたちが窓から裏庭に降り立った。
リンやミリリも、マリナたちをチラチラと見ながら裏庭にでる。
マリナとミーユに、ルークスが残る。
「あの……、ええっと……」
いまだナイフを握っているミーユが、なにか言おうとしていたが――。
ごちん。
マリナがミーユの頭を、軽くげんこつした。
「だめ。」
「……」
「死ぬのは、だめ。」
くり返し諭されて、ミーユは返す言葉がない。
無言でうつむく。
「守るから。」
マリナはミーユを抱きしめた。その背をやさしく撫でてやる。
その穏やかな雰囲気は、聖母さながらであった。
ミーユのことをやさしく抱いて、裏庭へとおりる。
「実の子を殺そうとする父母がいるというのに、他人の子を守ろうとする少女もいる――か」
ルークスは、ひとりぽつりとつぶやいた。
マリナのあとを静かに追って、裏庭へとおりる。
その胸中は、誰にもわからない複雑なものであった。