規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
敵の指揮官を捕らえ、軍勢に白旗をあげさせ続けること数時間。
モーゼが割った海のように、敵の軍勢が真っ二つに割れた。
父さんが言う。
「いよいよ本番じゃな」
「本番、ですか」
「弱いのを倒し捕まえていると、強いのがでてくるのじゃ」
父さんの調子は、変わらず軽い。
『お菓子は食べると減るのじゃ』みたいなノリで、強い敵を待っている。
果たして割れた軍勢の奥から、煌びやかな軍馬に乗った、偉そうな貴族が現れた。
数は三人。
ミーユの父母とその息子――本物のミーユということになっている少年だ。
「我はダンソン=グリフォンベールである!
レリクス=カーティスよ!
なにゆえに調査すら拒むのだ?!
やましいものを隠しているのかっ?!」
「我が領内に、やましき者などはおらぬ!!」
「ならばどうして隠すのだ?!
やましきところがないと言うなら、堂々としておればよいではないかっ!」
「それを言う貴公とて、ウジが這いずる
やましきところを疑う前に、おのれの手を洗うのじゃな!」
父さんの発言に、貴族のひとり――ミーユの母と思わしき女が叫んだ。
けばけばしい格好をした、見苦しく太った女だ。
「こっ、このっ、無礼者が!
貴様が暴言を吐いたのは、三公・グリフォンベール家の当主であるぞっ?!」
「貴公らの家が徳高きことは理解した!
それでは問うが、貴公ら自身はなんなのだ?!
グリフォンベール家の当主であることを除いた、貴公らという存在にはなにがあるのだっ?!」
「ひいっ!」
「おお、ゲネス!」
ミーユの母が青ざめよろけ、ダンソンのほうも血色を乱した。
「……」
本物のミーユということになっている少年は、目を閉じ手綱を強く握った。
ふたりのことをあまりよく思っていないことが、遠目にもわかった。
「ゆけいっ!
我がグリフォンベール家が誇る、四神将に十二騎士よ!
あの無礼者の首を取るのだ!!!」
「「「……は!」」」
声が響いたのと同時、オレと父さんの周囲に魔法陣ができた。
オレはバックステップで回避する。
はたしてオレが飛んだ直後に、魔法陣があったところに火柱が立った。
コンマ一秒遅れていれば、かなりのダメージは受けていた。
一方の父さんは――。
「ハアアッ!」
気合いで吹っ飛ばしていた。
足元に魔法陣ができた直後に気合いを放ち、自身の半径二メートルをクレーターに変えていた。
魔法陣は消し飛んでいた。
すごい。
四神将に十二騎士と呼ばれた全員が、父さんのほうに向かった。
四人が同時に切りかかり、六人が弓矢などの道具を構え、残り六人が魔法でサポートの体勢に入る。
あれ……とオレが思った直後。
背後に強い気配を感じた。
振り返ると同時――。
『あなたの相手はわたくしですよ?』
声と共に、銀色の長剣。
チラりと入った視界の先には、赤尽くめの格好をした男。
長剣を、身を翻して回避する。
だが敵は、気づけばまたも後ろのほうに。
斬撃がくる。
転がって回避する。
オレは右手から魔法を放つ。
「ファイアボルトッ!」
男は、手を突きだして受けた。
災害指定種の大王スクイッドでも丸焦げにできる威力だが、男にとっては白い手袋に焦げ目がついた程度のダメージしかなかった。
「ミスリル糸で編んだ手袋に、わずか一撃で焦げ目をつけるとは……なかなか将来有望ですねぇ」
「オマエ……何者だ?」
「本来の名で言えば……契約妖魔・ゼフィロス。一般にも浸透している名で言えば――」
男は自身の帽子を押さえ、鋭い眼光をオレへと向けた。
「魔竜殺しの七英雄がひとり、正義の使徒・ジャスティ」
「若いころの父さんに、一撃でやられたっていうやつか……」
「異常でしたねぇ、彼は」
ゼフィロスが突っ込んできた。オレは剣を縦にして受ける。
ギャリィンッ!
火花が散った。剣圧で押される。
背後に気配。ゼフィロスだ。
空を切り裂くような斬撃を、前転で回避する。
すると胸元に違和感が。
ゼリー状の魔力の球が、胸板にくっついていた。
数は四。
嫌なものを感じたオレは、ふたつを握って即座に燃やした。
でも遅い。
ゼフィロスが指を鳴らすと、胸板についたままのふたつが爆発を起こした。
煙幕めいた煙があがる。
オレは素早く後ろにさがる――と。
煙の奥からゼフィロスが、赤い風のように突っ込んでくる!!
かろうじて受ける。かろうじて避ける。
ファイアボルトで距離を取り、息を吐いて意識を集中。ゼフィロスの気配を探る。
そしてふと、違和感に気づく。
(父さんがいない?)
父さんだけじゃない。
ダンソンやゲネスとかいうミーユの父母や、大量にいた軍勢などもいない。
周囲の景色はそのままなのに、オレとゼフィロス以外が消えてる。
「気がつきましたか、クトゥフフフ」
ゼフィロスは、とても楽しげに笑った。
「ここはわたしの幻想世界。
首を切られても心臓を抉られても脳漿を破裂させても、死ぬことはありません。
悪夢と疲労で二、三日寝込むことはあるでしょうがね。クトゥフフフ」
ゼフィロスが切りかかる。両手に剣を持った二刀流。
雨だれのような斬撃。オレはかろうじて回避する。
背後にあった巨岩が、一瞬で細切れになった。
ゼフィロスの左手にあった剣がポフリと消える。
ゼフィロスは、右手の剣を鞘に納めた。
「ちなみにレリクス=カーティスは、わたしの力を知っています。
わたしに襲われているあなたが、死なないことを知ってます」
剣が抜かれた。
水滴のような魔力の球が、散弾銃のように襲いかかるっ!
「ハアッ!」
オレは炎の壁を作った。
壁にぶつかった魔力の球が、当たった端から爆裂していく。
そして今までのパターンからすれば――。
(後ろだっ!)
オレは振り向き斬撃を放つ。
予想的中。ゼフィロスはいた。
「おおっ」
ゼフィロスは素直に感嘆の声をあげ、後ろにさがる。
カウボーイハットのような赤い帽子に、切れ目が入った。
「この短時間で、あわせてくるとは……」
ゼフィロスはつぶやくが、オレは遊ぶつもりはない。
剣を地面に叩きつけ、衝撃の波を起こす。
ゼフィロスの足元の地面が、火山のように破裂した。
このまま一気に――。
と、思ったのに。
ゼフィロスは消えていた。
またも背後に回ってた。
だがしかし、距離はある。
オレは必死に身を翻し、ファイアボルトを放った。
ゼフィロスは指を鳴らす。互いの魔力が交差して爆発。
飛び散ったオレの魔法が、ゼフィロスの周囲の地面や木に当たった。
小さな爆発がいくつも起きて、地面がえぐれて木が倒れる。
「そしてレリクスという男は、強いのですが英雄であり、それゆえに甘い」
ゼフィロスが指を鳴らす。
空間に円形の窓が生まれ、外の様子が見えた。
父さんひとりに、十六人が攻撃をかけていた。
「彼ら、彼女らには、恐怖に怯まずけっして怯えず、自身の力を限界まで絞り尽くして戦うための催眠魔法をかけております。
そしてレリクス=カーティスは、意志のない人間を殺すことにためらいを持ちます。
相手が自分の、遥か格下であれば当然です。
あなたとて、糸で操られている小さな子どもは切れないでしょう?」
ゼフィロスは、クトゥフフフ、と笑った。
オレは察する。
「つまりオマエもあの十六人も、目的はただの時間稼ぎか……!」
「わたくしが今回受けた依頼は、ミーユ嬢の抹殺のお手伝い――でございますからね」
それを聞いた直後、オレの中にスイッチが入った。
時間稼ぎということは、別働隊がミーユたちのところに向かっているということ。
マリナやリリーナがいるとは言っても、絶対に安全とは言えない。
一気に突っ込む。
ゼフィロスの指の隙間に、八本のナイフ。
右手の指の隙間に四本。左手の指の隙間にも四本だ。
同時に投射。
かなりのスピードであったそれが、しかしオレにはスローに見えた。
瞬時にすべてを打ち落とし、ゼフィロスに斬撃を入れる。
ゼフィロスは、袈裟型に切れた。
けれども、手応えでわかる。
今のは残像。ただの幻影。本物は――。
(左!)
振り返り際に斬撃を放つ。
ゼフィロスは、目を見開いて後ろにさがった。
オレは突っ込む。フェイントも混ぜた四つの斬撃。
ゼフィロスが持つ二刀の剣の、片方が折れた。
「これはこれは、今までとは動きが……」
つぶやくゼフィロスの顔面に目がけて、ファイアボルト。
それは顔面に打ち当たる――が。
やはり幻影。
そして気づくと、オレの周囲には銀色の短剣。
一本や二本ではない。
百や二百でも足りない。
四方八方、どこを見ても銀色の短剣の切っ先が視界に入ってきてしまうほどの短剣が、オレを取り囲んでいた。
短剣で作られたドームの中に、閉じ込められたと言ってもいい。
「ファイアボルト!」
試しに魔法をぶつけても、バチりと火花が散るだけだ。
ドームの外でゼフィロスが叫ぶ。
「すべてを穿ち切り刻む汝は、げに美しき――サウザントプリズン!!」
千本の短剣がオレに向かって飛んできた。
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http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75142-0.html
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