規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
ネクロの視線が、ミーユたちの背中に当たる。
が――。
「よそ見をしている場合かアッ?!」
リリーナの拳が飛んできた。
ネクロは顔を横にズラして衝撃をいなす。顔に合わせて体を回し、リリーナの腕を取る。
一本背負い。
ガオンと激しい音が鳴り、巨大なクレーターができた。
リリーナは、受け身を取って距離を取る。
「形なき水と風。我に応えて槍となれ。ウインドスプラッシュ!」
五本の水流の槍が、ネクロへと向かった。
二本は回避したネクロだが、左の肩と右の脇腹、左の足に一本ずつ食らった。
「フー……」
ネクロが大きく息を吐き、樹木に自身の背中を預けた。
「頭は冷えたか? ネクロ=ネテロ=クラウド。
わたしは心がとても広い。謝罪するなら、すべてを水に流してやるぞ?」
「そうだねぇ……」
ネクロは自身の傷口に触れ、流れでる血を見つめた。
「ところで、リリーナ。わたしは言ったね。今回の件は、すべてわたしの計画であると」
「……ああ」
「それならば、罠をしかけていないとは思うかい?」
「なに……?」
ネクロは指をパチッと鳴らした。
地面から赤い杭が飛びだし、リリーナの足を貫く!
「ガッ……」
「この領域には、至るところにわたしの血で作ったトラップが敷き詰められている。
領域の異常性も、原因はそれだ。ふつふつと燃えてしまうわたしのドス黒い感情が、この領域をこのように変えた」
「この程度のトラップで、わたしを倒すことができると思うか……?」
「思っていないさ」
ネクロは指をパチッと鳴らした。
トラップ――というよりは、トラップでダメージを負っていた足の甲が爆発する。
「わたしの血で作った杭が刺されば、キミの体内にはわたしの血が入り込むのは必然と言える」
右足の甲に続いて、膝の付近も破裂した。
生命活動の必然としておこなわれる血液の流動が、ネクロの血液を全身に運ぶ。
それに伴い、リリーナの体のあちこちが破裂していく。
リリーナは後ずさりながら、高速治癒魔法で回復していく。
足の甲の傷も膝の傷も、十秒足らずで完治した。
常人であれば一生残るほどの傷も、リリーナにかかれば数秒で治る。
だがトラップは、縦横無尽に配置されてた。
リリーナが、樹木にどんと背をついた時。
飛びだした杭が、リリーナの腹部を貫く。
「カッ……ハッ……」
敗北を悟ったリリーナは、オレに言った。
「逃げておけ……少年」
「……」
「狂ってゆがんだネクロだが、逃げる相手への攻撃は……しない」
「自分を殺すわたしを信じるのかい? リリーナ」
「しかし……事実だ。
わたしやレリクスを殺すまで、キミは無益な殺しをするつもりはない。
その程度のことは、拳を合わせてみればわかる……」
「…………」
「それより……すまんな。正気に、戻してやることができなくて……」
ネクロは無言で目を伏せ、自身の右手をパチッと鳴らした。
二八〇年を生きてきた七英雄のひとりは、同じ英雄の手によって四散した。
腹部が吹き飛び胸部が吹き飛び、腕や足も吹き飛んだ。
誰がどこをどう見ても、即死としか言いようがなかった。
リリーナとの思い出が、走馬灯のように去来する。
常識のない残念な人で、いろいろとこじらせているエルフさん。
情に厚くて涙もろくて、狂気に染まった英雄ですら、仲間であったということで救おうとした。
哀しいとは思ったが、ふしぎと涙はでなかった。
それはやっぱり、リリーナが覚悟を決めていたからだろう。
同格の相手と一対一で戦うならば、命を落とす可能性もあるという覚悟を。
空間全体を俯瞰するかのような、冷静な感覚が身を包んでる。
「やるのかい……?」
「……当然だろ」
「リリーナは、キミに逃げろと言ってたが?」
「立場が逆でオレがリリーナに『逃げろ』と言ったら、リリーナは逃げると思うか?」
「戦闘が得意ではないわたしは、手加減もうまくはないぞ?」
「……知ってる」
オレは静かに剣を構えた。
ネクロはすこし寂しげに、「そうか」とだけ言った。