規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

52 / 111
リリーナの死

 ネクロの視線が、ミーユたちの背中に当たる。

 が――。

 

「よそ見をしている場合かアッ?!」

 

 リリーナの拳が飛んできた。

 ネクロは顔を横にズラして衝撃をいなす。顔に合わせて体を回し、リリーナの腕を取る。

 一本背負い。

 

 ガオンと激しい音が鳴り、巨大なクレーターができた。

 リリーナは、受け身を取って距離を取る。

 

「形なき水と風。我に応えて槍となれ。ウインドスプラッシュ!」

 

 五本の水流の槍が、ネクロへと向かった。

 二本は回避したネクロだが、左の肩と右の脇腹、左の足に一本ずつ食らった。

 

「フー……」

 

 ネクロが大きく息を吐き、樹木に自身の背中を預けた。

 

「頭は冷えたか? ネクロ=ネテロ=クラウド。

 わたしは心がとても広い。謝罪するなら、すべてを水に流してやるぞ?」

「そうだねぇ……」

 

 ネクロは自身の傷口に触れ、流れでる血を見つめた。

 

「ところで、リリーナ。わたしは言ったね。今回の件は、すべてわたしの計画であると」

「……ああ」

「それならば、罠をしかけていないとは思うかい?」

「なに……?」

 

 ネクロは指をパチッと鳴らした。

 地面から赤い杭が飛びだし、リリーナの足を貫く!

 

「ガッ……」

「この領域には、至るところにわたしの血で作ったトラップが敷き詰められている。

 領域の異常性も、原因はそれだ。ふつふつと燃えてしまうわたしのドス黒い感情が、この領域をこのように変えた」

 

「この程度のトラップで、わたしを倒すことができると思うか……?」

「思っていないさ」

 

 ネクロは指をパチッと鳴らした。

 トラップ――というよりは、トラップでダメージを負っていた足の甲が爆発する。

 

「わたしの血で作った杭が刺されば、キミの体内にはわたしの血が入り込むのは必然と言える」

 

 右足の甲に続いて、膝の付近も破裂した。

 生命活動の必然としておこなわれる血液の流動が、ネクロの血液を全身に運ぶ。

 それに伴い、リリーナの体のあちこちが破裂していく。

 

 リリーナは後ずさりながら、高速治癒魔法で回復していく。

 足の甲の傷も膝の傷も、十秒足らずで完治した。

 常人であれば一生残るほどの傷も、リリーナにかかれば数秒で治る。

 だがトラップは、縦横無尽に配置されてた。

 リリーナが、樹木にどんと背をついた時。

 

 

 飛びだした杭が、リリーナの腹部を貫く。

 

 

「カッ……ハッ……」

 

 敗北を悟ったリリーナは、オレに言った。

 

「逃げておけ……少年」

「……」

「狂ってゆがんだネクロだが、逃げる相手への攻撃は……しない」

「自分を殺すわたしを信じるのかい? リリーナ」

 

「しかし……事実だ。

 わたしやレリクスを殺すまで、キミは無益な殺しをするつもりはない。

 その程度のことは、拳を合わせてみればわかる……」

「…………」

「それより……すまんな。正気に、戻してやることができなくて……」

 

 ネクロは無言で目を伏せ、自身の右手をパチッと鳴らした。

 二八〇年を生きてきた七英雄のひとりは、同じ英雄の手によって四散した。

 腹部が吹き飛び胸部が吹き飛び、腕や足も吹き飛んだ。

 誰がどこをどう見ても、即死としか言いようがなかった。

 

 リリーナとの思い出が、走馬灯のように去来する。

 常識のない残念な人で、いろいろとこじらせているエルフさん。

 情に厚くて涙もろくて、狂気に染まった英雄ですら、仲間であったということで救おうとした。

 

 哀しいとは思ったが、ふしぎと涙はでなかった。

 それはやっぱり、リリーナが覚悟を決めていたからだろう。

 同格の相手と一対一で戦うならば、命を落とす可能性もあるという覚悟を。

 空間全体を俯瞰するかのような、冷静な感覚が身を包んでる。

 

「やるのかい……?」

「……当然だろ」

「リリーナは、キミに逃げろと言ってたが?」

「立場が逆でオレがリリーナに『逃げろ』と言ったら、リリーナは逃げると思うか?」

「戦闘が得意ではないわたしは、手加減もうまくはないぞ?」

「……知ってる」

 

 オレは静かに剣を構えた。

 ネクロはすこし寂しげに、「そうか」とだけ言った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。