規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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レイン十四歳。エルフさんを師とあおぐ。

「わざわざ裏庭に呼びだして、いったいなんの用なのじゃ? レイン」

「ええっと……」

 

 オレはちらりと後ろを見やった。

 木しか見えないように見えるが、リリーナさんが隠れてる。

 

 リリーナさんにとっての〈堂々と会う〉は、

 〈木の陰に隠れて代弁を頼む〉と、イコールで繋がっていた。

 

 さすが父さんの知り合いと言うべきか。

 常識がない。

 

「父さんに聞きたいのは、オレの母上のことなんですけど……」

 

 父さんの眉が、ピクッと動いた。

 話しにくそうに目を伏せる。

 

「とうとう、気にする時がきてしまったか……」

 

 フー……と重いため息をつき、リリーナさんが隠れている木のほうを見やった。

 

「ところで……その木の陰に隠れているリリーナはなんなのじゃ?」

(はぐうぅ!!)

 

 リリーナさんは、木の陰で身をすくませた。

 ぶるぶるがたがたと震えながらも、意を決して現れる。

 

「フ……フハハハハ!

 ななな、生で会うのは、ひひひ、ひさしぶりだな!

 レリクス=カーティスよ!!」

 

「ともに魔竜を討伐して以来じゃのぅ」

「アアア、アレは骨が折れた相手だったなぁ!」

 

「腕の骨と肋骨だけで、軽く一〇本は折れたからのぅ」

「もしもわたしがいなければ、一〇〇回以上は死んでたな!

 治癒と補助のエキスパートである、このわたしがいなければ!!」

 

「一〇〇はともかく、五〇は死んでおったな」

「フハハハ、ハハ、ハ…………」

 

 緊張しまくっているのだろう。

 真っ赤な顔のリリーナさんは、キャラも変わりまくってた。

 

(わたしのバカあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

 そんな感じの心の声も、聞こえてきたような気がする。

 そんなリリーナさんを見たオレは――。

 

「ちなみに母上のことを知りたいと言ったのは、リリーナさんです」

 

 

 全責任を押しつけた。

 

 

(ふわあぁんっ!!)

 

 リリーナさんは嘆いていたが、オレは知らない振りをした。

 

「おヌシが気にするというのか……」

 

 父さんは、目を閉じて考え込んだ。

 しかしゆっくり目を見開くと、穏やかに言った。

 

「わかった。話そう」

 

 父さんとオレたちは、客間も兼ねた食卓についた。

 父さんはそこで、ありのままを話す。

 

 雨の日に、オレが森を這っていたこと。

 拾いあげ、自分の息子として育てたこと。

 

 血の繋がりこそなかったが、本当の息子のように思っていたこと。

 それらのことを、父さんは粛々と話す。

 その姿はまるで、教会の懺悔室で罪を懺悔する罪人のように弱々しかった。

 

 思い当たることもある。

 父さんは、オレを息子と呼んだことが一度もなかった。

 

 オレを見て、さびしげな表情を見せることもあった。

 それらはすべて、自分が実の父親ではないという、後ろめたさからくるものだったのだろう。

 

「どうして、今まで黙っていたのだ……?」

「ワシの……エゴじゃな」

 

 リリーナさんの端的なつぶやきにも、詰問を受けたかのようにうなだれる。

 

「ワシにとって、レインは本当に愛らしい息子じゃった。

 しかし拾われた子であったと知れば、育てただけのワシを忘れて、本当の父を探す旅にでるかもしれん。

 ワシはな、それが怖かったのじゃ……」

 

 語る姿は、胸が締めつけられるほどに切なかった。

 魔竜殺しの英雄ではない、人間としての父さんがそこにいた。

 オレはできる限り穏やかな笑みを浮かべて、正直に言った。

 

「オレは逆だと思うんですけどね」

「逆……?」

 

「血が繋がっていないのに育ててくれたって言うんだったら、余計に本当の父さんですよ。

 だって血も繋がっていないのに、オレを育ててくれたわけでしょ?

 それだけの愛情をかけてくれた人を、父親以外の名前で呼ぶことなんかできませんよ」

 

 それは単なる本音だったが、父さんの心には響いたらしい。

 目頭を押さえ、大粒の涙をこぼし始めた。

 

「そうか……。こんなワシを、父と呼んでくれるのか……」

「もちろんですよ――父さん」

「ふあああああああああああああああんっ!!」

 

 なぜか隣で、リリーナさんが号泣していた。

 一番最初に見た時は、神秘的なエルフさんとか思ったけど……。

 

 

 そんな人はいなかった。

 

 

  ◆

 

「ところで治癒魔法って、オレにも使えたりしますかね?」

 

 父さんとの話が終わったオレは、リリーナさんに尋ねた。

 村の衛生環境も整えたいとは思うのだけど、回復魔法も覚えたい。

 いまだ余韻を残しているリリーナさんは、涙ぐみながら答える。

 

「半分までなら……(ぐすっ)、できなくも……(ひくっ)、ないであろうな……(ふええ)」

「半分?」

 

 リリーナさんは、涙を拭いて言う。

 

「自己の治癒力を高める魔法でよいなら、三ヶ月から三年はかかる修行と痛みに耐えれば習得できる。

 しかし他者を治癒する魔法は、エルフや魔族にしか使えん」

 

「使えない理由とか、あるんですか?」

「普通に覚えようとすれば、一〇〇年近くかかるからな。

 人間が覚えようとしても、寿命で終わる」

 

「そんなにっ?!」

 

「自身の治癒力を向上させるだけでよければ、自身の魔力で事足りる。

 しかし相手の治癒力を高めるためには、自身の魔力を巧妙に変質させて、相手の魔力に近づけないとならんのだ。

 それの間合いや技術の習得には、どうしても一〇〇年はかかる。

 例外は、巻物(スクロール)や魂の宝珠などで覚える場合だな。

 それならば、一瞬で覚えることができる」

 

「そう考えると、スクロールってすごいですね」

「ただし効果は、自力で習得した時よりも劣る」

 

「そんな治癒魔法を自力で覚えたリリーナさんも、本当にすごいんですね」

「だだだ、だからと言って、ババアと呼んだりするではないぞ?!

 見た目がとても若い以上、中身も若いとイコールで結んでも過言ではないにょがわたしっ――――(ぶちぃ!!)」

 

 途中で舌を噛んだらしい。

 リリーナさんは、口を押さえて悶絶した。

 こうなると、ちょっとばかり気になる。

 

「リリーナさんって、おいくつなんですか……?」

「三〇〇歳はいってない! よってババアではない!!

 むしろ子どもだ! 小娘だ!!」

 

 リリーナ・ババアさんは、とても苦しい言い訳をした。

 これ以上はかわいそうなので、オレは引く。

 

「とにかくそういう話なら、自己治癒魔法だけでも教えていただけませんか?」

「わたしとしては、構わんが……」

 

 リリーナさんは、父さんのほうをチラと見た。

 父さんは、深く重くうなずいた。

 

「息子のレインがよいと言うなら、ワシが止めることはせんよ。

 息子のレインが、よいと言うならな」

 

 威厳的なものを見せようとして重くうなずいた父さんであるが、その口元はゆるんでた。

 息子として想われていることがとてもわかって、オレもほころぶ。

 

  ◆

 

「それでは、学習をするとしようか」

「はい」

 

 いつもの裏庭。

 リリーナさんの言葉に、オレはしっかりとうなずいた。

 

「そっ……その前に、わたしのことは、〈先生〉と呼べ」

 

 それは確かに、当然だな。

 オレは真剣な眼差しで、リリーナ先生にうなずいた。

 

「はい、先生」

「はぐっ……!」

 

 その一言で、リリーナ先生はうめいた。

 顔を赤くし、胸元を握りしめて身をよじった。

 

「クハハ、ハ……。キキキ、キミは、レリクスと、似ている…………な」

「そうですか?」

「しっ、真剣になった時の眼差しの強さが、ととと、とてもよく似ている」

「そうなんですか……」

 

 よくわからないが、悪い気はしない。

 育ててくれた恩義があれば、その強さにも憧れている。

 

「それでいて…………少年だ」

「……?」

「実はわたしは、若いころのレリクスに村を助けられたことがあってな」

「はい……」

 

「その時のレリクスは、とても凛々しく格好がよかった」

「まぁ……オレの父さんですしね」

「だがレリクスは、少年ではなかった」

「?」

 

「その点キミは、レリクスと似ている上に少年だっ!

 それは即ち、危険で怪しく、妖艶であるということだっ!!

 それだけは、心に留めておいてほしいっ!!」

 

 理解した。

 要するに、この人はショタコンなんだ。

 

 基本的な性癖は、犯罪者手前のデンジャラス・ショタコン。

 ただ若いころの父さんは、別格でカッコよかったから例外。

 そういう嗜好の人なんだ。

 

 エルフのイメージが崩壊してくが、あえて気にしないことにした。

 

「とにかく、魔法を教えてほしいんですが」

 

 先生は、こほんとセキをしてうなずいた。

 

「レッ……レリクスに師事していたならわかると思うが、魔法の基本はイメージだ。

 火を操るなら火。

 水を操るなら、水が操る光景をイメージする必要がある」

 

「はい」

「しかるに、治癒の魔法を習得するには――」

 

 そう言うと、リリーナさんはオレの手を取りナイフを構え――。

 

 

 刺した。

 右手の甲を、ざっくりと。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 想定外の激しい痛みが右手に走り、オレは思わず叫んでしまった。

 

「慌てるな、少年」

 

 リリーナ先生は、詠唱を始めた。

 傷がみるみる回復し、完全に塞がった。

 刺された痛みが残っていることを除きさえすれば、なんの問題もない完治だ。

 

「とまぁこのようにして、自らを傷つけて治癒の残滓を瞳に焼きつけ、自身でもやってみるのが治癒魔法習得の基本だ」

「それなら言ってほしかったです!

 事前に覚悟ができるよう、ひと言はほしかったです!!」

 

「事前に話などしたら、尻込みしたキミがやめてしまうかもしれない…………と思ってな」

 

 リリーナさんは頬を赤らめ、胸の前で指を突つき合わせて言った。

 うっかりすると、騙されそうになる愛らしさである。

 

「それに――ことわざにもあるではないか」

「ことわざ……?」

 

 

「刺せばなる。刺さねばならぬ。何事も」

 

 

「何事もっ?! それはバイオレンスすぎるのではっ?!」

「とっ……とにかく、巻物(スクロール)なしで覚えようと思ったら、これを一日一〇回以上、半年は続けたいところだ」

 

 話を聞いただけでふらっときた。

 とは言うものの、覚えられるものは覚えておきたい。

 

 むかしはともかく、今はマリナっていう恋人がいる。

 それなら戦いに使えそうなスキルは、できる限り覚えておきたい。

 

 


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