規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
「わざわざ裏庭に呼びだして、いったいなんの用なのじゃ? レイン」
「ええっと……」
オレはちらりと後ろを見やった。
木しか見えないように見えるが、リリーナさんが隠れてる。
リリーナさんにとっての〈堂々と会う〉は、
〈木の陰に隠れて代弁を頼む〉と、イコールで繋がっていた。
さすが父さんの知り合いと言うべきか。
常識がない。
「父さんに聞きたいのは、オレの母上のことなんですけど……」
父さんの眉が、ピクッと動いた。
話しにくそうに目を伏せる。
「とうとう、気にする時がきてしまったか……」
フー……と重いため息をつき、リリーナさんが隠れている木のほうを見やった。
「ところで……その木の陰に隠れているリリーナはなんなのじゃ?」
(はぐうぅ!!)
リリーナさんは、木の陰で身をすくませた。
ぶるぶるがたがたと震えながらも、意を決して現れる。
「フ……フハハハハ!
ななな、生で会うのは、ひひひ、ひさしぶりだな!
レリクス=カーティスよ!!」
「ともに魔竜を討伐して以来じゃのぅ」
「アアア、アレは骨が折れた相手だったなぁ!」
「腕の骨と肋骨だけで、軽く一〇本は折れたからのぅ」
「もしもわたしがいなければ、一〇〇回以上は死んでたな!
治癒と補助のエキスパートである、このわたしがいなければ!!」
「一〇〇はともかく、五〇は死んでおったな」
「フハハハ、ハハ、ハ…………」
緊張しまくっているのだろう。
真っ赤な顔のリリーナさんは、キャラも変わりまくってた。
(わたしのバカあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
そんな感じの心の声も、聞こえてきたような気がする。
そんなリリーナさんを見たオレは――。
「ちなみに母上のことを知りたいと言ったのは、リリーナさんです」
全責任を押しつけた。
(ふわあぁんっ!!)
リリーナさんは嘆いていたが、オレは知らない振りをした。
「おヌシが気にするというのか……」
父さんは、目を閉じて考え込んだ。
しかしゆっくり目を見開くと、穏やかに言った。
「わかった。話そう」
父さんとオレたちは、客間も兼ねた食卓についた。
父さんはそこで、ありのままを話す。
雨の日に、オレが森を這っていたこと。
拾いあげ、自分の息子として育てたこと。
血の繋がりこそなかったが、本当の息子のように思っていたこと。
それらのことを、父さんは粛々と話す。
その姿はまるで、教会の懺悔室で罪を懺悔する罪人のように弱々しかった。
思い当たることもある。
父さんは、オレを息子と呼んだことが一度もなかった。
オレを見て、さびしげな表情を見せることもあった。
それらはすべて、自分が実の父親ではないという、後ろめたさからくるものだったのだろう。
「どうして、今まで黙っていたのだ……?」
「ワシの……エゴじゃな」
リリーナさんの端的なつぶやきにも、詰問を受けたかのようにうなだれる。
「ワシにとって、レインは本当に愛らしい息子じゃった。
しかし拾われた子であったと知れば、育てただけのワシを忘れて、本当の父を探す旅にでるかもしれん。
ワシはな、それが怖かったのじゃ……」
語る姿は、胸が締めつけられるほどに切なかった。
魔竜殺しの英雄ではない、人間としての父さんがそこにいた。
オレはできる限り穏やかな笑みを浮かべて、正直に言った。
「オレは逆だと思うんですけどね」
「逆……?」
「血が繋がっていないのに育ててくれたって言うんだったら、余計に本当の父さんですよ。
だって血も繋がっていないのに、オレを育ててくれたわけでしょ?
それだけの愛情をかけてくれた人を、父親以外の名前で呼ぶことなんかできませんよ」
それは単なる本音だったが、父さんの心には響いたらしい。
目頭を押さえ、大粒の涙をこぼし始めた。
「そうか……。こんなワシを、父と呼んでくれるのか……」
「もちろんですよ――父さん」
「ふあああああああああああああああんっ!!」
なぜか隣で、リリーナさんが号泣していた。
一番最初に見た時は、神秘的なエルフさんとか思ったけど……。
そんな人はいなかった。
◆
「ところで治癒魔法って、オレにも使えたりしますかね?」
父さんとの話が終わったオレは、リリーナさんに尋ねた。
村の衛生環境も整えたいとは思うのだけど、回復魔法も覚えたい。
いまだ余韻を残しているリリーナさんは、涙ぐみながら答える。
「半分までなら……(ぐすっ)、できなくも……(ひくっ)、ないであろうな……(ふええ)」
「半分?」
リリーナさんは、涙を拭いて言う。
「自己の治癒力を高める魔法でよいなら、三ヶ月から三年はかかる修行と痛みに耐えれば習得できる。
しかし他者を治癒する魔法は、エルフや魔族にしか使えん」
「使えない理由とか、あるんですか?」
「普通に覚えようとすれば、一〇〇年近くかかるからな。
人間が覚えようとしても、寿命で終わる」
「そんなにっ?!」
「自身の治癒力を向上させるだけでよければ、自身の魔力で事足りる。
しかし相手の治癒力を高めるためには、自身の魔力を巧妙に変質させて、相手の魔力に近づけないとならんのだ。
それの間合いや技術の習得には、どうしても一〇〇年はかかる。
例外は、
それならば、一瞬で覚えることができる」
「そう考えると、スクロールってすごいですね」
「ただし効果は、自力で習得した時よりも劣る」
「そんな治癒魔法を自力で覚えたリリーナさんも、本当にすごいんですね」
「だだだ、だからと言って、ババアと呼んだりするではないぞ?!
見た目がとても若い以上、中身も若いとイコールで結んでも過言ではないにょがわたしっ――――(ぶちぃ!!)」
途中で舌を噛んだらしい。
リリーナさんは、口を押さえて悶絶した。
こうなると、ちょっとばかり気になる。
「リリーナさんって、おいくつなんですか……?」
「三〇〇歳はいってない! よってババアではない!!
むしろ子どもだ! 小娘だ!!」
リリーナ・ババアさんは、とても苦しい言い訳をした。
これ以上はかわいそうなので、オレは引く。
「とにかくそういう話なら、自己治癒魔法だけでも教えていただけませんか?」
「わたしとしては、構わんが……」
リリーナさんは、父さんのほうをチラと見た。
父さんは、深く重くうなずいた。
「息子のレインがよいと言うなら、ワシが止めることはせんよ。
息子のレインが、よいと言うならな」
威厳的なものを見せようとして重くうなずいた父さんであるが、その口元はゆるんでた。
息子として想われていることがとてもわかって、オレもほころぶ。
◆
「それでは、学習をするとしようか」
「はい」
いつもの裏庭。
リリーナさんの言葉に、オレはしっかりとうなずいた。
「そっ……その前に、わたしのことは、〈先生〉と呼べ」
それは確かに、当然だな。
オレは真剣な眼差しで、リリーナ先生にうなずいた。
「はい、先生」
「はぐっ……!」
その一言で、リリーナ先生はうめいた。
顔を赤くし、胸元を握りしめて身をよじった。
「クハハ、ハ……。キキキ、キミは、レリクスと、似ている…………な」
「そうですか?」
「しっ、真剣になった時の眼差しの強さが、ととと、とてもよく似ている」
「そうなんですか……」
よくわからないが、悪い気はしない。
育ててくれた恩義があれば、その強さにも憧れている。
「それでいて…………少年だ」
「……?」
「実はわたしは、若いころのレリクスに村を助けられたことがあってな」
「はい……」
「その時のレリクスは、とても凛々しく格好がよかった」
「まぁ……オレの父さんですしね」
「だがレリクスは、少年ではなかった」
「?」
「その点キミは、レリクスと似ている上に少年だっ!
それは即ち、危険で怪しく、妖艶であるということだっ!!
それだけは、心に留めておいてほしいっ!!」
理解した。
要するに、この人はショタコンなんだ。
基本的な性癖は、犯罪者手前のデンジャラス・ショタコン。
ただ若いころの父さんは、別格でカッコよかったから例外。
そういう嗜好の人なんだ。
エルフのイメージが崩壊してくが、あえて気にしないことにした。
「とにかく、魔法を教えてほしいんですが」
先生は、こほんとセキをしてうなずいた。
「レッ……レリクスに師事していたならわかると思うが、魔法の基本はイメージだ。
火を操るなら火。
水を操るなら、水が操る光景をイメージする必要がある」
「はい」
「しかるに、治癒の魔法を習得するには――」
そう言うと、リリーナさんはオレの手を取りナイフを構え――。
刺した。
右手の甲を、ざっくりと。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
想定外の激しい痛みが右手に走り、オレは思わず叫んでしまった。
「慌てるな、少年」
リリーナ先生は、詠唱を始めた。
傷がみるみる回復し、完全に塞がった。
刺された痛みが残っていることを除きさえすれば、なんの問題もない完治だ。
「とまぁこのようにして、自らを傷つけて治癒の残滓を瞳に焼きつけ、自身でもやってみるのが治癒魔法習得の基本だ」
「それなら言ってほしかったです!
事前に覚悟ができるよう、ひと言はほしかったです!!」
「事前に話などしたら、尻込みしたキミがやめてしまうかもしれない…………と思ってな」
リリーナさんは頬を赤らめ、胸の前で指を突つき合わせて言った。
うっかりすると、騙されそうになる愛らしさである。
「それに――ことわざにもあるではないか」
「ことわざ……?」
「刺せばなる。刺さねばならぬ。何事も」
「何事もっ?! それはバイオレンスすぎるのではっ?!」
「とっ……とにかく、
話を聞いただけでふらっときた。
とは言うものの、覚えられるものは覚えておきたい。
むかしはともかく、今はマリナっていう恋人がいる。
それなら戦いに使えそうなスキルは、できる限り覚えておきたい。