比翼連理   作:風月

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プロローグ

どしゃぶりの雨が降っていた。

 

「はあ……はあ…」

 

金髪の少女が、はだしのまま山の中を走っていた。

少女の息はあらく、今にも膝をついてしまいそうなくらい、疲弊していた。後ろを気にしながら、それでも彼女は前に進んでいた。

少女は曹操という。先ほど、父の曹嵩(そうすう)と共に都の親戚の家に呼ばれ、数人の供を連れて家を出たばかりだった。

しかし、都までの道の途中、賊に襲われた。

覆面をし、無言で襲いかかってきた賊たちに、曹操をはじめとして皆応戦したが、数が多すぎた。

運悪く、曹家に仕えている中でも腕利きの夏候惇・夏侯淵の二人は連れてきていなかった。徐々に押され始めた中、曹嵩自らも剣を抜いてたたかいながら、後ろにかばった曹操に逃げるように命令した。曹操は迷ったが、父の命令は絶対であった。

後ろ髪をひかれつつも、彼女は剣を収めて脇の草むらに飛び込んで逃げた。

そして、今に至る。

 

行くあてはなかった。ただ、遠くまで逃げなければと、それだけを思って彼女は走った。

だが、悔しいことに、相手は当時の曹操を上回る腕と身体能力を持っていた。

いくらもしないうちに、彼女は剣を持った男十数人に追いつかれ、囲まれてしまう。

剣を構えながらも、曹操は死を覚悟した。

 

曹嵩はあちこちの有力者に数多の金を送って大尉の職についたらしく、それを面白く思っていない人間も多くいたことは曹操も知っていた。

賄賂で位を買うことは曹操も良く思っていなかった。曹操が都で勉強をしていた時に知り合った者達も、私腹を肥やす事しか考えていない者達ばかりで、それを肯定するような仕組みが売官制であり、それによって漢という国が傾いていることを知っていた。

だからこそ、自分が大人になったときは、実力でのし上がり腐った官吏を一掃し、まっとうな政治を行う国に戻したいと、本気で考えていたのに。

 

こんな場所で、誰にも知られずに死ぬようなことになるとは。悔しくて、彼女の目から涙がこぼれそうになったとき。

 

突然、曹操を囲っていた男たちが全員首から先を失い、血を吹いてどう、と倒れた。

一瞬で男たちを屠った者は、返り血をむしろ心地よさそうに浴びながら、得物である短剣を右手でもてあそんでいた。

猫のように細められた目が、曹操を見る。

そこに、どこか懐かしむようなものを感じて、曹操は戸惑った。こんな、冷たい気を発する男に、心当たりはなかった。

しかし、男は曹操の様子に気が付かなかったようだ。淡々と口を開いた。

 

「いつみても、いかつい男に追いかけられてるんだな。あんたは」

 

「え?」

 

聞き覚えのある声だった。しかし、曹操が知っているその人は、こんな抑揚のない声はしていなかった。

だが、みれば銀の髪も、身軽さも彼であるとすれば納得できる。

曹操は剣をしまい、男を見上げる。前に会った時より、身長に差ができていた。

 

伯信(はくしん)……なの?」

 

「久しぶりだな、孟徳」

 

全く表情を変えないまま男―珊酔(さんすい)は、うなずいたのである。

 

これが、幼い曹操を、後に彼女の夫となる珊酔が二度目に救ったときのことだった。

 

 

この後、曹操と珊酔は互いにある契約を結ぶ。

互いに、その契約を破らない限り、共に歩み、苦難を乗り越えていくと。

 

 

 




2016/6/1
今更ですが、以前感想でご指摘があったこともかんがみてプロローグを作成しました。
導入部分なのでかなり短いです。

本編の方は現在作成中です。今しばらくお待ちくださればと思います(土下座)



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