【完】転生者と時間遡行者~Everlasting Bonds~IN SAO 作:MYON妖夢
《マザーズ・ロザリオ》は器用にも全て急所から僅かに逸れていた。仁が避けたのではない。ユウキが無理矢理抵抗したのだろう。おかげで彼のHPは2割程度残っていた。剣が刺さり続けていることによる継続ダメージでジワジワと減ってはいるが……。
「大丈夫だ……お前なら……あんなやつに負けない……」
「……」
激痛に耐えながら、一回り小さなユウキの身体を抱きしめたままで語り掛ける。言葉は返ってこないが、それでも仁はそれをやめない。
「皆……待ってんだ……早く……起きろよ。寝坊助さん……」
きっと届いている。妙な確信が彼にはあった。
ユウキも戦っていて押し負けているのならば、後は彼女の背中を押してサポートしてやるだけなのだ。
「……ッ……ッ」
ユウキの口は言葉を発しようとゆっくりだが動いているが、ユウキの顔は仁の胸の位置に押し付けられている格好のため彼はそれを確認できるわけではない。代わりに、ほんの少しだけその口から洩れる彼女の声は、しっかりと耳に届いている。
(あと……少し……)
痛みで意識が落ちないように歯を食いしばる。ナーヴギアではなくアミュスフィアからのログインであれば、確実にアミュスフィアに接続を切断されていただろう。
「ほら……悪夢は終わりだ。帰ってこい……ユウキ!」
半ば叫ぶように名前を呼んだ。それに一瞬遅れてユウキの身体が大きく震える。
急所を逸れまたも左脇腹を貫いていた藍色の剣が引き抜かれ、そのまま地面に落ちて金属音を響かせる。そしてそれを握っていた右腕と力なく下げられていた左腕が仁の背中に回される。
「……じんっ……仁っ!」
「やっと起きたか……おはよう……ユウキ」
「うん……うんっ……ごめん……ごめんね……」
ポン。と仁はユウキの頭に右手を乗せて、何も言わずに痛みでぎこちない動きの右手を動かして撫でる。嗚咽をなだめるように、そしてそこにいるのを確認するように。
「馬鹿な……! 僕の技術に穴があるわけ……ギィィィッ!」
「無粋な声を、今聞かせないで」
「もう、遠慮することはなくなったぞ」
狼狽える須郷をほむらが蹴り、キリトが大剣で左手を斬り飛ばす。
「アアアアアアアア!! 手が……僕の手があああああ!!」
キリトが追撃するように距離を詰めるが、最後の意地とでもいうように須郷が大きく後ろに跳んだ。
「許さない……許さないぞオマエラアアア!」
須郷の身体から黒い煙が噴き出す。異常事態にキリトも飛び退り距離を離す。
「邪神系は醜いから嫌いなんだけどねエエエ! もう構うものかアアア!」
その姿が徐々に大きくなっていく。同時に決して広くないこの暗闇の空間は音を立てて瓦解していく。
「全員この妖精王オベイロンが直々に殺してあげるよオオオ!」
「……ユウキ。落ち着いたか?」
ユウキは無言で頷く。ユウキを抱きしめるのをやめ、邪神級モンスターに姿を変えている途中の須郷を真っ直ぐに見据える。
痛みこそ残っているが、かつて実戦で受けた痛みに慣れている仁はそれを押さえつけることはまだできる。
「……ペインアブソーバを最大レベルで有効に変更。以降このアカウントによってロックする」
静かにシステムコールを行う。あの状態の須郷はペインアブソーバが適応されるのかどうかは定かでないが、少なくともこのまま攻撃されたら仁達が危険であると判断したのだ。
「グランドクエストアリーナをウィンドウにて観測……よし、皆脱出したな」
先程まで無数のガーディアンと戦闘を繰り広げたアリーナの状況を観測し、全てのプレイヤーが退出したのを確認する。
同時にソードスキルの使用可能状況を確認したが、ユウキのそれは特殊なものだったようだ。既にロックがかけられている。
「ここじゃ手狭だ。場所を移すぞ」
その言葉に既に戦闘態勢に入っていたキリトやユウキ、装備がないなりにも身構えていたほむらとアスナ。そしてピクシーの姿に変わったユイも頷く。
「グランドクエストスイッチを一時停止。この座標のプレイヤーをアリーナに強制転移」
転移結晶を使ったように、すぐに場所が移された。既に須郷の姿はほぼ完全に変わっている。容貌はひたすらにでかく、四本の腕にそれぞれ別の得物を持った醜い化け物といったそれだ。
仁は手早くシステムウィンドウを叩く。するとすぐにアスナとほむらの姿がSAOで最後にまとっていた装備の装備状態へと変化する。
「……一応聞くが、お前らはまだデスゲーム状態だ。無理にこれに付き合う必要は……聞くだけ無駄だったか」
途中に抗議のジト目×3にさらされ、苦笑しながら腰の刀を鞘ごとほむらに投げ渡す。
「さて……と?」
HPを回復させ、両手に新しい武器を呼び出そうと思ったところで後ろの扉が開け放たれる。
「やっと戻ってきた……と思ったら、どういう状況よこれ」
「アレが元凶だ……シノン、行けるか?」
「当然」
シノンに続いて領主達やリーファも入ってくる。
「うわっ。なにあれ……」
「グランドクエストも大詰めといったところか?」
「ここまで来たんだし、参加しちゃうヨ? ……まぁドラグーン隊もシルフ隊ももう前に出せないくらい消耗しちゃったけどネ」
SAO生存者のいざこざに彼女らを巻き込むのは如何なものか……と思ったが、戦力は多いに越したことはない。と自分を納得させる。
「……ああ。心強い」
視線を動かすと、キリトがシステムコードで呼び出したレイピアをアスナに渡したようだ。本人は大剣のままだが。
「はい。忘れ物よ。流石、上手くやったのね」
「まあな。だが……向こうのエギルの店で一杯やるのは、コイツを潰してからだ」
「簡単よ。きっと」
「皆揃ったらあんな奴に負けないよ!」
ほむらとユウキも傍に来る。これでようやく――。
「ああ。やっといつも通りだ。いつも通りなら、負けねえよ」
「ユルサナイ……コロシテヤルヨオオオ!」
振り下ろされた一本の巨大な腕に握られている、同様に巨大な刀を、掛け声もなしに同時に仁とほむらが弾き返す。同時にキリトとアスナも同時に振り下ろされたもう一本の腕の両刃大剣を受け流している。
体勢を崩した巨人に、数本の矢が同時に着弾し爆発を起こす。SAO時代の《エクスプロードアロー》に似ているそれは、シノンが火属性の魔法を矢に乗せて放ったものだ。さらに同じ箇所に闇色の爆発が連続する。
「ほらほら、のんびりしてるとただの的だヨ?」
闇属性魔法を習得しているアリシャが魔方陣を絶やさずに次々詠唱を行っているのを尻目に、仁、ほむら、ユウキが切り込む。仁の左手にはかつて使っていた金色の大剣が呼び出される。
振り払うように振り下ろされる三本目の腕の戦斧は仁が同時に思い切り振り抜く二本の剣によって弾かれ、できた道を二人が走り抜ける。
ほむらは居合の構え、ユウキは《エクスカリバー》と同様の動きで巨人の右足を両サイドから斬りながら通り抜ける。ガクリと片膝をついたところに仁が大きくジャンプする。
「うらぁ!」
筋力ステータス最大で飛び跳ねた仁は巨人の右肩を両の剣をクロスして斬りつけながら着地する。表示されているHPバーが一気に減少する。
「グオオオオオ!!」
どうやら痛覚はあるようだ。モンスターへとなり果てたことでペインアブソーバの適応外になったのか、それともモンスターには専用の痛覚ステータスが用意されているのかは不明だが、仁にとってはどちらでもよかった。
「ウスノロが。図体だけでかくすればいいってもんじゃねえんだよ」
「ダマレエエエエ!!」
四本の腕全てが仁を向く。大剣が、刀が、戦斧が、長槍が、同時に斬りかかってくる。しかし。
「全く同じタイミングに、同じ場所に振り下ろすんじゃ当たるわけねえだろ」
後ろに飛びのくだけで簡単に避けることができる。そして全ての腕が仁を狙ったということは、意識が仁だけに向かったということ。
「俺は一人で戦ってんじゃねえんだよ。ばーか」
巨人の背中が連続で爆発を起こし、いくつも斬撃エフェクトが足に走る。炎、風、闇の魔法がいくつも放たれ、さらに斬りつけられた結果、四本のHPバーは2本目がグレーに染まる。
「貴様程度に踊らされてたなんて笑えねえ。邪魔者はさっさと退場願おうか」
「キサマ……キサマアアアアア!!」
もはや魔法の着弾を無視して連続で仁に向かって攻撃が繰り出される。
「パラメータだけで、技術のないもんで負けるわけにはいかねえんだよ」
大剣を避け、刀を逸らし、戦斧をくぐり、長槍を弾き飛ばす。どれもこれも――
「軽い。軽いんだよてめえの攻撃は」
再度振り抜かれた大剣が、次の瞬間宙を舞う。
「命を賭けたこともないてめえが、俺らに勝てると少しでも思ったのか」
水平に薙がれた刀が、思い切り叩きつけたことで地面に埋め込まれる。
「命ってのは、人の心ってのは、そんなに軽いものじゃねえ! 縮地!」
斜めに振り抜かれる戦斧、一瞬で仁がその場から掻き消えたことを巨人が認知した時、戦斧の刃は根元から斬り落とされていた。
既にいくつもの魔法や攻撃でHPバーは最後の一本の半ばまで減っている。
「ボクガ……コノボクガア! コノ世界ノ王ダゾ! 神ダゾ!」
「偽りの王だ。まやかしの力の神だ。須郷伸之の力じゃない。茅場の借り物の力で吠えるな」
「アアアアアアアアア!!」
「もう、耳障りなだけだ」
レーヴァテインを、剣を消して空いた左手を添えて右肩に引き絞る。紫の光が集まり剣の上にもう一つの半透明の刃を作り出す。
「終わりだ」
ヴォーパルストライクでもあり、奪命撃でもある一撃。ソードスキルでこそないが心意によって放たれたそれは、真っ直ぐに巨人の左目に向かって突き出され、届かないはずの距離を炎を纏った半透明の刃が空中を走り、左目を貫き、後頭部まで貫通する一撃となる。
「ギィィィィィィイイイイイアアアアアアア!!!」
人型モンスターの等しい弱点の一つ、脳。それを貫かれた巨人と化した須郷は、無数の破片となってこの世界から消えてなくなった。
はい。ペースを維持していけて俺はニッコリです。
キリトが須郷のアカウントレベルを下げずに斬りかかったのは頭に血が上っていたことによる冷静さの欠如からですね。
仁「尤も、それをやろうとしても俺が止める流れになるがな」
モンスターに変貌したアカウントに痛覚がどんな形で実装されるのかわかりませんが、メモデフやアニメでもモンスターはデータなりにも痛がっているような仕草があるので、モンスター専用の痛覚ステータスがあるんじゃないかと思い、このような形となりました。そう思うとモンスター狩るのに抵抗感出る人もいそうだなと思いつつですけどね。
仁「いつになく説明口調だな」
たまには説明多めのほうが、俺の考え方の共有にもなっていいでしょう。
仁「基本的にこじつけとか自己解釈の範疇はでないけどな」
そういうのも二次小説界隈の楽しみ方だと思ってるよ。
さて。それではこの辺で。次回SAOのお話は最終回予定です!
仁「次回もよろしくな!」