周りを確認する。
目の前に地面すれすれで止まった俺の車。そして、目を瞑って衝撃に耐えようとしている伶奈の姿。
やはりそれは時間が止まっているとしか思えない状況だった。
なんだ、なんなんだこれは!?
思考が驚きから恐怖へと変わっていくのがわかる。世に言うパニック状態というやつだ。
しかたがない、だってこの状況は... アニメの主人公が死にそうになったときに働く、奇妙な現象なのだから。
『やぁ、始めまして... 橋川夢美さん』
ありえない─ありえないありえないありえない!!可笑しいぞ!何かが可笑しい!くそっ、何でこんなことに!?
パニックは収まらない、例え何者かに声を掛けられていたとしても、この状況を理解するまで... 正気には戻らない。
『って、こっち向けやゴラァァァァアアアッッ!!!』
物凄い咆哮である。
止まっている筈の空間が揺れるかのような錯覚を与えてくるほどの大きい声が、この灰色の世界へと響いた。もしかしたら世界の裏側まで聞こえていたのではないか?いや、時間は止まっているが。
しかし、そんなうるさい声も効果バツグン、俺はパニックを起こしていたことも忘れバッと頭をうるさい奴へと向けた。
『はぁ、やっと此方を向いたね。』
少年──いや、少年の姿をしたナニかだ。
瞬時にこの少年がどんな存在なのかを理解する。それは見た目がどうとか勘だとか、そういうのではない。
これは生物なら誰しもが生まれつき持っているもの... 本能が、コイツは人間ではないナニかというのを教えてくれ、同時に警鐘を鳴らしていた。
それが意味することは──指一本でも動かしてみろ、死ぬぞ?ということだ。第二の絶望である。
『あれ?何でそんなに怯えた小鹿のような感じになってるの?まぁ、可愛いけど... ハッ!君はもしかして、僕を萌え殺そうと!?グハッ、効果バツグンだよ...』
ブハッと鼻血を噴き出すナニか。
訂正、コイツは怯えるに値しない存在だ。寧ろ嘲け笑ってやりたいくらいだ。
目の前のナニかは鼻血をしこたま流しながら倒れていく。やはりバカだ。
そして理解する、コイツと関わるのは不味いと。正に別の意味で関わりたくないのだ。主に貞操が危ういという警報が鳴っている。
それにしてもコイツは一体なんなんだ?なぜこの止まった世界で自由に動ける?なぜ俺の前に現れた?どうして俺を知っているんだ?
疑問は尽きないが兎に角鼻血を空高く噴出させる謎の芸をやっているナニかをこちら側に戻そうと声を発する。
「キモッ」
『・・・・・』
間違った、いや間違っていない!俺は言ったんだ!このどうしようもない空間で鼻血を出し続けるキモいナニかに!!
言ってやった... 謎の満足感が俺を支配する。それと同時に、キモいやつにはこんな言葉を掛ければ喜ぶという言葉が脳裏をよぎる。
「あ... 」
果たしてその結果は...
『うわぁぁん!僕、神様なのにキモいとか言われたぁ!どうしよう、もうお婿に行けないよぉぉぉお!!』
案外現実的な返答が返ってきた。
ボケッとした顔でナニかを眺める。俺の眺める対象となったナニかは、ゴロゴロと地面... 車内を転がり、泣きじゃくっている。
違う意味で関わりたくない状態だ。
しかし、このままでは埒があかないので、仕方なく... 仕方なく声を掛けることにする。
「おい、この状況を説明しろ」
どうやらこの口はコイツに対して刺のある口調しか出来ないようだ。いやまぁ、心の中でも同じ感じだけど。
『うぅ... ぐすんっ... 君は泣いている僕をとことん虐めるつもりなんだね... 』
「いや、そんなつもりはないんだけど... 」
『まぁいっか... 取り合えず説明するね。おめでとう!!君は僕に選ばれた!!』
選ばれた?どういうことだ?
説明すると言って最初の言葉が意味わからなかった。どういうことだよほんと... 。
『僕はそんな君に、スペシャルなプレゼントをしようと思う!』
「プレゼント?」
『そう!まず一つ目、異世界への転生!二つ目、好きな転生特典一つ!最後に... 君の願いを一つ、何でも聞いてあげる!』
「何...でも...?」
『そう、なんでもさ』
ナニかが言った何でもという言葉に反応してしまう。だって、伶奈と夢奈を生存させることが出来るかもしれないから。
このチャンスを逃すことは出来ない。これがきっと最後のチャンス。この話に乗るべきだろうか?乗らないべきだろうか?そんなの関係ない。兎に角今は何でも願いを聞いてくれるという話に懸けよう。
しかし、ここで焦っては駄目だ。上手くアイツの話に合わせなければ。突然変更されたら元も子もない。
『まずは、転生特典だけど... 何がいい?』
何がいい、そう聞かれてもそんなに直ぐには出ない。だけど、ある程度は決まっている。力が欲しい。誰かを守る、助ける力が欲しい。
『じゃあこれはどうかな?薬をつくる... というのはどうだろうか!!?』
「薬... それじゃあ戦えないんじゃ... 」
恐らく転生する先は剣と魔法のファンタジー世界... 戦えないんじゃ困る。
だから不安に思ってナニかを見るが、笑っている。そのナニかは、笑っていた。まるで楽しい玩具を見つけた子供かのように何処までも面白く、何処までも飽きないような、そんな笑みを浮かべていた。
『なにを言ってるの?戦えるに決まってるよ?』
「どうやって?薬でどうやって戦えんだ?」
『薬と言っても別に治すためだけの薬なんて... 誰も言ってないよ?』
戦慄、コイツはそこまで考えて転生特典を勧めたなんて、俺は信じられなかった。ヤツの言いたいことはこうだ、つまり自分を強化する薬を作れば戦える。こういうことだ。
それすなわち、使い方次第で最強になれるということだ。
『じゃあ決まりね♪』
少し可愛らしくソイツは言う。
『で、願いはどうするの?』
その瞬間、ソイツの雰囲気が変わった。
誤字、脱字等があればよろしくお願いします。