『18×△年
ゼクトと喧嘩した結果www→なんかアイツの事情の蚊帳のその外に居たような気がする。正直アイツが何者で戦っていた女性が何者なのかも分からずじまいだった。……アイツの表情を見てればどれだけ大切な奴であったかも分かる。わざわざくっそ危険な王家の墓に行ってまで遺体を置いてきたのだから。
まるで意味が分からんぞ。ただ単に私としては旅の道連れが居なくなるのがつまらんと思っただけなのだが……。なんかチャチャゼロがニヤニヤしている。イラツクからちょっと蹴って来よう。日記はまた後だ。』
『18■■年
結局別れることは変わらなかった。が、まあいいだろう。どうせあのバカのことだから、その辺で私に泣きついてくるに決まっている。思う存分にNDK?しなけらばならんなww。
だが私が―――――』
『ほらもういいだろうネギ先生、キサマもさっさとそれを返せ』
――
「奴との別れは既に済ませてあった。もうこの世界に私は不要だろう?」
戦いが終わりカグラが逝ったのを見届けたネージュは、最期にカグラへと会って行かないのかとチャチャゼロに尋ねられた時、そう答えた。
ゼクトへと駆け寄ったエヴァンジェリンはその場所にはいない、その従者であるチャチャゼロとネージュだけがその場所に居る。だからこそチャチャゼロはネージュへと尋ねたのだ。
「本当に連れていきたい奴は勝手に消えて、残ったカグラも今此処で逝った。ならば本来有りえるはずの無かった干渉もここまでだ」
ネージュは、九十九から零れ落ちた少女を救いたかった。誰からも忘れられ、自分の居場所さえも奪われた少女の居場所に成ろうと、手を伸ばしたはずだった。
だがその少女は手を取ることを拒絶し、カグラという少女だけがそこに残った。そしてそのカグラさえも、創造主の存在から自身の死を覚悟しなければならなかった。ネージュにはどうすることもできず、ただ傍観するだけだった。既にカグラが人として歩み始め、覚悟を決めていたからこそ、不死者である自分が干渉する理由は消えて居たのだ。
「ケケケケ、イインジャネーノ? 今度ソノ面見セタラ、今度コソソノ首ヲ刈リ取ッテヤルゼ?」
チャチャゼロは自分でも自分が思慮深くない事を知っている。尋ねた理由の一つとして、ネージュが魔である以上刈り取りたいという欲求も本当の物である。
そんなチャチャゼロをネージュは苦笑する。ほんの少し何かが変わるだけで、世界はこうも姿を変えるのかと、まだ幾つもの世界を回っていない彼女はそう思う。
「糞人形め、私の持っているものの数倍酷いなキサマは」
「マァナ――精々適当ニ生キテロ、吸血鬼」
「そうさせてもらうさ、この世界の私の従者よ」
かち、という時を刻んだ音が辺りに響き渡る。
渡界機と呼ばれるマジックアイテムの発動音であり、風が吹いて一瞬砂埃が起こったと思えば、ネージュの姿はこの世界から既に消え去っていた。
――
ゼクトがカグラの眠る場所として定めたのは、オスティアにある墓守人の宮殿だった。カグラと言う少女はその王家の血を引く者であり、たとえ正式に名を明かすことのできない人物だったとしても、静かに眠れるのはそこだけだと考えていた。
そこに居た住人はたった一人である。墓守の人の宮殿に居を構えている守り人のアマテルは、創造主の使徒がカグラを背負ってきたことに驚き、同時に納得していた。
カグラは、あの人間は結局成して創造主を止めることができたのだと。そして次善解とも言える創造主の計画が止められたことにを嬉しくとも残念に思う。
問題を先延ばしにしただけの事だった。将来魔法世界が崩壊することは避けられない、そのときどうするのかとアマテルはゼクトへと問うた。
『先の事はワシには分からん。じゃが、最善を探すことを決めた以上、何も言えることは無い』
カグラの――別の世界で黄昏の姫巫女と呼ばれた少女の遺体をアマテルに差し出してゼクトは言った。その表情には嘗てアマテルが何度も見た、求道者としての覚悟が見えている。
ならばアマテルがすることは変わらない。眠る創造主の代わりに世界を見定め判断するだけの話だ。
そしてカグラは墓守人の宮殿の墓標で眠る。死後の事をゼクトは知らない。魔法世界の神とも言える存在が創造主である以上、名前も知らない神に祈ることもしなかった。
だが守り人であるアマテルの元で見守られているのなら、カグラという魂は確かに安息のうちにいるのではないかと、そう考えていた。
「――ゼクト、お前は私の事を勘違いしている」
墓守人の宮殿の最奥へとアマテルは訪れており、誰に言う訳でもなくそう呟いた。そこは黄昏の姫巫女が封印されたその場所よりも奥深くにあり、アマテル以外の誰かを近づくことは不可能な場所であった。
「創造主やカグラがどうであろうと、私が成すことは変わらん。ただ滅びが訪れなければ、それでいい」
アマテルは創造主によってそう位置づけられた存在だった。ただアマテル個人がカグラを思ったのは、次善解以上の何かを見ることができることを期待したからだ。
だが目の前で魔法世界にとって有益になる何かが有るのなら、アマテルはそれを取るだろう。例えば――無傷の状態の『黄昏の姫巫女』の器が手に入ったとしたのなら。
それを破棄することなどあり得ないだろう。
「今はただ眠るがいい、名もなき黄昏の姫巫女よ。誰がその器に入るのかは知らぬが――」
アマテルは『それ』を――『カグラと呼ばれた肉体』を封印したクリスタルを見上げ呟く。
「再び目が覚めたときどんな形で在ろうとも、この世界の救済が訪れることには変わらないだろう」
――
「これからキサマはどうするつもりだ? 私と旅を続けるのなら歓迎するぞ」
墓守人の宮殿から帰ってきたゼクトの隣を歩きながら、エヴァンジェリンはそんな質問をする。
ゼクトとの旅は彼が記憶を取り戻すまでと考えていた。ただ彼に一緒に旅をしたいと大きな声で言ったという理由と、エヴァンジェリン自身もまた旅をできればいいとは思っていたのだ。
「いいや、やめておこう」
だがゼクトは首を振る。少しの迷いや表情すらも変えずに言われたことに、少しだけむっとしたがそのままエヴァンジェリンは言葉を続けた。
「あー、遠慮はしなくてもいいぞ? 私には結局何が何だか分からなかったけれど……キサマが何かをしなければならないことは分かる」
今回起こった出来事に、エヴァンジェリンは蚊帳の外だった。チャチャゼロはネージュと言葉を交わすことで何が起きていたのかを察し、ゼクトは渦中の人物だったと言える。
世界の命運を分けていたことも、カグラがどんな役目で何故死ななければならなかったのかも知らない。だからこそ単純に、ゼクトの知人が死ななければならないことに泣いていたのだ。
「それは、私と旅をしながらでもできない、探すことのできない事なのか?」
「……そうじゃな。それにこれは、ワシが解決せねばならぬことじゃ」
だがエヴァンジェリンが想像している以上に、事は大きな話だった。創造主やアマテル、そしてカグラから求められたことは、文字通り英雄の所業なのだから。
だがゼクトはエヴァンジェリンがその話の中でついて行けなくなることを危惧しているのではない。
「おぬしは人に戻るのじゃろう、エヴァよ。ならば、人から外れた領域の話へと入り込べきではないわ」
彼女は、人に成るために今まで生きてきた。英雄とは人間からの昇華だ。ベクトルは違えども化け物へと変わることと意味は近い。ならばその事実はエヴァンジェリンの足かせになるだろう。
「……だけど」
エヴァンジェリンは小さく呟く。また一人になる、ということの寂しさから、後ろ髪をひかれる思いで言葉が零れていた。
ゼクトはそんなエヴァンジェリンが外見相応の表情を見せたことに苦笑する。旅をしてきた中でよく子供のような表情を見せていたことは覚えているし、その時の自分も正に子どもと同等だった。
だが一つ、ゼクトは知っていることはある。懐に手を入れ、ソレが有る感触を確かめた後にエヴァンジェリンへと言った。
「それに、お主との繋がりはこれで終わりではないじゃろう?」
連絡を取る手段ならある、と仮契約のカードを見せてゼクトは言う。そこに描かれているのは白い鍵のような杖を構え、微笑を見せているゼクトの姿だ。そしてその背後にある魔方陣が、持ち主とその主が生きていることを表している。
エヴァンジェリンにとってもそれは今世の別れではない。ササムやセランと別れた時とは違う、また会えるという確信の元での別れだった。
「そうだ、な。ゼクト、私が見ていないところで絶対にのたれ死んでくれるなよ?」
エヴァンジェリンは不敵な笑みを見せてそう言う。対してゼクトも肩をすくめて答えた。
「それを確約することはできんよ。じゃが、契約を破るつもりもない」
自分が事を成すまで、エヴァンジェリンと言う存在は見て生きていてくれるらしい。創造主の言った解はまだ何も見えておらず、目の前が闇であることは否定できない。
だが、自分が歩いていることを見ている誰かが居る。それが友人であるとするのなら、足を止めずに前に進む理由になった。
「……キサマが死んだら、私は泣くぞ。目の前で逝こうが、勝手に逝こうが、酷い面を晒して泣くだろうさ」
「それならますます死ねんのう。……まぁ、カグラに言われたことも為せずに死ぬつもりは無いわ」
ああそうだ、またこの少女の泣き顔を見るのはゴメンだ。酷い負債だとエヴァンジェリンの友人たちを恨みさせするほど、見ていたくは無かったのだから。
それに、カグラに頼まれたことの意味も探さなければならない。少なくとも、ゼクトという人物はこの世界の最期まで生きることを覚悟した。
それがゼクトの芯になってこれから生きていくのだろう。それを感じたエヴァンジェリンは、もう彼は勝手に独りで歩けると、ようやくそこで理解する。
「なら、いいさ。じゃあまたな、ゼクト」
「ではな、エヴァよ。良い旅を」
またお互いに生きて再会することを確信しているからこそ、二人の別れはあっさりとしたものだった。
ゼクトとエヴァンジェリンはそれぞれ別の方向へと行き、それから暫く二人の影が交えることは無かった。
――
「と、昔を懐かしむのは終わったのですか、エヴァ」
そこは未来に少女が掴んだ日常だった。
「ああ。大掃除をしていた時に古いアルバムを見つけたような気分だよ。って、これはどういう状況だアル?」
白いローブを纏い、実態が無い幽霊の様にふわふわと浮かんだ男へと、少女は問いかける。
どこか雰囲気が浮ついていると言うか、ふわふわとした何かを感じる。
「やーエヴァちゃんて昔からみんなから着せ替えされてたんやなー」
「――あ゛ぁ? おいアルビレオ、おいアルビレオ!……クウネル! 人の日記を勝手に見せるとはどういうことだキサマー!!!」
「はっはっは、ちょっと貴方が居ない間が暇でしたのでつい」
「約束だったナギのことをネギに話すとかあるだろうが! ええい、ジャリどもキサマ等は何時まで笑っている!」
その場所に居る少年少女たちが持っているのは、アルビレオ・イマの所有するアーティファクトだった。
彼の友人との仮契約で得た『イノチノシヘン』は、対象とした人物の軌跡を客観的に本へと変える物だった。そのおまけとして他者へのコピーが可能になるものだった。
だが今展開しているアーティファクトは、対象とした人物の軌跡を客観的、即ち過去に書いた日記として展開されるものだ。これにはイノチノシヘンのような追加要素は無く、完全にアルビレオの趣味を満たすためだけのものであると言えるだろう。
「でもいいじゃない、エヴァちゃんも昔も可愛かったって分かっただけなんだから――」
「神楽坂、それ以上喋ったら貴様の机の中に在るタカミチ当てのラブレターをばら撒いてやるからな」
なんで知ってるのよー! と顔を真っ赤にして叫ぶ明日菜は無視をする。適当に言っただけだが案外当たっていたらしい。
そんな騒ぎがあっても、日記の世界に夢中になっている一人の少年の元へと向かった。
「……たっく、見てしまった者は仕方ないが、これ以上私としても見て欲しくない。ほらもういいいだろうネギ先生、キサマもさっさと返せ」
「あ……と。すみませんエヴァンジェリンさん」
赤毛の少年はエヴァンジェリンの姿に気が付き、読んでいた日記帳をエヴァンジェリンへと手渡した。そして彼女は振りかぶって投球体勢に入ると、八つ当たりの意味も込めてアルビレオへとぶん投げる。はっはっはと言い笑顔を見せるアルビレオを透き通って後ろに落ちたため、若干イラつくことになった。
「ふん、別に悪いのはアルだから謝罪など必要ではないさ。……それで、面白い内容でもあったか?」
「そうですね、昔から聞かされていた首刈り騎士の元が知人だったからちょっと驚きました」
少年の、特に魔法世界ではアリアドネー出身の吟遊詩人などが面白おかしく広げ回ったせいで、チャチャゼロがいつの間にかなまはげ扱いされている。それはササムの珍道中が原因になるのだが、今はそれを置いておこう。
少年もアルビレオに父親の話について焦らされている。だがそれ以上に気になることが一つだけあった。
「えーと、クウネルさん。一つだけ教えてください。」
「はい、なんでしょうかネギくん?」
アルビレオは笑みを見せながら少年――ネギ・スプリングフィールドの言葉を待つ。
ネギにとっても行方不明である自分の父の話は気になることだった。だけど目の前の父の友人は、重要なことだけを聞こうとしても話をはぐらかすだろうと予想できた。
だからこそ、父が自分に最も身近なことを知りたいと感じ、その質問を行った。
「貴方のそのアーティファクトで、父さんの日記を出すことはできますか?」
エヴァンジェリンとアルビレオは何とも言えないような苦い表情を作り出した。
これにて二部も終了です。読んでいただきありがとうございました。
後書きや続編のことについては活動報告に書くつもりです。