エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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同日に2話投稿しているので、二章初めから読んでいただけると助かります。


3/人探し中での日記

『18◎Δ年 

 

 まだ魔法世界なう。依頼とかのんびり受けながら霊地めぐりの最中で、古き国のオスティアへと到着。もちろん観光用に開けた場所しか行けなかったが、儀式場としてはなかなか良い場所も遠目に見れた。入れないが。どうも霊地を使って発動するよりも、こつこつと魔力を貯蔵する方が現実的だと気が付いた。魔法球の中にそのために媒体となるものを入れてあるが、順当にいけば後300年もあれば十分だろう。

 そのまえに、……あの馬鹿と戯れている馬鹿を何とかしなければ……。魔法世界の街の中心にどーんと一発撃ってみたいのーとほざくジジイとか、久々に強盗団の首でも刈ってくるかなぁ、とほざく人形とかなんとかしてくれ。ちょっと言っている意味分かんないですね^^;www。

 なんでギャグで街吹き飛ばそうとか出てくるの? 馬鹿なの死ぬの? 私真祖の吸血鬼なんだから、どちらかと言うと悪者っぽい存在の私のセリフじゃない? そのつもりは無いけど。 つーか、チャチャゼロは勘弁して。女性の八頭身用人形に乗り換えて、賞金首を楽しそうに勝手に刈りに行っていることは知っているんだ。仮契約のカードから私の魔力を勝手に持っていきおって……。

 もしもし、セランへ。キサマは割とこんなカオスな感じで私と若いころのササムに対面したのだろうか。いや、流石に此処までではなかったはずだ。』

『追記 割と今も昔もこんな感じだったのですね^^。いやはや、キティが楽しげで何よりですww』

『追記の追記 うるさいだまれしねくそナス古本』

 

『18○Ю年

 

 とある街へ到着。もちろん変装魔法を使っているが、少女の姿でいるよりも大人の姿でいるほうに慣れてしまっている。ゼクト? 私の息子ってことでいいだろう面倒くさい。部屋を借りる時もそうしておいた方が楽だ。そうしたらそれが嫌なのか、変装魔法を使うようになった。くそ、部屋代がかさむ。

 さておき、久々にギルドで仕事。賞金首は居ないが人探しの依頼がある。なかなかの依頼料であり、早いところ見つけられれば実入りの良い仕事だろう。もちろん、裏が無いことなども探ったが特に無し、居なくなった子供も最近であるため、探すのはそこまで難しくは無いはずだ。

 そう思っていた時期は本の数日前だった。探索魔法やら聞き込みやらやったが、見つからない。仕方ないから情報屋へ。ゼクトとチャチャゼロの視線が痛い。私だって失敗するんだ、面倒くさい物を見る様な視線をするな。キサマら仲悪かったはずだろ。私を煽ってくるなイラツクなぁ!』

『追記 MM内でいろいろあったあの廃村が出入り禁止になったらしい。』

 

―――――

 

 魔法によって加工された双眼鏡越しに、遠くに位置する遺跡を覗き見た。切りだされた石を幾つも置いて建造したようなその遺跡の入り口には、考古学者の姿とは全く逆の、浮浪者のような格好の男が、あくびをしながら立っていた。周りは森に囲まれているため、周囲に何かが居るかは確認できない。だが、その傍には魔法生物を動力とした馬車が止められている。

 男のその手には樹で作られた杖があり、その男が魔法使いであるという事はわかる。そして黒い肌の色や長い特徴的な耳から、それがヘラス帝国に多く住む族の人種であることも分かった。それを見ただけで、ゼクトは思わず目元にしわを寄せる。

 

「おいゼクト、様子は?」

 

 後ろから小声でエヴァンジェリンに尋ねられ、視線を一旦望遠鏡から外した。暗い色で染められた長袖の服とパンツを纏い、その上に魔法使いが愛用するローブを羽織っている。そしてその姿は年齢詐称の魔法によって15歳程度まで姿を変えていた。ゼクトも同様だった。ローブこそ羽織ってはいないが、軽く速乾性に優れ肌を見せないような服装は、冒険者に好まれるものの一つだ。

 しかし、スカートのようなひらひらとした服装を好む彼女にしては珍しい。もう二年ほど共に居るが、そのような服を着るのは意外だった。そうゼクトは思いつつも視界に入ってきた情報を口にする。

 

「見張りは3人。周りは森だから確定とは言えんのじゃが、商隊の規模を考えても10人、それ以上周りにはつけておらんじゃろう」

 

「まあそんなものだろうな。さて、どうするか。商隊が相手だからわざわざ交渉するわけにもいかんし……」

 

 片手は双眼鏡を手に、片手は口に当て、悩むようなしぐさを見せるエヴァンジェリンを横目で見つつも、ゼクトは軽食代わりに持ってきた林檎を取り出し齧り付く。以前食べて以来、なんとなくゼクトはハマっていた。林檎の果糖の甘みが広がり、ほっと一息つく。

 

 そこは温暖な地域のある国境近くであり、そこを通り超えようとしている商隊を追いかけている最中であった。個人的なもので小規模なその商隊であったが、敵をあまり作らずにいたためか、商隊同士の抗争などに巻き込まれることは無かったようだ。しかしその商隊の商品は人であり、獣人の少女などがその馬車の中に乗せられている。

 その商隊にまでたどり着いたのは、依頼の一致と情報収集の結果だった。ギルドに出されていた依頼の一つで、早い段階で出された人探しの依頼は、上手く行けば手間をかけずに終わらせることができると思っていた。その予感は的中し、こうして視界に入るほどの距離まで捕捉している。

 

「ゼクト、キサマからなにか案は無いか?」

 

 暫く考察していたエヴァンジェリンであったが、良い案は見つからなかったため、同行者であるゼクトに意見を求めた。この後の行動では彼も動くのだから、意見を求めるのは当然だろう。その言葉に対してゼクトは溜息を吐いた。小指で耳を掻きながら、なんかもうどうでもいいじゃん、と言わんばかりのジト目であった。

 

「はあ、エヴァンジェリン、おぬしはたしか不死じゃったろう?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 ゼクトの言葉に思わずエヴァンジェリンは言葉を詰まらせるも、事実であるため同意する。しかしそれが今何の意味が在るのだろうか、ジト目を元に戻し真剣な表情を作り出したゼクトに、エヴァンジェリンも思わず向き直った。

 

「①、おぬしが迷子になった少女のふりをして商隊にもぐりこむ。②、依頼の少女を見つけて此方に全力で投げる。③、ワシが奈落の業火でおぬしごと一帯を焼き払う、相手は死ぬ。これでいいじゃろ」

 

「アホかキサマはーっ!!!!」

 

 だがそんな真剣な話なんて無かった。エヴァンジェリンが投げた石がゼクトの額に直撃し、すこん! という快音が響き渡る。身体に膜のように魔法障壁を張っていたたがそれでも衝撃は在ったようで、いたいのう、と頭をさすりながらゼクトは向き直る。

 エヴァンジェリンの頭の上から笑い声が漏れた。それは頭に乗せていたチャチャゼロが出したもので、愉快な意見は実にチャチャゼロ好みのものだったのである。チャチャゼロはエヴァンジェリンの頭の上でうつ伏せになったところを顔だけ起こし、手に指を三本立てて突き出した。

 

「ソノ通リダ糞ジジイ。テメェノ案は3ツ程駄目ナ点ガ有ル」

 

「ふむ、その心は?」

 

「いや、3つじゃ済まないだろうが……」

 

 雑談にと洒落込む二人に、エヴァンジェリンは頭を押さえて溜息を吐かずにはいられなかった。ゼクトの魔法世界の住人に対する嫌悪感は今更である。依頼の主が獣人であり、探し人も獣人だった。依頼を放置したいという態度がはっきり見えている。

 

「1ィ、糞ジジィガ案ヲ出シタコト、2ィ、糞ジジィガ息シテイルコト、3、糞ジジィガ存在シテイルコト、オオ! 良カッタナ御主人、ジジイガ死ネバ全部解決スルゼ! スゲェ案ダ!」

 

「少し表に出んかの、クソ人形? ゴミ捨て場はあちらじゃぞ?」

 

 ぐしゃ、と林檎を握りつぶした後に無表情になり、親指だけ立てて後ろを示したゼクトに、チャチャゼロは何がおかしいのかケケケと笑う。それに挟まれるエヴァンジェリンは溜息を深く、深くつかずにはいられない。ふざけてはいるが、チャチャゼロも別にゼクトの案でいいじゃない、という態度がありありと見えていたからだ。一応、ゼクトは半分冗談が入っているのだが。

 

「オイオイ、何デ糞ジジイが数分後ノ糞ジジイヲ自分デ持ッテンダ? オット、ヨク見タラ、タダノ潰レタ林檎ジャアネェカ!」

 

「いかんのー、ワシの中でのお主の順位が犬の餌以下になりおった。うっかり引き裂く大地で地中に埋めてしまうかもしれん」

 

「ええい、止めんかキサマらは! 互いが嫌いなくせにいつも意見だけ合わせるんじゃない!」

 

 肩で息をするエヴァンジェリンにゼクトとチャチャゼロは肩をすくめた。ちなみにチャチャゼロの出した意見は、侵入して少女以外皆殺しにすればいいんじゃね、というものであり、なんの役にも立たないことにエヴァンジェリンは思わず肩を落とす。

ハッキリ言ってゼクトはチャチャゼロが初め気に入らなかった。それがなぜなのかは分からないが、魔法世界の住人が嫌いなように、記憶喪失前はチャチャゼロのようなものが嫌いだったのだろう。

 対してチャチャゼロの方も同じだった。基本的にチャチャゼロにとっての世界はエヴァンジェリンの傍という場所しか知らない。だからこそ、そこにずけずけと入ってきた存在に苛立っていたのだ。

 が、数年たてばそんなものも知ったことではなく、いつの間にか罵り合うことがデフォルトになっていたのだ。そんなことをエヴァンジェリンは知らずにいつも頭を抱えていた。

 それにゼクトの魔法世界の住人嫌いの事もそうだった。以前も竜種に攫われた子供を助けるという依頼で、竜ごと子供を殺そうとしていたのだ。それにエヴァンジェリンも怒鳴ったが、聞いている様子はあまりなかったため、頭を抱えざるを得なかった。

 

 結局、エヴァンジェリンはこっそりその少女のみを連れ出すことに成功し、死傷者は出なかった。ただ、見ているだけだった一人と一体にイラついたことと、林檎数個分のプラスも出なかったことはご愛嬌と言ったところだろう。

 

――――

 

 虎の獣人が何度もエヴァンジェリンに頭を下げている。それは依頼を出した人物だ。その助け出した娘は、木の板を下敷きにして何かを一生懸命に紙へとスケッチしている。何を書いていたとしても、ゼクトはその行為に何の興味を抱くことは無かった。その上、早く立ち去りたいとすら考えていた。

 エヴァンジェリンも何度も謝られ逆に委縮してしまっている。さっさとしてほしいと、今この場でその依頼人を吹き飛ばせば早く終わるだろうか、と。やるはずもないことを考えていた。

 

「ケケケケケ、苛ツイテンナ?」

 

「……そうじゃのう、おぬしのせいでそれが加速しそうじゃ」

 

 と、そんなことを口にしてはいたが、正直に言ってしまえばチャチャゼロが話し相手になってくれることはありがたかった。

 魔法世界の住人は、所詮は幻想だ。現実から見ればそこには何も存在せず、創造主と言う存在が造りだした幻影。数百年先の単語で表すのならデータだけの存在だ。それに対して何を思えばいい、どうでもいいとしか思わない。そういうスタンスをゼクトは持っていた。

 

「(創造主。魔法世界……明らかにワシに関係があるはずなんじゃが)

 

 創造主、という存在とどんな関係であったのかゼクトは覚えていない。ただ畏怖のようなものは自分の中に在る。だからこそ、昔自分が信じていた神なのではないかとエヴァンジェリンには伝えてある。その結果は喧嘩なのだが。

チャチャゼロと言う存在は魔法世界の人間と似ているが違うものだ。だからこそその会話に違和感を抱かない。

 

 もっとも、その『チャチャゼロには違和感を抱かない』思考こそ違和感ではあるのだが、それを本人は知らない。

 

 萎縮してしまっていたエヴァンジェリンであったが、やがてふんぞり返っていった。報酬がむしろ多すぎる、これだけ返すからさっさと去れ、と。その親子にとって依頼料はとてもではないが大金であり、五分の三は返ってきたのだ。逆に委縮してしまったのはその依頼人であり、エヴァンジェリンは尊大な態度でそれを無視する。実入りはいいのだから、そんなはした金はいらん、と言って踵を返した。

 

「……面倒なことばかりしておるのじゃな、おぬしの御主人は」

 

「ンア? アア、ソウダナ。」

 

 この辺りは豊かな地域ではなく、貧困に陥りかけた母子が何をするのか、簡単に考えつきはする。奴隷に落ちるが、それでも子を護りたかった親が成した事だ。だが、エヴァンジェリンが返した依頼料は、その母子が借金で堕ちることを無くすだろう。

 その光景を見て、の言葉でもあるが、普段の彼女の様子もそうだった。彼女は、憎しみを買わぬように生きている。姿を隠し、人を傷つけることを最低限に抑える。殺そうとはせず、チャチャゼロやゼクトが殺した者に祈りすら与える。そんな姿を、ゼクトはただ面倒なことをしていると表した。

 

 馬鹿なことをやっている、そう思わず呆れた。それはかつて自分がどこかで感じた色と同じだった。

 

 手持ちの資金の入りはがマイナスとなり、此方を向いていたエヴァンジェリンは目元を抑えていた。何でこんなこと言ってしまったのだ……、そう表情から伝わってくる。

 それは自業自得だろう、と。ゼクトはエヴァンジェリンの姿を見て溜息をついた。

 

「ゼクトおにいちゃん、ねぇ、ねぇってば」

 

 すると、そんなゼクトの袖を引く声が聞こえた。それは依頼人の娘であり、先ほどまでなにかを紙に書いていた人獣の少女だ。猫を思わせるその顔には愛嬌があり、人形のようだと言って母親からも可愛がられている子供だった。

 そんな少女の声に、ゼクトは視線だけ向けて対応する。嫌悪感を出したつもりは無いが、話そうとも思わない。空気を読んで去ってくれればよかったが、子供にそんなことを期待することは意味が無かったようだ。

 少女は下敷きから先ほどまで書いていた紙をはがすと、ゼクトへとそれを差し出した。思わずゼクトはそのままその紙を受け取ってしまった。

 

「それ、あげるね。助けてくれたおれいなの!」

 

 別に自分が彼女を助けたわけではない、と。ゼクトはそう考えてはいた。だが少女にとってエヴァンジェリンと同じく、此方へと来る道中で一緒に居て守ってくれていた人物には変わりないのだ。

 エヴァンジェリンへのお礼は自分の母が行っている。だったら自分はもう一人の方へと。そう考えた少女のお礼がそれだった。きらきらと尊敬するような視線に、たまらずゼクトはそれを逸らす。どうにも居心地が悪い。

 

「……別に、おぬしを助けようと思って助けたわけではない」

 

 思うだけにとどめておくはずだった言葉を、少女の言葉や態度を無くすために口に出す。正直に言ってしまえば、ゼクトにとってその少女はどうでもいいはずであった。だがその視線や言葉が、ゼクトの何かを揺るがしている。それははっきりと違和感になって表れているのだ。

 

「偶然運が良くて、おぬしが助かっただけじゃ」

 

「そうなの? ……でも私は嬉しかったよ! ありがとう!」

 

 だが、そんなゼクトの思いを無視して少女は満面の笑みを見せる。少女にとってゼクトが照れているように見えたので、自分のお礼が嬉しい物であったとゼクトが思っていることが嬉しかったのだろう。

 だが、その表情はゼクトを揺るがす。向けられた感謝や喜んでほしいと言う思いがゼクトにとって戸惑うものであった。

 笑みを見せた少女は、ゼクトの返答も待たずに母親の元へと行ってしまった。そしてその勢いのまま母親の手をとる。一度ゼクトの方を振り返り、元気いっぱいに手を振る。

 

 それもまた色。だがその色をゼクトは『認識』することができなかった。

 

「元気でねー、ゼクトおにいちゃん!」

『元気でね、ゼクト』

 

 ずきん、と。頭が痛んだ。

思わず頭を押さえ、すぐに視界を戻す。先ほどの母子は既に去っていた。手をつないで歩く後姿が遠くに見える。

 残されたのは唖然としているゼクトと、紙に書かれていた物をみてニヤニヤするチャチャゼロだけだった。

先ほど少女の声とだぶって聞こえたのは誰の声だったのか。思い出そうとしても先ほどの頭痛に全部持って行かれたために、思わずため息を吐く。暫くしてゼクトも紙を見下ろし、顔をしかめた。

 

 そこに描かれていたのは、気持ちの悪い白い人形らしき何かが座っている姿だった。周りに書かれているのは恐らく街並みだろう。薄気味の悪い落書きに、眉を顰めずにはいられなかった。これは何の嫌がらせだ、と。

 

「へぇ、いいものを貰ったじゃないかゼクト」

 

 何かが放物線を描いて此方へと飛んでくる。片手でそれを取ったゼクトは、それがエヴァンジェリンが下手投げで投げた林檎だと理解する。

 

「……良いものかのう? ワシにはただの落書きにしか見えんのじゃが」

 

「馬鹿、それは似顔絵だろうが。お礼の一つでも形になってよかったじゃないか。それで、私のはどこだ?」

 

「ンナ物ネーヨ御主人」

 

 てっきり自分の分も書かれていると思っていたエヴァンジェリンは、チャチャゼロの言葉に地味に落ち込んでいた。本格的に今回の依頼はタダどころかマイナス働きであり、なにも残らないという実感だけが彼女に押しかかる。

 そんな落ち込んだ彼女をゼクトは無視して、まじまじとその落書きに目を下した。

 白黒のみで書かれたその絵に描かれているのは到底自分であるとは思えない。案山子に服を着せた物を模したと言われても違和感はないだろう。

 そしてそれを描いたのが、幻想の存在である魔法世界の住民だった。現実世界の者の感情を受け取ることは確かにできたのだ。だが、魔法世界の住人が行ったその行為に意味を感じることはゼクトにはできなかった。どうでもいいと考えるのだと思っていた。

 だが今少女の行為は物となって自分の手の中に在る。少女が向けた感情も声も、全てゼクトへと向けられていた物だ。だが、それは現実では存在しないから価値など無い。そう自分の中の常識は自分へと告げている。

 

 ならば何故、■■である自分が、それを見て嬉しいと思った?

 何故それを、■■である自分が、■け■る■■がある?

 

 冗談のように、あの少女ごと焼き払う作戦を立案した自分が、その言葉が、どうしようもなく気持ち悪く感じた。そしてその行動を起こしたことを考えて――――

 

 ずきん、と頭が痛む。視線を手へと向ければ、どこまでも赤々しい林檎が目に入ってきた。

 しゃく、と。手に持った林檎を齧る。いつもと変わらない、美味いと思える味が口の中に広がった。

 それはゼクトにとって崩壊の始まりだ。その時ゼクトは確かに、魔法世界の人間あのショウジョに意味を感じていた。

 

――――

 

 墓守の人の宮殿。魔法世界の創造神、始まりの魔法使いと呼ばれる者の娘が眠るその場所は、魔法世界最古の王家の初代女王が眠る場所であった。それらを管理する墓守人は王家でも重要な立場にあり、それらの役目を負った一族のために浮遊する島一つ全てを宮殿として与えられていた。

 最も、その場所に住んでいると言えるのは既に一人だけであった。王家でも最奥に位置するその場所はすでに王家でもほんの一部の者の記憶にしか残っておらず、忘れ去られた場所でもある。

 そして魔法世界の中で創造主に近いその者達は、既に世界から消え去り世界へと回帰されている。その中に一人居るその存在は墓守人の主と呼ばれ、唯一例外とも言える存在だった。

 深い青のローブを身に纏ったその存在は、老婆にも見え少女のようにも見えた。そしてクリスタルのような透明な結晶へと封じ込められた少女、女性にも見えるそれを見上げながら、呟く。苦笑を作り出し、少しだけ落胆の色が籠った声だった。

 

「……10年。私が持つであろうと見ていた時間はもう過ぎてしまったな。賭けは私の負けじゃよ、創造主」

 

 親しみを込めるような口調でその存在はその封印へと語りかける。言葉に反応したのか、封印として形を保っていたクリスタルは徐々にひびが入り、一気に亀裂が大きくなったと思えば、ガラスのように簡単に壊れた。そして、中に封印されていた少女は目を開く。

 

「ああ、その通りだ。アマテルよ」

 

 その少女を少女と見るにはその口調に威厳がありすぎた。濃い紅のドレスはすぐに創造主が纏う黒のローブに覆われ、光を宿さない視線がその存在――アマテルを射抜き、それに対してアマテルは肩をすくめた。

 

「結局『彼女』の騎士は間に合わず、世界は無に帰す、か。戯れにしては何処までもつまらんものじゃのう」

 

「道理だ。だがもうこの世界は長くは無く、過ちは犯されてしまった。ならば解を与えるのが、創造した者にとっての義務であろう」

 

 その少女――創造主は低く抑えられた声でアマテルに言葉を返す。アマテルとしても創造主の言葉は何も間違ってはおらず、反論するつもりもない。

 黄昏の姫巫女、そして始まりの魔法使いの子孫。子孫は創造主を宿す器でもあるが、全てを終わらせることのできる創造主に対して、二つは唯一牙に成りうる存在である。万一創造主という存在がただの害へと成り果てたときの、抗体でもあったのだ。

 だが、それらをアマテルは導くことをしなかった。創造主の言っていることは正しい。魔法世界は何時か滅ぶ。それは争いでのことではない。根本的な部分で、この世界を維持することができなくなるのだから。だから、それらに救済を与えようとしている創造主を止めることはしなかったのだ。

 創造主が宙へと手を翳し何かを呟けば、そこに一つの魔方陣が浮かび上がった。それは召喚のための魔法陣であり、一つの杖がそこに召喚されていた。『創造主の掟』、グレートマスターキーと呼ばれるそれを手にして、アマテルに背を向ける。

 

「魔界、レイニーディにはまだこの件については……と、どこへ行くのじゃ?」

 

「わが末裔、黄昏の姫巫女の元へ。フィリウスによって十分な魔力は魔法世界にある」

 

「儀式の発動は……まぁ少し手を加えれば可能、じゃの。では待たなくてもよいのか、貴様の娘を」

 

 その言葉に創造主はぴくりと反応する。その反応にアマテルはふむ、と、面白いものでも見つけたかのような口調で創造主に問う。

 

「『彼女』が見つけたもう一人の希望でもあるが、の。あの娘も貴様が造りだしたと言っても過言ではあるまい」

 

 その少女は創造主が不死の肉体を求めたときに、実験材料の一つとして使われた者だ。それは、既に自我を得てこの世界へと訪れている。

 ふん、と鼻を鳴らしてアマテルの方へと向き直る。

 

「あの少女にこそ、私が救わねばならない存在だ。同じことをもう一度言う。創造した者にとってそれは義務だ」

 

 その表情には迷いが無かった。創造主にとって魔法世界の全ても、そのために礎となった少女も、等しく自分が生み出した犠牲者であると知っている。だからこそ、救済は行わなければならない。

 永遠の楽園、完全なる世界。アンフェアのないその場所は、魔法世界の全ての者が、その少女が住むに相応しい場所であると思ってはいる。それは完全に歩むことを止めたのと同意だ。歩むことには苦痛しか存在せず、その悪意はもうすぐに迫ってきているのだから。

 アマテルはその答えに、ふっと小さく笑う。創造主にとってアマテルの反応は当然のものだった。アマテルは創造主の導く世界を完全に是とはしていない。ただ、それ以外に方法が無いから同意しているだけだ。

 

「確かに創造者たる貴様にはそれを行う権利があるじゃろう。だが忘れるな。それに抗う権利もまた、被造物には存在していることを」

 

 だからこそ、アマテルは『彼女』に協力したのだ。

 本来ならば創造主が復活してしまった時点で、儀式の準備は始まっていたのだ。そしてそれを『彼女』は常に妨害し続けていた。ゼクトと別れた後、『彼女』が完全に創造主へと成る前に、アマテルの元へと訪れた。

 其処に在ったのは人の意志だ。世界を終わらせはしないと言う、たった一人の抵抗だ。本来ならばあっという間に消えていく自我を『彼女』は保たせることができ、それごと封印し続付けていた。

 

 彼女が見出した希望。自我を植え付けられた人形の騎士、そして人で在り続ける不死の娘。

だがそれが、此処に訪れることは無かった。その現実を創造主は冷たく言い放つ。

 

「現実はどうだ。今そこに人間は無い。それでも『彼女』という人間の意志が勝つのなら、私はそれを受け入れよう」

 

 だが現実は非情だ。創造主は復活し、もう世界を終わらせるための儀式の準備は始まってしまう。

 言うべきことは終わった、と。宙に浮かんだグレートマスターキーを掴むと、転移魔法陣を発動させる。彼女が向かったのは黄昏の姫巫女の所だろう。それをアマテルは止めようとはしなかった。

 

「……急ぐのじゃな、人間。でなければ、全てが終わってしまうぞ」

 

 転移魔法によって消えた創造主が居た場所を見ながら、アマテルは誰に言うのでもなく呟いた。

 


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