エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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・壊eEåŒォXæ–2アf記

 この先から――――

 

『17××年 

 

 どうしてだろうと、思ってばかりだ。誰もが何かを悲しんでいる。意味が分からない。何のことを言っているのだろうか。 ササム? 居るだろう。だってあの時私は魔法を発動したんだ。どうして? 隣に誰かいない。 何を言っているんだセラン。お前はいつも忙しいだろう。私のために動いてくれているのはいいが、身体を壊してしまったらどうしようもないぞ。そう言ったら、なぜか泣き出した。どうも今日のセランは泣き虫だ。

 私がササムに対して、あの儀式場の魔法を発動したと言ったら、セランに怒られた。なぜ怒るのだろう。だってそうしなければササムはいなくなってしまっていたと言うのに。 あれ、じゃあなぜ今私の隣に誰もいないのだろうか。ああ、いた。チャチャゼロ。うん。私のつくったにんぎょうの、あれ、ササムは、なんでいないの? どうして、あの温もりがどこにもないの? またどこかにしょうきんかせぎにでもいっているのだろうか。

 ああ、居ないに決まっている。だってあのときササムは。■■■のだから。あれ、ああ。そうだ、あのとき、彼は、■んだんだ。私が連れ出して、私が、■■■。あの男が、殺した。』

 

『17×◆年 

 

誰のせいでササムは死んだ? 誰が殺した? ああ、あいつだ。あのときのあの男だ。私を吸血鬼へと変えて、ササムを殺した、あの男だ。そうだ、なにもかも、だから私は殺すべきなんだ。憎むべきなんだ。あははははははははは! そうだ、殺そう。

 どうやって、セランに聞きにいこうか。あれ、なんで身体は動かないのだろう。誰が止めている? 私? 誰? どうして止めているの? 意味が分からない。みないでよ。どうしてそんな目で私を見るの? 誰? チャチャゼロ? ササム? あれ、どうしたんだろう。大事なことを忘れている気がする。何を忘れてしまったのだろう。思い出してはいけないことのはずなのに。

 化け物? なにそれ。誰の事なの? 何かが体を止めるのは、その言葉? 分からない分からない分からない分からない。』

 

 

『17×■年

 

 殺してやる。

 

 殺してやる。

 

 殺してやる。

 

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺し■やる殺してやる殺してやる■してやる殺してやる殺して■る殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね■■死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね■ね死ね死ね死ね死ね死■■ね死ね死ね死ね死■死ね死■■ね

 ■を斬り落と■てミンチにして■■をぐちゃぐ■ゃにして魂を■■■■も残さず■■■締め■殺■■■■晒して■■を何もかも■炭■■し■■■■引き摺り■して■■■■■潰し■■凍■■■■■■■抉■■■■■■■■四■を■斬り■と■■■■解体■■■魔■狩りの■■縛■■炙■■■■窒■■■■■裂い■■■■■■■■■■■■■■■■■■■殺■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――。

 

 ああ、ちがう。もう、あの男は死んだんだ。ササムが殺したんだ。だから私は、まだ『私』であれるというのに。

 じゃあ、私は誰を恨めばいい。誰を憎めばいい。私自身を憎めと言うのか。ササムを殺した私自身を断罪しろと言うのか。じゃあ、首でも手でも切ろう。どうしてわたしはしねない、どうしたらいい。だれか、教えてください。どうすれば、私は生きられるのですか?』

 

 

――――

 

 そこは魔法球の中で在り、ほんの数秒前まで誰も掃除せず、埃で汚れた部屋の中にある魔法球を触れただけであると言うのに、その中は人工的であるが明かりがある、広い海の中に在る孤島のような景色が、視界には広がっている。高い位置の塔の屋上であり、そこからは見下ろす様に海が見える。

 バカンスでもできそうな楽しげな景色であったが、ここを訪れた人物、セランはそんな気は微塵も起こらなかった。当たり前だ、友人の一人を数か月前に亡くし、そしてもう一人は未だにこの世界に引きこもったままだ。そんな状態で明るくなれるほど、セランという人物は気楽な性格ではない。ただ、この場所は一日が外では一時間になる空間である。確か彼女の本職は時間操作であったな、と。いつも彼女が行っている研究について思い出していると、何かが屋上へとやってきた。

 メイド服の姿の自動人形が、辺りの掃除を行っている。身の回りの世話のために造られたゴーレムは、主がただ一つの部屋から動かないと言うのに、いくつもある部屋をゆっくりと掃除しているのだろう。

 セランはその横を通り過ぎて塔を降りると、いつも彼女が居る部屋へとたどり着くと、ノックを二つ行った。しかし返事は無く、呼びかけてみても返答は無い。ドアノブを回しそのまま入り込むと、カーテンなどを全て締め切っているせいか薄暗く、人形や魔導書などが散乱した部屋が視界に入る。

 そして奥のベッドにその影はあった。一体の人形を抱え、ベッドの上で壁にもたれかかるように座っている。その眼は地面に向けられていたが、何も映していないことはセランにも分かった。

 

「エヴァ、起きてる?」

 

「……あれ、セラン。どうしたのだ。こんなところに来るなんて珍しいじゃないか」

 

 顔を上げて口元だけで笑顔を見せるが、今の状態ではかえって不気味なものにしか見えないだろう。目は虚ろで本当にセランの姿を映しているのか、それすら疑わしい。以前セランに見せていた、少女の形をした操り人形を抱え、両手で何か小さい物を包んでいる。散乱した他のぬいぐるみなどはボロボロで、酷い物は首までもげている。

 何が在ったのか、それを想像することすら阻まれる。慰めの言葉は誰でも言える。実際にセランも言ったが、それが彼女に届いているとは思えなかった。何を言えば良いのか、分からなかったのだ。数か月、セランもその間に何度も此処に訪れてはいた。それだけの時間は経ったが、この世界で彼女はどれだけの時間を此処で過ごしたのだろうか。此処を出ようとしていないのだから、セランには分からない。

 

「……MMでの貴女の誤解は解消してきたわ。近いうちに懸賞金も取り下げられるでしょうね」

 

 MMでの大騒動の後、様々な要因や相手の失態、裏での取引などでそれだけは確立させることができた。何よりも村へとたどり着けたのが、アリアドネーの騎士団の方が早かったと言うのが要因の一つでもある。領地への侵入など、そのことで国と国で一悶着あったが、それを彼女へと知らせる必要はないだろう。

 大量の死体の中、自分の友人の一人である男の死体を抱え、エヴァンジェリンは『安らか』に眠っていたのだ。だからこそ、その惨状を見ていないのだと勝手に思っていた。それが間違いであるとすぐに気が付いたのは、ほんの少しだけ狂ってしまった彼女を見たときだ。

 意図的にササムが死んだことを忘れているのか、彼が此処に居ると彼女は言い続けていた。ただ、その姿が悲しくて、思わず涙を流してしまった事を覚えている。

 それでも、エヴァンジェリンという存在を悪になり下げなかった、それはササムが望んだことであり、それだけは確立できたのだろう。

 

「あの馬鹿、死なないでって言ったじゃない」

 

 セラン自身ササムへと恋愛感情が在るわけではない。彼女にも愛すべき人は居る。それでも、親しい友人の一人であることは確かだった。誰かを護れて本望だ、そんなもの、護るだけの男の自己満足だろう。まさにその通りだった。本来死すべきところを無理やりお越し、彼女の恨む存在すら、悪へと成り下げない、という理由で斬り殺したのだから。

 それが結果的に善くあるのか、セランには分からない。それでも、復讐させる相手すら誰もいない。恨めばいい人物も分からない。人を恨めればよかった、国を憎めればよかった。だが恨むべきは、自分だけだ。それで壊れずにいられるものか。その現状を見て、全てが善くあったとセランは考えることができなかった。

 その一言を聞いたエヴァンジェリンは暫くじっと黙っていた。そして、口元を吊り上げ歪ませて呟く。

 

 

「なにを言っているのだ、セラン。ササムならここにいるだろう?」

 

 

 エヴァンジェリンは閉じていた手を開き、それを見せながら歪んだ笑みを作り出す。其処に在ったのは白い宝石だった。ぼう、と白く光る魔力がその周りを包むようにして、その宝石は浮かんでいる。

 それを見た瞬間、セランは気がついてしまった。ああ、確かにどこかで感じたことのある気配だ。それは亡くなった自分の友人によく似ている。そして頭の中に流れたのは、MMでのクロフトと彼女の会話だ。

 そもそもあの村で、何の儀式を行おうとしていた? そして発動していた魔法はなんだ? 『魂を剥離して結晶化させる魔法』だった。莫大な魔力が必要で、大量の魔法使いの死体が其処に在ったのは、数十人がかりでなければ不可能だからだ。だが、彼女はその数十以上の魔法使いの代わりになる、真祖の吸血鬼という存在ではないか。そしてそのための魔方陣は既に描かれていた。

 それらの情報が、エヴァンジェリンが何をしたのか理解させてしまった。

 

 本来消えていくべきであるその魂を、無理やり現世へと留めたのだ。

 

「貴女は、なんてことを……」

 

 それは、死者を冒涜する行為だ。肉体から解放され死したのなら、それは誰かが扱っていいものではない。死霊使いが疎まれるのはそのためであり、道徳的に考えれば彼女の行っていることは、それを完全に無視している。

 確かに自分はその宝石を見て、懐かしいと感じた。その近くに居れば、確かに生きていたころの人物の事を思い出せるだろう。だがその魂は個人によって束縛されたままだ。

 確かに悲しみは分かる。セランにとってもササムは親しい友人だ。だが、エヴァンジェリンの行為を正しいものと見ることはできなかった。

 

「……それは、今すぐ解放するべきよ、エヴァ」

 

「? 何を言っているのだセラン? だって、そうしなければ私はササムと共に居られないだろう。どうしてそんなこと言うのだ?」

 

 本気でわからない、と言うようにエヴァンジェリンは首をかしげる。そこに張り付いた歪んだ笑みはそのままで、一瞬セランは彼女が壊れた人形のように感じてしまった。

 だが言わなければならない。間違いであると、それは人が扱っていい所業ではない、と。

 

 

「人との別れとはそういう事でしょう!? 共に居られなくなるなんて、そんなこと当たり前じゃない! それを悲しむからこそ、人だって言えるのでしょう!? 貴女は―――」

 

 

 瞬間、セランは押し倒されたことが分かった。頭を打ち付け一瞬めまいが起こるも、誰かが自分の身体の上に乗っていることを理解する。

 其処に在ったのは、ガラス玉のように濁ったエヴァンジェリンの眼だった。数秒前に在った筈の笑みも消え去った、能面のような無表情が其処に在る。右手に魔力の奔流が集まったと思えば、そこには白く光る魔力の刃、断罪の剣が造られている。

 共に歩めることが無いからこそ、魂だけになったとしても共に居て欲しかった。折り合いをつけて、別れを済ませていれば、また違う考えもあったのかもしれない。

 

 

「キサマになにがわかる?」

 

 

 冷たい声だった。誰かを憎むべきか分からず、溜まった念は八つ当たりのような形でセランへと向けられている。

 セラン自身も魔法使いであっても、彼女は真祖の吸血鬼であり、吹けば消し飛ぶ塵のようにこの命を消し飛ばすだろう。向けられているのは殺気だ。今命の危機に立たされていると言うことが分かっているのなら、セランが感じるべきは恐怖だ。

 それを、セランはエヴァンジェリンへと向けなかった。映しているかどうかは分からない。だが、セランの視線はエヴァンジェリンを捉えて逸らさなかった。

 

 

「キサマは人で、私は化け物だ。頭を撃たれようが、心臓を貫かれようが、死ねない。永遠を生きる真祖の吸血鬼だ!」

 

 

淡々としていた口調に熱がこもる。魔力が膨れ上がり、今にも爆発しそうな気配すらあった。

その眼に映されたのは怒りだ。そしてそれを、セランは無言で受け入れる。

 

 

「キサマに何が分かる。当たり前のように人を愛せて、当たり前のように子を産めて、当たり前のように歳をとれるキサマに! 人であるキサマに! (バケモノ)の……何が、……なにが分かると言うのだ?」

 

 

 ぽつり、と。セランの頬を何か濡らした。見下ろし、叫んでいたはずの彼女の声は、途中から嗚咽へと変わった。どうすればいいのか分からず、迷子になっている子供の様だ。なのに、吸血鬼と言う存在であるという事実から、誰も手助けされることは無い。

 そう、それは真実だ。彼女が吸血鬼と言う化け物であり、ただ一人孤独の道を歩んでいる者なら、それは当たり前のことだ。誰も手助けされることもなく、誰とも心を通わす事も無く生き続ける、バケモノの道。

 ふざけるな、と。セランは思った。だからこそ、その言葉は簡単に出てきていた。

 

 

「分かるわよ。だって、貴女も私と同じ、『人』なのでしょう?」

 

 

 セランは腕を伸ばし、そっとエヴァンジェリンの身体を抱きしめる。びく、と体を震わせた彼女を、胸へと顔をうずめさせるように寄せた。

 彼女は『人』だ。人で在ろうとして、そして成ろうとしている。だからこそササムを人以外の存在にしてしまう、眷属へと変えることをしなかった。だからこそ彼女は、こんなにも悲しんでいる。

 魔力の奔流が収まり、右手にあった断罪の剣が消えた。からん、と白い宝石が彼女の手から零れ落ちる。そして静粛が辺りへと訪れた。

 どれだけそうしていたのだろう。ぽつりとつぶやかれた言葉によって、その静粛は絶たれていた。

 

「私だって、知っていたさ。これが、道理に外れていることぐらい」

 

 何かをこらえるように、我慢する様にエヴァンジェリンは拳を作り出す。

 

「でもな、痛いのだ。あんなにササムとの思い出が在った筈なのに、何もかも黒く染まってしまった」

 

 絶望と希望は等価値ではない。知っている。だからこそたった一度の死で、こんなにも暗い気持ちになる。積み上げてきた思い出も何もかも、意味が無かったような気がしてしまう。

 恋していたのか、分からない。それをできないと理解していたからこそ、恋心を抱くことは無かった。愛していたのか、分からない。少なくともそこには家族愛に似た愛情が在った。ただ、自分が人間の身体であったのなら、どうなっていたのか分からなかった。それが居なくなったと分かっているから、ぽっかりと何かに穴が開いてしまったような気がしている。

 だから理解しているのだ。魂だけ其処に在ったとしても、自分はなにも思わない。ただ夢の中に逃避するだけなのだと。

 

 

「どうしてこんなにも苦しい? どうしたら治まる? これも、人として生きるという事なのか? なぁセラン」

 

 

 嗚咽が漏れた声でエヴァンジェリンは尋ねる。時間の経過はそれを癒すことになるのだろう。ずっとその痛みは知りながら生きることになるのだ。エヴァンジェリンはそれを知っている。親しい者の死は何度も見た。今回はただその親しい者が、自分の中で大きくなりすぎていただけの事だ。

 それだけのことが、こんなにも辛いとは思ってはいなかった。

 

 

「生きることは、つらいな」

 

「……それでも貴女は、生きると決めたのでしょう?」

 

 

 そう決めたのは、はるか昔だった。その時の思いが彼女の芯となり残っている。セランの胸の中でエヴァンジェリンは確かに頷き、抱きしめ返した。温もりを求める、子供のように。

 白い結晶に纏われていた魔力が段々と小さくなり、やがて輝きを失った。完全に光を失ったその結晶は、しばらくすると粉のように消えてなくなっていた。

 

 

 

 

 

 どこかで、何かが動く音が聞こえた。

 

 

 

 

―――――――

 

 

――――ここまでの日記に全て大きく×印を書かれている。

 

『17〇●年 季節、知らんよ誰かに聞け。

 

 なんだ今までのこの日記は! 狂気の日記か!? 読むと正気度が下がるのか!? ええい糞、インクで書いたら消えんではないか!? ページを破くわけにもいかんし……。くそ、近代科学よ早く追いつけ! 擦って消える文房具に憧れる日がくるとは普通に思っていなかった……』

 




次回で一章は最終話になります。
ただ、やりたいことはやりきったような気がします。

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