麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第35話━━子供先生の恋煩い

 

 

 

 早朝、寮の部屋の窓から覗く空は今日も青く晴れやかだというのに、それを見るネギは心をどんよりと曇らせて溜息を吐いた。

 

「はぁー……また明日菜さんを怒らせちゃった」

 

 昨晩にまた気付かぬ内に明日菜の布団に潜り込んでしまい、更にどうも寝ぼけて失礼な事をしてしまったらしくベッドから叩き出されて怒鳴られてしまった。

 挙げ句、

 

『もう十歳になるのに子供過ぎ! こんなんじゃイリヤちゃんにも好かれないわよ!』

 

 そうも厳しい事を言ってバイトへと繰り出して行った。

 うう……確かにそうかも、と明日菜の台詞と共に大人びた雰囲気を持つ白い少女の姿を思い浮かべ、尤もだとネギは落ち込む。

 

「まあまあ、元気出しいネギ君」

 

 そんなネギに手早く朝食の準備を終えた木乃香が励ます。

 テーブルの上に焼いたトーストとサラダを添えたスクランブルエッグとコンソメを使ったオニオンスープが並ぶ。

 

「はい…」

 

 トーストにバターを塗って並んだ食事を頂いて励ましに頷くが気持ちは晴れない。何故なら、

 

『……む、少し匂うなぼーや、風呂嫌いは相変わらずか。不潔なのはそれだけで女性にとっては論外だ、清潔感を持て。いつまでもそんな子供気分ではイリヤに相手をして貰えないぞ』

 

 ま、子供なんだがな……と、やや呆れた風に師であるエヴァンジェリンから注意をされていた。先の相談の際に。

 つまり何時までも甘ったれているなという事だ。子供である事実は変わらなくとも少しはシャンとしろと。

 だから肩を落とす。ほんの二日前、師の助言を受けた矢先にこれなのだ。

 無論、他にも色々とエヴァから助言を頂いている。

 イリヤをデートに誘うという明日菜伝いの提案に関しては、

 

『学祭でデートか。それもアリではある。ただいきなり付き合おうだとか、告白しようだとか、恋人になりたい等という先走った考えで行うべきではないな。軽くちょっと出掛けようというくらいの気分で臨んだ方が良い。イリヤとはこれまで友達ではあったが、二人きりでそういった遊びに出るなんて事はなかった訳だしな』

『な、なるほど』

『──それにだ。ぼーやも自分の気持ち……イリヤを好きだという感情に向き合う為にもな。ともかく焦らない事だ』

 

 そのように言われた。これも尤もだと思った。

 確かにデートだ!と気負っておかしな事になってイリヤに変に思われたら最悪だ。明日菜との予行デートの時のように──あれはカモが原因だが──胸を触ったり、スカートの中に顔を突っ込むなんて事になったら……考えるだけで怖くなってくる(いや、ちょっと嬉しいかも知れない……と何処かそんな風に思う彼が心の奥底にいたが、無理やり抑え込む)。

 ただ、あの予行は参考にはなる部分はある。要はあの時みたいに普通に遊べば良いのだろう。

 ネギはそう思った。

 そして、向き合うというのは、そういったイリヤとの触れ合いで自分の感情を上手く扱えるようになれという事なのだとも考える。

 それだけでもないような気もするが……そこまで考えて続けて思い出す。

 

『忘れている訳ではないと思うが、お前を好いた人間がいる事もよくよく考える事だ。あの雪広の娘やまき絵という頭の軽そうな小娘もそうだが、何より宮崎 のどかの事をな。他にもまだ誰かしらいるかも知れんが……のどかの奴は明確に好意を示しているんだ。そこを置いたままにしては駄目だ。……ま、分かっているとは思うが』

 

 向き合う事にはそれも含まれている。それを思うとネギはズッシリとした重いものがお腹に……胃の辺りに入るのを感じた。勿論、木乃香の出した朝食の事ではない。

 

『とはいえ、それも答えを急ぐ必要はない。のどかともまだ向き合っているとは言い難いだろうし……重ねて言うが、焦らずじっくりとよく考える事だ』

 

 無論、イリヤと二股なんぞ賭けたら許さんが。もしその積もりならお前の股にあるちんけなモノを切り落とす事になるな、と助言と共に脅しめいた事も言われている。

 脅されるまでもなくネギにはそんな気はないが…………──うう、と悩み唸ってしまう。

 

(のどかさんの事もどうしたら良いんだろ?)

 

 僅か十歳と幼く、恋愛経験値ゼロの少年にはまさに難題であり、答えを出せずに居た。幾ら天才でもこればかりは……というべきだろうか。

 木乃香はそうして苦悩するネギを見て、何故かニコニコと普段と変わらない朗らかな笑顔をしていた。

 事情を既に親友の刹那と共に既に聞いている彼女としては微笑ましく見えるかも知れない。エヴァ同様に以前からネギの気持ちを察していて驚きが少ないのもあるのだろうが。

 

 ちなみに同じく事情を聞いた人物もとい小動物のカモは、一度起きたのだが二度寝に入り、まだ一人……いや、一匹呑気に夢の中で「ムッヒャーわはは、これぞ下着パラダイス、お嬢様のパンティーもゲットだぜ……ムニャ」と不穏な寝言を溢していた。

 勿論、寝床は普通のクッションであって、かつてのような女子の下着の山ではない。もし未だにそうであったら彼の命はとう昔に無くなっている。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 多くの生徒が忙しなく駆けて行く中、ネギ達も同様に登校しているのだが、

 

「まったく……もー」

「すみません、朝は寝ぼけてしまって」

 

 寝起きの事を愚痴る明日菜に謝罪するネギ。

 

「はぁ、良いわ。これからは気を付けてよね。何時までもそんなんじゃほんとイリヤちゃんに……って、そういえば」

 

 仕方なさげにネギを許すと、彼女はふと思い立ったように尋ねる。

 

「イリヤちゃんを誘ったのアンタ? もう直に学祭だけど」

「うっ……」

 

 ギクリと足が止まりかけるネギ。

 それにおや?と明日菜も駆ける速度を緩める。

 

「連絡出来てないの? イリヤちゃんの連絡先を知らない訳ないわよね?」

「あ、はい。それは勿論知ってます」

 

 明日菜の問い掛けに一応担任でもありますし、工房の方も……ともネギは言うが、頬を赤くして何とも困った表情をしている。

 

「……高畑先生とのこと、アンタ結構私に色々言ってなかった? それなのに」

「ア、アハハ…」

 

 ジト目を向けてくる明日菜に、ネギは額に汗を浮かべて苦笑で誤魔化す事しか出来ない。

 それでも間をおいて、明日菜さんの躊躇う気持ちが分かりました、と何とか返す彼。

 続けて、それに……と言い、

 

「昨日はイリヤ、凄く機嫌が悪かったから……」

 

 その言葉に、あー…と明日菜は同意するような声を漏らす。

 それもあって言い出すのも連絡するのも躊躇ったのだ。

 

「何て言うか、僕達があやかさんの招待で南の島へ行った時のような……のどかさん達に魔法バレしていたのが知られた時みたいにピリピリした雰囲気だったから」

「確かに何か怖かったよね、昨日のイリヤちゃん。一見すると普通だったし、私達以外のクラスの皆は殆ど気付いてなかったけど」

 

 昨日は月曜であり、予行デートの翌日であったのだが、クラスでイリヤと顔を合わせた途端、明日菜達一同……いわゆる“関係者達”は思わず腰を引いてしまった。後から教室に来たネギもHRで教壇に上がった際にビクッと身体を震わせた程だ。

 明日菜が言うように一見普通なのに、白い少女からはその可憐な外見から程遠いピリッとした雰囲気が発せられていた。

 

「さよちゃんも何や元気あらへんかったよね、こっちもふつーやったけど」

 

 明日菜達の後ろを走る木乃香が言う。するとその隣に並ぶ刹那が続けて発言する。

 

「あ、その事なのですが、どうやらお二人は昨日の朝早く……私達より早い時間に登校されて、学園長に面会を取っていたとか。それで何かあったようです」

「え、そうやの?」

「はい、気になって少し調べまして、刀子さんにも尋ねたらそのような話が出てきました」

 

 刹那の話を聞いた木乃香はバツが悪そうな顔をする。お爺ちゃん何かしたんの~?と困った様子で額に手を当てている。

 

「そういえば、昼食の時にエヴァちゃんと一緒にどっか行ってたよね? さよちゃんとも」

「撮影の休みに3人で姿を暗ましていました。……何か関係あるんでしょうか?」

 

 明日菜とネギは揃って首を傾げていた。

 

「そんな事より兄貴、何とかお嬢様を誘わないと拙いぜ。学園祭は明々後日(しあさって)からだ。こんなデートにピッタリな祭りで機会を逃すとほんと真面目に後悔するかもだ」

 

 脱線しかけた所で刹那の頭に乗るカモが言う。割りとお気に入りなのか、特にここ最近はこの若き女剣士の頭や肩に乗っている事が多い。達人クラスの腕前もあって体幹が良く、揺れが少ないからかも知れない。

 

「う……分かってるよカモ君」

 

 カモから指摘されて、うーん……と難しそうな表情を見せるネギ。

 

「なんなら俺っちがナシ付けに行っても……いいんだが……よぅ」

 

 信頼する主人の唸る様子を見てどう思ったのか、声を震えさせながらも提案する。

 あ、兄貴の為なら命を張るぜ……と小さな呟きもあり、それが耳に入った刹那はハ…ハハッと困った苦笑を浮かべている。

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ。自分で何とかするから。それにそうじゃないときっと駄目なんだと思うし」

 

 カモの気遣いにお礼を言いながらも、恋に悩む少年はそう告げた。

 

 その後、途中でタカミチと出会い。

 何故か互いに「学祭では宜しくお願いします」「いや、こっちこそこんなオジサンに時間を取って貰って悪いね」とそんな風にぎこち無く挨拶する明日菜と元担任の姿をネギ達は見るのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼休憩に入った教室は相変わらず学祭の準備でバタバタしていた。

 原作と異なり映画撮影となったものの、ここらは余り変わらない様子だ。

 

「ダメだー! やばいよ!」

「もう間に合わないよーっ!」

 

 祐奈と亜子が悲鳴を上げていた。手には大工道具が握られている。

 既に映画に使う小物作りや大道具作りは終えているのだが、展示の為の準備が終わっていなかった。

 そう、撮影関係は大凡目処が──これもギリギリだが──付いていた。映像の公開は映画研究部の協力を取り付けて大型ステージを始め、学園内の各校にある体育館や視聴覚室などで行われる段取りが済んでいたが、3−Aは3−Aで自分達の教室で撮影に使った衣装や一部道具を展示を行う予定である。PVやメイキング映像を流す液晶モニターの配置もだ。

 その為、教室もまたそれに見合った改装をしなくては成らない。

 

「あああ、だからもっと早くに決めるべきだと言ったのに……」

「これじゃ今日も明日も明後日も徹夜だよー!」

 

 委員長であるあやかが級友たちに指示を出しながら頭を抱え、内装の設置に取り掛かるまき絵が半ば泣きそうな声で叫んでいる。

 

「こんにちはー、皆さんどうですか?」

 

 そんな修羅場の中、ネギが様子伺いに姿を見せる。

 すると生徒達は次々を彼の名前を呼び、別の意味でよりいっそう慌ただしくなる。

 ネギにも手伝って欲しいと訴えるものがいれば、それを良しとしない責任感とネギ愛の強いあやかが制止し、赴任一年目のネギ先生は学祭をゆっくり楽しんで欲しい旨を告げる……と、それに触発されたのだろう桜子が口を挟んだ。

 

「あ、そうだネギ君! 私達学祭でライブイベントに出るんだよー」

「そうそう、先生見に来てよ」

「うん、私達三人と亜子が出るからさ」

 

 美沙と円も言い出し、チアリーダー三人組がネギを囲んで誘う。

 それを切っ掛けにネギ巻き込んで更に教室は騒がしくなり、誰もが幼い担任教師を学祭における自分達の出し物へ誘いをかけ始めた。

 それに戸惑い、慌てる子供先生。押し寄せる生徒達の姿と言葉に焦りを浮かべる。彼には彼で何より優先したい事があるのだ。それが叶ったのか……。

 そう、本来であればここでカモが和美を使って場を取り仕切るのだが……。

 

「はい、そこまで!」

 

 パンッと乾いた音と共に響いた声にクラスの誰もが動きを止めて静寂が漂う。視線も一斉に音と声がした方に向けられた。

 そこには白い少女の姿があった。

 音は手の拍手するように打った為だろう、両の手が合わさっている。

 

「少し落ち着ついて。……アヤカも自分でつい先程ゆっくり楽しんで欲しいと言ってたのに」

 

 冷静で落ち着いた声がクラスの皆の耳朶を打つ。それに引き込まれたのか誰もが口を閉ざす。或いはその幼い外見に見合わない貫禄に飲まれたのか。

 

「皆がネギの事を大好きなのは分かるけど、なら自分の都合だけでなく、彼の都合も考えてあげて。学祭だって今年だけのものじゃ……いえ、勿論、毎年同じな訳でもないし一年一年が大事な思い出であるのでしょうけど、だからこそ、この麻帆良で初めてのお祭りはゆっくり楽しんで貰った方が良いと思わない? ね?」

 

 そう言ってネギの方へ視線を送り、そしてあやかも見る。

 

「そ、そうですわね。申し訳ありませんネギ先生。先程はああ言ったにも拘らず押し付けがましいことを……」

 

 自省してネギに頭を下げるあやか。それに、あ、いえ…と反射的に首を振るネギ。

 それを見て、イリヤはふふっと笑う。

 

「分かって貰えたようでなにより。でもネギはネギで担任として皆の出し物を見て回りたいって思っているでしょうから、皆お互いに話し合って決めるといいわ。……落ち着いてね」

「う、うん、そうだね。私もゴメンねネギ君。体操部の方は一日目のこの夕暮れの少し前にあるんだけど、時間大丈夫かな?」

 

 あやかに続いてまき絵も謝りながらネギに問い掛けた。「あ、なら…」と彼女の言葉を切っ掛けに再びネギに押し寄せる生徒達であるが、今度は口調も声も落ち着かせて一方的に喋るのではなく、ネギの言葉を待つように会話をしている。

 そんなクラスメイトの様子を見て、やっぱりイリヤは笑顔であった。

 

「やれやれ、騒がしいのは何時もの事だろうに……」

「でもやっぱり見てられないし、収集を付けるのが大変そうだったから。それにネギに学祭を楽しんで欲しいのも本当だから」

 

 だからこれぐらいの軽い暗示は良いでしょう、気付かれてもいないし……と白い少女は、隣に立つエヴァに答えた。

 

「と言っても色々と立て込む可能性はあるんだけど……」

 

 そうもイリヤは言い。笑顔から神妙な顔へと変わる

 エヴァはそんな冬の娘の様子を黙って横目にする。その内心は複雑であった。

 

(楽しい学園祭かぁ、ほんとそれで終わると良いんだけど)

 

 表に出せない素の内面、闇の福音と呼ばれる少女は心の内では硬い鎧を纏わなくなりつつあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 放課後、女子中等部校舎の近くにあるダビデ広場。

 ネギは教職の疲れを取るように石像前にある石階段に腰を置いていた。

 手には学生簿が持たれており、それに挟んだスケジュール表を見ている。

 

「のんびりできるかと思ってたけど、行く所が多くなってきたな。こりゃちゃんとスケジュール決めねえと」

 

 脇から表を覗きこむカモが言う。

 

「お嬢様のお陰で多少纏まった感じではあるけど、これ全部回るのは大変だぜ兄貴」

「うん、でもイリヤの言う通りクラスの皆の出し物は全部行くつもりだったし……」

「で、そのイリヤちゃんとはどうするの? 今日は機嫌大丈夫そうだったけど」

 

 カモに答えるネギに同行していた明日菜が尋ねた。

 

「……ア、アハハ」

「その笑い方、今朝も見たわよ。誘えてない訳ね結局」

 

 誤魔化しで苦笑するネギにツッコミを入れて嘆息する。

 

「まあ、そこは仕方ねえよ姐さん。撮影があるからって直ぐに出ていったんだし……つーてもこのままじゃあやべーな」

「そういえばカモ。意外にアンタは大人しくしてるわよね、ネギがイリヤちゃんの事を好きだって聞いても驚かなかったし」

「ああ、それは。言ってなかったけど、俺っちには人の感情つーか、好意っていうのをある程度測れる能力があるんだ」

「え、そうなの!?」

「まあな、魔法使いをサポートする俺ら妖精たちの特技みたいなもんだ。のどか嬢ちゃんみたいな読心術師には遠く及ばねえ劣化したもんだがよ」

 

 カモの思わぬ能力に驚く明日菜。同時に納得もする。

 

「だから、ああいった仮契約とかも扱うんだ。好意を測れるんなら誰と契約しやすいのとか、それを切り出すタイミングなんかも分かりそうだし……変化する感情の動きを見て性格的な波長とか相性とかも測れそうよね」

「ああ、……って何か姐さんにしては理解力良くね!?」

「どういう意味よそれ?」

 

 愕然と驚くカモに明日菜はイラッとする。

 しかし、実のところ明日菜自身もスルッと出た自分の考えにちょっと驚いていたりする。その理由も察しついてはいたが……あの夢の影響よね、と。

 彼女の脳裏に一瞬、一見無表情なのに何処かドヤッとした顔でピースサインをしている幼い自分の姿が浮かんだ。

 

「それでネギがイリヤちゃんを好きだって事も……」

「え?」

「そういうことだ。言うのは野暮だったし、あと……あのイリヤお嬢様だからなぁ」

 

 驚くネギを尻目にカモはオコジョの顔を難しげに歪ませて頭を掻く。

 

「そ、それって…」

「ご察しの通り、イリヤお嬢様から兄貴にはそういった感情は皆無なんだ。好意はあるにはあるんだがよ……」

「つまり、友情や家族みたいな親愛のものって事よね」

 

 恐る恐ると尋ねるネギに正直なところを述べようとするカモ。それに明日菜が答えを出した。

 

「…………」

「なもんで、迂闊に俺っちも動けなかったんだわ。お嬢様の感情は測れてもその機微が掴めきれないし、何がどう転ぶか分からねえし、下手すりゃ最悪死ぬかもだし」

 

 肩を落とす主人をおいて、取り敢えずはという感じでカモは所感を語った。ぶっちゃけ相当の難物だぜイリヤお嬢様は、と。

 なお、何がどう転ぶかという部分には、ネギとイリヤ以外の人物たちを含んでいる。特にネギへ異性として好意を抱く人間に対して。

 そこには年齢的に正契約にはまだ制限がある御主人から、仮契約者候補となりえる人間(人材)を無為に減らしたくないという思惑もあった。

 

「でも、兄貴的には諦める気はねーんだろ」

「も、勿論だよ」

 

 ネギはショックで俯きかけた顔を上げる。

 

「なら、俺っちとしてはそれを手伝うだけさ。皆無とは言ったけど嫌われてる訳じゃねーんだ。それに物事ってのは1からではなく、0から始まるんだ芽が無い訳でもねえぜ、きっとな」

「うん、頑張るよカモ君」

 

 気を取り直してネギは力強く頷く。

 ただ、明日菜だけは気付く。あれ、何気に本当にゼロって断言してないコイツ?と。しかし決意を固めるネギには酷かとも思い黙る事にした。

 

 そこに……間が悪いと言うべきか、

 

「あ、あの──……こんにちはー、ネギ先生…」

 

 学祭準備中の教室から休憩掛けに抜け出してきたのだろう、のどかが声を掛けてきた。その背後には夕映とハルナの姿も見える。

 それに予感するものを覚えて、ネギは一瞬戸惑いギクリとした。そして──

 

「──キャー、すいませーん。……言っちゃった」

 

 顔を赤くして駆け出すのどかの背中を見送る事となる。

 三人からの図書館探検部の誘い、漫研や児童文学研究会、哲学研究会などの誘いに続き、のどかからのデートの誘いを告げられて、だ。

 おまけに本人には返事を出来なかったが、強く念押しする彼女の親友二人に釣られてしまい、つい大丈夫ですとOKの返事を出してしまった。

 

「…………ネギ、アンタ……」

 

 去り行く三人を見届け、ジロリと何とも言えない視線を向けて来る明日菜にうっかり者のネギは、

 

「……」

「兄貴、これは擁護できねえぜ」

 

 黙りこくってしまい、合わせる顔が無いとでも言うように顔面を両手で覆っている。カモは我が事のように頭を抱えて、お嬢様相手に二股なんてエヴァンジェリンに殺されるかも知れねえ……と震えてさえもいる。

 それに対してネギは、だ、大丈夫、師匠(マスター)はのどかさんの事もわかっているからこれくらいは見逃してくると……思うよ? と半ば自分に言い聞かせるように迂闊な自分を弁護する。自信なさげに。

 

「……マスターがどうかなさいましたか?」

「え?」

 

 声に気付くとネギ達の背後に茶々丸の姿があった。珍しく和装姿で朝顔の刺繍が入った着物を着ている……茶道部の手伝いをしているようだ。

 

「ちゃ、茶々丸さんこんにちは。……えっと、師匠の事は何でもありません。もしかしたらまた怒らせるかも、というだけでして」

 

 のどかの事で少し動揺と混乱があるらしく若干滅裂な事を言ってしまうネギ。

 

「怒らせる、ですか……何かあったのですか? 逆にマスターが意地悪な事をしたのとかは?」

 

 小首を傾げて、意外に……いや、割とある事だが(あるじ)に随分な言いようをする機械仕掛けの従者。

 ネギはそれに慌てて首を振る。

 

「あ、いえ。僕はイリヤの事が好きなのに。よく考えもせずにうっかりのどかさんとデートの約束「え?」をしてしまっ……?」

 

 言葉の途中、呆然と固まった(フリーズした)茶々丸の姿にネギも疑問気な様子で固まる。

 そんな二人の側で明日菜がアチャーと小さく呟いており、カモもあららという様子だ。

 

「先生が、イリヤさんの、事を……?」

「はい。あれ? 師匠から聞いてませんか? 一昨日の晩に相談に伺って話をしたんですけど」

 

 ネギとしてはエヴァに相談した時点で茶々丸にも知られていると思い込んでいた。更に言えば、彼はこの恋する機械仕掛けの少女のAI()の内に芽生えた想いに気付いていない。

 

「あ、う」

「茶々丸さん?」

「し、失礼しました。これを……茶道部の野点の招待状です」

「え? あ、ありがとうございます。茶々丸さんの点てたお茶飲んでみたかったんですよ、師匠もよく褒めてますし」

「そ、そうですか。では私はこれで──」

「は──い?」

 

 茶々丸は一瞬で視界から遠ざかって行く。俗にローラーダッシュという某装甲騎兵で見られる機能を用いて素早く駆けたのだ。

 ネギは何故そんなに急いで?という疑問があったが、残り一人と一匹は「ねえ、茶々丸さんってもしかして」「ああ、そういう事だぜ」「なんて事……可哀想に」「まあ、兄貴は気付いていないからこれは仕方ねえ」とヒソヒソ会話をしていた。

 

「おーい、ネギ!」

 

 そこに更なる来客が訪れる。まるでネギに悩む暇も考える時間も与えないかのように。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「これで撮影も全部終わりだね、ご苦労さまイリヤちゃん」

「カズミもね、お疲れさま」

「はは、私は撮影の方の担当だからイリヤちゃんほどじゃないし、部活で慣れた所もあるから……」

「でもこれから編集班の方に加わるんでしょう。 大変じゃない?」

「そっちも部活で慣れてるから大丈夫。それに幸いにもうちの組にはそういう作業が得意な長谷川さんもいるし」

「……チサメね、PCの扱いに詳しいものね」

 

 帰宅の為に荷物を取りに校舎へ向かうイリヤと和美、そしてエヴァとさよもいる。

 

「15年も学生なんぞやって飽きが来ていた身としては、何年ぶりかに充実した準備期間だったという感じだな私は」

「エヴァさんもお疲れ様でした。どの衣装も見事な仕立てで流石です。ちょっと憧れてしまいますね」

「600年の生で人形を扱うついでに手慰めに覚えたものであるが、そう褒められると悪い気はしないな。それに3−Aの連中はまだ子供なりに皆見栄えが良くてスタイルもなかなかであるし、作り甲斐も着せ甲斐があった」

 

 さよの労いと褒め言葉に、エヴァは満足げな様子である。

 そんな会話をしながら周囲の人影が少ない路地に差し掛かった所で、和美が首をキョロキョロと動かす。本当に人目が無いか確認して。

 

「で、(チャオ)のことってマジなの?」

 

 イリヤにそう尋ねた。

 それを肯定して、ええ…と頷くイリヤ。その彼女も周囲の気配を探り警戒している。

 

「状況証拠から学園長を問い詰めて聞き出したから間違いないわ」

 

 無論、イリヤはこの世界に来た時から識っていた事なのだが──それは昨日の朝早くの事である。

 学園長こと近右衛門にアポを取り、さよと一緒に面会してその昨晩に決意した事を実行した。

 ただ流石にいきなり暴力に物を言わせようとはしなかった。

 原作知識によるカンニングめいた推論と茶々丸という明らかに進みすぎた科学技術の産物の他、麻帆良工大などにある機械類や未知の素材類に、こちらが洗った超 鈴音の経歴を提示しながら問い詰めた。

 

『――特にあそこまで小型化した高性能量子コンピューターは明らかにやりすぎね。ニューロコンピュータや対話型AIや自律歩行可能な二足歩行ロボットまでならともかく。……オマケに常温超電導体なんて物まであって、筑波大との共同プロジェクトでは核融合炉の臨界も極秘で成功との話が出ているし』

 

 正直、ただ『天才』だからでよく周囲の人間は……他の魔法先生達は納得したものだとは思う。はっきり言ってただの技術革命だけではすまない、どれも“世界が変わる”くらいの代物なのだ。

 恐らく超が入学してからの二年半の間でじっくりと感覚を麻痺させてきたのだろう──或いは超や葉加瀬自身も研究漬けの中で注意しながらも感覚がズレてしまったか──モルモル王国やMITとの繋がりはその辺りの仕込みであるとも考えられる。

 しかし、本当の意味で異世界(他所)から来たイリヤには違和感が大きい。幾ら“原作”という物を識っていようともだ。いや、識っているからこそか?

 

『それで、チャオ・リンシェン……この時代にはあり得ない、進みすぎたそれらの技術を麻帆良へ提供する彼女は、果たしていったい何者なのかしら学園長?』

 

 そう、言外に分かっているぞと含みを持たせて言ってやった。冷徹に。

 それでも近右衛門は吐かなかった。多少ブラフが入っていると見抜かれた事や状況証拠だけでは確証に乏しいとシラを切ろうとしたのだ。

 なのだが……

 

『このくん……』

 

 同席していたさよの存在が彼を揺さぶった。同時に近右衛門と彼女という組み合わせを見、不意にイリヤの脳裏に閃きが走った。

 

 ──航時機(カシオペア)でネギ等とともに大戦中の麻帆良学園に行ったりなんだりの紆余曲折の後、麻帆良学園地縛霊から解放される。

 

 原作の何処かで……記憶にない筈の最終話でのナニカが電流の如く過ぎった。

 航時機? 学祭編の最中で壊れたそれは何処から? ハカセが残骸から復元? チャオが残したデータベースから再度制作した? それともチャオが一時帰還して協力を──……待って協力? いえ、まさか!

 この時、イリヤの頭の中でナニカが繋がり、

 

『──学園長、貴方……悪魔の囁やきに耳を傾けたわね』

 

 気付いたらそう眼の前の老人に告げていた。

 その時の白い少女がどのような顔で、どんな眼でこの右衛門を見据えていたかは……さよはイリヤの方を見て身体をビクッと大きく震わせ、近右衛門は向けられた視線と言葉に込めれた意味を察して苦汁を飲んだように頷き、声を絞らせて答えた。

 

『彼女は……チャオくんは儂に……俺にこう言ったよ。もしそれが可能な力が、その方法があるなら…と、不幸な過去を変えてみたいとは思わないか? 私に協力しないか、とな。その誘惑に、俺は、儂は──』

 

 それはイリヤの言い分を認める言葉であり、彼女が予想していた言葉……(チャオ)お馴染みの台詞だった。原作でのネギやタカミチらへ向けた蜜の如く甘い言葉()

 だから氷のように心が冷たくなると同時に煮え燃えた溶岩のような感情があった。

 そして……それを、その言葉の意味を理解したさよは──

 

 

 

 

「それで未来人と知った学園長は、超の行動と目的を黙認しているって事? 他の先生達には内緒にして」

「ええ、学園長は“チャオの行動に対して積極的に動かない”、という密約を交わしている」

 

 つまり、近右衛門は超の学園での自由や目論見を可能な限り目を瞑り許すが、部下……他の魔法先生がどうにかするのも、上がった報告から何かするのも仕方ない、という彼の立場を慮る契約が結ばれたのだ。

 超にしてみれば、学園で計画を練れれば十分であり、その──イリヤらがいない当時としては──最大の障害となりうる近右衛門を縛れるのなら文句なしの妥協だったのだろう。

 和美にそのように答えたイリヤは、続けて懐に手を入れて、

 

「タイムマシン……この時航機(カシオペア)試作零号機(・・・・・)と引き換えにしてね」

 

 それを取り出してパパラッチ娘へと見せた。

 契約の前払いという事で近右衛門に渡されたそれは、超がこの時代に来る際に使った物とは別の古い試作機……正確にはその前段階の技術実証機であり、現在は1号機、2号機水準に改修済みという原作には出ていない代物だ。

 イリヤは半ば怒りと勢いもあったが無理やりそれを奪い取った。本当は叩き壊してやりたかったのだが……今は堪えた。

 思い出して、この場でも怒りを滲ませるイリヤであるが、一方タイムマシンという為か、洒落を効かせたように懐中時計を模した機械を目にした和美は、思わずゴクリとした様子を見せている。

 

「魔法の存在だけでも驚きだったのに……未来人にタイムマシン……か。突拍子もない話だけど、イリヤちゃんが言うからには本当なんだろうし……トンデモない事ね」

 

 少し遠い目をする和美。今更ながらにこれまでの常識が通じないおかしな世界に首を突っ込んだものだ、などと呆れにも似つかない感想と感情を抱いているのかも知れない。

 

「それでお願いなんだけど…」

「OK! 事情は分かったし他でもないイリヤちゃんの頼みだし、引き受けるわ」

 

 和美は笑顔を見せて片目をパチリとウィンクする。任せて…と。

 

「そう、助かるわ。……でも危険を感じたら直ぐに──」

「うん、無理はしないから大丈夫」

「……気を付けてね」

 

 少し心配げに言うとイリヤは和美に携帯用のジュエリーケースとハードカバーのメモ帳を手渡した。

 そのやり取りをさよは黙って、エヴァもまた複雑な内心を伏せてやはり沈黙して見ていた。

 ただ、

 

『少し意外……朝倉の事を信用するのね、イリヤ』

『うん、まあ……この子とは深く話をする機会がちょっとあってね。カズミにもこっちの世界に関わる為の芯があると、いえ……芯が出来上がったのが分かったから。ノドカとユエのように』

 

 エヴァの念話にイリヤは少し嬉しそうに答えた。

 それでも余りこのような依頼はしたくはなかったのだが、しかし和美がこちらに関わると決めた以上は彼女がどうその道を歩み、これからを判断するか見たいとも思って助力を求めた。

 超が相手ならば危険性は少ないと、今回は良い試金石になるとも考えて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリヤ達は校舎を眼の前にし、ダビデ広場に通り抜けようとすると、

 

「ナ、ナギ!!?」

 

 エヴァが目を見開いて突然叫んだ。

 そして、思わず駆け出そうとする彼女をイリヤがその肩を掴んで止める。

 

「落ち着いて、違うわよ彼じゃない。よく()て」

「あ、」

 

 イリヤの制止にエヴァも気付く。幻術か……と呟いてガクッと肩を落とす。

 そうよ、とイリヤは頷くも、彼女が引っ掛からずに済んだのは魔術師としての“眼”の良さの他に原作知識もあるからだ。

 そんな白い少女は、どのような感情にしろナギ・スプリングフィールドへの未練はやっぱりあるわよね、と思いながらエヴァの視線の先を改めて確認する。

 明日菜と一緒に広場の中央……石像の傍に二人の男性の姿がある。

 

(忘れていていた訳じゃないけれど、少しうっかりしていたわね。この状況だとアコの誘いはもう受けてしまった後か……)

 

 男性らは十代半ば過ぎくらいだろうか。西洋人の赤毛の少年に東洋人の黒髪の少年……いや、その正体はとっくに分かっている。言うまでもなく──はぁ、とイリヤは軽く溜息を吐く。

 

「ネギ、コタロウ、どうしてまたそんな姿をしているの?」

 

 事態を分かっていながらも知らない風を装って広場の中央にまで歩いて尋ねた。そう年齢詐称薬を飲んだ彼等に。

 

「あ…」

「イリヤ姉ちゃん。オッス」

 

 外見年齢が上がり、背も伸びた小太郎に“姉ちゃん”呼ばわりされた事に何とも言えない違和感を覚えてしまう。

 周囲に人が少ない……聞こえる範囲に他人が居ない事が幸いと言うべきか、聞こえたらどう思われる事やら、とそんな他愛も無い思考が少し過ぎる。

 

「祭りで格闘大会があるって聞いて参加しようとしたんやけど、困った事に年齢別に制限があるんやわ。それで──」

「──なるほど、だいたい事情は分かったわ。子供部門に出たくないから詐称薬を使ってそれを誤魔化そうって訳ね。で、その試し飲みと」

「流石、イリヤ姉ちゃん。その通りや」

 

 小太郎が言いたい事も識っているので先回りして答えた。

 

「……格闘大会か。にしても紛らわしい。ぼーや、一瞬ナギの奴(あの馬鹿)が現れたのかと思ったぞ」

「す、すみません師匠」

「……いや、別に謝らなくても良いんだが」

 

 イリヤの方へ視線をチラチラ向けながら頭を下げるネギに、非難する積もりでなかったエヴァは若干バツが悪そうにする。それを誤魔化す為か小太郎が手に持つ格闘大会のチラシへ目を向け、

 

「む?」

「どうしたの、エヴァちゃん?」

 

 首を傾げたエヴァに明日菜が尋ねた。

 

「いや、この大会に出るのかと思ってな」

「そうやけど」

「……賞金額が10万円ぽっちとは随分とショボいな。麻帆良祭の規模を考えると大きな所の出し物は100や200万辺りが賞金としては普通なんだが」

「「え!? 100万円!!?」」

 

 ネギと小太郎の声がハモる。明日菜は「あ、そういえば」という表情をし、カモは「おほっ」と声を上げている。

 和美も小太郎の手にあるチラシを見て、

 

「確かにそうだね。参加するならもう少し調べてからがいいよ小太郎君。この賞金額だと参加者のレベルも低いだろうし」

「いや、でも朝倉の姉ちゃん。これもうエントリー締め切りやっていうし、他ん所もそうなんちゃう? 今から別のを探して見つかるか?」

「それは多分大丈夫。大きい所は参加者に余裕を持って見積もっているし、当日の飛び入り枠も学園内の人は勿論、外から来た人の為にもあるから。それでも受付はその日の午前中までだろうけど」

「そっか。なら後でちょっと探してみるわ。教えてくれてサンキューや」

 

 小太郎のお礼に軽く手を振るだけで答える和美。でも伝統はあるんだよねこの大会……とも呟いている。

 それらのやり取りを見聞きしながらイリヤは考える。

 さて、”彼女”は動くかしら?と、計画に関わる事はほぼ封殺したがそれでも足掻くか……この大会の動向で分かるだろう。

 正直、超自身の身柄も出来れば早々押さえてしまいたいのだが現状ではそこまでの名目が立たない。だからと言って近右衛門の密約を明かす訳にもいかない。いっそ独断で捕縛に動いて監禁するのもアリかと考えるが、

 

(私もしがらみが増えている訳だし)

 

 もしバレてしまったら学園で築き上げた立場や交流関係に罅を入れてしまう。そうなると今後に差し障りが出る。ならばと言って誰にも知られず暗殺するのも同様だ。胸の内にある彼女への怒りを晴らす事にもなるし、それが一番手っ取り早い方法ではあるのだが……仮にも重要な人物(キャラクター)である。

 それに……──ネギへ視線を向ける。

 

(この子を余り悲しませる真似をするのも良くないし)

 

 自分が超を手に掛けたなど万が一にも知られたらどうなる事か。その不安もある。

 それは何もネギだけには限らない。イリヤを信頼してくれる多くの人物が悲しみ、彼女に失望を抱き軽蔑するだろう。

 

(私一人の力でお母様を止められるなら、それも必要な事だと割り切るのだけど……いえ、)

 

 一瞬そうも考えるが直ぐに内心で首を振った。

 ネギ達を悲しませるのはやっぱり違うと、本意ではないと。

 特にさよ、エヴァは今や自分にとっては大切な身内だ。この二人は決して裏切りたくはない。

 

「イリヤ、どうしたの?」

 

 ネギに眼を視線を向けた事に気付いたらしく問い掛けられる。

 

「ん……? ああ、仮初の物とはいえ、ネギ達の成長した姿が珍しかったから、ちょっとぼうっと見てしまったわ」

 

 本当は考え事をしていたのだが、イリヤはそう嘯いた。

 すると和美が少し誂うような口調で続く。

 

「今の姿のネギ君と小太郎君カッコいいもんね。見惚れるのはわかるなぁ」

「別にそういうのではないのだけど。……まあ、そうね。思ったよりも様にはなってるわね。というか、カズミこそ今のネギみたいなイケメンがタイプのようね」

 

 今どきの子らしい……とも付け加えて誂いに乗らず切り返すと、和美は少し苦笑しつつ、

 

「うん、まあね。……あ、でもこれが数年後のネギ君の姿なら全然アリだよね。私もパートナーに立候補しようかな」

 

 ンフフフ……と色っぽくネギに笑い掛けて彼を「えっ!!?」と驚愕させる。

 

「ちょっと朝倉!」

「アハハ、冗談冗談。そんな怖い目で見ないでよ明日菜」

 

 ネギの仮契約者であり、パートナー候補である少女のオッドアイの双眸に睨まれて和美は誤魔化そうとするが、傍でそれを見るイリヤは、半分冗談でも半分本気よね、と和美の内心を見抜いていた。本気の割合が結構大きいと。

 なので、

 

「モテる色男は大変ねネギ」

 

 思わずそう彼へ告げていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 何気ないその言葉を告げられた瞬間、ネギは胸が締め付けられたように不快に苦しくなった。

 悪意も邪気もない本当に何気もない言葉なのに、

 

「はぁ──」

 

 胸の内に淀む苦しさを吐き出すように溜息を吐き出す。

 既に空には星が瞬いており、一人になりたかったネギは女子寮の屋根の上へと昇って夜空をぼんやり見上げていた。

 そして不意に、無意識に。気付くと星々へ向けて手を伸ばしていた。

 

「──遠いなぁ」

 

 伸びた手に気付いて呟いた。

 自分はあの娘の事が好きだと言うのに、彼女はそうではない。

 使い魔である友人の言っていた言葉が心に重く伸し掛かった。イリヤは自分への恋愛感情は持っていない。

 だから遠い。空に煌く星のように、手に届きそうに見えて届かない。

 ネギにとって白い冬の娘はまさにそうだ。ただ星と違って触れようと思えば触れられるし、その姿もずっと傍で見られる。

 けれど……その心は、

 

「僕に掴めるのかな?」

 

 星のように決して届かないのではないか? その不安が大きくなる一方だ。

 

 

 ダビデ広場ではあの後、何も言えなくなったネギに代わってという訳ではないが、小太郎がイリヤへ話し掛けており、

 

『そういやイリヤ姉ちゃんは大会にでーへんの? 多分大人部門やと男女混戦はないと思うしパパッと優勝できて賞金も楽に手に入ると思うんやけど』

『……出ないわ。お金には困ってないし、あればあるほど良いとは思うけど、そういう目立つ真似はしたくないから。それに……戦闘好き(バトルマニア)の貴方にこう言うのは少し悪いとは思うけど、私は元々戦う事が好きって訳でもないし』

 

 格闘大会へ誘ったが断わられて小太郎はそっか、と残念そうにする。

 この時はネギは気分が沈んでいた事もあって、この同性の友人の心情を尋ねなかったが後ほど聞くに、師(と小太郎がほぼ一方的に思う)である白い少女が戦う姿が見たかった事と、そんな師が麻帆良最強の女子だとバシッと優勝を決める姿を見たかったのだという。

 エヴァと鶴子が出場する事はないだろうから……とも言っていたが、ともかく師と敬う少女の誇らしく思える姿を眼に収めたいが故の提案だったらしい。

 ただネギとしては、カッコいいイリヤも見てみたい気持ちも少なからずあるにはあるが、それ以上に戦う姿は正直似合わないと感じていた。しかしそれがどういった意味で湧いた感情や心理なのか自己分析出来ずにいる。

 彼女への想いを自覚する前であれば、小太郎の意見に賛成していたような気はする……のだが、そこでその感情に迷いめいたモヤッとした自信の無さが出てくる。

 

「自分の感情へ向き合え……か」

 

 エヴァが繰り返し言っていた言葉を思い返す。

 イリヤが好きだという事はハッキリと分かる。けれどそれに纏わる情動と心理が己自身の事なのに朧気だ。まるで霞を掴もうとするかのように。

 だから必要な事なのだろう。向き合う為にも知る為にも。

 ネギは携帯電話を取り出す。日本ではありふれた折りたたみ式のその機械を開いて。

 

「……」

 

 震えそうになる指を抑えてボタンを操作する。

 直ぐに待機場面が液晶に映り、トゥルルルと着信を待つ音が聞こえる。

 出て欲しい、出ないで欲しい……期待と恐れが交錯して待機画面を見る間、矛盾する気持ちが胸中を駆けた。

 そのどちらの気持ちが強かったのかは分からない。それを考える時間はなかった。

 

『はい、もしもし』

「あ、イリヤ……僕だけど、えっと……あの」

『うん、どうしたの?』

「学祭の事で……えっと、二人で一緒に回れないかなと思って、それで日時の都合とか聞きたくて──」

 

 胸の高まる鼓動と上ずりそうになる声を抑えて──その約束を取り付けた。

 

 

 




 航時機・試作零号機は、言うまでもなく本作オリジナル要素です。
 理論実証の他、作動原理及び耐久性の試験などを行った物である為、ネギと超が持っていた1号機と2号機と比べてフレーム等が厚くなっていて外見が若干大きくゴツくなっています。
 これを本作でオリ要素で入れたのは、前回や今回の本文にもあるように原作において学園長が積極的に超 鈴音へ対処してない事から彼女の正体なり目的なりを彼はある程度知っていて、裏で何やら取引があったのでないか?と推測した筆者の妄想からです。
 学園長ほどの立場にある人間が仮にもテロリストである超に協力する利とは何なのか?と考えた結果と、最終話にあるさよのその後を加えたものとも言えますが……そういった心の隙を付くのが超の十八番でもありますので。
 これを知ったイリヤは何故か凄まじく激おこ。完全に敵と認定しました。元々敵対相手ではあった所でダメ押しとなってます。

 ちなみに今回、当初はイリヤに詐称薬を飲ませる予定でありましたが……流れ的入れられずにお蔵入り。またの機会ですね。


 誤字脱字報告された方、ありがとうございます。本当助かります。

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