麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第34話━━悩める白い少女(終)

 

 

 

 久しぶりに落ち着いた夜を迎えているとイリヤは思った。

 ここ数日は、特に学園内各所にある魔力溜まりを押さえる為の結界や魔法陣の構築と、その前段階での実験やらでかなり忙しかった。

 それもようやく一段落付いた。

 

「……」

 

 地下三階にある私室の中央にあるソファーに座り、右手の人差し指でテーブルを叩き、トントンと軽く音を鳴らしながら彼女は思考を巡らせる。

 取り敢えず、先ずは目下に迫った学際の事だ。

 

(原作に置いて暗躍していたチャオの手は、ほぼ封殺出来たと思う)

 

 修学旅行を機にした学園の警備体制の見直し──この辺も少しイリヤは提言をしていた──によって超鈴音(チャオ・リンシェン)の兵力及び兵站能力を奪い。

 魔力溜まり……霊穴を先んじて押さえて世界樹に対しても結界を張り、魔力拡散を抑制し彼女の目論む『強制認識魔法』の発動を不可とした。

 超包子(チャオパオズ)の経営の他、株式投資などの経済活動による資金調達こそ敢えて見逃してやったが……計画の肝は潰したと見ていい。

 正直な所、超鈴音の計画を潰すべきかはかなり悩んだ。

 原作において重要な“イベント”であったからだ、ネギとそのパーティー達にとって。

 しかしそれを強く意識した為に前回の襲撃事件にて後手を踏むどころか、原作以上の悲惨な結果を齎した。油断し判断を誤ったのだ。

 その反省もあり、今回は徹底した。

 無論、他にも理由はある。

 私怨めいているが未来人による超鈴音のエゴは認め難いものであるし、上から目線で支配者気取りなやり方も気に食わない。魔術師として神秘を明らかにしようという行為にも嫌悪感がある。

 それに──

 

(ヘルマンを捕獲できたのは、僥倖と言えるのかも知れないけど……あれは私が介入して得たものとは言い難いし)

 

 何かしらのバタフライ的な作用が起きたとは思うが、今一つイリヤには腑に落ちない感があった。

 その襲撃事件の反省と共に覚えた予感……つまりは“勘”に従って動いた。

 あの悪魔の捕縛が齎す影響が読めないのもある。

 

本国連中(メガロメセンブリア)が動いた要因がコレなのかも知れないし」

 

 結果として勘は当たり、原作にはない本国の介入などという出来事が起こった。

 

「これでチャオの好き放題にさせていたら、とんでもない状況になっていたでしょうね」

 

 協会に独立した自治権はあれど、それでも政治的にも法的にも上位の組織として扱われているメガロメセンブリア(MM)……しかもその組織のお偉方が訪問している最中でテロの勃発とか悪夢でしかない。

 各国の協会もドン引きだろうし、幾ら本国嫌いとはいえ、擁護はしてくれない……というかしようがないだろう。

 

「ほんと、事前に徹底して動いておいて幸いだったわ」

 

 ただ本国の介入などという新たに舞い込んだ厄介な問題そのものは何ら解決していない。

 学園長はMMの動きや思惑が“読めない”とは言ったが、これは政治的狙いの他、ヘルマンの捕縛を元老院が掴んでいるか、掴んでいないかまだ判断できていないという事も含まれている。

 ならば他に要因はあるのだろうか? 先の襲撃事件での失態を口実に動いているように見えているが、原作でも襲撃事件そのものは在りながらそれでもそういった動きは見せなかった。

 ではヘルマン捕縛の他に誘引する要因があるだろうか? イリヤは原作を振り返りながら相違点を考える。

 

「やっぱり襲撃事件での被害の規模? 闇の福音(エヴァンジェリン)の封印の解除? 『完全なる世界』の存続の判明? ……或いは、私という異物の存在?」

 

 ふむぅ……と悩ましく唸る。

 なるほど、どれも動くには十分な理由に思える。魔法世界の人々にとっては『完全なる世界』の動向は無視し難い。襲撃事件はただ口実だけでなく本気で調査なり、直接情報を確認したいのかも知れない。

 闇の福音に関しても同様と言える。日本に渡る前にそっちで一度大暴れした過去があると本人が話していた。何でもシロウの仇が逃げ込んでいたとかで追い詰めて殺す為に“戦争”をしたらしい。

 そして、イリヤという存在については……

 

「これは、何処まで私の情報を把握しているかによるわね……」

 

 平行世界や聖杯や聖杯戦争の情報が漏れているとは考え難い。知る人間が非常に限られ、その誰もが信用に値する──現状、心苦しい事に茶々丸は除かれるが──人物だからだ。

 その上、イリヤはそれらの人物の“動向を把握して”いる。

 ただイリヤの持つ『力』はある程度推測されている可能性はある。

 『クラスカード』を行使……夢幻召喚(インストール)している瞬間を信用のない者に見られた記憶は無いのだが、それでも未知の『アーティファクト』か、その類の高度な魔道具による力ではないか?と考察している人間はいるだろう。

 何しろイリヤが麻帆良で工房を開き、魔法鍛冶をしているという話は既に広まっているのだ。それも未知の魔法一族に伝わる秘匿された特殊な技術を持つ者として。

 流石に『英霊』の存在までは行き着いていないだろうが……。

 

「……となると、私の持つ『力』の実態と制作した礼装の機能を調査し、取り込もうという腹積もりはある得るか」

 

 嫌だなぁと心底思う。政争の具材に思いっ切り利用されるだろうし、確実にその渦中に巻き込まれる。

 それに“未知の魔法一族の最後の生き残り”というカバーストーリーの件もある。そこから予想するに取り込む手段として“碌でも無い話”が十中八九、ほぼ間違いなく持ち込まれる。

 魔法協会へ圧力を掛け、近右衛門を通してだけでなく、イリヤ自身にも直接に。誰もが認める見た目麗しい可憐な美少女であるのもより拍車を掛けるだろう。

 

「ほんと嫌よねぇ」

 

 それを予感してイリヤは、悪寒を覚えてブルッと身体を震わせた。

 一方それが目的にあるなら、こちらもそれを利用する方法は考えられる。

 嫌ではあるが、この身一つで何かしら優位な政治的材料を作れるかも知れないのだ。

 

「ふむ……」

 

 そうなると木乃香も……と似たような立ち位置になりそうだ、思い。

 ああ、そういえば、

 

「あの子の台頭も原作との相違点よね」

 

 それも影響していそうではある。

 推測混じりではあるが、幾つかの魔法史の文献や論文をあたった所、どうも彼女……いや、この極東の島国は魔法世界の発端と関係があるようなのだ。彼らの文化などは欧州に端を発して主流もそっちであるというのに……実に不思議な事である。

 そして木乃香は近衛家の出自で遠縁ながら、この国で最も古く尊きやんごとなき方々の血筋で、魔力とその資質は当代随一と来ている。

 修学旅行で『完全なる世界』が木乃香を狙ったのはその辺りの事情も恐らくある。

 

「当然そうなると、MM元老院も注目する」

 

 尤も元老院の連中が何処まで魔法史の秘められた鍵(ソレら)に気付いているかによるが……歴史の裏で『完全なる世界』が暗躍していた事、ウェスペルタティア王国が旧首都を巻き込み文字通り“消滅”した事とアリカ女王を迂闊に追い詰めた事で、得るべき多くの情報が散逸ないし喪失してしまい、この辺りを難解にしていると考えられる。

 しかしまさか、この極東に解明のヒントがあるとは思いもしないだろう。

 MMや多くの魔法使い達から見れば、辺境も辺境……遥か遠い外れた地域なのだ。

 あのネギにしても少なからず偏見があった程に。

 ただし、近右衛門と今や跡継ぎとなった当の木乃香は知っているようだが、これは何かしらの口伝なり近衛家だけが有する文献なりがあるのだろう。

 イリヤは木乃香の様子からそれに気づいたからこそこの秘密に至った。……原作にあった“二千六百年”という単語も含め。

 

「まあ、要注意には変わりないけど、これはあのお爺さんが対応する問題……かしら?」

 

 基本、近右衛門任せで良いと判断して、それとなく注意するだけにする。

 

「……で、他に要因があるとすれば、あの子達か」

 

 ネギと明日菜。

 これは原作との相違点云々という訳ではない。この二人の重要性が故だ。

 

「ネギに対しては、MMにとって藪蛇になる所もあるからそう深くは突っ込んで来ないとは思うけど……」

 

 アリカ女王やネギの故郷の一件は、元老院の特定勢力にとっては大きな爆弾である。迂闊に接触した結果、それらが明るみになる恐れは大きい筈だ。

 それでも少しばかりの──英雄の息子として見たアプローチはあると考えられるが……思い切った手段にはでない、と思う。

 

「各国の協会側も証拠こそ得られなかったもののほぼ確実視され警戒もされている訳だし、わざわざこっちの世界にまで来て、敢えて疑惑の種を撒く真似はしない……わよね?」

 

 今一つ自信が持てない。構わず暴挙に出る可能性は無きにしもあらず……か?

 

「明日菜は……」

 

 こちらも多少、不安はある。

 前回の襲撃事件における彼女らの調書記録は無かった事にされ、ヘルマンが語った言葉やあの悪魔が明日菜で行なった実験等は闇に葬られた。

 調書担当者は明石教授であり、当然コピーの類は一切作らず、その原本はアルビレオの書庫に紛れ込ませて厳重に保管されている。

 つまり公的記録として扱わず、最高機密文書(トップシークレット)どころか本当に“無い物”となっているのだ。

 そして公的には、学園に侵入した悪魔を偶然居合わせた“英雄の息子である見習い魔法使い”と“協力者である白い少女”が力を合わせて撃退に成功した……と記されている。

 無論、その為に様々な改竄は行われており、情報が多少漏れたとしても明日菜が『姫巫女』であるという確証と証拠を得られる心配はまずない。

 

「あの子の名前が、ガトウのカグラから来ていたり、そのままアスナだったりとするけど……」

 

 ただ逆にここまであからさまだと囮とも考えるだろうし、その為の情報工作はイリヤがこの世界に訪れるずっと以前から行われている。

 だが、『完全なる世界』が関与したと思われる学園襲撃……その目的を本国がどのように推理したかによっては注意が必要と言える。

 

(こうして改めて考えられると、思いの外に要因が多いわね)

 

 近右衛門が“読めない”と言った理由も改めて分かるというものだ。

 本国からも視察団の滞在期間は、学祭の三日間とそれにプラスして送迎に関わる行事で半日といった所。

 その短い日程で上げた全ての問題に向こうが突っ込んでくるか、或いは絞って来るのか……。

 

(うーん、やっぱり出方を窺っての、後手に立つしかないか……)

 

 

 軽く溜息を吐く。

 勿論、誘発要因はこうして予想が出来るのだから、それに対する手も考える事は出来る。傾向と対策という奴だ。

 

「学園長も気付いてはいるでしょうし……あんな態度だったけど」

 

 あの飄々とした茶目っ気のある老人は存外に食えない。

 飄々とした振る舞いも半分は素であるが、半分は擬態に近い。そう演じる事で油断を誘っているのだ……敵に対しても、“味方”に対しても。

 そして、イリヤにはあの老人が今回に関して妙に生き生きしてるように感じられるのだ。まるで水を得た魚のよう……でいて、水の底でジッと隠れ潜む大鯰(おおなまず)のように。

 

「……まったく何を目論んでいるのやら」

 

 イリヤの脳裏にフォフォフォとバルタン笑いをする老人の姿が浮かんだ。

 実際の所、彼の行動は怪しい。

 原作に置いてではあるが、あの老人はこの学祭編では殆ど何もしていないのだ。やった事といえば、学園祭最終日で未来から戻ってきたネギの作戦を手助けしたくらいである。

 そもそもとして近右衛門は何故、超鈴音をこの学園に席を置く事を許し、魔法に関する情報を開示していたのか?

 

(これも推測するに……)

 

 取引を行ったというのが打倒だろう。

 超鈴音が学園に入学する際、当然彼女は偽装工作を行ったであろうが、完全に学園の眼を誤魔化せたとは思えない。情報管理の全てが電子化されているであろう未来とは違うのだ。彼女の手が及ばない範囲は必ずある。

 そして彼女もそれに気が付かない程、愚かでないし楽観主義者でもない。

 となれば、時空転移の直後、学園のトップである近右衛門に直接接触……いや、転移と侵入に気付いた近右衛門の方から接触された可能性の方が高い。イリヤがこの世界に現れた時のように。

 

(チャオは、100年後の世界樹の魔力を利用して跳んだ筈。それ程の長距離……もとい超長時空間移動ともなれば、アンカーとしてこの時間軸の世界樹を目星にしないと厳しいと思える)

 

 人間が移動する際、目印になる物があった方が迷わずに済むのと同じだ。高い木とか、山とか、空の星座や太陽の位置などのような。

 将来的にはGPSみたいに技術の進歩でそれも解決出来るのかも知れないが、超の使用した航時機(カシオペア)は、原作を見るにまだそこまでは到達出来てはいない。学祭編に入ったばかりの頃に理論実証の試験機という感じの台詞もあった気がする。

 だから、超は現代のこの学園を──世界樹を未来から“着地点”にせざるを得なかった筈。

 そして侵入が見つかり、已むを得ず近右衛門と交渉となり、学園で過ごす事や堂々と魔法研究を行う材料を提示した……と考えられる。

 

(交渉内容を具体的に推理するのは難しい、でも提示した材料は推測できる……それイコール交渉と言えるのかも知れないけど)

 

 恐らくは彼女自身が持つ天才的な頭脳と部分的ながら未来──というのは伏せながら──技術の提供を持ちかけたのではないだろうか? 茶々丸開発研究がその技術の一つであり、麻帆良学園にある各大学や研究所で見られる数多の論文や明らかに進みすぎてる機械類がそれだ。

 

「“スゥ”の故郷であるモルモル王国や、あの“プログラマー兄妹”が在籍するMITの研究室からも技術協力を得ているようだけど」

 

 内にある『誰か』の記録を掘り返しながら思う。

 

(そういえば、モルモル王国って何となく魔法世界の……特にヘラス帝国側が似ているような気がする。魔法に関わるような遺跡群もあるし、外見的特徴から人種も何処か……一度そっちも詳しく調査すべき? ──いえ、それは今はいいから)

 

 ともかく──

 他にも不可解な事がある。

 超の計画が成功した世界線において、彼女を追い詰めたのはタカミチであり、近右衛門はその時も何もしてないようなのだ。

 あの老人であれば、タカミチと共同であたっても、単独であたっても超を捕らえるのは容易である。だというのに……では、

 

(マナの狙撃──時空跳躍弾の直撃を受けるとはまず思えないし、ならエヴァに足止めされた?)

 

 その可能性は低い。原作のエヴァは傍観者に徹していたし、超に手を貸す事は良しとしていなかった。ネギと超の直接対決の土壇場に咄嗟に動き掛けた近右衛門を制止してはいたが……それはまた別問題だ。

 それにエヴァと近右衛門という最強クラス同士がやりあえば互いにただでは済まない。その周辺に及ぶ被害もだ。相当派手な戦闘が起こり、目撃者は当然多い筈。

 しかし、罠に嵌って時空を飛ばされたネギ達の前に現れた魔法先生達は誰もその事に言及していない。最後まで超の前に立ち塞がったタカミチもだ。

 そして、超の計画が成った後は責任を追求されて本国の召喚にあっさり応じている。これも老獪な近右衛門らしくない行為だ。

 

「……」

 

 思えば、超鈴音は最大の脅威としてタカミチを想定し、近右衛門は敵として頭数に入れていない様子だった。

 葉加瀬も武道会に現れたアルビレオを脅威とした時に引き合いに出したのは、エヴァの名前だけ……これは偶々だろうか?

 真名(まな)が時空跳躍弾による狙撃を行なった際、タカミチを指して“最優先目標”としたのも? 近右衛門という“学園最強”を差し置いて?

 

 あの老人は、ネギが帰還した世界線では若者に任せて、失敗すれば自分が責任は取ると宣っていたけど……超の計画が成功した世界線でも同様だった?

 ネギは帰還せず情報はなく、ロボット軍団による突然の大襲撃も魔力溜まりを押さえる目的も『強制認識魔法』だと分からない筈なのに?

 あれだけの膨大な魔力をより危険な目的に使うとまったく考えずに見過ごした?

 

 ──本当に?

 

「………………よし、分かった。確信した」

 

 学園長を取っちめる!

 思索の末、あのジジイは何か隠してるな、と確信したイリヤは、あの老体をドツキ回してでも吐かせる事を決意する。

 しかし今日はもう遅い。それに考えたい事はまだある。

 本来あったと思われる“本当の正史”についてだ。

 

「……相違点というとこれも気になるのよね。“チャオの居ない”歴史が」

 

 これを考えるのは、あの“自称悪の天才科学者”がいなかった歴史があるとすれば、学祭からズレが大きくなる筈だからだ。

 

「まあ、先ずチャチャマルの不在というのがあるけど……」

 

 ここは学祭前までは、そう大きなズレは無いと思われる……多分。

 せいぜい燃費の良いタイプの人形を魔法薬を飲みながら運用を維持しての代理バッターという所だろうか?

 ただ学祭入ってからの影響は大きい。

 何故なら機械仕掛けの少女がいる事で長谷川 千雨がネギに大きく関わりその仲間に加わったからだ。

 あの二人が奇妙な友情を成立させて。

 

(まほら武道会の事もあるでしょうけど)

 

 千雨が加わらなかった世界線でのネギは、ナニカが不足するように思える。

 まほら武道会も成長の切っ掛けではあるが、あれは後でも取り戻せる範囲だろう。

 アルビレオは何だかんだでネギと接触するのは確実であるし、エヴァの修行も続くのだ。

 

「チサメ……ね」

 

 一般人の加入に思うところのあるイリヤだが、個人的には彼女に興味がある。

 パーティの中で後発組と言える彼女がネギにとって思いの外支えとなった事もそうだが、電子情報に魔法的に介入できるアーティファクトに選ばれた事もだ。

 正直に言えば、その能力が欲しい。

 “月で聖杯戦争がある世界”の事を知っているから尚更に。

 魔術回路を用いて電子の海へと渡れる可能性は非常に興味があるのだ。

 こっちの世界の魔法が積極的に電子世界を利用しているのもある。もし魔術でも可能であれば確実に手札を増やせる。

 

「まあ、それは一旦置いて……」

 

 夢想から思考を戻す。

 学祭編の他のズレは、多分発光現象が起こらない事。

 あれは超の時空転移の際の影響、未来の世界樹との共鳴だという事はイリヤもまた推測していた。

 そうなると、告白阻止等という警備が無くなり時間的余裕が出来る。

 まほら武道会もなく、そっちでも時間的余裕が増す。

 二日目は、これといった大きなイベントは無し。

 三日目は……まあ、語るまでもない。二日目と同様であろう。

 

「……なら、航時機が無くともスケジュールは無難に熟せたと見れるかも知れない」

 

 ただそれだけで精神的成長が大きくなされたかまでは分からず不安定。それなりに充実した学祭を過ごせただろうが。

 

「うーん……取り敢えず、次……」

 

 はっきりしたものが見えないので思考を移す。

 魔法世界編はどうなるか……。

 フェイトによる強制転移が最初の難題だが、茶々丸に千雨が不在であれば、転移地点が大きく変化する可能性が高い。

 代理で刹那繋がりで真名が同行する可能性もある。或いは学祭編の変化で別の生徒が加わっている可能性もだ。

 しかし、そうなると……。

 

「はぁ……こっちもはっきりはしないわね。考えるだけ意味がないかしら? 何か見えて来るものがあるかと思ったのだけど」

 

 煮詰まった感を覚えて、軽く溜息を吐く。

 

「……ん、少し一息入れよう」

 

 呟くと、ウルズラに念話を送って紅茶を頼む。

 程なくして部屋の扉にノックがなされ、イリヤが返事をすると、

 

「お待たせしました」

 

 ピンクのサマーセーターとデニムのショートパンツという私服姿のさよが姿を見せた。両手で銀のトレーを携えて。

 意外な彼女の登場にイリヤは少し驚く。

 

「サヨ?」

「ウルズラさんでなくて驚きましたか?」

「ええ、少し。てっきりもう休んでいたものかと思ってたから」

 

 イリヤの返事に答えず、クスッと苦笑するだけでさよは銀のトレーをウォールナット製のテーブルの上に置くと、慣れた様子でトレーにある陶器製のソーサーとカップ、お茶菓子入った皿を並べ、同じくトレーにあるティーポットからやはり少し手慣れた(さま)でカップに中身を注ぐ。

 助手だから、弟子だからって張り切って覚えたものね、とそのさよの様を見ながらイリヤは思い……小首を傾げる。

 

「……ローズヒップティー?」

「はい、カフェインが入ってない方が良いかと思って。気分も落ち着きますし、疲労回復と健康に良く美容にも効きます」

 

 カップに入った赤いバラ色と薄く漂う酸味ある香りから紅茶でないと気付いて、さよが答えた。

 

「私は頭を冴えさせたかったのだけど……」

「ダメです。イリヤさんはお疲れでしょう、今日はゆっくり休んで欲しいんですから」

 

 抗議の意味で言葉を口にしたが、逆に抗議されてしまい、さよは若干強めの口調でムッとした様子だ。

 

「ここ数日は特に忙しかった上に今日の()()です。隠しているようですけど、私は気付いていますよ。顔色悪かったの。帰ってからは気が抜けたのか勝手口の方で一瞬膝を付きそうに成ってましたよね」

「……」

 

 自分とは異なる赤い瞳で強く見詰められてイリヤは僅かに口籠る。事実だからだ。

 教会に出る前から肉体に来るものとは異なる気持ち悪さがあり、帰宅した瞬間には立ち眩みを覚えてふらついてしまった。

 今日行った()()は思いの外、負担が強かったらしい。魔力消費にこそ問題はなかったのだが……むしろ相性が良過ぎるせいか解除反動での僅かな消費しか無かったくらいだ。ただ──

 

「私は大丈夫。それはきっとサヨの気の所為よ」

 

 誤魔化した。

 

「イリヤさん…!」

「サヨ、お茶が冷めるわ。せっかく貴女が気を利かせて用意してくれたのに勿体ないわ」

 

 追及を躱す為に彼女が持って来てくれた物を口実に使う。それに今度はさよが口籠った……悔しそうな顔で。

 

「そういえば、コタロウはどうだった? 食事の後でウルズラと鍛錬に入っていたようだけど」

 

 話題もついでに変えた。さよが鍛錬に付き合っていた事もある。

 

「……ウルズラさんにとうとう一発当てていました。見事な一撃で」

 

 渋々といった様子だが答えてくれた。

 それを聞いてイリヤは満足気に頷く。短期間でかなり上達したと、これなら今の古 菲が相手なら良い勝負をするかも知れない。

 獣化を使えば或いは上回れるか? いや、動きがより獣的……本能に沿ってしまうデメリットを突かれて逆に危ういか? クーの対獣戦の経験値が分からないから何とも言えないか。空腹の虎と一戦交えるくらいの事はやってそうな気はするけど……などなども考える。

 そこに、

 

「……イリヤさん、私はそんなに頼りになりませんか? 確かに失敗もしますし迷惑を掛ける事もあります。でも、」

 

 悲しく悔しさに耐える声が小さく響いた。

 

「でも、力になりたいんです。今の私がこうしてあるのはイリヤさんのお陰だから。誰にも見られず一人ずっとずっと気付かれない地縛霊だった私を見てくれて、声を聞いてくれて……友達なってくれた。記憶も取り戻せた。そして、」

 

 潤んだ声で独白が続く。

 

「もう帰る所がなかった私に居場所をくれた、帰る場所を用意してくれた。命をくれた」

 

 幽霊だった少女は自らの胸……心臓のある場所に手を当てる。そこに大事なものがあるかのように。

 

「弟子にして貰って、家族として迎え入れてくれた。私は嬉しかった。だから──」

 

 言葉が強くなる。

 

「──だから、イリヤさんに恩を返したい。もう一度生を与えくれた貴女に報いたいんです」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 相坂 さよ。

 彼女は凡そ60年前……1940年の時。僅か十五歳という若さでその人生を終えた。

 死因は──“殺人”である。

 犯人は捕まらずに逃亡。遺体の第一発見者は近衛 近右衛門。

 そう、現在の麻帆良学園の最高責任者であり、関東魔法協会の理事。

 二人は当時共学であった麻帆良女子中等部の校舎で出会い、共に学生時代を過ごした仲であった。つまりは同級生。

 否、二人は非常に仲睦まじく。ただの級友や友人とは言い難い関係であった。尤も恋仲ともやや言い難く、周囲からは焦れったい仲だとも思われていたようであった……。

 

 しかし、その辺の事情は今は割愛しよう。

 

 60余年も地縛霊として過ごした彼女は己の記憶を擦り切らせていた。

 死因も忘れ、かつての自分も忘れ、自分が幽霊だという自覚のみでただただ無為に時を過ごした。自分と同じ年頃の少年少女達が青春を謳歌するのを脇目にしながら。

 それがどれだけ彼女の孤独感を掻き立てたものか? それは今となっては彼女自身も分からない。何故ならそう感じる事すら擦り切らせかけていたから。

 幽霊だからと諦め、仕方ないと何処か達観してもう考えないように、感じないように努めていた。だって死んだ人間なんだもの。今更苦しんだってどうにも成らない

 

 ──そう思っていた。いや……必死に思い込んでいた。

 

 そんなある日の事だ。

 何時ものように寂しく教室で佇んでいたら、白い可憐な……そう、まるでお伽噺にでも出てくる妖精のような女の子と眼が合った。そう、自分の存在に気付いて貰えたのだ。

 正直、その時の事ははっきり覚えていない。とにかく驚きと嬉しさでいっぱいでその子にずっとくっ付いて、もしかして迷惑ではなかっただろうかと後になって不安になって後悔したりもした。

 

 ──でも、その子は少し困ったように笑うだけであっさり受け入れてくれた。迷惑でないとも言ってくれた。

 

 もう泣いた。嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。幽霊なのにこんなに眼が熱くなってぼろぼろと頬が濡れるなんて思いもしなかった。

 

 ──友達が出来て、私は忘れていた感情を取り戻した。

 

 そしてその子は、びっくりした事に“魔法使い”だった。

 まあ、幽霊の自分が居るのだから、そういうのもあってもおかしくないと直ぐに思ったけど。同時に本当に妖精みたいだとも思った、魔法なんて不思議な事が出来て、と。

 そしてその子は、魔法を使って自分の身体を調べた。幽霊なのに『思念体(第三要素)』ではなくて『(第二)』のままこの世に留まれるなんてどういう事?と、当時の自分には分からない奇妙な言葉を言って。

 そして──

 

『……驚いた。こんな奇跡があるなんて、それに魔術回路がある。本数も……ってなにこれ!? 稀にある規格外っていう奴なの!? 何処かのカレーシスターみたいに! それとも──』

 

 自分も魔法使いだったらしい事を知った。

 

『しかも肉体に依らず魂だけの存在って……何て事。“起源”特性から取り敢えずはあり得るかもって納得はするけど、……うん、決めた。サヨ、貴女を──』

 

 悩ましそうにしながらも、弟子にする、とその子はそう言って有無を言わせず自分を身内に引き入れた。

 

 ──家族を忘れていた私に大切な家族ができた。

 

 そうしてしばらく一緒に過ごして、その子は工房を用意して招き入れてくれた。

 

 ──帰る場所がなかった私に返るべき家が出来た。

 

 工房が出来た事で更に詳しく自分の身体の事を調べられて、研究もされて、

 

『これで良しかな? 安定もしたようだし……うん、大丈夫ね。どうその身体は? これで貴女は新しい生を得られたも同然になったわ』

 

 そう、嬉しそうにその子は笑って、幽霊だった筈の自分が肉を得たように自由になった。

 

 ──もう感じなくなっていた実感。これまでも目と耳も聞こえていたし、不確かながら物に触れる感覚もあった。だけど……私は、生の実感を……生きるという感覚を取り戻せた。

 

 同時に直後に襲ったナニカ……形容はし難い、ただただ苦しくて頭が掻き乱される痛みがあって、ああ──!!

 

──私は忘れていた記憶を、思い出を取り戻した。

 

 泣いた。また強く強く感情が揺さぶられて頬を濡らして、傍で見ていたあの子が心配したけれど、泣き止む事が出来なくて──

 

 ──私は、名前以外もう何もかも失っていて。この子に失った全てを再び与えられたのだと理解した。

 

 

 相坂 さよ。

 彼女は凡そ60年前……1940年の時。僅か十五歳という若さでその人生を終えた。

 若くして生を終えた彼女に悲しむ人は当然ながら多く居た。戦時中の日本では半ばその感情は麻痺していたが、それでもだ。

 彼女には多くの友人がおり、家族がおり、親族が居た。

 そしてそれから60余年が経過した現在。

 それらの多くの人々は相坂 さよという亡き少女の事を思い出として仕舞い、忘れ、或いは彼女同様に生を終えている者も少なくない。

 後継者を失った家は断絶しており、親族達はその由緒ある家名を維持する事が出来なかった。

 

 

 そして、ネギのクラスに復帰という形で編入されるほんの少し前の事である。

 その日、さよは生家を訪れていた。イリヤと近右衛門も同行して。

 

『──ただいま』

 

 誰も居ない朽ち掛けた広く大きな日本邸宅。一人玄関を潜った彼女はそう小さく長い間、告げられなかった挨拶をして。

 

『──ごめんなさい』

 

 それが何に対する謝罪であったのか、寂しく玄関に立つ彼女の背中越しに聞いたイリヤと近右衛門には分からなかった。

 その表情も窺い知る事は叶わなかった。

 ただ、ポツポツと彼女の足元に落ちる雫だけを見た。

 そのあと、同行者の二人は邸宅に入らずに静かに待った。

 そうして日が暮れた頃だろうか、

 

『何もなかったけど、これだけありました』

 

 手に小さな毬を持って玄関から出てきた。目元は赤く腫れていたがそれを指摘はせず、外で待っていた二人は揃って頷き返すだけにした。

 その毬は、彼女の墓石を開いてその中に置いてきた。

 

『いいの?』

『……うん、いいんです』

 

 思わず訪ねたイリヤに、さよはそう短く、けれど吹っ切れた様子で返した。

 そう、全てを失った彼女は、今ある物を大事に抱えて前へ進む事にしたのだ。

 未練は勿論ある。それが彼女を“今”に繋がるまで支えたものであり、今の彼女を作ったものだから。

 でも、だからこそ──

 

(怖い。また失う事が……)

 

 友達、家族、帰るべき家……居場所。

 それを再び与えてくれて、それらの支柱ともいうべき白い少女の存在。

 彼女を失う事が怖い。

 でも、分かっている。この少女の命が短い事も。

 だから、だから……大切にして欲しい。その身体を大事に、大事にして少しでも長く生きて欲しい。

 無理なんてせず、辛いなら、苦しいならしっかり休めて欲しい。

 そして、そう話して欲しい。

 

「だからお願いですイリヤさん。私は貴女が好きなんです」

 

 さよは告げる。胸の内にある恐れから。

 

「だって友達だから、家族だから、大切な大切な恩人だから。それなのにお世話になるだけで、ただ与えられるだけで何も返せないなんて嫌なんです」

 

 とうとう涙が溢れる。

 こんな泣きじゃくる姿なんて見せたくないし、また迷惑になるのに。

 だけど止まらなかった。

 

「もう大切な人達に未練だけなんて持ちたくないんです」

 

 大切な友達であり、大事な家族であり、大きな恩のある白い少女。

 彼女はいつか居なくなる、どうしようもない別れが来る。

 それは仕方のない事なのかも知れないけど……だけど、せめてその時に自分は大好きなこの子に“何も出来なかった”なんて思い(みれん)を抱きたくなかった。

 

 二度とそんな思いをしたくなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 馬鹿だな私。

 涙を流して頬を濡らし、自分を真っ直ぐ見詰めて来る白い幽霊(しょうじょ)を前にしてイリヤは思う。

 心配を掛けまいとして自分の事しか考えてなかった。実に愚かしい事だ。

 

「サヨ、ごめんなさい。もう貴女とは大切な家族なのに……その気持ちを考えてなかった」

 

 だから素直に謝罪した。頭を下げて。

 いや、それだけではない。きっと弱みを見せたくなかったのだろう。

 だって──

 

「イリヤさん……」

 

 自分の言葉に少し安堵したようなのにまだ涙を流して赤い瞳を潤ませている……そう、泣き虫な弟子には、情けない所を見せたくもないし、見せたらまた泣いてしまうと思ったから。その心配も本当だ。

 だけど、結局は泣かせてしまっている。ほんとに馬鹿だし、それこそ情けない事だ。

 

「正直に話すから、だから泣かないで」

「は、はい」

 

 涙を拭って笑顔になる。でもまた泣いてしまって、ごめんなさいと彼女も謝るが、イリヤはハンカチを渡して、ううん……と首を横に振った。気にしないで私が悪いから、と。そして続けて話す。

 

「サヨの指摘した通り、疲れているし今も余り気分は良くない」

「……やっぱり」

「行使中は、全然そういうのは来なかったのだけど……いえ、使った瞬間にギシリと“重さ”はあったわね」

「それはそうですよ。未熟な私でも想像が付きます。『クラスカード』はそういうものなんですから」

 

 イリヤの言葉に気を持ち直したさよが相槌を打つ。涙の跡こそ残すが一転してキリッとした真面目な……魔術師然であろうとする表情だ。

 『クラスカード』……イリヤの知る魔法少女のタイトルを持つあの物語のカードとは違い、第五次において召喚済みの『英霊の核』を置換し、使用者の『魂』の外殻として纏って自らを英霊とする……いや、より正確に言うなら自らの魂をそう偽装し、肉体へ出力している。

 第一要素(にくたい)というものは魔術的には、魂に寄って形作られているとされている。つまり『クラスカード』の機能の大凡の正体は、魂を英霊の核により偽装する事で、それに寄る肉体をも騙し誤魔化しているというものだ。

 それがこの世界にある『クラスカード』による英霊化の概要である。

 

「要は無理やり英霊(べつじん)の身体に作り変えられているようなもの、という事ですね」

「まあ、それ自体は良いんだけど。魔術的なものとしてあくまで肉体は寄ってるという物質的には仮初の話だから。それに出来上がった身体というのは存外に頑丈なものだし」

「……それはそうなんですけど」

「問題は、結局は魂の方…」

 

 それでも心配だという顔のさよに対してイリヤは問題の根幹に触れる。

 

「それ一つで何百、何千人分の魂の結晶とも言える霊長最強の魂を外殻とし、偽装の為にその力を使用者の魂を媒介にして入力される。それが如何に人の魂にとって重くて負担になる事か」

 

 小型原子炉を無理やり直結させた車のエンジンのようなものだ。それでも魔力という緩和剤があれば安定はさせられる。また車の方にしても大型艦船……むしろパワードスーツ、いや……モ◯ルスーツ? ガ◯ダムを着込んだようなもので、車の状態のままでもないのでイリヤが言ったように存外安全である。

 

「だから魔術師であれ、魔法使いであれ、魔力を相応に扱え、カードの構造をある程度理解していれば、危険性は然程ない。そういう術式構成になっている」

 

 このよく解らない奇妙な仕様に関しては、まだまだ謎が多い。合理的な所もあれば、非合理的な所もあるチグハグでヘンテコと言うしかない術式となっていて半ばブラックボックス化。もうそういうものだとしか言えない。

 一方で、勘や直感ではその正体が薄っすら何か見えている気はするのだが……まるで喉に魚の小骨が引っ掛かったように惑おうしく至れずにいる。

 

「そうですね……安全といえば安全です。でも……それが──」

「──サヨ、ごめんなさい。それでもそれは使える手であるし、どうしても必要になると思うから」

 

 イリヤは『クラスカード』の運用にさらなる先を見せた。

 通常の聖杯戦争でもその方法は使われた事があるから思いついた手段。いや、今現在敵対する黒き呪い(アンリマユ)も使っているからとも言える。

 ただ負担が思いの外に大きかっただけ……ある程度“重い”とは予測はしていたが。

 

「貴女に心配をかける事は本当に悪いとは思う。でも……どうか分かって」

「イリヤさん……」

 

 さよはまた泣きそうな顔をする。

 そんな顔をして欲しくないとイリヤは思う。それでも、

 

「サヨ、どんな事になっても私は精一杯生きるから、決して黙って死んだりはしないから。それに貴女が居てくれるから私は賭けられるの。弟子なってくれた貴女が居るならきっとこの先も……って」

 

 貴女を信頼し頼りにしてると笑顔を向けた。例え泣かせてしまうとしても、こればかりは……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白い少女の居る部屋の扉を閉めて出た。そして扉を背に寄りかかって小さく呟く。聞かれたいのか、聞かれたくないのか、自分でもその心情は分からない。

 ううん、分かっている。聞かれたくないから面と向かって言えずにいる。こうして吐露している。

 

「イリヤさん気付いていますか? 今の貴女はどこまでも自分を置き去りにしてるって」

 

 周囲を見ているようで見ておらず、自分があるようで自分がない。考えるのは自分以外の誰かを助けることばかり。

 

「そっくりですよ。貴女の記憶で見た“あの少年”に……」

 

 だから怖い。あんな行動原理が壊れている少年のようになって行きそうで。

 例え大切な人を見つけられたのだとしても……あの彼は異常なのだ。それが分かるから怖い。

 あんなにあんなに傷付いて、心が酷く壊れかけても止まらず走り続けたあの少年の姿が怖い……それが白い少女に重なりそうで…………。

 

「……」

 

 腿にあるホルダーから取り出して『カード』を握った。

 そのカードには強い想いが未だに残されている。あの子も同様にそうだろう。それでもこの身体を持ってしばらくして自分にコレを預けた。

 その意味を彼女は……さよはずっと考えていた。

 

「大丈夫。どこまで貴方の代わりを出来るか分からないけど、イリヤちゃんは必ず私が護るから、何があっても。だから貴方も力を貸して一緒に……」

 

 そう告げて目に映るカードの表面(ひょうめん)を──“狂った戦士”が描かれた絵をそっと撫でた。

 

 するとカードは黄金に輝き──。

 

 

 

 




 今回は34話(1)の補足も混じえたまとめ並びに考察回のようなものになってます。
 そして何故だか学園長が怪しいぞ?となりました。
 イリヤさんにしてみれば「犯人はヤス」みたいな思いがある事でしょう。
 本当は感想の方でもツッコミされていたアヴァロンに付いても付け足すべきかもと考えたのですが、ちょっと挟みようがありませんでした。またの機会とします。

 そして、さよに対してまたスポットを当ててます。そろそろ彼女に付いても色々と明かしていかないと拙いですので。
 原作では半ば朝倉和美の付属物や背景キャラと化していましたが、本作では重要な位置にいます。
 原作で余り重要でなかったからこそ、こういう扱いが出来るキャラという面も正直あったりします。

 他にもこの34話はいわゆる“匂わせ”が多いのですが、その辺りのイリヤの切り札やさよの力などは学祭最終日までには明らかとなります。シロウの決断も。


 スゥとモルモル王国に関しては「ラブひな」繋がりです。
 彼女は金髪碧眼で褐色肌と何故かヘラス帝国人や魔法世界人に近しい容姿を持つヒロインの1人で、謎多きモルモル王国の王女様というキャラです。

 プログラマー兄妹はラブひなより更に前の赤松先生の作品「A・Iが止まらない!」に登場していた主人公とそのブラコン妹の事です。
 茶々丸に搭載されているAIの基幹部分は、その作品に出ているAIヒロイン達がベースになっているような事をネギま!第9巻で葉加瀬が若干語ってたりします。
 恋が出来るのはその影響だとも……。


 あと、さよの事にも触れましたので以下も開示。

 
 ――サーヴァント情報が更新されました。

『ライ■ー』■名:相坂 さよ

 筋力:E- 耐久:E- 敏捷:E-
 魔力:?? 幸運:D 宝具:■

 クラス別能力
 騎乗:E-

 保有スキル
 気配遮断:A 魔力放出:?? 魔術:E

 宝具:無し。

 備考。
 相坂 さよは英霊ではない。
 死して魂だけの存在となった彼女をイリヤが残していた中身の無いライダーの『クラスカード』に押し込めてエーテル体で肉体を構成し『人間のサーヴァント』としている。
 これを可能としたのは、やはり彼女が魂のみで生存しているという特異な状態である事。
 クラスカードが謂わば英霊に仮初めの肉を与えて実体化させる第三魔法の欠片(FGO風に言えば聖杯の雫を更に割ったようなもの)である事。
 主にこの二つである。
 パラメータが全体的に低いのは、生前の状態ほぼそのままである為。

 騎乗スキルがあるのはライダーのカードを元にした名残であり、彼女自身はそういった経験が皆無な事もあって最低以下のランクとなっているが、それでも現代にある大抵の乗り物には補正が掛かり、操縦なり操作なりの物覚えが良くなる……つまり乗り物に対してのみ『取得経験値の上昇』の効果があり、彼女の努力次第であるが幻想種を除くどのような乗り物でも人並みかプロ級の技量を身に付けられる。
 これは一般的なロードバイクや乗用車などの他、船舶や航空機は勿論、戦闘機や戦車などの特殊な乗り物にも適応される(ただし特殊なものほど難易度は高く、習熟に必要となる経験値も多い)。
 保有にある気配遮断スキルは、生前からの能力及び体質によるものと長い幽霊生活の中で培われたもの。何気に最高ランクとなっているが、そこには何かしらの秘密がある……らしい。魔力放出も同様である。
 魔術スキルは、成り立ての見習い故に最低ランク。ただしイリヤの直の指導やサポート下であればDないしCランクにまで上昇する。

 なお彼女の“魂在る幽霊”という奇妙な状態に関しては、イリヤ曰く『まさに奇跡的で稀有な例』『物質化こそ成せなかったが不老不死の体現』との事。
 当然その事実は分析したイリヤ自身を愕然とさせた。

 あとがきに入れるのもどうかな?と思いますが以上です。
 これらは型月設定とネギま!設定との擦り合せの結果ともなってます。
 特に「魂」の扱いが難しい……です。どっかの妖精郷のゴーストは維持していたような気もしますが。

 ともかく、悩める白い少女“二人”の話は一旦終わりです。
 誤字脱字報告してくださった方、ありがとうございます。助かります。

 それと前回の(3)の仕込みは特に隠しているという訳ではなく、演出として実験的に入れました。
 本来は予定になかった事でもありますが。

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