麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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 久しぶりの執筆に小説を書く文章に鈍りを覚えます。それでも週一か隔週に一度は投稿出来るように頑張ります。


第34話━━悩める白い少女(2)

 完全に不意打ちとなった為か近右衛門は可奈子の一撃で気を失ってしまい、イリヤ達一同は執務室に備えられた来客用のソファーへ白目を剥いた彼の老体を運んだ。

 

「酷いです可奈子さん! いきなりあんな事するなんて!」

 

 近右衛門を横たえて皆がソファーへ腰を掛けると、さよが可奈子へ糾弾の声を上げた。

 

「この(くん)を落ち着かせる為だからって、でも他にも方法はあるのに…! 殴るなんてほんと酷すぎます!」

 

 これまで見た事もないさよの様相にイリヤは再び唖然としていまい言葉が出せない。エヴァにしても「むう」と困惑したように唸るだけだ。

 そして、本日初対面であり、責められている当の本人たる可奈子にしても如何に対応していいものか困惑している様相が窺える。

 

「えっ……と?」

 

 いや、むしろ何か言いたげでそれどう言葉にして告げるべきか迷っているように見える。

 

「ハッ!」

「あ、この君大丈夫?」

 

 近右衛門が目を覚まして気付いたさよが俯き屈んで、彼の顔を覗き込むように視線を近づける。彼女の()()()()ある彼の顔へと。

 つまり近右衛門はさよの膝枕を受けていた。そして木製のテーブルを挟んでその対面にあるソファーにイリヤ達残り三人は席を付いている。

 

「さよ? あ、()……いや、大丈夫()

「本当? 痛いところは無い?」

「ああ…」

「そう、良かった。イリヤさんに習った魔術が効いたみたいで」

「そっか、治療してくれたのか」

「うん、でも大した怪我じゃなくてほんと良かった」

「はは、相変わらず心配性()()()()は」

 

 ホッと安堵するさよに、近右衛門はまるで年若い()()が浮かべるような顔で笑いかけ、「けど、ありがとう。助かったよ、さよ」等と言って彼女のアルビノの白い髪に覆われた頭を優しく撫でた。

 それに「あう」と声を溢して照れて赤く表情を染めるも嬉しそうに目を細めるさよ。

 

「「「…………」」」

 

 そんなやり取りを対面のソファーから見せられるイリヤとエヴァと可奈子の3名の中、一番後者の彼女が絶対零度の声で呟く。

 

「……見損ないましたお爺ちゃん」

「「はっ!」」

 

 冷たい声と視線に気付いて固まる少女と老人の二人。

 

「まさか麻帆良学園の長であり、教育者の鑑で在らんとすべき者が生徒に手を出すなんて…。それもそんな歳で」

 

 可奈子は何か汚いものを見るような侮蔑が籠もった眼で、さよの膝の上にある近右衛門の顔を見下ろす……膝枕されているという位置的な意味でもそうならざるを得ない。

 これに学園長は流石に慌てる。

 

「待て待て待てッ!! 可奈子……お主、今物凄い誤解をしておるぞ!!?」

 

 バッと跳ねるように身体を起こしてテーブル向かいの可奈子へ近右衛門は詰め寄らんとする。

 

「誤解ぃ…? 女子中学生の膝の上で介抱されて、年甲斐もなくあんな風にデレデレとした表情で笑い掛けて、頭まで撫でて、イチャイチャしておいて?」

 

 うわぁ、と詰め寄る近右衛門に引きながら可奈子は冷たい口調のまま告げた。

 シッシッと手を振って「近寄らないで下さい、この変態(ロリコン)教師」と言いたげなジェスチャーまで見せる。

 

「…………」

 

 そんな可奈子の取り付くシマのない態度に、近右衛門は泣きそうな顔してイリヤとエヴァの方へ顔を向ける。

 何とかしてくれぇ、と無言ながらそんな助けを求める声が聞こえた気がした。無論、念話ではない。

 一瞬、イリヤはエヴァと顔を見合わせる。さて、どうしたものかしら? 流石に放置は可哀そうか?とこれまた念話を使わずにアイコンタクトで銀と金の髪を持つ二人の少女は会話する。

 で、同時にコクリと頷き合い。

 

「でもサヨと良い仲なのは確かだし」

「そうだな。相思相愛なのは明らかだしな」

 

 そう、今や姉妹の如き関係を持つ二人の少女達は告げた。直後──

 

「ちょっとまてぇぇぇーーー!!!」

 

 御歳78となる老人の口から渾身の絶叫が轟いた。

 

 

 

 

「……さよさんは過去に亡くなった幽霊で、近衛お爺ちゃんの同級生?」

 

 携帯電話に握り、110番をプッシュしようとした手を止めて可奈子は訝しげに尋ねた。

 

「ま、そういう事。ただ見ての通りただの同級生という関係ではないけどね」

 

 事情説明したイリヤは、隣に座る可奈子へそう答えつつ視線を対面の方へと向ける。

 

「ごめん、この君。つい昔みたいに……」

「いや、()の方こそ済まない。場を弁えず昔の気分でいて悪かった」

「ううん、私こそ……」

「いやいや、だからさよは悪くないって、俺が……」

 

 先程のように老人と少女は何かこう……イチャイチャしていた。

 …………正直に言えば何か腹が立つ。内心イリヤはそう思う。

 

(もう第二の生を得たようなものなのに……)

 

 人目を憚らずに甘ったるい空気を出す事に「リア充爆ぜろ!」という気持ちもなくはないのだが、さよも今更あんな老人を選ぶ必要はないのではないかと思うのだ。

 その新たな生を与えた家族であり、弟子に取った師匠としての親心にも似た感情から。

 一方で、何処かお似合いであり、生前の無念を果たせる事や、人の恋路に首を突っ込むのも野暮だとか、何だかんだで幸せなのだろうと理解できる事から──とっととくっ付いてしまえ!とも思う。

 そう、こうも二人でイチャイチャしたやり取りをし、相思相愛と傍から見ても明らかなのに、この二人は付き合っていない……友人以上恋人未満の関係なのだ。さよが生前の頃から。

 

(互いに踏ん切りが付かないというのも……分かるけどね)

 

 方や死んだ時のまま姿形と精神が止まった少女。方やそれから60年と生きて老成を重ねた老人。

 例え想い合って心を通わせようと、色々と考え悩むものは多いのだろう。

 

「……分かりました。いえ、まだ納得できないものはありますが、とりあえず追求はしないで置きます」

 

 携帯電話をしまい込み、可奈子は眉を顰めて釈然としない様子ながらもそう言った。

 

 閑話休題。

 

「それで“鞘”というのは、()()鞘ですか」

「あら、知っているの? “剣”の方はこの国でも知名度が高くて知ってる人は多いけど」

 

 可奈子の言葉にイリヤは少し意外そうにする。

 

「はい、私。中世ヨーロッパの時代の事が好きで、お婆ちゃんと海外を回っていた時には結構その頃の遺跡やお城とかを観光してました。ですから記録や伝承なんかも人並み以上には知っている積もりです」

 

 イリヤは覚えていないが、浦島 可奈子が中世ヨーロッパを好きな時代としているのは“原作”公式であったりする。

 

「“アーサー王伝説”の逸話の一つ、マーリンの剣か鞘どちらが大切かの問い掛けにアーサーが敵を打ち倒す剣が大事と答え、彼の魔術師はそれに対してそれを護る鞘にこそ価値がある、鞘がある限り王は、その身から一滴の血を流す事もないでしょう。決して鞘を手放さないように……と、そのように忠告する伝承(はなし)も見聞きしています」

 

 そう話す可奈子の口調に一瞬、夕映の姿が過ぎるイリヤ。今の説明っぽい所や抑揚の欠いた口調の所為もあるが……声が非常に似ている為だ。

 “中の人(声優さん)”が同じな訳だし……等とそんな事を思ってしまう。

 

「そして、鞘が盗まれる事を予言した事も。……これは書かれた媒体によって様々ですが。王が信用する者が奪う等もありますし」

 

 そう言って可奈子は赤い瞳を学園長の机から此方のテーブルへと移した『魔法の鞘』──そのハリボテだが──に向ける。

 

「そう、だからこそじゃ」

 

 気を取り直した近右衛門が此方へ顔を向ける。口調も普段の老人然としたものに戻っている。

 

「数多の優れた騎士を従える彼の王は、鞘を失い……そこから円卓が崩れ始めた」

 

 要因はそれだけではないのだから、正確には円卓崩壊の切っ掛けの一つというべきじゃが、とも言い、

 

「その失われた筈の鞘が凡そ1500年後のこの現代までまさか残っておるとは……誰が予想する!」

 

 言葉を荒げる。また動揺が出ていた。

 

「当時を生きたアーサー王殿も探さぬ訳ではなかったであろうし、今イギリスにある魔法協会とてそうじゃ! だというのに発見に至らず、見過ごした等という怠慢の為に誰とも知れぬ輩にこの歴史的大発見と言うべき遺物を……! いや……まて? 誰とも?…知れ……ぬ?」

 

 言ってその考えに行き着いたらしい。逆に頭が冷えたのか落ち着きが見える。

 そうして対面に座る白い少女を近右衛門は見詰めた。

 

「そうか、そういう事か。イリヤ君が知っておるという事は……」

「ええ、学園長が今考えた通りよ」

「今更気づいたのかジジイ…」

 

 イリヤの返答とエヴァの遅すぎると言わんばかりの呆れに「ぬう…」と老人は呻く。

 

「正直、イリヤ君から依頼を受けた段階でブリテンの伝承や伝説……彼の王のものを含めて纏わる何かの調査とは考えてはおったのじゃが……」

「……それは私も同様だがな。まさか現存する聖遺物で、伝説にある失われた『魔法の鞘』の探索依頼だったとは驚きだ」

 

 近右衛門とエヴァは互いに嘆息するかのように話す。そこに可奈子も続ける。

 

「しかも既に発掘されてしまった後、ですか。“あの彼等”に」

 

 可奈子もここまでくれば事情は察せる。若くとも関東魔法協会の重鎮でもあるのだ。持っている……或いは明かされている情報は多く、質も高い。それに浦島家は元より護衛、交渉事などの他、諜報活動も専門に担う一族だ。忍者の系譜とも伝えられている。

 

「うむ、恐らくはな。これは本当に厄介な事になったのう」

「それでイリヤ、お前はこの一件をどのように影響すると見ている?」

 

 難しげな表情で腕を組む近右衛門。その丁度対面に座りイリヤの隣にあるエヴァが横に顔を振り向かせて尋ねる。

 弟子であり、多くを知らされているさよは既に察しているのか、非常に不安げな顔をしているのをイリヤは視界の端に収めながら問いに答える。

 

「そうね、先ず魔法の鞘──アーサー王が想い描いたとされる『全て遠き理想郷(アヴァロン)』という名の付いた聖遺物であり、宝具であるそれが敵の手に渡ったのを見るに、お母様が従える黒化英霊に彼の王──“騎士王”がいるのはほぼ確定したわ」

 

 当然セイバークラスでね、とイリヤは言い。それに周囲が息を呑む。

 

「お前の知る聖杯戦争……四回目の戦いの結果、いないと考えていたものが……?」

「そう。ほぼであり、多分とも言えることなのだけど、(えん)となる聖遺物が手元にあるのだからあの戦いの結果に依らず、新たに召喚が可能だと私は考えてる」

 

 可奈子が並行世界の事まで知らないので慎重に言葉を選んでイリヤは話す。

 もし知っていれば、あのアイリスフィール(アンリ・マユ)が自分の知る第四回とは異なる結果を迎えた並行世界の存在である可能性も話したし、“発掘済み”の鞘を使ってイリヤの世界にて召喚されていた事にも触れていただろう。

 

「あのアンリ・マユ(おかあさま)が何処までの機能(のうりょく)を持っているかは完全には分からない。だけど少聖杯として(わたし)の直感では必要な魔力があれば十分届くと感じてるわ」

 

 京都での一件で直接相対した感触と、先の襲撃事件で間接的に感じ取った気配と魔力……そこからイリヤは勘でそう判断した。

 英霊をサーヴァントとして召喚・現界させる聖杯(第三法)としての機能を高くはないもののしっかり有しており、実体化を維持させるだけの(まりょく)も確実にあると。

 

「それで彼の騎士王の脅威度だけど……」

 

 そこでイリヤは言葉を切る。緋色の眼を閉じて腕を組み、渋面というのは余りにも渋すぎる顔をする。

 非常に難しげで「うーーーん」と苦しそうに唸る。

 近右衛門とエヴァは思わず視線交わせて互いに首を横に振る。短い付き合いの中でもそれなりに親睦のある二人は、このようなイリヤを見た事あるかと視線で尋ね合い、お互い否定したのだ。

 可奈子はイリヤとそんな二人の様子に若干困惑する。

 代わってイリヤと似た白い髪と赤い瞳を持つ弟子が答えた。

 

「イリヤさんがそう唸るのは仕方ありません」

「む?」「さよ?」「え?」

 

 突然のさよの言葉に師であるイリヤ以外の三人が戸惑う。

 

「ハッキリ言って脅威というものでは済みません。この『鞘』を持った騎士王……真名(しんめい)アルトリア・ペンドラゴン。“彼女”の前ではイリヤさんとエヴァさんに鶴子さん、それにこの君とアルビレオさん、それら最強クラスを含めた今ある麻帆良の戦力の全てを投じても打倒するのは不可能です」

 

 さよは見た。この世界に在らざる魔術師の弟子という立場を得て、師であるイリヤから厚遇されて、その白い冬の少女の記録を……そう、老魔術師の暗躍で何かが狂ってしまった第五回目の戦いを。

 だから分かってしまう。黒く呪われた剣士(セイバー)が如何に恐ろしく理不尽な強さを持っているのかを。

 そして、『鞘』の持つ正に『魔法』としか言いようがない機能(しんぴ)()らされている。だから断言する、してしまう。

 

「あれに勝つ事なんて絶対に出来ません!」

 

 シンっと重苦しい雰囲気が室内を包んだ。

 さよの迫真に満ちた言葉に、それを否定せずに沈黙するイリヤ。

 それらが事実であると物語っているからだ。

 

「……そうか、不死身なのか!」

 

 誰もが言葉を噤んだ僅かな静寂の後、エヴァが口を開いた。

 見ると首から垂れる赤い宝石を握り締めている。イリヤはその様子を見て察する、今度は本当にシロウの入れ知恵があったのだと。

 

「エクスカリバーと魔法の鞘の逸話、マーリンの助言にもある効果。鞘は持ち主に傷を負わせるのを防ぎ、負ったとしても癒しを与えるというそれが機能するのだな」

 

 エヴァの言葉には微かに焦り……いや、怖気や畏怖が含まれていた。

 その言葉に応じるようにイリヤは、さよに目配せをする。師の意図を理解してさよは頷く。

 

「はい、その通りです。『鞘』を展開する事で所有者である騎士王は、その場に在りながらこの世界から隔離されて彼の王が想い描いたという理想郷、或いは妖精郷とも云われる世界へと概念的にその身を置く事になり、この世界からの攻撃……いえ、より高度な次元からの干渉すら一切遮断する絶対的な護りを得ます。攻撃が“効かない”、“防ぐ”のではなく、“届かなくなる”んです、空間的にも時間的にも次元的にも。仮に世界が滅びるような事態……そうですね、空から月が落ちて来てこの地球が砕けたとしても鞘を展開した“彼女”には、何の被害も及ばず無傷で済みます」

「は? なんじゃそれは!?」

「いくら何でも出鱈目過ぎます……」

 

 あんまりな宝具の性能に絶句する近右衛門と可奈子。

 

「その上、向こうからの攻撃は可能だったり、鞘を展開して無くともただ所持しているだけでも強力な治癒効果のお陰で即死するような傷を……いえ、例え本当に死んだしても一瞬で再生するか、息を吹き返して蘇ります」

「……」

 

 同じく不死身の力を有する吸血鬼たるエヴァはもう言葉が出ない。

 イリヤはため息を付くと、弟子のさよに次いで言葉を紡ぐ。

 

「つまりこと守りにおいては最強の宝具。そういう訳で対処がとても困難なのよ。倒す方法があるとすれば、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を展開される前に肉体を塵一つ残さない高出力・大火力の……それこそ彼の王が持つ聖剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』のような一撃を与えて、再生を行うほんの一瞬、僅かな隙に鞘を奪うなりしないと無理でしょうね」

 

 心底ウンザリした口調でそうイリヤは告げた。

 

「とはいえ、何とかしないといけないのも事実な訳だし、勝つなんて絶対無理という泣き言ばかりで終わる訳にもいかないし──」

 

 ──学園長、タカミチとツルコ。それにアカシ教授達をこの教会へ呼んでくれないかしら。

 

 




 アヴァロンが先に奪われてどうしたものか?という回。
 あと今回は、さよに少しスポットを当ててます。
 学園長との関係については、原作の初期設定にあったものと最終巻で触れられていた物を拾った感じです。
 イリヤと近しいのは……また後々で。
 切っ掛け事態は本作序盤にあったイリヤの大ポカですが。それが返って功を奏してます。

 可奈子に付きましては、以前の鶴子同様に一応説明致しますと。
 ネギま!の前に赤松先生が描かれていたラブひなの登場人物で、そちらの主人公と血の繋がらない妹でありヒロインの一人です。
 また赤松作品において神鳴流に並ぶと考えられる浦島流柔術という古武術の使い手で、本作においてはオリ設定でひなたお婆さんの後押しを受けて浦島家の跡取りとしてます。
 浦島家と血縁で無いこともあってこの辺りには複雑な事情を抱えているともしています。そっちも今後の出番しだいで書くかどうか…。
 戦力的には刹那や真名以上でタカミチ未満、刀子さんや神多羅木先生クラスとしてます。ただ鶴子の妹であり、潜在的な才能は姉以上とされる素子と互角に戦えるライバルである事を考えると、それ以上の実力者かも知れませんが…。

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