麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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お久しぶりです。短いですが投稿


第34話━━悩める白い少女(1)

 夕刻前、空に赤みが差し始めた頃にはイリヤ達は一通りの見回りを終え、仕事の締めとばかりに学園長の元へ赴いていた。

 女子中等部の校舎の方ではなく、関東魔法協会本部である教会の方だ。

 執務室の扉を叩き、ノックの返事に木製のそれを開くと、

 

「ご苦労さまじゃイリヤくん、さよ。それにエヴァも」

「……」

 

 顎から長く伸びた白い髭を撫でながら労いの言葉を掛ける近右衛門と、挨拶なのかペコリと丁寧にお辞儀をする見知らぬ黒髪の女性の姿が見えた、かなりの美人だ。

 近衛右門はデスクに座り、その少し前に女性の姿がある。

 女性とは顔を合わせた事のないイリヤであるが、その二十歳前後と思われる彼女には心当たりがあった。

 向けられる視線の中に赤い瞳が見え、エヴァもよく好むゴスロリ風の衣装を着込んでいる事から……。

 

「ウラシマ、カナコ……?」

「はい、初めまして。浦島家次期当主の浦島可奈子と申します。以後お見知りおきを…」

 

 思い至り、思わず呟いてしまったイリヤに可奈子は再度丁寧なお辞儀を見せる。

 

「失礼、私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。此方こそ宜しくお願い致します、カナコ様」

 

 不躾な呟きへの謝意も込めてイリヤは挨拶と共にお辞儀を返した。

 その背後で初対面であるらしいエヴァも鷹揚に宜しくと言い、さよもお辞儀と返事をしている。

 そんな風に挨拶を交わし、例の如く互いに堅苦しいのはそれまでにしようと少し話し……。

 

「それでカナコはどうして此処に? あのお婆さんは?」

 

 イリヤが尋ねる。呼び捨てで構わないとの事から名前で。お婆さんとは可奈子の祖母であり、浦島家現当主の浦島 日向(ひなた)の事だ。

 

「お婆ちゃんは今、西の方へ赴いてます」

「うむ、ひなたの奴には本国からの例の件もあって……まあ、何というか事情説明じゃな」

「なるほどね」

 

 麻帆良祭に託けて親善を建前に“本国”から視察団が訪問してくる件。

 東こと関東魔法協会以上に恨み骨髄な連中がこの日本へ足を踏み入れるのだ。関西呪術協会にしてみれば穏やかな心情でいられないのは当然と言える。尤もそれは関東魔法協会にしても同じなのだが……ともかく、宥める為に西と親睦の深い浦島家とその当主が出張っている訳だ。

 そんな理由を聞いて何となく気が重たくなりイリヤはため息を吐くと、エヴァもまた「やれやれ、だな」と呆れた声で相槌を打つ。

 

「それでカナコが此処(まほら)に代理でいるのね」

「はい、これも次期当主の役目という事で近衛お爺ちゃんのお手伝い(サポート)をしています」

 

 近衛お爺ちゃんと聞き慣れない呼び方にイリヤは僅かに目を見開くも、そういえばヒナタと学園長は幼馴染というのだっけ?と“原作”からでも知りようにない事を思い出す。そして可奈子とはその関係で知己であり、親しいのだろうとも。

 となると“兄”の方ともこの学園長は顔見知りなのかも知れない。

 

「ところでイリヤくん、状況はどうじゃった」

 

 かつての世界で見た絵空事に少し思い馳せていると、やや唐突だが今日の見回りのことを尋ねられた。元々この報告のためにイリヤは此処を訪れたのだが。

 無論、後でイリヤ他、諸先生方から提出される報告書に目を通すのであろうが、口頭にて先ずは確認をという事だ。

 

「エヴァさんとさよと一緒に各所を見回った限りでは異常はないわ。今朝上がってきたレポートはそっちも見ているのでしょう? 基本はそのまま……現状の体制で大丈夫だと思う」

「そうか。ありがたいのう、イリヤくんの協力に改めて感謝じゃな」

 

 なんせ、発光現象の度になかなかに忙しい事態に毎回なっておったからのう、とも言いながらウムウムと頷いて近右衛門は安堵した様子を見せる。

 世界樹の呪いめいた(ばかげた)願望器機能の事だ。ウン十年と麻帆良で過ごした経験と多くの記録を見て来た事から思うものがありすぎるのだろう、何処か一つ肩の荷が下りたような様子が窺えた。

 

「使節……視察団の事もあるしね」

「そうじゃな、幸運のアミュレットが広まった事もあるし人員を麻帆良祭の巡回の方に多く割かずに済むのは本当に助かる」

 

 イリヤの言葉に「まったくイリヤ君、様様じゃの」と少し煽てた風に冗談っぽく答える近右衛門。

 しかしイリヤはそれに応じず真面目な面持ちを見せる。

 

「で、その視察団……引いては本国の動きはどうなの?」

「……ふむ」

 

 イリヤの面持ちに近右衛門も表情を引き締める。

 

「思いの外に静かといった所じゃな。工作員や諜報員などの類を送り込んでくる気配も……ま、今のところは無い。ゲート開閉周期の問題もあるのじゃろうが」

「まあ、周期の事はあるのだろうが、連中の手先には古くから今も地球(こっち)に潜む奴らがいる。そっちはどうなんだ?」

 

 エヴァが問い掛けた。

 

「それも含めてじゃな、元よりそれらは大戦後に殆どが顔や身分が割れておるからな。それを理解しておってか、動きたくても動けんのじゃろう。我が国に潜伏する者に限らずにのう」

 

 旧世界こと地球の各国にある魔法協会は、アレルギーとまでは行かないものの、本国もといMM元老院の事をかなり嫌っている。

 それ故に地球に潜入している諜報員らは、この20年の間に徹底的に調査され、その動向は厳しい監視下に置かれている。

 地球を旧世界と呼び、何処か見下した風潮があるのも要因であろうが、長年降り積もったそういった交流関係に大戦時の横暴が切っ掛けで火が付いた面もこれにはある……というのは近右衛門やエヴァにアルビレオより聞いた言だ。

 まあ、イリヤにとっては正直それはどうでもいい事である。問題は━━

 

「じゃあ、視察団は本当に視察が目的という事?」

 

 今現在、麻帆良へ害を成すか、目下にある麻帆良祭への影響だ。

 そう、原作に無いこの要素がどのように状況を変え、今後に及ぶかが問題である。

 

「ふむぅ……」

 

 イリヤの問いに近右衛門は表情を渋らせる。

 

「正直読めん。何かしらの政治的思惑があるのは確かじゃろうが、連中の……本国にいる政治家や官僚らがこのような団体で此方へ訪れるのはワシが生まれてから無かった事。エヴァとてそう多く知らんじゃろ」

「ああ、500年は生きた私だが両手の指に数えられる程度の覚えだ。そもそも魔法世界の連中の基本的なスタンスは旧世界が自分達に害を及ぼすか及ぼさないかの警戒だけ、だから自らの存在の明るみに繋がる魔法の隠匿に敏感で強く法を敷き、各国の魔法協会へ圧を掛けている。それ以外の事には余り興味は持たん。……魔法世界の真実を知る者やそこに危機感を抱いている者はまた別かも知れんが」

 

 ふむ、とイリヤは顎に手を当てる。

 視察団も気掛かりであったが、今のエヴァの言葉に引っ掛かりを覚えたからだ。

 

(チャオ・リンシェンの目的は魔法の存在を世界へ、一般的な表社会へ拡散する事だと原作では強調されていたけど……もしかして)

 

 不意に過ぎった思考。

 

(勿論、MM(メガロメセンブリア)や新世界の存在もそこには加わっているのでしょうけど……そこから━━)

 

 しかし━━

 

「ま、警戒するに越したことはない。ネギ君に明日菜君……ヘルマン伯の事もあるからのう」

「そうね」

 

 思考は中断されてイリヤは同意して頷く。

 視察団の件は以前にも話し合っており、同様の結論を出すしかなかった。情報が少なく向こうの出方しだいで対応するしか無いのだ。

 

「受けに回るしかないのは仕方ないけど、何とか“後の先”は取りたい所ね」

「じゃな」「だな」

 

 不安を混じらせたイリヤの呟きに、今度は近衛右門とエヴァが頷いた。

 

「イリヤ君、そう不安を覚えている所に申し訳ないのじゃが、此方からも報告がある」

「ん、何?」

「今しがた可奈子から受け取ったものなのじゃが……」

 

 首を傾げるイリヤに近右衛門は、机の上にあるA4ほどの茶封筒を開いて中から取り出した書類を渡す。

 受け取ったイリヤは、それに目を通す。

 

「先日、君から受けた依頼をひなた……いや、浦島の方に適任者と伝手があってな、急ぎ頼んだ。しかし━━」

 

 近右衛門の言葉を耳に入れつつ目を通す書類には、幾つかの写真があり、その多くは地面が掘り返された塹壕らしきものが見え、周囲はそれを囲むようにロープなどが張られている。一見すると土木作業の現場を写したかのような風景だ。

 そしてそこが何処で、どのような土地であるのかも書類には当然記載されていた。

 

「書類をご覧の通り、英国の“コーンウォール”地方にある件の遺跡は、既に手を付けられた後でした」

 

 引き継ぐかのように可奈子が告げたその言葉に、書類へ目を落としたままイリヤは愕然とする。

 

「……なんてこと」

 

 それは最悪とも言える事実だった。

 そう、イリヤの居た世界にてコーンウォールに秘匿されていた『魔法の鞘』。この世界においても同様にあると思われるそれが何者かの手によって発掘されたのかも知れないのだ。

 そして、その何者かは恐らく“イリヤと同じで”そこに『鞘』があると確信していた“彼女”であろう。

 

  

 

 

「これは、全くまいったわ」

 

 書類内容を読むに発掘されたのは既に1年以上前、考古学専門を名乗るグループ数名がコーンウォールにある自治体へ申請した記録や現場の検証からそれらは明らかであり、当国の魔法協会が見過ごしたのは件の場所に重要な遺物なり遺跡なりがあると考えておらず、あくまで一般人達の学者グループによる簡易的な調査と思い込んだ為であるとの事だった。

 

(お母様がこの世界へ現れたのは、私よりもずっと前というのは察してはいたけど……)

 

 イリヤは視線を書類へ向けたまま渋面を浮かべる。だがその目には既に書類の内容は映ってはいない。ただ思考の淵にある自らに似た白い女性と過去に相対した黒き剣士の姿を見詰めていた。

 

「イリヤ君、どうした? いや、その地には一体何があったのじゃ?」

 

 問い掛けにイリヤは思考の淵から対面に座る近右衛門の顔へ視線を向ける。

 

「そうね、それを話してなかったわね」

 

 先日……エヴァの封印を解いた日に依頼した時には、物が物だけに詳細は伏せて探索をお願いしたのだ。何しろ迂闊に知られては英国の魔法協会に差し押さえられかねない。

 だから伏せつつも更に念を入れて向こうの協会には通さず、信頼できる何処かのフリーランスなりに仲介をしてと近右衛門に依頼した。

 それがまさか浦島の伝手……というか、“考古学者の兄”とは思いもよらなかったけど、と頭の隅で書類に記載された名前を浮かべてそんな事も考える。

 

投影開始(トレース・オン)

「ぬ?」

 

 見せた方が事は早いと思いイリヤは、自らに宿す弓の英霊ないし大切なお兄ちゃん(おとうと)の呪文を唱えた。

 すると白い少女の手から黄金の装飾を施された群青色の物体が現れる。無論、それはガワだけのものだ。彼の特異な投影魔術であろうと容易に届くものではないのだから。

 

「これは?……イリヤ君から渡されたメモに書かれていた物か…?」

「綺麗ですね、まるで美術品のよう」

 

 近右衛門は疑問げに、可奈子はほうっと何処か蕩けた声で呟く。

 可奈子のそんな見惚れた様子を見るに、ガワだけのものでもそれなりに感じ入るものは秘められているらしい。

 

「こいつは……鞘か!?」

 

 だが流石というべきか、エヴァは直ぐに気付いたようだ。顔を引き攣らせている。

 或いはシロウの入れ知恵かしら……エヴァの首から掛かるペンダントの赤い宝石を見てイリヤは思う。

 

「鞘じゃと!!?」

 

 エヴァの言葉に近右衛門は驚愕し「む、確かに先端に刃を収めるようなスリットがある」とも言う。

 イリヤはその言葉に答えずに近衛右門の執務机の上に丁寧に鞘を置く。

 

「じゃがしかし、これが鞘として、コーンウォールの……イリヤ君が調査を依頼した場所にはそれがあったというのか!?」

 

 近右衛門は酷く動揺している。

 それを落ち着かせる為か、イリヤは今度は口を開く。

 

「ええ、これは見せ掛けだけの偽物だけど、コーンウォールの遺跡には本物があったの。少なくとも私のせ……いえ、記憶が確かならね」

 

 私の世界と言おうとして訂正する。可奈子がいるからだ。先の挨拶の際に並行世界の事までは話していないと近右衛門から念話で言われていた。

 

「何という事じゃ! であれば一大事じゃぞ!」

 

 近衛右門の動揺は落ち着かない。

 

「落ち着けジジイ!」

「これが落ち着いておられるかエヴァ! 鞘じゃぞ! それも英国の! コーンウォールでの! ならばそういう事じゃろ!」

 

 エヴァの叱責を受けてもお爺さんの血圧は天井知らずに鰻登りだ。

 しかしそこに、何処からか「はぁ」とため息を吐く声が聞こえ━━

 

「━━ふん!!」

「ぐほぉっ!?」

 

 可奈子の掛け声と共に興奮いっぱいのお爺さんが机に座る椅子を巻き込んで吹っ飛んだ。

 

「……」

「ふむ、流石はあのひなた婆の直弟子で浦島家の跡取り、見事な掌打の一閃だ」

 

 唖然とするイリヤの横でエヴァが感心する。

 

「こ、このくーんっ!!!」

 

 その更に隣では、さよが悲痛な叫びを上げて近衛右門の方へ駆け出していた。

 

 




本当にお久しぶりの投稿です。
お待たせしてすみません、この数年仕事などの忙しさや個人的に悩みなどもあって執筆に手が付きませんでした。
オマケに小説を保存していたPCやメモリなどの端末を開けなくなったり、データを紛失したりと続いてしまって。
加えて今回はサルベージも失敗……。

今後は思い出しながら少しずつ執筆と投稿済みの話を手直しして行く積りです。
また一話一話の文字数は少なめで短く分割していくと思います。

で、本編ですがラブひな勢から何気にさらっと可奈子という結構強力な戦力が麻帆良に追加。
一方、イリヤには頭の痛い問題が追加されました。

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