to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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話の流れが『某作品』と似てるのはご愛嬌。

クオリティが低かったら本当にごめんなさい

追記:様々なご指摘があったため、相応の修正を加えています。御了承下さい。皆さんありがとうございました。


第一章 (5)

《1998年8月24日 19時00分 仙台第二帝都城、臨時執務室》

 

「此度の戦に於いては、馳せ参じて頂き誠に感謝しております。戦艦の停泊地に於いては、仙台基地を使用して頂きたいのです。如何せん設備が整って居ない故、苦労を掛けてしまう事をお詫びします。そう言って頂ければ幸いです。はい、ではまた明日」

 

 

通信を終え、悠陽はストレスを感じさせない程度に静かに息を吐いた。

 

悠陽は普段から丁寧な立ち振る舞いを心懸けているが、その立場故に他者に対して敬語を使う事にあまり慣れては居ないのだ。

 

ましてや通信相手は、信頼の置ける香月夕呼が『可能な限り丁寧な対応で』と念押ししてくる程だ。改めてそうも言われれば、緊張するのは当然だろう。

 

 

「お疲れ様です。殿下」

 

 

側に控えていた夕呼の労いの言葉に、普段通り柔らかく微笑んで応える。

 

夕呼は悠陽と明日の会談に向けて、事前の打ち合わせと知識、見解の摺り合わせを行う予定でこの場に居たのだ。

 

この臨時執務室は帝都城の中で夕呼の気が休まる場の内の1つとして、悠陽が貸し与えた部屋であり、ここならば落ち着いて話が出来ると提案したのも悠陽だった。

 

悠陽が通信を終えた時には、夕呼が臨時執務室の壁に大型プロジェクターを用意し終えている。

 

 

「此れからご覧になるのは、明日の会談の為に特別閲覧が許可されている映像です。かなり激しい映像になるかと思いますが、大丈夫ですか?」

 

「よい、其のような遠慮は無用です」

 

 

夕呼の気遣いに、悠陽は手を出して制する。

 

政威大将軍とは言え、悠陽も衛士として厳しい錬成を積んでいるのだ。激しい挙動にはある程度の耐性がある。

 

夕呼は悠陽の様子を傍目に気にしてはいるが、正直な話が自分にその余裕が無いのを自覚していた。

 

最初に司令部からモニター越しに見た、異常な技術力を誇る事は間違いないだろう二隻の巨大戦艦をふと想起する。大出力のバーニアも吹かさずにアレほどの巨体を浮かせる技術は、ラザフォード場くらいしか夕呼には思いつかない。少なくとも、ML(ムアコック・レヒテ)機関を安定して稼働させる程の技術力はあると見ている。

 

映像を見て少しでも学べる事がある以上、その知識を有効活用しないという選択肢は今の人類には考えられないからだ。悠陽を気にかけている暇は無いと言い換えても良い。

 

 

(まぁ良いわ。今はとにかく、映像から拾える情報を1つでも多く整理しないと行けないわね)

 

 

思考を一端切り上げて、夕呼はプロジェクターを起動した。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

プロジェクターから映像が流れ終わった時には、臨時執務室は静寂に包まれていた。

 

悠陽は現在、何をどうすれば良いのか困り果てていた。

 

何故ならば、横で同じく視聴していた夕呼がこの数時間、一ミリも動いていないのだ。生命活動を停止している様にすら見える。夕呼の顔を覗き込んでも、露骨に目の焦点が合っていない。

 

 

「……大丈夫ですか、香月博士?」

 

「――っ!? え、ええ。心配ありません」

 

 

悠陽の言葉に漸く自意識を取り戻し、顔や額から吹き出た汗を胸ポケットのハンカチで化粧が取れない程度に素早く拭う。

 

苦し紛れに出した言葉の内容と違い、あからさまに動揺している夕呼を気遣う様に、悠陽は少し席を外すと言って退室していった。

 

 

「これはいよいよ、分かんなくなってきたわね…!」

 

 

夕呼は映像を見る前にZ-BLUEについて様々な事を考えていたのだが、打ち立てた仮説の根本が破壊された結果、この様に思考が停止していたのだ。

 

仮設としては、『この世界のBETAと非常に酷似したBETAと戦っていた世界から、Z-BLUEがやってきた』説だ。

 

これならば、この世界で戦う理由が有るにしろ無いにしろ、BETAを敵と知っているからこそ、この世界に力を貸すのもある程度、表向きの理屈だけは通るのだ。

 

加えて、巨大戦艦にML機関が搭載されているという前提で考えていたのだが、映像内で戦艦の周囲を飛び交う戦術機を見てこの仮説は完全に放棄されている。

 

ML機関が生み出すラザフォード場は重力場の名称であり、その力場に干渉すれば空中でミンチになる筈なのだ。ラザフォード場の自動制御が可能だとしても、戦艦の周りを忙しなく飛び回る戦術機達を一々避けながらラザフォード場を維持する事は不可能だと言っていい。姿勢を支えるラザフォード場が不規則に変化していれば、戦艦が空中で座標を固定させれないからだ。

 

 

(というか、バアルって何よ!? 未確認生命体はわかるけど、バアルってなんでそのネーミングなのよ!)

 

 

最初の通信の際、Z-BLUEはBETAを『バアル』という用語や『未確認生命体』という用語を使用していた。

 

BETAという名称は、此方の世界独特の呼び名なのかも知れないという線も大いにあり、Z-BLUEが実際にBETAを『バアル』と呼称した事は事実だ。しかし、夕呼が件の『バアル』を調べても、ベルゼブブだのウガリット神話の神だの云々と、BETAとの関連性が薄いと断定せざるを得ない情報しか得られなかったのだ。これに夕呼が苛立つのも無理は無い。

 

これらの事から、謎の援軍『Z-BLUE』はこの世界でよく知られているBETAとの交戦記録を持たないと考えている。従って、BETA由来のML機関やG元素と全く同じ物は所持していないとも推測している。

 

当然その説も最初から考えていたのだが、この説は現段階で夕呼がZ-BLUEに対して知り得ている事は何もないと言っているのと同義である。

 

 

(今はそこは置いておくとしても、まずは彼らがどんな目的で『ここの世界』に来たか…よね)

 

 

『Z-BLUEは何の目的で帝国に――人類に助力したのか』

 

これは夕呼だけではなく、この世界の全ての人類が考えるべき至上命題とまで夕呼は捉えている。

 

Z-BLUEがあの技術力を以ってして、この世界から何かを搾取しようとしているなら大問題だ。今の人類に、この邂逅を楽天的に考えられる余裕は無いだろう。

 

ふと思い浮かんだ、偶然この世界にやって来たという仮説は、余りにも荒唐無稽なので捨て置いている。偶然やってきた場所で人が襲われているから助けましたなどと、大手を振って裏がありますと言っている様な物だ。

 

 

(態々リスク背負ってやってきてBETAから助けて、「はい、さようなら」で済むワケ無いんだもの。私だって見返り位、当然求めるわよ。でも、あれだけの資材と技術と人員があって、この世界から欲しい物って何なのよ…)

 

 

結局の所、夕呼の思考はそこで行き止まる。高いリスクを負うという事は、其れ相応のリターンを求める筈だ。そのリターンが理解出来ないからこそ、夕呼の思考は収束しない。万が一だが、人とよく似た別の種族という線も考えている程だ。

 

 

「香月博士、入っても宜しいですか?」

 

 

再び思案しようか悩んでいる最中に、悠陽が戻ってきたのを幸いにと厄介な思考を頭の片隅に置いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月25日 11時23分 仙台第二帝都城、地下会議室》

 

昨夜の戦闘から一夜明けた第二帝都城は、嘗て無い程にどこもかしこも慌ただしかった。

 

戦闘は、つい数時間前にBETA側の情報を入手して増援が来ない事を予測した為、警戒態勢が解除されている。Z-BLUEが増援として来た事を情報省が諸外国には知らせまいと工作しているので、情報を手に入れるにはまだ少し先になる筈だ。

 

忙しいのは情報省だけでは無い。件のZ-BLUEが帝都城で会談を行うという情報の秘匿。警備体制の強化を始めとし、昨夜からぐっすりと休んでいられた者は居ない。

 

少しだけピリピリしたムードの中、ブライト達は帝都城の地下に位置する会議室で待たされていた。

 

豪華絢爛過ぎず、簡素とも言えない丁寧でシンプルな装飾が施された会議室は、ここ日本の一大拠点の内の1つなのだと感じさせていた。

 

だが、その装飾に見とれる余裕はブライト達に存在しなかった。

 

 

「何でしょう?」

 

「…いえ…」

 

 

帝都城の入り口から会議室までの案内を担っている女性――月詠真耶の無言の威圧の所為と言えるだろう。

 

得体の知れない部外者を、成り行きとは言え拠点の中に入れるのは不服なのだろう。監視という職務を忠実に全うしすぎており、その威圧に耐え切れないオットーは、額から流れ出る汗を拭くハンカチが手放せないでいた程だ。

 

ブライトが気まずそうに見れば、『何でしょう?』としか反応してくれない真耶には何も言えなくなる。

 

1つしか無い会議室の扉の側に陣取りながらも、目を瞑って無言を貫くのだ。目を瞑っているのにも関わらず、神経を張り巡らせる様な雰囲気を出すのは『下手な事をするな』という牽制なのだろう。

 

手を震わせながら出されたお茶を飲み干し、『早く会談が始まってくれ』と心の中で必死に呟き続けるオットーの祈りは、ニュータイプ能力を持ち合わせないブライトでも読める程だった。

 

永遠に続くのではと錯覚しそうな程の緊張感が漂う会議室の扉が突如として開き、扉からは一人の女性と一人の少女が静かに入室してきた。それに合わせてZ-BLUEの代表メンバーも揃って立ち上がる。

 

 

「お待たせしました」

 

「こちらこそ態々ご足労頂き、大変恐縮です」

 

 

真耶を退室させた悠陽は、ブライト達と対面する位置の席の前に立つ。

 

夕呼はチラリと時計を確認して、同じく悠陽の横の席の位置に立った。

 

 

「改めて、自己紹介をさせて頂きます。私は煌武院悠陽と申します。この日本帝国の政威大将軍を努めております」

 

 

悠陽の会釈にブライト達も畏まって合わせる。

 

 

「私は香月夕呼。国連軍の物理学者であり、オルタネイティヴ4の総責任者をしております」

 

 

夕呼も同じく会釈をする。オルタネイティヴ計画の事について、ブライト達は内心首をかしげているだろうが、その説明は後だ。

 

悠陽達の紹介を終え、次はZ-BLUEメンバーの紹介に自然と移る。

 

 

「私はZ-BLUE先遣隊旗艦、ラー・カイラム艦長のブライト・ノア大佐です」

 

 

ブライトも畏まって名乗る。が、内心は夕呼の『オルタネイティヴ4』という名称の意味を考える事に意識が逸れがちであったりする。

 

 

「Z-BLUE先遣隊、ネェル・アーガマ艦長のオットー・ミタス大佐です」

 

 

ブライトよりも歳老いている印象が強いオットーが、緊張した面持ちで名乗った。

 

 

「Z-BLUE機動兵器隊部隊長、アムロ・レイ大尉です」

 

 

爽やかな青いジャケットに黄色のネクタイで、見慣れないスーツスタイルを着こなすアムロも続いて名乗る。対して緊張を見せないのは、流石というべきだろう。

 

 

「同じくZ-BLUE機動兵器隊所属、シャア・アズナブル大佐です」

 

 

少なからず緊張を持っている他の者と比較しても、完全に落ち着き払った様子を見せるのはアムロと同じく、派手すぎない黄色のジャケットに黄土色のネクタイが印象的なスーツの男だ。夕呼はZ-BLUEの中で誰よりもシャアを警戒する。

 

シャアは元ネオ・ジオンの総帥であり、会談という場は腐る程体験しているのだ。この場で一番場数を踏んでいる男だと言い換えられる。

 

夕呼が特別視している理由としては、アムロと違い機動兵器隊の所属というだけでこの場に来ている事にもある。昨晩に確認した映像の中で、異彩を放っていると言っても良い動きを見せていたのは、白と赤の2機だ。という事はアムロとシャアがあの2機を操縦しているのだろうか。

 

個人的にインパクトが強かったのは、当然最後の羽の生えた50メートル級の戦術機だったが。

 

全員が自己紹介を終えて席に座り直した所で、話の主導権を握るために夕呼が率先して口を開く。

 

 

「ではまず最初に、貴方達はどのような場所からいらっしゃったのですか?」

 

 

夕呼の質問に、ブライト達は閉口する。ここで返答するべきは自身だと理解しているが、ブライトはその説明の仕方を少しばかり戸惑っていた。

 

なにせ、端的に『この世界の人間ではありません』とハッキリ言ってしまえば、普通は茶化しているとでも取られてしまい、非常に空気が悪くなるのは明白だ。

 

ブライトが暫し言葉選びにに困っていると、見兼ねた夕呼が助け舟を出す。

 

 

「…では聞き方を変えますわ。私達は貴方達が、『この世界』の存在では無いと考えていますが、如何でしょうか?」

 

 

ブライトやオットーがその助け舟に驚いた顔を見せて、夕呼は内心ほくそ笑んだ。

 

今の発言で、この場のイニシアティブを得たとも取っているし、Z-BLUEの窓口であるブライトが会談や外交の場に慣れていない生粋の軍人気質だと言う事を確信出来たからだ。

 

現に、ブライトは説明の為の第一関門を意図せず突破出来て、僅かだが安堵の表情を見せている。

 

 

「『平行世界』の概念を理解されているのは、此方としても非常に助かります。我々は新多元世紀2年の地球から来ました。此方の世界は複雑でしたので、西暦で換算し直す事は出来ない事は、御了承下さい」

 

 

その説明に夕呼は疑問が浮かぶが、今は片隅に追いやっておく。暦や細かな諸々の状況が違うのは想定の範囲内だし、ブライトは地球の名を口にしている。地球人であり、同じ人類であるという証拠とみて良いだろう。

 

 

「なるほど。では本題に入らさせて頂きますが、貴方達は我々帝国と共にBETAと戦ってくださるのでしょうか?」

 

「はい、当然そのつもりです」

 

 

ブライトの言葉に、オットーもうむうむと首を縦に振る。Z-BLUE側の見解としてはそれが至上命題であるのだ。さも当然だと言わんばかりである。

 

 

(当面の利害は一致しているのね。ここは当然の事としておきましょう)

 

 

Z-BLUEがBETAと戦うという表面上のスタンスを貫いてくれなければ厳しい物がある夕呼側としては、予測出来ていても実際に声に出して言ってもらわなければ不安にもなる。

 

夕呼が『この世界の人々』と言わず、『帝国』と言った事にも大きな意味があるのだが、その伏線に唯一気づいたシャアは誰にも気付かれない程度に微笑する。シャア自身、このイントネージョンと言葉選びの違いだけで、この世界の人類が一枚岩では無いことまで瞬時に見抜いているのは流石というべきか。

 

 

「ありがとうございます。ですが、我が国は現状、国土の半分をBETAに占領されており、非常に困窮しております。率直に申しますと、貴方達の助力に報いるだけの余力が、今の我が国は無いのです」

 

 

申し訳無さそうにしながらも、夕呼は瞳の奥でブライト達の挙動を見逃さぬようじっくりと観察する。これは本当の事でもあるのだが、この質疑応答で知りたいのはZ-BLUEの本心の一部だ。急に揺さぶりを掛けられた時の、相手の僅かな反応から裏側まで垣間見るつもりである。

 

『無償の愛』という綺麗な言葉に対して、『物質的な対価が無くとも、安心感や充足感、満足感から得られる見返りを含めれば、無償の愛は存在しない』という発想の持ち主である夕呼だ。言外に『どれだけ譲歩出来るんですか?』と言った様なものだ。

 

Z-BLUEが出すであろう尻尾を見逃すつもりは無いと、夕呼は瞬きすら無理矢理押さえ込んでいた。

 

 

「その心遣いは非常に嬉しいですが、我々がそちらの国に援助を求めるという事は致しません」

 

(――ッ!?)

 

 

ポーカーフェイスを貫く夕呼の瞳は、押し殺した動揺で非常に小さくとも確かに揺れていた。

 

この世界の――特に帝国としては非常に有り難い言葉だ。ブライトの発する言葉が真心から発せられた言葉なら――という枕詞が付く条件付きだが。

 

美味すぎる話には裏がある物だ。だが、真面目な表情を取り繕って言い切るブライトは、夕呼に衝撃を与えていた。

 

夕呼からすればブライトは『腹芸を不得手とする軍人』と見ていたのだ。それが、こうも表面的に完璧な返答をしてのけるのだから、恐ろしいと言わざるを得ない。

 

 

「ですが、一方的な関係というのは正当な関係と言えないと思うのですが」

 

「た、確かに……」

 

 

夕呼の切り返しに今度はブライトが閉口してしまう。

 

Z-BLUEは多元世界に於いて、各世界の戦闘集団の代表達が集まっている組織だ。世界の為に尽力するのも当たり前である。

 

もっと言えば、Z-BLUEには『ボランティア部』という集団が存在する。この集団の影響だろうか、地域のゴミ拾いに始まり、行った場所それぞれで空き時間があればゴミを拾い、2つの地球や多元世界の宇宙全体にやってくる巨大な『ゴミ』も全て始末する様な集団がZ-BLUEなのだ。

 

報酬は向かった各地での補給と修理が出来る場所があれば、後は自前でどうにでもしてしまうのが常日頃だったZ-BLUEに、可笑しな話だが『正当な関係』云々という文言は馴染みが無いのである。

 

 

(今の驚きよう…まさか…ね)

 

 

一方、夕呼は夕呼で何度も思案していた。夕呼を揺さぶる程、キッパリと表面的な回答をしてきたと思えば、それに対して苦しくも極当然の反応しか返せなかった夕呼は内心歯噛みしていたのだが、思わぬ所でたじろぐブライトに理解が出来ないでいた。

 

そこで1つの仮説が少しずつ濃くなってきているのだ。

 

『Z-BLUE、善意のみでこの世界を助けようとしている説』という、一番有り得ない筈の説が。

 

楽観視は出来ないが、ブライトとの会話から鑑みても、悪くない印象なのでは無いかと考えていたその時――

 

 

「――ッ!?」

 

 

今まで黙って見守っていたアムロとシャアが驚くようにしてほぼ同時に、急に顔を横に向けたのだ。

 

 

(――ッ!? まさかッ!?)

 

 

2人の反応を見て腕の時計を素早く確認し、夕呼はシャアとアムロの方を向き直ると、揃っていたシャアとアムロが鋭い目をして夕呼を睨む。

 

 

「香月博士。隣の部屋に居る者を、この部屋に連れて来ては頂けませんかな」

 

「シャア、どうした?」

 

 

シャアの有無を言わさぬ発言に、唯一オットーだけが理解していない感じだった。ブライトもシャアの様子から気づいたのだろう。静かに夕呼を見つめていた。

 

 

「…分かりました」

 

 

たった一言だけ告げて会議室から隣の部屋に移る。

 

電気の明かりが付けられている物寂しい部屋に、社霞はポツリと座っていた。心做しか落ち込んだ様子も見て取れるが、精神的な異常などは見られない。

 

 

「来なさい、社」

 

「……博士、ごめんなさい……」

 

 

隣の部屋の椅子に座っていた霞は静かに、だがハッキリと謝罪の言葉を口にした。

 

溜息を吐くと、夕呼は霞の頭を優しく一度だけ撫でた。

 

 

「…仕方ないわよ。予見できなかった私のミスよ」

 

 

それだけ言って霞を連れて部屋を出る。

 

夕呼はこの会談の前、霞に『私が部屋に入って十分経ったら、Z-BLUEのメンバーにリーディングをしなさい』と命令していた。心の中まで読み取れるリーディングを欺く事は出来ない。もし、会談が上手くいかずとも、心の中から直接情報を読み取ろうとしていたのだ。

 

 

(考えてみればあり得るわよね…失敗したわ! クソッ!)

 

 

心の苛立ちをどうにか抑える夕呼だが、焦りまで出始めている。

 

夕呼はZ-BLUEをかなりの未来から来たと考えていたのだ。であれば、ESP能力の類も発展していると考えてもおかしくない筈だ。

 

後悔してももう遅い。相手の心を密かに盗み見ようとしたのが露見したのだ。折角手に入れた会談のイニシアティブも何も無いだろう。下手をすればこの場は無かった事になり、最悪の場合、銃口が此方に向くことも覚悟しなければならない。

 

恐る恐る会議室のドアを開ければ、オットー以外の三人は霞を見て納得した風な顔をしていた。

 

ニュータイプ能力者は、一般的に多感な時期の人間に多い。連れてこられた霞もその世代と言っていい。オットーはニュータイプに詳しく無い為に、今がどういう状況なのかまるで分かっていないのだが。

 

 

「…彼女は社霞と申します。先程は、申し訳ありませんでした。何卒――」

 

「――香月博士」

 

 

素直に謝るしか策は無い。余計な事をすれば逆効果だ。夕呼の平謝りと共に紡がれている謝罪の言葉を遮ったのは悠陽だった。

 

静寂の中、自分の名前を呼ばれた事を認識していても、顔はあげられない。ふと横を見れば、霞も同じように頭を下げていた。

 

 

「私からも謝罪致します。全ては卑劣極まりない所業を知りながらも看過していたこの煌武院悠陽の不徳の致すところ。誠に申し訳ございません」

 

 

悠陽も席を立ち上がって頭を深く下げる。夕呼からすれば、こんな筈では無かったのだ。悔しさで唇を噛み切りそうな程に震えていた。

 

 

「香月博士、煌武院将軍。顔をお上げ下さい」

 

 

宥める口調でゆっくりと話しだすブライトに、夕呼と悠陽は揃ってゆっくりと顔をあげる。

 

 

「お二人のお気持ちは良く分かりました」

 

 

ブライトのどうとも取れる発言に、夕呼の体が瞬間的にビクつく。終わったか――そう思った時。

 

 

「其れほどまでに困窮していたのですね。救援が遅れてしまい、申し訳ございませんでした」

 

(なによ…ソレ…)

 

 

ブライトは席から立ち上がり、静かに頭を深く下げたのだ。意味が分からない。

 

救援した側が、この場のこのタイミングで謝罪する意図が理解出来ない。今度こそ夕呼の思考が完全に停止してしまった瞬間だった。

 

 

「この一連の流れで、我々は貴方方がどれほどまでに追い詰められていたのかを理解しました」

 

「ブライト…」

 

 

これにはアムロも驚きはしたが、気持ちはブライトと同じな様であり、アムロも静かに立ち上がって頭を下げた。シャアもオットーも2人に倣って頭を下げられては、悠陽も夕呼も言葉が出てこない。

 

ブライトからすれば、超能力で相手の頭の中を読まなければ行けない程、焦っている様に見えたのだ。なりふり構って居られない程、困窮していたからこその過ちだろうと理解していた。

 

それに、如何にもプライドの高そうな夕呼が真っ先に頭を下げた事も、印象が悪くならなかった事が大きい。

 

ブライトは悠陽と夕呼を席に促し、すっかり冷めてしまったお茶を口に運んでから語り始めた。

 

 

「我々は多元世界と呼ばれる世界から来ました。多元世界はある事がきっかけで、様々な並行世界が融合した世界なのです」

 

(…は? 世界が融合?)

 

 

唐突に語りだしたブライトにも、そしてその荒唐無稽な内容にも閉口せざるを得ないが、夕呼は先程言っていた『此方の世界は複雑』という言葉と、今の説明を辛うじて正確に結びつけていた。

 

 

「様々な世界の出身者や組織が入り交じる多元世界で、人類を滅ぼそうとする者達――我々は総称を『バアル』と呼んでいたのですが、その者達と戦っています」

 

(…『バアル』ってのは纏めて呼称してた名称のことなのね…)

 

 

『バアル』の意味と共に明かされるZ-BLUEの歴史に、興味深いと耳を傾けている夕呼に、とんでもない衝撃が走る。

 

 

「此方側の推測なのですが、BETAもバアルの一部であり、全宇宙に存在していた『消滅しようとする力』である『太虚』の因子を持っていると推測しています」

 

「た、太虚…ですか?」

 

 

聞き慣れない単語に思わず聞き返した夕呼に、ブライトは強く頷いて説明を続ける。

 

 

「太虚は先程も説明しました通り、宇宙に存在する『消滅しようとする力』の別名です。我々生物は『存在しようとする力』も持っているのですが、そこら辺は置いておきましょう。我々はこの世界に来る直前、『存在しようとする力』と『消滅しようとする力』の両方を操る敵を倒し終えた後、ここに飛んできたのです。『消滅しようとする力』の残り香である、この世界のBETAを完全に倒す為に」

 

「…………………」

 

 

荒唐無稽の極みの様な話を聞かされて、夕呼も悠陽も固まる。

 

これが小さな男の子の語る夢物語なら笑い飛ばしてあしらっていただろう。だが相手は正規の軍人だ。世迷い言を言う人が会談の場に出てくる筈が無いし、言葉のあちらこちらに納得してしまいそうな力強さがあった。恐らく、今の説明はZ-BLUE全員の見解なのだろう。オットーも肯定する素振りを絶えず見せている。

 

ここまで殆ど静観していた悠陽が、ふと口を開いた。

 

 

「つまり、貴方達は撃ち漏らした敵を撃ちに、態々この世界まで来たという見解で宜しいのですか…?」

 

「はい、概ねそのつもりです。BETA討伐は我々の本来の任務の内容にあたりますので、そちらとの利潤は一切考慮していないつもりです」

 

 

にわかに信じ難い。だが、ここまで言われては、流石の夕呼も疑い辛い。想定外も良いとこだ。これではまるで、ボランティアの一環でこの世界を救おうとしている様なものだ。

 

 

「…なるほど。では話を再び進めさせて頂きますが、Z-BLUEは今後どのような立場で戦うおつもりなのでしょうか?」

 

 

余りの理不尽さに、無性に叫びたい衝動を必死に抑えて夕呼が話を続ける。

 

 

「…? 平行世界から来た援軍では駄目なのでしょうか?」

 

 

ブライトの訝しげな顔に、直ぐ様夕呼が訂正を加える。

 

 

「申し訳ありません、この世界では『平行世界』という概念は浸透していないのです」

 

「そうですか、ううむ…」

 

 

ブライトにとっては概念が浸透している前提での話だったのだが、そうもいかないのであれば、日本以外の国への説明が付かない。各国との線引は重要だからこそ、ブライトも頭を捻っている。

 

 

「ブライト司令、自治集団という案は如何ですかな?」

 

 

オットーが名案と言える助け舟を出し、ブライトも納得した様に頷いては、オットーは得意気な顔をする。

 

明確な実態が知れず、その規模も知れない上に何処の管轄にも所属していない戦闘集団は危険と判断せざるを得ない。そういう意味では、Z-BLUEが自治集団という発想は妙案だった。

 

 

「…Z-BLUEを1つの国と規定した場合、各国の外交官がこぞってZ-BLUEに滞在する事になってしまいますが?」

 

 

夕呼の厳しい指摘に、オットーは動きを止めた後、少しばかり落ち込んだ表情を見せる。

 

それを聞いて、ふと鼻で笑う様な微笑を浮かべたシャアに視線が集まった。

 

 

「良いのでは無いかな? 時が来れば銀河の果てまでBETAを滅ぼしに行く我々の本隊に、命を賭して着いて来たいというのならば、常在して貰っても構わんよ」

 

 

初めはシャアの微笑に苛ついた夕呼も、その中身を聞けば夕呼も思わず笑ってしまった。

 

銀河中に散らばるBETAを討伐しようとしているZ-BLUEの本隊に、外交官として滞在しようとする者がこの世界にどれだけ居るだろうか。Z-BLUEがBETAに勝つという保証が無い以上、Z-BLUEが負ければ銀河中心部でお陀仏なんて事も在り得るのだ。

 

各国の外交官を牽制する文言としては上等だと言える。傍目に見れば、悠陽も口元を抑えて肩を僅かに震わせていた。横に座る霞は、何の話か全く理解していない様だったが。

 

一番警戒していたシャアの一言により、会談の雰囲気が一気に良くなった。

 

夕呼はシャアを侮れないと警戒していたが、少しばかりなら警戒度を下げても良いかもしれないと思っていた。実際の所下げる事は無いのだが、心象だけは間違いなく上がっていると言える。

 

 

「では、その方向で行きましょう。そちらからは何か質問はありますか?」

 

 

比較的心から笑顔を浮かべれている夕呼の質問に、アムロが口を開く。

 

 

「最初の自己紹介の際、香月博士の言っていた『オルタネイティヴ4』とやらを聞きたいのだが」

 

 

アムロの話に、急に現実に引き戻された感覚を受けた夕呼が、アムロの方に向いて説明を始める。

 

 

「この世界では、人類はBETAとコミュニケージョンを取る方法を予てから模索していました。それがオルタネイティヴ計画と言います。1966年、今から32年前に始まったのが『オルタネイティヴ1』。BETAの言語や思考を解析して、意思疎通を行う計画でしたが失敗に終わっています」

 

 

アムロも相槌を打ちながら話の先を促す。

 

 

「その2年後に始まった『オルタネイティヴ2』では、莫大な犠牲を払ってBETAを捕獲したのは良いですが、分かったのはBETAが炭素生命体である事だけです。地球にBETAがやってき1973年には『オルタネイティヴ3』が発動しました。ESP能力者と呼ばれる超能力者達による、BETAとの意思疎通や情報入手を主軸に置いた計画です。ここで初めてBETAにも思考があることが証明されています。我々を生命体とは見做して居ないようですが」

 

 

そこまで話していると、Z-BLUEの四人が霞を見る。霞は何も言わず、コクリと頷いただけだった。

 

 

「…お察しの通り、この計画の第6世代目にとして生み出された内の一人が、社霞です」

 

 

この旨の発言には流石に部屋の空気が重くなるが、考えられない事では無いのだ。多元世界にも、強化人間と言った人種が少なからず存在する。

 

総じて人間のエゴから生み出される存在ではあるが、生み出された者達に非は無い。

 

 

「そして現在発動しているのが我が国が推し進めている『オルタネイティヴ4』。そして、アメリカの『オルタネイティヴ5』です。『オルタネイティヴ4』は対BETA諜報員を育成する事にあり、社が居るのも計画の内の1つです。そして『オルタネイティヴ5』は選抜された10万人を地球から脱出させる逃避計画となっています」

 

 

この世界の人類が行ってきたBETAに対する対抗策をものの数分で簡潔に知らしめられ、ブライトやオットーは何も言えなくなったいた。

 

元々、この類の話は余所者がどうこうと口を挟める話題では無いので、何も言えないのだ。ブライトはアムロに『早く何かレスポンスを返せ!』と必死に念じていたりする。

 

 

「なるほど。ありがとうございます」

 

 

頭の中で情報を整理していたのであろ、アムロは数秒置いてから感謝の意を告げた。

 

 

「他には何かございますか?」

 

 

夕呼がそう聞くと、徐ろにシャアが口を開いた。

 

 

「では、予想出来得るBETAの能力についての可能性の見解を聞かせて頂きたい」

 

「…例えば何でしょう?」

 

 

要領を得ないシャアの物言いに、夕呼は先を促す。

 

世界各国の情報等よりBETAの情報を優先させる所からして、Z-BLUEが本当に利潤の一切を無視してBETA討伐にだけ力を入れている事も分かるが、この世界の他の国との交渉で一悶着があってもおかしくないと、密かに心配になり始めたりしていた。

 

 

「これまで我々が戦ってきた敵性勢力に見て取れた攻撃方法なのですが、BETAの光線属種の放つ光線が『不可視』及び『着弾点の広範囲爆発』という可能性に付いてお聞かせ願いたい」

 

 

あっけらかんと真面目な顔をして言い放つシャアに、『何言ってんのコイツ』という言葉が思い浮かんだ夕呼だったが、実際にそういった能力を所持する敵と戦ってきたのだろう。

 

夕呼は落ち着いて口の中の唾液を飲み干し、口が乾いている事を自覚しながらも質問に応える。

 

 

「……今の所、その様な能力は見受けられていません」

 

 

大体、『不可視』の光線を持つ敵と戦って、どうやって目の前の男は生き残ったのだろうか、不思議でならない。この質問の元となった最強の使徒ゼルエルの光線と同じ規模を各光線級が発射出来たら、既に人類は滅んでいるというのに。

 

 

「なるほど。では瞬間移動や次元を跳躍した移動。また、それに伴った因果を逆転させる攻撃を持つ種の可能性は?」

 

(そんなBETAが居たらとっくに人類は終わってるわよ、バカにしてんの!?)

 

 

腹の底から怒りが込み上げかけているが、下腹に力を入れてグッと抑えこみ、苦し紛れに言葉を振り絞る。

 

 

「確認されていませんし、その様な種が居たという記録はございません」

 

 

語尾がキツくなってしまったのは致し方無いだろう。だが、瞬間移動する敵は真徒なら当たり前だったし、因果逆転攻撃はミカゲの駆るエンシェントAQの十八番だったのだ。慣れている訳では無いが、シャアやアムロにとっては避けれない程でも無い攻撃だ。因果逆転の攻撃を普通に避けるシャアやアムロが異常ではあるが。

 

 

「では――」

 

「シャア、もう良いだろう」

 

「そうだな、失礼した香月博士」

 

 

アムロの静止に、何処かしら生き生きとした表情をしていたシャアはサラリと謝罪を述べる。今の謝罪で、夕呼をおちょくっていたのを認めたのだ。夕呼からすれば憎たらしい事この上無いが、横に座る悠陽がクスクスと笑っていては、やんわりと咎める事すら出来ない。

 

不完全燃焼のまま夕呼はどうにか気を沈めた。

 

シャアは当然、其のような種が居ないであろう事は分かって発言しているのだ。だが、居るならばそれはそれで気を引き締めるだけだとも思っていた。当然、本題は夕呼を茶化して場を和ませる事にあったが。

 

 

(覚えてなさいよ…澄まし顔決めた金髪オールバックめ…!)

 

 

夕呼の呪詛をリーディングしたのだろう、霞が僅かに笑い、それを見てシャアも口角を上げた。

 

 

(なるほど…)

 

 

それを見て良い事を知ったと内心ほくそ笑む夕呼は、忽ち気を良くして話を続ける。

 

 

「他にはありませんか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

それを聞き、夕呼が席を立つと同時に全員が席を立つ。

 

 

「これからも、お互いに取って良い関係で居ましょう」

 

「此方としても其のつもりです。また何かありましたら、私か香月博士に直接仰って下さい」

 

「分かりました」

 

 

悠陽が締めの言葉らしく、向い合って会釈をしながら言葉を交わす。ブライト達もそれを了承する様に強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月25日 11時57分 仙台第二帝都城前》

 

帝都城前に停めていた小型トラックに乗り込んだブライト、オットー、シャア、アムロの四人は、少し離れた仙台基地に向かっていた。

 

運転席に座っているのはアムロだ。運転が上手いわけでは無いが、万が一の反応速度が速いのはアムロかシャアの両名である。アムロはまだしも、シャアが装甲付きトラックを運転するのは似合わないという理由で、運転手に抜擢されている。

 

 

「ブライト司令、交渉相手にしては中々に難しそうな相手に見えましたな。香月博士は」

 

 

一仕事終えてお疲れの様子のオットーの見解に、ブライトは微笑を溢す。

 

 

「そうか? 遣り手だとは思うが、悪くない印象だと思うぞ。特に煌武院将軍は実直だと感じたな」

 

 

ブライトの評価にオットーも納得して頷いている。それを聞いていたアムロは頃合いを見計らってシャアに話題を振った。

 

 

「シャア、初対面の女性を茶化すのは良くないんじゃないか?」

 

 

助手席でドアの部分に頬肘を付いているシャアに視線を向ければ、シャアはフッと笑い始める。

 

 

「あの場ではアレが、場を和ませるのに一番だと思っただけだ。固い話ばかりでは肩に力が入ってしまいがちになるからな。それに、非現実的な話をした訳でも無いだろう」

 

 

シャアの質疑応答は事実、手加減がなされていた。Z-BLUEが戦闘した者にはもっと非常識な力を持つ者が多かった。侵食、及び同化してこちらの兵装を模倣する能力を有しているELSでさえ、Z-BLUEはかなり苦戦させられたのだ。今となっては、ELSも立派な味方だが。

 

他にもある。精神作用などに悪影響を及ぼす特殊なナノマシン及び粒子の散布や防御不可能な特殊能力を有していた、バルビエルのアン・アーレスやガドライトのスフィアだ。宇宙や星の危機となったのは、重力崩壊を取り込んでいたエグゼリオ変動重力源も規模が大きかった。単体の戦闘力だけで鑑みて、今挙げた者達やその他と比べれば、ゼルエルは『そこそこの強さ』程度に収まってしまうのがZ-BLUEの恐ろしいところだ。

 

 

「だからと言って、他にやり方があっただろう。恨まれるぞ?」

 

「私は不器用な男なのでな」

 

 

シャアの発言にアムロがハンドルを操作しながら、苦笑混じりに返した。

 

 

「女性の扱いに対しては確かにそうだな」

 

 

その一言に、終始余裕の笑みを浮かべていたシャアの顔つきが急に変わる。形だけでも女性関係に決着を付けたシャアに、昔の女性関係の話題は禁句となっているのだ。

 

 

「昔の事はよせ! 今は慕ってくれている一人の女性だけを見ているつもりだ!」

 

「おい、運転してる奴に掴みかかるな!」

 

「よせシャア! こんなくだらない事で死ぬつもりか!」

 

 

頭に血が上ったシャアはアムロの腕を引っ張るが、当然アムロは運転中だ。アムロもシャアの腕を振りほどこうと暴れ、それにブライトが叱咤する。

 

オットーは後部座席でいい大人が運転中に取っ組み合う情けない様を見て、呆れるばかりだ。

 

 

「全く…いつも私をネタにするが、そういう貴様自身はどうなのだ。ベルトーチカとチェーンの間で揺れているお前に言われたくは無いな」

 

 

形成が逆転したアムロは苦しい声を漏らす。最初に地雷を踏んだのはアムロだが、そんな事はもうアムロの頭の中には無い。

 

 

「それこそ貴様には関係が無いだろう! 大体、ベルトーチカとはもうそんな関係でも無い! 根が深い貴様と一緒にするな!」

 

「言ったなアムロ…!」

 

「バカッ! 前を見て運転しろアムロ!」

 

 

アムロがシャアの方を見ながら睨みつけるのを、ブライトが叱り飛ばす。

 

アムロとシャアの雰囲気が急速に冷えていくのを犇々と感じるオットーは、窓の外を見ながらポツリと溢す。

 

 

「なんにせよ、二人共早く家庭を持つ事ですな」

 

「そうだぞ、お前達。都合の良いことに、それぞれの相手と一緒に同行しているじゃないか! 下らない事を言い合っている暇があるなら、さっさと家庭を持て! 良い年をしているんだ、腹を括れ!」

 

 

後部座席の妻子持ち2人からの小言が始まり、シャアとアムロの肩身が見る見る内に狭くなっていく。

 

 

「…風向きがおかしくなってきた…アムロ、さっきはすまなかった」

 

「…ああ、俺も言い過ぎたよ。すまない、シャア」

 

 

別世界に来ても、いつも通りのZ-BLUEだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月25日 12時10分 仙台第二帝都城、臨時執務室》

 

自室と化した臨時執務室に戻ってきた夕呼は、合成コーヒーを片手に机に座っていた。会談は三十分と少し程度だったが、かなり精神力を使う場であった為、この様に休息を取らなければやっていけないと言える程には疲れている。

 

 

「まさかまさかも良い所ね…大穴にも程があるってものよ…」

 

 

夕呼の中で一番薄い可能性の、『Z-BLUEが善意のみでこの世界を助けようとしている説』だったとは、予想だけは出来ても、そこにあたりを付けるのは不可能だ。

 

BETAを前に、人間同士の足の引っ張り合いが激しいこの世界では、他人を疑うのが普通であり、心にも物資にも余裕の無い以上、旨い話には疑心暗鬼になって当然だ。

 

悠陽もZ-BLUEを信頼した様だし、心の中では夕呼自身も信じても良いかなとは思っている。当然、心象という曖昧な物で判断している訳では無いが、別れ際にはデータの入ったデバイスを手渡され、その中にはZ-BLUE先遣隊の機体の情報が少しだけ入っていたのだ。

 

まだ何も報いる事の出来ていない帝国にデータを差し出すのも頷ける。

 

夕呼の価値観では理解出来ないからこそ、これがZ-BLUEのやり方なのだろうと勝手に理屈を付けて納得していた。

 

『理解出来ない程の純粋な善意で動いている』という解釈の仕方は思考を放棄しているにも等しいが、Z-BLUEと夕呼達では考え方の土台が違いすぎており、夕呼は理解して思考を先読みするという作業を放棄していた。

 

 

「これは当分、私が窓口で支えなきゃ行けないわね…」

 

 

幾らZ-BLUEが善意で動いているとは言え、アメリカなんかが下手に手を出して、怒らせる訳には行かない。それで帰るという事は無いのだろうが、思考回路を正確に理解出来ていない為、どういう動きにでるかも分からない。

 

それに、Z-BLUEから得られる恩恵でアメリカがこれ以上、力を強くするのは意地でも避けたい。

 

この先、自分はZ-BLUEとこの世界との仲を取り持たなければならないという、非常に前途多難な職務が増えた事に深く溜息を吐きながらも、この一件で世界に希望を薄っすらと感じている。

 

 

「にしても、あのロリコンオールバックは許せないわね…!」

 

 

合成コーヒーに再び口を付け、Z-BLUEと自身の今後の方針を思案する前に、シャアに対する仕返しの方法を思案仕出していた。

 

 

 

 

 




アムロとシャアの仲良し感を見せれたら良いなと思っています(●´ω`●)

これで第一章は終わりました。次は幕間を挟んで、二章となります。

幕間は、本隊の話を挟む予定です。


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