to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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超短い幕間であり、会話ばっかりの回ですので、直ぐに次章の制作に取り掛かります。

TE終わるの、7章以降とかまでもつれ込みそうな予感がします……


第四章 幕間(1)

《1999年2月1日 9時00分 統合司令部ビル地下一階 ブリーフィングルーム》

 

実証実験機が半壊して三日が経過した朝。

 

既に着席している四人の前に現れたドーゥルを見やり、ユウヤは僅かに眉を動かした。

 

先日までとは少し纏う雰囲気が違う事に気付く。一昨日――つまり、彩雲を半壊させたその翌日のブリーフィングに現れた彼の纏うソレが、酷く苛立ちを孕んだ物であったのは記憶に新しい。

 

しかしながら表情が一新されている事を受け、『何かある』と踏む。

 

 

「――先ずは新たな報告をさせてもらう。これにより本日からのスケジュールも多少なりとも変更が加えられる事になるので、各々充分に注意する様に」

 

 

前置きも程々に、それぞれに資料が配られる。

 

冊子の表面に印字されている文言を見やり、誰もが驚きを露わにした。

 

 

「――うえぇッ!? 『米国実証実験機』!?」

 

「おいおいマジかよ…!」

 

「静粛に。今から説明する」

 

 

タリサとVGの驚愕の声を静止したドーゥルは咳払いを一つすると、再び口を開く。

 

 

「諸君らも知っての通り、我々アルゴス小隊が預かる『日米共同開発計画』だが、何も開発されるのは日本機だけでは無い。米国機もまたその構想の一つとして含まれている。日本機の修理に多少の時間を要する現在、次いで組み上がった米国機に専念する形で実機機動試験を行う――ブリッジス少尉」

 

「はい」

 

「貴様が壊した彩雲だが、機関部分までにダメージは無いらしい。少尉のレポートを基に急増したパーツを取り付け、再調整を済ませた状態で戦術機が復帰するのは早くて3日後だそうだ。今度は気を付けろ! 良いなッ!」

 

「はッ! 感謝しますッ!」

 

 

呼ばれた名前に素早く応えれば、返ってきたのは朗報とも言える内容。

 

他の3人から注がれる暖かな視線に嫌みなく鼻で笑って返したユウヤは、進行役の指示で前に出たハイネマンへと注目しつつも資料に手を掛けた。

 

目に飛び込んでくる情報の殆どを食い入る様に見つめている最中、前方から丁寧な声色で説明が加えられていく。

 

 

「F-15R――『レイド・イーグル』のペットネームが与えられているこの機体は、見ての通り戦術機にZ技術を取り込む形でボーニング社が設計した物です。対BETA戦闘に於ける主任務は光線級吶喊が想定されています」

 

(…ストライク・イーグルの発展型か。それにしても米国機と言いながら『光線級吶喊』での使用想定とは随分と好戦的と言うか、無謀と言うか――あのZ-BLUEに感化でもされたか……いや、それすら可能にしなければならないといった危機感からか? なんにせよ簡単に言いやがる)

 

 

近年までG弾重視の戦略方針を持つ米国。

 

しかしながらZ-BLUEの出現と華々しい活躍によって世の流れは戦術機を始めとする機動兵器に傾き始めている。それを逸早く察したロックウィード・マーディン、ゼネラルダイノミクスの二社が対戦術機戦闘を重視して開発計画が始動したとされている『ラプター』の存在も加えて、米国国内でも戦術機を戦力の要とする論調が日に日に強くなっているのは言うまでも無いだろう。

 

ロックウィード・マーディン、ゼネラルダイノミクスとの戦術機設計方針の衝突を避けたボーニング社の戦術機開発部門が、年々予算削減されつつあった自社部門の復活を掛けて設計した機体である。

 

ヘリウム3を確保する前提で予算及び技術向上の暁には、核融合炉を搭載する構想もあると社内外でも噂になっているのだから、その力の入れ様は伊達では無い。

 

因みに『光線級吶喊』とは、戦場で光線属種を優先的に排除する高度な戦術として有名である。地上部隊との連携も求められる以上、戦術機単独で易々と成功させられる代物では無い筈なのだ。単独及び単機でやってのけるZ-BLUEを目の当たりにし、上層部の頭が可笑しくなったのでは無いかと割と本気で勘ぐったのはユウヤだけでは無かったりする。

 

 

 

「内部構造の大きな変化が幾つかあります。一つは出力機関をZ技術由来のプラズマバッテリーに換装しており、従来機と比べて稼働時間の増加も見込めている事でしょう」

 

 

彩雲についても同様であるが、出力差で言えば当然の如くプラズマバッテリーの様な電気動力よりも核動力の方が上回ってしまうのは至極当然。

 

だが、この世界の地球に核燃料を適切に扱い切るノウハウが未だ確立されていない為、Z-BLUEは各国へ提供する技術に未だ核に関する技術を公開していない。地球奪還という逸る気持ちを増長させかねない核技術が先行し、結果として戦場での誘爆や戦後の土地被害増加という凄惨な結末を未然に防ぐべきだと判断しての事である。

 

 

「日本側の実証実験機で明らかになった事を踏まえ、敢えて跳躍ユニットを完全に排除。バックパック型のメインスラスターを採用し、全身のスラスターで機動制御を行って頂きます」

 

 

動揺が奔るのも無理は無いだろう。彩雲での試みを踏まえた結果が、スラスターでは無く跳躍ユニットの排除であるとは誰もが予想だにしなかった結末。

 

しかし、対人想定を重視する米国機として、跳躍ユニットの付け根を断たれれば文字通り翼を捥がれるのと同義である。であれば、最初からそれを不可能とし、跳躍ユニットを絶たれて不様に鹵獲されるなどという機密保持に大きく抵触する事態を避ける方が、幾らか堅実な判断とされたのだ。

 

跳躍ユニットを使おうが使わまいが、慣熟飛行訓練が付き物であるならば推進性能が変わろうとも問題は無いと一方的に判断された結果だったりする。

 

搭乗者の命を粗末にした考え方だと眉根を寄せるユウヤだが、『レイド・イーグル』には機密保持を死守しなければならない最大の理由が存在していた。

 

 

「また、本機最大の特徴である固有兵装――ビームサブマシンガンを搭載する事に成功しています」

 

「「「――!?」」」

 

 

数多存在しているZ技術の中でも、最も目に付く光学兵器。

 

その一つを米軍機が搭載しているというのがどういう事なのか、理解出来ない者は一人とて居ない。各国が挙って研究している分野でありながら、帝国機でも正式採用の話が噂にすら出ていない光学兵器を、米国が開発したという事に他ならないと推測出来るだろう。

 

母国の栄誉を目の当たりにして興奮に身体をゾクリと震わせ、思わず口角を釣り上げていく。

 

 

「二艇搭載されているこのビームサブマシンガンは機体に接続されているケーブルで本体からエネルギーを常時供給する方式を取っていますので、従来の突撃砲とは違い再装填の手間を大幅に省いています。とはいえ、長時間の射撃には供給が追い付かなくなる可能性もある事に留意して下さいね」

 

 

滑らかに口の動くハイネマンの説明は止まる所を知らない。

 

それだけ自信作という事もあるのだろう。機体性能の裏打ちにも見えるハイネマンの昂ぶりに充てられる様にして、各々が食い入る様にして説明と資料の両方に意識を注いでいた。

 

 

「また、肩部ウェポンラックを廃棄して追加スラスターを設置。機動力を得る事で機体消耗率の低下に伴う継戦能力の向上を図っているのです」

 

 

話題の内容は次第に詳細な機体特性の説明に移っていく。

 

粗方の説明が済まされた後、誰もが気になる事へとついにハイネマンの口が触れた。

 

 

「さて、この『レイド・イーグル』の開発衛士として、私はマナンダル少尉に頼みたいと思っています。マナンダル少尉、宜しいでしょうか?」

 

「りょッ、了解しましたぁッ!!」

 

「――おわッ、あぶねぇ!」

 

 

指名された事の喜びもさながら、Z技術を大いに取り入れた実証実験機の開発衛士になるという名誉に感極まるのは、喜怒哀楽の激しいタリサでなくとも共感出来得る物だ。

 

勢いよく立ち上がって敬礼したからか、腰を下ろしていた椅子を伸ばした膝裏で結果的に押し出した挙句、後ろの席に座るVGの机に椅子の背凭れが激しくぶつかる。恨みがましい視線を受けて尚、ニヤついた顔を崩さない事に呆れたのだろう。頬杖をついてそっぽを向くVGが若干哀れである。

 

 

「ブレーメル少尉、ジアコーザ少尉」

 

「はい」

 

「……はい?」

 

「少尉達のストライク・イーグルには、新型の戦術機管制ユニットを試験的に搭載しています。少尉達の操縦を多少なりともサポートしてくれるでしょう」

 

 

前触れなく名前を呼ばれた事に返事をすれば、続く内容に目を剥く両名。

 

性能の比較対象とはいえ、いつまでも変化の無いストライク・イーグルという事に思う所が少なからずあったのだろう。なにはともあれ、各々の機体にそれぞれ変化が訪れるというのだから、浮かれるのも無理は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月10日 9時00分 統合司令部ビル地下一階 ブリーフィングルーム》

 

 

「――以上が今回の耐環境試験の概要だ。質問はあるか?」

 

 

ブリーフィングにて行われた説明内容が普段と違う内容である事も踏まえ、ドーゥルは話に一区切りつけてから周囲に視線を促す。

 

全環境に於いて何ら問題無く種々の任務を熟す事を求められる戦術機にとって、耐環境試験とは重要なプログラムの一つである。そこに疑念を抱く者は居らず、唯一立ち上がった者も『別個の箇所』に疑問点を抱いていたに過ぎない。

 

 

「耐環境試験は兎も角、自分が広報任務でありますか?」

 

 

タリサの疑問は当人にとって、否選ばれた者ならば誰でも疑問を持つだろう。プロミネンス計画の広報任務として選出される理由など、思い当たる節を持ち合わせる者の方が少ない。

 

その問いに応えるべくして、アルゴス小隊のブリーフィングに初めて顔を出していた人物が仰々しく口を開いた。

 

 

「では、説明しよう」

 

 

言うと同時にブリーフィングルームの横壁に体重を預け、聴衆に徹していたサングラス姿の男がドーゥルの横に並び立つ。

 

言い方の一つ一つに妙に力を籠めているのはこの男の癖なのかと、奇異の視線を向けそうになるのを抑えつつ、口を開いた男――広報官であるオルソン大尉へと改めて視線を向けた。

 

 

「マナンダル少尉、貴様はプロミネンス計画を何だと考えている?」

 

 

プロミネンス計画に従事する当人にとっては何ら当たり前の内容でありながら、眼前の上官が繰り出した質問の意図は酷く抽象的である。

 

熱意溢るると言った様相を踏まえ、少しばかり考えたタリサはなるべく相手に合わせた回答を放った。

 

 

「……オルタネイティヴ計画に並び、各国の存亡と繁栄を担う人類規模の大規模計画であります」

 

「宜しい! 人類規模であるからこそ、広報任務もまた一切気を抜く余地の無い物である事は明白だ。先日の事件で広報任務が引き延ばしにあった事も加え、浅慮な選択で数少ない広報任務に於ける重要な機会を再び失う訳にはいかん……理解出来るな?」

 

「はっ」

 

 

暑苦しい即答に続く長々とした理由も、掻い摘めば余りに単純だとユウヤが呆れてしまうのも無理は無い。

 

ここまで気迫に満ち満ちる理由は分からないが、力強く説明する理由はまだ理解出来る範疇にある。イーダル試験小隊――つまり、先日衝突したソ連軍が受け持つ広報任務が予定されていたその直前に、アルゴス試験小隊との接触で機体が損壊した故。その責任の一部が確かに存在するアルゴス試験小隊としては、広報任務の要請を拒否できる立場には実質無いと言い切れる。

 

とはいえ、任務の内容と全く関係の無いこの前置きの長さに辟易としているのか、タリサの返答から気が抜けているのもまた無理も無いかもしれないのは余談だ。

 

 

「貴様の選出は、諸々の状況を総合的に考慮して導かれた、合理的且つ揺るがないものだ!」

 

 

なんとも諄い言い回しに返事すらなくなってしまう当人を差し置いて、オルソンの口は止まる所を知らないでいるらしい。

 

 

「良いかね? 皆も良く覚えておきたまえ!」

 

(話が長ぇな……)

 

「最前線、若しくはBETAに占領されている国々の状況を鑑みて、モデルとなる衛士は女性である事! そしてソ連軍衛士がヨーロッパ奪還を象徴している為、もう一人はアジア人である事。この2点は外す事の出来ない要点である!」

 

 

国連の広報官としては妥当な理由である事が意外だったのか、理由自体には得心がいったユウヤは頷きを見せる。ソ連をユーラシア奪還の象徴と見立てれば、アジア奪還の象徴を立てる事も何ら可笑しくは無いからだ。

 

だが、何故タリサに拘るのかという理由にまでは到達し得ないのもまた事実。

 

アジア人である事が条件であれば、このユーコン基地には忌々しい日本人や、統一中華戦線の殲撃10型がある事から中国人女性であっても良い筈なのだから。

 

 

「加えて、貴様は米国製実証実験機であるF-15Rに搭乗している。これがソ連機とエレメントを組む構図は、嘗て東西対立の象徴であった米ソの団結……延いては人類の大同団結というスローガンを掲げるのに相応しいからだ!」

 

「うえ~~~」

 

 

筋の通った理詰めで選出された結果だと分かった今、逃げ場を失ったタリサは心底厄介だと抗議の声を漏らす。

 

不満げな当人を前にし、気に障ったのかオルソンは高圧的な声色を放ちながらも鼻息を荒げた。

 

 

「イーダル小隊のサンダーク中尉は当事者としての責任を自覚し、速やかに要請を受け入れていた。アルゴス小隊に於いても、積極的に責任を果たす姿勢が在って然ると思うのだが――ドーゥル中尉、どう思う?」

 

「仰る通りです。我が小隊は大尉の要請に協力を惜しむ事はありません」

 

 

憧れのドーゥルを名指しする辺り、偶然か意図的かはさておきタリサにとっては辛い所だろう。

 

組織社会である軍属に於いて、上官を抑えられれば下官に否定の選択肢は存在し得ないのだから。

 

ドーゥルの声色が何処か不機嫌で棒読み気味に聞こえたのは、ユウヤ達の気の所為にしておくとしよう。タリサは兎も角として、事が思い通りに運べて満足気であるオルソンもその事実に気付いていない様子であるが故に。

 

 

「広報協力が増えたからといって、耐環境試験のスケジュールに大幅な変更は無い。では各員、準備に取り掛かれ――以上、解散!!」

 

 

ブリーフィングの締めの言葉に合わせて敬礼したユウヤは、半分休暇だと浮かれるVG達とは対照的に視線に鋭さが増していく。

 

 

(交流を深め、親しくする必要なんか無い。最低限の交流はするが、親しさは不要だろう? 衛士同士はライバル…否、敵と言っても過言じゃない。戦術機の性能も衛士の腕前も、日々競い合っているんだ)

 

「…………」

 

(とは言え、オレの中の歯車が妙に噛み合わないのも気に喰わねえ。チョビやVGはオレにずかずかと入り込んで来るし、ステラも見透かした様な指摘が多すぎる。噂の紅の姉妹も、腕は兎も角中身がアレだけ不安定とくれば、妙に闘争心が湧かねえ……日本から来たって部隊もあの日以来顔を合わせていないが、鼻に付く態度を超える半端じゃない技術を持ってると来た……何が何だか分からない事が多すぎる)

 

 

肩の力を抜く――生まれてこの方、肩の力を抜いた事の無い男が、この後相談を持ち掛けたヴィンセントにも諭され、後日向かう南国の地で初めてそれを意図的に実践しようと心に決めたのだった。

 

だが、穏やかな気候たる南国の島、グアドループに不穏な影が付き纏うなどと、この時はまだ誰も気づきはしなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月1日 21時00分 Z-BLUE所属横浜基地》

 

時は少し遡る。

 

ソーラリアン内部の自室。丁寧に髪の毛が剃られている頭頂部をポリポリと指で二度三度引っ掻いたデンゼルは、片眉を下げつつ鼻から重苦しい息を漏らした。一目見て悩んでいるこの男が思案する内容は、『白銀武』という出会って日も浅い訓練生の事である。

 

初見となる錬鉄作戦の際、戦いに急ぐ武を窘めて以降直接的な接触は無いに等しい。

 

だが、その上官である神宮寺まりもとばったり通路で出会った際に話しかけたデンゼルは、再び武の話題を耳にしたのだ。聞き上手なデンゼルの手腕も相俟ってか、柄にもなく話し込んだまりもの口から数度飛び出す話題。そして話から推測できる『パイロットとしての特異性』に気付き、人知れず逡巡した時から、彼の脳内では『白銀武』が飛び交っている。

 

重大な部分に触れないまでも、まりもの話から察せられた武の特異性は3つ。

 

 

『元パイロットでありながら、何某かの理由で訓練生として扱われている事』

 

『類稀なる操縦技術を持つが、隊行動を何よりも重視した戦い方をする衛士の特性上、他の訓練生達と連携が噛み合わない事が散見される事』

 

『そして自らの高い操縦技術と他の訓練生との技量の差を冷静に理解しているが故に、全員を守ろうと四苦八苦している事』

 

 

これらを耳にした時、柔軟性を伴う素早い思考回路のデンゼルでさえも口が滑らかに回答を紡ぐ事は叶わなかったのだ。

 

同じく部下を持つ者としてまりもにアドバイスを授けたかったが、力及ばなかった悔やむ気持ちを胸にして立場を投影し、自身ならば如何するかを、以来事在る毎に思考を巡らせているのである。

 

問題は第06訓練小隊の内部のみの話であり、そこに部外者であるデンゼルが踏み込むのは得策では無いのは明白。そもそも区画が別けられている事も在り、Z-BLUEの一部の人間達を除けば余り積極的にこの世界の人間達と関わりを持とうとはしていない。それは衛士達がZ-BLUEの偉功故か、単に周囲との牽制のし合いで気軽に近寄り辛い状況が形成されている事もあるのかは正確に断定出来ないが、過剰な接触が行われていないのは確か。

 

 

(だが、一部の者が06小隊の訓練生達と交友を持ち、シミュレーションの対決申し込みをしていたという話は聞いた事がある。相手が好奇心旺盛というのもあるのかもしれんが……)

 

 

多元世界は各世界が融合及び、後に他の世界が出現したのを発端として人々との接触が行われていた。Z-BLUEも多元世界出身者であるが故に、来る者に対して両手を広げて歓迎するのは大の得意とする。

 

だが、自らが世界に招かれる側である今回に於いて、多少の遠慮からか多元世界の時の様な各地での交流は行われていないというのが現状だ。相手の姿勢を見るまで容易に踏み込まないのもまた、多元世界の人々の特徴かもしれない。

 

実際は単純に相手と溶け込むのが容易なメンツが揃っていない事も大きい。また、政治的な分野に於いては別問題であるので置いておくとするが。

 

 

(これからも同じ戦場で戦うなら、交友を深めていくのは重要だ。先ずは踏み込み過ぎない程度に、様子を見ていくか)

 

 

意を決して立ち上がったデンゼルの歩調は速い。

 

区画を隔てる障壁を超え、国連軍側の区画へと足を踏み入れる。すれ違う者達の驚愕の表情をスルーしつつ、居所を訪ね歩いて早10分弱。

 

 

「こちらに白銀訓練生は居られるかと……」

 

「助かった」

 

「い、いえ! それでは!」

 

 

案内を買って出てくれた若い女性士官に笑顔と共に敬礼を返すも、そそくさと足早に去られるのは、そのガタイの良さと厳つい風貌からか。僅かに眉を落とすも、素早く視線を正面に戻せばそこには起動しているシミュレーターが一基のみ。

 

武の物であろう置いてあったドリンクボトルを手に取って待つ事数分。

 

中から汗だくで疲労を顔に浮かべつつ姿を見せた武へとボトルを差し出し、笑顔を見せる。当然、目の前の青年は顔に張り付く汗を拭う事も敬礼すらも忘れて目を剥いている始末。

 

 

「お疲れ、白銀訓練生。少し悪いがこのあと時間をくれないか」

 

「――あ、た、確か……」

 

「デンゼル・ハマー大尉だ。どうだ?」

 

 

突然の事に思わず首を縦に振った武を見やり、デンゼルはニカっと歯を見せた。

 

 

 

 

 

「あれからどうだ、白銀」

 

「どう……と、言われましても……」

 

 

具体性の無い聞き方に疑問符を浮かべつつ、多少の緊張で乾く喉に天然の麦茶を流し込んでいく。

 

武は現在、デンゼルに連れられてPXに来ていた。『奢る』の誘い文句に釣られた訳では無いが、しっかりと目の前には定食が置かれてある辺り、武らしいと言える。

 

察しの余り良くない武に僅かに溜息を零すと、僅かに視線を落としたデンゼルから徐に口を開く。

 

 

「…実を言うと、以前の戦いから白銀の事が気になっていてな」

 

「えッ――!?」

 

 

妙な言い回しに引き気味で驚くのも無理は無い。

 

脳裏に蘇るは嘗ての記憶。中学2年の誕生日、『男』の先輩から体育館裏で告白された経験から、拒絶反応にも似た反射で両手を前に素早く出す。

 

その反応と自身の言い回しから勘違いされたと直ぐ様導き出したデンゼルは、身を乗り出さざるを得ないだろう。

 

 

「――おい、そういう意味じゃないぞ!」

 

「あ……はい、良かったです」

 

「……言い方が悪かったな。お前の戦い方に始まり、色々気になったという意味だ。其処らの訓練生と違うのは、自分が一番理解出来ているだろう」

 

「…………」

 

「肩の力、少しは抜けたのか?」

 

 

少しばかりの沈黙を挟み、武の口が動く。

 

 

「まぁ、多少抜けたかもしれないです」

 

「多少か」

 

「はい……でも、ちょっと前に皆がオレに対して真剣に向き合ってくれて、少し打ち解ける事は出来たんです」

 

「…………」

 

「本当はオレから皆に向き合わなきゃいけなかったのに、オレ、ずっと昔の事とか引っ掛かったままで」

 

 

引っ掛かりのある物言いにデンゼルは目聡く喰いついた。

 

武から自発的に話してくれるのであれば、情報も得やすくそこに人間関係の問題点となる箇所が潜んでいる事が殆どであるが故に。

 

 

「――昔の事?」

 

 

ただ、その発言を意図していなかった本人としては少しだけ苦そうな表情を浮かべる。

 

しかし相手がそこに言及してしまった以上、なんとか話さざるを得ない。

 

 

「あぁ……ちょっと、説明がムズイんですけど……昔、今の隊のメンバーと似たっていうか、そっくりっていうか。そんな感じの人達のとこに居たんです。でも、その皆はもう、居なくなってしまって」

 

「…それで、彼らの姿を投影してしまうという事か」

 

「まぁその……そんな感じです、だいたい」

 

 

白銀武はこの世界でほぼ唯一と言って良い程、不可思議な経験をしている存在だろう。その希少性や特異性を知る夕呼やまりもが他言していない現状、本人の口以外から特性が漏れ出す事は無い。

 

Z-BLUEが何をどこまで知っているかが不明な武も、自身の話して良いか分からない特殊な話題を機密に触れることなく話そうと工夫した結果、ものすごくふわふわとした言い方になってしまったのはご愛嬌。

 

しかし、そんな話を聞いていくうちに、頷いていた側は酷く可笑しな現象に侵されていた。

 

直感的な、本能的な物か。将又只の的外れな妄想か。外見や表面上の性格、物言いなど似ても似つかない武と、グローリー・スターのセツコの境遇を重ねた事にデンゼル自身不可思議でならない。

 

この世界は『普遍的な世界』であり、科学技術や超時空物理学も鋭い訳では無いと聞いている。故に、多元世界の様な経験をしている者など居る筈が無いと言うのに――

 

だが、その感覚と推論を無意味な物と断じず、彼は本来話す予定では無かった自身の体験談を口にした。

 

 

「急な話だが、『平行世界』――って、分かるか?」

 

「!? は、はいッ! 分かります、けれど……」

 

 

唐突な前置きとして現れた単語は、余りにも白銀武にとって馴染み深い。

 

武の意識を強く引き付けるのに効果覿面であった言葉故か、見えぬ話の流れに尻すぼみになりつつあった語調とは裏腹に、身を乗り出しているのを確認したデンゼルは話を続ける。

 

 

「俺と二人の部下――トビーとセツコってのが居るんだが、俺とトビーはセツコと同じ世界の出身じゃない」

 

「え?」

 

「そもそも俺達Z-BLUEは同じ世界の出身者同士は少ないんだが――」

 

「――えッ!?」

 

 

サラっと触れるだけの話題にしては衝撃的すぎる内容に、武は驚きを隠せない。

 

Z-BLUEとしては特に隠し立てする必要のある情報では無いのだが、一般的にZ-BLUEが『別世界から来た』事を知っている者達は居ても、『Z-BLUEの構成員それぞれが出身とする世界がバラバラである』事を知っている者は皆無にも等しい。

 

その事実を明確に把握しているのは会談を行った国連総長とその周囲。最後に香月夕呼くらいである。

 

『そこは置いておくとして』という言葉に武は置いておける程度の内容じゃないだろと内心大きくツッコむも、大尉の話を遮る事は決してしない。

 

 

「最初、セツコは『同じ世界出身の』俺とトビーと隊を組んでいたらしくてな」

 

「……!」

 

「ある奴に同じ世界の俺達がやられちまった挙句、平行世界に居た俺とトビーは利用される為だけにセツコの世界へと飛ばされたんだ」

 

「そんな事が……!?」

 

「最初は随分とギクシャクしちまったが、セツコ自身がなんとか折り合いをつけてくれたのもあってな。……まぁ、状況が同じかどうかは分からないから何とも言えないが、『並行世界の同一人物同士の比較をしない』というルールを敷き、過去と決別して俺達は良いチームとして成り立っている。お前達もきっと上手く行く筈だ」

 

 

思いがけないのは、激励を受けた事だけでは決してない。

 

立場は違えど精神的な境遇は近しいと言えるその話を耳にし、秘訣まで教授された上で上手く行くとの言葉を受けたのだ。その胸に温かい物が流れ込み、漠然として拭いきれなかった不安が和らいでいくのを感じる。

 

 

「話し合ってそこそこ経つのに、まだ連携もまぁまぁって所で……本当に大丈夫ですかね……」

 

「良いんじゃないか?」

 

「…ッ!」

 

 

弱腰になって思わず不安を吐露するのは、上手くいくと信じたい裏返し。

 

それを知っているデンゼルは、間を置かずに肯首してみせた。

 

そんな反応が返ってくるなどと露程も思わなかったが故に、驚きを見せてしまう武だが、デンゼルから見ればそこに不安を生じさせる理由が無い。あるとすれば、まだ経験不足であるが故。自分が出るまでも無く、既に相互理解の為に動き出していたと判明した以上、先達の頬が緩むのもまた必然なのだ。

 

 

「互いを理解しようと努め、歩み寄り、信頼するのが全てだ。だが、一朝一夕で成せる事じゃないからな。続けていく事が何よりも大事だ。だから今はそれで良い」

 

 

新生グローリー・スターだけでは無い。

 

どの部隊であれど、今日に至るまで各自が互いに努力して隊としての輝きを放つようになった筈だと信じている。なればこそ第06訓練小隊もまた、隊として上手く行ける様になる筈だと。

 

誰よりもデンゼルは人の持つ力が隊を大きく形作ると信じているのだ。

 

そんな男へ、武は目下の悩みの起点ともなっている部分を問いかけた。

 

 

「…一つ質問しても良いでしょうか?」

 

「何でも言ってみろ」

 

「――大尉は、何のために戦ってるんです?」

 

 

伺う様に下から見上げるかの様な視線。しかし、上官に対する不敬といった念を大きく上回る奥底に秘めた真剣な瞳に、僅かに黙り込み逡巡する。

 

 

「俺達は地球を救うために戦っている。だがそれだけじゃない――隊を、グローリー・スターを流れ星にしない為、大切な仲間を誰一人として失わせない。大きく掲げる目標もあれば、小さくても欠かせない今を守るという目的もある。きっと、誰もがそうじゃないかと思うぞ」

 

 

それは武が嘗て、佐渡島攻略戦の直前の時。上官であった伊隅に問うたのと変わらぬ内容であった。

 

例え出身の世界が違えども、戦士達の願いに大差など無い。

 

故に武自身、戦う世界が変わったとしても戦う理由をその都度変える必要など無いと気付かされた。臨機応変に変化する柔軟性を求められても、戦士としての芯を変える必要は無いのだ。

 

長きに亘る多くの上官達の教えを心から理解出来た喜びと、教えてくれた全ての人達へ報いる事の出来ない不甲斐なさと悔しさが入り混じって光る涙を拭えば、武の表情には笑顔が浮かんでいく。

 

 

「なにか納得か?」

 

 

上官に返す言葉は若い軍人らしい、青く、それでいて覇気を取り戻した返答。

 

 

「はいッ、ありがとうございます大尉!」

 

 

世界を二度跨ぎ、初めて出会った親身になってくれる男性上官という稀有な存在に、武は心から感謝の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武ちゃんの事情を最初に理解(完全では無い模様)するのが、まさか黒ハゲだとは誰も思うまい( ˘ω˘ )

という事で、次章からはグアドループ編と重慶ハイヴ戦に始まります。

ドンドン進めていきますので、気になる個所があれば気兼ね無くお聞きくださいm(__)m


PS:武への呼称が一部不適切(正式任官前的な意味で)だったため、修正いたしました。

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