to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

26 / 29
お久しぶりです。

いつも通りの長文ですので、気長にお読みください。


第四章 (4)

《1999年1月3日 17時30分 アラスカ ユーコン基地 総合司令部ビル》

 

ユーコン基地は『プロミネンス計画』という大規模計画を遂行する為に拡張建設された巨大軍事施設であるが故に、敷地内面積は途方も無く広い。

 

時間帯に依りけりではあるが、少し歩けば人通りが極端に減ってしまうなんて事はザラにある基地内、その中でも司令部へと向かう無音の通路には三つの揃わない足音が響いている。先を行く音は少し高く、それに反して床に接触する面積の広さと軍靴の材質を感じさせる低めの音が二つばかり続く形だ。

 

 

「なぁ、どうしてオレ達が呼ばれたんだろうな?」

 

「さぁな……」

 

 

如何にも気怠げな声で疑念を口にしたヴィンセントに、ユウヤは視線を合わせずに素っ気ない態度で返す。

 

己が一般的に見て付き合いの良い人間である筈は無く、良く言えば気難しい――悪く言えば頑固で厄介なトラブルメーカーの類の人間である事を強く自認しているユウヤだが、ユーコンに来て早々基地司令に呼び出される様な事をやらかした覚えは無い。とはいえ、それも『今のところは』という注釈付きであるが。

 

そんな相棒の気質を十二分に理解しているヴィンセントの『お前、実は何かやったんじゃないのか』という含みのある視線に些か気を悪くしつつも、無視する形で心当たりが無い事を態度で示していた。

 

 

「理由が分からねえのが、一番怖いんだよなぁ……」

 

 

ユウヤはもちろんの事、ヴィンセント側に思い当たる節は更に無いだろう。

 

今の二人にはどれだけ考えようとも、『プロミネンス計画』最高責任者に呼びつけを喰らう理由までは辿り着く事など到底不可能であった。

 

 

「大佐、到着致しました」

 

 

先導するヒールの高めの音が鳴りやむ変わりに秘書官の声が響く。

 

後続の二名に対して振り返り状況を確認する事も無い秘書官はその平坦な声色と微動だにしない表情を加味すれば冷徹とも感じられ、ユウヤばかりかヴィンセントまでもが居心地の悪さに口端をへの字に曲げた。

 

しかしそれも束の間、スライドドアが動きを見せるのに合わせて二人の表情が瞬時に引き締まる。

 

 

「――ユウヤ・ブリッジス少尉、出頭致しました」

 

「――同じくヴィンセント・ローウェル軍曹でありますッ!」

 

 

スライドドアの奥に見える人物は、自分たちが到着するまでに要された幾らかの時間の間、硝子越しに執務室の外の景色を見ていたのだろう。

 

ゆっくりと振り返りながら出迎えた『大佐』と呼ばれる白人のガタイは想像以上にゴツく、風格は階級と相俟って威圧感を意識せざるを得ない。

 

 

「ご苦労だったな。『プロミネンス計画』を預かる、クラウス・ハルトウィック大佐だ。楽にしてくれ」

 

 

体躯に見合った大きな動作で机を回り込む様にして両者の前に出るや否や、持ち合わせる雰囲気からは想像し辛い程に比較的柔和な笑みを浮かべて二人の前に歩み寄ってきた。

 

秘書官との差もあってか、腹芸の一部であろうとも歓迎の雰囲気を出す大佐に相方程では無いにしろ、ユウヤも多少肩の力が抜けていく。

 

 

「どうだアラスカは。ヤマキとは違って寒いだろう」

 

「はい、大佐殿」

 

 

小手調べとも言わんばかりの当たり障りの無い会話を形式的な返答で返すユウヤ。それに意外だと言うのだろうか、ハルトウィックは少しだけ驚いた顔を浮かべ、次第に笑みを深めた。

 

 

「なんだ貴様ら。米軍出身にしては随分とお堅いじゃないか」

 

 

理解を示しきれない大佐の言い分を前にして、二人は疑問符を浮かべざるを得ない。

 

上官に対しての態度とは、米軍であろうがどこの軍であろうが人間社会の枠組み内で成立している組織ならば重視されて至極当然の物だ。軍と言う組織の性質上、どの様な場所であろうとも堅実な態度を取る事に間違いは無い。

 

硬直する青年達を見やり通じなかったと悟ったのだろう。ハルトウィックは大きく二歩ほど前に踏み出して距離を詰め、青年達の肩を両手でバシンと一度叩いた。

 

 

「「――ッ!」」

 

「ここは荒くれ共(テストパイロット)が集まる場だ。上官に対する敬意は最低限で良い。質問は適宜してくれて構わん。『プロミネンス計画』では、形式より合理性を重んじるんだよ」

 

「……はぁ」

 

「…………」

 

 

豪快に笑いながら肩を叩くハルトウィックを見やり、ユウヤはハルトウィックに対して生まれる妙な親近感は、テストパイロット上がりから来る気遣いだと見抜いて僅かに表情筋を緩める。

 

苗字からしてドイツ系のハルトウィックが伝統やルールよりも、現場合理主義であるのには嘗て苦労したからかと、一人推測を終えたユウヤの視線は鋭さが抜けないまでも訝しむ色が抜け落ちる程には理解を示せたのだろう。

 

相対するハルトウィックも満足気に頷きを見せた。

 

 

「――さて、もう少し親交を深めたいが、生憎スケジュールが押していてな。貴様達を呼んだのは他でもない。今後、アルゴス小隊が本格的に受け持つ日米共同開発計画についてだ」

 

「「……!」」

 

 

突如切り上げられた世間話に再び緊張の色が走る二人。

 

ハルトウィックが身体を横に向けた事で、それに釣られたユウヤとヴィンセントも同じ方向へと視線を向けた。

 

その視界で皮張のソファに腰を下ろしていたのは二人の人物。

 

一人は明らかに軍人然りとした風格と立ち振る舞いを持つ東洋人の男。そしてその反対側に座るのは、青いジャケットを身に着けた軍人らしからぬ金髪の西洋人の男である。

 

題目に『日米共同』と名が付くだけあり、どちらがどちら側かは瞬時に察せられ、日本人らしき人物に向けた視線が自然と鋭さを増してしまう。

 

 

「紹介しよう。彼は日本側の開発主任、エイジ・イワヤ中佐だ。彼は嘗て帝国戦術機の開発衛士でもあったそうだ」

 

(やはり……クソッ!)

 

「榮二・巌谷中佐だ。ブリッジス少尉、ローウェル軍曹、宜しく頼むぞ」

 

「――イエス、サー!」

 

「…………」

 

 

ヴィンセントの快活な返事とは裏腹に敬礼を繰り出しながらも慨嘆の感情の滲む様が視線を仄暗く陰らせていく。

 

内心ではケチの一つでもつけたいが、相手の硬派な雰囲気に残されている顔面に刻まれた大きな傷跡も相俟って、閉口する巌谷の内包する威圧感というものは、今までユウヤが出会ってきた軍人達とは比較にならないのだ。開発衛士としての先達でありながら、柔和なハルトウィックとは大きく違う雰囲気を持つ巌谷に、日本人は何処でも息苦しいんだなと、苦し紛れになんとか胸中で吐き捨てるのがやっとであった。

 

巌谷が余りに不躾な眼差しを見逃す筈も無いが、言及する事は一切せず簡潔な自己紹介を終えた事を視線でハルトウィックに告げて話題を返す。

 

当人に不満が無いならばと、促された本人は次の人物へ視線を向けた。

 

 

「そしてこちらが技術顧問であるフランク・ハイネマン氏だ」

 

 

紹介に預かったハイネマンは椅子から立ち上がり、丁寧に二人の方へ向き直ってみせる。

 

 

「ハイネマンです。ボーニング社からの出向ですが、あなた方と共に働ける事を光栄に思います」

 

「はい、宜しくお願いしますッ!」

 

 

技術屋故にヴィンセントの返事は気合増し増しであるのは頷けるが、それに反してユウヤは再びだんまりを決め込んでいる。

 

とはいえ、ハイネマンに関してはユウヤを見る視線が何処か含みのある――言い方を変えれば、自分を通して『その背後に別の誰かを見ている』様な視線が、どうにも奇妙だったからであるが。

 

その奇妙さは気のせいでは無いのだろう。ハイネマンは徐にユウヤへと右手を伸ばしてきた。

 

 

「…………」

 

 

僅かに逡巡した後、差し出された手を右手で握り返せば、そこにハイネマンの左手が厚く重ねられた。

 

 

「ブリッジス少尉は大変優秀な衛士だと伺っています。是非とも期待していますよ」

 

「…どうも」

 

 

貼り付けられた笑みでは隠し切れない言い方に、典型的な技術オタクでは無い事を瞬時に察せられる。

 

目の前の読めない技術顧問と言い、帝国から中佐という高い階級の人間が来ている事と言い、『もう一つの参加企業の責任者』がこの場に顔を出していない事も含め、どうにも己の持ち得る情報だけでは整理仕切れていない部分でキナ臭いものを感じているが、それを口に出す必要も無いと割り切り、会釈一つで己の情動を押し殺す。

 

互いの自己紹介も程々に切り上げられてから小一時間が経った頃、話は大いに盛り上がりを見せていた。

 

 

「――えッ!? じゃあ、ウワサのZ技術を取り入れる事もあるって事ですか!?」

 

「彼らの技術は非常に多岐に亘ります。未だ解明に時間と資源を要する高度な物であれば容易く行きませんが、理論的にそう難解で無い技術であれば完全にとは行かずとも、模倣するくらいは出来るでしょう」

 

「凄いじゃないですか!? たっ、例えばどんなヤツとか……」

 

「例えばですが――」

 

「おいおい、ここでバラシてしまって良いのかフランク?」

 

「…そうでしたそうでした。お楽しみは取っておくのが良いですね」

 

「――えぇッ、ここまで来てお預けですかッ!?」

 

(…………暇だ)

 

 

盛り上がりがユウヤを除いての話であるのが、なんとも苦痛である。

 

技術系の話でヴィンセントとハイネマンが妙に意気投合したのが事の発端。両者の熱い技術トークに華が咲き誇り、そこにハイネマンと旧知の仲なのだろう巌谷が補足説明や茶々を入れる事で見事に小一時間も本来の話から逸れ続けている。

 

場の空気を忘れて会話に熱中するヴィンセントが珍しい事もあって水を差す事はしないが、それ故に暇を持て余すのは如何ともし難い。

 

 

「――ところでブリッジス少尉。貴様はこの日米共同開発計画に就いて、どの程度の知識を持っているのかな?」

 

 

流石に見かねたのだろう、ハルトウィックが話の流れを断ち切りながらもユウヤに話題を振る。

 

急な話題転換とはいえ決して油断出来ない内容に、そっぽを向いていた表情を素早く引き締め直したユウヤは、己の知識を以てして返答に臨む。

 

 

「はッ! 『プロミネンス計画』の技術交流支援プランの一つとして、日本企業と米国企業の協力により、両国の既存戦術機を強化改修する計画と認識しております」

 

 

端的且つ簡潔に応えきったユウヤを見やり、ハルトウィックはふむと一つ零した。

 

 

「表向きの情報としては充分だな」

 

 

その言葉にユウヤとヴィンセントは訝し気な顔を浮かべる。実際、この二人の閲覧権限は決して高くない。

 

ここユーコンに居る者ならば階級を問わずに殆どの人員が知っている事でも、ここに来たばかりの二人が理解していない事は多いのである。

 

 

「…?」

 

「どういう事ッスか?」

 

「――二人とも着いて来たまえ。良い物を見せよう」

 

 

 

 

 

総合司令部ビルの12階とは打って変わり、今度は下へ下へとエレベーターで降りた先。ハルトウィックを先頭とした五名は地下深くの建物内で数々のセキュリティを突破していた。

 

 

(掌紋、網膜、認識番号の照会だけじゃない。パスワードの照合までもかよ。最高責任者に対しても随分と容赦ねぇ……それだけこの先にある物が重要って事か)

 

「おい、見ろよ……自動警戒システムだけじゃねぇ。至る場所の隔壁まで閉じられてやがる。こいつは相当だぜ……?」

 

 

余りの厳重さと徹底した警備システムにヴィンセントも驚きを隠せないらしく、その声色は酷く震えている様だ。

 

 

「何が俺達を待ってるんだろうな……? な!? すっげぇ楽しみだよなぁ……」

 

 

訂正しよう、声色の震えは驚きでは無く期待に満ちての事であったらしい。

 

ユウヤ自身ここまで厳重に保管される機密に触れたいとは思わないが、命令だからと気乗りしない状況で渋々見に来ているに過ぎない。重たい足取りをそうとは見せずに動かし続けた先、先頭のハルトウィックが一つの扉の前で足を止めた。

 

 

「ここだ」

 

 

その中で待ち受けた物を目に、真っ先に反応を示したのは当然の如くヴィンセントであった。

 

 

「――おい、見ろユウヤ!」

 

「……ああ」

 

 

二人の眼前でハンガーに格納されている機体は、どうにも小さく見える。とはいえ、外装の殆どを剥ぎ取っているからだろう。

 

技術屋として血が騒ぎ黙ったままではいられないのか。残された外装の一部を始め、数々の断片と己の持ち得る知識――加えてこれまでの仕事で磨かれてきた技術屋としての『勘』に至るまでを総動員し、脳内の表層に近しい場所で巡り巡った感想を次々に口走り始めた。

 

 

「これ……イーグルか? にしては、腰部装甲はどの国家の派生とも違う。初めて見る形してやがるし、少し大きい……」

 

「ほう…流石ですね」

 

「あ、やっぱりそッスか!? あはっ、あはははは!」

 

 

没頭する様に熱い視線を送っては、機体に対して迅速且つ適切な観察眼を持つヴィンセント。

 

それを見過ごさないハイネマンの評価を受けてニヤける相方を余所に、この場を見まわしていたユウヤは端に格納されていた『とある機体』を見つけた。その機体の前には巌谷が陣取っており、その巨体を仰ぎ見る様にしながらも鋭い視線を向けているのが少々訝しい。

 

期待を持っているだけでは、鋭い視線を送る必要などどこにもない筈なのだから。

 

 

「…なんだコイツ」

 

 

思わず小さく口について出たのは仕方が無いだろう。

 

F-4に似たフォルムをしながらも全く別の意匠だと感じざるを得ないその機体。今更F-4を改修しようとする国家などある筈も無い。ならば――

 

高速で思考を回転させながら目の前の正体不明機に視線を注いでいれば、背後から声が掛かった。

 

 

「――アクシオ」

 

「…………」

 

「Z-BLUEではそう呼ばれているらしい。俺達はこの機体を基に、『新戦術機』を開発するつもりだ」

 

「――ッ!」

 

 

――莫迦げてる

 

思わずそう言いかけた台詞を呑み込み、鋭い眼差しを巌谷へ投げかけた。

 

フェニックス構想とは既存戦術機の『強化改修計画』なのだ。新戦術機を、ましてや他国の衛士に開発してもらおうという国がどこにあるのか。

 

加えてZ-BLUEの機体を基にするのであれば、それは最早帝国の力で開発したと言えるのか。

 

そう言わずには居られないが、相手は飽く迄も中佐という隔絶した階級である。

 

 

「期待しているぞ、ブリッジス少尉」

 

 

理解の及ばない帝国の思考に晒されたユウヤの侮蔑にも似た嫌悪感混じりの視線を受けてなお、建前的な言葉を巌谷は続けた。

 

相手が日本人故か、如何様な態度でも気に入らない様に感じるユウヤであったが、この時の巌谷の態度や言葉の裏に隠された意図――加えて帝国のやろうとしている事全てが腑に落ちない物として処理され、結果として反発精神を生み出していく。

 

だが自身の言葉に何一つとして返さないユウヤに苦言の一つを吐く事も無く、当の巌谷は静かに立ち去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月3日 21時00分 アラスカ 歓楽街リルフォート》

 

ユーコン基地近辺は世界各地から軍人とその家族が集結している、言わずと知れた巨大軍事都市である。故に、その近辺は今となっては激減してしまった娯楽という要素、その一部を受け継ぐ歓楽街が連日賑わいを見せていた。

 

夜も眠らぬ歓楽街の一角、ダークオークの木目調に金字で名が刻まれた小さな看板のある店。アルゴス小隊の面々に半ば無理矢理連れられ、ユウヤが足を踏み入れたそこは、名を『Polestar』と言う。

 

 

「ようこそ、アラスカへ~!」

 

「あ、ああ……」

 

 

急激にテンションを上げ、ノリノリで自身を祝うタリサに気圧されるユウヤ。

 

演習では挑発に挑発を重ねて起死回生の作戦でタリサを倒して勝利を捥ぎ取った相手に対し、ここまで笑顔を見せる精神構造が理解し難い。

 

そんなユウヤを見てか、笑顔から不服そうに表情を急転直下させるタリサは机を拳で叩いた。

 

 

「なんだよ暗い野郎だな! 折角歓迎会やってやってんだから、少しは楽しそうにしろよっ!」

 

「はいはい、分かった分かった……」

 

 

如何にも気乗りしないといった表情を見せる主役に、横に腰を下ろしているヴァレリオ――通称『VG』は、如何にもなからかい口調で口を開いて見せる。

 

 

「なンだぁ? ネバダにゃこういう店の一つもねぇってのか?」

 

「んなワケねぇだろ」

 

「確かエリア51って、ラスベガスも近いんじゃなかったかしら」

 

「ラスベガス!? こんな世紀末なご時世に一攫千金の夢とかさぁ~~!」

 

 

ステラの出したラスベガスという単語を皮切りに、気に喰わないとぐだぐだ言いながらソファの背にぐったりと凭れかかって米国の愚痴を零し始めるタリサ。

 

だが、愚痴こそ口にしているが本気の嫌悪感などない軽い口調であり、そこに先の模擬戦での敗北感に対する悪感情は微塵も見えなかった。

 

そんなタリサに向けていた訝し気な視線を口許に近づけたグラスの水面へと移す事で誤魔化す。だが、横に座るVGがそれを見逃す筈も無い。

 

 

「こういうのがタリサの良い所なんだよ。負けたって不貞腐れないし後にも引かない。素直じゃないのがキズだが、大目に見てやってくれ」

 

「あ、ああ……」

 

 

隊の中では誰よりも優秀で、だからこそ目に付けられ、負けじと頑なな態度を取り続けていたユウヤにとってみれば、ユウヤに模擬戦で負ければ相手は必ず不機嫌になるのが常であったのだ。

 

不平不満は数知れず、時には直接突っかかって来られる事すら少なくなかっただろう。

 

時に相手の燻る様な不満の火種を煽る様な言動をしてみせる事もあったが、いつしかそれが常態化していた己にとっては、ここまで尾を引かない相手に少々面喰っていると言うのが正しい分析である。

 

 

「おまちどうさま~」

 

 

聞き馴染みの無い明るい声色の方へ視線を向ければ、そこには明るい髪色の若い女性がお盆を抱えて立っていた。

 

服装からして女給だと瞬時に判断したユウヤだが、未だ何も注文していない自分達に掛ける言葉が『おまちどうさま』というのには疑念が湧く。それはVGからしても同じだった様で、背凭れに肘を置きながらユウヤと同じく発言者へと視線を投げかける。

 

 

「なンだあ、ナタリー。注文は未だの筈だぜ?」

 

 

ナタリーと呼ばれたウェイトレス――その手に持つお盆の上には、氷の音を小さく鳴らす四つのグラスが用意されていた。

 

注文する前だろうとユウヤは首を傾げるも、各々の前に差し出されたグラスの中で揺れる液体が小麦色であり、タリサは思わずといった口調で感嘆の声を漏らした事から鑑みて、不満の声が上がる気配は無い。

 

 

「いつもの――持ってきたんだけど?」

 

「あら、ありがとう。流石気が利くわね」

 

「よし、乾杯するぞ乾杯!!」

 

 

一気にテンションの上がったタリサがグラスを素早く持ち上げる。

 

それほどまでに早く喉に流し込みたいのか、キラキラとした目付きで急かす様に題目をどうするのかと騒ぎ立て始めていく。当然、その題目は一つしか無い。

 

 

「タリサ~、お前そりゃ決まってんじゃねーの」

 

「新たな頼もしい首席開発衛士の歓迎に、ね?」

 

「…………」

 

「折角だから『生意気な』も付けちまえ!」

 

「却下だチョビ」

 

「はいはい、乾杯するわよ」

 

 

ステラの音頭に合わせ、各々がグラスを持つ手を軽く上げた。

 

グラスが付き合わされはしないが、それぞれの高さに合わされたグラスの向こう側には、揃いも揃って三人がユウヤの顔を見やっては笑顔を向けている。

 

 

「ユウヤという新たな仲間に!」

 

「「ユウヤに!」」

 

 

小麦色の液体で喉が塞がれるからだろう、喧騒にも等しい四人の声が消える数秒。喉から食道を伝い体内へと染みていくほろ苦さと独特な香りが鼻から抜け、ほぼ同時に四人がグラスを置いて顔を見合わせた時、不思議とユウヤの表情からは笑顔が零れていた。

 

 

「ふっ……」

 

 

それまで何処か堅いままだったユウヤの表情に綻びが生じたのを目にし、ステラが柔らかく微笑む。

 

 

「……ようやく、笑顔を見せてくれたわね」

 

 

ステラの思わぬ言葉に呆けた表情を浮かべるユウヤ。

 

嘗ての部隊では隊員と飲みに行くなど、万に一つも無かった。交友関係は愚か、男女交際ですら『言い寄られたから渋々相手をしていた』という印象が強いという有り様であった程なのだ。

 

虚勢や挑発で笑顔を見せる事はあれど、意識せずに笑顔を見せたのはいつぶりだろうか。

 

 

「ここに居る全員が異邦の地に流れ着いた者達。タリサですら最初は今ほど表情豊かじゃなかったの」

 

 

異邦人――その言葉に、ユウヤは感じ入ってしまう。

 

酒を煽りながらケタケタ笑っているタリサも、それをからかってはニヤニヤと笑みを零しているVGも、誰もが祖国をBETAに滅ぼされた者達なのだ。

 

悲壮感など微塵も感じさせないほど明るい振る舞いで気にも留まらないが、それでも事実として国土の全てをBETAに支配されたからこそ、彼らはここに居るのだから。

 

 

「何はともあれ、よろしく」

 

「ああ」

 

 

今までユウヤの知っている部隊とは大きく違う雰囲気の面子を前に、少しだけ肩の力が抜けていく。

 

逸早くより大きく実力を示し、『善良な米国国民』になろうと肩肘を張る必要を無くしてしまいそうな、そんな何処か居心地の良さ。馴れなくてむず痒い感覚に期待を残しつつ、二度目の笑みを見せたユウヤはステラと一緒に再びグラスのエールを喉に入れていった。

 

 

「それよりさ、ユウヤはあの錬鉄作戦帰りで早々に配属されたって隊長から聞いたぜ? 何やらかしたんだよ!」

 

「あら、興味そそられる話題ね」

 

「…別に面白い話題じゃねえよ」

 

「良いじゃねぇの、聞かせてくれよトップガン~~!」

 

「……チッ、その名で呼ぶんじゃねぇよマカロニ野郎」

 

「んな事は、良いから良いから!」

 

「――始まる前は緊張した、流石にな。」

 

「やっぱり最初ってそんなモンだよな~」

 

「だが隊の他の奴等はBETAに対して普段から意識はしてねぇ様だったし、それがどうにも不安に感じてた」

 

「後方国家にありそうな事ね」

 

「始まって直ぐはZ-BLUEの奴等の御蔭か、BETAとは遭遇しなかったな」

 

「なぁなぁ~先にメニュー決めちゃわない? もうお腹減っててさ~~」

 

「はーい、何にする? 今日は良いサーロインが入ってるわよ」

 

「遭遇してからは任務を優先させるのに必死で――」

 

「はいそれ四つね! 四つ!」

 

「――おい、聞く気あるのかよ」

 

 

緩む時には徹底的に緩んでいるこの部隊に馴染み切るのは、もう少し時間が掛かりそうだと実感したのは余談にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月5日 13時00分 アラスカ ユーコン基地 格納庫》

 

 

「…………」

 

 

堅く引き締められた口許、鋭く睨む様な視線。

 

誰も近づけさせない不満に満ち満ちる気迫を溢れさせていたユウヤは、格納庫の中に佇む一機――97式戦術歩行高等練習機、名を『吹雪』と呼称されている戦術機を忌々し気に睨み付けていた。

 

先ほど行われた小隊ブリーフィング、その最後に巌谷から眼前の機体を紹介され、乗り熟す事を命令されたのが事の発端である。

 

開発衛士とは衛士の中でもトップクラスの人間しかなれない存在。ましてや開発衛士としての矜持を持つユウヤにとってみれば、今更練習機に乗せられる事への不満は決して少なくない。正面切って吐き出しこそしないが、帝国への悪感情が入り混じる常日頃の燻る様な火種に注がれた練習機という屈辱は、募るフラストレーションを煮立たせるのには効果抜群だったと言えよう。

 

 

「――よう、調子どうよ相棒」

 

 

そんな首席開発衛士に唯一声を掛けられるのは、お馴染みの男のみである。

 

 

「良い様に見えるのかよ」

 

「全ッ然見えねぇ!」

 

「…………」

 

 

いつもの軽快な調子で喋るヴィンセントから呆れた風に視線を外し、再び眼前の機体へと視線を注ぐ。

 

いつだって上機嫌には決して見えないこの男が更に不機嫌さを増しているにも関わらず、接し方を変えない事こそヴィンセントなりの気遣いだ。

 

 

「で、どうよ? 吹雪の感想は」

 

「タフには見えねぇな。蚊トンボってところが精々だろ」

 

「……なるほどなるほど。所がどっこい、日本人はこれまた良い仕事してらっしゃるのさ。はい、これ――」

 

 

横から差し出されたデータシートを不貞腐れた態度で粗雑に受け取るが、それでも任務に対する責任感は欠片も失われていない事を示す様に、素早く内容に目を通していく。ヴィンセントはデーターシート上を滑っていくユウヤの視線を追いかけつつ、適宜説明を素早く簡潔に挟んでは吹雪への理解を促していくあたり流石というべきか。

 

 

「――要はF-15の劣化版って訳か」

 

 

軽い説明を一通り受けたユウヤがデータシートから視線を外して呆れ顔で放ったのは、帝国国民が聞けば憤慨必須な台詞であった。

 

数値だけで比較して見やれば、言い回しは置いておくとしても確かにユウヤの言っている事は間違いと断じれない。現に、吹雪はイーグルのライセンス生産で培った技術で組み立てた第3世代でありながら、第2世代機であるイーグルよりも数値的に下回る点が散見されている。

 

だが数値だけで戦術機の全てが決まる訳では無いと、ヴィンセントは人差し指を立てて左右に振ってみせた。

 

 

「おいおい先生……言いたい事は分かるが、コイツは正真正銘第3世代だぜ? 舐めて掛かると痛い目見るかもな~!」

 

「――言ってろ」

 

 

お道化る相棒を鼻で笑い飛ばし、データシートを押し付ける様にして返す。

 

常に先進的な技術や構想と取り入れた機体を開発するのが開発衛士の役目なのだ。今更、練習機で躓くなど、想像もしない。

 

 

「中佐がお前に出したこの練習機ミッションは、俺に言わせちゃ明らかな『アンチ日本』のお前に対する当てこすりなんかじゃない。米国戦術機ばかりを乗り回してきても、帝国機は初めてなんだ」

 

「…………」

 

「コイツで慣れとけってオーダーは、至極真っ当だと思うぜ」

 

 

ヴィンセントの正論には、頭の片隅でユウヤもその正当性を理解出来ている。

 

だが、帝国絡みという要素が、嫌が応にもユウヤをその気にさせてくれはしない。

 

 

「俺は米国人だ。米国側の実証試験機なら幾らでも受けて立ってやるってのに」

 

「戦術機のルーツは米国だからなぁ~、そっちは誰にでも出来るって話だろうな。でも、コッチをお前に頼んでいるのは、何かそれなりの理由があるんだろうぜ? ハイネマンさんも最近コソコソやってる様だしな。上の思惑とか俺達にはまだ見えないそういうのが……」

 

 

楽しそうにあるかも分からない陰謀を唱え、むふむふと変な声を出しながら訳の分からない推論をでっち上げては楽しそうにするヴィンセントに、帝国に対する悪感情も思わず削がれてしまうのは、果たして相方の意図する所なのだろうか。

 

 

「政治的駆け引きに興味はねえよ。仕事は熟す――それだけだ」

 

 

少しだけ冷静に戻るも不貞腐れた態度を隠し切れず、ただ開発衛士としての矜持を口にし、後の訓練に臨まんとヴィンセントに調整を依頼したままハンガーを後にした。

 

 

 

 

 

意気込んだユウヤが吹雪の管制ユニットに乗り込んでから数時間が経過した頃、総合仮想情報演習システム――通称JIVESを用いた演習の結果は、本人の予想とは裏腹に散々な結果で幕を閉じていた。

 

 

(――クソッ!)

 

 

コールナンバー1を預かっておきながら、誰よりも己が足を引っ張った事に大いにプライドが傷つかない訳が無い。トップパイロットとしての自負があり、今まで管制ユニットに腰を下ろしてしてきたその全ての戦術機を乗りこなしてきただけに、吹雪を扱いきれなかった事への精神的ダメージは相当である。

 

それを理解しているのか、他の二人はまだしもタリサまでもが軽口を飛ばさずに妙ちくりんな猫撫で声を出しながら話しかけてきたと言えば、その落ち込み様が分かるだろうか。

 

普段では感じられない疲労感と倦怠感で重たい身体をなんとか起こしながら、完成ユニットから降りた先には、見慣れた顔が待ち受けていた。

 

 

「――お疲れ様」

 

「…………」

 

 

何も声を返す事が出来ないユウヤだが、ヴィンセントの表情がお疲れ様の言葉を言うだけにしては少々気難しい色が差さっている事に瞬時に気付く。

 

 

「お客さんだぜ」

 

「……ッ」

 

 

沈む夕日の逆光とヴィンセントの背中で気付かなかったが、横にずれたその背後に立つ姿を見やり、思わず舌打ちが飛び出しそうになる。

 

今一番会いたくない相手であるが故に、心境の荒れ模様は表に見えずとも増すばかりだ。

 

両者無言の敬礼を繰り出し、場の空気が急速に張り詰めていく。

 

 

「本日の演習、ご苦労だった少尉」

 

「…………」

 

「――感想を聞かせてくれ」

 

「……ッ!」

 

 

自身が恥じて止まない程の結果を晒した後で、態々『感想』という名の報告をデブリーフィング前にさせる――嫌味ったらしく受け止めたユウヤは奥歯を噛み締めて感情を堪えた後、絞る様にして吐き出した。

 

 

「――はッ! 本日の結果は自分自身恥じているつもりです」

 

「続けろ」

 

「…ですが、吹雪の挙動に関しては疑問が残らざるを得ません。帝国で配備されていると聞きますが、米軍機ならば当然の如く行える機動の悉くに不自然な挙動が発生していました。あんなのは旧式のファントムですらあり得ない。ピーキーな機体特性とは裏腹に、実戦機動を可能とする為の主機出力がまるで足りていないですよ」

 

 

今までの鬱憤が噴出し始めているからか、徐々に敬語が失われつつあるも、巌谷はそれを咎める事は無く静観の姿勢を貫いている。

 

それを良い事に、ユウヤの口の滑りはどんどんと滑らかになっていく。

 

 

「元のイーグル系列なんて飽きるほど乗りましたが、余計な改造で機体特性の長所を全て潰していると言わざるを得ませんね。吹雪の機体バランスは劣悪だ。帝国機の機体設計に問題がある様にしかオレには思えない」

 

 

抱えた不満を言い終えたユウヤは、通常の上官が見れば殴り飛ばしたくなる様な嘲笑染みた表情を浮かべていた。

 

それを見て巌谷は僅かに目を閉じ、そしてゆっくりと再びユウヤを見つめる。

 

 

「……なるほどな。それが貴様の吹雪に対する――いや、帝国に対する見解か」

 

「…………」

 

「――ふむ。少尉には荷が重かった様だな」

 

 

数秒の沈黙の後、巌谷の決定的な呟きをユウヤは聞き逃さなかった。

 

その言葉の意味する所がどうであれ、開発衛士という職に高い誇りを持つユウヤにとって、決して黙っていられる発言では無い。

 

 

「どういう……意味ですか」

 

「そのものずばりの意味だ。幾ら乗り始めとは言え、帝国の機体特性を把握するならばいざ知らず、米軍機を基準に悪し様に罵る事しか知らん。米国の実戦機動が優れているのは俺も認める。だが、それは飽く迄も対戦術機戦闘に於ける機動と付随する戦術に限った話だ。戦術機は元来『対BETA兵器』として、日夜開発運用を続けられているのは知らない訳じゃないだろう」

 

 

仮に冷静なユウヤが巌谷の発言を文面だけ見た場合、良感情を持たないまでも『対人戦闘に比重が大きく傾いている米国』という内容には同意出来る部分がある。

 

だが、それを憎き帝国人に指摘されようものならば只の米国批判にしか受け取れないのがユウヤの決定的に未熟な部分なのだ。

 

 

「後方国家の設計思想に浸るのは構わん。帝国を忌み嫌うのも自由だ。だが、今の貴様は国連軍の所属であり日米共同開発の首席開発衛士だ。前線国家の設計思想を理解した上で開発に臨めないのであれば、この計画から降りて貰う」

 

「……このッ――」

 

 

怒りの感情が極度の昂ぶりを見せた瞬間、響くクラップ音。

 

音の発生源を両者が見やれば、非常に困り切った表情を見せたヴィンセントが頭を低く下げてペコペコしながら近づいてきていた。

 

 

「いやぁ~~、スイマセン、ほんっとスイマセン!! そろそろデブリーフィングも近いし、こっちも整備したいかな~~って! 話の腰を折って本ッ当~にすいませんね~!」

 

 

ユウヤと巌谷にペコペコするヴィンセントの後ろには、同じくペコペコする整備兵達が居た。

 

先まで姿が見えなかった事を鑑みれば、他の整備兵達を態々連れてきたのであろう事を察し、ユウヤも横槍の御蔭で多少は頭が冷えたのか出そうになっていた握り拳を隠す。

 

話を聞いていたヴィンセントから見れば、この言い合いは余りにもユウヤにとって分が悪いと感じていた。相手が同じく感情的な物言いをしているならばまだマシだ。だが、流石に中佐ともなれば正論だけを淡々と突き付けていた辺り、続ければ続けるだけ本人の不利にしかならない。

 

実際、巌谷の論点は整備兵であるヴィンセントからしても十二分に納得が行く。それを踏まえて演習前に吹雪の説明を行ったのだが、案の定ユウヤは帝国に対する悪感情で目を曇らせ、ヴィンセントの話を詳しく聞いていなかった様だ。

 

親切心から警告はした。

 

だが、ユウヤには今までとは違うこのユーコンで、今まで築いてきた歪な物とは違う、確りとした人間関係を築いてほしい――そう考えるからこそ、敢えてユウヤの挫折を見過ごした節もある。

 

ユウヤの保護者の様な扱いを散々受けてきたが、過干渉で過保護な母親になって甘やかすつもりは無いのもまた、相棒の将来的な成長を願っての事なのだ。

 

 

(――気張れよ、ユウヤ)

 

 

巌谷が去っていった後、苛立ちから格納庫の壁を一度殴りつけたユウヤがデブリーフィングルームへ向かっていくのを横目に見ながら、ヴィンセントは胸中で励ましの声を掛けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月5日 22時20分 アラスカ ユーコン基地》

 

西側陣営の区画にある少し離れた建物。

 

周囲に誰も居ない事を確認したユウヤは、建物の外壁を覆う金網を力一杯に蹴りつけ、そのままの姿で数秒静止する。

 

 

(ヴィンセントが機体に問題は無いと言っていた以上、そうなんだろう。アイツは天才だ。そこは掛け値無しに信じられる。使い熟せなかったのはオレの腕の問題だってのもな……ッ!)

 

 

蹴りだけでは飽き足らず、拳を突立て金網の合間に指を通し、ガシャガシャと感情のままに揺さ振ったユウヤは想像以上に響く金属音に冷静さを取り戻していく。

 

隊の三人からの飲みの誘いを蹴ったユウヤは頭の冷える場所で、真剣に状況を振り返っていく。決して誰にも見せないが、戦術機開発に対する姿勢の熱意と真面目さは間違いなく誰にも負けないのだ。

 

 

(長くはないキャリアだが、米国製の実証実験機を幾つも乗ってきたオレに日本仕様の戦術機を使い熟す技量が足りていない――それは分かってる。だが、それにしても不愉快なのはあの挙動だ……何のメリットも生まない所か、遠近に限らず照準一つ合わせる事すら出来やしねぇ)

 

 

次第に力無く金網に背を向けて凭れれば、寒空に栄える満点の星空が視界に広がっていた。

 

既存の配備されてる戦術機に飽き足らず、実証実験機や配備前の量産試験機に至るまで乗ってきたユウヤは、自身の持ち得る戦術機に関した技量や知識、感に至るまで並みでは無いという自負がある。

 

ユウヤのそれは、若者特有の無根拠な万能感などでは決してない。

 

目的を達する為に今までの人生全てを賭け、常に二の次に位置する物を切り捨て続けて戦術機開発だけに心血を注ぎ続けてきた故の裏打ちの存在している確たる自信なのだ。当然乍らユウヤの能力は周囲にも評価されており、衛士の最高峰であるテストパイロットを務め、尚且つ米軍のトップ部隊である陸軍戦技研の中でもナンバーワンの実力を示すなど通常は不可能なのだから。

 

 

(……日本は少し前まで最前線国家だった。あんな機体でも実戦に駆り出される事だって想定して配備された筈だ。そして実際、衛士達は乗りこなすってのは想像出来ない訳じゃない。でなきゃあれだけ無茶苦茶な特性の機体で国土を守り切れる訳がねぇ……! こっちだってBETAとの戦闘経験はあるんだよ。米軍機だって歯が立たねぇ状況が普通にあるのは知ってるさ……)

 

 

そこまで考え、件の問題点を別箇の場所として瞬時に想像する。

 

 

(もし……仮に、オレのパイロットセンスに欠陥にあるとすれば――)

 

「いや…ありえない…筈だろ……」

 

(――待てよ、良く考えろ。機体特性の説明も無しに乗せられたのがまず可笑しい! 下手すりゃ重大事故に繋がりかねないだろうが! 通常の手順を踏めば、こっちだって機体特性を掴むのは格段に速かったし、あんなにモタつく訳がねぇ!)

 

 

巌谷側の問題点を見つけたユウヤは、帝国に対する怨恨の灯火を取り戻した事で、再び精神的に安定させていく。

 

とはいえ、大きな問題点である機体の説明無しで搭乗する――ましてやそのまま実戦に臨んだ者がZ-BLUEには大量に名を連ねているのだが、そこは置いておくとしよう。

 

 

(にしてもこんな北端に飛ばしやがって――只でさえ昼間でもクソ寒いってのに、夜は比じゃねぇな)

 

 

口から漏れ出る吐息は白く煙の様に空中に舞っては消える。

 

何はともあれ冷静さを取り戻す事に成功したのだ。

 

こんな寒いとこにいつまでも居られるか――そう考えて足を踏み出した時。

 

 

「さむいの?」

 

 

聞きなれない幼さを残す高い声に、ゆっくりと振り向いたユウヤ。

 

そこには独特な淡い薄紫色の髪をした不思議な雰囲気を纏う少女が心配気に自身を見つめていた。

 

 

 

 

 

ユウヤが謎の少女との邂逅を果たしたのと時を同じくして、秘匿された施設の地下深くに根を張る仄暗い廊下の先で、二人の男が秘密裏に合流していた。

 

 

「どうでしょう、そちらの首尾は」

 

 

一つはボーニング社の技術顧問として名高い、フランク・ハイネマンその人である。伺いを立てる様な内容で問うが、好感触の返事以外が返ってくる事をまるで想定していない様な声色だ。

 

その隣で歩調を合わせて歩く男は、にこやかなハイネマンとは対照的に厳かな表情を微塵も崩さない。

 

 

「機体の方は控えめに言って順調です。ただ、携行武器として用いれば出力の低さと耐用時間との調整が更に困難になるでしょう」

 

「なるほど。もうそこまでの段階に漕ぎ着けているとは、そちらの技術力も侮れませんな」

 

 

笑い声を響かせるハイネマンだが、その視線はいつにも増してギラついているのが在り在りと見えている。

 

相手側は既に目的の技術を形にしているのだろう。納得の行く方向性では無いのかもしれないが、それでもZ技術を僅か数か月で実証へと持ち込めるまでに至ったのは快挙極まりないだろう。しかしながらそこに至るまでが複雑であり、そこにハイネマン自身が手を貸しているのならば尚の事である。

 

興奮に震える声色を、生唾を呑み込むことで無理矢理にでも落ち着かせると、再び口から熱い息を吐きだした。

 

 

「派遣されている三人のZ-BLUE技術者は如何ですかな?」

 

「噂以上に恐ろしい知識量をお持ちの様です。こちらの技術者が揃いも揃って『主よ』と讃え出しそうですよ。なんでも一つの兵器に対して数々の実証済みな理論を持っているとの報告も上がっています」

 

「それはそれは……! 私はまだ一度しかお会いしていないのです。あぁ、こちらの順番が待ち遠しくて堪りません……今からでもそちらにお邪魔したい所です…!」

 

 

そこまでを耳にした男は、ピクリと眉を上げて声色を下げる。

 

興奮で熱覚めやらぬといった状況のハイネマンを制するのは当然の事なのだ。

 

 

「我々の目的は達成された筈――これ以上の接触はご遠慮願いたい。飽く迄そちらは『西側』だ。交渉の結果、互いのメリットの為に手を組んだのは一時的に過ぎないのは重々承知の筈」

 

「……分かっておりますとも」

 

「データはこの中に」

 

 

そう言った男が懐から差し出したのは一つの小型記憶端末である。

 

目的に物体を視界に入れたハイネマンは、歓喜の声を漏らしながら両手で恭しく受け取り、胸の内のポケットへと大切に仕舞い込んだ。

 

 

「――それで、彼の技術者達からは聞けましたかな? Z-BLUEはどれほどの技術を公開されるのか」

 

 

鋭く煌めくハイネマンの視線に、鬱陶し気に男はため息を零す。

 

この手のオタクにこの様な話題を展開させれば、恐らく死んでも聞きだそうとしてくるだろう。技術者どころか特殊部隊にも負けず劣らずの視線の鋭さなのだ。

 

 

「……ユーコンに彼等独自の戦術機を搬入して技術公開をする事は無いと聞いています。飽く迄そこは政治分野。各国の獲得した技術から噴出する疑問に対しての技術顧問を務めるといった姿勢なのでしょう」

 

「ふーむ、それは真に残念です……そちらのGN-X――いや、それ以上のデータが手に入ると思ったのですが」

 

 

これは当然の話である。各国がZ-BLUEから得られた技術提供には差があるのだ。米国であればアクシオとジェガン。唯一ソ連に於いてはGN-Xを提供されているが、他の諸国は軒並みアクシオだけなのだ。帝国はアクシオ及び改修型のナイトバード、加えてジェガンも含まれるのである。

 

これらが一斉に公開されれば、それまでの政治的アドバンテージが無為と化してしまうのは明白だろう。

 

それにしても、こうも当たり前の事を目に見えてガッカリされれば遣り辛い物だ。ハイネマン程に分かり易い相手が普段の相手であれば、どれほど楽なものかと瞬間的に夢想し――下らないと思考諸共切り捨てる。

 

 

「では、手筈通りに」

 

「ええ分かっていますとも。我々は無関係という事に」

 

 

そういって去るハイネマンの背を見送る。今、もし仮に自身が手を挙げ、手首をクイと軽く動かすだけでハイネマンは明日の朝日を見る事が叶わない様にする事も可能だ。

 

自身の身辺警護の為、見えぬ場所に特殊部隊を配置している。一人で行くと伝えているが、保険はあるものだ。故に会話場所も全て己が指定したのだから。

 

しかしながらこの一見考えなしに見える技術者は、その実用意周到に見えて仕方が無い部分も数多く散見されているのだから曲者であった。そういった部分が只の莫迦では無く、交渉の相手としてハイネマンという男に白羽の矢が立ったとも言えるが。

 

 

「……喰えないな」

 

 

苦い顔こそすれど、それ以外の表情筋を一度も動かす事の無かった男――イェージー・サンダークは踵を軍人然りといった立ち振る舞いで素早く返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月3日 17時30分 Z-BLUE所属横浜基地 シミュレータールーム》

 

時を同じくして、場所は横浜基地のシミュレータールーム。

 

機械の駆動音だけが響く室内で起動している五基のシミュレーターが映し出す光景には、今までと僅かばかり変化のある光景が映っていた。

 

 

「05、もう少し進軍速度遅らせてッ!」

 

「了解ッ!」

 

「04、03に合わせて92式誘導弾を! 右方向はこっちでカバーするから!」

 

「了解!」

 

 

二機の前衛に配置された不知火を常に視野に収めつつ、やや後方に位置している不知火を駆る遙は、小隊長として的確に指示を飛ばす。

 

突撃気質の水月と武のツートップなのは今までと大差無い編成と言えるだろう。

 

だが、大きく変わったのは遙が積極的に指示を出している事に尽きる。以前の訓練時であれば武はもっと大人しく、そして周囲のフォローへと積極的に奔走していた。

 

 

「要撃級まで手が回らねぇッ!」

 

「こっちで始末する! 05は前だけ見てろッ!」

 

 

宗像の怒号にも近い指示に歯を食い縛り、眼前の突撃級を跳躍で超えつつ、擦れ違い様に弱点である軟質な背部に裂傷を与える。それだけに留まらず、自身の背後――つまり、突撃級の後に控えるBETAが重光線級である事を瞬時に見つけていた武は、背部兵装担架に掲げられている突撃砲を背後にばら撒いた。

 

重光線級は照射膜を素早く瞼の様な被膜で保護するが、牽制目的に対する行動としては予想済みであり、願っても無い行動だと言えよう。

 

 

「オオオォォォォッッ――!」

 

 

被膜を閉じている以上、重光線級は照射を行えないという特徴が存在する。

 

故に被膜を閉じていれば距離を詰められ、開ければ軟質な照射膜に直接36mmが直撃する状況に追い込まれたのだ。

 

成す術を失った重光線級の懐へ瞬時に飛び込んだ不知火は、勢いそのままに被膜諸共忌々しい眼球に長刀を突立てながら押し倒す事で致命的な損傷を与える事に成功した。

 

 

「前に出過ぎんなッての!」

 

 

そんな武の行動に舌打ちを放ち、水月は飛び込んだ武へと迫るBETA群へ距離を詰めていく。水月の動きに釣られるBETAも少なくないが、それは後方の三機が対処してくれるという確信を以てしての行動だ。

 

 

「どけぇぇぇッ!!」

 

 

直線状のBETAに36mmを浴びせた直後、右方から己目掛けて迫り来る要撃級を瞬時に察知する。

 

武への援護の為にも、ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。本能的な動作で操縦桿を動かして先行入力する水月に応える様にして、不知火は僅かに膝を屈めて跳躍の姿勢に移行していく。

 

 

「止まると思うなッ!」

 

 

一機と一体の距離は見る見る内に縮まり、腕部が振りかぶられた瞬間。脚力による跳躍に重ねて跳躍ユニットを瞬時に吹かした事で鋏を華麗に回避する。

 

それだけに留まらず、機体に『捻り』が掛かる様に吹かしたのだろう。空中で回転しながら回避し、無人の地に鋏の先端を突き立てた要撃級を視界に入れるや否や、頭部のセンサーアイが標的を絞る様に煌めく不知火――その右手には、ナイフシースに収納されている筈の短刀が構えられていた。

 

時間にして一秒前後。

 

機体の回転の勢いに身を任せて一回転する形で正面方向に着地した不知火は、再び武へと距離を詰めていく。標的を逃がした場で取り残されている様に動きを止めている要撃級の背部を見やれば、回転の勢いで投げられたのであろう短刀が斜めに突き刺さっていた。

 

 

「速瀬訓練生は流石の動きですね」

 

「でも、今の動きでかなり機体に負担を掛けてしまう事になります」

 

 

管制室でモニターをしていたピアティフとまりもは、各々の感想を述べる。

 

Z-BLUEから提供されたOSの改良版を第06訓練小隊の各機に搭載してあるからこそ、可能とした動作だ。その効果は絶大であり、武もXM3を使用していた以前と同じかそれ以上の機動を可能としている。衛士では無いピアティフが肯定的な評価を口にするのも無理は無いだろう。

 

しかしながら、まりもは熟練の衛士である。

 

作戦時における長時間使用時を鑑みた場合、先の水月の動きを続けていれば、関節部の金属疲労度は想像を超えて限界に近づき、下手をすれば戦場で動作不良を起こす可能性を苦言していた。

 

その後もモニターを続けるが、やはりと言うべきか前衛二機の負担が大きい。

 

この結果はシミュレーターとは言え、難易度が錬鉄作戦以前とは違いかなり引き上げられている事だけが原因では無いだろう。

 

第06訓練小隊は、攻撃偏重気味の偏った小隊だ。前衛を水月と武の二機構成にしていながらも戦力バランスが前方に大きく引っ張られるほど、武の攻撃能力が突出している事を示唆している。逆に言えば、武の進軍速度に後方を預かる三人の技量が追い付いていないという意味でもあるが。

 

錬鉄作戦で全滅の危機を経験したのは記憶に新しい。今までの様に危機的状況に瀕した際、武が四人のフォローに回るのは得策では無いと証明されてしまっている。

 

この点はまりもからしても大きく自責したものだ。

 

白銀武という特異な経歴の存在と突出した技量の腕前は、余りにも他の四人と比べて突出している。結果、僅かでも手に余ると考えていたまりもの常日頃の指導不足が、錬鉄作戦の危機を生んだと強く自認していたりする。

 

改善点こそ未だ見つかっていないが、得た物が無い訳では無かった。

 

錬鉄作戦を経て一番成長したのは、小隊長としての自覚を強く持ち始めた遙であるとまりもは評価している。故に、技量が飛びぬけている武の手綱を積極的に操る事を覚えた途端、隊としての纏まりは少しずつ改善され始めているのは確かな事だ。

 

 

「軍曹、そろそろかと」

 

 

シミュレーションが開始されてかなりの時間が経つ。ピアティフの前にあるモニターには各員のバイタルデータが表示されており、開始時とは比べ物にならないほどの乱れから、相当の疲労度が窺えた。

 

頃合いか、と小さく口にしたまりもは、壁に掛けられた時計をチラリと横目にし、スイッチを押してシミュレーターの五人に回線を繋げてマイクに口を近づける。

 

 

「状況終了だ」

 

 

眼前のモニターに映し出されているハイスコアが更新されているのを見やり、強張っていた表情を緩めて肩の力を抜いた。それも束の間、瞬時に教官たる表情として引き締め、いつもの様にシミュレーターから這う這うの体で出てくるだろう教え子達に、誉める内容よりも先に告げるであろう注意すべき内容を整理していく。

 

厳しく接するのは当然だが、それでも教え子たちが自分で改善点を見つけ出しては創意工夫する事で成果が生まれる事は素直に嬉しいものだ。

 

管制室の扉を開けて足を運ぶまりもの表情は兎も角、雰囲気は何処か穏やかで温かいものであった。

 

 

 

 

 

シミュレーションを終えた小隊は解散の合図と共に、各員素早く強化装備から着替えるのが通常である。それに倣い黙々と着替えている最中の武は一人、静かなドレッシングルームの中で手足を動かしながら先の事を振り返っていた。

 

 

(はぁ~~……今日も疲れたなぁ。ここ最近そうだけど、幾らなんでも終了条件が時間設定しか無いのは辛いって。時間内無制限ってのはBETAの衰え知らずな数が嫌な感じで表れるとは思うけど……)

 

 

そこまで思考を進め、繰り言を辞める。

 

近日のシミュレーション設定はBETA戦に於ける圧倒的数的不利を再現しているだけでは無い事に、薄々感づいていた。

 

 

(――いや、この条件を提案したのは涼宮さんだったよな。錬鉄作戦以降、何度も陣形を変えたりしてる……御蔭で連携はある程度取れる様になってきているけれど、経験の差なのかどうにも噛み合いきらねぇ)

 

 

武の悩みは最もであるが、己一人の中で改善出来得る最適解が見つからない故に、ずっと頭を悩ませ続けていた。捕捉すれば悩みの種はそれだけに留まらないのだが、既に武は数ある問題点に頭を悩ませる事を辞めようとしていた。

 

以前ならば、事態や状況に関する情報が積極的に入っていた故に努力次第で改善する事が可能だったが、今は訳が違う。この世界に来てから、全ては武の知るスケール感とは大きく異なり、夕呼との関係性が浅くなってしまった事も相俟って己の内に一種の諦観を生み出していたのだ。

 

 

(……ご飯でも食べるかな)

 

 

上着に裾を通した武は軽くない足取りでドレッシングルームの扉の前に立ち、通路へと足を出して僅か数歩。足を止めた武は思わず、目を見開いていた。

 

 

「遅いぞ、白銀~」

 

 

通路には小隊員である四人が壁に凭れた状態で待機しており、揃いも揃って武の事を見ているのだ。自身の名を呼ぶ水月に何事かと口角を引き攣らせるが、見て見ぬふりをして素通りする訳にもいかない。

 

 

「…どうしたんです? 男性用ドレッシングルームの前で」

 

「皆でお前を待ってたんだ」

 

「男の人にしては着替え長かったね」

 

 

全員が既に強化装備から着替え終えている事から、武を待っていたのは何となくでも察せられる。だが、その理由がまるで見当つかない。

 

 

「それでオレに用って…?」

 

「この後、時間はありますか? 良ければ少し皆さんでお話しようと思ってるんです」

 

 

風間の丁寧な物言いにしては何処か断り辛い雰囲気を放っているからか、僅かに気後れしてしまう。

 

四人全員が真剣な眼差しで己を注視している事も相俟って、決して只事では無いのだと察した武は渋々でありながら肯首を選択した。

 

決まりだと言わんばかりに前を先導する四人に連れられて入った先は、お馴染みのPX。比較的周囲に人の居ない空きテーブルに腰を落ち着けた所で、遙が徐に口を開く。

 

 

「ねぇ白銀君。貴方は――」

 

「良いよ遙、あたしから直接言うから」

 

 

遙の言葉を遮ったそのままの勢いで、水月は武へと包み隠さぬ感情を露わにした。

 

 

「――白銀。あんたにとって、あたし達はお荷物?」

 

「――ッ」

 

 

予想だにもしなかった言葉だ。面喰うのも無理は無い。

 

そういった意味合いを連想させる事を武は極力避けてきたつもりである。故に訓練時はアドバイスこそあれど、否定的な発言に聞こえる可能性のある言葉は可能な限り避けてきた筈。

 

曲解した解釈の可能性としてこそあれど、本心から考えた事など露程も無かった武にとって、心外にも等しい。だが、反論する余地も無く水月は言葉を続けていく。

 

 

「あんたとあたし達の実力が大きく離れてるのは悔しいけど分かってるわ。OSが換装されて戦術機の動きが明確に良くなったからか、更にね」

 

「…………」

 

「今まではあんたが遊撃役として自由に立ち回ってたけど、その結果が錬鉄作戦ってオチだった。だからあたしと遙は何度も陣形を考え直して模索するけど、スコアは上がっても撃墜要因だけは相変わらずの連携不足で生まれる隙のまま」

 

「……そう、ですね」

 

 

水月の淡々と告げられる言葉に、聞いている他のメンバーも心苦しそうに表情を陰らせていく。

 

ましてやそれを直接告げられている本人は如実だ。

 

 

「で、最近一緒に前衛やっててあんたのサポートやってたらハッキリ分かったのよ。あんたが『今も変わらずに一人で戦ってる』ってのがね」

 

「ッ!? それはッ――」

 

 

決定的な一言に待ったを掛けようとするが、水月の眼光が武の言葉を封じ込める。

 

本当に違うのか――そう逡巡させてしまうほどに、誰もが真剣な様相を崩さない。

 

 

「違わないでしょ。今日の重光線級だって、あのまま照射を牽制射撃で封じ込めていれば後衛の到着を待つ事だって可能だった筈。それを選択せずに単独で重光線級に近接戦を仕掛けたのは、一対一の想定で戦ってたからじゃないの?」

 

「…………」

 

 

重く吐き出された余りにも鋭い先入観は、真実と見紛う事で否定しきれない時が往々にしてある。

 

確かにあの瞬間、武の中で選択肢を考えたのも事実だ。だが、一人で始末する方が早いと断じて跳躍ユニットを吹かした自分が確かに居たかもしれないという疑念が、後悔と懺悔を沸々と湧き上がらせる。

 

負の感情に足を取られ、閉口したままの武を取り巻く様に流れる不穏な静寂をぶった切ったのは、宗像であった。

 

 

「前々から気になっていたんだが、お前は何者だ」

 

「――?」

 

「私たち小隊の『大切な仲間』なのか、私たちを守ってくれる『他の何か』か。なんにせよ、お前は香月博士との関係もあって余り事情を探らない様にしていたが――頭打ちとなった今では聞かせてもらうぞ白銀。それとも、ここで何も明かさないまま次の作戦で死者を出すか」

 

「美冴さん……ッ!」

 

「祷子もそうだろう?」

 

「――ッ」

 

 

余りの言い方に風間が宗像を窘める様に声を張るが、それを制する宗像の視線にそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 

最年少という申し訳なさからか僅かに視線を下げたのは僅かの事。徐々に持ち上がり武を見つめた瞳には、『本当の事を知りたい』と言った様な色合いが今までと比べてもかなり色濃く表れている。

 

 

「水月や宗像さんの言い方はちょっとキツいけど、私も皆と同じ気持ちかな。白銀君は私達を助けようとしてる時も、厄介なBETAを倒す時も殆ど一人で戦ってると思う」

 

 

場の意見を纏めた遙の言葉に否定を見せる者は最早居ない。

 

他の者も概ね同意である事に変わりは無く、程度の差はあれどそれぞれが武に己を示せと問うている事に変わりは無いのだ。

 

 

(――ッ、そういえば……)

 

 

脳内に蘇るのはここの全員が『中尉や少尉』だった時の記憶。嘗てのA-01では佐渡島の作戦で伊隅大尉を失った後、各々の明確な目標を曝け出す事で腹を割りながら団結したものだ。

 

軍規に触れない程度に各々の情報や目的を共有する事で連帯感を生み出そうと四人は言っている。階級や平行世界が変われど、根幹はきっと変わらないのだろう。

 

武自身、各々が何のために戦っているのかを良く覚えていた。水月と遙が恋路に決着を着ける為に戦い続けている事、宗像も恋人と二人で見た愛する景色の為に死ねない事、音楽と言う人類の偉大なる遺産を後世に残すために戦うという風間の理由も、全ては桜の木が植えられた坂道で聞かされたのだ。

 

ここまで思い出し、漸くこの四人が武の『生きる意味』を唯一知らない事を、武自身が失念していたと気付く。

 

更に記憶を遡れば、207B分隊の時ですらこういった話を繰り返して纏まりが強くなっていった覚えが確かにあった。しかしながら関係性の変化してしまった小隊員達との間に線を引き、一人で抱え込んで戦い、意図的に相互理解を避けていたのかもしれない。

 

話せない事情があるという理由だけでは無い。二名を失い二名が病院送りのまま自身から遠ざかっていってしまった記憶と深い悲しみが、A-01に元207B分隊の面々だけが取り残されたと知った日が、今も鮮明に残っている武の中で大きく根を張り、静かに、しかしながら確かに『不安』という名に変わって締め付けていたのだから。

 

そんな武の姿勢こそ、元207B分隊と目の前に四人が嘗て気付かせてくれた『仲間になっていくという事』に知らずと蓋をし、彼女達に泥を塗っていた――そこに至って漸く理解した己の情けなさに、思わず下唇を噛み締めずには居られない。

 

 

(こういうのを純夏に見られれば、ヘタレって言われるんだろうな)

 

 

僅かに自嘲した伏せ気味の眼は、寂し気な色合いを隠す様に細められ、そして小さく零し始めた。

 

 

「そう、ですよね……悪かったと思う……オレ、皆に近づきすぎるのを恐れてたんです」

 

「白銀君……」

 

「聞いてくれませんか、上手く説明しきれないかもですけど。オレがどうしてここに居るのか。何を経験したのか――」

 

 

重々しく口を開き詳細な部分を隠しつつも次々に吐露していく。

 

元衛士だった事。香月博士の元で動いていたけれど、以前とは関係が可笑しくなった事。大切な人を守る為に戦っていたのに、その相手の所在が不明になり、足取りも――況してや生死すら分からない事。

 

話が進む程に武の感情の発露は大きく現れ、瞳は揺れていく。純夏の事を口にしている間は堪え切れないばかりに、目尻に水滴が浮かんでいた。

 

どれだけ厳しい訓練でも弱音を殆ど見せない武が見せた初めての涙に、聞き手に徹する面々は動揺を隠せずに、沈痛な面持ちは波紋の如く伝播していく。普段は飄々としている宗像ですら瞼を重々しく閉じているのは居た堪れないのだろうか、将又武の感情が流れ込まない様に己を律する故か。

 

 

「――で、ここに来たって感じ……かな」

 

 

正しく沈黙。

 

仄暗き海底の様な気怠い重圧を以てして場の人間の気力を緩慢に押し潰そうとする空気を受け、そうなった原因の武も何とも言えなくなってしまったのだ。

 

 

(……うッ、予想しなかった訳じゃないけど……気まずいよなぁ……)

 

 

どうやってこの空気を打開するか。今まで堪りに堪って誰にも話せていなかった話が出来た故か、唯一場違いにも少しだけ心に充足感が生まれていた武は、それだけを考える。

 

ああでもないこうでもないと苦し紛れの話題転換方法を考えている最中、斜め前の席に座った水月は突如として静かに瞑っていた目をかっ開いた。

 

 

「うん。あんたの事は分かった。やっぱり話せてよかったわね――序でに目標も決まった事だし」

 

 

誰もがその言葉に呆けた顔を見せるが、最初にその意図に気付いたのはやはりと言うべきだろう、長年の親友である。

 

 

「そうだね。白銀君も含めて皆でちゃんと生き残って、その大切な人を探そうよ」

 

「――ッ」

 

 

遙の思わぬ言葉に、武の身体が大きく震える。熱を帯びた震えは全身から頭部へと駆け上り、涙腺を熱で焦がしながら微弱な力で揺るがしていくのだ。

 

それを見せまいと下を向く武に微笑みを見せるのは、彼女たちが武を『大事な仲間』だと思ってくれていた確かな証拠。それをある意味蔑ろにしていた自分はもう居ないのだと言わんばかりに、裾で乱暴に水滴を拭うと、無理矢理な笑顔を返す。

 

 

「香月博士に認められるくらい任務を続ければ、何か教えてくれる可能性はあると思う」

 

「美冴さん、その前に私たちは正式任官するのが先ですよ」

 

「……そう、そうだよな――よしッ、皆本当にありがとう。それと、ごめん。迷惑かけて……オレ、皆と向き合ってなかったって全然気づかなかった」

 

 

『純夏を守る』という身近な目標が失われ、大きな『世界を救う』という目標が夕呼に一笑されて意気消沈していた武。

 

だが、小隊として再結束し、新たな目標として『小隊の全員を誰も失わない様にする』『訓練兵を無事に卒業する』という目標で一致団結したこの日を境に精神状態を大きく持ち直す事に成功したのだ。

 

 

(今は、純夏の事は置いておこう)

 

 

――そう割り切る事が、迷走極めていた白銀武を縛る鎖を少しだけ軽くしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月8日 23時00分 Z-BLUE所属横浜基地 地下19階秘匿研究室》

 

地下19階の研究室まで延びる無人の通路に、一つの高い足音が響く。

 

ヒール特有の足音は聞く者が聞けば普段より足早だと分かるだろう、鳴らされる間隔が短い音が暫く続き、一つの部屋の前で鳴りやむ。

 

空気の抜ける開閉音に続いて足を踏み出せば、そこは無人の部屋であるが故に真っ暗。慣れ親しんだ場所にあるスイッチをパチリと弾き、部屋の明かりを着けた夕呼は眉を思わず顰めずに居られなかった。

 

 

「こんばんは、香月博士。お待ちしていましたよ」

 

 

眉根を寄せたのは、何も暗い部屋が急に明るくなった事に起因せず。

 

人の研究室へと無許可に侵入し、ソファに腰を下ろしている眼下の男が大半の割合を占めていると言っても過言では無い。

 

 

「……どうしてここに居るのかしら、鎧衣課長」

 

 

ここはZ-BLUE管理下の基地。それも地下の秘匿された施設とする。幾ら情報省とは言えども簡単に入れる物では無い。

 

 

「いやぁ、扉の前に立ったら開いてしまったんですよ」

 

「……ふん」

 

 

しかし、その理由を明かすばかりか、冷たく睨み付ける様な眼差しに両手を挙げて降参の姿勢を見せた侵入者は、得意げに口端を釣り上げていた。

 

悪びれもしない鎧衣を一瞥した夕呼はソファの後ろを通り過ぎると、自身の手に持っていた書類を乱雑に置いて溜息を吐く。その様子に鎧衣は意外そうな表情を浮かべるも、直ぐに表情をニヤついた笑顔へと切り替えるのが悪質だろう。

 

 

「いけませんなぁ……寝不足は美貌の天敵と聞く。目の下にクマが出来ていますよ」

 

「……うるさいわね。それより、今日は何の用で来た訳? あたしは『まだ』呼んでないんだけど」

 

「『まだ』ですか。それでは博士の危機を察して私は駆けつけたという事になります。なんと名誉な事だ」

 

「冗談は辞めてちょうだい。今はそんな気分じゃないから」

 

 

冷たくぶった切る夕呼の状況に、鎧衣は浮かべていた笑みの表情を消す。

 

 

「『シロガネタケル』、彼はお元気ですかな?」

 

「……なんでそんな事聞きたがるワケ?」

 

 

鎧衣から無拍子で放たれた固有名詞に夕呼の表情が凍り付いた。それもそうだろう、情報省が着目する必要の無い人物であり、もし仮にあるのだとすればここ数か月ほど放置している意味が無い。

 

その疑問を鋭く放つ夕呼に再び口角を上げ、探りを入れ始める。

 

 

「個人的な興味と関心……とでも言っておきましょうか。貴女の事ですので問題は無いと信じていますが、情報省もZ-BLUEとの国交が始まって以降、皆ピリピリしているのですよ。特に『死人』というのは如何せん使い易いですので」

 

「……ご忠告どうも。『あんなの』は探りを入れたって何も出てこないわよ。空っぽの頭に御大層な夢を詰め込んでいたガキだし……大体、そんな臭い人物なら私が既に手元に置いている筈が無いでしょ」

 

「なるほど、仰る通りです」

 

 

キッパリと言い切るのは夕呼なりに武の出自を知り、独自に『他国のスパイでは無い』という確証を『武と出会ったその日から』知っているが故。

 

 

「あんなのの事が知りたいのなら、直接自己紹介してあげれば? で、本当は何しに来た訳?」

 

 

相変わらずの突き放す物言いを続ける夕呼の問いに鎧衣は浮かべていた薄ら笑いを消し、声色を僅かに低く下げた。

 

 

「先日行われた日加の極秘条約――その要となる技術のブラックボックスは、出処である河崎重工が軍上層部からの質問に対し、『分からない』と返答を続けたそうです。これはどうにも可笑しな事だ」

 

「…………」

 

「あの装置の技術は作ろうと思って作れる類の物では無いと聞く。気になって調べてみれば、正規のルートを経ずに河崎へ持ち込まれていた――」

 

「……それで?」

 

「前回の『新兵器』はいざ知らず。条約の根底に在る技術――その肝心要の心臓部が『横浜』から出たとすれば、これまたZ-BLUEか博士しか無いという訳ですな。いやはや興味深い」

 

 

笑みを深める鎧衣とは対照的に、特別面白くもなんともない話に夕呼はつまらないと言った風である。

 

事の詳細はこうだ。

 

先日、帝国とカナダの間で極秘条約が結ばれたのである。端的に言えばカナダのサスカチュアン州アサバスカ一帯を占める放射能汚染地域を、帝国の提供する『特殊な除染装置』で除染する代わりに、使用可能な土地が増えるカナダの農作物を優先的且つ比較的安価で貿易するという条約である。

 

カナダに取って見れば美味しすぎる話に、返答に日数が掛かるほど議論が重ねられたのは言うまでも無い。

 

遡る事1974年。カナダのサスカチュアン州アサバスカにBETAユニットが落着した際、米軍が戦略核の集中運用でカナダの国土半分を放射能汚染地域にしてしまったのだ。残り半分の土地に自国政府だけでなく、欧州含めユーラシアの各国臨時政府の設立に始まり、多数の難民キャンプを抱えるカナダは日夜苦しい状況を強いられている。

 

そんなカナダの残り半分の土地が復活するとなれば、事は極めて大きい。

 

嘗ての様にとはいかずとも、広大な土地を活かして農業を再興させる事が叶えば、その土地の広さは大きな収入源となる。冬が長く厳しい環境の為に夏作だけの一毛作だけとなるだろうが、貯蔵の効く穀物は莫大な収入となるのは確定事項と言い換えても遜色ない。当然、それに加えて農業に関わる雇用が大きく増えるのは言うまでもないだろう。

 

各国への食料提供の義務は飽く迄もBETA大戦後、永遠に続く訳では無い。それを乗り切れば、後に残るのは核の集中運用で見放されていた放射能汚染地域という国土の半分が復活したという結果が残る。長期的に見てもこれだけ大きいメリットを見過ごせはしない。

 

後方国家として各国へ提供可能な食糧数が跳ね上がれば、後方国家群の中で一強であった米国に迫る程の収入と政治的発言権が取り戻せる事も視野に入るだろう。

 

帝国のメリットもまた大きい事に変わりは無い。

 

米国との関係が冷え込みつつある帝国は、万が一の米国から提供される食糧の制限を受けるという緊急時の打開策を手にし、食糧に関するZ-BLUEへの依存を緩和出来るのだ。また、優先的な土地の租借権を得るという事も約束されている。

 

租借した土地で出来る作物の全てが帝国へと入ってくる事を鑑みれば、国土の半分が更地になった帝国の中でも農業に使用可能な土地と比べて、租借地の大半を農地にしたと仮定すると馬鹿にならない資源である事は言うまでもない。

 

 

「結局の所、上はその『除染技術』を使う事にしたんでしょ? なら良いじゃない」

 

 

夕呼が何でもなさそうに言うのは当然だ。

 

除染技術の根幹がこの横浜から持ち込まれており、Z-BLUEのアドバイス込みで夕呼が組み上げたのだから、当人からすれば今更過ぎる。その技術があれば外交時の大きなカードになり、現政府に対しての大きな借りになる事まで予測済み。

 

余談であるが、多元世界には核動力が一般的であるため、相応に除染技術もかなり進んでいるのだ。

 

核の放射能汚染だけでなくとも、戦術機の劣化ウラン弾が放つ残留放射線も世界中でいずれ問題になるだろう。この非常に優れた技術は帝国内の土地で効果が実証された事で、今回の交渉に使用される事が決定したのである。またその技術の応用として、重金属汚染の除染装置も開発済みなのだから現政府も夕呼の力を認めざるを得ない。

 

 

「しかしながら今回の一件、聞きつけた国益に聡い国家は面白くない様でして」

 

「当然ね。軍事から各国への物資支援まで全てが米国頼りであった現状を大きく揺るがすんだもの。米ソの二大国家である国際バランスが大きく変動させるわ」

 

「こちらも『影』の排除には細心の注意を払っておりますが、博士も十分にお気を付けください」

 

 

直接的な心配を掛ける声に、さしもの夕呼も意外だと言わんばかりの顔で鎧衣を訝しげに見つめる。

 

決して認めたくなくとも、帝国とZ-BLUEの大きな架け橋の一つは『横浜の女狐』なのだ。どれだけ気に喰わない存在であろうとも、失われては国家にとって非常に大きな損害に値してしまう。

 

 

「……言われるまでも無いわよ。で、本題は別にあるんでしょ?」

 

 

既に知れている話を態々足を運んでしにくる男では無い事など百も承知。だからこそ、夕呼は真の目的を問いただす。

 

 

「以前に手配しました貴女の助手達、その新たなリクルート先の件ですよ……ご興味無い?」

 

「そんな事は直接話してあげたら良いじゃない。それに、今は専ら研究漬けよ。離れて貰う余裕は無いし随分後の話になるから出直しなさい」

 

 

苛立ち交じりの吐き捨てる様な物言いに、鎧衣は無表情で聞き続ける。

 

こうも『研究』の話題で苛立っているのは『研究』其の物が難航しているから。そんな大事な時期に限って部下に茶々を入れられ、予定が更に狂うのは例え夕呼でなくとも我慢ならないだろう。

 

実の所、数か月前にボーニング社は縮小する戦術機開発部門に関して、幾つかの人員が自主退社という形でリストラを受けた事を鎧衣から聞かされており、その人員を軒並み捕まえて横浜基地に移送。夕呼自ら指揮する『研究の一部』の開発と解析に登用するも、人員不足に本来予定されたスケジュールが遅れているのだ。

 

それを見越してか知らずか、小さくだがハッキリとした声で鎧衣は口にする。

 

 

「――遠田技研」

 

 

その名にピタリと夕呼が動きを止めた。

 

食いついたと瞬時に察し、帽子の下の眼光が歪に歪んでいく。

 

 

「…………」

 

「彼の企業がユーコンのプロミネンス計画で富嶽重工から技術提携を要請されたのは有名な話ですが――先日、技研から秘密裏にユーコン入りした特異な技術があるそうで」

 

「…………」

 

「なんでも、複雑化する戦術機の操縦や装備に先駆けた『新型管制ユニット』だとか」

 

「――なんですってッ!?」

 

 

そこまで口にした鎧衣は楽しくて仕方が無いだろう。夕呼が驚愕に目を見開くなど、滅多と拝めない表情なのだ。それが自身の情報網で引き出したのならば尚の事。

 

とはいえ、遠田技研の情報を知っているのは当たり前である。

 

懇意にしているAGが関わる遠田技研であり、ユーコンに技術を上手く運ぶ様に手配したのも他でも無い鎧衣左近本人なのだから。

 

遠田技研の新技術――それが夕呼の目を引かせただけでも十分であるが、夕呼からすれば鎧衣への警戒心を更に引き上げる事に繋がっていく。

 

夕呼が現在躓いているのは他でも無い『操縦システム』に関する問題。そこで辛酸を舐めている本人の前に、なんともご都合な獲物をぶら下げたのだ。Z-BLUE製の横浜基地に侵入している事と言い、只でさえ気を抜けない飼い犬が確実に凶悪度を増している。

 

 

「……で、そんな話をしたからには遠田技研との場を絶対に作るんでしょうね?」

 

「――勿論ですとも、他でも無い博士の頼みとあらば」

 

 

満足気な鎧衣が更に気に喰わないのだろう。鼻をふんっと荒く鳴らすと、挨拶も程々に足早な歩調で研究室を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。