to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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ものすごく遅れました。申し訳ないです。

原作と余り変わっていないので、書くべき場所に困っていました。――が、既に色々と違うのは見てもらえれば分かると思います(矛盾)

バイトに馴れたので、次話はもう少し早く執筆出来ると思いますm(__)m


第四章 (3)

《1998年12月25日 22時00分 Z-BLUE所属横浜基地 地下19階秘匿研究室》

 

錬鉄作戦の勝利が国連を通して全世界中へ公表されてから3時間が経過した頃、いつもの執務室で夕呼は一人、コンソールを叩きながら画面に映る情報を纏めていた。

 

結果だけを見れば人類側の勝利に収まった訳だが、そこに至るまでの過程に於いて幾つもの留意すべき点が存在しているのは明らかだ。

 

 

(先ずはBETAの問題ね。新種が出て来るであろう事は、Z-BLUEという大きな影響力で見ても遠くないとは思っていたけれど――)

 

 

表示されているのは3枚の資料。戦闘映像の中から抜粋されたのだろう。より全体像の見やすい画像まで丁寧に添付されている。

 

 

(まさか、こんなにも早く。しかも3タイプ同時にとはね……向こうの力の入れ具合には、恐れ入るわ)

 

 

その全てがZ-BLUEを筆頭とし、一部戦術機でも対処可能であった事に安堵の溜息を洩らしつつ、一つ一つの情報を再確認していく。

 

反射級に関しては、言うまでも無いのでサラリと飛ばす様に目を通し終えたが、その次には速読の速さを僅かばかり落としての情報確認だ。これらの情報は衛星画像、戦闘映像に始まり、戦後調査で確保された死骸サンプルなどから得た情報が主である。信憑性は概ね高いと言えるだろう。

 

 

(重砲級。これが一番最初に確認されたのは、Z-BLUEの先行部隊が受けた被害。でも全体像や概要をはっきりと把握したのは国連率いる戦術機部隊になっている――なるほど。臨津江から漣川に入った部隊ね、きっと)

 

 

甲殻に覆われた60mほどの巨体に、前方へ大きく突き出した巨大な砲身。

 

砲身の斜め上についている『目』を彷彿とさせる部位は、レドームの役割を持つ観測機では無いかと推測されている。また、自重と外殻の所為で脚部が半分地面に埋まっている所為で外からでは確認し辛いが、逆関節の比較的長い脚が六本あり、予想だに出来ない程の跳躍力を持っていた。

 

 

(弾頭に関しては、超高密度な炭素製円錐型砲弾。着弾による爆発は無し。貫通性能に秀でていると見て良い感じかしら。そして、各所の門や地表構造物の周囲から動かない……完全に拠点防衛向きの性能ね)

 

 

そして、ビームコーティング機能を備えた外殻の項目に目を移動させる。既存のBETAには無かった能力であり、どういった理屈なのかは未だ解明されていないが、一説では未知なる元素を纏っているのではないかという推測が大部分を含んだ記述まである始末。

 

 

(『未知なる元素』――)

 

 

概ねG元素を指した表現である事に変わりは無いが、確たる証拠が無い故の表記だろう。

 

もし仮にG元素をBETAが軍事転用してきたのであれば、これほど恐ろしい事実は無い。そして夕呼にとってみれば、オリジナルハイヴの優先的な早期破壊を促す為の重要な説得材料でもあった。

 

推測を終えた夕呼は止まっていたコンソールを再び動かし、次の資料へと視線を移行させる。操作に応じて直ぐに反映されたモニターには、戦車級と類似性が見られるフォルムが映し出されていた。

 

 

(仮称『給弾級』。通称4つ腕。戦車級の派生系と見られるだけあって、重砲級よりも大きく被害を出したのは流石というべきかしら)

 

 

重砲級に関しては、その出現位置関係とZ-BLUEの逸早い情報伝達により、多くの戦術機が難を逃れる事に成功していた。警告のお蔭もあり、重砲級への警戒が高い事で進軍速度が失われなかったのは僥倖。しかしながら、注意すべき標的の周囲で弾頭の補給を担当するこの給弾級こそ、最も被害を出した要因だったのは大きな誤算だろう。

 

補給係と侮る事無かれ、直径2mの砲弾を一つでも多く運搬出来る様に備え付けられた背中の象徴的な巨腕は、戦術機の装甲を力任せに引き剥がす程の膂力を持っていたのは想定外である。

 

 

(戦術機の主力兵装である36mmが効きにくい程の堅さを持っているのは厄介だわ。光線兵器には滅法弱い以上、Z技術の兵器の普及が急がれるわね)

 

 

筋肉という分厚い壁により、防御力が増した戦車級とでも言えば良いのだろうか。

 

重砲級の近接戦闘が踏みつぶしという対処方法しか無い事を加味し、接近戦を補う給弾級の活躍の場は地上だけに留まらず、ハイヴ内でも遺憾無く発揮されたと聞く。給弾級の存在により、錬鉄作戦は反応炉の奪取から破壊へと移行せざるを得ない状況まで追い込まれたと言えばその被害が少なくなかったのが分かるだろうか。

 

この数カ月で口に馴染んだ黒い液体に口を付けようとカップを持ち上げた、その時。

 

 

「――先生!」

 

「…五月蠅いわねえ――」

 

 

騒がしい来客に溜息を一つだけ零し、口を付ける事無くソーサーへと器を戻す。

 

如何にも不機嫌と言った目付きで相手を睨もうとする夕呼。しかし、声と呼び名から相手を即座に認識して鋭い視線を送った先に立っていたのは予想だにしない顔付きの人物であり、夕呼は思わず呆気に取られてしまう。

 

 

「BETAの新種が三体も出たのは聞いていると思います。一刻も早く――」

 

「ふふっ…」

 

「――先生?」

 

 

思わず訝し気な顔で聞き返す。

 

そんな武の視界に映る顔は、目を大きく開け驚愕に塗れた顔色から一変。

 

 

「あははっ、あははははははッ――!!」

 

 

噴き出す様にして突如破顔した夕呼は、これが笑わずにいられるかと言った態度で腹を抱え初めた。最初の瞬間は何のことだと戸惑いを見せた武も、震える指先の指し示す物が朧気ながら自分の傷だらけ痣だらけの顔に向かっているのだと察すれば、不快にもなるだろう。

 

 

「先生ッ! 笑ってないで対策急いでくださいよッ!」

 

「は~、うるっさいって言ってんでしょ~」

 

 

武の憤慨を受け、瞬時に笑い終えた夕呼の雰囲気に冷徹な物が混じり始めれば、それを察した武は息を思わず飲む。

 

夕呼は世間一般的に見て『変わり者』であり、精神的な発露の変化に武が付いていけない事は今までも往々にして在りはしたが、こうも自身に対する威圧感が増えたのは久々の事であった。

 

 

「だいたい前から思ってたけど、なんであんたがあたしに指図する訳?」

 

「――ッ」

 

 

なんでって――そう言おうとした瞬間、自分の中の構築した理論に違和感を覚える。

 

前回までならば、自分の経験した知識を夕呼に託した上で話し合い、時に交渉を交えた結果、物事を二人で進めてきたという認識だった。謂わばある種の対等な交渉が築ける関係性だったのだろう。

 

それが通用した前提条件は只一つ。『白銀武の経験した一週目と二週目が全く同じ時間の進み方をしてきた』から。

 

しかし現状はそうでは無い。自分の経験が大いに活かされているとは虚勢にしても口に出来ない様な状況で、前回の様な正確な情報のアドバンテージが無いと今更ながらに気付く。

 

 

「話は聞いたわよ。以前のあんたとは利害が一致していたって。けど、今はどうかしらね」

 

「どうって…どういう事ですか?」

 

 

疑問を投げかけながらでも、武は理解しているのだ。

 

ただ、それが真実だと認めていないだけに過ぎない。

 

 

「聞けば何でも答えが返ってくると思ってるわけ?」

 

 

以前にも言われた台詞。鎧衣左近からも悪癖だと詰られた思い出が脳裏を掠め、眉間に皺を寄せる。

 

 

「オレは……先生にとって、不必要なんですか……?」

 

 

震える声色で放たれた問いに対し、夕呼は如何にも呆れの色を強めた様な表情を浮かべた。

 

 

「別にそうは言ってないじゃない。無意味な事はしない主義よ。貴方の存在があたしにとって不必要且つ不利益を生み出すだけなら、とっくに『対処』しているわ」

 

 

貼り付けられた笑みに加えた冷酷な物言いと、暗に示唆された『対処』という文言。

 

顔色を青くさせつつも、このまま疑問を無かった事にするわけにはいかないのだ。

 

 

「……じゃあ対等では無いって事ですよね?」

 

 

真逆すぎる解答に、今度は何を言っているのとでも言わんばかりに再び顔を歪める。

 

 

「驚いた。まさか対等だと思ってたわけ?」

 

「いえ、別にそうじゃないですけど……」

 

 

極端な解答ばかり列挙する武。思わず夕呼はため息を一つ零し、瞬時にこの話題に関する先の展開を想定し、問答を終わらせるべくして結論付けた。周知の事実ではあるが、夕呼は決して気が長く無いのだ。

 

 

「…もういいわ。このままだと幾ら時間を使っても辿りつかないだろうから、率直に言ってあげる。あたしから見てあんたは『只の使えそうな衛士』だったわ。動かしやすい駒の一つに過ぎない訳。とはいえ、素直な動きじゃないのが厄介なんだけど」

 

 

自身の評価を客観的に見ればそうだろうと納得できる反面、感情では納得しがたい部分が大きいからか。揺れる瞳には動揺が大きく見える。

 

 

「あんたの情報には有益な物も幾つか存在した。これは確かよ。でもね、Z-BLUEの存在で状況は大きく変わってるの。それに彼らの影響力は非常に大きいわ。Z-BLUEの存在の有無で世界は大きく変わっても、あんた一人で世界の未来が大きく変わるとは思えない」

 

「……はい」

 

「あたしにとって不可欠なのはZ-BLUEの方。それはこの二カ月近く、何も変わっていない筈だけど。何か不満?」

 

 

香月夕呼は音に聞こえた天才である。

 

例え彼女は一人になっても、BETAに抗い人類を救おうと奮闘するだろう。

 

対して、白銀武は救世主であった。だが、それは天才の力を借りて成し得た結果の一つ。

 

武に夕呼は必須であれど、夕呼にとって武という存在が不可欠という訳では無くなってしまっているのだ。

 

 

「もしかしてあんたさぁ……あたしに何か求めてる? 『特別な扱い』とか」

 

 

含み笑う様にして目元を半月上に曲げた夕呼は、明らかに揶揄うつもりの表情であった。その豊満な胸元に手が置かれてるのは、意図しての事だろう。茶化すなと声を大にしたい所だが、生憎会話のイニシアティブは夕呼に取られっぱなしであるが故に、満足に言い返せやしない。

 

決して武にとって香月夕呼に『特別な感情』を抱く理由など無いが、そう言われれば何故か無性にドギマギしてしまうのは年頃だからか。それとも、『自分では無い自分』が目の前の人物と、『そういう事』をしたという記憶の流入が嘗てあったからか。

 

 

「いやいやッ!? そんな事――」

 

「――へぇ~~、あっそ。ざーんねん」

 

「……えっ?」

 

 

唇の先を尖らせて拗ねた様な声色を出す夕呼。思わぬ反応に困惑する武の腫れた顔色模様は混沌を極め、夕呼の横隔膜を刺激する。

 

 

「ちょっとそんな顔しないでよっ、あーダメだわ、その顔見たら笑っちゃう!」

 

「えっ、ちょっ、はぐらかさないで下さいよ! どういう事ですか!」

 

「…はいはい、分かった分かった。結論から言えば、あたしから見て白銀武という存在は『ちょっと特殊な衛士』に昇格したわ。はい、おめでとう」

 

 

急な扱いの変化に加え、武が心の奥底で最も求めていた承認欲求とは違った『特別』という称号があっさりと手に入った事で、整理が追い付かない本人は首を捻らざるを得ない。

 

そんな武の状況を無視するかの様に、夕呼は真剣な眼差しで畳みかけていく。

 

 

「――それで、聞きたいんだけどいつから『次元力』が使えるわけ?」

 

「…? 次元力? えっ?」

 

 

嘘は許さないと言わんばかりの鋭い視線。最早何が何だか分からず、次元力というワードを鸚鵡返しする始末。

 

数秒、睨みにも似た夕呼の観察眼に終始狼狽えれば、ダメねと小さい呟きが聞こえた気がした。

 

 

「……無自覚ね、なるほど…興味深いわ。もう行っていいわよ」

 

 

勝手に一人で納得し、コンソールに向かって何かを打ち込み始めた夕呼。

 

殆ど釈然としないが、仕方なしに退室しようとした時――

 

 

「――ああ、そうそう」

 

「……なんですか?」

 

 

振り返った武の視線が交差する。

 

 

「今後、あんたを含め第06訓練小隊のメンバーはZ-BLUEとの合同任務が増えると思うから、そのつもりでいなさい」

 

「分かりました」

 

「それとだけど、あんた以前に言ったわよね。あたしに『救世主』って言われたって。あんた、この世界に『救世主』になりに来たの?」

 

「――ッ!」

 

 

核心を突かれた衝撃に眩暈がするも、何度か瞬きをすれば既に夕呼は武の事を見ていない様だった。

 

自身が何を求め、その為に何をするべきなのか。

 

もう一度見直せと夕呼から直々に言われた事に、自身の指針を見つめ直すべくして脳をフル回転させながら執務室を後にする。

 

武は決して自認出来ていないが、武にとって『救世主』という言葉は自身の存在意義であり、それが成すべき目的として成立し、いつからか斯く在るべくという『枷』として囚われてしまっていた。

 

夕呼はそれを以前から理解していたが、精神的なフォローをしなかった――否、する必要性を一切感じていなかったという方が正しい表現だろう。只の『まぁまぁ優秀な衛士』という認識だったが故に。しかしながら、その認識は錬鉄作戦を機に変えざるを得なくなったからこそ、直接言葉を掛けたに過ぎない。

 

この一連の意味する所を本人が知るのは、まだ幾らか時間が掛かるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 14時40分 朝鮮半島 江華島沿岸》

 

朝鮮半島中央部を流れる漢江の河口部に位置する江華島。その沿岸が薄らと見える距離まで離れた場所で待機していた各国の連合艦隊は、一隻を除いて健在である。

 

本作戦の要の一つを担う連合艦隊を構成する米軍から派遣された戦術機母艦群――ビショップ艦隊の一隻では、作戦前だというのに僅かばかりの険悪なムードが流れていた。

 

 

「初の実戦の奴も居るだろう。全員、気を抜くなよ」

 

 

隊長であるゴースト1の言葉に何人かは息を飲む。

 

米国は後方国家である為、米国出身の衛士が直接BETAと対峙する機会はそう多くは無い。元難民の衛士であれば、積極的に海外への派遣部隊として消耗させられる為にその限りでは無いが。

 

 

「ヘッ、勝手な事をする奴が居なけりゃ余裕だろ」

 

「ゴースト3。悪戯に士気を下げるな」

 

 

ゴースト3と呼ばれた黒人は、僅かばかり不満げにして反論を零す。

 

 

「初陣の後輩が少し気に掛かっただけですよ。なぁ、ブリッジス?」

 

「…………」

 

 

嫌味をアリアリと分からせるべく、意図する本人へと話題を投げかけるも、話を振られた当の本人は無言を貫いたまま。

 

横目でチラりとゴースト4のアイコンを見やると、ゴースト3は徐に舌打ちを回線に乗せた。

 

 

「――チッ、シカトかよテメェ」

 

「命令だぞ。口を閉じろ」

 

 

声色を下げた副隊長の指摘に、へいへいと気怠げに了承の意を述べながらも仕方なしにと言った体で口を塞ぐゴースト3。

 

 

(……やっと黙ったか。五月蠅い奴だ)

 

 

ゴースト3の揶揄を『いつも通り』に聞き流したユウヤ・ブリッジスは、静観の姿勢を見せるかの様に目を瞑ったまま、初めての実戦に対する姿勢を見直していた。

 

 

(余計なお喋りしている方が死にそうなもんだ。そもそも、米国はBETAに対する認識が甘いんじゃないのか? どうしてどいつもこいつも、普段からBETA戦後の事ばかり口にする)

 

 

部隊を含め周囲とは違った物の見方をし、努力を重ねて結果を出してきたユウヤにとって、今の部隊は決して居心地が良いとは言えない。その差は『自分がBETA戦を経験していない』からでは無いかと一時的な結論を出していたユウヤだからこそ、この作戦に対する姿勢は隊の誰よりも真剣だと言えるだろう。

 

それから待つ事数分。漸く司令部から指示が下された。

 

 

「――HQよりビショップ艦隊。全艦艦載機発信準備! 繰り返す全艦艦載機発信準備!」

 

 

甲板へとせり上がっていくカタパルトデッキ。

 

その振動に瞑っていた瞼を開けば視界の先で景色が動き、緊張の色が表情に滲み出る。次第に網膜投影を通して海上の風景が見え、デッキが止まった振動で少しばかり身体が揺れた。

 

 

「――ビショップ3よりHQ! 全艦艦載機発信準備良し!」

 

 

操縦桿を握り直し、唾の無い渇いた息を飲む。

 

 

「――HQ了解! 全機発進せよ! 繰り返す、全機発進せよ!」

 

 

始まりの合図に合わせ、ゴースト1が大きく声を挙げた。

 

 

「行くぞ! 全機続けッ!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

12機のストライク・イーグルの足が一斉に離れ、轟音と共に無数の戦術機群が朝鮮半島へと殺到し始める。

 

戦術機部隊の作戦は至ってシンプル。

 

最大全速の匍匐飛行で江華島を通過した後、第一目的地である漣川まで漢江沿いに全速力で進軍するのみ。その数1000近くにも及ぶ9個師団は、錬鉄作戦に参加している各国の主要部隊を中心として構成されている。

 

戦術機も種々に亘っており、それぞれが各国の主力を担っている機体ばかりだ。

 

状況は沿岸部にBETAは殆ど居らず、その全てがZ-BLUEへと引き寄せられているのだろう。半島への到着までは何も問題は無かった。到着までは。

 

 

「ゴーストマムよりゴースト各機! 大深度地下からの大規模な揺れを観測! 続いて議政府からBETA群を捕捉、数2000!」

 

 

CP将校からの報告に、古参新米の軛など関係無く全員が息を飲んだ。

 

瞬時に判断を下したゴースト1は、部下に命令を下していく。

 

 

「各機、横方向のBETAは相手するな! 先頭に続けば後続が叩いてくれる筈だ! ゴーストマム、艦砲射撃要請を頼む!」

 

「「「了解!」」」

 

 

一気に緊張感が増し始めた空気に飲まれまいとしながらも、先頭の部隊に続いて12機は漢江沿いに上っていく。

 

直後、右方の視界端に見えてきたBETA群。先の報告を加味しても、BETAの侵攻速度は想定以上だ。先回りするかの様に土煙を挙げながら徐々に距離を詰めてくるBETAだが、戦術機の全速力に付いてこれる訳では無い。

 

光線級に見つかる前に河岸の段差を利用しながら匍匐機動で抜けようとした直後――

 

 

「なッ、正面だとッ!?」

 

 

突如として前方のレーダーに映りこんだ別のBETA群。視界に入った別群に一部が吹き飛んだ痕がある事が確認された所からすれば、先頭集団が足止めにして置き去りにした群であるのは明白だった。

 

本来は、進軍速度を落としたBETA群に先頭集団の後を追わせる事で、その背後を後続の部隊が効率的に叩ける事を狙うのは米軍にとっての戦術的な基本構想の内の一つであり、特段おかしな話では無い。

 

ましてやこちらは陸軍戦技研第一中隊なのだ。戦術的な動きについては承知済みという自負もある。

 

しかしながら、置き去りにされたBETA群が思い切って反転してくるという予想外の事態に、ゴースト1は硬直を見せてしまっていた。

 

それを察したユウヤだけが瞬時に動き出す。

 

 

「――くッ」

 

 

眼前に見えるのは、体勢を立て直せない要塞級が一体。要撃級が複数であり、突撃級は極僅か。この距離であれば、突撃級も最高速にまでは到達せず、こちらの方が速いと見切る。

 

直感とも言えるべき速さで瞬時に判断したユウヤは、120mm滑腔砲で要塞級を撃ち抜いた。

 

 

「ゴースト4ッ!」

 

 

指示も無しに発砲したユウヤへ叱咤の声が飛ぶも、止まる男では無い。

 

 

「ゴースト4、エレメントを崩さないでッ!」

 

「必要な要撃級だけ倒して、要塞級の傍を抜ければなんとかなるッ!」

 

 

言うが早いかといった速度で前方のBETA群に突っ込んだユウヤは、要塞級に近しい要撃級に36mmを浴びせつつ、勢いでBETA群を突破。機体を反転させながらに続けた照射で、追従してくる要撃級や突撃級の進軍速度を遅くする。

 

 

「全機、続け! ケツを見せているマヌケ共を葬るぞ!」

 

 

遅れて決断を下したゴースト1を筆頭に、ユウヤに目移りしたBETAを効率的に排除しながらBETA群の突破を果たす。ここまで来る事により、漸くゴースト1は当初の戦術通りの命令を下す事に成功したのだ。

 

 

「ゴースト11、ゴースト12! MGM-140で後方のBETAを吹き飛ばせ!」

 

「「了解!」」

 

 

素早く空中で向きを変えた最後尾の2機が肩のミサイルコンテナを開放し、BETA群の残骸や残党に足を取られていた右後方から迫る別のBETA群に目掛けてミサイルを発射する。

 

少しでも進軍速度を遅れさせれば構わないというだけならば、後続部隊がゴースト中隊と同じ目に合う可能性があるのだ。だからこそ、少しでもBETAの数を減らして後続部隊が河岸から頭を出してしまう事の無いよう、フォローする必要があると考えての事だろう。

 

 

「……ゴースト4、良くやった」

 

「――隊長!」

 

 

普段から命令に従わないユウヤに対する言葉に、反感を持つゴースト3が声を挙げた。ゴースト3だけでは無い、眉根を潜めている者は他にも居る。

 

しかし、これは譲れないと言わんばかりにゴースト1が異論を制した。

 

 

「いや、今回はブリッジスの判断が正しかった。あの場で誰よりも作戦にとって有益な行動を示したのは間違いない」

 

「自分は特別な事はしていませんよ、大尉」

 

 

澄まし顔から放たれる言葉に、ゴースト3は徐に顔を歪めさせていく。

 

とはいえ、ユウヤからすれば何の事は無い。単純に評価されると考えてはおらず、不意打ち気味の評価に言葉が出なかっただけだ。

 

今は実戦であり、ここは戦場だ。訓練通りにはいかない事が数多くあるのは聞いているし、今回もソレに値しただけ。

 

加えてゴースト1の賛辞も大して深い意味は無いと考えていた。隊の中で異質であり、反感を買いやすいこの若い有望株が『我が米国から離れてしまうのは損失だ』と考えての発言に過ぎないだろうと見ている。

 

どの切り口で見ても上手くいっているとは決して言えないゴースト中隊の活躍により、後続部隊も上手くBETA群を切り抜けたのだろう。ゴースト中隊に距離を詰め始める程に追い付いていた。

 

各部隊の情報を手元に表示させ、横目に確認しながらユウヤは内心で呟く。

 

 

(…やはり、前線国家ほど損耗率は少ない傾向にある。正面装備の優劣に関係性が多少あるだろうが、それでも――)

 

 

そこまで考えていた時の事だった。

 

 

「「「――ッ?!」」」

 

 

突如響いた警告音。悲鳴無き爆発音。

 

ユウヤのエレメントを組んでいたストライク・イーグルが爆散したと気付いた直後、ユウヤはうねる河岸の影に突っ込む様にして機影を隠す。当然、それに合わせて他の機体も機影を隠した。

 

 

「どこからの攻撃だッ!」

 

「分かりません!」

 

「初期照射なんて無かったぞ!?」

 

「落ち着け、お前達! ゴースト1よりゴーストマム! 正体不明の攻撃を受けた! 指示を頼む!」

 

 

ゴースト1の悲鳴に、CP将校も焦りを隠せない声色で返答を返す。

 

 

「Z-BLUEから情報提供された、新種のBETAだと思われます!」

 

 

報告を耳にした全員に奔る動揺。

 

新種のBETAに対する対応策など、当然ながら何処にも存在しない。

 

だからといって、ここで止まっていればジリ貧に終わる事など目に見えている。

 

目視では確認出来ないが、レーダーを見やれば先頭集団の戦術機は極僅か。正面へと動き出した機影は、3秒と保たずにマーカーが消滅していくのが恐ろしくてたまらない。

 

 

(…くッ、何が起こっているんだ――!?)

 

 

推測が正しいのであれば、問題の正体不明の新種は上流方面に居るのだろう。かといって、馬鹿正直に機影を見せて上流へ吶喊すれば、レーダーで確認していた他の戦術機同様に何らかの手段で撃墜される可能性は濃厚極まりないだろう。

 

結論を出したユウヤは、再び隊長へと提言する。

 

 

「迂回だ! それしか無い! こっちに視線を逸らす事が出来れば、残りの部隊が叩いてくれる可能性もある!」

 

「――駄目だ」

 

 

だが、この発言にゴースト1は肯定しない。

 

否定の意図の理由が分からず、理解されないもどかしさが怒りに変換されていく。そこには、裏打ちの無い自身の直感的推測がそうさせている部分もあった。

 

 

「漣川まで一機でも多く辿りつく為にはそれしか無い筈だ!」

 

「駄目だ! 犠牲を増やす様な提案は採用出来ないッ!」

 

 

返された発言に、ユウヤの推測は確信に変わっていく。

 

だったらと、ユウヤは少しだけ言葉を変えて感情を発露させた。

 

 

「ここで止まってたら、俺達全員死ぬんだぞッ!!」

 

「――ッ、時間をくれ!」

 

 

一連に依るゴースト1の発言は特段理解のし難い物では無いだろう。こと、『米国人』にとっては。

 

他者の為、作戦の為、国家の為、己の命を賭ける事に米国という環境は理解を示さない事が往々にしてある。唯一理解される自己犠牲と言えば『己の為の自己犠牲』のみ。故に、大々的に根付いていない美しき題目『ONE FOR ALL,ALL FOR ONE (一人はみんなのために、みんなは一人のために)』が激しく謳われるのだ。

 

客観的にその性質を理解しているユウヤだからこそ、焚き付ける言葉を少し変えたのだ。『作戦』から『己の命』へと。

 

 

「……止むを得ん! 各機、迂回して横から障害を取り除くぞ!」

 

 

結局の所、取る行動自体に変化など無い。

 

それなのにも関わらずこうも判断が遅れる様子に、提言者の眉間に刻まれた皺は深くなるばかり。

 

ユウヤにとって、活路を見出すために死地に飛び込む事に恐れはない。だが『己の被害』に何よりも敏感に反応する米国人は、足踏みをしてしまうだろう。

 

その思考の差は己の忌々しい血筋からだろうか。

 

ハイヴから僅かばかり距離があるからか、幾らか生えている木々の直上ギリギリを跳ぶゴースト中隊に、次なる試練が待ち受ける。

 

 

「チッ、こいつらも迂回してきたってのかよッ!?」

 

 

ゴースト5の吐き捨てる様な台詞と共に、木々の合間を縫って秘かに距離を詰めていたBETA群と遭遇してしまったのだ。

 

偶然にもこの進軍に気付けなければ、上流方向に気を取られている最中に横から奇襲を受けていた事は明白。かといって、たかが11機でBETA群を相手にどう立ち回るのが最適なのか。それを瞬時に弾き出せる米国衛士など、両手の指で数えれる程に限られるだろう。

 

 

「クソッ、各機全武装使用自由だ! 応戦するしかない!」

 

「「「了解!」」」

 

 

米国は艦砲射撃や軌道爆撃による一斉砲撃の後、残党を戦術機で殲滅するのが基本方針としている。生のBETA群に戦術機のみで正面から立ち向かうというのはセオリーでは無い。

 

それ故、焦りを見せたゴースト1の選んだ選択は最も悪手である正面衝突であった。

 

この判断が決して正しいと思えなかったのは、この瞬間に於いてはユウヤのみ。そもそも、迂回を始めたのは上流標的の排除及び陽動が目的だった筈。それがこんな所で1000にも近しいBETAを相手取っていては、例えBETAを退けたとしても何機が生存し、どれだけの弾数が残っているというのか。

 

全体と作戦に主眼を置いている者と、己らの命に主眼を置く者。この差が、ユウヤを決定的な行動に出させた。

 

 

「――なにやってるゴースト4ッ!? 応戦しろッ!」

 

 

この行動が目に入ったゴースト3の指示を耳に入れず、ストライク・イーグルの跳躍ユニットの出力を絞ったユウヤは、上流ルートまで最短距離で突き進もうとする。

 

当然、隊の者はそれを看過出来る筈も無い。

 

 

「テメェ…ブリッジス、復唱しろッ!!」

 

「ここで消耗したって無駄死にするだけだ……! 上流方向の障害の排除を優先する、以上だッ!」

 

 

それだけ言いきると、最短ルート上の邪魔なBETAを極少数だけ排除し、急いで上流方向へ向かっていく。

 

ユウヤの判断とゴースト1の判断。どちらが正しいのかは未だ分からぬ事。各々の判断が実を結ぶかどうかは、文字通り結果として後に分かる事なのである。

 

 

(注意だけでも惹きつけられれば、後続部隊が援護に来る筈。だったらそれまでどうにか死ななきゃ良いだけだッ!)

 

 

山肌スレスレを跳躍し、数分掛けて辿りついた上流付近。

 

 

「こいつが報告にあった――」

 

 

そこに居たのは錬鉄作戦で猛威を振るった新種、重砲級の姿が点在していた。その数は3。

 

こちらに気付いていないのか、側面を取ったストライク・イーグルを一瞥すらせずに、緩慢な頻度で砲撃をしている重砲級へとユウヤは銃口を向けた。

 

 

「うおおおおおおおッ――!!」

 

 

しかし、生半可な威力では致命傷を与えられない程の外皮の質量と未知のコーティングが成されている重砲級にとって、余りにも粗末すぎる銃撃に反応すら起こさない。

 

 

「クッ、36mmが効かないのか!?」

 

 

未だ見向きすらしない重砲級の態度を油断では無く余裕だと受け取ったユウヤ。感情のままに突撃し、膝部装甲から近接戦闘短刀を取り出して構えるも、左右からの別種による挟撃に反応してGの負荷を受けながら背後へと跳躍する。

 

重砲級を守護するかの様に、適度に散開しながらもストライク・イーグイルへとにじり寄ってくるのは、『4つ腕』こと給弾級達であった。

 

どこから湧いて出たと視界を軽く動かせば、重砲級達の背後にはハイヴへと繋がる門が存在している。間違いなく、ここから重砲級や他のBETAが現れていると確信した。無限にも思える数のBETAが後続で溢れ続ければ、ユウヤは直ぐにでも狩り取られてしまうだろう。

 

しかし、それを予見して尚、莫大な増援が来る前に目標を始末する事だけに集中し、恐れの感情を捨て置いた。

 

 

「――ッ、上等ォ!!」

 

 

意を決めたユウヤは瞬時に操縦桿に力を篭め、ストライク・イーグルもそれに応えんとしてほぼ同時に動き出す。

 

BETAの攻撃は身体的特徴に依る物が大半だ。故に、初見である給弾級に於いてもその目立った巨腕のリーチ内に居なければ良い筈。そう踏んだユウヤは、付かず離れずの距離を細かく保ちながら、36mmを浴びせていく。

 

弾の通りは悪いが、それでも倒せない程では無い。

 

だが、現状は少しずつではあるものの着実に物量に圧され、重砲級との距離を離されつつあるのは如何ともし難かった。

 

このままでは弾数が尽きる方が速いのは明確。だが、短刀一本で中型BETAの物量に挑むなど莫迦げている。

 

自分だけでも――そう考えて来たものの、重砲級の陽動にすらならず、給弾級の対処で手一杯のまま着実に追い詰められ始めている状況。やはり中隊と共にあのまま迂回していたBETA群の排除を優先した方が良かったのだろうか――

 

弱音が心の内から沸々と湧き上がり始めるも、ユウヤは歯を食い縛って再び押し込めた。

 

いざ反撃せんと意気込み、及び腰気味だった心情を表すかの様に引き気味だった操縦桿を無理矢理前に押し倒した瞬間。

 

 

「――!?」

 

 

直後、前方の給弾級数体の表皮が弾けて崩れ落ちたのを認識する。

 

視線は給弾級からレーダーへ。そして素早く自身の後方へと向ければ、網膜投影に映るのは10の見知った機影。

 

 

「ゴースト4を援護してやれ!」

 

 

この短時間で殲滅出来る程の生ぬるいBETA群では無い筈。となれば適度に応戦した後、頃合いを見て切り上げこちらに来たのだろう事が予測できる。

 

そこはどうあれ、今のユウヤにとってはなんとも有難い援軍である事に変わりは無い。

 

此方の戦力が僅か1機から11機に増えた事で、圧されていた状況も変化を見せ出した。

 

 

「このモドキ野郎共、意外に堅えぞ!?」

 

「だが120mmを使う程では無い! 丁寧に仕留めれば問題は無い筈だ!」

 

 

思わぬ新種に怯みを見せるも、大したことがないと分かれば立ち直りも早いのは流石というべきか。ゴースト2の指示に連携を取り直した中隊は、順調に給弾級の数を減らしていく。

 

それが目に付いたのだろう。

 

 

「「「――ッ?!」」」

 

 

再び響いた爆散音に、本来の目標である重砲級がいつの間にやらこちらへと方向転換していた事を察した中隊。要塞級ほどの体格から放たれる正確無比な質量弾に二人目の犠牲者が出た事で、先ほどまではこちらに見向きもしていなかった重砲級へ重きを置く。

 

 

「やってくれたなッ!! ――ッ」

 

「36mmは効かない! 120mmを浴びせろッ!」

 

 

吠えるゴースト1の放つ36mmにビクともしない重砲級。表皮を貫いてすら居ないであろう強度に攻め手の一つはやはり無効だと見るや否や、瞬時に攻撃の手を切り替えるべきだとユウヤは判断を下した。

 

ユウヤに合わせてゴースト1もありったけの120mmをぶつければ、漸く重砲級がグラつきを見せる。

 

しかし、それだけ。

 

反撃と言わんばかりに重砲級は照準を再調整し、再び死の質量弾が放たれた。

 

その標的となったゴースト11が悲鳴すら残さずに戦死を遂げる。

 

分厚い外殻を貫くには、長刀の様な質量兵器及び工学兵器が必要だと察するも、もう遅い。米軍機に標準装備として備わっているのは、精々が短刀程度。そもそも大型の近接装備を備えているのは一部の前線国家だけなのだ。

 

今出来る最善の行動を模索し、するべき行動を弾きだした途端に重砲級へ飛び込む。

 

 

「モドキをデカブツに近づけさせるな! 弾の補給をさせたら終わりだ!」

 

 

重砲級の攻撃パターンを踏まえた行動を選択したユウヤ。遅れずにゴースト1も飛び込んだのを確認しつつ、給弾級を蜂の巣にして振り返る。

 

 

「――ッ、これだ!」

 

「なんだッ、どうした!?」

 

 

ユウヤの見つけたそこは、重砲級の臀部。位置にして後ろ足の付け根付近とでも言おうか。蛇腹状の構造的に見て堅牢とは言い難そうな形状のソレは垂れ下がった管であり、給弾級がそこに近づいていた事を加味して考えれば、補給口だと直ぐに判断出来た。

 

 

「こっちなら防げないだろ――!」

 

 

ヒクヒクと蠕動運動を見せている事からも、体内へとつながっているのが直感的に理解出来た。その推測を以てしてユウヤは突撃砲を徐に補給口へと差し込み、引き金を力一杯引く。

 

刹那、重砲級は激しく痙攣を見せるや否や、その場に崩れ落ちる様にして長い砲塔を力無く下ろした。素早くレーダーを確認すれば、眼前に位置する巨体を示す筈の赤いマーカーが消えている。

 

弱点が無い訳じゃないと安心したユウヤとゴースト1は、思わず口許に笑みを零す。

 

 

「良くやった! よし、帰ったら早速このデータを――」

 

「――!?」

 

 

そこまで聞こえていた言葉は、突如響いた地鳴りと機械が何かにぶつかり拉げる様な金属音雑じりの振動によって掻き消された――

 

 

「スヴェン大尉――ッ!!!」

 

「隊長――ッ!?」

 

 

鼓膜を通して響く仲間達の悲鳴。

 

素早く振り返ったそこには、先ほどまで会話していた筈のゴースト1へ背後を預けていた場所に我が物顔で聳える巨躯が聳え立っていた。

 

何が起きたのかはハッキリとしない。

 

だが、重砲級の照準が自身の駆るストライク・イーグルへと向けられた直後、すべき事だけを脳に浮かべ直感のままに行動を示さずにはいられなかった。

 

 

「こンの野郎おおおおおォォォォォッッ!!!!」

 

 

弱点を突くべくして背後へと回るストライク・イーグル。だが、補給口へと到達するよりも早く、重砲級の身体が空を舞う。

 

 

「避けろ――ッ!!」

 

「ユウヤ――ッ!!」

 

 

気に喰わない日系人や恋人の声が遠く聞こえる状況の中、ユウヤには世界の時間が遅くなった様に感じていた。徐々に近づいてくる巨体。ゴースト1が如何にして戦死したのかを理解するが、諦観という感情で支配されてしまった今のユウヤに避ける事は出来ない。

 

視界に映る巨躯がユウヤへと迫るに従って、視界の中で大きさを増していく。

 

ゆっくりとした死へ向かいつつある世界の中、その巨体は視界に突如現れた巨大な人型の何かの体当たりを喰らい、ストライク・イーグルの上で両者共に体勢を大きく崩していた。

 

 

「――ッ!? なん――」

 

 

状況確認するまでも無く、ユウヤのストライク・イーグルを文字通り飛び越す様にしながら身を投げ出した巨大な黄色の機動兵器は、華麗な動きで地面を抉りながら体勢を素早く整える。真紅の眼に映るのは、吹き飛ばされて横転した重砲級のみ。

 

空中で重砲級へと捨て身のタックルを放った単眼の巨人――EVA Mark.09は、淡々と捉えている標的に向かって走り出し、質量差による力技で重砲級を蹴り飛ばした。

 

 

「え、援軍か!?」

 

「こんな戦術機、見た事も聞いた事もねえぞ……ッ!」

 

 

120mmですら大した傷を与えることの敵わない重砲級が大きく凹む様に腹部を歪ませ、至る損傷部位から体液を撒き散らして痙攣を起こしている光景など、数秒前まで誰が想像出来ようか。

 

混乱極める状況に狼狽えるゴースト中隊を余所に、搭乗者のアヤナミレイは無言を貫く。

 

 

「俺を…助けてくれたのか……?」

 

 

だが、唯一ユウヤの呟く様な問いかけにだけは、反応を示す。

 

 

「命令だから」

 

「――え」

 

 

アヤナミレイとしては、何一つとして間違った事は言っていない。Z-BLUEの命令でこの場所に向かう様に告げられ、シンジから『皆を助けてあげて』と言われたから。

 

彼女にとってみればただ命令に従っただけだ。

 

そして、『新種の排除をしてくれ』とも指示されている。

 

既に瀕死で起き上がる事すら不可能な重砲級にトドメを指すべく、その脇腹を上から力任せに踏み抜いたMark.09。減り込んだ足首の接触面からは体液が止め処なく噴き出し、黄色い巨人の片足を膝に掛けて不気味に彩っていく。

 

足を無造作に引き抜いたかと思えば、時に追い払う様な素振りの裏拳で群がる給弾級を文字通り蹴散らすMark.09は、温度を感じさせない赤い単眼の不気味さと合わせても援軍が来たという安堵感を生み辛くあった。

 

BETAを殲滅した次の標的となるのは、己らでは無いか。

 

在りもしない最悪の想定を浮かべた者から順に、ゆっくりとMark.09から距離を取り始める。

 

ここに人類としての連帯感や共有意識など存在しない。あるのは、米国人として根に存在する『脅かされる事への恐れ』から湧き出る不信感。

 

今彼らが襲われないのは、BETAが優先的にEVAという特異な存在への対処を尽力しているからだ。なればこそ、最善の行動は連携してBETAを叩く事では無いのか――そんな疑問が浮かんでいる者は数少なく、ユウヤの視界の中では己の恋人でさえ『命の恩人』に怯え、武器を構えそうになっている始末だ。

 

活躍とは裏腹に四面楚歌となりかけているMark.09の肩部ウェポンラックが、突如として爆ぜた。

 

 

「っ…!」

 

「――ッ、新手か?!」

 

 

見れば、遠くの重砲級が角度を変えてMark.09へと照準を合わせ、砲弾を撃ち込んだのが瞬時に判断出来る。故にユウヤは重砲級へと迫った。しかし――

 

 

「どいて」

 

「なにッ!?」

 

 

無慈悲な一言だけを告げ、跳躍ユニットを吹かすストライク・イーグルの横を追い抜く様に走り去ったMark.09。

 

そこからは衝撃の連続であった。

 

単眼の巨人目掛けて発射される砲弾を不可思議な正八角形の波紋の様な障壁で無効化して見せたMark.09の速度が落ちる事は無い。そのまま空中に手を伸ばせば、空の彼方――『何処からともなく』飛来した大型の『何か』を掴み、重砲級との間に存在していた距離は僅か数メートルにまで迫っていた。

 

 

「とどめ」

 

 

振るわれたのが大型の鎌だと理解した時には、既に重砲級の上半身は刎ね飛ばされており、切断面からは凄惨な色合いの鮮血が勢いのままに噴き出す。

 

体液に濡れる鎌を持つ巨人。

 

その瞳がコチラに向けられた時、誰かが怯える様な声を漏らしていた。

 

アヤナミレイからすれば、援護する対象の無事を目視で確認した――ただ、それだけ。

 

深い意図を持ち合わせないその行為が、ゴースト中隊の緊張を高めていた時、高速で接近する二つの熱源反応が各機のレーダーに映りこむ。

 

 

「既に片づけていたか」

 

「そっちの状況はどうだ?」

 

 

緑と白のツートンカラーの機体に続き、金の装飾が施された禍々しい漆黒の機体がMark.09の傍に降り立つ。

 

規格こそ戦術機と似通っているが、風格は戦術機と似ても似つかない二機の存在に、突撃銃を反射的に構えつつ戸惑いを見せるゴースト中隊。

 

 

「問題ない」

 

「そうでなくてはな。人類の敵は俺達が殲滅するのだ!」

 

 

会話が出来ている様で成立していないアヤナミレイと五飛の会話に頭を悩ませながら、オットーにこのメンバーを『任せたぞ』と言われた身であるリディは、徐に通信回線を開いた。

 

 

「こちらはZ-BLUE、リディ・マーセナス少尉だ。そこの部隊、作戦続行に支障は無いか? 無ければこのまま漣川まで進んでくれ。道中のBETAは粗方片づけてある」

 

 

その言葉の通りなのだろう、Z-BLUEの三機の後方では先ほどまで同行していた各国の戦術機が上流方向へと向かって跳躍していく様が見えている。遅れを取り戻すべくか、その速度はどの国も予定されていた物よりも速いだろう。

 

ここに来て漸くまともな通信を得た中隊は敵では無いという確証と安堵感に一息付き、隊長が亡き者となった為に指揮権が移ったゴースト2が回答を行った。

 

 

「援軍、感謝するぞ少尉。先の戦闘でかなりの弾を消費した。こちらは一度帰投するつもりだ。随伴を頼みたい」

 

「悪いがそれは出来ない。こちらは各国の主力部隊と随伴してハイヴを叩く。補給物資であれば、既に軌道降下部隊が各地へ落としている手筈だ」

 

「了解した。全機、続くぞ!」

 

 

短い遣り取りが終了したと見るや否や、ゴースト2の指示で中隊は各国の戦術機へと続く様に漣川へと侵攻を開始する。

 

しかしながら、隊長を失ったゴースト中隊の士気が大きく下がった影響は無視できない物であり、後に大した戦果は挙げられなかったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 18時10分 戦術機母艦 格納庫》

 

ビショップ艦隊に所属する戦術機母艦。その一隻の格納庫にて、取っ組み合う二人の若者が居た。それを見ている者も僅かに居るが、野次は誰一人として止めようとしない状況である。

 

 

「てめえの独断の所為でッ……スヴェン大尉はッ……!」

 

 

胸を強い力で突き飛ばされ、背中を壁にぶつけるユウヤ。反撃こそしないが、視線の鋭さは屈する者の目付きに非ず。掴みかかってくるゴースト5――レオン・クゼに対して反抗的な態度を見せていた。それでも、反撃しないのは少なからず負い目を感じているからに他ならない。

 

 

「――止めてレオンッ!」

 

「独断専行、命令違反。その結果どうなったッ! スヴェン大尉は功を焦ったてめえが殺した様なもんだろッ!?」

 

 

レオンの怒りに満ちる言葉は、全てが正論という訳では無い。

 

戦場とは須くして理不尽である。

 

それを頭でしか理解していないからこそ、納得の行く原因を他者に向けるのだ。

 

静止を掛ける恋人などに目もくれず、感情の矛先をぶつけてくる相手だけを前にし、ユウヤは睨み返す。

 

 

「……オレは着いて来いなんて一言も言ってねえよッ……! 大体、あんなとこで立ち止まってたら、どの戦術機甲部隊もお陀仏だったのがわかんねえのかッ!? 隊長も他の奴等もマニュアル通りにいかなかったら直ぐに思考停止しやがる! そんなんだから――」

 

「ふざけんな――ッ!!」

 

 

正論を振り翳すユウヤと、感情をぶつけるレオン。

 

 

「いい加減にしろよッ、お前ら!」

 

「――もうやめてッ!」

 

 

両者の間を割って止める者の出現により、二人は取り押さえられるが、その視線は激しくぶつかったままだ。

 

此度の戦闘において状況を一番冷静に見ていたのは誰でも無いユウヤであった。それだけでは無い。常日頃から対人戦闘を意識し、BETA戦を対岸の火事と見做していたゴースト中隊全体が引き起こした不幸と言えるだろう。

 

しかし、この暴行事件が大きく知られた事で、本国へと帰還したユウヤは査問委員会へと招集される事となってしまったのである。

 

 

 

 

 

ユウヤからすれば、そこで裁かれる様ならば自分は米軍でやっていけないだろう――そう考えていたが、そう判断が下るのであれば清々するとも考えていた。それは、心の何処かで罪と認識して罰を欲していたからか。

 

だが――

 

 

「作戦の推移やBETAの侵攻状況から鑑みてもユウヤ・ブリッジス少尉の判断は合理的であり、当事者各機のフライトレコーダー記録からも、リック・スヴェン大尉の回避操作遅延が直接的な原因であることは明白である」

 

 

査問委員長の冷淡な言葉が響き、ユウヤはゆっくりと瞼を閉じた。渦巻く感情は納得か。将又諦観か。

 

軍上層部はユウヤの命令違反を状況に則した合理的判断だと断定し、ゴースト1の死を自業自得と断じたのだ。これがどういう意図があるのかは分からない。死したゴースト1より、新種の弱点を見抜いて生き残った優秀な衛士を囲っておきたいという打算なのかもしれないという邪推すら浮かぶ始末。

 

しかしどうあれ、これでユウヤの中では軍属として続ける意向は再び固まった事に変わりは無い。

 

 

「従って、一連の当該事件及び作戦中に関するユウヤ・ブリッジス少尉の過失或は責任を、当委員会は一切認めないとする。以上――閉会!」

 

 

閉会した場を後に、扉を出れば自身を待つ影は3つほど存在していた。

 

 

「ユウヤ――」

 

 

一つは恋人の心配する様に揺れる影。

 

 

「…………」

 

 

ユウヤの心境を察しているから故か。声こそ掛けようとしないものの、いつも自分を庇いたてする者の影。

 

そして、唯一動いた影。

 

 

「……誰が何て言おうが、隊長はお前が殺したんだよ……!」

 

「やめろって……」

 

 

ユウヤを責め続けるレオンに、もう決着は付いた筈だとユウヤの肩を持ち続けるヴィンセントがレオンの肩に手を添えて静止を促す。それが不愉快だったのか、力強く払いのけながら、続けざまに恨み節の様にレオンは吐きだした。

 

 

「次その澄まし顔を見せてみろよッ…! その時は俺がお前を――ッ」

 

「レオン……!」

 

 

3人の誰にも視線を寄越さないユウヤは、背後に浴びせられる怒気を受けて尚、振り向かずに静かに告げた。

 

 

「――死にたくなかったら、俺に付いてくるな。下手クソ」

 

 

売り言葉に買い言葉。

 

右肩が急に後ろへ引っ張られたと感じた直後、レオンの右拳がユウヤの右頬に突き刺さる。しかし、ユウヤも後ろへ仰け反る瞬間にレオンの軍服を掴んでおり、引き戻す力でレオンの顔面へ反撃の右拳で返す事を忘れない。

 

 

「やめてよッ――!」

 

「おいやめろよッ、こんな事を大尉が望んでるとでも思うのかッ!!」

 

 

静止の言葉も聞かずに暴力の応酬を交わす両者は、再び取り押さえられるまでに血を流し続けていった。

 

 

 

 

 

数時間後、ユウヤは隊のブリーフィングルームに秘かに呼び出されていた。

 

そこで待ち受けていたのは、副隊長のゴースト2ただ一人という結果に、肩に力を強張らせていたユウヤは、少しだけ息を吐く。

 

 

「来たか。率直に言おう。貴様には転属してもらう」

 

「フン……結局、そういう事かよ」

 

 

上層部がユウヤの正当性を認めても、隊はそれに従わないという事実に不機嫌さを隠す事無く、鼻を鳴らす。

 

 

「スヴェン大尉の死は貴様の独断行動にあると皆が考えている……当然、私もな」

 

「そうかよ」

 

「貴様のそういう所だ。出発は3時間後、秘密裏に行う。ローウェル軍曹共にMPの警護下に置く」

 

 

その発言に目を見開くユウヤ。

 

自分を庇い立てしていたヴィンセントまでが左遷されるという結果は流石に予想外であった。納得の行かない内容に、机を叩いて抗議せざるを得ない。

 

 

「ちょっと待ってくれ! ヴィンセントまで左遷するってのか!?」

 

「貴様共々襲撃するという噂もある。あいつは良いヤツだが、貴様を庇いすぎた。エイム少尉もじきに転属させる。以前、スカウトも掛かっていたしな」

 

「ッ――!」

 

 

ユウヤは査問委員会に呼ばれる直前に、恋人であるシャロン・エイムを一方的に振っている。

 

この様な事件があった以上、隊での居場所がなくなる自分を庇えば、シャロンが巻き添えになるかもしれないという予測の元、一方的に関係性を終わらせたのだ。突き放す事でシャロンの心を傷つけるとしても、これが正しいとユウヤは思って行動していた。

 

とはいえ、予想以上の自信を渦巻く状況の悪さに流石のユウヤもポーカーフェイスを維持出来ない。

 

 

「今更そんな顔をするのか。これは、お前の選択が招いた結果だ――!」

 

 

話は以上だと言わんばかりに、動揺を隠せないユウヤの傍を通り過ぎて行ったゴースト2。

 

 

「――クソッ!」

 

 

静まり返るブリーフィングルームに扉が閉まる音が嫌に五月蠅く反響する。もどかしさと悔しさから机に打ち付けた拳の鈍い音が一つ、密室に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月2日 15時00分 アラスカ上空》

 

ハイヴの存在しないアメリカ大陸では、航空機による移動手段が今でも常用化されている。

 

その一機、アラスカで今話題の地であるユーコンへ向けてフライトを行っているAn-225ムリーヤ輸送機の中、座席に座っているのはたった二人という物寂しい状況だ。

 

機内に会話がなければ、機外のエンジン音だけが聞こえる状況で、特に時間を潰す手段を持たないヴィンセントはむくれ顔の相方へと一方的に話しかけるという手法を選択し続けていた。

 

 

「マジでなんにもねぇなぁ……おい、ユウヤ。見てみろよ? いい景色だぜ?」

 

「…………」

 

「自然豊かなのは良い事だよな。前線国家じゃ、BETAに根こそぎ刈り取られちまうんだからよ」

 

「…………」

 

 

話題に微塵も乗って来ず、自身の方に顔を向けてすら来ないユウヤに、めげずに話を続けるヴィンセント。思い切って馴れ馴れしく肩に肘を掛けてみれば、鬱陶し気にユウヤはヴィンセントの反対側へと顔を背けてしまう。

 

 

「ウィンタースポーツやり放題だよな! そういやオレ、オーロラってまだ見たことねえのよ! オーロラ! って、あれ。あのバカでけぇ川! ユーコン川か?」

 

「――いくらでも食って寝ろ」

 

「そうそうキングサーモンがいっぱい釣れるんだろうなぁ~~、そんでもっていくらをたらふく~~ってオォイ!!」

 

 

返ってきたつっけんどんな言葉にノリ突込みを繰り出すも、相も変わらずに相方はそっぽを向いたままの様で。

 

他愛も無い話に一切の効果が無いと見るや、仕方なしにと言った風にヴィンセントは本題を切り出した。

 

 

「おい……ユウヤ。おまえさぁ、いい加減に機嫌直せって」

 

「…………」

 

「ガキじゃねえんだからさぁ……不貞腐れてたって、しょうがねえだろ?」

 

「……ガキはどっちだよ。こんな最果てに飛ばされて能天気な事言いやがって……」

 

「不貞腐れてるのは否定しないのな……」

 

 

諌めようとするも、如何せん頑なに態度を緩めないユウヤ。

 

今度は攻め手を変え、メリットを列挙する戦法に移行していく。

 

 

「でもよ。ユーコン基地だぜ? 世界中からエリート衛士が集まり、Z-BLUEでさえも参加を表明している『プロミネンス計画』の本拠地じゃねぇか。国連軍に転属ってのはちとショボイけどよ……でも、そこに米国代表での参加って形だぜ。ほら、ある意味栄転だろ?」

 

「左遷だろ」

 

「まぁまぁ…んでも、世界最大級の戦術機メーカー、ボーニング社が直々の指名と来たもんだ。今後のキャリアを考えれば、これは願っても無い機会なんだぜ」

 

「……そこが気に喰わねぇんだよ」

 

 

ヴィンセントからすれば、ユウヤの拘っている内容には理解が及ばないというのが正直な感想だ。

 

整備兵であるヴィンセントにとってみれば、内地で知り尽くした機体を整備するよりも、最前線で実践稼働している戦術機に触れる方が、その場でしか得られないノウハウや蓄積データ。小手先の技術を含めても大いなる経験値になる事は間違いないだろう。

 

それだけでなく、他国の戦術機や開発衛士が集結しているとなれば、独自の戦術機運用論から実践証明済技術を多く内包しており、それに触れる機会があるかもしれない。

 

技術屋からすれば、今から向かう場所はお宝の展覧会といっても過言では無いだろう。

 

 

「な? 整備のオレと開発衛士のお前。オレ達にとってユーコンで経験する事は、絶対良いに決まってるって」

 

「……ふん、こっちから技術提供する事はあっても、日本から学ぶ事なんてねぇよ」

 

「へへっ、それはどうかな? 奴さんの近接機動格闘戦に関する技術蓄積なんかはすげぇって話だぜ」

 

「大体、BETAに近接戦闘を挑もうって発想が――」

 

「――ユウヤ」

 

 

言葉を遮る様に発されたヴィンセントの言葉にお道化た声色は微塵も無く、言わんとしている事を察したユウヤも忌々し気に舌打ちを零した。

 

BETAに近接格闘戦を挑まなければならない状況は、米軍の『想定』には無い。

 

だが、実践を経験したユウヤにはその経験が確かにあったのだ。

 

セオリーである一撃目の艦砲射撃は届かず、軌道爆撃だけでは満足にBETAを殺しきれず、戦術機が数多のBETA群と正面からぶつかれなければならない現実が、実際の戦場では確かに存在していた。

 

アレだけ苦戦した重砲級も、長刀などのリーチと相応の質量が確保された近接武器を持つ各国の戦術機群は少なからず重砲級を正面から切り伏せる事が出来たとの報告も聞いている。耳にしたユウヤはまさかそんな事と否定しながらも、頭の片隅でやはり近接戦闘なら正面から倒せるのかとも確かに感じたのも事実だ。

 

『想定』は文字通り『想定』に過ぎないという事など身に染みており、幾ら強がってもその事実や経験は揺るがない。

 

 

「――チッ」

 

「……毎度の事とは言え、なんでそう日本を毛嫌いするんだよ。オレだってそりゃあまぁ色々あったっちゃ、あったけどよ。でもプエルトリコを憎んだ事は無いぜ?」

 

「うるせぇよ……」

 

 

怒気の割合が多く含まれつつある声色を浴びて、仕方なしにと言った具合で口を閉ざしたヴィンセント。

 

数秒の沈黙が流れた後、コクピットからの内線により着陸態勢に入るとの指示が入る。

 

二人は体勢を固定する為のシートベルトを着けると、そのまま会話も無く機首は角度を地面へと向け始め、高度を下げていったのであった。

 

 

 

 

 

ユウヤとヴィンセントの両者が何事も無くアラスカへと着任して、一日経過したこの日。

 

統合司令部ビルの地下一階、そこに多数存在するブリーフィングルームの一つにユウヤは訪れていた。

 

この場で唯一口を開いているのは、この試験小隊を指揮するイブラヒム・ドーゥル中尉である。

 

 

「我々は、東西陣営ならびに各国の枠組みを超越して協力し合うという人類大同団結の象徴だ。この星の明日を左右する実験機が、アラスカの大自然を背景にエレメントを組んで飛ぶ。誰が揶揄しようが、広報の意味するところは政治的なものばかりでは無い。世界中の前線で戦う衛士達にとっても、士気を鼓舞する効果が期待されている」

 

 

ドーゥルの説明は、ユウヤが着任した事も兼ねてより丁寧なものであった。多少掻い摘んでの説明にはなっているが、それでも重要な部分は一切の省略が無い。

 

 

「ここユーコン基地は、世界各国の軍が一同に会するが故の独自ルールも存在している。些細な言動が国際問題に発展しかねない事情もある。特に宗教関係は他者を尊重し、慎重な言動を心掛けてほしい。各員、今一度己の立場を自覚する様に」

 

 

ドーゥルの視線からしてユウヤだけに向けた発言では無いらしい。

 

それを理解しているからか、聴衆である誰もが表情は真剣そのもの。こういう時に茶化す者や口を挟む者が居ない辺り、ユウヤの勝手知った米軍とは自覚と緊張度が違うという事だろう。

 

 

「――さて諸君。ここで新しい仲間を紹介しよう。彼が本日付で編入となったユウヤ・ブリッジス少尉だ。昨年末の錬鉄作戦にも参加している合衆国陸軍戦技研部隊の出身と聞いている。なんとも頼もしいエリート衛士だ」

 

「…………」

 

「では、我が隊の開発衛士を紹介しよう。貴様の右側に座っているのが、イタリア軍から派遣されているヴァレリオ・ジアコーザ少尉だ」

 

「よろしくな」

 

 

ドーゥルの紹介にあわせて視線をずらせば、その先には緑の長髪が特徴的な白人の男が軽快な笑みと挨拶を繰り出してきた。ユウヤはそれに反応を見せず、一瞥しただけで直ぐに視線をドーゥルへと戻す。

 

 

「前に居るのがスウェーデン軍所属のステラ・ブレーメル少尉」

 

 

振り向く素振りも見せないステラの後頭部に一度だけ視線を投げ、直ぐに目を逸らす。

 

 

「斜め前がネパール軍のタリサ・マナンダル少尉」

 

 

ユウヤと視線がぶつかった直後、ふんっと鼻を鳴らして小馬鹿にした様な態度を取るタリサ。いかにもな新人に対する先任衛士の態度に、身も心もガキであると瞬時に見切りをつけ、何事も無かったかの様に視線を外した。

 

 

「最後に改めて――私はトルコ軍から派遣されているイブラヒム・ドーゥル中尉だ。貴様が編入したアルゴス試験小隊の隊長を務めている」

 

 

南欧、北欧、中央アジアに南東欧であるトルコ。米軍以上に寄せ集めにも似た国籍の多様さを感じる。加えてどの国家も今ではBETAの支配地区に相当する辺り、生き残りの衛士としての技量は決して低いとは想像していない。

 

 

「さて、貴様等にはチームにとって最も重要な信頼関係を醸成する為、親交を深めあって貰おうと思う」

 

 

親交を深める――

 

洒落の効いた暗喩的表現に瞬時に脳を回転させ、意味する所を弾きだしたユウヤ。その脳内で生み出した結果は、ドーゥルの口から齎された言葉と違いは無かった。

 

 

「本日のカリキュラムは汎用対人類戦術訓練プログラムを行う。『CASE:47』だ」

 

 

他三名が小さな驚愕を見せる中、ユウヤとしては好都合であった。どの科目での競争訓練でも負けるつもりは毛頭ないが、対人訓練においては米軍は先を見越してどの国家よりも優先的に取り組んでいる。

 

 

「戦域想定は、光線級の存在するBETA支配地域より170km離れた市街地。従って飛行高度に制限ありとする。勝利条件はリーダー機の撃墜――」

 

 

ドーゥルの出した戦域想定に一切の不満は無い。互いの実力を見るには1対1がベストではあるが、咄嗟の連携力も見るという事なのだろう。

 

対BETA戦ではエレメントの相手を失ったとしても、生き抜く為には咄嗟に見知らぬ者とエレメントを組んで生き残る事とて往々にして在りうるのだ。

 

 

「では編成を発表する。A分隊、ジアコーザ少尉、リーダーはマナンダル少尉。B分隊、ブレーメル少尉。リーダーはブリッジス少尉だ。ブリッジス少尉には、余剰機のストライク・イーグルを使用して貰う。蓄積データこそ無い新品だが、他人の癖が染みついた『お下がり』よりかは動かしやすいだろう。異論は無いな?」

 

「はい、中尉」

 

 

ドーゥルの提案に不満など無い。

 

戦術機や強化装備には各々の蓄積データという物が使用していく事で付加されていく。いわば、経験値だ。それは各々の癖や挙動の際の呼吸など、様々な物を吸収していく。

 

そんな機体を未調整のまま使用すれば、他人の癖が付いた機体と自分の癖がかみ合わず、操縦性と反応速度が悪化するという現象が頻発してしまうのだ。それを調整するのが整備士の仕事でもあるのだが、新顔のユウヤ向けの整備が出来る既存の整備士など存在する筈は無い。

 

そういったハンデを加味しての事だろう、余剰機があるという事を活かしてドーゥルがユウヤに新品を貸与してくれるというのはユウヤにとっても有難い事であった。

 

 

「――よし、では13時00分に完全装備でハンガーに集合」

 

「「「了解!」」」

 

 

ドーゥルの命令を合図に、各員はそれぞれ動き出した。

 

 

 

 

 

ユウヤの歓迎会と称して行われた汎用対人類戦術訓練プログラム。

 

演習場で主だった動きを見せているのは、二機のストライク・イーグルだ。まだ計画が始まった事もあり、比較機体の試製が十分な段階に無い為、四機は全て同じF-15Eである。同じ機体が戦えば、勝敗を分けるのは衛士の腕と幾許かの運だろう。

 

そういった意味合いでは、この戦場はユウヤにとって好都合であった。

 

挑発に乗ったタリサの視線を釘付けにしながらも、下手な反撃として手を出さずに回避に徹する。決して引き離しすぎず、近すぎもしない距離。悔しい事にユウヤはタリサの腕だけを純粋に見た場合、手加減や翻弄出来る程の技術的な差はあまり無いと言わざるを得ない。

 

だが、精神的な幼さと獲物に視線が釘づけになるあまり、ヴァレリオに対して『手を出すな』と非効率的な発言を残していた。付け加えるならば、相手の連携や通達事項が直に漏れてしまう筈のオープン回線で。

 

腕は兎も角駆け引きに弱いタリサを引き付け、未だに姿を見せないユウヤの相方であるステラの存在が薄れれば薄れていく程、ユウヤが勝利を手にする可能性はジリジリと近づいていくだけにも関わらず、当の本人は放熱機能の備わっていない過熱気味な頭脳を更に熱くさせていく。

 

 

「逃げんなッ、このッ!」

 

 

プログラム前に、タリサの身体的特徴から導き出した『チョビ』と言う仇名も大きく作用しているのだろう。『田舎の州兵』だのと喚きながら感情をあらわにするタリサに対し、それを端で見ていたヴァレリオは敢えてタリサの感情に静止を掛けなかった。

 

それはチームメンバーの精神的成長を見越してか、将又興味本位か。どちらにせよ、ヴァレリオのアシストが無くなった猪突猛進な獣の攻撃を躱し続けるのは、容易くなくとも不可能では無い。

 

 

「ちょっとちょっと…凄くない? あのアメリカ人」

 

「え~? でも逃げ回ってるだけでじゃないですか~」

 

「……マナンダル少尉は意図的に追い掛けさせられているわ」

 

「BETA戦帰りは伊達じゃないって事ですか? うーん…何を狙ってるのか私にはさっぱり~」

 

 

その一連の光景を見ていた指揮所のCP陣からは、新人であるユウヤに対する純粋な驚愕と賛辞の声が上がっていた。

 

オペレーターズと呼ばれる三人娘の背後に立つドーゥルも、自身が腕を認めているタリサの三次元機動には少々劣る機動と、効果的な作戦で一撃の被弾も許さないという現状を鑑み、唸り声をあげる程に認められている。

 

 

「ふぅむ……マナンダル少尉が翻弄されやすいのは確かだが…初見であの機動から繰り出される全弾を回避し続けているのは中々にやる」

 

「私が直々に見込んだ甲斐がありましたとも……ほっほっほっ」

 

 

ドーゥルの横で同じくモニターを眺める白髪の壮年男性――フランク・ハイネマンは満足気だ。

 

そんな二人から少し離れた位置で、閉口を貫きながらモニター越しに戦闘映像を見ていた男性へ、ドーゥルは声を掛ける。

 

 

「さて、彼等の腕を見られた上で、どう感じましたか? 『開発主任』殿」

 

「彼は中々の物でしょう。これなら貴方も安心して私達に力を貸してくれる筈だ」

 

 

続くハイネマンの言葉を受け、小さく咳払いをした男は二人の方へと視線を滑らせた。良く見れば、オペレーターズの三人娘も視線を向けている辺り、返す発言が気になるのだろう。

 

フッと瞬時に柔らかい笑みを浮かべ、ハッキリと聞こえる声量で言葉を紡ぎ出す。

 

 

「――なるほど。荒削りだが、悪くない。良い素質を持っている様だ」

 

 

そう口にした日本側の開発主任――巌谷榮二は、ユウヤが勝利を掴むその瞬間まで再び笑みを見せる事は無く、何を思ってか真剣たる眼差しを崩す事は無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言うまでも無くTE編の序章です。

つまり、TE編とオルタ本編が同時に進んでいきます。陳腐かもしれませんが、気楽に気長に宜しくお願いします。

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