to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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前代未聞の長さですが、これでもハイヴ内戦闘を省いた量です。

ご了承下さいm(__)m


『っ』を良く使うのはスパロボ勢で、『ッ』を良く使うのはマブラヴ勢です。

原作が互いにそうであるため、リスペクトしていますので誤字ではありません。また、これを誰が喋っているのかの目安にして頂ければなと思います。

今更な話で申し訳ないです……


第四章 (2)

 

《1998年12月25日 08時15分 朝鮮半島 高陽》

 

 

「新種の存在を各方面へ伝えろ! 各機は防衛にあたれ! BETAを近づけさせるな!」

 

 

オットーの素早い指示で体勢を立て直したZ-BLUEは、BETAの接敵に備えて素早く動き出す。

 

防衛の為に前面へ躍り出たのは、二機のEVA。

 

戦術機を悠に超える赤色と桃色の巨人はそれぞれ、右半分をサイボーグ化させた様な意匠や8つもの複眼をもっていたりと威圧感のある形相だ。

 

 

「コネメガネ、ネェル・アーガマを守りつつ援護!」

 

「あいよ~! 姫、プレゼントだよ」

 

 

EVA8号機がソーラリアン側の後方から走ってくると共に、そのままEVA改2号機へとガトリングガンを投げる。それに合わせて左腕の義手を外し、空中でキャッチしながら換装したアスカは、射線をBETAに向けて無駄の無い様に合わせながら、トリガーを引き絞った。

 

とはいえ、それだけでは弾数が大いに心許ない。

 

故にEVA8号機の持っている獲物に目をつけ、マリに要請を出す。

 

 

「ちょっとソレ貸しなさい!」

 

 

アスカがぞんざいな物言いと視線だけで差し示したのは、マリの持つ射撃兵装の一つ、パレットライフルの事だろう。

 

しかし、このパレットライフルはマリの持つ射撃兵装の中でも一番弾数が多い武装なのだ。EVA8号機は至近距離の場合ハンドガン、中距離をパレットライフル、遠距離に長距離ライフルと状況や適性距離に合わせて使い分けているのである。

 

マリにとって兵装の優先順位は順に長距離ライフル、ハンドガン、最後にパレットライフルであるが、何しろ貸す相手が相手。

 

 

「え~~! 姫は後でちゃーんと返してくれるかな?」

 

 

茶化す様な物言いで態と渋って見せるマリ。

 

馬鹿にする様な発言にムッと表情を歪め、アスカの声色に怒気が含み始めた。

 

 

「良いから貸せって言ってんでしょ! それにライフルは使い捨てでしょうが!」

 

「強引だニャ~」

 

 

アスカの反応を愉しんだマリはパレットライフルを投げ渡す。

 

左手にガトリングと右手にパレットライフルを装備すれば、継戦能力はそこそこと言った所か。意気込み十分に前方へ走り出るEVA改2号機を長距離ライフルで支援していく。

 

とはいえ、この調子でアスカが戦えばマリの元にパレットライフルが戻ってくる事は100%有り得ないのだが、長い付き合いの間柄である以上把握済みであり、そんな細事はマリにとって大した事では無い。

 

姫を揄う事で前報酬は既に貰っているという訳である。

 

――あの数を相手するなら、きっと直ぐに煩わしくなってナギナタが欲しくなるだろう。

 

そう既に予測を付けているからこそ、最初に呼ばれた時から双刃薙刀が収納されているコンテナは用意済みと抜かりは無い。

 

予測はズバリ的中し、僅か10分と経たずにイライラを大量に蓄積させたアスカが投げ捨てた義手とナギナタの回収に走ってくるのを見て、マリはケタケタと笑いながら引き金を引き続けていた。

 

 

 

 

 

迫る異形集団を迎え撃たんと打って出たZ-BLUE。

 

戦火の最前線、眼下に蠢く異星起源種の上で光線属種の視線を浴び続けながら、文字通り次元が違う速度を見せて飛び出回っているのは、アルトの駆るVF-25F メサイアF・TPと、ブレラが搭乗するVF-27γ ルシファーF・SPの二機である。

 

従来の戦闘機と変わらぬ大きさでありながら、バルキリーと呼ばれるこの戦闘機種は最高速度がマッハ5を悠に超えるのだ。この世界で戦術機以前に見かけていた戦闘機の最高速度がマッハ3に及ばないくらいであったのを加味せずとも、とんでもない速度なのが理解出来るだろう。

 

圧倒的なのはバルキリーの誇るマシンスペックの高さだけでは無い。

 

 

「こいつに追いつけるものか!」

 

 

航空機形態での高速機動から一転、ガウォーク形態へ移行。前面に噴射する主脚のバーニアで勢いを殺しつつ瞬時に姿勢制御を終え、目標へ向けて的確にレーザー機銃を照射。刹那、別個体から飛来する光線をロールしつつファイター形態に移行して回避し、離脱へと繋げる一連の各動作をそれぞれ1秒未満で終えるという驚異的な技量。

 

文字に起こせば諄くなってしまうほどの機動をいとも容易く、且つ休みなく行いながらBETAを攻撃し続ける。

 

 

「消えてもらうぞ」

 

 

超音速で飛行するアルトに追随するブレラもまた、変形機構を巧みに選択し切り換え、急速回転で光線を華麗に回避し、マイクロミサイルランチャーをばら撒いていく。

 

飛行物体を優先的に狙うBETAは人類の航空兵器へ封殺するべく、光線属種を投入した経緯がある。しかし、光線属種が航空兵器を撃ち落とせないという事は、BETA大戦初期にあったBETAを蹂躙していた嘗てに戻る事を意味しているのだ。

 

BETAが制空権を再支配する日が来る事は、この世界にバルキリーが居る限り当分は来ないだろう事を感じさせる様な空の光景がそこにあった。

 

 

「流石は俺達の部長だ」

 

「先生として、私も負けていられないわ! ヒビキ君、ここは一気に!」

 

「分かりました!」

 

 

親友の内の一人が披露した無双ぶりをコクピットのモニターで確認したヒビキとスズネは、負けてはいられないと闘志を高めながらソーラリアンから飛び出してBETA群に突っ込んでいく。

 

 

「グレイブ、セット!」

 

 

ヒビキの声と共に柄が伸びたブレードを掴んだジェニオンは、そのまま最大戦速で直近の要塞級に突っ込む。

 

 

「無駄な動きは必要無い!」

 

 

威力だけでなくリーチも強みであるアクセルグレイブは、僅か一薙ぎで要塞級は崩れ落ち動きを止める。その死に様を確認するまでもなく、吶喊していくヒビキは瞬く間に要撃級、突撃級、要撃級、要撃級、重光線級、突撃級と擦れ違い様に切り捨てた。

 

大型、中型と始末すれば、周囲に残る多くは小型種が殆どだ。

 

息絶えた他種の亡骸を何の感慨も無く踏み、足場とする戦車級が数多く迫る。だが、それで怯む筈も無く。

 

 

「この距離ならこっちだ!」

 

 

至近距離戦にグレイブという長物が不要である為、ヒビキは収納すると同時にダガーを展開。逆手で握られている為、大振りのフックの動作と共に戦車級を切り捌いていく。

 

とはいえ、サイズこそ小さいものの数の多さこそが脅威である戦車級。

 

次第にヒビキは一番慣れ親しんだ動きで小型種に対処し始めていた。

 

 

「はぁっ! せぃっ! どうだ!」

 

 

右手による掌打で突き飛ばし、突きで殴りぬけ、触れれば抉れて裂ける程の鋭い蹴りを放つ。

 

幾ら、ジェニオンという機体がジークンドーによる動作を可能としていると聞かされていようとも、BETAの小型種を武術で素早く迎撃していくという目を疑う光景が、そこではさも当たり前の様に展開されていた。

 

 

「光線が来るわ!」

 

 

サブパイロットであるスズネの警告を受け、直ぐ様視線を動かして標的を目視する。

 

光線級が並ぶ様に二体。ジェニオンを射んとする体高3メートル程の厄介者に向け、ヒビキはフルスロットルで距離を詰め始める。

 

光線を回避する方法は簡潔に纏めて二つ。『光線そのものを避ける』事、そして『光線を撃たれる前に倒す事』。

 

 

「させるか!」

 

 

ヒビキが迷わず選択したのは後者であった。

 

瞬時にダガーを収納して両手をがら空きにしたジェニオンは両腕を伸ばし、あろうことか光線級を鷲掴みにし、握り潰すという前代未聞の対処をしたのである。

 

握力の込められた拳――それがゆっくりと開かれた瞬間、滴り落ちる死肉と体液にこめかみをヒクつかせたのは、ヒビキの真後ろでその光景を見ていたスズネだった。この光景は流石に一般受けする物では無い。

 

 

「……ヒビキ君、それはちょっと汚いかな……」

 

「――うっ! ……す、すみません」

 

 

この行動は推測するに、ヒビキの浅からぬサバイバル経験が関与しているのだろう。そう胸中で無理矢理折り合いをつけるも、機体の両手が必要以上に汚物で塗れた嫌悪感は拭いきれない。こそっとヒビキに見えない様、汚れていない筈の自身の掌を膝で擦り拭く素振りをしたのは余談にしておこう。

 

不覚にも『汚い』と言われて俯く様に落ち込むヒビキ。とはいえ、眼前に迫るBETAを見やれば瞬く間に再起動し、ダガーを抜き放って仕留めるのは流石というべきか、当然とでも言うべきか。

 

順調にBETAを捌く最中、ヒビキの視界の端にはライフリングされている貫通弾でBETAが次々に葬られていき、援護射撃をしてくれた機体の方へ視線を向くと同時に声が掛かる。

 

 

「ヒビキ君、ジェニオンの調子はどう?」

 

 

ブイ・ストレイターレットで的確に標的を貫いたバルゴラ・グローリーS。その搭乗者であるセツコは、同じスフィア搭載機乗りであるヒビキを気遣っていた。

 

至高神Zを打ち倒し、不完全ながら超時空修復を行おうとした事でスフィアの力の半分以上を一度に使ったスフィアリアクター達。スフィア搭載機はスフィアを動力としている為、当然ながらその性能が落ちているのもまた然り。

 

とはいえ、飽く迄扱うのはトンデモエネルギーの次元力。気合があればスフィアの力を完全に取り戻せてはいなくとも、出力を以前ほど高める事も不可能では無い。

 

だが補足説明をすれば、それは『他の』スフィア搭載機の話。

 

いがみ合う双子のスフィアを中心として試みた超時空修復は、超大な過負荷によりジェニオンが大破寸前までダメージを負ってしまった事に未だ不安を拭えない。機体の修理及び補給が完全であれど、100%安心だと言えないのがスフィアであり次元力の厄介な性質だろう。

 

戦いながら搭乗者であるヒビキとスズネが直接調子を見るべきだという意見が整備班の中でも一致した事で、今回は特例として駆り出されて出撃しているに過ぎない。

 

 

「大丈夫です。今のところは問題ありません」

 

「数値から見て短時間だったら、GAIモードも発動出来そうよ」

 

「万が一にはそうさせてもらいますね」

 

 

スズネの補足説明に頷き返し、笑みを見せるヒビキ。

 

三段階の形態変化を持つジェニオンに於いて、GAIモードとは強力な切り札であった。それこそ、嘗ては単機でZ-BLUEを苦しめたガドライトの駆るジェミニアからスフィアを奪い、勝利を捥ぎ取って見せる程の性能を持つ。

 

 

「機体動作に何かあったら直ぐに下がってね? まだ本調子じゃないんだから」

 

 

返すセツコも穏やかな声色で応酬しているが、余裕のある声色とは裏腹に両者が戦いの手を止める事は断じて無い。

 

ヒビキは肩のニトロパイクで要撃級を打ち抜いている傍ら、セツコも実体刃であるジャック・カーバーを展開していた。バルゴラの構成装備の全てとなるカーバー――その中心部に埋め込まれているスフィアを感じさせる球体部分の装飾が淡い翠色の光を放つ。

 

直後、カーバーから展開されている実体刃が翠に発光すると共に、刃の形状が変化し長さも延長されているという謎現象が発生していた。これも全て次元力の影響である事を鑑みれば、次元力が斯くも不可思議で恐ろしい物かという一端が知れるだろうか。

 

実際、この戦闘映像を後で見た夕呼の瞳からは光が失われていたと、霞がピアティフに語っていたと言う。

 

 

 

 

 

 

『死の8分』――それは、BETA戦に於ける初陣の衛士の平均生存時間の事を指す。

 

それは、この8分の間に相手取ったBETAの数を見ても難易度が大きく左右されるものだ。

 

中隊規模の戦術機甲部隊が、光線属種を除いた散発的に出現する10の個体ずつBETAを相手取り、それが8分間連続で続いたと仮定としよう。この状況で墜とされた衛士というのは、明らかに訓練不足及び連携不足。またそのどちらもの可能性が考慮され、最終的には戦術機の整備不良を疑われかねないだろう。

 

では初陣衛士が8分間に相手取る場合、BETAを『一度に100体』を相手にすれば、それだけで大きく話は変わる。

 

他方からの支援が無い状態であれば、弾切れ及び武器の耐久度低下により、最後まで戦い抜く事はかなり厳しい状況だろう。精神状態からしても孤立している状態で生き残るのは不可能に近い8分を超えたとしても、9分経過してまだ生きているとは限らない。

 

個々の経験や技量にも大きく左右される『死の8分』。

 

今、武を除いた四人の訓練兵達は、2隻の戦艦と30にも満たない機動兵器群と共に、8000のBETA群を排除しなければならないという事実に酷く戦慄している。単純計算で割り振っても一人300体未満だ。努力と根性だけで乗り切れる数では到底無い。

 

戦場の恐怖――それも、通常初陣で相手にするBETA群を遥かに凌ぐ数を正面切って受け止めなければならない第06訓練小隊の面々は、緊急着陸したネェル・アーガマを中心とし、左翼方向に展開した部隊に属していた。

 

 

「各種の識別目標を完了」

 

「よし、優先順位は光線級、重光線級、要塞級の順に設定」

 

「捕捉完了。デフレクター・ビーム、スタンバイ」

 

「――殲滅」

 

 

機体各所に多数ある水色の装飾。武装には決して見えない各所から放たれる翠の光線は一つ一つが精密射撃兵装と化す。チェインバーのデフレクター・ビームにより、光線級は無残にも蒸発。

 

低出力で放たれたからだろう、重光線級は保護被膜を展開していた個体だけが死滅を逃れれたが、戦術機と同じ体格の重光線級は光線に当たる事などないZ-BLUEにとってはカモに等しい。厄介なのはサイズ差の問題から多種のBETAの影に隠れる光線級の方である。

 

これだけの大多数を相手にしても逼迫している風には見えないZ-BLUE。それとは対照的に、この場で一番気を張り詰めているのは後方で奮戦している第06訓練小隊だ。

 

 

「うおおおおおおッッ!!」

 

 

Z-BLUEの厚い防衛ラインを抜けてきた要塞級の一体に、長刀に依るすれ違い様の斬撃を浴びせた武。エレメントを組んでいるまりもの援護射撃に合わせ、まりもの不知火に縫い付けられていた突撃級の背後に回り込み、長刀を縦に大きく振るった。

 

まりもは怒涛の如く攻め来るBETA群を対処する中で、周囲の教え子へ可能な限り視線を行き渡らせると共に激励を飛ばす事を務める。

 

 

「光線属種はZ-BLUEが相手をしてくれている! 貴様等は要撃級と突撃級の排除を優先しろッ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

言わずもがな最前列は他の機体が派手に暴れている為、第06訓練小隊は実質そのおこぼれを排除するだけ。

 

文字に起こせば途轍もなく味気無い言い方になってしまうが、実際にはBETA戦の重圧により各々が本来持ち得るパフォーマンスを十全に発揮出来る訳では無い。自身等の後ろにもトンデモ機体達が最終防衛線として艦の直衛を担っているものの、それに甘えさせるほどZ-BLUE側も余裕がある訳では無いのが厳しい現状である。

 

 

「06、フォックス2!」

 

 

教え子たちに向かうBETAを次々に屠っていくまりも。36mm弾を放って戦車級の群れを掃射し、絶え間の無い要撃級に対処する。

 

再び教え子たちに視線を向けた瞬間、彼女らに迫る死神達に気付いてしまった。

 

 

「避けろ、涼宮!」

 

「させるかよおおおおおッ!!」

 

 

教官の鬼気迫る指示に逸早く動く武。

 

側部から突撃を行いつつ、直ぐ様脚部を切り飛ばして移動を不可能にした。

 

 

「大丈夫ですか、涼宮さんッ! あッ――」

 

 

遙の不知火に背を預けて一息つこうとするも、状況はそれどころでは無い。何故なら、彼が先ほどまで相手していた片腕の要撃級が、風間への背後へ襲撃を掛けていたからだ。

 

 

「あぶなッ――」

 

「――はあああぁぁぁぁッ!!」

 

 

武の警告よりも早く、まりもが直ぐに短刀を抜き放って腕部の関節に切っ先を突立てていた。

 

既に損傷過多であった要撃級は事切れるが、他人のカバーの為とはいえこの中での最大戦力であるまりもと武が動いてしまった事に変わりは無い。

 

防衛線に開いた穴目掛けて突っ込んできたのは三体の突撃級。

 

 

「白銀ッ! 涼宮さんッ!」

 

「――?! 遙、前ッ!」

 

 

悲鳴にも近い宗像と水月の警告。

 

二人が同時に視線を向ければ、三体の突撃級が遙の不知火を目掛けて突っ込んできており、直ぐ様36mmを放つが、その勢いは止まらない。例え先頭の一体を仕留めれても後の二体までは対処不可である事に変わりも無い。

 

 

(クソッ、嘘だろッ!? オレは――)

 

 

120mmを撃てば多少は怯むのだが、決して撃たないのでは無い。武は弾数をたった今使い果たしていたばかりなのだ。

 

先まで別方向の戦車級の群れを対処していた遙は、急な突撃級の襲来に頭が追い付かず、120mmの意識が抜け落ちている始末。回避など夢のまた夢で、このままでは直撃は免れれない。

 

そう思われていた直後――

 

 

「――えッ!?」

 

 

不知火達の目の前に紅の炎が飛び込み、突撃級はその動きを止めた。

 

最高速で走っていた三体は遙の不知火の数メートル手前、そこだけ時間が切り取られているかの様に静止しているのである。走っている体勢に変わりは無く、まるでセル画の一コマだけを抜きとったかの様な瞬間を彷彿とさせていた。

 

呆気に取られている遙達が次に気づいたのは、突撃級達を縛り付けている地面の紫に光る魔術紋とそこから立ち上る瘴気。

 

そして即座に静止する三体の中央に飛び込んだのは、白亜の機体。

 

着地と同時に機体の背部から伸びている左右の基部が次元力を帯びて回転し始めており、瞬時に最高速へと達した巨大な円形のエネルギーの刃は、目標を切り刻まんと力を貯める様に接続アームがしなりを見せる。

 

 

「纏めて天へ導く!」

 

 

白亜の機体――パールネイルが着地の体勢から回転する様に舞い、それに合わせて二基のヴァルキュリア・スピナーが装甲殻諸共三体の突撃級をバターの様に容易く両断していた。

 

しかし、白亜のパールネイルの向こう側、朧気ながらに武の視界に映るは重光線級の姿。

 

 

「後ろだッ!」

 

 

警告より早く走りだしていたのは、群青色の影だった。

 

 

「いただきっ!!」

 

 

重光線級周辺で蠢く雑魚を避ける為、跳躍を見せてから瞬時に姿勢制御し、バルゴラⅡ号機は実弾を二射。照射準備の為に保護被膜を展開出来ない重光線級の眼へ弾丸が吸い込まれ、眼球部分から体液を噴出させて絶命する。

 

頭部デザインの少し違うもう一機も現れ、遙達の不知火に近寄っては気遣う声を掛けてきた。

 

 

「よーし、お前ら! ここは俺達に任せて一度後退しろ!」

 

 

低く野太い声には似合わない、温かく面倒見のある言動を発するデンゼル。

 

教え子達を前にしてBETAを相手取っていたまりもは、良く見れば各員のバイタルデータが極度の興奮状態にあったと気付く。反してバイタルデータを見ていない筈のデンゼルは、これだけの数を相手にしながら初対面の相手の精神状態を察していたのだ。

 

多数のBETAを相手にそこまで気が回っていなかった己を自省しながらも、まりもはデンゼルへ一目を置かざる得ない。

 

 

「全員お言葉に甘えさせて貰え。ついでに、水分と弾薬の補給も忘れるな」

 

「は、はい!」

 

「新米だろうと、戻ってきたらカリカリ働いてもらうぞ! よし、下がれっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

まりもの命令に合わせ、デンゼルが笑顔を浮かべながら第06訓練小隊の士気を下げない台詞を吐き、手持ちの全距離対応型メイン兵装であるガナリー・カーバーを構え、銃口を展開させて標的を鋭く睨む。

 

左方向から押し寄せるBETA群に向け、後退の命令と共に高出力長射程のビームを発射して一網打尽にしていった。

 

戦術機の規格とは思えない威力と射程に瞬間的に驚愕する武だが、直ぐに表情を引き戻しては撃ち漏らした小型種に向け、突撃砲の銃口を向け、時に短刀で手馴れた寿司職人の様にBETAを次々と捌いていく。

 

唯一下がろうとしなかった訓練兵を訝しみ、操縦桿のトリガーを引き絞りながらデンゼルは言葉を掛けた。

 

 

「お前も下がれ、訓練生」

 

「オレはまだやれますッ!」

 

「――白銀ッ!」

 

 

軍では上官が休めと言えば、部下は休息を取るのが絶対である。故に大尉の指示に従っていない武に対し、まりもが叱責するのは何らおかしな話では無いのだ。

 

デンゼルは先までソーラリアンの直衛として後方から06訓練小隊を見ていたその中でも、様々な意味で目立っていたのが武の乗る不知火である。

 

 

「ダメだ! この中でお前が一番休憩を取るべきだ。焦ってるんじゃ何にもならないぜ」

 

「――ッ?! あ、焦ってなんか――」

 

「従え訓練兵、弾も少ないだろう。戻ってきたら死ぬ程こき使ってやる! 途中でヘバったらケツを蹴り上げてやるからなっ!」

 

「――ッ、了解」

 

 

冷静で無いと暗に指摘された武は苦々しい顔つきで了承の意を述べ、素早く後退する。

 

今は国連軍では無く、Z-BLUEの指揮下だ。こうまで言われれば、大尉であるデンゼルの命令には従う他無い。

 

自身の教え子の不敬に謝罪の言を発したまりもに、デンゼルは気分を害した素振りは無く、存外に穏やかな口調だった。

 

 

「大尉、申し訳ありません」

 

「構わん軍曹。ところであの訓練兵、初陣じゃないだろう」

 

「――?!」

 

 

訓練生の情報など殆ど与えていない筈だが、デンゼルは武が初陣では無いと見抜いていたのだ。

 

『平行世界から来て』尚且つ『戦術機の搭乗経験がある』という情報はそれこそ漏れているとは思えない。まりもは驚愕こそ見せるが、それは外から見れば直ぐに分かる事。

 

基本的に新兵は『生きる事』や『倒す事』に執着し、周囲の敵を必死になって倒す傾向がある。標的に明確な優先順位は無く、目に付いた者から倒すという形だ。

 

しかしながら武の場合はエレメントを組んでいるまりもがサポートしてくれる事を前提とし、BETAを極力まりもに近づけさせない様に工夫しながら戦闘をしていた。武特有の機動でBETAを引き付ける事は出来ても、武が援護に回るというのは余り得意としていないと本人が自覚している事も大きい。

 

だが、それが吉と出るかはまた別次元の話。

 

先の風間を襲った片腕の要撃級は武の撃ち漏らし。目が良いばかりに、味方を死なせない事に固執する余り物事の優先順位を履き違え、結果的に己のみならず周囲までもを危機に陥れた。

 

周囲に気を配るのが決して悪なのでは無い。心意気やよし、デンゼルはそう感じていた。だが、『この戦場』で『その程度の技量』でという事に問題を感じずにはいられない。

 

訓練生にしては余裕が生まれて然るべき技量を十二分に持ちながら、思考と目の使い方が悪い事のなんたる愚かしさか。自然と忠告する声色が低くなってしまうものだ。

 

 

「軍曹、あの訓練兵に気を付けろ」

 

「――え」

 

「落ち着いて見れば分かる。あれは焦ってるヤツの反応だ。親しい誰かを失ったばかりか、もう失いたくないと固執しているか」

 

「…………」

 

「どちらにせよ、充分に気を配っておけ。戦場は何が起きるかも分からんし、何を仕出かすかも分からんからな」

 

 

チーフと慕われ部下を持つデンゼルだからこそ、上官としての目の掛け方をまりもに指摘する。

 

技量があるばかりに、大丈夫だろうと武を過信していたのは確か。教官職に就いておきながらも迂闊だったと己を恥じ、人知れず下唇を噛み締める。

 

 

「…了解しました。ありがとうございます、大尉」

 

「気にするな、訓練生が返ってくるまでにはここを綺麗にして脅かしてやろう」

 

 

気落ちするまりもに反し、本来の温かい物言いでジョークを飛ばす。切り替えを重視しろという気遣いに、感謝の意を心に秘めたまりもは操縦桿を握り直した。

 

なし崩し的に指揮を取り出したデンゼルは不知火を随伴させ、BETAを殲滅するべく前に出始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 12時28分 朝鮮半島 華川》

 

錬鉄作戦が開始してから3時間が過ぎた頃、Z-BLUE先行部隊は時間の遅れを取り戻すべく、春川から華川までを猛烈な速度で押し上げていた。

 

部隊の中で、一際BETAを殲滅しているのはこの男、キラヤマトである。

 

展開されたマルチロックオンシステムは電子音を発しながら敵を捕捉し、最大効率で敵を撃ち貫ける様に斜線上のマーカーが黄色く捕捉され、赤くロックオンされたと示すマーカーに次々変化していく。

 

 

「これで!」

 

 

狙い澄ましたとでも言わんばかりに、黄金に光る機体の眼光。全ての銃口を蠢くBETA群に向けて構え、そしてその全てが開放された。

 

概ねを標的として捉えたストライクフリーダムが放つ、展開したドラグーンを含めた全射撃武装によるフルバースト。計13門による一斉攻撃は逃げ場の無い確かな死線であり、触れる全てを塵芥へと瞬時に変換しながら一掃する。

 

僅か一回の攻撃で前方のレーダーに映る赤いマーカーの大半が消し飛んでいるのを見れば、ストライクフリーダムが如何にBETA戦に有力かを示している。広域殲滅を得意とし、一対多の戦闘を前提として作られているからこそ、成せる驚異的な戦果だ。

 

この戦闘データを見た夕呼が、思わず珈琲を噴きだしていた事からも異常性を連想させるだろう。

 

とはいえこれだけの戦果を出す程度、当然と言えば当然である。

 

華川から一度鉄原とは真逆方向の春川まで一度後退した後、転進して引き付けたBETAを一直線上に並べて一斉掃射するという戦法を用いているのだ。故に必然の成せる業であり、クシャトリアのメガ粒子砲やブラックゲッターのゲッタービームを始めとした長距離殲滅攻撃を持つ機体が多いのもこの為であった。

 

最大射程乃至最大威力という点に於いては、ガンダムDXのサテライトキャノンが存在するが、それはこの場では封印されている。

 

一度サテライトキャノンを撃ってしまえば、僅か30キロの間のBETA群を遥かに飛び越え、北朝鮮の中腹部まで続く数百キロの荒野を生成してしまう事は想像に難くない。サテライトキャノンは威力調節が可能とは言え、今回は過剰戦力である事に変わりは無いのだ。撃たない事を理由にガロードも参加の要請を許諾している。

 

 

「よし、一度ここで停止しろ。ネェル・アーガマの漣川到着を待ちつつ、軌道降下部隊を確認した後は鉄原へ攻め込むぞ! 各機は補給作業に移行しろ!」

 

 

華川までのBETA群を殲滅し終えた先行部隊。

 

ブライトも次の作戦段階へ向けて体勢を整える様に指示を飛ばし、一息吐きだす。

 

 

(…しかし、新型BETAとはな。BETAの対応能力については聞いていたが、ここに来て新たな戦術を持ち出してくるとは……この先、上手くいけば良いのだが……)

 

 

一抹の不安を押し込めつつ、久々の水分補給でカラカラに乾いた口内を潤したブライトは整備班へ連絡し、状況を確認する事を怠りはしなかった。

 

 

 

 

 

ラー・カイラムから少し離れた位置で、休憩を欲さない集団が居た。いや、集団という表現が果たして正しいのか疑わしい所か。

 

何故なら、厳密には一人と一群と言うのが適切であるのだから。

 

休息という二文字を生まれてこのかた欲した事があるとは思えない男――熱気バサラは他のFire Bomberのメンバーを余所に、山肌に腰を下ろしてギターを掻き鳴らしていた。流す曲はTRY AGAIN。イントロ部分をループさせている辺り、今が力の入れ時では無いと本人なりに感じているのかもしれない。

 

そんなバサラの周囲に寄り添っているかの如く待機しているのはELS GN-X達である。

 

ELSや朝鮮の土地に腰を下ろす山々、そこに根差している木々が居れば、バサラにとっては立派なオーディエンスなのだ。

 

時間を潰しながら形だけの当直を熟す事10分弱。

 

ラー・カイラムから飛び出し始めた機体群に視線をやれば、漸くFire Bomberの面々が戻っきたらしい。待ちくたびれたと言わんばかりに腰を上げ、乗機に素早く乗り込んでは軽口を叩いた。

 

 

「へっ、遅えじゃねえか」

 

「本当に休憩良かったの?」

 

「構いやしねえよ。たった数時間の野外ライブがなんだってんだ」

 

 

戦場だろうと宇宙の果てだろうと一切気にしない、最早気にしなさすぎるバサラに、そーですかと慣れた様子でぞんざいに返答したミレーヌ。

 

 

「よーし! じゃあ今度は私も頑張っちゃうから!」

 

 

そう言いながら無邪気にも山の高さを超え、バトロイド形態へと変形してギターを弾きだした直後――

 

 

「きゃああっ!?」

 

 

全てのELS GN-Xが突如として動き始め、その内の一体がミレーヌのバルキリーを突き飛ばした。

 

 

「ミレーヌ!」

 

「っ!? おい、お前ら何やって――」

 

 

心配するレイ・ラブロックに、バサラもELSへと怒り任せに怒声を挙げている最中。

 

突如として『飛来した何か』が、突き飛ばしたELS GN-Xの頭部を吹き飛ばしたのである。敵襲だと理解すると同時に、ELSはミレーヌを援護防御したのだと面々は気付いた。

 

撃ち抜かれたELS GN-Xは物理攻撃を無効とする故に、グニャグニャと流動しながら形を再形成させ、体内に残った『飛来物』を吐き出す様に落とす。黒い大型の円錐形に、レイ・ラブロックは張り詰めた声で通信を流す。

 

 

「各員、敵襲だ! 『砲弾』でELSが撃たれたぞ!」

 

 

休息に張り詰める様な緊張を纏っていく戦場で、ラー・カイラムのブリッジでは現状にブライトが頭を悩ませながら、通信を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 14時30分 竹島近海》

 

帝国と朝鮮半島の境となる島が幾つか存在している中でも、有名な物と言えば長崎県に位置する対馬。そして、島根県に籍を置く竹島という島が存在する。

 

人が住める程では無い面積の小さな無人である竹島近海に、米国艦隊の一隻が停泊していた。

 

現在、各国の連合艦隊が朝鮮半島の西海岸へと揃っている筈が、『不慮の機関停止』という事態により一隻のみが竹島近海で動きを止めていた――というのは建前。それは艦内の誰もが落ち着きを見せ、作戦地域へと急ごうとしていない事からも証明出来るだろう。

 

 

「スパイク隊、目標を確認した模様です」

 

 

CP将校の報告にふむと鼻を鳴らして片眉を僅かに上げた艦長。

 

衛士を含めた現在の米国軍人の大半が移民であるのに対し、この艦長を含めた全員が純粋な米国出身であり、その全員が母国へと忠誠を誓っている。とはいえ派閥はそれぞれだが、それはそれなので今は置いておく。

 

 

「調子はどうだ」

 

「動きは無い模様。BETAの接近に合わせて活動を開始すると推測されます」

 

 

CP将校との遣り取りで得られる情報を素早く受け取り、次の指示を模索して打ち出していく。

 

 

「念のために距離を保ったまま監視を続行。迂闊に近づけば敵だと思われる可能性もある、用心しろと伝えろ」

 

「了解。現在の距離を保ったまま標的の監視を続行せよ」

 

 

CP将校の復唱に応じ、スパイク隊と呼ばれた者達は指示に従う。

 

艦長は他のオペレーターに一言耳打ちする様に告げ、『目標』と呼ばれている物の書類を受け取った。

 

訝しげに眼が通されていく書類。クリップホルダーで添付されている写真には、戦術機とは大きく違う異形の集団が映り込んでいる。それこそ系統はBETAに近しくも感じるが、その実戦術機や人を襲う性質は無い様だ。

 

そもそも、そういった性質があればスパイク隊は今頃海の藻屑と化しており、指示をしたこの艦隊も粉砕されていてもおかしくない。

 

なにせ最小個体が既に戦術機を超える体長を持ち、飛行能力を持ちながら突撃級をも超える速度で突撃するのである。嘗ての佐渡島ハイヴを蹂躙する衛星画像には、見るも無残な戦いが映されていたのだから当然と言えば当然だが。

 

なんとか情報や構成素材の一部だけでも採取出来ないかと思考を巡らせていた時、CP将校が報告を挙げた。

 

 

「艦長、横浜の香月夕呼から通信です」

 

 

案外早いなと一人小さくゴチた後、繋げと命令を下しながら内線を手に取った。疎まし気な艦長の耳に、冷淡な語調のうら若き女性の声が耳に響く。

 

 

「こんにちは艦長。『機関』の調子は如何ですか?」

 

「整備不良だった様ですな。直ちに復旧作業をさせていますとも」

 

 

小手調べの挨拶に、艦長は僅かばかり苛立ちを見せる。

 

政治屋には在りがちな『拝啓』にも似た応酬を、軍人は好かない場合が多く、またこの艦長もそうなのだ。『女狐』と蔑称を付けられた女が只の牽制程度の挨拶で済む筈も無いが、それで退くならば楽で良い。

 

 

「心配させてしまいましたな。要件が無ければ我々も忙しいのですが」

 

「そう仰らないで下さい。現状は『止むを得ない』状況ですが、あまりそこに居られない方が良いと思って連絡差し上げたのですわ」

 

 

引っ掛かりのある物言いに、艦長も食いついた風に話を促す。

 

 

「何かあるのですかな」

 

「竹島近海の海底には、『新手の異性起源種』らしき生物達が眠っている――そういった噂はご存知ありませんか」

 

「耳にした事なら幾度かは。それが?」

 

 

それが、などと宣っているが、この艦が調査しているのは正しくその件である以上、白々しいにもほどがある。

 

苛立つ素振りも見せず、飽く迄助言と言った体裁を崩さぬままに夕呼は言葉を続けた。

 

 

「彼らはZ-BLUEに所属する機動兵器群です。不用意に近づきすぎれば、痛くも無い腹を彼らに探られるかもしれませんわね」

 

「ふむ、その情報の出所を聞きたいですな。公にしている情報ならば、我々も耳にしていてもおかしくないと思うのだが」

 

「飽く迄滞在している場所は帝国海域。わざわざ諸外国にまで通達する必要はありませんわ」

 

 

引き下がる様子を見せない艦長。

 

夕呼の言っている事は概ね正しい。情報公開は帝国にのみ行われている。だからこそ、作戦地域としての航路に『意図的』に日本海経由を選び、戦艦の一隻のみがそこで『偶然』にも停止している。

 

そうでもしなければ米国に詳細な情報など入らないのだから。

 

 

「なるほど。しかし我が艦は機関が停止している。『作業』が終わり次第、作戦地域に急ぎますとも」

 

 

もっともらしい事を口にするが、戦艦に搭載されているのはA-6 イントルーダーのみ。この機体は水陸両用機であり、今回の作戦に必要とされている戦術機は一機も搭載していない。だからこそ、作戦終了時まで居座るつもりであり、素直に作戦地域へ赴く筈が無いのは夕呼とて百も承知。

 

 

「では海底のZ-BLUEの部隊に機関を見て貰える様、此方から打診してみましょう」

 

 

夕呼の決定的な口撃に、さしもの艦長も呆けざるを得なかった。

 

畳みかける様に補足説明を加える夕呼の口角は憎たらしくも釣り上がっている。

 

 

「海底の部隊は高度な人工知能を持った部隊だそうですわ。自分達の損傷を判断し、仲間内で機関や部品を製造・修理すると言われています。故に彼等専属の整備士はZ-BLUEにも居ないのだとか」

 

 

馬鹿な、そう切り捨てたい気持ちは非常に大きい。

 

だが万が一、艦の様子を実際に見に来られては米国が困る。実際に機関が止まっている訳では無いし、止めたとしても動かされれば戦場へと赴かねばならない。『作戦概要に必要ない戦術機を剰え遅れて持ってきた』となれば、米国の信用は墜ちるだろう。かといって、作戦地域手前で作戦終了しても居ないのに、勝手に引き返す訳にはいかない。

 

のっぴきならない状況――所謂、詰みだ。

 

加えて米国はZ-BLUEからの信用を失う訳にはいかない事情が、特別にある。

 

吹き出る額の汗を荒々しく拭き取った艦長は必死に策を巡らす。嘘だと断じたい。断じてやりたいが、信用を保ちたい相手に伝わる可能性を鑑みれば、口が裂けても言えないのだ。

 

相手を一手にして追い詰めた夕呼は、ほくそ笑み蜘蛛の糸を垂らす。

 

 

「艦長。我々としても艦長がそこで『立ち止まられている』事、非常に残念に思いますわ。そこでなのですが――」

 

歯を食いしばり一言も発さずに夕呼の言葉を聞き届けた艦長は、苦し気にCP将校へイントルーダーの部隊へ帰還指示を出す。

 

結局、戦艦が作戦終了時までその場から動く事は無かった。

 

 

 

 

 

「ふふっ……米国に貸し一つ。これは大きいわね……!」

 

 

地下19階の執務室で一人笑みを浮かべ続けていた夕呼は随分と満足のご様子である。物事が思い通りに動くのは実に久しぶりの事だ。Z-BLUEが来てからというもの、トンデモ事象ばかりで脳の処理が追い付かず、幾つかのヘマすら起こしていた事すらある。

 

重なる不遇の反発が起きたのだろう、利き手に持つカップに注がれている黒い液体を回して香りを放出させ、天然特有の芳醇な香りを楽しむ。

 

此処まで行けば大満足。

 

革の背凭れに重心を深く預け、少しばかり最近の事について夕呼は脳内の整理処理を行う。

 

 

(さて、さっきのは我ながらかなり上手くいったわね。ちょっとしたペラペラの資料一枚でも、流石にZ-BLUEとなると大きく違うという事かしら)

 

 

日本海の海底で帝国を守護しているZ-BLUEの部隊、バスター軍団の存在は当初、夕呼をも大いに苦しめた。

 

人の手を離れてから1万2千年もの間、自身等で機械体を修復しながら活動を続けてきた恐るべき機動兵器群。その外見こそBETAとも見間違いそうになるが、一個体の戦力そのものが次元が違う。

 

Z-BLUEの協力という体でBETA渡洋の阻止を務め、未だ反応炉のみとなった佐渡島ハイヴへのBETA侵入を一匹たりとも許していないのだから伊達では無い。

 

世界の警察を一時期名乗っていた米国は衛星写真で情報を得たのだろう。バスター軍団の情報を得るべく、今回一隻の戦艦が動いたのである。衛星写真での監視をしようとも、海底に一度沈んだバスター軍団が数か月も地上に顔を出さない事から、搭乗者という概念を用いないと推測出来ているだろう事は、夕呼も容易に予測できた。

 

そこで、Z-BLUE以外は知りもしないセルフメンテナンス能力を盾に脅せばあっという間に崩れ落ちたという訳である。

 

しかしむざむざと米国の信用を僅かばかり失墜させるより、貸しを作る方を夕呼は選んだ。

 

『好意で提供』したのは待機中のバスター軍団の攻撃能力や高度な知能を持っているといった大まかな情報。それを受け取った停止中の戦艦は、万が一のBETAによる帝国侵攻や迂回戦術を食い止めるといった名目を与えたのである。

 

米国の面子は保たれ、『運良く』搭載していたイントルーダーも言い訳の一つにはなるだろう。

 

 

(とは言え米国がZ-BLUEの情報を一層欲しくなるようにしたのは、あたしとゼロなんだけど)

 

 

各国への技術提供に関し、Z-BLUEは帝国と米国にのみジェガンを特別に提供している事が大きい。

 

Z-BLUEと帝国の関係性は傍から見ても密である事に違いは無い。故の特別なジェガン。

 

そこで米国も特別な条件を元に、ジェガンを提供される所まではこぎつけた。表向きにはZ-BLUEが米国へ帝国と同じくらい信用している証として、触れられているらしい。情報の出所は当の米国というのが滑稽だが、これは余談か。

 

 

(でもそこからなのよね~、問題の『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』は)

 

 

米国はジェガン本体を手に入れただけに過ぎない。簡易マニュアルを渡されただけでは、直接Z-BLUEの教えのあった帝国との差が縮まる速度は緩慢だと言えよう。

 

また、戦術機という物への理解が薄い米国には落とし穴があったのだ。

 

魅惑の熱核反応炉には、動力源が当然ながら必要となる。自動車であれば、ガソリン。動物であれば水と食物。そしてミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉にはヘリウム3と重水素が不可欠。しかしながら、問題のヘリウム3は地球上で十分な量の確保が不可能だと後に気付いたのである。

 

Z-BLUEの機動兵器の様な活躍には、それだけ進んだ機関が必要だと言うのが米国の一般的な考えであり、そこに目を奪われていたに等しい。後方国家故に戦術機という物への理解が薄い故の視点。

 

実用の目途が立たないと気付いたが故に、何かヒントになるものが無いかとバスター軍団へ無断で近づいたという訳だ。収穫は無いに等しく、大きな借りを作っただけに収まるという最悪な結末を迎えたのだが。

 

 

(米国はこれで終わりじゃない。必ずODLを手に入れようとする筈。まぁ、その分以前と比べれば積極的に戦ってくれるのは有難いけど)

 

 

Z-BLUEが以前世界に公表したODLの取引――ここではODL産業とでも敬称づけておくが、ODLを手に入れたならば、それはそれで米国を熱核反応炉に釘づけにしていられる。

 

形だけでも米国の戦略方針で戦術機が強くなれば、その分G弾乃至第5計画推進派の牽制にも繋がるだろう。

 

 

(上にも大きな貸しを作ってある分、この先少しは過ごしやすくなりそうで清々するわ)

 

 

夕呼自身、今回の米国に対してだけでは無く、帝国にも一月後に向けた件で大きな貸しを作っている。世界を動かす気分――そこまで夢想した瞬間、自身の嫌いな手駒の男の不敵な笑みが浮かび上がり、思わず舌打ちを鳴らした。

 

折角の愉悦に冷や水を浴びせられた様な気分の夕呼。眉間に皺を寄せながらもカップの液体に再び口を付けた時だった。

 

 

「……戻りました」

 

 

表れたのは霞だ。ピアティフに霞を呼ばせていた夕呼は、備え付けのソファに座る事を促し、自身も対面に位置する様に移動する。

 

 

「やっと来たわね。社、座りなさい」

 

「……すみません」

 

「気にしないで。休憩中に呼びつけたのはこっちなんだし」

 

 

頭部のウサ耳をピコピコと動かした霞は、促されるがままに腰を下ろす。

 

 

「さてと……ここ数日、社から見た白銀の報告を聞かせてちょうだい」

 

「はい。白銀さんは特に訓練に打ち込んでいます……でも、隊の皆さんが死んだという記憶があるからだと思います」

 

「想定内だわ。『鑑純夏』についてはどう?」

 

「積極的には思い出さない様です。でも、私と居る時にはたまに思い出してます……」

 

 

白銀武を扱うに際し、隊についてはまりもに任せている。詳細な訓練カリキュラムの是正には殆ど口を挟まないし、その中で上手くやっていくのは武自身だ。

 

だが、もう一つ重要なのは『鑑純夏』の情報を与えない事だと夕呼は考えていた。

 

話を聞くに武の中の大きな原動力として『鑑純夏』は存在していると既に認識済みであるが、それがZ-BLUE本隊に居ると知られればどうか。必ず香月夕呼とZ-BLUEの関係性を疑い、やいのやいのと喧しく噛み付いてくるだろう事は想像に難くない。

 

それを見越していた訳では無いが、純夏が生き返った直後の通信で夕呼は『Z-BLUEにシロガネタケルの事はあまり口にしない方が良い』とだけ告げていたのが功を奏するだろう。

 

そもそも夕呼が『白銀武』の名を最初に聞いたのは、純夏との通信だった。

 

通信の中で高頻度で出現する人物の固有名詞、それが死した想い人だと知るや否や、夕呼はそう指示したのである。単純に死した想い人の事を繰り言の様に口にする事が印象を悪くさせると一般論で告げたが、断片的に純夏の口から語られた白銀武の特異性が見えての事でもあったのだ。

 

昔に亡くなった想い人の名前まで態々Z-BLUEの面々が掘り返して聞き出す事は滅多と無いだろうと踏んでおり、予想通りと言うべきかZ-BLUEの中で『白銀武』の名を知っている者は殆ど居ない。

 

 

「そう。まぁ直ぐに切りかえれる様なタイプじゃなさそうだし、概ね想定通りかしら。『鑑純夏』に目移りされてたんじゃ訓練や戦闘に集中出来ないでしょうし、社も余計な事は言わないでおきなさい」

 

「……はい」

 

 

第06訓練小隊のメンバーを選出したのは武にも等しい。二名は死亡、二名が病院送りであった嘗ての記憶に不安を駆り立てられるのだろう事は簡単に予想が付く。だからこそ、これ以上他の事柄に気を取られる事を夕呼は許さなかった。

 

武からすればもう死んで欲しくないと思っているのだろうが、それはそれ。夕呼としては戦って貰わなければ存在理由が無い。

 

故に手っ取り早く、『どれほどの状況で死なないか』を見る為に今回の作戦に参加させたのである。今後のZ-BLUEとの関係性を鑑みて早期に接触させた意味合いも大きいが、専らは因果的な強さを測る事が第一の目的だ。

 

とはいえ、Z-BLUEの面々のお蔭で幾つもの危機を脱している現状、これが06訓練小隊の独力が推し量れるかと言えばそうは言えなくなってしまっているが、艦砲射撃の援護無しの状態でありながらも最前線で戦い続けている以上、戦力的にはマシであるという結果は既に出た様なもの。

 

 

「新種が確認されながら、損耗していないところを見ると悪くないのが良くわかるわ。流石は別世界のあたしね」

 

 

そうほくそ笑むも、新種のBETAが出現した事への懸念は大きい。

 

反射級と仮称を付けられた新種は現在判明している情報から察するに、独力での攻撃能力を有さず、光線を乱反射させるという為だけに存在するといっても過言では無いだろう。だが、ミサイルでの撃墜は光線という存在からして非常に難しく、その高度や大きさも相俟って艦砲射撃での撃墜は不可能に近い。

 

対抗策として現実的であるのは、『超遠距離の精密射撃』による実弾での狙撃くらいなもの。とはいえ、高高度で上空の風向きや種々の条件を計算した上での狙撃と考えれば、果たして何人が可能とするのだろうか。

 

翼を持たず滑空していると推測される事から鑑みれば、滞空時間=攻撃時間故に限りはあれども、その間に光線の乱反射を防御し続ける事が可能という訳では無い。加えて、ハイヴの打ち上げ機能が構造的に不可能である第一フェイズ、第二フェイズのハイヴでは不可能と言う見解が概ねか。

 

本来、第五フェイズにならなければ打ち上げ機能が発揮しない筈であるが、飽く迄『宇宙への打ち上げ』に関しての情報である。僅か数百数千の高さ程度であれば、第三フェイズの時点で可能とするという事が今回で判明した。

 

第五フェイズ以降でも出現出来るのかは不明であるが、それはいずれ分かる事。

 

なんにせよ、戦術に特化した厄介極まりないBETAである事に違いは無く、その対抗策も打ち出せていない。乱反射による誤射を防ぐ為、効果範囲内に他のBETAが居ない状況でしか出てこないと見られているが、BETA最大の長所である数を一時的に捨てて補えるだけの有効な戦術なのだ。

 

明らかに戦術を意識したBETAは今後も新種を出してくるだろう。その懸念を打ち破るべく、武が言っていたオリジナルハイヴの早期破壊は最も有効と言える。

 

 

(……少し各国への説得材料を増やしていく必要がありそうね)

 

 

脳が『通常通り』回転している際の夕呼は原則としてシビアな考え方をする傾向にある。表情を引き締め、霞の報告を聞きながら逡巡させていく。

 

その数分後。再び『説得材料』が増えたとの報告に、夕呼は表情を引き攣らせていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 15時00分 朝鮮半島 漣川》

 

現在、錬鉄作戦は頓挫の色を見せていた。

 

反射級とはまた別の新種が確認された事による問題であり、その種の能力によりハイヴまで攻めるまでの作戦を練り直している様な状態である。

 

 

「今ここから飛び出れば、瞬く間に狙撃されるだろう」

 

「だが、ここでモタモタもしていられないぞ!」

 

「そちらはEVAでどうにか出来ないのか?」

 

「先の反射級の攻撃でEVAはかなりのエネルギーを消耗している。この20数キロを防ぎ続けられるだけの余力は無い」

 

 

ゼロとオットー、そして通信越しに顔を出すブライトの三者は苦し気に頭を悩ませる。

 

新種に続く新種など前代未聞の事なのだ。ましてや、相手の能力がこれまた厄介極まりない。

 

 

「射程距離は30キロ前後。光線級程の射撃精度に加え、約2000ミリの砲弾を放ってくると来た。下手をすれば戦艦だろうと数発で沈むだろうな」

 

「人類の艦砲射撃を真似したのでしょう。厄介な……!」

 

「こちらからの狙撃は不可能だろうか」

 

「アムロやキラが試したが、どうやら敵はビームコーティングらしき物まで用意しているらしい」

 

「我々艦隊の主砲ではチャージ中に撃ち抜かれる……悩ましいな」

 

 

重砲級――そう名付けられた新種のBETAの効果もまた絶大であった。

 

ハイヴ周辺はBETAが平坦な更地へと均す習性がある。遮蔽物の無い広大な平地で、地平線の端から直径2メートルの砲弾が正確に飛来すれば、戦艦は間違いなく近寄り様が無いのだ。

 

重光線級などとは一撃の重さが文字通り違う為、並みの方法では物理で受け止めるとそのまま搭乗者まで着弾の衝撃が届いてしまう事になる。

 

救いがあるとすれば、砲弾にビームコーティングがされていない事が確認されている為、一部のパイロットであればタイミングを合わせてビームサーベルやビームライフルで迎撃可能な事か。とはいえ、それを常に要求されるとなれば話は別だ。1撃でも当たれば並みの機体がスクラップ同然になるだろう威力を見れば、リスクの方に大きく傾いてしまう。

 

 

「臨津江の方に出現した重砲級の対処はどうだ」

 

「アルトロン、バンシィ、EVAMark.09の三機が急行しています」

 

「彼等からの情報があれば、何か弱点があるかもしれません」

 

 

オットーの声に素早く返したのはミヒロである。レイアムも肯定的に述べるが、現状を突破可能である有効な作戦は至急打ち出さなければならないのだ。

 

この間にも周囲はBETA群が犇めく様に押し寄せているのだから、当然だろう。

 

 

「――ッ、艦長! 通信です」

 

 

ミヒロが弾かれるようにして声を挙げる。

 

 

「誰からだ?」

 

「国連宇宙軍司令からですっ!」

 

 

オットーがその通信を受けた時、再び人類の反攻は動き出す事となる。

 

 

 

 

 

艦内で緊急作戦を立案している最中、艦外では当然の様に周囲では戦闘が行われていた。

 

ここは正しくBETA支配地域だ。BETAが居て当然であり、その物量が衰えを知らないのもまた然り。

 

 

「――おおぉッ!」

 

 

長刀を両手で構え、縦に、横に、切り上げては振り下ろす事で、多様なBETAを次々に葬り去る。

 

間違っても決して新兵が相手にして良い物量ではない程未曽有の大群。これほどの量を相手にした事が無い訳では無い。

 

嘗て純夏や霞と共に凄乃皇へ搭乗した桜花作戦。その時にはこれ以上の大群を一機で相手にしたのだ。とはいえ、それは凄乃皇の性能ありきの戦いだった。比較してみれば、不知火という機体でこれだけの数を相手にし続ける方が難しいかもしれないと武は苦い顔を浮かべる。

 

 

「03、フォックス2!」

 

「04、フォックス1!」

 

 

宗像と風間の連携で突撃級を素早く始末するが、元来この数的な彼我戦力差に対し、二機の戦術機で1体のBETAを相手取るなど愚の骨頂。

 

しかしながら新兵にとっては過酷すぎる戦闘の密度に集中力、体力共にかなり消耗しているからか、後手後手の対処で手いっぱいなのが現実であった。

 

 

「やらせねぇッ!」

 

 

忍び寄る戦車級を剣先で切り飛ばし、サブアームに固定した突撃銃を掃射。

 

BETA群の遅滞を狙いつつも両者が体勢を整える時間を稼いでいく。

 

 

(まだ対策は練れねえのかよッ…! モタモタしてたらここで全員死んじまうんだぞ!!)

 

 

止まないBETAの援軍。絶える事の無い攻撃。常に迫られる最善の選択。

 

焦る故の不安。

 

このまま釘づけにされ続ければ、いずれは突破され全員がBETAの津波に飲まれるだろう。

 

焦る故の悪しき想像。

 

もしも鉄源ハイヴを倒せなければ、再び帝国に危機が訪れるかもしれない。

 

焦る故の絶望の結果。

 

急がなければ、新種のBETAは増え続けいずれは本当に対処不可能になる。

 

武を奮い立たせるものが焦りであれば、足元を掬い武を殺そうと舌なめずりをしているのも同様に焦りという感情だろう。

 

まだか、まだなのかと小さく呟いてどれ程の時間が経過しただろうか。

 

 

「各機、一度体勢を整えろ!」

 

「――ッ!?」

 

 

突如聞こえたまりもの声に、急速に冷えていく頭で以て待たされ続けた怒りで煮える心臓の素早い鼓動を抑えつける。

 

 

「これから軌道降下部隊が厄介な新種の気を引き付けてくれる! 我々は彼らに気を取られているBETA群へ、一気に距離を詰めるぞ!」

 

(軌道降下部隊が来てくれるのかッ!? でも、今来たらそれこそ俺達の為に――)

 

 

武が瞬時に思い出したのは嘗ての桜花作戦であった。

 

凄乃皇が大気圏からハイヴへ突入する際に想定を大きく超えた光線照射を受けていた所、人類の為と口にして凄乃皇の盾となる事を自ら買って出た者達を、今でも明確に覚えている。

 

それだけでは無い。作戦である以上、味方がやられるのを黙って見ているだけしか出来ない状況というのは少なくないものだ。それは佐渡島の時とて同じ事。

 

戦場で生きる戦士は、勇気を以てして死に向かうのだ。

 

故に武達が出来る事はただ一つ。その犠牲を一人でも多く減らし、一歩でも前にハイヴへと近づく事で彼らの死に意味があるのだと、無駄にさせない事が全てである。

 

 

「軌道降下部隊が降下後、合図で全機水平噴射跳躍!」

 

「「「了解!」」」

 

 

周囲のBETAを始末しながら合図を待つ。

 

跳躍をしてしまえば、その瞬間に重砲級や光線属種から狙撃されるのだ。先走る訳にはいかない。

 

 

――随分躍起になってるけど、そんなんじゃ途中で燃え尽きちゃうわよ?――

 

(――ッ、うるせぇよ先生!)

 

 

突如として過る言葉。昨晩交わした中で、夕呼から嘲笑気味に放たれた核心。

 

理解していても抑えれない気持ちが武の芯に存在する。嘗ての原動力であり、そして嘗てのガキ臭さたる部分だ。

 

奥歯を噛み締めて必死に受け流しながら備える事、僅か数十秒。

 

 

「「「――!」」」

 

 

地面からは数多の光線が空に伸び、数瞬後にはハイヴ周辺地域の地表から響く多数の振動が響き始める。再突入殻が地面へと突き刺さっていく爆音と爆風を確認し、全体に指示が下された。

 

 

「各機、一気に距離を詰めろ!」

 

「全機水平噴射跳躍!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

オットーの鬼気迫る命令に合わせ、ハイヴに向けて3方向から部隊が押し寄せ集結していく。

 

まりもの号令に合わせ、山肌から飛び出した6機の不知火。

 

 

「どけええええええぇぇぇぇッッ!!!」

 

 

要塞級を切り捨て、突撃級に弾丸を浴びせ、重光線級に刀身を差し込む。

 

蓄積されていた鬱憤にも似た激情を力に乗せ、武は地表構造物まで一気に距離を詰める。

 

しかし、行く手を阻むは突撃級の群れが。

 

 

「邪魔だぁぁ!!」

 

「待て、白銀ッ!」

 

「――ヤバッ?!」

 

 

水月の忠告も虚しく、突撃級の群れは武の前でぱっくりと列を割ったのだ。瞬時に悟るももう遅い。

 

瞬間的に垣間見た重光線級の姿、それを示唆するよりも早くBETAの準備が整ってしまったのだ。後は自動回避プログラムに任せて回避を祈るだけ。突撃級の群れの割れ目で瞳を輝かせる重光線級は不敵にも笑っている様で。

 

半ば無意識的に武が目を瞑った時だった。

 

 

「――させるかっ!」

 

 

耳に届く声と死んで居ない感触に目を開ければ、自身の眼前で背を向けていたのは金と緑の機体。

 

重光線級の照射をメガ粒子砲内蔵シールドで受け止め、そのままの体勢でお返しと言わんばかりに4門のメガ粒子を同時に放ち返す。当然、それを受けて無事でいられない重光線級は頭部を吹き飛ばされ、後ろへと倒れる様にして崩れ落ちた。

 

 

「戦場でボヤボヤするなっ、前に出過ぎなんだよ!」

 

(この声は――ッ)

 

 

挑発的な言い回しが特徴な青年声に、聞き覚えのある武は脳内で声と顔を一致させる。出撃前に心配(?)から声を掛けてきた男だと理解すれば、反射的に少しだけ眉根を寄せていた。

 

決して助けられるのでは無く、助ける側の筈だったという思いが武の奥底で渦巻く。

 

気に喰わない相手であろうと命を助けられたのは事実。とはいえ、一歩でも前に進まなければならない局面で後退指示に従うつもりは毛頭無く、反発にも近い形で周囲のBETAを蹴散らして前進仕出した。

 

冷静とは決して言えない武が目に余ったのか、ギュネイのタッグであるクェスも非難の声を浴びせる。

 

 

「ちょっと、アンタ聞いてるのっ! 落ち着きなさいっての!」

 

「良い、クェス。他のアシストに回ってやってくれ! コイツは俺が面倒を見る!」

 

「あーもうっ!!」

 

 

手の掛かる部下に対する扱いを受け、武の心は益々荒れるばかり。

 

本来静止を掛ける筈のまりもはと言えば、周囲のBETAを斬り捨てながらの前進に手が追い付かず、武を気に掛けるだけの余力が無い。ハイヴの真上ともなれば、地表に点在する無数の四方八方の門から這い出てくるのだ。

 

前方だけに気を配れば良いのとは訳が違う。

 

 

「ファンネル、行けっ!」

 

 

苛立ち交じりの命令に合わせ、赤と銀のカラーリングが施されたヤクト・ドーガ。その肩部分の円筒状の機械が外れるや否や、遠隔操作で瞬時に行動を始めた。

 

訓練小隊の他五人を取り囲み始めていたBETAへ、ファンネルが繰り出すビームは的確に急所を貫く。標的にされれば最後、要塞級も要撃級も突撃級も全て等しく崩れ落ちていくのだ。

 

味方の無事をチラリと確認した武は再び突撃する事だけに集中し始めていく。

 

背後では意図せずアシストとして随伴してくれるヤクト・ドーガの存在を、あろうことか振り切るべくして速度を上げた。

 

 

「おい、飛ばすな!」

 

「モタモタなんてしていられるかッ!!」

 

 

標的を探し、駆け回り、そして遂に要塞級の列を抜けた先――

 

 

「うおあああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

「落ちろよッ、落ちろよぉぉッッ!!??」

 

 

見知らぬBETAを包囲する三機は、機体形状から察するに降下部隊のだろう。

 

頭部に再突入殻の破片が突き刺さったまま微動だにしない『ソレ』へ36mmを放ち続けていた。

 

しかし、傷が付いた様子は微塵も無い。

 

 

(クソッ、しぶとそうな身体しやがってッ……)

 

 

要塞級よりも更に一回り大きい体躯。体表が僅かに紫色の何か――油分にも見える正体不明の物を薄く塗ったかの様な光沢を所々見せているのが不気味である。

 

一目見た印象は、頑強の一言。正面には重光線級のレンズにも似た部位が斜めに備え付けられ、中央から象の鼻の様に真っ直ぐ伸びているのは明らかに砲身であった。巨大な戦車や対空砲を彷彿とさせる構造をしている仮称『重砲級』。

 

 

「コイツが新型かっ!」

 

 

ギュネイも遠巻きにビームアサルトライフルで重砲級を撃ち抜く――が。

 

 

「き、効かない!?」

 

 

低威力では無い筈のビームアサルトライフルを受け、ものともしない防御力。それに降下部隊の衛士も、武も、当然撃った本人であるギュネイでさえも目を疑う。

 

近距離で衛士達の攻撃を受けながらも、未だ何のリアクションも取らないのが余裕の表れにも映り、不気味極まりない。

 

その結果を受け、これならばと短刀を取り出した降下部隊の衛士達は、次々に重砲級へと切っ先を突立てる。が、刃の入りは想像以上に悪く、内部の物理的硬度が強靭である事を嫌でも伺わせた。

 

 

「F●●K! 急がないとアイツらがまた――」

 

 

何かから追い立てられる様に必死に短刀を差し込む衛士達。長刀や近接武器を重んじる国家はそう多くないのだ。所持していないが故に、この事態への対処の仕様が無い。

 

 

「助けるぞ!」

 

「分かってるッ!」

 

 

僅かな距離。その間を縮めんと武とギュネイは向かおうとするが、鬱陶しくも割って入るBETA群。明らかに重砲級を庇う動きに不安は募るばかりだ。

 

 

「来たぞォォッ!」

 

「4つ腕から始末だ! それしかないぞッ?!」

 

 

聞こえてくる通信に焦燥感を駆られながらも必死に薙ぎ倒し続け、重砲級のすぐ前まで来たその時。

 

機械が無理矢理、物理的に歪められる嫌悪感あふれる音。飛び交う悲鳴。

 

目の前の戦術機に群がり、装甲を無理矢理に引き剥がし四肢を捥ぎ取ってはコクピットを殴りぬける様にして衛士を圧殺する壮絶な光景。

 

 

「――戦車級…じゃ、ねえよな……」

 

 

呟いたのはどっちだったか。良く知る戦車級の赤い体色とは違う、黒みがかった肌色。やけに筋肉質なその種は、背に四本の巨腕を新たに生やしている。

 

衛士達の口にした『4つ腕』。戦車級よりも明らかに大型な体格である群れの中、数体が重砲級に近づき、背部へと何か『黒い物』を差し込む。

 

それを見て同時に察した二人が動いたのは、重砲級の砲塔が動き出すのとほぼ同時。

 

 

「させるかああああぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

飛び込む不知火の背後で、ヤクト・ドーガは連射モードに移行したビームアサルトライフルで援護する。幸い、『4つ腕』は従来通り光線兵器に弱いらしく、戦車級と同じようにして散っていく。しかし、その数が数。

 

重砲級へと目を向ければ、不知火が斜線軸をずらす為に瞬時に右へとずれるが、読んでいるかの如くピタリと照準を合わせたままだ。驚異の照準能力に、ギュネイも舌打ちを零して手元の操縦桿を素早く操作する。

 

 

「どうだっ!!」

 

 

僅かばかりの『4つ腕』を倒したギュネイは、優先順位を素早く切り替えてライフル上部の1発限りであるグレネードランチャーを重砲級へと放つ。

 

グレネードの着弾から数瞬後に爆音を伴って放たれた砲弾は、僅かに重砲級の銃口をずらす事に成功した。

 

 

「――ううあああぁぁぁぁッ?!?!」

 

 

それでも、生み出せたズレは正真正銘ほんの数度の差。不知火の左腕部が砲弾で捥ぎ取られており、衝撃だけで苦悶の声が漏れるほどの高威力に武の背はグッショリと湿り気を帯び始めていた。

 

立ち止まる訳にはいかない。武からは影になって見えないが、『4つ腕』は付近の門の下からバケツリレー方式で砲弾を運び、重砲級へと次弾装填を素早く行っている。

 

 

「下に潜り込めっ!」

 

 

下に潜り込めば射角の問題上、砲塔が下に向く事は可能性として薄いのは正しい見解である。だが、『4つ腕』の先の事態を見る限り、捕まれば最後装甲を引き剥がされて嬲り殺される事が確定してしまうが。

 

 

(急げッ、速く――ッ!!)

 

 

ギュネイの指示を聞き流し、機体に念じながら全速力で突っ込む武。

 

文字通り『加速』する不知火は予想以上の速度で重砲級へと迫り、その直前でギュネイの予想に反し、不知火は跳躍した――

 

 

「バカか!」

 

 

当然の如く、砲塔の先を一切の誤差無く不知火へと向けたまま射角を挙げる重砲級。逃げ場の無い事など、ギュネイには分かっていたのだから。

 

しかしながら、武はその先を見ていた。

 

 

「これなら――」

 

 

不知火が重砲級の上へ差しかかる頃、ピタリと射角の上昇が停止する。

 

 

「どうだああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

勢いのままに重砲級の上部へと着地した不知火は、運動エネルギーを全て乗せながら長刀を突立てる。それでは終わらず、サブアームで保持している突撃銃の120mmをありったけ叩き込んだ。

 

武には、背に突き刺さっている再突入殻の破片を迎撃出来ていない以上、直上までは射角制限により撃てないのではないかという朧気乍らの推測があったのだ。とはいえ、賭けは賭けであり、失敗すれば間違いなく2000mm砲弾で撃ち抜かれ、木端微塵に粉砕されていただろう。

 

動かない重砲級に、重たい息を吐く。

 

これを油断と言わずして何になる。

 

 

「逃げろ――!」

 

 

ギュネイの叫びに反応するよりも早く、足場が僅かに動いたと認識する。

 

しかし、背には深くまで突立てた長刀があるのだ。機体の足腰に踏ん張りを効かせて長刀を引き抜こうとした直後。

 

 

「うおわあああああぁぁぁ?! クソッ!!」

 

 

意図せぬ方向から掛かるGに情けない声を挙げた時、視界に映る景色は明らかに重砲級の背を超えた高さにあった。

 

横から見ていたギュネイだから理解出来た事であるが、重砲級の大きな体格で見えづらかった脚部は、逆関節に折りたたまれていたのだ。カエルの跳躍にも似た物理法則が妖しくなる程に強すぎるバネで、巨体は跳躍し、背の不知火諸共宙へ飛び上ったのである。

 

巨体による踏みつぶしの為の技と見るが、問題はそこでは無かった。

 

確かに巨体の頭上に居る不知火を踏みつぶす事は叶わない。だが、それで充分だったのである。

 

 

「がはッ!! あッ、痛つつ……」

 

 

はずみで長刀が抜けた事も加え、急な動作に対応出来なかった不知火は地面へと放り出され、仰向けで地面へと打ち付けられてしまったのだ。加えて、地に強く打ち付けられた武は怯んでいる始末。

 

瀕死の重砲級はまだしも、『4つ腕』が何体もまだ健在であり、その隙を逃すまいと集団が動き出し始める。

 

 

「マズイ!」

 

 

己に言い聞かせたギュネイは、ビームアサルトライフルを的確に速射しつつも、援護へと回る。

 

 

「早く起きろよっ! モタつきやがって!」

 

「クソッ、左腕が無いから起き上がれねぇんだよッ!」

 

「手の掛かる…っ! ファンネル! 近づけさせるな!」

 

 

六基のファンネルをフル稼働させていても、ジリ貧なのは目に見えていた。

 

それでも、この新兵を見捨てる事の出来なかったギュネイは、必死に『4つ腕』を始末する。それでも僅か数十メートル先の門からBETA群は無数に這い出ているのだ。

 

 

「邪魔だっ!」

 

 

肩部の装甲裏に隠し持つミサイルまでもを撃ち切り、武装も少なくなり始めていた。

 

 

「来るんじゃねえッ!」

 

 

武も起き上がれないまま、重砲級の跳躍で紛失した長刀の代わりにサブアームの突撃銃を手繰り寄せ、不格好な姿勢のまま36mmをばら撒く。

 

たった二人でどうにか食い止めているが、展開していたファンネルもエネルギーが尽きれば、『4つ腕』が叩き落としにかかっていく。

 

 

「クソ、ファンネルがっ――! ぐうぅ…!?」

 

 

気を取られた瞬間、目の前に迫る『4つ腕』達。瞬間的にシールドで防ぐが、シールドごと、投打でヤクト・ドーガを破壊せんと殴りつける衝撃が続いていた。このままでは腕の関節までもがおかしくなるに決まっている。

 

 

「邪魔だっ!」

 

 

シールドのメガ粒子砲で対処するが、本来4門の筈が3門しか機能していないらしい。殴られただけで損傷する辺り、その馬鹿力が伊達では無い事が窺い知れていた。

 

直ぐに迫ってきた戦車級や要撃級を蹴りつけ、怯ませた所にビームアサルトライフルの連射を叩き込んで行く。

 

何とか崩されずに保っている状況ではあるが、残弾数の関係上、時間経過と共に戦況は悪くなるばかり。

 

流石に苦悶の表情が深くなってきた時。

 

通信から流れ鼓膜に伝わったのは、若い女の子の声だった。

 

 

「ギュネイ! デカイのが!」

 

 

クェスの指摘に察して見やれば、瀕死の重砲級がゆっくりと不知火へ砲塔を向けようとしている。

 

撃てるのかは別として、仮に砲弾が放たれれば目の前の訓練兵の命は無い。

 

心に決めた瞬間、ギュネイのヤクト・ドーガは急激に動きの鋭さが増していく。

 

 

「やってやる、俺は大佐を超える男なんだ――!!」

 

 

弾数の少ないアサルトライフルを投げ捨て、マウントされていたビームサーベルを右手で抜き放ち、気合の声を挙げた。

 

 

「でやああぁぁぁっ!!」

 

 

武はその瞬間、信じられない物を目にしてしまう。

 

否、武だけでは無い。クェスに引き連れられる様にして追いついた第06訓練小隊の全員が目にしたのだ。

 

重砲級の砲塔から無慈悲にも放たれた最後の砲弾。それを極度の『集中』を果たしたギュネイは見切ったが如く、『ビームサーベルの刀身で切り払った』のだ。

 

 

「――え?」

 

「……嘘…」

 

(――マジかよ……ッ、砲弾を、斬りやがったッ……!?)

 

 

次々に漏れる驚愕の声と共に、第06訓練小隊の面々はZ-BLUEの実力に戦慄せざるを得ない。

 

神業に目を白黒させる者達を余所にギュネイは砲塔諸共頭部含めて叩き斬り、新種との初邂逅に漸く決着を着けたのだ。

 

 

「来てくれたか! コイツを起こしてやってくれ!」

 

「さっきファを呼んだから直ぐに来てくれる筈よ。補給を受ける人は一旦戻って!」

 

「俺も一度戻る。さっきので弾を軒並み使い切っちまったからな」

 

「だったらその不知火を起こすの、手伝ってあげなさいよ~!」

 

「チッ、ちゃんと援護してくれよ」

 

 

気力の衰えないギュネイとクェスは、軽口を叩きあいながらも手を止める事無く、最善の行動を尽くしていく。

 

意気消沈し始めていた武は無茶に無茶を重ねた所為だろうか。ヤクト・ドーガになんとか抱き起され、メタスの救援が来るまでの間も一言たりとも発さずに項垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 18時30分 ソーラリアン 格納庫》

 

日没と時をほぼ同じくして反応炉の破壊が確認され、人類の勝利で幕を下ろした錬鉄作戦。

 

連続してのハイヴ奪回成功という結果に人類は歓喜し、各基地では喜びの声が大きく上がっていた。

 

そんな中、険悪な雰囲気であったのはソーラリアン格納庫の一角に第06訓練小隊の二人が居た。

 

 

「馬鹿者ッ! 何故集中出来なかった!」

 

「ッ――! くッ……」

 

 

整備兵達には見えづらい場所で、一度だけ響いた渇いた音。

 

そう、武はまりもから修正を受けたのである。

 

 

「貴様が一人で先走る余り、他の者の負担を悪戯に増やし、結果的に隊を何度も危機に晒していたのが分からないのかッ!」

 

「…………」

 

 

閉口するのは己にも思う所があったから。

 

 

「新種に単騎で突撃し、剰え機体を中破させただけでは無く! 准尉にまで負荷を掛けていたな! 貴様が訓練時から特別なのは理解していたが、少々甘やかしすぎたか……!」

 

 

拳を握りこみ、憤怒の気迫に震えるまりも。

 

個人の技術は当然ながら武が最も秀でており、連携も多少は熟せる筈の期待の新人であった筈なのだ。普段通りであれば、こんな事にはなっていないだろう。

 

錬鉄作戦を伝えたブリーフィングの後から、武は目に見えて苛立ち焦っている風へと変化してしまっていたのはまりもも既知であった。とはいえ初めてのZ-BLUEとの共同作戦という事もあり、事前にフォローしきれなかったのは彼女自身のミスだとも痛感している。

 

 

「……黙りか。白銀がそのつもりなら、私も言う事は無いな」

 

 

普段の武であれば、良くて反論悪くても言い訳をする様な男だとまりもは認識している。それが俯いたまま、ずっと力無い様なのだ。

 

今は何を言っても無駄だろうと判断し、失望の色を見せつつ少し時間を置くべきと判断した。

 

まりもが踵を返して去る中、武はよろよろと背後の壁に背をぶつけ、そのまま崩れ落ちる様に座り込んでしまう。

 

 

(…………どうしてだよ、なんで……)

 

 

口癖の様に言い訳染みた言葉を浮かべるも、その理由は全て理解している筈。

 

 

(――いや、割り切れなかった…オレが弱かったんだ……)

 

 

俯く顔は徐々に地に伏せられる様に傾斜していく。

 

隊のメンバーが選ばれる事となった原因は武だ。故にこの苛烈な朝鮮の戦場に送られる事になったのだと。守らなければならないと、一人使命感を背負い込んでいた。

 

前回の世界で、『因果』という物についての理解は幾分か深まっている。因果は世界を超えて存在する性質故に、前の世界で死んだ者がまた『こちら側』でも無くなる可能性は大きいと感じている。

 

身を以て知っているのは己ただ一人。

 

だからこそ息巻いていたのだろう。そして結果的に、足を引っ張ったのだ。

 

前日、夕呼にも『先が見えすぎるのも問題ね』と揶揄された事も、心が荒れた一因にはある。しかし夕呼の言葉一つで乱されるなど、今まで何度もあった筈である。今更それがなんだと何故受け流せなかったのか、武も理解仕切れていない。

 

言い訳なら幾らでも思いつくが、今の武はそれを盾にして自分が潔白だと言える状況になかった。強がりを言えるほどの状況にないと自認し、口に出来ない程に情けないと自省しているが故に。

 

 

(ダメだ……涙が、出てきやがる……っ)

 

 

声を押し殺しても、嗚咽の反動で小刻みに震える身体。それを必死に抑えつける事で何者にもみられまいとする。

 

格納庫の隅である以上、誰かが覗きに来ない限りは絶対にバレる事は無いのだ。

 

通常であれば。

 

 

「なんだよ、こんなとこに居たのか」

 

「――ッ?!」

 

 

既に聞き馴染み始めた声に、武は声が出ない。誰にも会いたくない中でも、特段に会いたくない相手だ。

 

顔を挙げる事なく、震える声をどうにか騙し騙しに用件を問う。

 

 

「……なん、だよっ……」

 

「……フン、見に来てやっただけだ」

 

 

嘲笑を含んだ様な物言いに聞こえるのは、ギュネイが不器用なのもあるが、武がマイナス思考へと陥っているのもあるのだろう。

 

不愉快に聞こえる物言いに涙と怒りがバトンタッチで表へ出て来るのが分かる。

 

 

「……放っておいて、くれよ」

 

「ほら、これで目でも冷やせよ」

 

 

武の言葉を遮る様にして、自身の足元に於かれたのはドリンクのボトル。それを見た瞬間、武の言葉は目付きと共に鋭さを孕んでいく。

 

 

「良いからほっとけって……ッ!」

 

 

ギュネイからすれば、本当に気を遣って様子を見に来ただけだ。であれば、格納庫の端まで人を探す事など、ギュネイがする筈がない。

 

しかし、探した相手から出てきたあまりにもぶっきらぼうな発言に、気分を害するのはギュネイでなくともそうだろう。

 

 

「チッ、情けない奴だ」

 

「――なんだと……ッ」

 

 

売り言葉に買い言葉。思わず顔を挙げれば、背を向けて立ち去ろうとするギュネイは、余計な一言をダメ押し気味に放った。

 

 

「情けないと言ったんだ。それなりの訓練だかなんだか知らないが、余計な事に気取られてるから、貴様はその程度なんだよ」

 

「――この野郎ッ!」

 

 

正真正銘の罵倒に我慢の限界を迎えた武は、立ち上がるとギュネイへ激情をぶつける様にして殴りかかる。とはいえ、見え見えの攻撃が避けれないギュネイな筈も無い。

 

素早く躱したギュネイの挑発は止まる所を知らなかった。

 

 

「上官に修正されたくらいでメソメソしやがって! 勇ましさだけか! 忍耐力も足りないんだな!」

 

「いい加減にしろよ、テメェッ!!」

 

 

多少の徒手格闘訓練を積んでいる武だが、ギュネイには全て見切られているかの様にギリギリで躱され続ける始末。それどころか、隙を突く様に顔面への反撃は正確に貰っているのだ。

 

力量の差が明確に出ているのは見れば分かるだろう。

 

 

「動きが直線的なんだよっ!」

 

「うぐぅッ!? くッ、そ……!」

 

(つ、強え……コイツ、操縦だけじゃなくこっちも強いのかよ!?)

 

 

武の付きだす拳に合わせ、カウンター気味に放たれたボディへの一撃は重い。

 

ふらつく様にして2歩後退した武は、腹を庇う様にして左手を添えながらも睨む事を忘れなかった。

 

 

「…テメェ、さっきから好き放題言いやがって、オレの何を知ってるってんだよッ!」

 

「知った事か! 俺が知っているのは、貴様が上官に殴られたくらいでベソかいてる腑抜けって事だけだぜ!」

 

「ふざけやがって! オレはこの戦場に皆を巻き込んじまったんだよ! 皆を守らなきゃならねえんだッ!」

 

「フン、そうやってお前は隊の奴等を下に見て、自分の力を過信してた訳か」

 

「お前らZ-BLUEみたいにすげえ戦術機に乗って、楽な戦闘じゃないんだよッ!」

 

 

ぶつけ合う感情から放たれた言葉。機体の性能差に羨ましさでもあるのだろう、それを悟ったギュネイは思わず失笑してしまう。

 

ギュネイもまた、武の態度に覚えがあった。

 

涙を流した事こそ無いが、上官に従わない事はそれなりで、自分の力を過信していた事もある。明確に『いつどのタイミングで』かは不明だが、そういった過去の自分に近しい『青さ』を、武に見出していたからこそ気にかけていたのだ。

 

現在のギュネイに完全に青さが無いかと言われれば、また話は別であるが今は置いておくとしよう。

 

 

「ハッ、楽だと!? 俺達の戦いが楽なもんかよっ! 俺だって元はZ-BLUEと戦う立場にあったんだ! 地球だけじゃない、宇宙を掛けた戦いにまで発展したさ!」

 

 

言葉だけでは壮大過ぎて現実味を帯びないが、事実Z-BLUEの戦いは熾烈を極める戦いばかりだ。敗北が世界の滅びを意味する事など、全戦闘の9割方がそうであったのだ。地方や半島一つを失うどころの規模では無い。

 

 

「そんな事信じられるかよッ! 友達や家族を元の世界へ置いてまで戦ってるってのに、情けないだと――」

 

「家族がなんだってんだっ! 俺は作戦で両親を失った! 人間同士の戦争だ!」

 

「――ッ!」

 

 

片や元の世界に家族や友人を置いてきた者、片や両親を失った者。

 

どちらが苦しいかで優劣など決めようも無いが、それは等しく虚しい事である位、武にも理解出来た。

 

 

「俺は強くなる必要があった! 今もなっ! だから俺は強化人間の計画にも進んで志願した!」

 

 

強化人間。その言葉の定義を正確に理解出来る訳では無いが、イメージするところでは00ユニットを想起させている。

 

例えの話だが、進んで00ユニットになろうと――既存の人間の枠を逸脱しようとするのが、どれほどの事なのか武には把握しきれないが、仕切れないからこその驚愕がそこにあった。

 

 

「Z-BLUEには俺の様な強化人間も多く居るし、家族が居ない奴なんてかなりの数が居る。そんな事を一々戦場に持ち込むのが、情けないって言ってんだっ!」

 

「――ッ、うるせえぇぇッ!!」

 

 

反論の余地のが失われた武に出来る事は、先の戦闘での不甲斐なさとやり場のない怒りをぶつけるのみ。

 

最早、武術など何の意味も無くなったがむしゃらな攻撃にギュネイも苦戦するが、それでも概ねギュネイの攻撃の方が圧倒的に有効なのは以前変わらない。

 

数十分にも及ぶ殴り合いの結果、折れたのはやはり武の方だった。

 

 

「……はぁ……はぁ、クソッ……」

 

「……ふぅ、フン……手間、掛けさせやがって……! やるべき事をやらない奴が、偉そうにするなよな…っ!」

 

 

切れてしまった口の端から漏れ出す血液を裾で乱暴に拭うと、ギュネイは吐き捨てる。

 

 

「作戦が終わった今……出来る事、なんて、ねぇよ……ッ」

 

「……馬鹿め。祝勝会に出ろ。そこで隊や軍曹に頭を下げるんだな」

 

 

祝勝会は作戦の成功を祝って横浜基地へ帰還した際に行われる物である。第06訓練小隊は、そこでZ-BLUE区画へ特別招待を受ける手筈になっていた。

 

当然、そこへ顔を出せる筈が無いと考えていた武だからこそ、目を白黒させる。

 

武だけが祝勝会に出ないのはZ-BLUEの面々も心配することなど、ギュネイには手に取る様に分かる事。だからこその提言なのだ。

 

 

「――お前は行くんだろ…そんな場所に顔を出すかっての」

 

 

顔の一部が腫れたままの嘲笑は引きつる様な痛みが奔るも、それでも武は従うまいとして言い捨てる。

 

が、返ってきたのは思ってもみない言葉だった。

 

 

「安心しろ、こんな拳が腫れた状態で出るもんかよ。だから早く行けよ」

 

 

ぶっきらぼうな言い方だが、今後のZ-BLUE全体との関係を気遣う内容だと漸く気付いた武。

 

始めから本当に自分を気にしていたと漸く気付いた武は――態と反攻してみせた。

 

 

「じゃあ、お前も出たら行ってやる」

 

「はぁ? 貴様は行って上官に頭を下げるべきだろ。常識無いのかよ」

 

「だからお前が来れば行ってやるって――!」

 

「だから何で俺が必要なんだよっ! おい、掴むなっ、いい加減に――!」

 

 

その後、20時に行われた祝勝会。

 

華々しい場所である筈の会へ遅れてやってきた2名は、程度の差こそあれど両者とも相応に顔を腫らしており、周りの面子が大層ザワついたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




此度の錬鉄作戦からZ-BLUEとマブラヴ勢のパイロット同士の交流が始まっていきます。長かったですね、申し訳ないm(__)m

まりもの識別が06となっているのは、訓練生の時点で正式なコールサインを持たない中、教官を『00』とするのが正しいのか、分からなかったからです。適切なコールサインが分かる方はご連絡下さい。お願いします。

今話は通常(?)レベルの衛士視点での戦闘シーンが殆どありませんでしたが、それは展開上の訳あって次話となりますm(__)m

まさかの新型が3種ですが、


PS:重砲級の砲弾を暫定的に2000ミリとしていますが、史実的に考えれば狂ってるレベルの大きさの弾頭です。(史上最大の列車砲の弾頭の倍以上となります)ですが、ちょっとこのサイズじゃ威力弱いんじゃない? という意見がありましたら、是非ともご相談ください。

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