to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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この四章から、オリジナル要素が更に少しずつ増えてくる予定です。

完結までの長い間、宜しくお願いします。


第四章 (1)

《1998年12月12日 19時30分 帝国国防省 戦術機技術開発研究所第三地下格納庫》

 

中央評価試験中隊『白い牙中隊』とは、斯衛軍主導で行われる新兵器開発及び試験運用を任されている部隊である。

 

その筆頭とも呼ばれる開発衛士でありながら技術者も務める衛士が、譜代武家である篁家の現当主――篁唯依であるというのは有名な話だ。

 

五摂家の一つに仕える武家出身であり新型戦術機運用極秘部隊『第零特務大隊』に所属していた経歴を持ち、衛士の中で誰よりも早い段階にZ-BLUEと接触しているとまであれば、どの様な方向性であれ噂に事欠かないのも無理は無いだろう。

 

しかし周囲の戯言を微風と断じ、己を律して任務に打ち込む様は内部や直属に於ける評価は低く無く、故に現在白い牙中隊は二つの装備の開発を命じられていた。

 

 

「前回の作動不良に続き、今回は携行性の低さが足を引っ張りましたか。長物ですから取り回しも最悪……数字だけを見れば上が使いたがるのも分かりますけど、やはり難ありでしょう」

 

 

シミュレーターで何度かハイヴ攻略に関するデータを使用しての性能検査をしているが、『新兵器』の結果は芳しくない。

 

雨宮はやれやれと言った口調で唯依をフォローしに掛かるも、それで素早く切り替えれる上司では無いと分かっていた。

 

 

「いや、私が全体的に走り過ぎた感が否めない。不知火の機体挙動を理解仕切れていないからこそ、最後の局面で焦りが生まれてしまった」

 

 

自責の念に狩られる唯依を、雨宮はまた始まったと内心苦笑を零す。それとほぼ同時だろうか、共にデータ集積をしていた開発主任が否定する。

 

 

「仕方ありませんよ。篁中尉が本来搭乗しているのは武御雷。それもOS関係はZ-BLUEの整備班が触った特別仕様ですよ? 不知火とは反応速度も何もかもが違う筈です」

 

 

開発主任の言に、唯依も肯定の意を述べて力無さげではあるものの頷いてみせた。

 

シミュレーターで使用している機体は隊に正式配備されている不知火で全て統一されている。しかし本来、唯依が搭乗しているのは開発主任の発言と同じく武御雷であった。それもZ-BLUEが調整を施したモノが最良であるとの発言を嘗て残しており、整備兵達を困らせたという噂がある文字通りの『曲者』。

 

本人の意向を組まれた結果、現在の武御雷は整備兵が機体各部のメンテナンスをしているものの、内部調整に関してはノータッチ――それどころか、Z-BLUEが現行のOSを改良したのだろう、整備兵達の見知らぬソフトウェアが当時の『継ぎ接ぎ』仕様以来組み込まれており、そのデータを他の機体に流用した所、明らかに反応速度が向上したという逸話さえ持っている機体なのだから末恐ろしい。

 

 

「反応速度に関して言えば、中尉が速過ぎるんですよ。中尉の武御雷から頂いたデータには隊全員が振り回されたんですよ? 我々の練度が上がった今でこそ、さっきの不知火にも組み込まれていますが、それでも遅いだなんてあんまりです」

 

 

顎に指先を当て、意地ける様な口調で唯依を見やる雨宮。

 

それが自責の念に狩られる余り、場の雰囲気を沈痛な物にさせていた自分の気を紛らわす為だと理解するや否や、僅かに頭を振った唯依は表情を引き締め直した。

 

 

「機体の方は私の問題だ。『光刃』の方は特に問題は無いが、ラックについてはどうするのだ?」

 

「そちらに関しては、背部ウェポンハンガーを増設するしか無いと見ています。細長いですからナイフシースにも収納できませんし、ラックが無ければエネルギーの再供給もできません」

 

「最初は扱いに手間取りましたけど、慣れてしまえばBETAを撫で斬りに出来ますし、機体関節や駆動部への影響も小さいですからね。長期使用の策さえ叶えば――あっ!」

 

 

雨宮が使用感について語っている最中、何かを見つけたのか言葉を断つ様に口許を引き締め、敬礼する。その相手に続いて敬礼を返した開発主任。遅れて、振り返る様にして視界に収まった蒼い斯衛装束を見やり、瞬間的に唯依も二人に続く形で敬礼を繰り出した。

 

三人の敬礼に答礼した恭子は五摂家特有の蒼を身に纏い、微笑む様な表情を浮かべている。その後ろで控えている眼鏡を掛けた男の存在も気になるが、先んじて視線が自然と五摂家に集まる辺りは流石の斯衛という所だろう。

 

 

「取り込み中ごめんなさい。悪いけど、少し外してくれるかしら?」

 

「――了解です」

 

 

開発主任を笑みでこの場から人払いする恭子。恭子と唯依の密な関係は有名である為、雨宮もそれに倣おうとする。

 

 

「では中尉、私も失礼します。レポートの方はお任せください」

 

「頼む。私のログも使ってくれて構わない」

 

「待ちなさい雨宮中尉。貴女も聞いておく必要があります」

 

 

素早く気遣って去ろうとする雨宮。

 

しかし、それを恭子が止めるのは流石に予想が出来ず、呼び止められた本人は愚か唯依までもが驚愕の色を示して目を開けた。

 

 

「――?! は。如何なさいましたか…?」

 

「そう恐がらないで」

 

 

五摂家に呼び止められるという事は往々にして起こりうる事などでは決してない。斯衛――そして帝国の貴族社会は、将軍を頂点とした完全なピラミッド型を形成するトップダウン。

 

雨宮家も篁家と同じく譜代武家ではあるが、その中でも格や家同士の繋がりは大きい。

 

五摂家の一つである崇宰家との関係は無い以上、予想出来得るのは負の側面で発生した何か。雨宮は恐れを隠し瞬時に胸中で逡巡するも、思い当たる節は無くそれが逆に恐怖を煽りたてていく。

 

恐々とする雨宮を先とは打って変わった柔らかい言葉を投げかける辺り、恭子という人間性と温かさが尊く感じられるものだ。

 

 

「帝都の常駐警備のみならず、北方警備部隊まで……大変お忙しいと伺っています。どうか、お身体の方、ご自愛下さい」

 

「本土奪回を成したとは言え佐渡島に向けたBETA渡洋は断続的に続いています。我等が多忙で無くなった時こそ真の平和に近づく……それまでは何事にも尽力するのが我等斯衛」

 

「仰る通りです」

 

 

このお堅い文言の応酬が常日頃である辺り、斯衛――延いては帝国貴族社会が美徳とする礼節と潔癖が垣間見えるだろうか。

 

 

「さて、本題はこれからよ。先日Z-BLUEは本格的に先進戦術機技術開発計画への参加を表明したわ」

 

「「――?!」」

 

 

少し巡らせれば当然の事であるが、改めて聞かされればやはり驚いてしまわずには居られない。

 

先進戦術機技術開発計画は『ユーコン基地を拠点に、国連主導で世界各国が情報交換や技術協力を行い、より強力な戦術機を開発する計画』と言われているが、表向きに綺麗な言葉を並べ立てただけ。実際にはZ技術研究会であり、国や企業の垣根を越えた協力が生まれるとは考え難い。

 

幸い帝国はどの国家よりも一足先にZ-BLUEから機動兵器の提供を受け、秘密裏に技術交流会を行ったアドバンテージがあるが、飽く迄『一足先』というだけであり『唯一』では無い。それを示す様にZ-BLUEは既に主要国家へとアクシオを提供済みなのだ。米国にはある取引の元、ジェガンまで提供したとの噂もあるらしい。

 

Z-BLUEは世界にある程度一定の技術を与え、人類全体の軍事力増強を図っているというのは唯依にも理解出来る。だが、その相手がソ連や米国にまで及んでいる状況を鑑みれば、その表情は決して明るい物になる事は無いが。

 

 

「昨日の国防省の会議でもその件が議題に上がったわ。Z-BLUEが本格的に参加する以上、帝国も乗り遅れる訳にはいかない、と。メーカーもそれぞれが参加に意欲を見せているそうよ」

 

「Z技術の吸収に乗り遅れれば、この先戦術機部門での経営競争は困難を極めるという事ですね」

 

 

雨宮の補足説明に頷く恭子。

 

各メーカーがこの計画に社命を掛けていると言っても過言では無い。今ここでリソースを出し渋り乗り遅れたが最後、Z技術のある企業とそうでない企業は全くの別次元になってしまう事は容易に想像出来よう。

 

今まで再三『資金が無い』『時間が無い』『人員が無い』と宣っていた企業側が主張を一転。秘かに温めていたリソースの殆どを吐き出してまで積極的に参加する事を表明しているのだから、その本気度は伊達では無いと窺い知れる。

 

次いで意を決した様に纏う気を引き締め、上官の命令として二人に言い放つ恭子。

 

呼称の変化に伴い両者の肩に力が自然と入った。

 

 

「そこで、貴様等白い牙中隊に特別任務が下された。アメリカ合衆国アラスカ州国連太平洋方面第3軍ユーコン基地に赴任し、クラウス・ハルトウィック大佐麾下の『プロミネンス計画』に参画。斯衛の――いえ、日本帝国の開発試験部隊として不知火の強化に尽力しなさい」

 

「「――?!」」

 

「現在貴様等が受けている任務を支援する河﨑重工、及び光菱重工が協力を名乗り出ています」

 

 

帝国企業との共同研究は兎も角、不知火の強化に関しては以前唯依が考案し、巌谷と意見をぶつけ合っていた事はまだ記憶に新しい。

 

己の主張が一部でも認められたと喜ばしく感じる一方、場所が場所であるだけに不安を感じざるを得ない事も確かで。

 

 

「し、しかしッ、それでは『新兵器』と『光刃』の開発は――」

 

「それも継続して行って貰う予定だ。『新兵器』はまだしも、『光刃』に関してはZ技術が密に関わってくる事だろう。現地でのブラッシュアップも望まれている。二週間後には国連主導の鉄原ハイヴ攻略作戦も控えている事だ。技術の昇華は早いに越した事は無い」

 

「――了解しました」

 

 

帝国武人に米国を良く思う者は限りなく少ない。一方的な安保条約の破棄に始まり、明星作戦での無勧告攻撃。遺恨の無い者は多く、ましてや唯依はそれで親を失った身。

 

『新兵器』に関しては上が顔を顰めて止まない『第四計画の女狐』由来に対し、『光刃』はZ技術を基に帝国がそれを模倣した新武装である。前者も後者も、各国にとっては無視出来ない技術なのも確か。国益の為ならば手段を選ばぬ国家の土地で研究を重ねるとなれば、心中穏やかでは無い。

 

しかし、上が決定づけた事である。それに意を唱える者は、軍人に非ず。

 

雨宮と唯依は乱れる事無く敬礼を繰り出し、了承の意を述べた。

 

 

「「――謹んで拝命致しますッ!」」

 

「斯衛としての任、頼むぞ」

 

「「お任せください!」」

 

 

確認の意を込めて頷きを返した恭子は、後ろで控えていた人物を二人に良く見える様に少しだけ体の位置をずらす。

 

その男の顔が視界に入った直後、唯依達は何処か既視感を感じ始めていた。

 

 

「紹介しよう。昨日付けで斯衛軍に転属した沙霧尚哉中尉だ。彼には只今より白い牙中隊の衛士として活動する様に指令が下されている」

 

「自分は沙霧尚哉中尉であります。宜しくお願いします」

 

 

名前を聞き、更に強まる感覚。

 

 

「貴様…どこかで……」

 

「――あ」

 

 

その違和感に先に気付いたのは雨宮の方だった。

 

左の掌に右の拳をポンと乗せ、納得がいったと言わんばかりの顔で唯依に満足げな面持ちと視線を投げる。

 

 

「中尉、Z-BLUEとの技術交流会です。Z-BLUEのOSの性能検査を務めた衛士がその名でした」

 

「……ああ、あの時のか」

 

 

記憶のつっかえが解消された二人は、改めて沙霧を正面から捉える。

 

黒い斯衛装束に身を包む背は高く、日本男児たる硬派な面持ちは整っていると一目で分かる。軍人として最も重要視される肉付きに無駄は無く、眼鏡の奥に見える瞳は穏やかさと満ち満ちた覚悟が揺らめき、混ざる様にして冷たく静かに燃えていた。

 

 

「覚えていて下さるとは光栄です。篁中尉、雨宮中尉」

 

 

緊張しているのとはまた違った堅さを持つ気迫は、74式近接戦闘長刀にも劣らぬ鋭さと硬度を誇るだろう。

 

部下や親しい周囲に自省癖の過ぎるきらいがあると言われている自身を容易く凌駕しているであろう堅さに、唯依は『傍から見れば私はこうなのだろうか』と少しだけ落ち込む様に眉を下げる。

 

 

「彼は斯衛の一人として、将軍のお力になるべくして昇進と大隊への配属命令の二つを蹴って志願したそうだ。斯衛に相応しい度量なのは五摂家も認めている」

 

「自分は帝国武人として、当然の事を成すのみです」

 

「……他の人の前では構わないけれど、余り硬くなり過ぎない事ね。その塩梅は唯依達から上手く吸収しなさい」

 

「――善処致します」

 

 

流石の態度に恭子も苦言を呈す。

 

自身の礼節を重んじようとする清き態度が過度であった事を漸く悟ったのだろう、沙霧も少しだけ肩の力が抜けたらしい。

 

 

「改めて斯衛の衛士たる様、彼の土地での貴様達の活躍を期待している。以上だ」

 

 

三人の敬礼を見届けた直後、恭子は静かに踵を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月23日 21時00分 Z-BLUE所属横浜基地 ブリーフィングルーム》

 

 

「――全体、敬礼!」

 

 

小隊長である遙の声を合図に、整列した一同は綺麗な敬礼を揃わせる。

 

教え子達の敬礼を受け、その教官たるまりもも返礼した。

 

まりもが額の横に付けていた手を下ろし、小隊員もそれに倣って下ろす。軍として基本的な動作であるが、これを疎かにする事は特例を除き許されない。

 

 

「急ではあるが、香月博士からの指示により只今からミーティングを行う」

 

 

基本的に部隊ミーティングはその日の朝、訓練前に行われたり昼過ぎの昼食後に執り行われる事が一般的である。

 

決して常では無いのだが、訓練生達にとっては訓練後のミーティングは記憶に無い。

 

何か特殊な事態だと匂わせるかの様に、まりもの前に並ぶ面々の面持ちは堅くある。

 

教官の普段以上に張り詰めた雰囲気に充てられているのだ。緊張するなという方が無理な話であろう。

 

 

「本日20時、国連軍総司令部より極東国連全軍に対し、鉄原ハイヴ制圧作戦が発令された」

 

「「「…………!」」」

 

 

淡々と告げられるまりもの言葉に、一同は一斉に驚愕の反応を見せる。

 

帝国のハイヴは既に二つが落とされ、佐渡島に於いては反応炉だけが生きているとの情報ではあるが、それでも再び帝国に近しいハイヴを制圧する司令が出た事には驚きを隠せない。

 

佐渡島に関してはZ-BLUEの独力だが、旧横浜ハイヴ――延いては本土奪還作戦によって帝国の消耗は言わずと知れた状態であり、九州の防衛戦はまだしも日本海沿岸や北方警備隊は張子の虎と化している。

 

発令したのが国連と見る限り、帝国に近しいハイヴを選んで落とすというのは即ち、Z-BLUEへ全面的におんぶにだっこでハイヴを攻略して貰おうという魂胆が透けて見えている為体だ。

 

実際、これが帝国のみの戦力であれば国防も危ういと言わざるを得ない状況にある。それがZ-BLUEのお蔭でBETA渡洋を秘かに防いでいる海底のバスター軍団を始め、諸外国の衛士達の中では人外魔境の地という噂まで出る始末。

 

 

「本作戦は在日国連軍を始めとした国連軍が主導で行う。また、米軍のみならず極東ソ連軍や各国の軍部も積極的な参加の姿勢を見せている」

 

 

訓練生の中で唯一、国際情勢を少しだけ多く理解している武は僅かに眉を顰めた。

 

Z-BLUEに戦闘の大部分を期待し、剰え美味しいところは持っていこう。Z-BLUEの戦闘データや技術の一端だけでも回収出来ないか。そういった腹積もりが見えているのは、今までの世界で揉まれて少しは考える様になった成果とも言えるだろう。

 

それで見えてきたモノが武にとって愉快であった試しが無いのだが。

 

 

「作戦名は『錬鉄作戦』と呼称される。作戦開始日は2日後の25日」

 

 

続々と明かされていく作戦情報。只の訓練生にここまで話しているからこそ、面々の緊張の色は深くなる一方だ。

 

 

「当横浜基地からは、第06訓練小隊の現地入りが決定している。訓練兵の中では貴様達だけだ」

 

「「「ッ!?」」」

 

(ま、マジかよ…! オレは兎も角として、他の皆は初陣の筈だぞ…ッ!?)

 

 

悲壮感すら漂い始めるブリーフィングルームに、その現実を告げなければならないまりもの顔色も明るいとはお世辞にも言えない。

 

武の現在所属する第06小隊は、つい二週間ほど前に総合戦闘技術評価演習を受け、合格したばかりなのだ。

 

とは言え、これまでのZ-BLUE式を取り入れた過酷な訓練とは打って変わり、総合戦闘技術評価演習はZ-BLUE専用の別の土地が存在しない現状、通常の国連軍で執り行われる課程と何ら変わらず、普段の訓練と比べれば難易度は決して高くなかったとだけ記載しておく。

 

 

「初陣がハイヴ攻略戦で気の毒だとは思うが、第06訓練小隊に配属されたその瞬間から香月博士の管轄部隊にある。心して任務にあたれッ!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

萎む様に気力を失っていく面々に激を飛ばしたまりも。各々もどうにか面を引き締め直す。

 

 

「では作戦概要を説明する」

 

 

その言葉に続く様にして、全員の視線は作戦概要図に移る。

 

暗い背景色にオレンジのラインで縁取られた国土は隣国、韓国だ。

 

 

「本作戦の目的は『甲20号目標』の無力化だ。位置こそ韓国に存在しているが、BETAの日本侵攻に於ける前線基地の一つとなっている」

 

 

ここまでは座学で習うレベルの情報である。

 

それぞれが無意識に頷きを見せており、まりもは訓練生が視線を逸らしているのを良い事に、僅かに嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

教え子の成長を感じて喜ぶあたり、やはり教職がまりもの天職なのだろう。

 

 

「ハイヴ攻略の慣例に従い、第1段階では国連宇宙総軍による対レーザー弾頭弾の軌道爆撃が行われる」

 

 

赤色の警告色が朝鮮半島の中央に位置する鉄原に照射される図。このブリーフィングだけを見れば、まるで容易にハイヴ攻略戦が行われてしまうのでは無いかと空目してしまいそうになる。

 

それが悪い癖だと理解しているからこそ、武は静かに頭を振った。BETA戦が楽では無いというのは、身を以て知っているだけに。

 

武の嫌な予想が当たるのは、数秒と経たない事が多く、どうやら今回もそうらしい。

 

 

「しかしながら、この後に通常ならば行われる筈の艦砲射撃は行われない」

 

「「「!?」」」

 

 

まりもの説明を聞き、顔色を悪くしなかった者は一人も居ない。

 

鉄原は山脈に囲まれた朝鮮半島の心臓部。直線距離だけでも悠に100キロ近く、艦隊の主砲ではどう足掻いてもその半分にすら届きやしないのである。

 

故に放たれる弾頭はロケット艇のみ。命中率が高いとは決して言えないが、それでも無いよりかはマシと言ったレベルか。

 

厄介ではあるが、大陸内部のハイヴは数や地形も合わせれば難易度は鉄原の比では無いのだろう。人類は内陸のハイヴに対する厄介さを改めて知っただけに過ぎない。

 

支援も十分では無いと事前に判明している地獄に、訓練兵ながら乗り込む任を与えられていれば、悲壮感すら漂い始めるのも仕方ないとも言えるだろう。

 

 

「ここで作戦を第2段階に移行する。Z-BLUEの先行部隊が束草から強襲上陸し、華川までを確保し、一度春川まで後退しBETA群を迎撃。BETAの迎撃部隊が先行部隊に釣られた所で、半島逆側の仁川からZ-BLUEの別艦隊が戦線を一気に漣川付近まで押し上げてくれる手筈だ」

 

 

そこまで説明され、やっとそれぞれの面持ちに明るい色が差し込む。

 

支援砲撃も無くフェイズ3ハイヴの制圧作戦に参加させられると恐々としていたが、前面を噂の超絶戦闘集団Z-BLUEが請け負うとなれば、少しは気が楽になるという物である。

 

まりもは衛士間の噂で聞き知った程度だが、訓練生達は武を含めて身も蓋も無い言い方をすれば、Z-BLUEはトンデモ技術力を持つ『伝説上の生き物』にも似た程度の認識しかないというのが近しい表現であった。例え自分たちがZ-BLUEの基地に居るとしても、この2カ月近く一度もその姿を直接確認出来ていない以上、そういった認識であるのも無理は無い。

 

ましてや、『異性起源種を使役していてBETAと異性起源種大決戦をした』とか『Z-BLUEの独力により僅か数時間足らずという神速で佐渡島ハイヴを切り崩して奪回した』とか『一撃で夏の横浜を氷漬けにして雪を降らせた』などといった、眉唾モノの噂で溢れていては仕方ないかもしれないが。

 

何にせよ、噂半分でも心強いのは確かだ。

 

 

「第3段階は春川まで下がった先行部隊が華川まで戦線を再び押し上げると同時に、艦隊の戦術機甲部隊が開城工業地区を流れる河川を遡る形で漣川まで合流。この際、河川に接近するBETA群の別働隊へ艦砲射撃を行う。戦術機甲部隊が鉄原に包囲を組んだ所で、軌道降下兵団が再突入する予定だ」

 

 

ハイヴ周辺を掃除した後、地表構造物や周辺のBETAを排除しつつ、流れで突入を開始する。

 

一連の概要を受けるが、各々の面持ちはまだ堅い。本格的な問題はここから。

 

 

「我々の任務は、漣川まで戦線を押し上げるZ-BLUEの援護となる」

 

 

絶句。

 

正しい表現をするならば、それが最適な単語であった。

 

現に武も言葉にならない感情が渦巻き、困惑した頭にはまりもが放つ言葉が煩わしく反響しているという有り様。

 

 

「故に明後日未明より、我々は特別にZ-BLUEの艦に同乗させて貰う事になる。謂わば、最強の衛士達が我々と共に戦ってくれるのだ。だが決して油断はするな。BETAはZ-BLUEを優先的に狙っているとの情報がある。気を抜けば生きて帰る事など叶わないだろう」

 

 

叱咤激励のつもりで放った脅し。その威力はコロニーレーザーたるやと言った威力で、それぞれが思考能力を低下させていく。

 

BETA戦の最前線を切り開くZ-BLUEとの同行は、気を抜けば死を意味するに違いない。言葉だけを取ればBETA戦に於いて当然の事であるが、Z-BLUEの周囲は通常のBETA群とは密度が違う。

 

重ねて言えば、初陣である。

 

死の8分の逸話など最早甘えであり、練度の低い衛士がZ-BLUEの戦場に行けば秒で命を散らせる事間違い無い程なのだ。当然、今聞かされた者達がそれを目で見て理解している筈も無く。

 

故に未だ見ぬ未曽有のBETA群に対する不安は伝播していく様で、各々想いを寄せる相手や家族に対する心残りや遺憾に塗れ様としていた。

 

実戦経験者の武だけは、負念の向ける場所が違っているらしいが、瞳が揺れている事に変わりは無い。

 

 

(クソッ…そりゃこんな気持ちにもなるよ…ッ! 夕呼先生は何で皆を、こんな……確かに、OSは改良されて動きは良くなったけど、そうは言ったって――)

 

「貴様達ッ!」

 

「「「――ッ?!」」」

 

 

突如として叱咤するまりも。

 

呆気に取られる面々を前に、まりもは心境を語る。

 

 

「既に諦めムードとは良い度胸だなッ! それで衛士面とは、散っていった先達に顔向け出来ないと思わないのか! Z-BLUEに守られながら戦場まで紳士にエスコートされる衛士など、貴様達くらいの物だ! それがちょっとやそっとBETAの数が増えると聞いたくらいで、この様か!」

 

 

挑発にも似た叱咤に、心を震わせられるのはBETA戦を経験しているからだろう。

 

語調は確かに強い。だが、その中でも恐怖に震える訓練生達を気遣う言葉があり、不安を払拭させようとする優しさがある。

 

ここで立ち止まって良い自分では無いだろう。

 

怯えて逃げる自分とは既に決別した筈だ。

 

覚悟を以て転移してきたのでは無かったのか。

 

 

「失礼しましたッ!!」

 

「…………」

 

 

逸早く立ち直った武は謝罪の姿勢を見せる。それはまりもだけに向けた敬礼では無い。

 

衛士の姿とはこうなのだと、嘗て先輩だった者達へ見せる意味も込めて。

 

遅れながら、それぞれが敬礼を繰り出し謝罪の言葉を述べる。面持ちに悲壮感の色は既に無く、ここに居るのは割り切って覚悟を決めた者のみ。

 

 

「……良いだろう。香月博士は貴様達を直轄部隊だと言った。ならば、決して無駄死にさせる事は無い筈だ。博士を信用しろ。そして、従来の訓練生とは異なる過酷な訓練を積んできた貴様達自身を信じろッ! ……恐いのは分かる。それでも表に出してはいけないわ。決して、呑み込まれてはいけないの。良いわね?」

 

(ありがとう、まりもちゃん……流石だよ……)

 

 

厳しい教官から、先輩衛士として。最後に彼女本来の持ち得る優しげな雰囲気の、年上特有の忠告に変わっていく。

 

この気配りこそが、まりもが慕われている確かな証拠だろう。

 

 

「詳細なブリーフィングは明日、Z-BLUEと合同で行う手筈になっている。明日の訓練はそれを踏まえた物とする。解散ッ!」

 

「敬礼!」

 

 

再び遙の号令に合わせ、各々は比較的いつもと変わらぬ足取りでブリーフィングルームから出ていく。

 

その中で武だけは唯一、ある疑問を解消するべくして夕呼の元へ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 00時30分 ソーラリアン モニタールーム》

 

朝鮮半島の心臓部に位置する鉄原ハイヴ、甲20号目標の制圧を目的とした錬鉄作戦の決行当日。

 

作戦の中核として鍵を握るZ-BLUEは最後のブリーフィングを行っていた。

 

今回の作戦で参加する戦艦の中で、ソーラリアンのモニタールームが一番ブリーフィングに適している為に一行が集結しているという形だ。無論、そこには同乗する予定の第06訓練小隊の面々も緊張した面持ちで参加している。

 

それぞれの視線が集まる中、大型モニターの前に立つのはブライトだった。

 

 

「よし、作戦前の最終確認だ。本作戦では我々を大きく2チームに分ける。先行部隊はラー・カイラムを旗艦とする。本隊の旗艦はネェル・アーガマだ。ソーラリアンはネェル・アーガマと共に本隊として行動して貰う」

 

 

モニターの横に立つトライアが頷きを見せ、AGはサムズアップを決める。

 

横目に向けた視線で確認を取ったブライトは頷き返し、正面に向き直り再び口を開く。

 

 

「各機は既に所定の艦に機体を搬入しているとは思うが、もう一度確認する。先行部隊、νガンダム、サザビー、Zガンダム、バイアラン・カスタム、ブラックゲッター、デスティニーガンダム、レジェンドガンダム、インパルスガンダム、ストライクフリーダムガンダム、インフィニットジャスティスガンダム、ガンダムDX、Gファルコン、キュベレイ、クシャトリア。カツのジュアッグとガンダムMk-IIは直衛に専念。ファのメタスは修理や補給作業を優先。ELSはFire Bomber共々、我々先行部隊と行動する事になる」

 

(ガンダムばっかりじゃねえか……ってか、ガンダムって何なんだ……?)

 

 

そう言った直後、各々は反応を見せる。

 

特に表情を変えない者も居るが、この世界での初陣を飾る者はどこか笑みにも近い表情を浮かべている。

 

地獄と揶揄されるBETA戦に向かうと知りながら、好戦的とも取れるその表情は勇ましく、とても頼れるものだろう。それを加味せずとも、視線が自然と集まってしまうメンバーは多い。軍服と思わしき服装はそれぞれ意匠が異なっており、私服も目立つ。極め付けはギターを持っている集団と黒いマスクとマントをした者だろうか。

 

視線の先に垣間見えた赤いマフラーの様な長い布を首に巻く若干一名の笑顔が恐ろしく、疑問を浮かべながら見まわしていた武は直ぐにその場所から視線を外したが。

 

 

「シャア、部隊長を頼めるか」

 

「分かった」

 

 

金髪をオールバックに後ろへと撫でつけた男に、武達は委縮にも似た感覚に陥ってしまう。

 

武が今まで出会って来た軍人の中で、最も階級が高いのは以前の横浜基地のパウル・ラダビノッド准将、その人だ。基地司令を務めていただけあり、前線に出る事は絶対に無い御方である。

 

故に基本的に戦場で見かける最高位は大佐であるのだが、それも実際稀であり武が初めて見る前線に立つ『大佐』だ。ましてや、シャアは生粋の軍人とは明らかに違うオーラを持つ。

 

直後、再び説明を始めるブライトの方へと視線を向けた。

 

 

「オットー艦長」

 

「本隊はネェル・アーガマだ。ウイングゼロ、デスサイズヘル、サンドロック改、ヘビーアームズ改、アルトロン、トールギスⅢ、トーラス各二機、ユニコーン、バンシィ・ノルン、ヤクトドーガ各二機、メサイアF、ルシファーF、オーガス二機、直衛はコンロイ少佐とトライスターに担当して貰う」

 

 

トライア達とは逆側に立っていたオットーが機体名を若干省略しつつ呼び上げていく。

 

これだけの数が居ながら、殆どの搭乗機が異なっているというのはどういう事か。通常ならば、困惑する状況だが、数時間前の機体搬入の際に格納庫を覗いた武達は、その理由を理解している――いや、その目で直接見て理解させられたという方が正しいか。

 

文字通り、そのまんま別機体なのだ。規格どころか形状までもがバラバラの機体群。カラーリングやフェイスマスクの角など、それぞれに似通った部分は散見されど同じ機体は殆ど見当たらなかったのは特に印象強い。

 

 

「部隊長はカトル・ラバーバ・ウィナーに任せる」

 

「分かりました」

 

 

武よりも幼いだろう少年が部隊長を任される事に、再び武は目を見開く。相手はどうみても軍人には見えない。

 

ふと横から視線を感じれば、遙達も同じ事を感じていたらしい。

 

部隊長は必然的に階級の高い者が務めるのが軍の基本中の基本。ネェル・アーガマに搬入されている機体、その名前を呼ばれて反応を示した者達には軍服の者が居た。加えて直衛で呼ばれた者の階級は聞き違いでなければ少佐だった筈だ。

 

さっぱり読めねぇと一人口内でゴチる武を余所に、説明は続く。

 

 

「最後にソーラリアンだよ。蜃気楼、紅蓮聖天八極式、ランスロット・アルビオン、ランスロット・フロンティア、チェインバー、13号機、Mark.09、改2号機、8号機、カオス・カペル、パールネイル、バルゴラのⅠ号機とⅡ号機」

 

 

恐らく外見で一番バラエティに富んでいるのは恐らくこの編成だろう。EVAの四機に次元力を使う機体達、8メートル程のチェインバーに、そのまた半分ほどしか無いKMF。

 

戦力的にもかなり大きい部類が集まっている。

 

 

「セツコのバルゴラはまだしも、ヒビキ。アンタのジェニオンは戦いながら調子を整えな。スフィアの大半を使った所為で出力が落ちてる事だけは理解しておくんだよ」

 

「私もサポートするわ、ヒビキ君」

 

「ありがとうございます」

 

 

不完全な超時空修復でスフィアの力の半分以上を使った影響か、スフィア搭載機の出力は従来通りでは無いのが現状だ。

 

しかし、スフィアは次元力を扱う出力機関。その次元力は意思の力で理論上無限に引き出せる非物理的超常エネルギーである。要は外装の修理が済んだ今、細かい出力設定はヒビキ達リアクターが気合でやれという話。

 

武たちは特にこの場で口を挟まないが、詳細を聞かされれば狼狽える事は間違いないだろう発言である事に間違いない。

 

無責任とも取られがちだが、次元力とは得てしてそういう物なのだ。ネジ一つの締め方で愚直に変わる様な素直な存在では無い。失った力を取り戻すのはヒビキ達に掛かっている。その神髄を一度体得し、真化へと至ったヒビキ達ならば不可能でも何でもない。

 

 

「さて、第06訓練小隊もここに参加して貰うよ。部隊長はゼロになるけど、異存はあるかい?」

 

 

話を向けられるまりも。訓練部隊とはいえ、教官であるまりもは軍曹であるが歴とした軍人であるが故に階級が存在する。

 

その階級を無視する事への承認を求められ、異存は無いと綺麗な敬礼を返す。

 

 

「問題ありません、お気遣い無く。我々は飽く迄、協力という立場にありますから」

 

 

当然、異論など無い。異論は無いが、疑念はとてつもなく大きい。

 

重ねて言えば決して口を挟まないが、もし仮に質問を許されるならば『国連へ出入り出来るZ-BLUE代表代理が何故出撃し、剰え戦術指揮を任されるのか』を問いたい所である。

 

一介の訓練兵では知らぬのも無理は無いが、夕呼からある程度の情報を卸されているまりもならば話は別。このとてつもなく怪しい全身黒尽くめの不審者が如何な役職なのか熟知している。そもそもZ-BLUEの中で現在、世界の高官に一番顔を知られているのは紛う事無くゼロだ。

 

顔を隠しているのに、『知られている』という表現もどうかと思うが、兎に角有名である事に何ら変わりは無い。

 

 

「通常よりBETAの数はちと多いだろうからね。訓練小隊の子達は危なくなったら直ぐに戻ってきな」

 

「「「了解しました!」」」

 

 

こういった気遣いをされる辺り、ひよっこだと見られているという不快感が無いではないが、無理して命を落とすよりはマシだと、武は下唇を薄く噛んで気を引き締める。

 

認めさせるのは戦いが始まってからでも遅くは無いし、そもそも自分たちは生き残りを掛ける戦いなのだ。余計な事に気を取られていれば、足元を掬われてBETAの波に踏みつぶされてしまうだろう。

 

加えて、今回は絶対的な戦力を誇る凄乃皇で戦う訳では無い。

 

ハイヴ突入部隊の段取り説明も終え切った最終ブリーフィングは終わりを迎え、それぞれが行動をしている最中、武の中には未だ隠せぬ緊張の色が浮かんでいた。元衛士である武がこの様では、隊の皆の士気も下げるのみ。

 

壁に凭れて自身の手を握ったり開いたりと感触を確かめながら、そう自覚した時――

 

 

「お前、訓練生だってな」

 

「――あ、ああ。いえ、そうです」

 

 

意地悪な声色で目を細めながら寄ってきた男は軍服を身に着けている。そうなれば階級は尉官以上である事が殆ど。

 

訓練兵である武とは絶対的な階級の差がある為、不快感を呑み込みつつ敬語に直す。

 

 

「初陣がBETA総数15万以上が相手だぜ。そんな様子じゃ、真っ先に死んじまうかもな」

 

「――ッ!」

 

 

明らかに下に見る発言に、下唇を噛み締める。

 

実際は戦場の経験こそあるが、ここでは立場上訓練兵の身。ここで委縮したら死ぬと分かっているのにも関わらず、茶化されて頭に来ない武では無い。

 

 

「…お言葉ですが、自分達もそれなりの訓練を積んでいます。必ず生き残るつもりです!」

 

 

今出来得る、精一杯の反論。

 

言い返してくるとは思わなかったのだろう。驚いた様子を見せ、更に笑みを深めていく。

 

 

「そうかよ。威勢が良いのは結構だが、俺達の足は引っ張るなよな! 周りで死なれちゃ目障りだぜ」

 

「なッ――!」

 

 

鼻で笑い飛ばすかの様な態度に、手で払いのける風を連想させる仕草。

 

流石にここまで言われて黙っていられるほど、大人では無い。感情が急激に高ぶりを見せ、碇の赴くまま距離を詰めようとする。

 

だが、それは相手の背後に近寄る者達を見て霧散してしまう。

 

 

「――何やってるんだ、ギュネイ」

 

「っ、カミーユ、シン……!」

 

 

ギュネイの両肩を抑える様にして現れた二人は、この場に明らかにそぐわぬにこやかな笑みを浮かべている。それも、武では無くギュネイに向けて。

 

意味が分からず、感情のぶつけ所も失った武は困惑するばかり。

 

 

「なんだよ~お前、慣れない事してるな」

 

「……え?」

 

 

シンと呼ばれた少年は、武の方に視線を向ける。そして、友人の無礼を詫びる様に謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ごめんな。コイツ不器用なんだ。ギュネイなりにあんたを心配して言った言葉なんだよ」

 

「え――」

 

「確かに、俺達から見ても必要以上に肩に力が入っていたかな。ギュネイはそれを茶化す事で、発散させようとしたんだ……ちょっとやり方が下手だったけどな」

 

 

思ってもみない真意を聞かされ、自然と視線は元の発言者へ。

 

武と視線の合ったギュネイは一気に頬を赤らめ、両肩を柔らかく掴む二人から解放されようと強く身じろいで見せた。

 

その様が面白かったのか、二人の微笑み攻撃は更に続く。

 

 

「足を引っ張るなっていうのは、自分達の事だけに集中しろって言いたかったんだよな」

 

「あれだろ? 周りで死なれちゃ~ってのは、俺達の周りはBETAが集まるから気を付けろって事だろ?」

 

「う、五月蠅いぞ貴様等っ! べらべらと余計な事を言いやがって!」

 

 

一通りの発言を弁解されしきってしまったギュネイは気まずそうに武をチラリと見やる。

 

未だ飲み込めきれていない状況に困惑しているのだが、周囲の雰囲気から悪い人では無く、ただ本当に不器用なだけだと一応納得し、その気遣いに申し訳無さそうにぎこちない笑みを見せた。

 

 

「――あ、ありがとう、ございます……?」

 

 

疑問形になってしまったが、それでも礼はしておく武。

 

それがクリティカルヒットした様で、気恥ずかしさと気まずさが綯交ぜになり、歯を食いしばったギュネイは顔を染め、二人から逃れる様に後ずさってしまう。

 

 

「フン、勘違いするなよ! 戦場で無駄に散られては、俺達の名が泣くからだっ!」

 

 

捨て台詞を吐き、遂にはモニタールームから逃げ去るギュネイ。ツンデレの領域に片足を踏み入れ掛けているのは余談か。

 

気がつけば、言葉を交わしていたからだろうか、緊張は幾分かマシになっていた。会話のリラックス効果は当然の事とされるが、その効果は折り紙付きという事が不覚にも証明されたのだろう。

 

ケラケラと腹を抱えて笑うシンとカミーユを余所に、これがZ-BLUEなのかと呆気に取られた武は、言い知れぬ何某かに内心浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 07時00分 朝鮮半島 束草沿岸部》

 

 

「機動爆撃着弾。重金属雲の発生を確認」

 

「始まったか」

 

 

自分に言い聞かせる様に小さく呟くブライト。

 

フェイズ4になりかけているハイヴ、その内部で未だ目に見えぬ蠢くBETA群を単独ながら引きずり出さなければならないのだ。

 

楽な任務では無い。Z-BLUEに所属して楽だった事など一度も無いのは余談にしておこう。

 

 

「作戦を始めるぞ。各機、出撃用意を怠るな!」

 

 

機関に火が入っているラー・カイラムは嘗ての国道が敷かれている、なだらかな山間に沿って半島へ侵攻を開始していく。

 

BETAによって環境破壊の進んでいるこの世界では、クリスマスたる真冬にもなれば当然雪が降る。深々と降り積もる雪は山肌を白く覆い、その上を這うBETAの視認性を増してくれる。周囲の雪雲は軌道爆撃で吹き飛ばされている為、視界は良好。

 

海岸部にBETAの数が見受けられていない以上、予想かそれ以上にハイヴ内にBETAが集結していると想像出来る。それを引きずり出し、誘き寄せて尽く一掃するだけだ。

 

重金属雲に包まれている一帯には、半島の反対側である西側の海岸で待機していた艦隊がロケット艇を打ち込んでいる事だろう。艦隊が巣を突いている間に一気に重要地点まで食い込むつもりである。

 

束草から内陸に20キロほど到達した頃、副官のメランが声を挙げた。

 

 

「レーダーに敵影、突撃級。数400」

 

「来たか、メガ粒子砲一斉射。始め!」

 

 

BETAはラー・カイラムの動きを見越していたのか。対応は予想よりかなり早い。迎え撃つべくして間髪入れずに発した命令に合わせ、放たれた黄色の粒子は雪に覆われる白い山肌を這う様にして襲来してくる突撃級を山の表面諸共、見事に吹き飛ばす。

 

しかし地形が功を奏し、運良くメガ粒子から逃れた個体もチラホラ居るらしい。

 

後続と共に生き残りが真っ直ぐラー・カイラムへ向けて突撃を掛けるのを確認したブライトは、素早く次の手を打つ。

 

 

「各機出撃しろ! このまま華川貯水池まで一気に押し込むぞ! メガ粒子砲の射線上には入るなよ!」

 

 

ラー・カイラムから次々に飛び出していく機動兵器。

 

その中でも際立って闘志を漲らせながらBETA群に飛び掛かったのは、言うまでもなくこの男だった。

 

 

「うおおおおりゃっ!」

 

 

相も変わらず勇壮なパイロット。敵の返り血を浴びて尚殺意で煌めく猛々しい機体。

 

言わずと知れた天井知らずの気力を持ち、暴力とも呼べる戦い方で敵を圧倒し、惨殺するブラックゲッターだ。

 

飛び掛かると同時に肩から飛び出たトマホークを引き抜き、走り来る突撃級の前に着地する。

 

これが戦術機であれば、自殺志願者としか思えない行為だ。

 

突撃級の大きさは戦術機と変わらず、全長18メートルの質量で衝突されれば機体は当然の事ながら、搭乗者の肉体にも無視出来ないダメージを与えてくる。それを――

 

 

「どきやがれえっっ!!」

 

 

衝突寸前。ブラックゲッターは構えたトマホークを大きく横薙ぎに振るう。

 

ブラックゲッターの眼前にまで迫った突撃級の装甲を砕いて側頭部に刺さる刃は大きく減り込み、その片側の足までもを浮かせた。自身の運動エネルギーを残しつつ、大きく横方向へのベクトルが掛かった事で突撃級は絶命し、死骸はブラックゲッターの右脇を抜けるようにして転がる。

 

 

「へっ、所詮はこんなもんだぜ」

 

 

竜馬が危険極まりない戦いをしたのは他でもない、竜馬自身がBETAを『正面から叩き潰す事』を望んでいたから。

 

正面突破を得意とする突撃級。その突撃に敢えて合わせた白兵戦。それもBETAにとっては未だ対策しきれていない光線兵器を使わず、トマホークという物理とゲッターの馬力、最後に竜馬の戦いの中で積み重ねられた技術と経験をふんだんに活かした高度な力技という事だ。

 

戦術機や突撃級の倍ある体格のゲッターだからこそ出来たのも大きい。

 

BETA群はゲッターという特異なエネルギーを持つ機体に惹かれる様にして狙いを定める。それが有効かと言えば決して大した事は無いのだが。

 

 

「邪魔だぁ!」

 

 

足元を狙う要撃級に、ゲンコツを落とすかの様にして頭上から拳を叩きこむ。拳のスパイクを展開させている以上、確かに必殺の一撃となるのだが、戦術機どころかMSでも絶対に不可能な倒し方である事に違いは無い。

 

前腕の攻撃を展開したレザーで切断し、片腕が切断された瀕死の要撃級を反対側のBETA群へ投げ入れた後、右腕部から展開する様にして取り出したマシンガンで一網打尽にしていく。

 

部隊長を務めるシャアは竜馬の荒れ狂う様な戦い方が今更である為、一切指摘しない。

 

だからといって、援護をしないのとはまた別問題だ。

 

マシンガンを掃射するブラックゲッターの背後に近づく戦車級と要撃級を、拡散されたビームショットライフルで吹き飛ばす。後続をビーム・トマホーク・サーベルで丁寧に切り払いながらもシャアはレーダーを見つつ口を開いた。

 

 

「竜馬、相手にし過ぎていると進軍速度が落ちる事になる。ゲッタービームで前面を吹き飛ばしてくれ」

 

「任せな! ゲッタァァァァァァビィィィィィィム!」

 

 

元あった高速道路を巻き込む様にして、地を這う者共を紅の奔流に依り消し飛ばしたゲッター。

 

すかさずシャアは次の指示を飛ばす。

 

 

「ブライト、ここは進軍だ!」

 

「分かった! 各機、遅れるなよ!」

 

 

シャアの視界に比較的多く映っていたのは、地形。朝鮮半島の東側一帯は山脈に近似した地形になっており、北朝鮮の金剛山に近づくにつれてその標高は徐々に高くなっていく。

 

BETAはハイヴ内の構造を見ても分かる通り、昆虫の様に天井だろうと壁だろうと張り付いたまま行動できる能力を持つが、傾斜の高い山脈を登るには不可能では無いにしろ、時間は相応に掛かる筈。加えて土地の表面を新雪が覆っていれば更にその速度は落ちる事だろう。

 

そう読み、正面や側部のBETAだけを排除しながら一気に戦線を押し上げる手を打ったのだ。

 

後続に戦術機甲部隊が居るならばまだしも、今はラー・カイラム単独。さして気にする必要は無いだろう。置き去りにしたBETA群が背後から攻めてくるならば、その時に改めて排除すれば良い。

 

 

「10時方向、数2000!」

 

 

レーダーに雪崩れ込む無数の赤点の数々。それを確認したメランの声に従い、振動と共に斜面を登ってきているだろうBETAへと幾つかの機体が向かう。

 

最初にBETA群を確認したのは、超の付く問題児が乗り込む赤いバルキリー。

 

 

「極寒の山だろうと、俺のサウンドでギラギラに燃えさせてやるっ! 突撃ラブハート、行くぜぇっ!!」

 

 

斜面に線引きするかの如くガンポッドを乱射したバサラは、ギターを掻き鳴らし始めた。

 

ファイアーバルキリーの肩部装甲が展開し、内蔵されているスピーカーが露出。大音量で流れ出るサウンドに呼応する如く、随伴していたELS GN-X達の装甲も一部がスピーカーへと変化していく。

 

曲に惹き付けられていくBETA群は、曲を通して伝わる次元力に抗える個体など一体も居らず、ガンポッドのスピーカー周囲に集まっては一定時間サウンドを浴びた個体から徐々に動きを鈍化させ、次第に活動を停止していった。

 

種ごとに活動停止までの時間差はあるが、それでも等しくBETAは無力化されていく。一方、サウンドの響く戦場はZ-BLUEの面々に大きな士気の影響を生み出していくからBETAからすれば堪った物では無いだろう。

 

歌を無力化するには、熱気バサラを撃墜するか、歌が物理的に届かない真空状態に居なければならない。とはいえ、ガンポッドを撃ちこまれれば無理矢理体内に音楽が響き渡り、次元力で干渉されるという結末が待っているのだが。

 

現状、熱気バサラはBETAが一番厄介に感じている相手かもしれない。

 

Fire Bomberに続いたのは、同じく戦闘機の形をしている機体だ。しかしながらそのサイズは、18メートルと戦術機ほどに大きいのが特徴的である。

 

 

「パーラ、気を抜くなよ!」

 

「あいよ、相棒!」

 

 

僅かコンマ数秒遅れで顔を出したガンダムDXは、先行するGファルコンの拡散ビーム砲に続いてヘッドバルカンを撒き散らす。

 

眼下で大量に進軍してくるBETA、その中の一匹を見つけたパーラは、機首を急激に上に傾けて上昇しながら叫ぶ。

 

 

「重光線級が来てるよ!」

 

「パーラ! 高度を下げろっ!」

 

 

その警告に各々の緊張は高まる。BETA戦において、それほど光線属種は油断出来ない。

 

ガロードの忠告と真逆の行動を取るGファルコン。複数の重光線級がGファルコンを捉えて照射を開始する直前、Gファルコンは反転した。

 

背面姿勢からロールしつつ水平行に向くマニューバ、俗にインメルマンターンと呼ばれる機動により、初弾の照射を外す重光線級達。当然その時には、照射インターバルに入っている重光線級に対し、機首を向けて笑みを浮かべるパーラ。

 

どちらが有利かは言うまでも無い。

 

 

「喰らいなっ!」

 

 

咄嗟に保護膜を下ろすが、計20発の赤外線ホーミングミサイルの爆風は保護膜ごと頭頂部を吹き飛ばしていく。

 

ミサイルを撃ち落とすと事前情報で聞いていたパーラは、態と重光線級に撃たせてからミサイルを発射していたのだ。それも、意図的に高度を上げて光線属種を見つけるという意味と、『同時に』撃たせる為である。

 

これが連射の如く照射されれば反撃は出来ないが、BETAは思考能力を持たないのが特徴だ。標的を見つければ、何も考えずに照射するという事。故に、各々が同時に標的を見つければ、各個は同時にその標的を馬鹿正直に打ち抜こうとするのだ。

 

攻撃箇所が一点に収束され、攻撃タイミングも一度ならば技量が高いとは言えないパーラであろうとも余裕である。

 

 

「へへっ、やるな! 俺も負けてられねぇぜ!」

 

 

腰部のハイパービームソードを手に取り、発振させながら一振り。

 

急激にバーニアを噴いたDXは素早い動きで最短距離に位置する突撃級の直前まで肉迫し、右腕を勢いよく振り下ろした。

 

装甲殻の強度虚しく頭部を綺麗に切断され、絶命する突撃級。その背を踏み台にしてDXへと飛び掛かる二体の戦車級は、DXの立っていた地面へと着地する事しか出来ない。標的であったDXは既に後ろへバーニアを噴かして下がっており、赤い二体を睨むDXの胸部が光る。

 

 

「邪魔だぁっ!」

 

 

マシンキャノンとブレストランチャーの掃射により、既に死体であった突撃級の屍を巻き込むようにして戦車級は弾けた。

 

息付く暇なく迫るは、要撃級。

 

 

「下がれ、ガロード!」

 

 

その声と同時に、DXへと接近していた要撃級の胴体をピンク色の丸い軌道が通過していく。

 

ピンク色の円形軌道は周囲のBETAの命を悉く刈り取り、投手の手に舞い戻って初めて形が分かる。

 

 

「これで!」

 

 

シャイニングエッジ――そう名付けられているブーメランをシールド外縁に収納したインフィニットジャスティスは、ビームライフルを二連射した後、機首部周辺のハイパーフォルティスビーム砲と合わせた計三門を斉射。

 

総計五本の緑に彩られた光は斜線上のBETAを貫通しながら穿った。

 

周囲のBETAを殲滅したのを確認したインフィニットジャスティス。直後、タッグのパートナーであるストライクフリーダムが高速で近づいてきたのを搭乗者のアスランが気付く。

 

 

「ラー・カイラムが速度を上げている! 僕達も急ごう!」

 

「ああ!」

 

 

背部のリフターであるファトゥム01を展開し、その上に立つ様にし、超高速で移動するストライクフリーダムの後を追う様にして、もう動く事の無いBETAの死骸で埋め尽くされた地帯から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年12月25日 07時50分 朝鮮半島 仁川》

 

対レーザー弾による軌道爆撃とミサイル艇による射撃が行われ、Z-BLUE先行部隊の進軍が開始してそろそろ1時間が経過しようという頃。

 

オットーは神妙な面持ちで唸っていた。

 

本来の予定では30分強で先行部隊は目標地点に到達。それと同時にZ-BLUEの本隊が進軍を開始する事が想定されていたのだ。しかしながら、ブライトからの連絡が少なく、未だ目標地点へ到達したとの入電が無いところを鑑みるに、予想以上に先行部隊へ押し寄せるBETAの数が多いのかもしれない。

 

此方側が侵攻すれば、BETAも多少はそれに釣られてこちらへ向かってくるであろうが、ラー・カイラムの負担は減るだろう。

 

加えて、これは二方向からの同時進軍があってこその作戦。どちらか一方でも崩れる訳にはいかないのだ。

 

 

「――副長」

 

「準備は出来ています」

 

 

上官の迷いを理解しているのだろう、副長のレイアムは端的に回答を述べる。

 

軍帽を外し、額を軽く撫でる程度にハンカチで一拭き。少なくなっている髪を後ろに撫でつけながら軍帽を再び被った男の視線に、揺らぎは無くなっていた。

 

 

「ネェル・アーガマ前進だ、漣川まで突き進むぞ!」

 

 

艦長の指示を受け、全長380メートルの巨体が宙に浮きながら進み始める。

 

僅か70キロの距離である。BETAの居ない状態であれば、全速力で十分弱と掛からない程の下らない距離だ。それはラー・カイラム側も大して変わらない。それにこうも時間が掛かる辺り、BETAの数が多いのは直ぐに分かる。

 

 

「戦闘準備! 本艦に近づく敵から迎撃しろ!」

 

 

先導するネェル・アーガマ。そして後に続くのはソーラリアンだ。

 

ソーラリアンが守られる様な形になっているのは、単に戦力差があるという意味合いでは無い。そもそも、ネェル・アーガマとソーラリアンに於いて言えば、戦力的に上を行くのはソーラリアンの方である。

 

これは第06訓練小隊を擁する艦を前線に立たせないという意味合いが強い。

 

たった数百メートルの距離の差でBETAの密度が変わるかと聞かれれば、Z-BLUEの状況と艦載機次第でどうにでもなるから恐ろしい所だ。

 

動き出したソーラリアン。その格納庫で武は一人、不知火のシートに座り待機しながら一昨日の夜に夕呼と話した内容を思い出していた。

 

 

(オリジナルハイヴの攻略…それが手っ取り早いってのは分かってる。だけど、それを知ってるのはオレだけだ。証明出来る物が無い。それに今は三年後じゃない。各国は国土を失ってまだ日は浅いから戦力も整ってる訳じゃない。おまけにそれをこの作戦で消費してやがる…ッ!)

 

 

以前の経験で、オリジナルハイヴの『あ号標的』を倒さなければ、BETAは次々と絶えず生みだされ、そして次第に新たな対応策が生まれる事を理解している。

 

それはこの地球人類も当然、理解している。が、謂わば『頭で理解』しているだけだ。身を以て彼の恐るべき対応力と学習能力を知っているのは『あ号標的』と戦った武のみ。

 

いや、正確に言えば忘れてしまったというのが正しいのだろう。今では光線属種が居るのも当たり前になってしまったBETA戦で、長らく新種が生まれなかった事に人類は安堵してしまっているのかもしれない。

 

夕呼が信じようとも、国を動かす各国首脳部が動く事は決して無いだろう。それこそ、なんらかの証拠を提示しなければ。

 

 

(証拠…いや、証拠なんてねぇ。あったとしても、各国の軍事力は桜花作戦を実行する程の余力が無いんだろう……クソッ、Z-BLUEの技術で各国は新たな戦術機を作るって言ってるけど、そんな悠長な事で間に合うのかよ。それに、夕呼先生のあの『特別だったら気を付けろ』って言葉――)

 

「各機、出撃して展開しろ!」

 

「了解! 06訓練小隊、出撃!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

オットーの命令にまりもが復唱し、Z-BLUEが保有する種々の機体と共に、6機の不知火が朝鮮の地に降り立つ。

 

遥か前方から大地を掛け降りる様に迫り来る突撃級の第一波。

 

 

「主砲、発射ァ!」

 

 

その横一列の大半は光線兵器特有の砲撃音と共に、ネェル・アーガマから伸びる桃色の奔流に呑み込まれ、大地諸共抹消される事となる。

 

「――……ッ」

 

「…………これは……現実か?」

 

「嘘、だろ……マジかよ…………ッ! これは……これが、Z-BLUE……!!」

 

 

大型ビーム砲の衝撃に、各々は思わず震えを見せていた。

 

武がいつか感じたこの感動――それはまるで、佐渡島ハイヴの地表構造物に凄乃皇の主砲たる荷電粒子砲が突き刺さった時の様だ。

 

レーダーの赤点の一列に大きな穴が開いている事からも、凄乃皇の荷電粒子砲にも劣らないだろうこの兵器の威力が在り在りと見える。

 

凄乃皇に匹敵する戦艦が凄いとも言えるが、武が直後に感心したのは逆。異世界の兵器に近しい威力を生み出した夕呼の方だ。

 

最も、Z-BLUEの最大攻撃力は『こんなもの』では無いのだが。

 

 

「残りがお出ましだ! 対処するぞ!」

 

 

ネェル・アーガマの主砲にあたらなかった突撃級の群れが徐々に迫り、隊に激を飛ばすまりも。

 

それに合わせて武達が感動から意識を現実に引き戻し、標的を見やった直後だった。

 

 

「……羽?」

 

 

呟いたのは小隊員の誰だったか。

 

戦場には不釣り合いなほど、華麗に舞い落ちる白い羽。その痕跡を隊の全員の視線が無意識的に追いかけ、見つけたのは翼を持った白い機体と、それに追随する速度を見せる機体。

 

両者の手に装備されているのは、長物と思わしき射撃兵装。

 

 

「排除開始」

 

「そこまでだ!」

 

 

放たれたのはウイングゼロの放つ二艇のバスターライフルと、トールギスⅢが砲身を展開したメガキャノンによる三本の死の光線。

 

着弾点は吹き飛び、地面が削れるほどの威力は先のネェル・アーガマの主砲と比べれば多少は劣る物の、それでも戦術機の規格が保有していいレベルの威力では断じてない。

 

先まで迫らんとする突撃級が極僅かな死骸だけを残してその姿を消してしまったのを直視し、まりもはこめかみをヒクつかせていた。

 

 

「……さっきまで突撃級が居たが、気を抜くんじゃないぞ……」

 

 

訂正するかの様に配慮の声を出すも、明らかに覇気が薄れつつある様だ。

 

まりもも噂には聞いていたが、Z-BLUEの火力を目の前にしたのは初めての事。ソーラリアンどころか、その前に居るネェル・アーガマにすら到達出来ていないBETA群ではあるが、警戒を怠らない様にと告げるのは生真面目なまりもの性格から。

 

第二波のBETAが散発的に出現するも、その数は少なくそれも無残に散っていくばかり。

 

出撃してから既に『死の8分』は経過しているが、余りにも拍子抜けだったソレに気の緩みを見せる者が居た。

 

 

「随分数が少ないわね~Z-BLUEに恐れちゃったとか?」

 

「水月、油断したらダメだよ」

 

「分かってるわよ。でも、こんなに少ないとねぇ……」

 

 

最初は初陣という事もあり、各々が緊張の色を見せていたのは確かだ。しかし、ネェル・アーガマの主砲が突撃級と共に、その『不安』を吹き飛ばしたからだろう。

 

Z-BLUEの面々にその様子は見られないが、必要以上の『緊張』までもが抜けてしまっている様な感覚。

 

それを言葉にはせずとも、この妙な呆気無さが武にっとては逆に不安に感じて仕方が無い。

 

 

(あの時の佐渡島はもっとBETAの侵攻は激しかった……幾ら先行部隊が半島の反対側へ引き付けてくれてるとは言っても、BETAはこっちを確認してる。なのに、この数の少なさはどういう事なんだ……!?)

 

 

後続も殲滅仕切った二隻の戦艦は、再び進軍速度を上げ始めていく。

 

その時だった――

 

 

「――ッ!?」

 

 

その変化を見逃さなかった武。

 

それは、地表構造物の周囲を覆う重金属雲の天辺が、いつの間にか上に破けた様に揺れ動いている。

 

 

(――なんだ…? まるで、『内側』から何かが突き抜けていったみたいな……いや、でもこの距離でアレが見えるなら、それこそ凄い勢いで――……『内側』から……ッ?!)

 

 

地表構造物の最上部、そこに在る物。それを考え、一つだけ該当する項目に武は瞬時に頭を振る。

 

『フェイズ5』以上でなければ確認されていない機能の筈。だが、もし仮に――

 

そこまで思考を巡らせていた刹那、オペレーターのミヒロの声が全員の耳に響く。

 

 

「――っ! 前方から飛来してくる物体を確認!」

 

「なんだとっ!? 数は!」

 

「一つだけです!」

 

 

オットーの叫ぶような声に、ミヒロも悲鳴に近い報告を挙げていく。

 

 

(BETAが、何かを飛ばしてきたってのか…ッ!?)

 

「画像、出ます!!」

 

 

全員のモニターに映った画像。そこに映りこんでいる黒い飛翔物体との距離が近づくにつれ、全貌が明らかになってくる。

 

海中生物のエイを彷彿とさせる扁平な体型。

 

飛翔物体であり、鳥類の様に翼による羽ばたきを見せないソレは、戦闘機が飛翔している様にも見える。構造的に考えれば、恐らくは滑空に近しい飛行プロセスだと認識出来る様な形。

 

Z-BLUEとの直線距離が30キロを下回った頃だろうか。

 

瞬間、半球状に膨らんだ腹部が小さく煌めき、誰かが叫んだ。

 

 

「シンジ君!」

 

「皆を守ろう!」

 

 

最初に危機感を感知したのは、高次元生命体の一人――渚カヲル。

 

その言葉を受け、シンジのEVA第13号機はRSホッパーと呼称されている防御ユニットを四基展開し、06訓練小隊を含めたソーラリアン全体を中心に広範囲へとカバーが行き渡る様に展開する。

 

それを見て、各々も防御態勢を整えようと動いた、刹那――視界が瞬時に白んでいた。

 

 

「――クソッ、マジかよッ!?!?」

 

 

言うなれば、光のシャワー。死のミラーボールとでも言おうか。

 

飽く迄飛翔物体の直接的な攻撃では無い。その根拠に、山岳の向こう側から伸びる無数の光線が『飛翔物体に』照射されているに過ぎない。

 

 

「ッ、反射能力……新種か!! 各員防御に努めろ!」

 

 

フォートレスモードで瞬時に飛び出した蜃気楼が絶対守護領域でネェル・アーガマのブリッジを守っているが、如何せん範囲が広すぎて艦橋まではカバーに至っていない。

 

ゼロの推察通り、新種の能力は腹部にある鏡面装甲を介し、地平線や遮蔽物を超えた向こう側から放たれる光線を乱反射させているのである。瞬時にゼロが理解出来たのは自身の駆る蜃気楼、その主力兵装である拡散構造相転移砲を彷彿とさせた点も大きいか。

 

しかしこの襲るべき新戦術は、飛翔物体を介する事で光線属種を守りながらの超長距離広範囲に亘る殲滅攻撃を可能とする事。加えてこの飛翔物体を大型の砲弾及びミサイルで撃ち落とそうとすれば、瞬く間に光線で迎撃されるであろう事だ。

 

 

「――光線が一向に収まらない…ッ! かなりマズイな…」

 

「各機、Z-BLUEのバリアがいつまで保つかは分からない! 新型のレーザー蒸散塗膜はあるが、防御態勢を決して崩すなッ!!」

 

 

普段飄々としている宗像ですら焦りの表情を浮かべており、まりもも数十キロ先の新種に打つ手が無いと見ている故か、苦悶の表情で実体盾を構えている始末。

 

実体盾を構える事に大した意味は無いのだが、これも仕方が無いと言えるだろう。

 

自身の居る全域を無差別に光線が降り注いでいる状況で、適切な行動も何も無い。光線属種は確認した目標に向けて光線を撃つのが常であり、こうも乱射するなど想定外も良い所である。

 

この焦りはBETA戦経験者であっても変わる事は無い。

 

 

(もう新種が出ちまったってのか…!? これじゃあ、オリジナルハイヴは――)

 

 

シンジの張るATフィールドに守られながらも、打つ術の無い者達は盾を構えて最大限生存率が高まる事を祈るしか無い。

 

 

「各部に被弾多数! 落ちます!」

 

「あーもうっ! どきなさいゼロ!」

 

 

ミヒロの悲鳴に、地面に墜落するネェル・アーガマ。

 

それを見かねたアスカのEVA改2号機がATフィールドを展開しながらネェル・アーガマの前に立った。

 

光線がATフィールドを貫通する事は万が一にも無く、絶対守護領域よりもカバー範囲は大きい。10秒経過しても一向に止まない光線の嵐に、これ以上の被弾は作戦そのものに支障が来すと瞬く間に判断したゼロは叫んだ。

 

 

「カレン、ヤツを落とせ! 背中の一点だけは照射を受けない筈だ!!」

 

「カレン先輩、急いで!」

 

「分かった!」

 

 

ゼロとアスカの期待に応える様に叫ぶカレン。

 

エナジーウイングで機体を覆う様に防御していた紅蓮聖天八極式はそのまま飛翔し、向かってくる飛翔物体へ神速のごとき速さで接近する。

 

 

(すげぇッ…速すぎて全然見えねぇ!)

 

 

武の視界に映るのは空を奔る紅い閃光。5秒と経たずに数十キロ先の飛翔物体へ近づくカレンへ向け、当然の様に無数の光線照射が飛来するが、複雑な多次元軌道を描く紅蓮を捉える事が出来る筈も無く。

 

攻撃の瞬間だけは隙らしき隙が生まれるものの、飛翔物体の背面に取りつく形で鏡面装甲を逆に利用し、攻撃チャンスを確実な物にする。

 

全体重を乗せた蹴りにも似た着地に体勢を崩す新種。勢いがあるとは言え、たかだか4メートルのKMFに取りつかれただけでグラつくあたり、重量や安定性は大してないのかもしれない。

 

ここまで至ればカレンを邪魔する者は一匹たりとも居らず、反撃だと言わんばかりに抜き放たれた灼熱の短刀。

 

 

「よくもやってくれたね!」

 

 

怒りの表情を浮かべて操縦桿を前に突き出すカレンに合わせ、紅蓮の短刀は背部に吸い込まれるが如く切っ先が突き刺さる。

 

『紅い悪魔』の攻撃がそれで済む筈が無く、裂傷を広げる様に突き刺さった短刀を振り抜き、追い打ちとばかりに右腕の鉤爪を突立てた。

 

力無く落ちていく飛翔物体の背を蹴り、その勢いを活かしながら脱出する紅蓮に、武達は唖然とするばかり。ここまで苦しめられた新種を無傷で瞬殺する等、既存では考えられないだろう。

 

だが、喜んでばかりいられる筈も無く――

 

 

「っ!? 大深度地下からBETAの増援を確認! 数8000!」

 

「復旧作業急げ! 各機、持ちこたえてくれ!」

 

 

先の戦術で味方に被害を出す訳にはいかない故だろうか。

 

地下に控えていた『本来Z-BLUE迎撃の為に用意し待機していた』と推測されるBETA群は、乱反射戦術が敗れたと見るや否や一斉に地下から姿を見せたのである。

 

新種らしきBETAの出現。旗艦の損傷。突如現れた8000という大軍団。

 

作戦の初期段階ながら数多の不安が入り混じる錬鉄作戦。

 

その先行きに喉を鳴らして息を飲んだ武は、だが心を落ち着けるべくして静かに操縦桿を握り直し、地を鳴らしながら押し寄せるBETA群へと視線を固定させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初の新BETAです。

今回の新種誕生にご協力くださった『なまこ102号』さん本当にありがとうございますm(__)m


これから『あ号』さんも色々BETAを作って頑張ってZ-BLUEに対処しようと働くと思うので、応援してあげてください。

賛否両論は構いませんが、能力や説明等に疑問を感じられましたらいつでもご質問ください。宜しくお願いします。


また、沙霧の家柄が武家であるかどうかの情報が確認できませんでしたので、黒服=武家では無いという事にしています。家格が正式に判明すれば、情報を訂正させて頂きますが、それまではこのままにしますm(__)m


追記:描写の都合上、ある筈の山間部の高さを下げたり等、地形を多少変化させています。ご了承下さいm(__)m

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