to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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( AдG )「……組織の中で華々しい活躍を見せる者達。その裏では、必ずや彼らを支えている地味な裏方も居るのが世の常。決して日蔭者と侮る事無かれ……そうした者達もまた、等しく活躍している物なのです。今からワタシの語るお話は、帝国で活躍するZ-BLUEの脚光の影で、謂れの無い誤解を受けながらも己の使命に従事している者達のお話です」



第三章 幕間(1)

《1998年9月10日 23時40分 横浜ハイヴ跡》

 

横浜ハイヴ跡にアークグレンが到着してから既に半日ほどが経過した頃。

 

BETAに一度は踏破された地、横浜に街灯の一つもある筈は無い。凄惨にも土地を円形に削り取られた痕を残すこの場所は打てば響く程の静寂たる闇夜に包まれている。

 

いや、唯一の灯りは存在した。横浜ハイヴ直上に着艦しているアークグレンが直下で作業するモビルワーカー達を照らす光。そこから少しばかり離れた場所では、夜天の星々の煌めきを除いた唯一無二の光に誘われる『虫』達と、それを『駆除』する者達の表に見えぬ攻防が人知れず存在していた。

 

 

「止まれ!」

 

「……くッ…!」

 

「動けば容赦はしないぞ!」

 

 

何処から情報を得たのか、それとも衛星写真等を通してアークグレンを見て直ぐに行動したのだろうか。どの様な理由にせよ、この場には各国から放たれた『害虫共』が蠢き、そして実力の足りぬ者から順に捕縛されていた。

 

ここは今日よりZ-BLUEの基地建設予定地。基地の情報を各国各勢力が欲しがるのもまた然り。

 

害虫を食い止める防衛部隊は二つ存在している。一つは言うまでも無く、アークグレンまでの領域を警戒しているZ-BLUEの陸戦部隊。余剰機であったジェガンまでもを駆り出し、高性能センサーで不審者の悉くを拿捕している程の力の入り様といえば、その厳重さが伝わるだろうか。

 

 

「しっかし、予想済みとはいえ随分と数が多いですね。初日でこれかよ」

 

「気を抜くな。建設妨害の為に火薬でも仕掛けられたら厄介だ。ましてや情報の一個も漏らせねぇしな」

 

 

ハイヴ跡の敷地を隈なく見張る番犬たる陸戦部隊が休息地として設置した仮設キャンプ。そこには焚火を囲む休憩中の男等が居た。

 

焚火を枯れ枝で時折突きながら、交代時間まで与えられた暫しの休息である。寝る者も居れば軽食を取る者、談笑で時間を潰す者と様々。

 

束の間の休息を味わっているそんな時、二人の男の背後から足音も無く低い男の声が掛かった。

 

 

 

「どうも、こんばんは」

 

「誰だッ!?」

 

「――っ!? ……ああ、アンタか。足音も無く急に来るんじゃねえよ。この人は協力者だ。撃つなよ」

 

「わははは、これは失敬。足音を殺すのも紳士の嗜みでして」

 

 

声を掛けてきたのは長身の男。

 

鼠色の帽子に同色の外套、仕立ての良い茶色のスーツを着こなしている不審人物は軍属に見えないがその体格は軍人顔負けであり、部下の方は警戒の色を一切抜ていない。

 

 

「何の用だ?」

 

「定時報告ですよ」

 

 

呆気らかんと言い放つこの男こそ、租借地の外から侵入者の警戒を行っている帝国情報省――その使い。

 

 

「聞こう。お前はまだ休憩していろ」

 

「しかし、中尉ッ!」

 

「さっきから俺達に情報を寄越していたのはコイツ等だ。信用出来る」

 

「……了解」

 

 

渋々と言った体で納得した部下は、ゆっくりと腰を椅子に着ける。

 

それでも視線は微塵も男から離す事は無く、小銃に添えられた右手がピタリと吸い付いているかの如く離そうとしない事からも強い警戒が窺い知れるだろう。

 

Z-BLUEの特殊部隊達に足音も無く背後まで近寄れば当然の結果なのは言うまでもないが。

 

 

「こっちだ」

 

 

場所を変えようと言い出した中尉は、男を連れて少しだけキャンプ地から離れた場所へ歩く。

 

周囲に誰も居ない事を何気なく見回す様にして確認。胸ポケットから煙草の箱を手に取り、慣れない手つきで取り出して口に咥えた。

 

反対のポケットからはライターを取り出し、口許を隠す様にして火を着けて横を見やれば、男が笑みを深めている事に気付く。

 

 

「用意周到ですなぁ。貴方が煙草を吸っているのを見れば、優秀な部下が怪しむのでは?」

 

「そんな事はねえよ。吸ってないだけで普段から持っちゃいる。アンタも要るか?」

 

「私は結構」

 

「ああ、匂いが付くのはマズイわな。それにこういうのは慣れてるって事か」

 

 

納得だと零しながら、吸い慣れない煙草の煙にゴホゴホと咳き込む中尉。

 

実を言えば、この煙草は只のカモフラージュに過ぎない。キャンプから離れたのは会話内容を聞かれないようにする為。煙草に関しては、万が一にも唇の動きを読まれない様にする為だ。

 

この密会、誰にも気取られてはならないのである。

 

 

「それにしても女性と言うのは気難しい物ですなぁ。貴方から頂いた健康食品も天然のおつまみも、全て受け取っては頂けませんでしたよ。今ではどれも貴重だと言うのに」

 

「そりゃ残念だったな。というか、その話はあんまりすんなよ? 趣向品とはいえ、俺がアンタに渡したってバレたらコンロイ少佐達から大目玉だ」

 

「無論ですとも」

 

 

わははと愉快気に話す男。

 

情報省の人間と聞きながら、こうも独特な雰囲気を持つ相手では遣り辛いと中尉は煙を吐き出す。

 

情報関係者とは、得てして地味で目立たぬ雰囲気や振る舞いをしているものだ。しかしながら面と向かえばこうも目に付く男を中尉は見た事が無い。この特徴は詐欺師等にも当て嵌まる内容だ。

 

余談であるが、中尉の渡したブツは帝国で唯一Z-BLUEに参加を要請された超重要人物に渡されようとし、その全てに於いて断られていたなどと知る由も無い事である。

 

 

「んで、報告ってのは?」

 

「北東の方角から一台、乗用車がこちらに向けて接近しているという噂を聞きつけまして」

 

「後で報告しておく。次」

 

「薬物反応の残らない記憶操作や精神制御。心当たりはありませんかな」

 

 

雰囲気を極僅かに尖らせた男に、中尉は目線を合わせない。

 

いや、合わせなくともそこが本命として聞きたい部分だという事など、視線を合わせずとも分かるが故に。

 

 

「こっちの世界に無くは無いが、俺達から技術が漏れたって事は十中八九無い。それにどんな奴が相手でも、そんな手を俺達は使わない。別にそういった分野に詳しい訳じゃねぇが、そっちの検査方法に引っ掛からなかっただけって線もあるだろうしな」

 

 

夜空だけを見つめ、煙草を支える指先で口許を隠し続け、時には煙草を口から離し煙を吐く。諦めたのだろうか。横から刺さっている視線は数秒の後に緩められ、威圧感が弱められていく。

 

相手が視線を外したのを確認し、次は中尉が反応を伺おうと横目に視線を向けた直後――

 

 

「なるほど。やはり物知りですなぁ。流石は『人狩り』部隊と称されているだけの事はある」

 

「――ッ!?」

 

 

自身の放った覚えの無いキーワードを口にした男。

 

それは、この瞬間だけの話では決して無い。この男と接触してから今日まで一切口にしていない筈なのは明確だ。特殊部隊として戦闘や白兵戦のみならず潜入の訓練も受けた者が、自身の部隊の情報を易々と不用意に漏らすなど在り得ない。

 

もしそうであれば、自身の部隊は今ほど悪名高く恐れられてはいないだろう。

 

煙草を瞬時に唇で弾き飛ばした中尉は瞬時にホルダーの拳銃を抜き放てば、男はそれを見切っているかの如く既に両手を上げていた。

 

幾ら夜だと言え、街灯一つ無いこの場所は星空の薄明りに照らされている。加えて遮蔽物一つない周囲で、剰え特殊部隊に所属する人間がこの距離を外す事は万に一つも無い。

 

 

「……何処でソレを聞きやがった」

 

「おお、恐い恐い。以前貴方の口から聞いた覚えがあるのですが…聞き間違えかもしれませんな。いや、人違いと言うのでしたか」

 

 

降参の姿勢を見せながらも、一切の悪びれも無く言い放たれた挑発。

 

相手は諜報機関の人間である以上、どこぞとも知れぬ情報源を持っている事は可笑しくない。ただ、その情報が自分達Z-BLUEの中のみでしか知られていない筈の情報であれば、銃口を向けるのも当然だろう。

 

敵意は見えないが、不用意にソレを見せないのが諜報の仕事の一つ。ならば恣意的か、将又自身の理解に及ばぬ意図か。信用は決してできないと改めて胆を冷やす。

 

そもそも自分が請け負った依頼ではあるが、相手の方が上手だとつくづく思い知らされた形になるのは間違いない。

 

 

「――チッ」

 

 

地面に視線を落とし、まだ長さのある煙草の煙を強めに揉み消すと、ホルダーに武器を戻して舌打ちを一つ。その舌打ちはまだ吸えた煙草に対してか、それとも男に対してか、そのどちらもか。

 

肩の力を抜いた中尉は徐に後ろの腰部分に隠していた物を一つ取り出すと、ぶっきらぼうな態度で男に差し出した。

 

 

「……これは?」

 

「IDだ。アークグレンの中はある程度の場所にセキュリティが掛かってる。日によって自動的にセキュリティコードが変動するから、それが使えるのは一日だけだ」

 

「ほう」

 

 

中尉の行動に、流石の男も瞬間的に驚きを隠せない。

 

揺さ振りを掛けただけであると言うのに、相手は自分の手の内を見せる所か中尉を使っていた『人物』の元にまで会わせようと言うのだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずというが、それは男だけで無く中尉を使っていた『相手』もそうなのだと知らされる。

 

中尉は更に小さな紙を取り出す。そこに書かれているのは簡略化された地図。

 

 

「南東方向にある大型貨物エレベーターが明日の朝8時に動く。通常、人の乗り降りするエレベーターは外からも透けて見える様になっているが、貨物の場合は中を見せない様になってる。赤いコンテナを一つだけ置いておくから、それに入って中へ行け。後はこの地図通りに進めば『アイツ』が待ってる」

 

「これはこれは、ご親切に」

 

「そうでもしなきゃ中には入れねぇよ」

 

「ご尤もでしょうな」

 

「……場所は覚えたな?」

 

 

男に確認を取る前に着けた左手の中のライター。その火で紙を燃やし尽くし、風に揺られて質量を失いながらも地に落ちた燃え滓は足裏で素早く砕かれていった。

 

仕事は終わったと言わんばかりに男に背を向けた中尉は、肩越しに警告を放つ。

 

 

「俺の仕事は終わり、互いの名前も知らねえ。俺達はもう他人だ。『アイツ』がアンタを気に入るかはアンタ次第だが…まぁ、気に入るかもな。アンタ変だし」

 

「…………」

 

 

良い事を聞いたと言わんばかりに男は去ろうと足を踏み出す。

 

だが、その足は中尉から放たれる気迫に縫い付けられていた。釘を刺す中尉の眼は正しく『人狩り』の眼光そのもので、対峙した事の無い気迫に受ける男も余裕は消え失せているらしい。決して表情に出ないのは流石と言うべきか。

 

 

「――探りを入れるのは良いが気を付けろ。俺たちはアンタの言う通り人狩り部隊だ。その標的がアンタになれば、いつまでも飄々としていられねえぞ。必要があれば文字通り宇宙の果てまで追っかける」

 

「……忠告は受け取っておきましょう」

 

 

地球連邦軍に所属する特殊部隊。比喩にも聞こえる『宇宙の果て』とは、文字通り読んで字の如く相手を追いかけるのだ。その範囲は惑星やコロニー内に留まる事は決してない。

 

それがハッタリでは無いと悟ったのだろう。男の方も流石に口許を引き結び、眼差しは真剣そのものに変化していた。

 

互いに背を向けたままの両者。数秒の沈黙を経れば、片や疲れを見せる表情に対し、相手は普段と変わらぬ薄ら笑いを再び浮かべ直していく。

 

 

「チッ、口の減らねぇ男だ」

 

「一つしか無い口が減ったら大変ですな……わははは」

 

 

演技掛かった笑い声を残し、今度こそ誰も居なかった様に消え去った男。

 

溜息を再度吐いた中尉は、二度と男の顔を見たくないと願いながらキャンプへと足を動かし始めた。

 

 

 

 

 

それから約9時間後。

 

巨大船アークグレンの内部にて周囲を警戒しながら歩く不審者は、脳内に刻み付けた地図を頼りに目的の場所まで歩いていた。

 

 

(あの男の言っていた『人物』とは……果たしてどの様な者なのか、絶妙に気になりますな)

 

 

その飄々とした雰囲気で男は全方面から煙たがられている。誰に言われる訳でも無い無縁な筈の台詞――『会いたい』などと言われれば、年甲斐も無く弾んでしまう物である。とはいえ、それが表の態度や行動に一切影響が出る事は無いのだが。

 

如何せん相手は全てが謎のZ-BLUE。隠されれば、その秘密を暴きたくなるのが男の本能とでも宣うのだろう。一つでも多くの情報を持って帰りたいのは正しく本音。それをこの男が飼い主に律儀に報告するかは、また別の話なので置いておくとしよう。

 

思考を巡らせながら歩く事僅か数分。辿りついた扉にカードキーを翳せば、中にはとある謎の装置と、それを弄繰り回す一体のロボット。

 

 

「ちょちょっ、ノックも無しに勝手に入って来な――……おや」

 

 

扉の開閉音に気付いたその物体は怒り顔で振り返り、入ってきた人物を視界に収めた瞬間にフェイスモニターに表示している表情を普段の物に素早く切り替える。

 

 

「もう辿り付いちゃいましたか。流石は特殊部隊の彼が嫌がる程の能力を持つ人物……これほどの傑物がこの世界に居て、然しものワタシもビックリです」

 

「はっはっは……面白い。良く喋るロボットだ。自己紹介は必要かな?」

 

 

見た事も聞いた事も無い程、言葉を流暢に操るロボットを前にしてその不敵な笑みは崩れない。

 

対するロボットも、この手の相手に臆する多感な時期は既に通り越している。

 

 

「ワタシは貴方を知っていますが、貴方はそうでは無いでしょう? 私の事はAGとお呼び下さい鎧衣様」

 

「……彼には名乗っていない筈だが、君も中々にやり手の様だ」

 

「彼は曲がりなりにもZ-BLUEに所属する特殊部隊の一人ですからね。それでも情報省の鎧衣様には容易かったかもしれませんが」

 

「ははは……私とて彼には中々手こずったとも。肝心な部分を上手く隠す技術も悪くは無かった。流石は天下のZ-BLUEだ」

 

 

イニシアティブを取ったと口角を歪ませるAGが鎧衣の名を知っている理由は非常にシンプル。

 

前日にトライアを交えて夕呼と三人で初対面した際、今後の参考の為にと詭弁を口にし『諜報関係で厄介そうな相手』を訪ねた所、真っ先に返ってきた名前が『外務二課の鎧衣』であった。そう、それだけ。

 

明ら様に嫌そうな顔を浮かべながら言われたのはAGの記憶に新しい。

 

ミスリルのレイスを含め、トゥアハー・デ・ダナンの活躍により既に主要各国は帝国も含めてZ-BLUEの諜報部隊が入り込んでいる。名前さえ知れれば後はどうにでも出来るという物。

 

恨むべきは夕呼に目を付けられている己であり、これは完全に鎧衣の想定外であった。

 

 

「所で、今日はどんな用事ですかな。こう見えて私も暇では無いのでね」

 

「『ここ』に来る以上に重要な事が? それでしたら其方を先に片付けてもワタシは一向に構いませんが――」

 

「ふむ……その用事はもう済ませた気がしてきた。勘違いというヤツです……はっはっはっ」

 

 

牽制ばかりで一向に話が進まないと見たAGは無駄話を切り上げる。

 

 

「約一月後、我々は帝国に技術交流会を申し込む予定となっています。貴重な場ですからね。帝国の有名企業も参加するとワタシは踏んでいる訳です。そこでです!」

 

「何かね?」

 

「ある企業を参加させて欲しいんですよ。飽く迄オマケとして……ね」

 

「ほう……オマケ」

 

 

含みのある言い方、露悪的な表情と言い回しのAGに鎧衣は食いつく。

 

聞くだけならば無害な事が往々にして多い。

 

 

「彼の企業は帝国最大手の三社に圧されながらも、独自の技術力を持つ企業と聞いています。どうです? 大して目立たなかった企業がある日、『特殊な』技術を手に入れて業界の中で不可欠な立ち位置を築き上げていくサクセスストーリー!! ワタシ、そういうの大好物でして……」

 

「成程。中身は大して唆られませんが、中々興味深い情報だ」

 

「事が上手くいけば、特殊な技術の情報が先に入手できるかもしれません。では、ここまでのご感想をどうぞ」

 

 

インタビューのつもりなのだろう。AGが手に持っていた工具をマイクの様にして鎧衣の口許に向ける。

 

直後、ニヤリと同時に笑みを深めたのはAGと鎧衣のどちらもだ。

 

初対面の筈のこの二人が妙に気が合っている様に見えるのは気の所為か、若しくは運命の悪戯だろうか。

 

 

「悪くない……と、控えめに言っておくとしましょう」

 

「それは結構! では、前報酬としてコレを」

 

 

好感触の返事に更に気を良くしたAGは、鎧衣に隠し持っていた装置を渡す。

 

手に収まる程度の大きさしか無いソレが小型の通信端末だと、一目で見抜いた鎧衣はAGのフェイスモニターに視線を向ける。

 

情報とは水物だ。話の早い相手ほど、有難い事は無い。

 

 

「いやはや件のZ-BLUEの人物と聞いて、厳めしい相手だったらと戦々恐々していましたが……中々どうして馬が合いそうですな」

 

 

鎧衣の言葉を待っていたと言わんばかりに身体をねじり、太陽を賛美するかの様に両手を上に掲げた。

 

工具を両手に持ったまま、全身で喜びを大いに表すのは大衆劇場の演目にありがちな素振りと言えよう。

 

 

「役回りが近しいのでしょうか……苦節2年! 気の合いそうな人にやっと出会えたこの奇跡! 1万年と――あらら?」

 

 

振り向けば既にそこに立っていた鎧衣の姿は無く、気付けば一人で寂しく騒いでいたのだと理解したAGは肩を落とす。

 

ノッてくれても良いのにだの、挨拶していけだのとぼやきながらも作業に戻るべくして機械の側に寄り、扉に背を向けて傍から見れば気落ちしているだろう様に見えなくも無い。だが良く見やれば、そのフェイスモニターの口端はいつにも増して上に吊り上がっているのが伺える。

 

 

(フフン……精々ピエロ同士、仲良くしましょうね。鎧衣様……)

 

 

AGと鎧衣左近という2名のジョーカーが出会った事を起点とし、各方面に様々な変化が訪れ始めるのだろう事は予想に難くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月7日 11時15分 練馬基地》

 

練馬基地の貸切られたハンガーで行われた『Z-BLUE・帝国間で行われる最初の技術交流』。

 

富嶽、光菱、河崎の各重工3社と帝国及び斯衛の技術者が一同に会する場に、とある取引により『本来ならば』参加枠から溢れ出た筈の企業が参加していた。

 

とは言え飽く迄特別参加という待遇。表立ってZ-BLUEの機械を弄らせてもらえる立場ですら無く、傍から見れば体の良いアシスタントとしての役割を強いられているという不遇に遭っていると言った方が適切なほどだ。

 

 

「おい君、このデータを纏めて河崎の所に持って行ってくれないか」

 

「出力調整を行うからモニターを見張っていてくれ!」

 

「お前技研だろ? 良いから富嶽の主任を呼んで来いってッ!」

 

 

熱意溢れる場故に語調が強いのは仕方が無いのかもしれない。参加出来ているだけで感謝するべきものなのかもしれない。それでも開示されるデータは虫食いが殆ど。肝心な部分は他の3社や軍部が吸収して隠してしまう。

 

幾らアシスタントという体で参加を許されているとはいえ、小間使いの様な扱いに遠田技研のスタッフ一同は辟易としていた。しかしながらZ-BLUEも参加している手前、公に不満を口にする事も出来ず、ただ歯を食いしばって首を縦に振っては身体を動かしている。

 

昨今の要求仕様を鑑みれば、単独で戦術機を作るだけの技術力が無いのは遠田技研だけでは無いというのに、知名度の差と資金力の差の2つが遠田技研を苦しめていた。

 

 

「主任。こんな扱いってあんまりじゃないですか?」

 

「富嶽だって私達が無ければ、斯衛から注文された武御雷の開発計画はお手上げだったのに……」

 

「――それでも、今は黙ってやるしかないだろう。Z-BLUEも居るのに不満を口にしてどうなる。ブランドを下げる様な真似はするな」

 

 

昼食休憩時、集まっては次々に愚痴を零す遠田のスタッフ。主任は立場上それを抑えようとするが、気持ちは誰よりも憤っており、手に持つ紙コップの中の液体は小刻みに揺れていた。

 

そこに一人声を掛ける者が居た。いや、一体と形容するのが正しいか。

 

 

「調子は如何ですか?」

 

「あ――」

 

 

にこやかな笑みを浮かばせる『全ての元凶』。

 

全員の為にと持つ盆の上に大量の飲料用紙パックを乗せ、気遣いを演出したAGは主任に言葉を掛けていく。それも『まだ何も知らない風を装い』ながら。

 

 

「遠田技研さん――でしたよね? ワタシ、特別枠で参加されていると情報を得ていましたが、事前情報の段階では名前しか聞かされていなくて……」

 

 

そこにも待遇の格差があったと遠回しに焚き付けていく。

 

案の定、スタッフの一部は怒りの顔色を俯いて誤魔化しているのがやっとだ。

 

 

「どの様な事をされているのかなと、逆に気になっていたんです! 見えないもの程気になっちゃうお年頃――というヤツですな!」

 

 

傍から見ればこれほど胡散臭い近づき方は無いだろう。しかし、スタッフ達はそうは思わない。Z-BLUEに面と向かって『興味がある』と言われれば。

 

ここまでの不遇を耐えた先に見える希望――所謂ゲインロス効果を演出したAGは内心で厭らしくほくそ笑む。

 

そう――

 

参加可能な企業数を3枠と提案したのも、Z-BLUEに渡された書類に遠田技研が名前以外特筆されないように鎧衣を通したのも、全てはこの『多元世界の悪魔』の仕業に過ぎない。

 

 

「なるほど…強化外骨格や主機がメインで、戦術機其の物についてのブランドや競争力は劣ってしまうと」

 

「そうなんです。ですが我々も技術者の端くれ。得る物が多いと決意して参加したのですが……すみません、こんな話ばかり――」

 

 

そう言いかけ、思わず口を閉ざした主任は肩を落としてしまう。

 

機を見るに敏とはこの事か。AGはすかさず声色をより良い物に変更し、マニピュレーターの指先通しを合わせてあざとさをアピール仕出す。

 

 

「では、良ければ私に遠田の凄さを見せてもらえませんか?」

 

「え――?! いや、しかしこの場では……」

 

「流石に今とはいきませんが…私もまだ暫くは横浜に居ますので、何処か時間を見つけて窺いたいと思っています!」

 

「本当ですか!? ぜ、是非ッ!」

 

(いやー、昨今流行りのチョロインとはこの事でしょうか? まぁ技術者は指先を動かすのが得意でも、腹芸には無縁でしょうし……こんなものですかね~)

 

 

ただのロボットにしか見えないが、この日のZ-BLUE側の紹介の場では副主任を名乗っているAGだ。その肩書の持つ力も相俟って、遠田技研のAGに対する見方は良好極まりない。

 

色めき立つスタッフ達に、AGはトドメと言わんばかりに立ち上がり殺し文句を放つ。

 

 

「同じ分野で勝負しても、消費者は分かってくれない事が得てして多い。でしたら! いっそ違う分野を伸ばして勝負すれば良いのです! 相手の長所で勝負するなんて馬鹿らしい! でしょう?」

 

(決まりました……! 正に計画通り!!)

 

 

フェイスモニターの顔文字でウインクを決めるAGに、そうだそうだと活気付くスタッフ。

 

煽る様に熱く語りあげた直後、急に落ち着いた真面目なトーンで話すAG。熱して冷ます。そうする事で次はなんだと関心を惹き、聴衆の耳を掌握するのだ。

 

 

「それに、私個人が思う技術力の問題や改善の必要性は戦術機『だけ』に感じている訳ではありませんでした」

 

「――その話、お聞かせ願えませんか?」

 

「そうですね…私が目にした物だけの話ですが、先ずは補給車輛。そして――」

 

 

戦術機以外に目を向けさせ、その他の分野を本領とする遠田技研の気を更に惹く作戦は見事に成功した様で、互いの情報と意見を詳細に交換する中でスタッフ達の意見を肯定していく事にも抜かりは無い。

 

AGがここまで遠田技研に手を貸すのは、決して特別な感情で入れ込んでいるからでは無い。

 

飽く迄も『趣味』であり、遠田技研という立場は最大手3社の影に隠れて非常に立ち回りやすく、『都合が良い』だけだ。こういった軽々しい気持ちでありながら、余りに大きい影響力を及ぼす辺りが『悪魔』と呼ばれている所以の一つでもあるのだろう。

 

 

(食いつきも良いですし、熱意もある。上々と言った所でしょうか。これは面白くなりそうな予感…! う~ん、忙しくなってしまいそうですな!!)

 

 

スタッフ達の浮かべる笑みとAGの浮かべる表情。その差異は場の熱気で見事に覆い隠されており、誰も気づけないでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月22日 11時10分 Z-BLUE所属横浜基地》

 

その日のAGは大人しかったかと聞かれれば、ある程度の付き合いのある人ならばそうかもしれないと答えたかもしれない。それほどに傍から見れば気持ちの悪いくらい真面目に映っていたのだ。

 

だからこそ、逆に訝しむ様な視線を時折浴びていたりする。そんな周囲に本人は内心不満気だが、AGの積み重ねてきた業が相応に大きいという事を指し示しているに他ならないだけだ。

 

話を戻せば、現在AGはとある老人と共に基地内を行動していた。現在は地下の秘匿エリアの中、植物生成プラントの階層を見学中である。

 

 

「…素晴らしい。屋内の環境でありながら、これ程までの質とは。品種改良はされているのでしょう」

 

「我々が直接品種改良した訳ではありませんが、病気と寒暖差に強い種なのは確かですね。その遺伝子を培養して復元し、ここでは大切に育てられています」

 

「それが上の食堂で実際に調理されているのですな……誠に素晴らしい」

 

 

生成プラントで使用されている地面を僅かに指で掬い取り、口に含んだ老人は何度も呟く様に賛辞を零す。

 

植物学者だからだろうか、土を口にする意図まではAGに理解は出来ず僅かに引いていたが、それでも静止するつもりは無い。土を食べても良いかと事前に聞かれた際には、さしものAGも戸惑いフェイスモニターが荒ぶったのは余談か。

 

 

「植物が無ければ動物は生きては行けない。人も又同じ。植物がBETAに淘汰寸前まで追い込まれ、数多の生物が絶滅してしまった今、BETAからこの星を取り返す悲願が成就すれども食糧問題までは解消されない――そう思っていました」

 

「なんでも…ってワケには行きませんけれどね。この星やこの世界の固有の種まではどうにも出来ません……」

 

「それでもです、AG殿。近似した種さえ在れば、環境に適していく事で固有種に進化・変容していく可能性は大いにありますとも」

 

「なるほど! 福岡教授はこの星にとって、心強いお方ですな」

 

 

AGの言葉に顔を皺くちゃにしながら笑顔を見せる様は、本心からだろう。

 

老成した見た目にはそぐわない瞳の若き輝きを見せているこの老人――福岡教授は、自然農法の第一人者として国外で特に有名な人物だ。特定の組織に入らず、剰え研究者としての経歴を持たぬままに農法を提唱し、実績を出してしまった人物として学会では爪弾き者としても有名である。

 

そのまま海外に繋がりを作り雲隠れしていたのを、植物学者を必要とするZ-BLUEの要請を受けた夕呼が鎧衣を通して紹介されたのがこの日の邂逅の発端。

 

Z-BLUEは地球再生に辺り、BETAの排除と同時に『人々の暮らし』の復活を講じており、その為には動植物の復活が不可欠なのだ。通常の軍事組織であれば、秒で白旗を振る事案である事は確か。

 

しかしZ-BLUEならば、話は別。

 

この横浜の地で植物再生適応試験を計画したZ-BLUEのアドバイザーとして、福岡教授が選ばれて今に至る。

 

 

「それを言うなれば、Z-BLUEこそがこの星の救世主でしょう。DNAが無ければ我々は打つ手がありません」

 

「我々の層の厚さだけはどこにも負けませんからね……!」

 

 

通常、絶滅した植物を再生させる事など不可能である。0から1に増やす事は神でも出来ないのだ。それこそ、文字通り奇跡でも起きぬ限りは。

 

だが『1』さえあれば。それを2や10に増やす事は出来よう。それを可能としたのがチームDの機動兵器『ダンクーガノヴァ』であった。

 

多元世界では『獣の血』としての重要な存在であった機体――その真の存在意義は『地球の生命を絶やさぬ様、戦いながら他の惑星へと種を脱出させる事』――謂わば、変形合体して搭乗者が雄たけびを上げるノアの箱舟とでも形容できよう。機体内部には脱出した後に再び繁栄させる目的で保存されている『全動植物のDNAデータ』が存在しているのだ。

 

ブラックボックスのデータを基に、環境に適した動植物を自然に帰す。その第一歩が正しく植物再生適応試験という訳である。

 

余談だが、植物再生には緑化活動であったりとBETAが生命を狩り尽くして干上がった大地の環境整備から始めなければならないのだが、その詳しい方法については今は置いておく。

 

基地内の各生物を吟味する様に観察しながら、フロアを練り歩く福岡教授。実を言えば、こういった案内の仕事をAGが進んで行う意図は『技術者』という職だけを取って見た場合皆無に等しいのだが、ここでは『次元商人』という職業が関係していた。

 

 

「動物に関しては余り詳しくありませんが、植物だけを取って見ても明白です。実際に目にするまで、これほどまでとは思ってもみませんでした。何という品種の数々。爪弾き者と揶揄されていた私が、一学者としてこの計画に参加させて頂ける名誉。そして地球再興の礎となれるこの喜び。老いた心が震えますな」

 

「ご謙遜を! 貴方様の手法は本当に興味を惹かれましたよ! 環境を第一に考え、自然の力を最大限に信じぬいた独創的な理論だと思っております。とは言え、残念ながら私はそちらの学問に関しては生憎トーシロー程度の知識しかありませんが……」

 

(おや……? 不審者でしょうか。まだお若いですが……)

 

 

不審者らしき人物を連行する門兵達に軽い会釈をしながら、視線を福岡教授へと戻して会話を続けていく。

 

AGは技術者としての側面が強いが、表立って名乗っている役柄は『次元商人』。故に情報や繋がりを何よりも重要視している。Z-BLUEの中でマイナス一兆二千万度のアイスクリームであったり、マウンテンサイクルから発掘した古いMSだったりと不思議な品揃えをしていたのも、普段のこういった繋がりの賜物であったりする。

 

 

「しかし、これほど大きい規模の話では、直ぐに私一人では手に負えなくなるでしょう」

 

「むむむ…それは困りましたね」

 

 

眉尻を下げる福岡教授に、AGもフェイスモニターを変更して落ち込んだ風を装う。

 

ぶっちゃけた話が、植物再生が上手くいこうといかなかろうとAG的に知った話では無いのだが、Z-BLUEとしての態度は示さねばならない。

 

とは言え実際は地球に関わる議題である事に変わりは無く、この技術が政治にも大きく関わっているのだが、AGが政治分野にノータッチな所為だろう。内心では全く興味を示していないでいた。

 

 

「そこでなのですが――」

 

(……ん?)

 

「世界資源植物合同科学研究所はご存知ですか? 今開発中のアラスカ州ユーコン基地周辺にある施設でしてな。国連とは無縁の組織でありながら、戦後を睨む各国からは少なくない支援もあり、大きな影響力があります。私の旧友も居りますので、宜しければ話を通させて頂きますが……如何ですかな」

 

 

『世界に通じる人材』と『帝国以外の土地』という情報。その部分を聞きのがさなかったAGは二つ返事で縦に頷く。

 

後に、この出会いがAG自身にとっての危機を招く事を彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月28日 23時15分 ロンドン メリルボーン南西部》

 

EU諸国の中で唯一国土を残している最後の大国、英国。

 

大陸から断続的に渡洋してくるBETAに備え、基地群が形成されている南部が存在する一方、北アイルランドには国土を失った欧州各国の政治中枢部が集結しているのが今の情勢である。

 

政治的・軍事的に複雑模様を極める英国の比較的南部に位置する、未だ昔の美麗な街並みを保つ大都市ロンドン。

 

今となっては数少ない希少なバーが、そこのメリルボーン南西部に位置していた。

 

知る人ぞ知るバーは古き良きダークオークの落ち着いた壁紙が張られた店内で、暖色系の光量は比較的に抑えられている。流れるBGMはブラックミュージックを主流にしたR&B。アルコールを喉に入れながらする談笑は格別だろうその場所に、和やかなムードは漂っていなかった。

 

人知れぬ場所という立地であるが故に客は元から少ないが、この夜はそれ以上に少ない四人組と見知らぬ男の客の一人を合わせた計五人のみ。

 

その四人組はグラスをそっちのけにし、円卓に書類を積みながらそれぞれが手元の資料に目を通していた。

 

 

「くそッ! あのワキガ野郎めッ!!」

 

「机を蹴るんじゃねえ」

 

「うるせぇ! これで俺らは路頭に迷ったって可笑しくねえんだ! やってられっか!」

 

 

暴れる者、静観して酒を飲むのに集中する者、叱咤する者、書類に目を通して無視を決める者。

 

とてもアルコールが入ってるとは思えない雰囲気だが、彼らの頬は僅かに朱に染まっている事から確かにアルコールを摂取しているのだろう。

 

 

「マスタァー! バカルディ瓶ごと持ってきてくれぇー!!」

 

「マスター、今のは聞き流せ。コイツ死んじまうから」

 

「止めんなよユデダコ野郎!」

 

 

注文に横槍を入れられ、掴みかかる比較的若い男とそれを制す男。

 

余りにも騒がしい両者に、書類を見直していた男がふと顔を上げ、その二人を睨みつけた。

 

 

「うるさい二人とも…集中出来ないから騒がないで」

 

「ハッ! まだあんなワキガ野郎の指示に従うってのかよ?! 『低予算で画期的で開発期間が短くて有用な戦術機』の開発だぜ! 馬鹿だろアイツ? だから他の部署から飛ばされてくんだよ……ワキガもクセーし!」

 

 

口汚く罵る若い男は、手にしていた書類を円卓に投げ捨てる。

 

書類の左上には『パラヴィア・インダストリアル』のロゴが。この四人はイギリス、西ドイツ、イタリアを筆頭とした兵器メーカー――パラヴィア・インダストリアルの戦術機開発部門に関わる者なのだ。

 

この四人がバーで酒をあおりながら腐っている理由を順序立てるとしよう。

 

現在、パラヴィア・インダストリアルの戦術機開発部門は経営的に窮地に立たされている。

 

欧州連合の中でも比較的大きな戦術機メーカーなのだが、もう何十年と長きに亘り新戦術機を開発していないのだ。米国製の戦術機であるF-5フリーダムファイター、その改修機であるトーネードくらいしか名の売れた戦術機が存在せず、それもかれこれ20年以上も前の話。

 

次第に戦術機開発部門は社の『お荷物』と称されるようになり、年々予算を削減されていく。そんな中、部のトップは開発のなんたるかも理解しない経営部からの流れ者にすり替わり、上からの要求仕様は無理難題を極めている。

 

今まで行き詰っていた部署がそれで上手く行く筈も無く、ユーコンの先進戦術機技術開発計画に参加する権利もリソースも得られないまま、他社との技術力や資金力が隔絶していくのを指を咥えて見ているしか出来ないのは明白だ。

 

そしてトドメが、数日前にリークされた情報であるユーロファイタス社の新型戦術機の試験部隊へ引き渡すという情報。

 

シェアも失い予算も無い状況で、社内では部門の切り離しを考えているとまで噂が出ている始末に四人が頭を抱えているのも無理は無いだろう。

 

 

「無理じゃない…とは思うよ。僕はまだ諦めない」

 

「センパイ、諦めろって。俺はもう諦めた。『低予算で画期的で開発期間が短くて有用な戦術機』なんて不可能だろ、普通」

 

「画期的の部分は軍に対するアピールだから置いておくとしても、低予算の部分がどう考えても厳しいのは確かだな。求められてる戦術機の性能が上がってるってのに、予算だけ上げないというのは馬鹿げてる」

 

「このオッサンもこう言ってるぜ? 大体よぉ~余剰機がもうF-4くらいしかマトモなの残ってないんだぜ。部門存続の為とかなんとか言って他はワキガ野郎が売っ払っちまったじゃねえの」

 

「分かってる…分かってる。何か良い技術のアイデアとかが浮かべば――」

 

「どうやってだよセンパイ。無理すんなッて」

 

「うるさいッ……!」

 

 

揉めに揉めた場に嫌気が刺し、遂に声を荒げてしまう。

 

未だ希望を捨てきれていない男は腰を捻って振り返り、後ろの机に避難させていたウイスキーのグラスを取り、頭の熱諸共度数高めの液体で一気に飲み干した。

 

脳を蝕むアルコールと苛立ちをこめかみに力を篭めて抑えつけながら、再び腰を捻ってグラスを後ろの机に置こうとし、思わず肘が机の書類にぶつかってしまう。

 

 

「あッ――」

 

「おいおい何やってんだよ」

 

 

円卓に散らばる様にして乱雑に置かれていた書類は、騒がしい音を立てて地面にまで広がりを見せた。他の三人が動こうとしないところを見るに、落とした責任を取れというのだろう。

 

冷たい態度の三人に舌打ちを吐きそうになった男は苛立ちを苦しげに飲み込んで席から立ち上がり、腰を下げて床にぶちまけた書類を拾おうとした直後――

 

 

「――おっと」

 

「失礼」

 

 

同じく書類を拾おうとしていた誰かしらの指先に触れる。

 

ビックリした男を意に介さず、落ちていた書類を拾い上げて中に目を通し始めた見知らぬ客。流石に驚きを隠せずに酔いが少しだけ覚めていくのが自覚出来た様で、アルコールに犯されて座り始めていた目尻が上がっていく。

 

素早く残りを拾い上げた男は、未だ書類を返そうとする気配の無い客に注ぐ視線を少しだけ鋭くさせた。

 

 

「拾ってくれたのは感謝しますが、あまり見ないで下さい。さあ返して」

 

「…………」

 

 

忠告にも似た声色の一声を一切耳に聞き入れない客の男の態度。

 

どうしようと言った風に他の三人を見やれば、仕方が無いと言った風に三人も立ち上がり、見知らぬ客を囲む。

 

場は4対1。それでも視線すら向ける事は無く、書類の上で滑る視線に、何が可笑しいのやら鼻で笑うかの様な素振りを時折垣間見せる始末。

 

 

「おいオッサン、それ見たってつまんねえだろ。返せよ」

 

「……欧州の機動兵器――ああ、戦術機でしたか。そしてこれが最新機ですか……まぁ、こんなものでしょう」

 

 

呟く様な小さい返答とも言えぬソレは、誰に向けたのか嘲笑にも取れかねない表情。

 

自身らの部門を破壊しかねない程の性能を持つ最新鋭機。それが例え他社製品であったとしても、認めざるを得ない程の性能を持っている事に違いは無い。しかしながら、その傑物を『こんなもの』呼ばわりされれば、戦術機に関わる技術者として複雑な感情ながらも、聞き捨てのならない発言である事に変わりは無い。

 

流石の客の態度に酔いが加わっている若者は、客に掴みかかろうと右手を伸ばし――

 

 

「おい、聞いてんのかッ!!」

 

「――五月蠅いですね」

 

 

チラリと視線を滑らせ、害敵たる腕部を掴むと瞬時に捩じり上げた。

 

 

「いだだだだッッ!?!?」

 

 

数秒程で開放されるが、余りの痛みに若い男は後ろへ体勢を崩しながらも左手で右腕を庇っている。

 

涙目で睨みつける若者そのものすら視界に入れなかった客は漸く、水色と紫の左右非対称の視線を書類から動かし、そして四人を順々に視界に移した。仲間がやられたと掴み掛かる事を『しない』3人では無い。独特な圧を持つ不可思議なオッドアイに凝視され、『出来なかった』という方が正しい表現である。

 

それは店のマスターが静止の為に動けなかったのも、また同じ。

 

たっぷりと数秒。眼前の雑魚を値踏みする様な視線と嘲笑を向けた客は、何事も無かったかの様に傍のカウンターで書類をトントンと合わせ、書類をバラまいた男に笑顔を浮かべながら手渡す。

 

 

「勝手に盗み見て申し訳ありません。少し『こちらの機動兵器』に興味がありましたので」

 

 

『こちらの』を強調する言い回しに、戦術機を『機動兵器』と態々言い換える不自然さ。

 

何が言いたいと目を細めて視線で問う男に、客の男は被っていた帽子を徐に外す。そこから覗くのは中途半端な長さのまま外側に跳ねた白銀の髪。

 

 

「フフフ……これでも私は、しがない技術者なのです。どうやら研究開発でかなり苦汁を嘗めている様に思えますが、宜しければお手伝いしてさしあげましょう」

 

「……随分と都合の良い事を言うのですね。何処で研究を? ダッスオー? ユーロファイタス? ラインメタルとか?」

 

 

研究者だと言うならば、それ相応の所属があるのは常識だ。それを問えば、客の男はクツクツと含み笑いを浮かべていく。

 

 

「誰にでも秘密はあるものです。時にZEXIS――いや、Z-BLUEで活動していたかもしれませんよ?」

 

「ハァ!? そんなバレバレの嘘付くヤツが居るかよ!」

 

「さて、嘘か真かどうでしょう……『黒の英知』を含め、相応の技術と知識はあるとだけは言っておきましょうか」

 

 

意味不明な固有名詞を操り露悪的な表情を浮かべる客の男に、四人は自然と相談を始める。

 

何か手を打たねば自分たちの将来が潰える事は不可避。しかし、この様な明らかに妖しい人物を頼るのはどうか――

 

悩みに悩んだ四人は、現状最も無難な選択を選ぶしか無い。

 

 

「分かった。取り敢えずあんたの話を聞くだけ聞く事にする。オッサン、あんたの名前は?」

 

 

好感触な返答を聞いた客の男は口角を上げ、静かに名乗りを挙げる。

 

この世界では一切無名でありながら、多元世界では数多の敵を持つ男――その本名を。

 

 

「……ハーマル・アルゴーとでも、名乗っておきましょう」

 

「――偽名か?」

 

「正直に言います。私は『嘘』は付きません。今となっては、冗談を口にするだけですよ。フフフ……」

 

 

ハーマル・アルゴー。多元世界でのまたの名をアイム・ライアード。

 

12のスフィアの一つ『偽りの黒羊』を所有していた男は、この日を境に人知れず動き出す事になる。

 

ZEXISに敗れ、スフィアを通して一度は呪縛から解き放たれかけた男が何を成し、後に何を生むのか――

 

 

それは今、語られる事では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――人物紹介――

・福岡教授

元ネタは自然農法の提唱者、福岡正信。故人。

粘度団子という子供にも作れる嘘みたいな方法でEUからユーラシア、アフリカの各地合わせて計十数か国で成功を収め、各国が福岡正信から自然農法を学ぼうと国家予算を割り当てていた程の傑物。

恐らく今回限りの登場ですが、このエピソードは色々と繋がっていきます。



最後のはEU篇の序章です。EU篇は番外編として、本編完結後に書く予定です。

宜しくお願いしますm(__)m

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