to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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次は幕間を挟んだ後に、四章になります。

PS:不自然な部分がありましたので、一部訂正させて頂きました。


第三章 (5)

――さようなら、ガキ臭い救世主さん――

 

(さようなら先生。今まで、ありがとうございました)

 

――私は…あなたを絶対に忘れません……!――

 

(霞…先生を助けてあげてくれ……)

 

――また…ね…――

 

(ああ……またな………)

 

 

白む世界。

 

視界を通して虚ろに消えゆく世界の中、消えてゆくのは自身の方。

 

震える時空の中、足元が抜け落ちる様な感覚に全てを任せて目を瞑った。

 

 

(……ああ、終わったんだ………)

 

 

大した達成感は無く、納得の行く結果では無かったが、それでも死力を尽くした結果だ。

 

『元の世界』に戻る。その推測に身を任せて数秒、いや数分が経過しただろうか。時間の感覚は正確には分からないが、それでも幾らか経過しているだろう。言わば寝具の中で眠ろうと目を瞑っているが、意識は起きている様な状態のソレ。

 

脱力していた武は余りにも冴えている思考に疑問を感じ、恐る恐る目を開けた。

 

 

「――ッ!? な、なんだよコレ……ッ!!」

 

 

瞼の裏側で薄らと消えゆく霞の表情を映していたのが夢かと見紛う様な青の世界。

 

外景は捻じれて流動的なうねりを見せ、言い様の無い不安定さ際立つ様がこの場の異常性を物語っていた。

 

その視界の端々に映り込む映像は紛う事無く『元の世界』、『あっちの世界』、『さっきまでいた世界』だろう。

 

 

「夕呼先生の推測じゃ、『元の世界』に戻される筈だろ……!?」

 

 

推測外の状況に頭を悩ませるも、頼れる先生とは脳の出来がまるで違う。情報が纏まりきらずに混乱していく頭を利き手で抑えながら、知っている情報を基に推測を立て直す。

 

 

(死んでないのもあるけどループは発生してないんだ。因果導体じゃなくなってるのは確かだろうし、『さっきまで居た世界』は再構築されてる筈。……いや、そう願うしかないだけだ。次にオレの状況。『元の世界』に戻れない理由を考えろ……ッ)

 

 

思考を加速させながらも、沸々と浮かぶ焦りは主張を増すばかり。

 

この不可解な空間に取り残されたまま、永遠に彷徨うなどあってはならないのだ。最悪の想定が現実だと決めつけてしまう前に、素早く脳を回転させて打開策を模索していく。

 

 

(『さっきまで居た世界』にとってオレは異物になった。だから弾きだされる様な形で消滅したんだろう……じゃあなんだ!? オレは『元の世界』にとっても異物になっちまったってのか!? こっち側の世界に馴染み過ぎたからか!?)

 

 

必死に脳を動かすも、情報が不足しすぎている現実は不変。故に打開策が浮かぶ筈も無い。

 

次元の狭間で単身漂流している感覚に囚われたまま、希望も見えずに思考が停止し始めていた。

 

 

(ダメだ……こんなの、どうしようもねえ……)

 

 

正に呆気ないとはこの事か。諦観の境地で死期を悟ったからだろうか、走馬灯の様に嘗て体験が脳内を駆け巡っていく。

 

 

(……純夏、もう会えないのか…………)

 

 

最愛の人に会えないのかと涙を浮かべて意気消沈する中、関連した情報を無意識的に脳が遡り、そして何かを発見する。

 

 

「……――いや、待てよッ?!」

 

 

目をかっ開き、再び脳内の出力を上げて再考していく。思い出したのは、最愛の人を最後まで面倒見てくれていた霞の言葉だった。

 

 

(確か…純夏は『あの日に戻ってやり直せたら』と願って、オレが因果導体になってループし始めたんだ! だったらオレ自身の願いだって通用しないという確証は無いッ!)

 

 

困った時の運頼み。そう揶揄されても良いと自身の中でヤケクソ気味に言い訳した武は、自身にとって最良の願いとなる条件を探す。

 

人が一つの物を手にするのに多大な労力を以てして尚、手に入らぬことが多いこの世界で、不相応と自覚しながらそれでも叫ぶのだ。

 

望むだけなら自由だ。何も変わらない現状なら、やってやる。

 

彼なりの理論では無いにしろ、そこには夕呼の『運は無意識的に最良の未来を選択する能力』という教えもあったのだろう。

 

 

「オレはッ! 純夏に会いたい! 会って抱きしめてまた愛してやりたいッ!! 衛士として、人として大切な全てを教えてくれた皆を守りたい! その為にも、BETAを――創造主までもをブッ倒せる世界だッ!! どんだけ俺は苦しい目に会っても構わない!! 俺はまだ……皆から貰った物を、俺の持つ全ての可能性を使いきれてないんだああぁぁぁッッ!!!」

 

 

天地の方角さえも失われた空間に放たれた万感の絶叫。

 

先ほど、別れ際になって尚言われた『ガキ臭い』の発言が脳裏に過るも、それを自嘲出来る程の思考も残らないくらいの全身全霊の願い。

 

余りの全力さに思考が真っ白になってしまっていると言えば、その全力さが伝わるだろうか。冷静に考えれば叫ぶ意味など微塵も無く、その願いに答えてくれる者が居る筈も無い。

 

しかしながら幾度も世界を移動した者故か。無意識的に心で予知していた『ソレ』に備えるかの如く、武は意識を失っていた。

 

青い空間の中、意識を失っている武の周囲を淡い『翠』の光が包んでいた事など、本人は知る由も無い。

 

 

 

 

 

閉じられている瞳。その先にある瞼越しの光は強く、浮上する意識と共に自然と瞼を開けるも思わず再び強く閉じてしまう。手を瞼の前へと強い光を遮る様にした後、武は再度ゆっくりと瞼を開いた先に見える色は白い。

 

自身の指と指の隙間の向こうに映っていたのは、ループしていた生き地獄のスタート地点であり、謎の空間から自身が転移出来た証でもある懐かしい自室、その天井だった。

 

頭が急速に冴えた直後、『どの世界』かを確認するべくして首を横に向けるも、自身の寝具に忍び込んでいた者の姿も温もりも見当たらない。

 

 

(……純夏も起こしに来てねえ。取り敢えず、『元の世界』じゃなさそうだ……)

 

 

起こしに来るとは言ったものの、まだ何も手がかりを見つけていないと自覚し直せば、瞬く間に飛び起きて時計と日付を確認する。

 

 

《1998年10月22日 10時00分》

 

 

「さ…ッ、三年前だとおおおッッ!?!? が、学校は!? 純夏は!?」

 

 

想定外の事態に急激に焦りを露わにするのも無理は無い。ループしていた起源としての呼称は『10月22日』であったが、それは必ず『2001年』の10月22日なのである。

 

日付が正しいのは予想通りとして、時間軸が前回、前々回より3年も前へと逆行しているのだ。

 

この時点で、ここが武の知る世界とは大きく違う可能性が濃厚になり始めている。ではどう違うのか。今までよりも状況は好転している世界か、将又その逆であるのか。

 

既にここが『元の世界』である説は消えていた。何故ならば、学生の身分の武が10時まで眠りこけているのは異質な状況であり、2001年の10月後半から親が旅行に出かけていただけで、3年前の平日ならば当然の様に家に両親共に居た筈なのだから。

 

 

(いや待て…もっとヤバイんじゃないか……? 帝国がBETAの侵攻を受けたのが98年の春先だったかそれくらいで、本土を奪還した明星作戦は99年って習ったよな………じゃあ…今、家の外はハイヴの支配地域の可能性だって無い訳じゃないッ! ど、どうする……ッ!?)

 

 

前回、前々回で学んだ中に、この部屋やを含めた家は外の世界に足を踏み出したが最後、何らかのタイミングでこの部屋の時間軸自体が消滅するという特質があった。これを逆手に取れば、この部屋に居る以上は安全である可能性が高い。

 

しかし外へ出なければ、全て始まらない事など理解している。

 

 

(何か、身を守れる何か――ッ!)

 

 

旅行の時に買った木刀が3年前の自室に存在する筈も無く、探せど虚しさが募るばかり。有効的な道具の一つも視界には映らず、部屋を散らかしていく様から心境がうかがえるだろう。

 

だが、その時一つの違和感が走る。

 

 

(そういえばこの制服――)

 

 

違和感を頼りに視線を上げ、ハンガーにひっかけてある制服を手に取った直後、その違和感が言葉となって脳に直結していく。

 

白陵大付属柊学園の制服――それは『高校生』の義務付けられた服装。3年前の時、当時中学生だった自身が持っている筈の無い物品だ。加えて、軽く羽織ればそのサイズは身体にピタリと合っている。

 

 

(なんだよ……どういう事なんだよ……!?)

 

 

時計が示すのは3年前。自身の体格や服は2001年の時のソレ。窓の外は廃墟そのものにも関わらず、当時跋扈していただろうBETAは影も形も無い。

 

チグハグな情報が混乱を生み、結果として出た結論。

 

 

「ここ…何処だってんだよ……ッ!?」

 

 

混濁を極め、武の脳内で暴れて我先にと主張しては一切纏まりを見せない情報群。先に進むための情報に一つも繋がらないが、このまま動かずして何かが得られる事など無い事は今の武も理解している。

 

動くなら一秒でも早く。それがBETAに支配された後の無い世界で学んだ事でもあった。

 

 

(今は取り敢えず出てみるしかない――ッ! ここでグズグズしてたって何もならないし、そこでBETAに襲われたらその時はその時だッ!!)

 

 

歯噛みした武は決意を胸に慣れた動きで白の袖に腕を通し、釦を素早く掛けていく。

 

再度気合を込めるべくして頬を両手で強く叩いた武は、扉の音を立てない様に静かに開けた。

 

 

(――警戒を怠るなッ! 生身でBETAと出くわしたら最後なんだッ!!)

 

 

強く自分に言い聞かせ、地雷原を歩く様に足音を殺し続け、周囲に目を配りながらも基地のあった方へ向かう。

 

BETAが跋扈しているならば、基地のあった場所は正しくハイヴであり、愚の骨頂と言える選択という事まで頭が回っていない事に本人は気付いていない。とはいえ、徒歩で他に向かうべき先など無い以上気付いた所でどうしようも無いのも事実だが。

 

腰を落として歩を進める足に地面からの揺れを感じない以上、大型及び中型のBETAは居ないだろう。

 

だが小型だけでもBETAが人を殺すなど余りに容易い。

 

BETAの習性と数多の質量が踏破したのが嫌でも理解させられる程の廃墟と更地が広がる無音の世界で、限りなく音を発さずに歩き続ける事がこれほどしんどいのかと背中をぐっしょり濡らし続ける。

 

記憶と照らし合わせながら横浜基地のあった場所に向かうが、果たしてこれほどまでに遠い道のりだと感じた事があっただろうか。

 

一歩一歩に集中しているからか、歩けど歩けど進まぬ道のりに倍以上の時間を掛け、やっとの思いで見慣れた坂の下に辿り付き――そして目を疑った。

 

 

「……なんだ、あれ………どうなってんだよ……」

 

 

坂の下から見上げる様にして瞳に映ったソレは、見覚えの無い巨大な人工の建造物。

 

自分の求めていた横浜基地とは違い、緩い曲線を描きながら天へと延びる司令塔であろう最上部。その周囲には360度全方角の地平線を見張っているかの如く設置されている外周リングと、全体的に曲線が多い意匠だ。

 

自分の見知った横浜基地とは規模も建築様式も明確に違い、またしても得られる情報は関連性が見えないまま。そもそもの話、ここが基地なのかも不明である。

 

 

(BETAと遭遇しなかったのは、アレの御蔭なのか…?)

 

 

疑問を胸中に渦巻かせ、その足取りを速めて坂を駆けあがる。現在の状況がどうなっているのか、その謎を解明する為に足を動かす武は坂を駆けあがり、建造物の全貌を視界に収めた瞬間、更に目を見開き足は完全に動きを止めてしまっていた。

 

 

(すげえ……でも、なんでこんなのが横浜基地に……)

 

「――おいッ!」

 

 

ふと横から掛けられた声。

 

その声に導かれるまま顔を向ければ、そこには黒人とアジア人の見知った二人組――武の知る横浜基地の門兵が発した物だった。

 

彼等の装備には見覚え無いが、その存在でここは確かに横浜基地なのだと確信を得る。

 

だが、喜ばし気に表情を明るくする事など出来ようも無かった。

 

 

「貴様、どうやって来たッ!?」

 

 

見たことも無い機械化歩兵装甲を纏った兵士を後ろに二人も随伴している門兵達は、問答無用で小銃を武に向けて怒号を発する。

 

今までの経験では許可証と認識票を問われ、答えようの無い武はどうにか夕呼に話をしてくれと説得に臨んだのが前回の流れだった。その為に不可欠な制服だって着ているにも関わらずの対応にたじろいでしまう。

 

 

「ちょッ、ちょっと待ってくれッ!? オレは――」

 

 

不審者に待てと言われて待つ門兵は居ない。

 

 

「両手を上げろッ! 不用意なマネをすれば射殺する!」

 

「わ、分かった! 分かったってッ!」

 

「さっさと両手を上げて上体を伏せろッ! 司令部、こちら第4ゲート! 不審者一名を発見。直ちに確保します!」

 

 

黒人の門兵は司令部に連絡する様だ。以前までならば、衛士として鍛え抜かれた武がこの二人を突破することは不可能では無かっただろう。

 

だが、二体の機械化歩兵装甲とアジア人の門兵に銃口を突き付けられているこの状況では、抗うという選択肢など存在する筈も無く。

 

両手を上げてゆっくりと膝を地に着けた武を慎重に取り囲む様にし、アジア人の門兵が背後に回り両手を縛りながら武を地面に叩き付けた。

 

 

「痛えッ!」

 

「黙れッ! じっとしていろッ!」

 

「抵抗しないって! いでででッ!!」

 

「貴様どこの国の者だ! 鍛えられているのは触れば分かるぞッ!」

 

 

余りに洗練された制圧行動。尋問の手際も良く、以前の門兵とはまるで別人だと武は冷や汗を流す。以前は門兵達に身体を押されても、体幹の鍛え方からかビクともしなかった筈なのに今ではこうも簡単に押し倒されているのだ。

 

加えて前はどこか悠長な雰囲気を持っていた筈の二人は、ここまでピリピリと張り詰める様な覇気を隠し持っていたとでも言うのか。

 

 

「少しで良いから話を聞いてくれッ! オレは夕呼先生と話をしに来たんだ!」

 

「貴様馬鹿かッ! 貴様の様な間抜けな間諜は初めて見るぞ!」

 

「嘘じゃねえって!」

 

「嘘もクソもあるか! この場所の重要性も理解せずに送り込まれたのか貴様ッ!」

 

「いででででッッ!?!?」

 

 

背中に捻り上げられ、間接を締められている腕を捻られるたび、苦悶の悲鳴を思わず上げてしまう。

 

何を言っても聞いてくれる事は無く、状況は正しく絶対絶命。冷静に考えれば不審者の言い分を聞いてくれる方が不可解であり、だからこそ前回は親し気な雰囲気を以てして挑んでいたが、こうも最初から敵視されていてはお手上げだ。

 

 

「――はッ。おい貴様ッ!」

 

 

先ほどまで司令部と連絡を取っていた黒人門兵が武を呼ぶ。

 

地面にうつ伏せに組み伏せられている為、視線だけを声のする方向へ向ける事しか出来ないが、頭上の方へと苦しげな声で返答してみせた。

 

 

「…な、なんだよ…ッ」

 

「貴様、どこから来た!」

 

「ど、何処からって聞かれても――」

 

「良いから答えろッ!」

 

 

『何処から』という意図を掴めない武。間諜と疑われている以上、国名を答えろという意図だろうが、どこの間諜でも無いのだ。

 

瞬時に迷うも、手を捻り上げている兵士がいつ力を篭めるか分からない恐怖からか、迷っていられる時間があるとも思えず、馬鹿正直に答える以外の選択肢が無い。

 

 

「――こ、この坂の下を真っ直ぐ行った柊町商店街の、その奥の住宅街からだよッ! そこに居たんだッ!」

 

 

答えた刹那、マズイと悟るも既に遅い。

 

BETAが破壊し尽くした廃墟で暮らしている人間が常識的に考えて居る筈が無いだろう。幼児でも分かる事だ。

 

このまま行けば良くて営倉か、最悪は――

 

この世界に来る直前に『どれだけ苦しい目にあっても構わない』と口に出して叫んだが、こうなる事は想定外にも程がある。自分の甘さを再確認するも、自嘲する程の余力すら無い。

 

負の思考が逆回転を織成して武の精神力を削り、もっとどうにかできなかったのかと自責の念が唇を強く噛み締めている時、ふとある事に気づく。

 

その違和感を言葉で再翻訳するより早く、門兵が口を開いた。

 

 

「立て」

 

「――?」

 

 

変化した語調に疑問符を浮かべるも、体勢を無理矢理起こされる。

 

 

「司令部からの命令だ。今から貴様を連れていく」

 

「なっ――、一体どうして……」

 

「四の五の言わずに歩けッ!」

 

「痛えッ、どつくなってッ!」

 

 

背中を銃底で小突かれ、渋々といった表情で歩き始めた武は、漸く先の違和感を再認識出来た。

 

そう、あれだけ怒鳴っていた門兵達が『常識的に考えて有り得ない武の返答を馬鹿にしなかった』のだ。

 

信用されたのか、それとも何かしらの判断材料を持っているのか。

 

武には何一つとして分からないが、現状従う他無い。

 

先導する門兵一人の後を歩く事数分。見知らぬ建物の中を歩いている最中だった。

 

 

「――これほどまでとは思ってもみませんでした。何という品種の数々。爪弾き者と揶揄されていた私が、一学者としてこの計画に参加させて頂ける名誉。そして地球再興の礎となれるこの喜び。老いた心が震えますな」

 

「ご謙遜を! 貴方様の手法は本当に興味を惹かれましたよ! 環境を第一に考え、自然の力を最大限に信じぬいた独創的な理論だと思っております。とは言え、残念ながら私はそちらの学問に関しては生憎トーシロー程度の知識しかありませんが……」

 

 

前方から歩いてくるのは、杖を突いて覚束ない足取りで歩く髭を蓄えた禿頭の老人と、その隣で会話に華を咲かせるオレンジ色のずんぐりとした二足歩行のロボット。

 

見た事の無い顔ぶれとすれ違い、本当にここは横浜基地なのかと言う疑念が再浮上するも、前を歩くのは確かに見知った門兵で混乱は止まる所を知らない。

 

早く状況が分からないものかと悩ませているのも束の間、連れられて来たのは最初に入れられた忌々しい営倉――謂わば独房である。

 

 

「入れ」

 

「――ッ、分かったよ…」

 

 

ここで反抗しても立場を悪くするだけだと判断し、素直に営倉へと足を踏み入れるしかない。

 

足音が遠ざかっていくのが聞こえる事で、現実味が増し始めた。本当に営倉へと閉じ込められたという意識が、簡素なベッドに腰を下ろした武を項垂らせる。

 

このまま何日も閉じ込められるなど、あってはならない事だ。人類にそれだけ悠長にしている時間は無い筈。だが自分を助けてくれる者も情報も無い事に依然変わり無く。

 

何一つ理解出来ていない状況に頭を抱える。

 

本当にここに来るのが正しかったのか。『元の世界』に戻る事を選ぶべきだったのではないか。

 

全ての決意が微弱に揺れ始め、迷いは揺れる決意の振幅を増幅させていく。

 

悔しさや愚かしさに涙腺の温度が上がり始めたその時――

 

 

「ふーん」

 

「――ッ!?」

 

 

幾度も聞いた声が耳を介して脳に届く。刹那、弾かれる様にして顔を上げれば、そこには誰よりも求めていた顔が鉄檻越しに見下ろしていた。

 

 

「先生……」

 

「先生? どうでもいいけど、あたしは先生じゃないし、あんたみたいな教え子を持った覚えは無いんだけど」

 

 

夕呼との邂逅時に言われるお決まりの文言に、言葉を交わしている相手が間違いなくその人だと理解する。

 

直後、安堵感からか渇いた笑みが零れてしまい、それが夕呼の気に障った様で。

 

 

「……はは」

 

「なによ。何か可笑しい事でもあるワケ?」

 

「……いえ、以前もそう言われたなって思い出しただけです」

 

「『以前』ね……」

 

 

何処か神妙な面持ちに変化した夕呼は、静かに言葉を紡ぎ出す。

 

 

「あんた、名前は?」

 

「白銀武です」

 

「……ふーん、『シロガネタケル』ね。『廃墟の方』から来たって言ってたわね」

 

「…? はい、そうですけど……」

 

「『その前』は何処に居たのか教えてくれない?」

 

「――ッ!?」

 

 

その言葉に目を見開くのも無理は無いだろう。

 

アクセントを置いた場所からして、夕呼は武が只の諜報員だとは思っていないという事から察する事が出来る。若しくは、自分以上の何かを知っている可能性もある。今はそれで充分。

 

意を決めた武はこれまでと同様、己の知り得る全てを話す事にしようとして、口を閉ざす。

 

それに訝しむ夕呼は、急激に目付きを鋭くさせていく。

 

 

「どうしたの?」

 

「いえ、そういえばここってモニターされてるんですよね? オルタネイティヴ計画の事とか色々あるので、話しづらいなって思ったんです」

 

「――ッ?! ……分かったわ。待っていなさい」

 

 

武の知る内容には機密事項が多分に含まれる――そう悟った夕呼は、足早に兵士を呼びつけた。この場所でする話では無いと理解した故の行動だ。

 

夕呼が引き連れた兵士が営倉の扉を開け、武は指示されるがままに営倉を後にした。

 

 

 

 

 

営倉の中から解放されて既に五時間が経過した頃、漸く夕呼が管理している地下施設へと足を踏み入れる事を許されたものの、内心は怒涛の検査で食傷気味である。

 

馴染みの検査から、見知らぬ機械で身体を調べられたり変な液体を飲まされたりと精神的にかなりの負担を強いられたが、これから始まる会話の重要性を考えて再び気合を入れ直し、夕呼の後に続いて執務室の自動ドアを潜った。

 

 

「お疲れの様ね」

 

「そうですね。『こういう』のは前回も経験しましたけど、全然知らない液体とか飲まされたり大変でした。時間も妙に長かったし……」

 

簡易的な椅子に座った武は大きく溜息を吐く。

 

それでも、たったこの5時間で明らかにセキュリティの上がった基地のIDを取得できたのだ。営倉で数日を潰すよりはマシである。

 

 

「理由が分からないわけでは無いと思うけど?」

 

「分かってます。得体の知れないオレに、ここまで来れる様なIDを与えてくれた事が、どれだけ有難いのかも」

 

「随分と殊勝な事を言うのね」

 

「先生にはお世話になりっぱなしでしたから」

 

 

武は前回の経験を通して理解した事がある。

 

以前のこの時期であれば、自分は相当にガキで全てが夕呼先生頼り。だからこそ言葉遣いに敬意も無かったし、『してくれて当たり前』『答えてくれて当然』といった感覚が抜け切れていなかった様に思う。

 

だが、あ号標的との戦いが終わった頃には、武の中で夕呼に対する尊敬と大きな感謝の念が確かに生まれていた。

 

気に喰わない部分は数あれど、それでも最初から夕呼に世話になりっぱなしであったという自責の念が、夕呼に対する言葉遣いをより丁寧にさせている。

 

 

「さて、さっきの話の続きと行きましょう」

 

「分かりました。最初の方は記憶が曖昧になり始めてるんですけど……」

 

「構わないわ。覚えてるだけ話しなさい」

 

 

そうして武は静かに、己の経験を詳細に思い出しながら話していく。

 

『元の世界』、『一度目の転移した世界』、『この前まで居た世界』。何があったのか、何処まで成し遂げ、その果てに何を知ったのか。

 

前回は聞かれる度に答えるといった形式に近かったが、それが最善手だと今の武は思えないでいた。主体的に話せるだけ話すつもりで武は記憶を整理しながら説明していく。

 

話す内容が深くなる度、視線は鋭くなったり威圧感が成りを潜めたりと変化はあったものの、全てを話し終える頃には話が長かった所為か、夕呼は随分と砕けた姿勢で珈琲を片手に壁に凭れていた。

 

 

「……なるほど。概ねは理解したわ」

 

「ありがとうございます!」

 

「なんで礼を言うのよ」

 

「話を聞いて理解してもらえるだけでも凄い有難くって……いや、先生は裏の取れる情報と内容だから、頭に留めて置くんでしたっけ」

 

「……やりづらいわね」

 

 

謂れのない礼に奇怪な表情を浮かべる夕呼。

 

弁解しようとするも、夕呼がどういった人間なのかを思い出した武の知った風な口ぶりに、面白くないと言った表情を浮かべてそっぽを向いてしまう。

 

どの世界線でも変わらない夕呼の素振りに苦笑を浮かべた武は、思った疑問を素直に口にしていた。

 

 

「それにしても、オレの話した内容は先生を調べ尽くして作り上げた話かもしれないですよね。どの部分で信じたんですか?」

 

「信じない方がよかったかしら?」

 

「いや、そんな事は無いですけど…」

 

(今のオレが知る必要は無いって事か)

 

 

いつもの調子で受け流されてしまい、想像通りとは言え静かに肩を落とすも、自分の知る夕呼なのだと今度は安堵感が溢れ出ている。

 

夕呼には霞のリーディングで武の話が嘘かどうかを判別する方法もあるのだが、まだ夕呼は武の話を聞いた『だけ』である。この場に霞が居ない以上、夕呼自身の持ち得る情報だけで信憑性を見出しているのだろう事は想像に難くないだろう。

 

その部分に関していえば、今の信用しきれない武に話せる内容では無くとも、信用を得て自身という価値を夕呼の中で見いださせる事さえ出来れば、その情報が開示される可能性があるという事に他ならない。

 

そこにはこの基地が自分の知らない物なのも、門兵達の警備が厳重だったのも、見知らぬ者達も全て明かされていく筈だ。元々、少し前まで居た世界と全く同じだとは思っていない。全ての平行世界はちょっとずつ違いがあるとは夕呼の弁であり、自分も『一番BETAを倒せる可能性の高い』世界への転移を望んだのだ。変化があって可笑しい事は無い。

 

目下の疑問をひとまず横に置いておく事にした武は、現状一番気にしている部分にメスを入れようと真剣な眼差しで口を開く。

 

 

「先生、率直に聞きます。第四計画は――純夏はどうなっていますか?」

 

「残念だけどここには居ないわ」

 

「――ッ!?」

 

 

あっけらかんと言い放たれた衝撃的な一言に目を白黒させ、次第に憤りの感情が沸々と湧き上がる。

 

ここに居ないとはどういう事か。脳髄の状態であれ、OOユニットの状態であれ、反応炉の浄化機能が無ければ生命維持が出来ないのは武も知っている。それがここに居ないという事は、つまり――

 

抑えなければ。

 

頭では理解していても、それがガキなのだと分かっていても、自制が完全には効いていないからか、怒気が僅かに放たれ始めていく。

 

 

「……どうして、ですか…? 純夏は、第四計画の要だった筈でしょう……!?」

 

「あんたが何を期待していたのかは知らないけど、00ユニットはもう無くなっちゃたわ」

 

「どうしてそんな簡単に――ッ! …………いえ、すみません」

 

 

拳を強く握りこみ、抑えきれない憤りを思わずぶつけようと睨み付けた武。

 

それを何処までも冷めた目で見つめた後、僅かに過去を想起して浮かべたであろう諦めにも似た表情を見せた夕呼を直視した瞬間、何かの原因で失敗したのだと察してしまった。理解してしまったのだ。

 

00ユニットの成否に一番振り回されていたのは、紛れも無く夕呼である。神速とでも言える程に切り替えの早い人物だからか、代案が本人の脳内に潜んでいるからか。

 

どちらにせよ今ここで己が吠える意味は皆無であり、自分の立場を悪くしてしまうだけだという事は明白だった。

 

 

「世の中には理解出来ない事が起こるモノよ」

 

 

悟った表情の夕呼に、肯定の態度を返すしかない。

 

これ以上第四計画について話しても仕方がないと感じた武は、気落ちした言葉を切りかえていく。

 

 

「先生は……これからどうするんです? もし良ければ、オレを使ってくれませんか。衛士適性はありますから」

 

「訓練部隊上がりでそのままA-01に入ったんだったかしら。だったら今回もそうする? 楽じゃない任務ばっかりだろうけど」

 

「構いません。純夏が居ないのはアレですけど、それでもこの世界を救うために来たんだ。夕呼先生を信じてますから。使ってくださいッ!」

 

 

お願いしますと頭を下げる武は、おねがいそのものに意味が無い事を重々承知だ。飽くまで『互いの利害が一致するから使ってくれる』だけ。それでも、頭を下げずにいられないのは不器用だからか、熱しやすいガキだからか。

 

やれやれと言った様子で重い息を吐いた夕呼は、珈琲に再び口を付けるとコンソールを素早く叩きだした。

 

視線を武に戻して告げたのは数言。

 

 

「あんたには衛士適性を測った後、明日から訓練部隊に配属する様に手配しておくわ」

 

「大丈夫です。ところでさっきも少し話したXM3の話なんですけど――」

 

「ああ、それは問題ないわ。こっちでも紆余曲折あって色々考案中だから」

 

「本当ですか!? 分かりました、じゃあ早速ですけどシミュレーションルームまで案内してもらえませんか? 依然と違う基地だからか、色々わかんなくって」

 

「待ってなさい。迎えを寄越すわ」

 

 

コンソールを叩き終えた夕呼は、珈琲の入っていた紙パックをゴミ箱に捨てるや否や、内線でピアティフを呼ぶ。武の案内を任せるらしい。

 

 

「着いてきてください」

 

「分かりました」

 

 

後ろを着いて歩く武は静かに意気込んでいた。

 

 

 

 

 

意気込みだけで全てを乗り切られれば、どれだけ楽だろうか。

 

いや、単に自分が甘かったのだと自嘲しながらも、武は視線を目まぐるしく動かし、脳内で幾つもの予測を立てながらも手足を動かす。

 

 

「うおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 

力が入る余り、全力で雄たけびを上げる。額を流れる汗を拭うその一瞬も惜しい。

 

 

(いつ終わるッ!? いつ終わるんだよッ! 早く終わってくれええぇぇぇッッ!!!)

 

 

右上前方。左方向。背後よりの斜め上。響く警告に瞬時に反応し、避ける、避ける、避ける。

 

時には廃墟を盾に。飛び上れば攻撃ポイントに下部からの射撃が加わってしまうからこそ、地面スレスレの匍匐飛行を繰り返す。しかし、時には無理矢理体勢を崩しながらの跳躍も熟さねばならない。

 

着地の硬直。即座に鳴り響く警告。理論上はまだ回避は可能。だがしかし、逃げ場は頭上のみ。推進剤の量も限界が近く、背後は先ほど崩してしまった廃ビルが倒れていた。

 

逃げ場無し。予測可能且つ回避不可能の究極の局面。

 

ホログラムの敵アイコンが光線を照射するまでの余裕は秒も無い。

 

 

「クッソオオオオオォォォォッ!!」

 

 

後ろ手に吹雪の腕部マニピュレーターが掴んだ瓦礫を下に押し込む動作と、跳躍ユニットを瞬時に吹かすのはほぼ同時だった。

 

右腕部を犠牲にしたバク宙に酷似する機動で、瓦礫群の背後へ回り込む様にして飛び越えて警告を回避した武。

 

虚しいかな、奮闘するも悪足掻きは悪足掻きである。

 

 

「――げッ」

 

 

先の瞬間まで背にしていた廃墟群の反対側、先ほど逃げてきた敵アイコンの排除を怠っていたのが運の尽き。武は瞬く間に警告を浴びるも、既に心の底で諦めてしまっていた。故に、気付いた時には眼前に浮かび上がっている状況終了の四文字が。

 

 

(くっそおおぉぉぉ…やっちまった………)

 

 

もっと上手くやれた筈だという口惜しさとやっと終わったという脱力感に身体を蝕まれ、生まれたての卵生動物の如くシミュレーターからずり落ちる様にして這い出ていた。

 

それを待ち構えていたのは、ピアティフから案内を引き継ぐ形で教官として紹介された懐かしき恩師、神宮寺まりもである。

 

 

「だらしないぞ白銀ッ――と、言いたい所だが、流石は博士が直々にテストさせろと言う訳だ」

 

「私も白銀がこれだけの結果を出すとは予想してなかったわよ?」

 

「えぇ……」

 

 

まりもが中腰のまま手を差し伸べ、武はどうにかそれを掴んで重い身体を叩き起す。

 

評価された事は疲弊しきった頭が辛うじて感じ取るも、喜びを露わにする余裕も無い。

 

 

「……どうぞ」

 

「…………」

 

 

夕呼の側で控えていた霞が水分補給用の紙パックを差し出す。それに首を上下に振って感謝を示した武は、震える手でどうにかストローを差し込み、必死に液体を吸い上げていく。

 

水分補給一つに見せる余りの必死さに夕呼がほくそ笑んでいるのも気付かない状態だ。

 

 

「バイタルデータを見てて思ったけど、従来のシミュレーションでは比較的穏やかで冷静。ところが新型になると一気に興奮状態よ。吠えるわ叫ぶわで見てて結構笑えたわ」

 

 

三日月の様に目を細めてケタケタと笑いながら腕を組む夕呼。

 

実際はバイタルデータの変化から、武が従来の戦術機の機動には慣れているものの、新型シミュレーターであるZ-BLUE式には全くの経験が無い事や、その他諸々の情報が手に入った事による笑みも含まれているが、それはこの場の誰もが理解し得ぬ事だろう。

 

余談だが、新型と呼ばれているシミュレーションはZ-BLUEから導入された『宇宙空間ないし誘導兵器による多角的な回避訓練』を主眼に於かれている筐体。端的に言えば『ファンネル回避シミュレーションシステム』というモノだったりする。それが夕呼の悪戯により、武は中難易度の設定からいきなりやらされていたのだ。

 

反応を期待してまりもを見やれば、顔に笑みだけ貼り付けているものの、拳を固めて怒気を剥き出しにしている。

 

 

「博士ぇ~? 私もあの新型に不意打ちで乗せられて意識がトんだんですけど~?!」

 

「ちょっと怒んないでよ~まりも。アレはまだ設定も調整しきれてなかったし、悪かったって言ってるじゃないの」

 

 

ごめんごめんと口にしながらも笑う夕呼に、不満気な声を漏らしながら呆れて溜息を零す。

 

設定の調整が不十分のまま、耐久テストに無理矢理挑戦させられたまりもは、ドレッシングルームで力尽きているのを発見された忌々しい過去がある。

 

当時は『撃破不可能なファンネルが最低でも2つ同時に襲撃し続け、時間経過で撃破可能なファンネルないし誘導ミサイルがウェーブ単位で襲来する』という狂人的な難易度設定であった事を鑑みれば無理も無いだろう。

 

紙パックを2つほど飲み干して咽ながらも息を整えた武に気付き、再び口調を教官としてのものに戻す。

 

 

「さて白銀。知っての通り、貴様が今体験したのは新型のシミュレーターだ。横浜訓練校のカリキュラムは既存の訓練生のカリキュラムとは大幅に変更されている。衛士として錬成を積んだと聞いているが、ここではカリキュラムの実用性と調整も兼ねて貴様にも一から訓練生としてやり直してもらう事になっている。良いな?」

 

「……はい。問題、ありません」

 

 

漸く脳に酸素と水分が循環し始めた武は、半ば無意識的に敬礼を返す。

 

今までの基礎訓練等は幾度も熟した身ではあるが、キツイ反面糧となるシミュレーションだと武は実感していた。

 

夕呼との事前の打ち合わせにより、訓練期間を経てA-01へ配属される事が決定している。これも前回とは違い、A-01の存在やオルタネイティヴ計画について等の知識が圧倒的に多いからだろう。

 

まだ夕呼にとって武自身が価値ある存在だと示す事は出来ていないが、だからといって機密情報を多く持つ武を野放しにもしない筈だ。

 

 

「よし。では早速、明日から再編した訓練小隊に所属して貰う。良いなッ!」

 

「……了解、しました…ッ」

 

「よし! 今日はもう帰って休め。それでは明日の訓練中に倒れてしまうぞ」

 

「霞。白銀を案内してあげて頂戴」

 

「……分かりました」

 

 

まりもの気遣いに内心涙を流す武は、先ほど改めて挨拶した霞の先導に従い、一言も発せぬまま、肩を貸してもらいながらも身体を引きずる様にシミレーションルームを後にする。

 

それを見送ったまりもと夕呼。

 

周囲に誰も居ない事を確認した夕呼は、向き直らないまま口を開いた。

 

 

「あんたも後々知る事になるだろうから言っておくけど、白銀は平行世界から来たらしいわよ」

 

「――?! 来たらしいって……」

 

「本当に来たかどうかの物証や確証は取れないもの。だから推定。でも白銀の来た時の状況もおかしくは無いし、持ってる知識は本物。おまけに私の頭の中にしかなかった構想も言ってのけたわ。驚き桃の木よ」

 

「……それを言って、私にどうしてほしいの?」

 

 

普段はneed to knowにより、まりもには何も教えない事が殆どであった。それが突如として機密を聞かされているこの事態。

 

聞くたびに表情が険しくなるのも無理は無い。

 

 

「A-01に登用する予定の衛士を育成して貰ったら、あんたもA-01に入隊して貰うつもりよ。白銀もそうだけど、他の四人は基礎訓練が終わった程度の新兵なんだからしっかりやる事ね。人手が欲しい時は伊隅も使いなさい」

 

「……了解しました。しかし、A-01の損耗率は――」

 

「それについては手を打つから心配しないで良いわ。犠牲者を数多く出す事は厭わないけれど、結果が同じなら出さなくていい犠牲者は出さないつもりよ? 信じられないかもしれないけど」

 

「そんな言い方しないで。ちゃんと信じてるわよ、夕呼」

 

「……良い、まりも? Z-BLUEとの共同作戦は楽じゃないわ。Z-BLUEの側に居れば居る程、戦場ではBETAに狙われる確率も高くなる筈よ。時には『それ以外の勢力』にも、ね。それでもやってくれるわよね? 『人類の為』に」

 

 

いつになく真面目な表情で語る夕呼。

 

それは最早只の情報公開では無く、まりもに対する信頼とも取れる行動。以前の夕呼であれば、決して口にする筈の無かったであろう言葉の数々。信義を重んじるZ-BLUEに影響されて変化し始めている夕呼に、まりもは内心で微笑みを零す。

 

それにしても、言葉だけで見れば全くもって夕呼らしくない言葉である。そこに弱点として光る物を見つけたまりもは、普段のお返しに意地悪な笑みを浮かべて茶化し始めた。

 

 

「貴女、本当に私の知ってる夕呼? そんな事を口にするなんて珍しいわね~」

 

「うっさいわね!」

 

「冗談よ。良い変化だと思うわよ。そう言ってくれるのは私としても嬉しいし」

 

「はいはい……で、やってくれるの? やらないの?」

 

 

ここまで話して否定の意を返す親友では無く、それはこの両者の間柄に無い選択肢であろう。

 

 

「はッ! お任せくださいッ!」

 

「そう、頼んだわよ」

 

 

それを熟知している夕呼は口角を上げて挑戦的な笑みを作り、まりももそれに倣った笑みを浮かべて敬礼を返しすのだった。

 

 

 

 

 

気を失う様に部屋へと運ばれた翌日。

 

 

「う、う~~ん………」

 

 

武は珍しく独りでに目を覚ましていた。

 

新型シミュレーションで蓄積した殺人的疲労感の御蔭か、昨晩は夕食を取る事すらままならないままベッドに倒れこんで意識を失った事を思い出し、フラフラと力無く起きる。

 

時計を見やれば、いつもの起床時刻よりも幾らか早い。

 

自然に起きた原因としては、普段より就寝(?)時間が早かった事や、何の栄養も取っていない事で生まれる空腹状態だった事が考えられるだろう。

 

 

(……一人で起きるって、何か変な気分だ……あぁそっか、いつも霞や純夏に起こしてもらってたんだっけ……)

 

 

純夏は元の世界の時から、朝に強くない武を起こしに来ていた。霞はその記憶をリーディングし、模倣する形で純夏の代わりに起こしに来ていた事を思い出す。

 

とはいえ、普段より早く起きた今日が珍しいだけだ。この時間ならばまだ来ていないのも無理は無い。そもそも霞が起こしに来る事が確定事項という訳では無いのは余談か。

 

以前までとは違う状況の違和感を口内でゴチつつ、洗面器の蛇口を捻って寝ぼけている頭といつも以上に冴えない顔を幾らかマシにした武は、用意していたタオルを手探りで引き寄せた。

 

鏡の方を見ながら顔の水滴を拭っている最中背後で扉の開く音が聞こえ、素早く後ろを振り向けば、そこには黒いウサ耳が。

 

 

「…………おきて、いたんですね」

 

「ああ、おはよう霞」

 

「……ばいばい」

 

 

入ってきた霞は、起こす相手である筈の武が既に起床済みという事態に目を丸くするも、仕事が無くなったと言わんばかりに少しだけ残念そうな顔をしながら踵を翻そうとする。

 

武が慌てて呼び止めれば、霞は少しだけ不思議そうな顔をして首を傾げていた。

 

 

「昨日はありがとうな。水分助かったよ」

 

「……気にしないで下さい」

 

「気にする、気にしないじゃないんだ。助かったからお礼が言いたいだけ。ちゃんと言えてなかったし……受け取ってくれないか?」

 

「…………はい」

 

 

お礼を言われ慣れてないのだろうか。少しだけ頬を赤らめる霞に頬が緩んだ武は、そのまま誘いを掛ける事にする。

 

 

「なぁ、良ければ一緒に朝食を取らないか?」

 

「…………仕事があります」

 

「……そっか」

 

 

残念そうにするのは、武だけでは無かった様で。

 

 

「じゃあ次は一緒に食べような」

 

 

ウサ耳が少し垂れ気味になっている霞の頭を撫でて約束を持ち掛ければ、首を上下に一度だけ振る。

 

 

「……ばいばい」

 

「おう」

 

 

任務があるのは本当の事なのだろう。足早に退室した霞の後を追う様にして、自身も活動を開始する。

 

先ずはPXで腹ごしらえ。

 

その後、グラウンドに出て冥夜と共に行っていた自主鍛錬の一つ、走りこみだ。

 

しかし――

 

 

「あれ……? ここ、さっきも来なかったっけ?」

 

 

ここは武の知る国連軍横浜基地とは違う内部構造。

 

 

(ここの扉は開かない、というか聞ける人も歩いて居ない!)

 

 

疲労困憊でどうにか部屋へと案内された武は、自室からどう出ればどこに辿り付くのかの立地を一切把握出来ていないのだ。

 

加えて言えば、ここは多元世界規模の基地。

 

大半がZ-BLUEの管理エリアであれど、残りの併設されている国連軍のエリアの広さも伊達では無い。

 

早めに起床出来た事による時間のアドバンテージは既に失われつつある最中、暴れまわる腹の虫すらも抑えが効かない状況に武は困り顔である。

 

 

(基地内の簡易の地図も見当たらない…なんだよここ……)

 

 

自身のIDですら開かない扉もある始末で、何をどうすれば良いんだと開かずの扉の前に座り込んでしまっていた。

 

 

「――そんなとこで何をしている、白銀」

 

「――?!」

 

 

武の耳に届いたのは辛い時、いつも救ってくれた恩師の声。

 

 

(……まりもちゃん。いつもありがとう……!)

 

 

迷いに迷い、空腹で悲鳴を挙げる身体に苛まれていた武は、思わず涙を堪えながら腹の音を鳴り散らす。

 

それで状況を瞬時に判断したのだろう。苦笑しながら、着いて来いと言わんばかりに前を歩き出したまりもの後を追う様にして歩いた。

 

 

「もしかして基地内の説明はされてないのか?」

 

「……はい。昨日も疲れすぎてて道を覚えるどころじゃなかったですし」

 

「それは災難だったな。さっきの扉から向こうの区画は、我々国連軍所属の者は基本的に立ち入り禁止になっている。あの先はZ-BLUEの管理下だからな。覚えておけ」

 

「Z-BLUE…?」

 

 

耳馴染の無い言葉に復唱すれば、まりもは驚嘆の表情で武を見つめる。

 

帝国に所属している人間でZ-BLUEの名を知らぬ者など居ないとさえ言われているこの頃なのだ。しかし相手は夕呼が口にした情報が真実であれば、平行世界から来た者。

 

故にZ-BLUEを知らないのも無理は無いと判断を下し、多少説明を省きながらも解説を始めた。

 

 

「Z-BLUEは我々帝国の本土奪還に尽力を尽くしてくださった軍隊だ。彼らは貴様と同じく『別の世界』から来たと言っているらしい」

 

「――?! まりもちゃん、なんでそれを…ッ!」

 

 

以前までは知らなかっただろう情報を知っているまりもに、思わず癖が口を突いて出てしまう。

 

無論、それを聞き逃すまりもでは無い。

 

 

「貴様にまりもちゃんと呼ばれる筋合いはないが…?」

 

「あ、申し訳ありませんッ!」

 

 

姿勢を正して謝罪の意を述べる武に嘆息するまりも。

 

平行世界と言う話からして、恐らく別世界の自身がそう呼ばれていたのだろうと推測は付くが、訓練生にそう呼ばれるのは些か違和感が拭えない。

 

 

「……まぁ良い。貴様の事は博士から聞かされただけだ。特に深い事情を知っている訳では無い。この基地もZ-BLUEが建設した物で、この一帯も彼らの租借地という扱いになっている。国連軍所属と言えども、許可無く彼らのテリトリーに近づくことは許されていない。それは当然、訓練兵の貴様もだ。分かるな?」

 

「はい」

 

「あくまでZ-BLUEの基地に併設されたのがこの横浜基地と訓練校だ。白銀は衛士だったと聞いているが、ここの新たに追加されたカリキュラムを衛士だった貴様にも受けてもらう。これは昨日話したな」

 

(……そうだっけ)

 

 

話を聞きながらも内部構造を見て覚えていく。

 

その間、思考を逸らしている内に武はある事に気付いた。

 

 

(そうか! 門兵達があれだけ厳重で厳しかったのは、この世界では只の国連軍基地じゃなくて異世界の軍隊の基地でもあるからか…! 国連の門兵がみすみす見逃して、Z-BLUE側へ侵入者を入れたんじゃ、信用問題になりかねないもんな。だから間諜だとか、この場所の重要性がどうとか言ってたのか。ん……? でもそんなに厳しい警戒なら、基地の周りに警報装置でも置いてるもんじゃないのか? そういや、最初に『どうやって来たか』って――)

 

「――おい、聞いているのか白銀」

 

 

思考の中にトリップしていた武を現実に呼び戻したまりも。無意識のうちに歩いていた武の正面には一つの扉があった。

 

まりもが足の動きを止めたのに合わせ、そこがPX――所謂食堂なのだと瞬時に察する。

 

先導するまりもに続いて中に入れば、そこも自分の見知ったPXとは違う広さや構造で目を見張るのも無理は無いだろう。見た事も無い設備等に目を奪われていれば、前方から複数の足音が耳を介して脳に届く。

 

瞬時に視線を向ければ、そこには懐かしい顔ぶれが並んでいた。

 

 

「小隊集合ッ!」

 

「06小隊集合しましたッ!」

 

 

まりもの号令に合わせた敬礼はどこか緊張を孕んでいて、見慣れた先達方の敬礼がぎこちない。

 

 

「よし、では紹介しよう。新しく06小隊に配属された白銀武訓練兵だ」

 

「白銀武です。宜しくお願いします」

 

「見ての通り男だ。これまでは香月博士の元で特殊な任務に就いており、先日帰還した為06小隊の新カリキュラム評価演習に加わる事になった」

 

「色々と経験はしているが…新カリキュラムにあたっては皆さんと大差無いと思ってます」

 

 

まりもの紹介に従って敬礼を返す。他の面子もこちらの事情に幾らか緊張の色を見せているが、それはこちらとて同じだ。

 

 

「早速本日から訓練に参加してもらう。良いな?」

 

「「「はいッ!」」」

 

「では1時間後に訓練を開始する。それまでは一緒に食事でもして交流を深めておけ」

 

「敬礼ッ!」

 

 

去っていくまりもに敬礼を返した五人。

 

 

「さて白銀。さっきから五月蠅く演奏しているその音、なんとかしてきなさい」

 

 

腹の虫が爆走している武の音は案の定全員に聞こえていたらしく、苦笑した武は急いでカウンターへと向かってメニューを見やり、そしてその動きを止めた。

 

 

「ん?」

 

 

メニューに、一つも『合成』という文字が無い事に動きを止めた武。

 

どういう事だと首を傾げて目を擦る新入りを見かねたのか、その背後から優しい声色が掛けられる。

 

 

「どうしたの白銀君? そっか。ここのメニュー、珍しいよね」

 

 

後ろを振り返れば、その人物の長髪の姿こそ見慣れているからか、見慣れぬミディアムな髪の長さに幼さを少しだけ感じてドギマギしながらもなんとか口を開く。

 

 

「……ああ、『合成』って書いてないからどうしたんだろうって思って」

 

「Z-BLUEの技術のお蔭で基地内の何処かに植物生産プラントがあるらしいの。だからここのメニューは全部が天然なんだよ」

 

「そうなんですか?! すげぇぜZ-BLUE……メンチカツ定食一つ!」

 

「あいよー!!」

 

 

驚きながらも気になったメニューを注文してみれば、懐かしい京塚のおばちゃんが僅か数分で出してくれた揚げたてメンチカツ定食。

 

 

「あんた新入りだってね! ここのは全部天然でビックリするくらい美味しいからさぁ! 衛士になる為だと思って、いっぱい食べるんだよ!」

 

「あ、ありがとうおばちゃん!」

 

(これマジで天然かよ…! メンチカツとか何年ぶりに食べるんだろう……)

 

 

誘われるまま座った席で手を合わせ、カツを一口。

 

『元の世界』を感じさせてくれる何処か懐かしい暖かな素材の味。続いてソースを掛けて更に一口。レタスを口に含んで、更に一口。ご飯も一口。

 

止まらない箸と口を見て呆れ顔を寄せてきた先、ぶつかった視線は青く澄んだ色をしていた。

 

 

「白銀~確かに食べろってあたしは言ったけど、ちょっとはこっちの自己紹介聞こうって気にならないの?」

 

「許してやって下さい速瀬さん。この男はきっと餓死寸前だったに違いありません」

 

「言いすぎですよ、美冴さん」

 

「でも食べっぷりは凄いよね」

 

「そこは確かに否定出来ませんけど……私達は普段からこんな感じだから、気を悪くしないで下さいね。白銀さん」

 

「んん、ムグッ……! 大丈夫です、気にしないで下さい」

 

(この懐かしい感じ。A-01の時を思い出す……あぁ、ダメだ涙腺が…ッ!)

 

 

込み上げるモノをお茶と共に飲み干した武は、遙の言葉を皮切りに漸く始まったそれぞれの自己紹介を聞ける事となる。

 

 

「私は涼宮遙。この部隊は一昨日に再編成されたばかりで、お互いの年齢もバラバラだから敬語だったり色々だけど、白銀君も敬語じゃなくていいから気にしないでね」

 

「はい、善処しま――善処するよ」

 

「あはは……無理に直さなくても良いからね」

 

(助かります、中尉……)

 

 

前の世界のA-01では指揮車両でCP将校を務めていた遙は、この部隊で小隊長も務めているらしく、適任だと武も納得を見せた。

 

だからだろうか。

 

何の因果か同じ訓練小隊の同期になってしまった元先輩衛士に、どうしても敬語の癖が抜けないでいる。無理矢理に敬語を崩させようとしてこないその優しさには頭が下がるばかりだ。

 

次に名乗りを上げたのは、同じ前衛突撃のポジションで多くを学ばせて貰った水月である。髪型そのものに変化は余り見られないが、よくよく見れば後ろで括っている髪は自分の良く知る時期よりもかなり長い事に気付く。

 

3年ほどの差があるからか、目付きや雰囲気が少しだけ若く見えるのはこの場の全員に言える事だが。

 

 

「次はあたしね。速瀬水月。遥とはここに配属される前もずっと一緒よ。この時期に、しかも博士の下で動いていたってのに訓練生ってのはな~んか腑に落ちないけど、期待はさせてもらうわよ?」

 

「新カリキュラムはオレも少ししか聞いていないんで…お手柔らかにお願いします」

 

 

昨日の苛烈なシミュレーションを思い出して顔を青くする武。その瞬間、迂闊な事を口走ったのに本人は気付かなかった。

 

しかし相手は突撃前衛を務めていた元副隊長だけあり、反対側に座っている水月は見逃してくれない。

 

 

「――もしかして、あんた一部は知ってるわね」

 

「うッ…?!」

 

「ねえこっそりと、私にだけ教えなさいよ! お近づきの印ってヤツよ!」

 

 

興味深々な顔をして机から身を乗り出し、耳を近づけてくる水月。

 

教えた所で良い事とは嘘でも言えない上、あの体験が新カリキュラムにあるとは武も断言できないのだ。余り不用意な事を教えられる訳も無く、苦し気に視線を下げて閉口するという一手を指す。

 

刹那、ニヤリと口角を上げた宗像。

 

 

「速瀬さん。白銀の視線から察して、情報の対価に胸を要求している様です」

 

「し~ろ~が~ね~?!」

 

「いやいやいやッ!? 誤解ですってッ! 言っても良い事じゃないし! まして――」

 

 

必死に弁解を述べる武。

 

焦って出てくる言葉の数々が適切な言い分かと言えば、そうでは無かった様で。

 

 

「ましてって何よ! あんたぁ、あたしの胸が魅力無いって言いたいワケぇ?!」

 

「いやいや知りませんし言ってませんってば!?」

 

 

こめかみをヒクつかせ、武が逃げるよりも速く胸倉を掴む。

 

視線で泣きの救援要請を送った武に、直ぐに援護射撃をしてくれたのは風間だった。

 

 

「速瀬さん。美冴さんの冗談ですよ。白銀さんはきっと機密に該当する内容だから言えなかっただけだと思います」

 

「なぁ~んだ、だったら最初っからそう言いなさいよ!」

 

「勘違いしたのは速瀬さんの方では?」

 

「宗像ァ…あんたが胸どうこうの件を言い出したんでしょうがッ!」

 

 

今度は横に座っている宗像の肩を掴んで大きく揺らすも、当の本人は目を瞑ったままどこ吹く風。

 

いつまでたっても再会されない自己紹介に、頬を膨らませた遙が注意を入れて漸く喧騒が落ち着く始末である。

 

何事も無かったかの様な顔をしながら次に口を開いたのは宗像だ。

 

雰囲気も髪型も変化している部分が見受けられない辺り、3年前でもやはりこうなのかと武もどこか納得である。

 

 

「騒がせて悪かったな。宗像美冴だ。速瀬さんや涼宮さんとは一つ下だから、便宜上敬語で話しているだけだ。白銀にもそうするかは気分で決めておいてやる」

 

「便宜ぃ~?」

 

「ええ、何か?」

 

「水月。自己紹介が進まないから」

 

「分かったわよ……後で覚えておきなさい、宗像」

 

 

飄々とした雰囲気やおちょくる言い回しに噛み付こうとするのは、武よりもその正面に座っている人物な訳で。その手綱を引っ張る様に再度注意を促す遥に、恨み言を言いながらもムスっとした顔で水月は渋々閉口していった。

 

最後に視線が交わったのは、以前の世界と同じく安定したしっとりとして落ち着く雰囲気を持つ風間である。

 

 

「風間祷子です。何かあったらいつでも相談して下さいね」

 

「宜しくお願いします。頼らせて頂きます!」

 

(……主に宗像さんの事で)

 

 

主観時間を軸にして歳を考えれば、現状武は風間よりも2つほど年上になるのだが、そんな事を武は気にもしない。

 

新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、目を鋭く光らせて熱い視線を送ってくる宗像から助かる最善手こそ、風間その人なのだ。

 

 

(なんだかんだ違いとかズレとかはあるけど、ここら辺は大体近いんだな……後、気になるのはZ-BLUEって奴等くらいか。そいつらが来た影響で色々ズレちまったんだろうな。きっと純夏の事も……)

 

 

愛する人物の行方が分からないのは、夕呼が明かさないだけか、それとも本当に――

 

最悪の思考を振り切った武は思考をシフトさせていく。

 

本来、この四人は同期では無い筈なのだが、そこらへんは件のZ-BLUEが来た世界というズレが生じているのだろうと勝手に推測し、納得する事で収めた。

 

考えても分からない事は考えていても仕方が無いとは何処かの次元商人を名乗るロボットの談であるのは余談か。

 

因みに武は気付いていないが、実際はこの五人が集められた原因は武本人にあったりする。正確には『武の話した内容』であるが。

 

夕呼へと語った経緯の中、A-01で『武が』見知った顔ぶれを意図的に夕呼が集めたのがこの06小隊なのだ。

 

嘗て『因果導体』であった武と近しくない程に、生存率及び機能率の低い衛士をA-01という機密に触れさせる訳にはいかないという点が大きい。死は無意識的に選択するものであり、人それを運命と呼ぶ。それを夕呼に言い換えさせれば、『弱い因果の人間』であり『無意識的に最良の選択が出来ない』存在となる。

 

A-01は既存のオルタネイティヴ4の為の部隊では既に無く、Z-BLUEと作戦行動を共にする事を先見として再設立されているのだ。その機密性は従来とは大きくかけ離れた物になるのは言うまでもないだろう。

 

損耗率を抑え、衛士個々の知識や技術を高める事を前提とされたA-01の衛士達にそう易々と死なれては敵わない。であれば、最初から武がA-01に入る前に戦死してしまっていた者達が外されているのも当然だろう。

 

 

「そろそろ時間ね。皆、グラウンドへ急ぎましょう」

 

「「「了解!」」」

 

 

騒がしい談笑の一時を終えた五人は、遙の指示で食堂を出た。

 

 

(前はオレが色々知ってたから、任官を早める事が出来た。だったら、この面子でもっと早めれれば、それだけ人類が有利に進む筈だよな…?! そうだ、オレはその為に戻ってきたんだ。ぼやぼやしてられないのは前回だって同じだったんだ!)

 

 

駆け足で四人の後を追いながら己に喝を入れ直す。

 

だが、これまでとは更に状況が変化している世界で『3度目の正直』が易々と通用しない事など、昨晩の段階で覚悟していなければならなかったと直ぐに痛感する事になるとは、この時はまだ考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月26日 10時00分 ソ連 ウラジオストク基地》

 

 

ソ連の極東部に位置する軍港都市、ウラジオストク。

 

領土の西側を始めとした半分近くがBETAの支配域に塗り替えられてしまったソ連の重要拠点である場所。その基地の一室にて、対面する様にして座り合っていた両者は非公開の会談らしからぬ柔和な雰囲気を浮かべていた。

 

 

「ではエヴェンスク租借契約の対価として、こちらは最新型の量産機動兵器を一機と、対光線用特殊兵装のサンプルを送らせて頂く。これで問題はありませんか?」

 

「ええ、ええ! この日を機に、お互い良い関係が築けることでしょう」

 

 

訂正しよう、柔和なのは貼り付けられている表情だけだと。

 

交渉相手である女性高官が内心ほくそ笑んでいるのが手に取る様に分かるゼロにとって、またもや容易い会談に違いは無い。

 

Z-BLUEとソ連の間に交わされた契約から見れば、Z-BLUE側の方が圧倒的に払う対価が大きい。これはZ-BLUE側からしても同じ認識である。

 

この意図は3つ。どの国家であれど、好意的な交渉をするという対外的なアピールが1つ。そして、Z-BLUEからソ連に対する技術的挑戦としての意味合い。最後に、どうしても『その土地』である必要があるのだ。

 

そこは相手方も疑念を感じる所であり、探りを入れるのもまた然り。

 

 

「それにしても、どうしてエヴェンスクなのですか?」

 

 

エヴェンスクとはソ連から見れば何の変哲も無い只のド田舎であり、戦略的資源的にも有用性を秘めた場所では無い。また、BETA戦に於いての前線である事を鑑みれば、Z-BLUEの滞在によって緩衝的な土地になってくれるのみであり、メリットこそあれど大きなデメリットは存在しないのだ。

 

国土に入り込まれる事への嫌悪感は拭えないが、最新と謳われるZ技術がどの国家よりも逸早く手に入るのならば、喜んで身を切るくらいはするのがソ連である。他国へ借りを作って最新のZ技術のおこぼれを貰う様な事態と比較すれば、Z-BLUEに少しでも恩を売る価値はあるという物。

 

無期限の租借契約では無い事も大きい理由である。取り返したい時には、契約期間の延長を行わずに不法占拠する国外勢力を攻撃してしまえば良いのだから。

 

 

「より多くのBETAを叩ける位置関係上、エヴェンスクはZ-BLUEにとって重要な施設なのですよ」

 

 

Z-BLUEにとって、ソ連とは違いエヴェンスクとは今後の対BETA戦のカギを握る場所である。

 

エヴェンスク北部――厳密にはロシアのアヤンカ北西部は、多元世界ではかの悪名高き帝都ラース・バビロンが建造されていた位置。故にそこは地球の地脈の頂点の位置であり、次元力を利用するBETAに制圧されてしまう訳にはいかないのである。これは次元科学を知らぬソ連では気付ける筈も無い情報だと言えよう。

 

因みに、最新鋭機と謳っている機体の正体はGN-X Ⅳだ。ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉に於いてもそうだが、それと同等以上の技術力を必要とする擬似太陽炉が搭載されている。

 

Z-BLUE側がマニュアル一式とGN-X Ⅳを一機のみ渡した所で、余剰機も無く分解する事も容易に出来なければ、機関停止後の再稼働の目途も立たないと踏んでの事である。この点は機動兵器に関する知識を持つゼロと、軍事的知識を持たぬ高官の大きな差であり、『最新鋭機』という殺し文句に惑わされて掛かった『落とし穴』。

 

対光線用特殊兵装と名を変えた融除材ジェルに於いても、帝国とは違い製造方法のマニュアルまでは送るつもりが無いのもまた同じ。そう、飽くまで宣伝に過ぎない。

 

万が一、いや憶が一にも、その技術を取り入れる事が出来たのならば、それはそれでこの世界の科学者及び技術者への評価が上がるのみ。契約延長に関しても、ウラジオストクを始めとした難民キャンプを始めとした支援を引き合いに想定されている。

 

ゼロの上辺だけの回答に動じない女性高官は、悪逆皇帝と呼ばれていた男の隠された笑みも裏も何一つとして見抜く事叶わず、そうですかとだけ返して部下に調印の準備を命じた。

 

 

「では、ここに調印をお願いします」

 

「分かりました」

 

 

軽快な返事と共に調印を済ませたゼロは、互いのサインを認めて握手を交わす。

 

 

「本日はこの様な場を設けていただき、感謝を述べさせて貰います」

 

「こちらこそ大変良い契約でしたわ! 互いの発展の為、協力を惜しまない関係でありたいものです」

 

 

交渉相手であった女性高官との世辞を終えれば、長居は無用である。

 

笑い声が漏れそうになるのを抑えるゼロが立ち去ろうとした、その時。

 

 

「――そういえば」

 

 

急に声色を変えた高官に笑みを引っ込め、ゼロはゆっくりと背後を振り返る。高官が終始貼り付けていた笑顔はそのままに、視線だけは鋭さを増していた。

 

 

「……何か」

 

「いえね? 実はある部隊が見たっていう機動兵器を探していますの。とーっても特殊だったから、もしかしてそちらの機体では無いかと思いまして」

 

「ほう。それはどの様な?」

 

 

不穏な威圧感を醸し出す高官に、ゼロは冷静に問う。

 

 

「『黒い鳥』――襲われた部隊はそう呼んでいましたわ。人型では無い戦術機や変形する戦術機でしたら、そちらにも何機かいらっしゃると風の噂で聞きましたから」

 

 

襲われた。そう漏らした高官の情報が確かならば、その機体を敵として探そうとしているのだろう。

 

ゼロは瞬時にZ-BLUEに所属している機体で該当しそうな機体を巡らせていく。『黒い鳥』そのキーワードに近しい機体は一機のみ。チームDのダンクーガノヴァ、それを構成するヴァリアブル・ビースト・マシンのノヴァイーグルくらいか。

 

だが生憎ダンクーガノヴァは最終形態であるマックスゴッドに移行して以来、殆ど単機で活躍する事が無い。そもそも該当機は未だ修理中なのだ。

 

 

「申し訳ありませんが、その様な機体は所属していません」

 

 

暫しの沈黙。ゼロの態度を嘘と断じる事も出来ないと見た高官は、失礼しましたと断りを入れ、今度こそ退室を促した。

 

 

(『黒い鳥』……新型のBETAか? 他国の新型戦術機の線も在るだろうが――可変機が作れるほどとは考えられない。いや、そもそも航空機はBETA戦に於いて悪手。そうなれば、技術的に表には出ていない可能性もある。――別の視点から考えるとしよう。ソ連側からすれば我々が襲うとは考えにくい筈だ。利点が無い。揺さ振りの線も十分にあるな……)

 

 

様々な推測を練り上げるゼロは夕呼へ話を持ち掛けようと決意たその瞬間から、歩調は速まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三章も終わりって時になって、やっと来た本編主人公を見守ってあげて下さいm(__)m

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