to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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あけましておめでとうございます。

受験が終了したので今年も変わらず投稿していきますが、大学生活の為、ペースが格段に早くなるといった事にはならなさそうです、すみません…

取りあえず、月一投稿を目指していきます。一話毎のボリュームが減る事は決してないのでご安心下さい。


第三章 (4)

《1998年10月7日 8時32分 練馬基地》

 

日本帝国の兵器技術開発に於いて、最重要機関の一つに数えられる帝国技術廠。

 

そこに在籍している者達の一部が、技術廠に比較的近い場所となる帝国軍練馬基地の貸切られた一つのハンガー、及び隣接した複数の演習場に集っていた。

 

ハンガー内に居る者達は殆どが技術者と部門の責任者達であり、皆一様に緊張と隠し切れぬ興奮が綯交ぜにして顔を強張らせ、そわそわと落ち着きの無い者も少なからず居る始末と言った所だ。

 

彼等の心情を鑑みれば、止むを得ないと言えるだろう。

 

 

「では始めよう。原則、分解は各一機のみと限定。動力部は後回しだ。技研の者はサポートに徹してくれ」

 

 

帝国側の総責任者である技術少将の言葉を皮切りに、それぞれが足早に動き出す。

 

この場で精力的に動き始めたのは、参加している富嶽、光菱、河崎の各重工3社であり、各々の責任者を筆頭としてZ-BLUEから提供されたアクシオシリーズとジェガンの解析作業。加えて提供された耐熱用融除材ジェルの性能検査及び量産の検討と言った様々な段取りを話し合っている。

 

3社の責任者が素早く顔を合わせ、数言の会話だけで大まかな手順を確認。各社に再度別れてから搬入されている機体へと向かう足取りからは、並々ならぬ気合が窺い知れるだろう。

 

早朝にZ-BLUEから搬入されてきた機体を前に、帝国の誇る3社の戦術機メーカーと技術廠が中心となり、そこにZ-BLUEの一部スタッフが更なる助っ人として協力しているのだ。

 

『Z-BLUE・帝国間で行われる最初の技術交流』の場が非公開で行われていると言い換えても良い。

 

 

「皆さん、やる気満々という感じですね」

 

「私達から見れば、この世界の技術力はかなり低いからねえ。とはいえ、こんな状況でBETAにどうにかこうにか喰らいついてるってのは大したモンだよ」

 

 

Z-BLUE側のサポートスタッフ。その主任に抜擢されているトライアは従来の戦術機が並んでいるハンガーを見まわしながらAGの感想にくつくつと笑って返す。

 

Z-BLUEは明星作戦前に譲渡されていた戦術機の一部をアークグレン内で詳細に性能検査しており、そのデータを見た上で『よく戦えているな』という感想を抱いているのはトライアの紛れも無い本心だ。

 

戦闘に詳しい訳では無いものの、この技術力だけで宇宙怪獣に肩を並べる数を誇るBETAと人類が戦えているという事実はトライア自身、驚嘆すべき所だと認識している。何せ、戦術機一機の性能は総合的に見れば旧ジオンのザクⅡにすら及ばないのだ。

 

今回提供しているアクシオは当然の様に従来の戦術機を上回る性能であり、改良機のアクシオ・ナイトバードも同じく提供されているが、技術者が血眼になって解析しているアクシオですら、Z-BLUE内ではターゲット・ドローン扱いが関の山という隔絶した技術力があり、その差は広いと言わざるを得ない。

 

善戦しているとは言えないが、それでもBETAに未だ滅ぼされていないあたり、絶望的な戦場を生き抜く衛士の能力が高水準なのかもしれない。

 

 

「さて、私もちょっくら前途有望な彼らの様子を見に行くとするかね」

 

「分かりました! 行ってらっしゃいませ」

 

「――そういえばだけど」

 

 

談笑を切り上げたトライアはAGの横を離れようと歩を進める。AGもそれに順じて別行動をしようとしたその時、振り返ったトライアから放たれる少しトーンの低いプレッシャーがAGの背後を奇襲した。

 

 

「あんまり調子に乗った事はするんじゃないよ、AG。あんたがコソコソしてるのは今に始まった事じゃないけど、裏切る様なマネをしたら承知しないからね」

 

 

おコンさんで顔を半分ほど隠しながら、珍しく刺々しい気を放ち釘を刺す。

 

AGとしても指摘された内容に覚えがありまくりではあるが、だからと言って止まるAGでは無いし、トライアもそれを強要出来るとも思っていない。

 

AGの中身であるジエー・ベイベルの目的は多元世界でZ-BLUEに協力している間、『御使いの打倒』で一致していた。その悲願が叶ったAGの行動指針と目的は、御使いの消滅により再び不明瞭となってしまっている。Z-BLUE全体が激しく危険視している訳では無いが、ほぼ全員に無許可で暗示を仕掛けた事や、昏睡状態のヒビキを出撃させた等の原因で行動に信頼があると言い難いのは事実だろう。

 

くるりと片足を軸にして器用に振り返り、お道化つつフェイスモニターを喜色の物に変更したAGは明るい声を取り繕う。

 

 

「大丈夫です、トライア様! 信頼する強さと美しさはワタシもたっぷりと学ばさせて頂きましたから!」

 

 

ウインクをしながら、調子の良い事を話す二頭身のロボット。対するトライアは冷ややかな視線を崩さない。

 

 

「…………」

 

(しまった……流石に胡散臭すぎましたか。今日のお前が言うなスレが立ちそうな予感……)

 

 

下らない事を考えながらも、ウインクの速度を増して無害アピールを更に試みるAG。数秒の沈黙が訪れるも流石に呆れたのか、これにはトライアは何も言わず他の技術班の元へと踵を返した。

 

 

(ふぅ……)

 

 

機械体の胸部ボディを撫で下ろしたAGは、瞬時に表情を悪巧みする物に変化させる。

 

 

(さっきのトライア様の発言。裏を返せば『裏切らなければ何をしても良い』という意味で受け取らせて頂きます)

 

「さてさて許可も下りた事ですし、どうしちゃおうかな~~!」

 

 

機嫌良く鼻歌まで歌い出した二等親のロボットに、悉く反省という言葉は縁が無いらしい。

 

そんなAGが興味本位で動き出すまで、あと数時間も無いなどとトライアですら想像は出来なかった。

 

 

 

 

 

技術交流会で貸切られていたハンガーは実質二つ。一つは企業側が中心に使うハンガー。

 

そしてもう一つは、帝国及び軍関係者が主体となっているハンガーであった。

 

帝国の軍関係者とは技術廠の事でもあるが、帝国に存在するもう一つの軍。斯衛軍の関係者もここに含まれている。

 

Z-BLUEの整備班として参加している者の中、一人だけが手や口を動かしながら周囲をキョロキョロと忙しなく見まわす。その目的の人物が目に留まった時、Z-BLUE側の最年少参加者であるタクヤの足は一目散に動き出していた。

 

 

「唯依!」

 

「…タクヤ?」

 

 

目的の人物である篁唯依と再会出来た喜びからか、勢い余って唯依の手を握り締めるタクヤ。

 

日本人としての常識的な感覚や尺度からして、再会して早々に手を握られた事に驚きを禁じ得ないが、日本人同士では無いからか将又衛士としての錬成で羞恥が鈍化しているからか。

 

男性との触れ合いなど生まれてこの方特にありもしなかった唯依だが、それに狼狽える事は既に無かった。

 

 

「ふふ、なんだか久しく感じるわね」

 

 

この数か月間が激動そのものであったからか。

 

たった数週間や一月程度の期間がまるで昔の様に感じられて、懐かしむ様に優しく目を細めながらタクヤに柔らかく微笑みかける。

 

 

「まだ一月振りなんだけどな。そういや別れた後、他の皆も唯依の事心配してたんだ」

 

「そうか、私は大丈夫。新しい部隊に配属される事になったけど、皆と上手くやってるから」

 

 

武御雷の有用性と従来の戦術機とは掛け離れた性能を示した第零特務大隊が解体された後、唯依は中央評価試験隊に配属されていた。斯衛軍の新兵器開発や試験運用を主な任務としている部隊であるが、それだけの理由で此度の場に参加出来ている訳では無い。

 

唯依本人には知らされていないが、Z-BLUE側による篁唯依の安否確認。斯衛軍としての面目。最後にZ-BLUEとの少なくない友好があった場合に多くの情報や技術を引き出す為にと斑鳩を筆頭とした摂家側の思惑まで絡んでいる。

 

中央評価試験隊の中、唯依の所属している白い牙中隊の一部人員だけが参加要請を受けている不自然さから、中隊副隊長の雨宮中尉も朧げながらだが推測に及んでいる程と言えば、このキナ臭い事態が分かるだろうか。

 

 

「それを聞けて良かったよ。あの如何にもカタブツって感じのオットー艦長も唯依を気にかけてたんだぜ?」

 

「あの艦長殿が…?」

 

「驚きだろ! 皆、何だかんだで唯依を気にかけてたんだよな……そういや、今更だけど、少し話し方が柔らかくなったね。もしかしてそれが素?」

 

「はっきりとは分からないけど、そうかもしれないわ」

 

「そういやクェスにも『お堅い』って言われてたよね」

 

「あ、あの時は色々大変だったんだ……仕方ないだろう…!」

 

――中尉、やっぱりZ-BLUEに居てたってウワサは本当だったんですね!――

 

――良い雰囲気だけど、あの接し方と中尉の態度から見て彼の一方通行よ。多分、絶対――

 

――じゃあ、あの伝説の『継ぎ接ぎ仕様の武御雷』を整備したってのも彼かも!?――

 

 

この事態を真面目に考えているのは雨宮中尉だけなのかもしれない。

 

他の部下は中隊長とZ-BLUEの青年との関係性を勘ぐっては女子に良くある恋愛話を持ち出し雑談に華を咲かせている。

 

流石にこれには雨宮も一人溜息を吐き、考えるのを辞めていた。

 

 

「ところで、唯依達に頼みたい事があるんだ」

 

 

談笑に花を咲かせていたタクヤは、声色を少しだけ真面目な物に変えた。その語調を感じ取ってか、唯依は直ぐに表情を引き締め直す。

 

 

「ここの衛士達に、戦術機でこっちの武器を使用した際のデータプログラム作成を頼まれてるんだけど…こっち側には戦術機に乗れる人もその知り合いも居ないからさ。頼んで良いかな」

 

 

不意打ち気味に持ち出された特大且つ特上の最重要任務。

 

それを一介の整備員である筈のタクヤから易々と依頼された事に、唯依は衝撃で視界がブレそうになってしまう。

 

その数分後。唯依が上官へ報告を挙げた際、上官が慌てて更なる上官への報告に走ったのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

技術交流の2日目。この日は前日よりも更に喧騒が増していた。

 

何せ、視察として軍部の上層が何人も訪れては、チーフであるトライアの顔色を伺いに来ていたのだ。

 

それもその筈。

 

Z-BLUE製の機動兵器を使用したデータプログラムとは、Z-BLUEの武器や技術が世界に流出した際、世界各国への非常に大きなアドバンテージとなるからだ。それこそ、後のZ-BLUEの技術を導入した各国製の新兵装には有効では無くなる可能性もあるが、新兵装の使用制御装置としての基礎技術になる可能性は大きい。

 

国際的なバランスに関わりかねないこの案件をいとも容易く依頼すれば、高級官僚達が挙って訝しむのも無理は無いのだ。最終的な結論としては、この世界の人類にとって『多少の工夫』程度の技術的問題を解消出来る技術力が試されているのであり、それにZ-BLUEが介入しないという意味合いだ、等の推測とされている。

 

Z-BLUE側からの意見としては、微細な事案まで全てZ-BLUEが干渉・管理及び技術的な抑圧をするつもりは無いのが総意なのだが。

 

Z-BLUEの技術――通称『Z技術』と呼ばれる様になったソレを世界が取り入れ、主体的に平和を取り戻す活動に協力して従事する事を望んでいるに過ぎない。とはいえ、Z-BLUEも何から何まで知識を公開するつもりが無いあたり、上位種や管理者的な立ち位置だと指摘されれば意図的では無いにしろ、反論が難しいという難点もあるのは余談だ。

 

帝国上層部までもが大きく揺れたこの一件。そもそも論を展開してしまえば、この話題は一部の帝国上層部には既にゼロの口から伝わっていた。だが、秘匿回線を引いてBETAの対馬侵攻以前にゼロと悠陽が交わしたこの話は、ゼロが「香月博士にも伝えておく」と言っていたのである。しかし肝心の話題は佐渡島を攻略した問題児の出現により、取り乱したゼロと夕呼の頭からすっぽ抜けていた所以の情報伝達不備があったからだと言えよう。

 

言うなれば、この二人が揃いも揃って「不測の事態に弱い」という致命的な弱点を抱えている故。

 

話を戻すが、この場で重要なのは決して兵装関係のデータプログラムだけでは無い。

 

飽く迄帝国軍と斯衛軍は二分された勢力。斯衛出身である衛士が直にZ-BLUEからこの様な要請を受けたとあれば、帝国軍とて黙って指を咥えているだけでは居られない物だ。

 

両軍の合意により、斯衛軍はZ兵器を使用する為のデータプログラムを。そして帝国軍から派遣された男も与えられた任務に尽力し、そして苦戦していた。

 

 

「くッ――! なんという反応速度ッ!」

 

 

鼠色の機体に乗る男性衛士は日本男児らしい整った太目の眉を寄せ、歯を食いしばり肩を怒らせていた。その力の入り様は緊張、そして苛立ちのものから来ているのだろう。機体を乗りこなせない己か、将又己が乗りこなせない機体に対してか。

 

練習機として国内で名を馳せる戦術機、吹雪は撃震の性能を上回るばかりか、低い機体出力により帝国機らしさ溢れる機体という評価を受けている。

 

後方国家の衛士が乗れば、即座に振り回されるだろうその機体に、病み上がりの衛士が。それも、『OS周辺をZ-BLUEの者が調整した』吹雪に乗ったならば。

 

 

(繊細すぎるッ! 入力後の機体反応も尋常では無いが、行動後の機体硬直もこうまで少ないとはッ――!!)

 

 

市街地を模した演習場。

 

そこに乱雑に建立しているビル群を避けに避け、避ける事に徹しすぎた吹雪は機体バランスを徐々に乱していく。

 

練習機とは言え、大切な戦術機。病み上がりとは言え、一端の錬成された衛士である自負があるのだ。壊してなるものかと操縦桿に掛かる握力も比例して上がり、それを機敏に感じ取った吹雪の挙動は更に激しさを増す。

 

機体がビル群に急接近する度、操縦桿を引き、傾け、素早く倒す。

 

避けなければ衝突寸前。避けすぎれば反対側に衝突。手綱を握れていないというのは正にこういう事だろう。

 

 

「ッ!? いかんッ!!」

 

 

市街地で一人爆走し続ける吹雪は遂に跳躍ユニットをビルの残骸にひっかける。転倒だけはするまいと瞬間的な判断で腕部を振り回す様にビルを殴りぬき、派手にビルに拳から肩は勿論頭部を半分程めり込ませる事で漸く暴走を止める事に成功した。

 

だが、良い結果とはお世辞にも言える筈も無い。

 

 

「機体肩部及び跳躍ユニットに損傷を確認。大丈夫か?」

 

 

通信越しに響くCPの気遣いに思わず下唇を噛み締めた男は、半壊するビルに上半身を減り込ませた機体をなんとか引き抜いて起こし、掛けていた眼鏡を鬱陶し気に外す。

 

己の不様さに食傷気味なのだろう。重い息を一つ吐くと、指先でレンズに付着している水滴を乱雑に拭い、耳の上部に慣れた手つきで差し込んでから応答した。

 

 

「――こちら沙霧。不覚にも転倒させてしまった。一度帰投する」

 

「了解」

 

 

決してCPに苛立ちをぶつけない辺り、誇り高い潔白な人間性が垣間見える男。

 

ハンガー方面へ吹雪を静かに跳躍させた沙霧尚哉は、反省点を脳内で激しく逡巡させていく。

 

 

(入院生活で鈍ったか。いや、それを抜きにしてもこの鋭敏さは異質そのものだ。熟練している衛士ほど、この差に戸惑うなどと都合の良い物であってほしいが…いや、失態は失態。今はこの結果に大人しく恥じるのだ……!)

 

 

納得の行く結果では無いが、言い訳無用と自身を断じた沙霧はハンガーを目前にしてゆっくりと吹雪を着地させる。これ以上油断するまいと気を張っていた沙霧の肩から力が抜けたのは、着陸を成功した後の事である。

 

これでは新米だと苦笑を零す姿に、錬成されきった衛士としての誇りは泥をかぶったまま、肩の位置も些か下がっていた。

 

 

「すまない、このOSはZ-BLUEの標準装備なのか聞きたい」

 

 

機体から素早く降り、整備員に後を任せた沙霧は近くのZ-BLUE所属の整備兵を捕まえ、有無を言わさぬ眼力を以てして自身の疑問を素早くぶつけに掛かる。

 

そうであってくれという願いもあったのだろう。

 

一言一句漏らすまいと整備兵の目の動きを追う様に視線を合わせ続ける沙霧に、流石に気圧された整備兵はタジタジになりながらも返答を返す。

 

 

「い、いえ。これは数世代前の物です。機体によってもOSは様々なのですが…基本的には、性能は少し落とした物となっています」

 

「――本当か?」

 

「ほ、本当ですよ! 嘘つきませんって!」

 

 

その回答に満足はせずとも納得したのだろう。食い掛かる様に掴んでいた整備兵の肩を離せば、逃げる様に距離を置く整備兵には目もくれず、壁に寄り掛かる様に力無く腰を下ろしていた。

 

 

(嘘を言った目では無かった。つまり、アレを使い熟してZ-BLUEの一兵卒という事か。なんという…これでは第二の米国どころの話では無い……いや、この程度の力量で吠える事の何という愚かしさ。今一度、鍛え直す必要があるな)

 

 

Z-BLUEへの危惧。己の未熟さ。様々な思いを抱えた青年は、チラリと上目遣いに先ほどまで搭乗していた機体へと視線を向ける。

 

今年初めの光州作戦前に負傷、内地送還された沙霧。その退院明けに言い渡された初任務である『新OSの性能検査』に気躓いた青年の胸中は複雑極まりない。なにせ、自身が参加出来ずに居た光州作戦では上官であり憧れの人物であった帝国陸軍中将、彩峰萩閣が投獄されるといった事件があり、その判断を下した帝国政府に強い反感を感じていたのだ。

 

米国との安保条約破棄に始まり、米国へ募った高い不信感。突如発生した軍事力・政治力の隙間を埋めるかの様に出現したZ-BLUEの存在と、彼らの保有する依存性の高すぎる種々の超技術。

 

傀儡国家への道を全速力で駆け下りそうな帝国を案じ、一度は決起が頭に過ってもいた程である。

 

しかし、沙霧は気付いたのだ。決起と言えど、自身の発想には「武力による決起」しか選択肢を持ち合わせていない事に。現在のZ-BLUEとの関係性を鑑みて、それが果たして得策なのか。そもそも可能なのか。

 

巡る考えが素早く打ち出した結論は、非現実的だという端的で淡泊な結論。

 

幸か不幸か、Z-BLUE出現の時期に重なる様に少しずつではあるが、将軍たる悠陽の実権が取り戻されつつある。この状況で下手に自分が事を起こせば、その始末を悠陽が付ける事になってしまう可能性も無いとは言い切れない。

 

 

(――思い上がっていたのだ、私は)

 

 

どこまでも真っ直ぐな青年は、省みたその瞳に静かなる熱意を燃やし始めていた。

 

師の言葉である『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』が真だと示すべくして。

 

 

 

 

 

最終日である技術交流会三日目。

 

この三日の中で、一番空気が張り詰めている日を聞けば今日だと誰もが口を揃えるだろう。

 

Z技術を研究する日はこれからも続くのだが、今日という交流会――つまり、派遣されていたZ-BLUEの技術者や整備員が帰還してしまう日である故の空気感。

 

誰もが常にZ-BLUEとパイプを持ち、質疑応答が出来る訳では無い。彼等から直接対話を交えて技術継承を受ける事が出来るのはこの日がこの場に於いてのラストチャンスであり、当然次があると約束されても無い。

 

二日間掛け、帝国側で理解出来た事が多い筈も無く、やはり技術力が隔絶しているという事。Z技術の基礎理論や技術の幾つかは戦術機にも採用可能の見込みがありそうな事までは概ね判明している。

 

迅速に何を質問し、何を聞きだしておくべきか。

 

3社の技術者を中心とした談義の端で、その二人は再会を果たしていた。

 

 

「まさか唯依が参加しているとはね。流石は親娘と言った所だ」

 

「いえ…私はまだ、父の足元には遠く及びません。技術者としての技量も、知識も」

 

 

帝国陸軍中佐と、斯衛軍の中尉が揃っている場面。両者の関係性を見れば、平時なら訝しんだり揶揄する者が居るかもしれないが、この場に於いてそういった余裕のある者はおらず、そしてこの緊張感を漂わせる両者を見てそう感じ取れる者もまた居ない。

 

傍から見れば親と娘にも見える両者は同じ一枚の壁に背を預けており、以前の二人を知る者からすれば思わず首を傾げてしまうだろう。

 

二人の間に生じている少しばかりの物理的な距離。その複雑な状況を理解しているからこそ、巌谷は唯依と距離を縮めようと動かない。それは真剣さ故のものか、優しさか、将又両者の見ている物が違う故か。

 

 

「アイツの事は残念だった。栴納さんの元へ、顔を出していないと聞いているが…」

 

 

亡くなった父。忙殺される日々。父の悲しみを受け止めきれていないのでは無いか。そう勘ぐる巌谷の視線に、唯依は視線を交えようとはしない。

 

 

「大隊が解散した後も忙しかったですから。それに母も、私が悲嘆に暮れ続ける事を望んでいないと思います」

 

「そうだね。栴納さんも君も強い女性だというのを忘れていたよ。無神経だったかな」

 

「気にしないで下さい、中佐」

 

 

二人して、手元の紙パックから合成玉露を口にする。数秒程、息継ぐ様な無言を経て話を切り出したのは、巌谷の方だった。

 

 

「唯依の開発案、素晴らしかったよ。実に斯衛らしい」

 

 

巌谷の声色は先と比べて明るめではあるも、その表情は幾らか厳しい。それを受けた唯依も口を動かした。

 

 

「中佐も流石です。衛士全体の事を考えた開発案でした」

 

 

敵対では無いものの、明確な方針の対立姿勢が見える唯依に僅かばかり驚いて面喰い、即座に視線を鋭くした巌谷。

 

技術交流会の中で、この二人が対立している理由はこうだ。

 

Z-BLUEから提供されたアクシオ。それを帝国仕様と称し、衛士向けに調整したテスト機『彩雲』がこの三日で試製されたのだ。とはいえ、作業や結果自体は大した事では無い。戦術機とZ技術の親和性を見るためのデータ収集と必要な基本動作に関するシステム調整くらいなものだ。

 

端的に言えば『親和性は低すぎる訳では無いが、高いとも言えない』という何とも言い難い結果に終わった。ガワだけを最新にしても、内部の質が劣りすぎているという現状が浮き彫りになっただけ。

 

そこでこの結果を受け、各社はZ技術を少なからず取り入れた新戦術機の開発草案を練っていたのだ。

 

技術廠の第壱開発局副部長である巌谷と、斯衛の秘蔵部隊出身である技術中尉の唯依が打ち出した案のコンセプトが見事に別れたのが大きな対立の原因である。

 

 

「『アクシオ及びアクシオ・ナイトバードを基礎とし、射撃能力を重視。新兵・熟練衛士を問わないコンスタントな戦果を出す』というコンセプト。丁寧な設計方針なのは何故ですか」

 

 

唯依の鋭い視線が巌谷を突き刺す。

 

Z-BLUEの戦闘を経験し、僅かながらでもZ-BLUEで錬成を受けたからこそ、衛士個々の能力を最大限に引き上げ最高の戦果を求めるべきだという主張を持っている唯依。それ故に熟練衛士が性能に見合わない戦術機に乗るべきでは無いとすら考えているこの頃だ。

 

そこにはZ-BLUEと共に戦った北九州で、自動回避プログラムに頼れば光線を受けて死んでいただろう経験も強く根ざしていた。

 

 

「徴兵年齢の引き下げもあったのは覚えているね? これからは新兵も増えるだろう。それを考慮すれば、若き新芽が戦場で果てていくのは大きなデメリットだからさ」

 

 

新米を可能な限り考慮する事を否定する訳では無い。

 

ただ、その煽りを熟練衛士が受け、命を落とす事が余りにも非生産的だと唯依は詰る気持ちを堪える。

 

 

「それならば高等な練習機で済むとは思いませんか? 熟練衛士がグレードの下がった戦術機に搭乗しても、命の危機に晒すだけです」

 

「それだけじゃないとも。戦闘中に戦術機が破損。代わりの戦術機があったとして、それが性能の高すぎる物であれば、衛士が使い熟せないのは君も理解しているだろう。だからこそどんな衛士が緊急事態に搭乗しても、操縦感覚を直ぐに掴めるというのは重要じゃないかな」

 

 

Z-BLUEに拾われた唯依は武御雷が継ぎ接ぎで復活するまでの間、乗れる戦術機が無いばかりに戦場を指を咥えて見ていた苦い思い出が確かにあった。この指摘には流石に唯依も口を閉ざしてしまう。

 

さすれば攻守交替の時。次に質問をぶつけたのは合成玉露を口にして唇を濡らした巌谷の方だ。

 

 

「帝国らしい、というのが率直な感想だ」

 

「ッ――」

 

 

少し、ほんの少しだけ侮っていると感じ取れる言葉。唯依の眉根が僅かに寄せられる。

 

 

「所属部隊が不知火を採用している事も理由かな? 『不知火壱型丙の問題点をアクシオのプラズマバッテリーで解消』。核エンジン搭載型じゃないのは流石だね。核動力の技術の確立まで目途が立っていない以上、開発期間の短縮としては妥当だ。採用予定の『チタン合金ハイセラミック複合材』は私には何かまだ分かっていないけれど、Z-BLUEの親しい彼に聞いたのかな」

 

 

目に付いた場所の一つ一つに評価を下す様な物言いの巌谷。

 

確かに相手の方が技術者としては数段格上であるが、まだ青い唯依にはそれがどうしようもなく疎ましくて仕方がない。

 

 

「だが、これは難しいね――」

 

(ッ、やはり…)

 

 

巌谷の指摘している部分に、唯依は歯噛みする。

 

巌谷の視線の先にある文字。『ムーバブル・フレームの採用』と書かれたそれに、重い息を吐く。チラリと発案者を見れば、唯依の表情が芳しくないことからして、苦言を吐かれる事は承知済みなのだろうと察せられた。

 

巌谷が最も危惧していたのは、帝国の開発方針に根強く残る純国産機という拘り。Z技術の流入により、幾らか薄れると危惧しているが、アクシオたちを前にして尚も不知火という国産機をベースにしたのか、そこに巌谷は疑問を感じていた。

 

なにはともあれ、指摘されるだろう事を理解していて尚書いた意図を問わんとする。

 

 

「君がこう書いたのは、何故かな? いや、質問を変えよう。何に影響されたんだい」

 

「――機動性です。機動力。反応速度。経験を積むまで、私は自動回避プログラムに殺される衛士が居るという現実に、Z-BLUEに知らされるまで気付きもしなかった」

 

「それは全衛士に当て嵌まる事では無いよ。こう言ってはなんだが、唯依は衛士として若く、戦術機のまともな搭乗経験は武御雷くらいしか知らないだろう。おまけに君の持ち帰った『継ぎ接ぎ仕様』は、反応速度が通常よりも鋭敏だったらしいじゃないか。君があれだけ繊細な機体を扱い、システムを切断したまま自力で光線回避をしていたというのは、持って生まれた素質を含めた話で誰もが出来る事じゃないんだ」

 

「分かっています」

 

「これは内部構造の根幹に手を加える事になる。そうなれば、パーツの流用も出来ないし新設計と同じかそれ以上のコストが掛かるだろう」

 

「…………」

 

 

尤もな意見の数々を前に、遂には押し黙らざるを得なくなってしまう。

 

 

「――まぁ、アリじゃないかな」

 

「……え」

 

 

思わぬ一言に、唯依は弾かれる様にして顔を上げる。

 

意地悪な聞こえ方をしていた巌谷の表情は昔の『おじ様』と同じ朗らかな物で、思わず不意を喰らったまま相手の両目を交互に見やる。

 

 

「確証がある訳では無いけれど、Z-BLUEの衛士も最初からあれだけ高度な機動を熟せていたとは思えない。そう考えれば帝国の衛士が彼らに技量で比肩して劣らない日が来る事もあり得るだろう? 現に、Z-BLUEの調整した機体を唯依は乗り熟したんだ。それに、今回は各方面にとって良い刺激だ。今後の戦術機開発計画には今まで以上の資金が投入されるだろうね」

 

「…あ、ありがとうございます中佐ッ!」

 

 

その言葉の一つ一つに表情を明るくさせた唯依は、敬礼は衛士そのものではあるものの、表情や声色は昔ながらの可愛らしかった頃を連想とさせる。その様に頬を綻ばせた巌谷に再度敬礼をし、草案の完成度を挙げるべくして足早に立ち去っていく。

 

去りゆく親友の娘の背を静かに見つめる巌谷は、唯依の草案に秘かに奇妙な縁染みた物を感じていた。

 

 

(アイツが瑞鶴を設計し、私が搭乗した模擬戦闘で国産機開発の道を示して生まれた不知火。それを唯依が再起させるのか。何処か繋がりを感じてしまうな)

 

 

亡くなった親友の血が流れているんだなと、しみじみと感傷に浸りながら合成玉露を飲みほした巌谷は、暫くして仕事に戻らんと靠れていた壁からその背を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月15日 5時10分 超銀河ダイグレン周辺》

 

「ちょっ! うわわ~~っ!」

 

 

操縦桿を右へ左へ動かせば、機体もそれに合わせた挙動をするというのは、機動兵器乗りの常識である。

 

宇宙空間に浮かべられた数多くのデブリに当たるまいとし、力一杯に動かしては新たな衝突の危機を自分で作っているからだろう、搭乗者の肩の力は一向に抜ける気配が無く、それ故に衝突寸前で回避するというのをずっと繰り返していた。

 

 

「あぶなッ!? きゃあああああ~~っ!?」

 

 

搭乗している機体の激しい挙動を自分が生み出しているという現状こそ理解しているものの、悪戦苦闘している純夏には事態を冷静に処理できる状態では無い。

 

 

「少し落ち着いて! 操縦桿から手を離せば止まるから!」

 

「ムリムリムリいいぃぃぃぃ~~!? ――ほげッ!!」

 

 

静止の言葉を掛けるマリーだが、混乱する純夏は手を離す瞬間に操縦桿を後ろへと引いてしまい、それに応じた機体が浮かべられていたデブリへと勢い良く後頭部を打ち付ける様に衝突してしまう。

 

確かに機体は止まる事にはなったが、衝撃で舌を強く噛んだ純夏にとって何一つ良く無い。

 

 

「うえええええ……いひゃいぃぃ~……」

 

「大丈夫、純夏?」

 

「らいひょうふひゃないぃぃ~!」

 

 

涙を目に溜めてモニター越しに怒る純夏に、どうしたものかと呆れるマリー。

 

現在、純夏は自らの申し出により機動兵器を使用した戦闘訓練の前準備を行っていた。

 

始めはその申し出に賛同の姿勢を見せなかった首脳陣であったが、自身に複数の世界線の記憶が存在し、戦術機にも乗った事があるとの発言により場の雰囲気は激変。先ずは適正を見るという事で手を打ったのである。

 

だが、問題は件の適正だ。純夏自身、戦術機を動かしていたと自称するが、戦術機とは大きさも規模も全てが掛け離れた機動要塞の操縦を担当していたというのが真実。その際、彼女は00ユニットという人類の諸刃の剣として活動しており、ハッキングという形にも似た形態で無意識的に機体や機械を動かしていた。

 

とどのつまり、戦術機と同じ規格の機体を動かす事に慣れているとはお世辞にも言えず、そもそも操縦桿を用いての手動操縦はコレが初めてとなる。

 

そこまで想像に及ばなかった純夏に更なる追い打ちを掛けたのは、舞台が地上では無く宇宙空間であるという点。

 

機動兵器というマシーンを扱う以上、三次元機動や戦闘は至極当然の様に求められた多元世界に於いて、宇宙という盤面で戦闘訓練を行うのは効率的であった事も一因だろう。ハッキングを通して感覚的に機体を操っていた純夏は、初めての宇宙空間で正確な手動操作を求められるという苦行に早くも嫌気が差し始めている。

 

とはいえ、BETAの根絶と復讐を掲げる者がそう簡単に諦める事もまた在り無い。

 

 

「あんまり無理しなくて良いのよ? 出来ないなら出来ないで良いから――」

 

 

オペレーターとして管制室からサポートしてくれているマリーの気遣いを耳から遮断した純夏は、舌の痛みが引くと共に沸々ともどかしさと理不尽さから湧き上がる怒りに身を染めていく。

 

 

「もう怒った!」

 

 

そう叫んだ直後、搭乗しているGN-X Ⅳの粒子散布量を一気に増やす。直後、自身の紅色の虹彩が金の輝きを見せた。

 

するとどうだろう。

 

先ほどまでの、初めて自転車に乗ってフラついている様な危なっかしい機体挙動が一変。

 

水中を華麗に泳ぐ様に宇宙空間を舞い、浮かべられているデブリの間を避け、時に蹴った勢いで方向転換したりする等、搭乗者が変わったのでは無いかと思う程の機動を見せ始めていく。

 

 

「こうなったら楽勝だよ~!」

 

 

先とは打って変わった機体挙動に満足気なご様子である。

 

だが、それも僅かな時間。

 

 

「――あれ?」

 

 

まるでブレーカーが落ちた様に突如として機体が停止。原因が理解出来ない純夏は直ぐにマリーに声を掛けようとするが、その相手の声色は思った以上に低いものだった。

 

 

「はぁ……純夏。失格よ」

 

「――え?」

 

 

理解出来ないまま、帰投を命じられた純夏は頬を膨らませながら渋々機体を超銀河ダイグレンの規定されたドッグへとゆっくり運び入れる。

 

コクピットを開放し、タラップに降り立った純夏の前には呆れた様子のマリーが居た。

 

 

「今回はあなたの機動兵器の適正を見る試験だったの。だから、飽く迄確認したいのはどれだけ操縦できるかよ」

 

「どうして手を使わない操縦だと失格なんですか?」

 

 

気になる問題点への回答では無い言葉に、そこが聞きたいと噛み付く。

 

 

「なんでって……ああ、そうだったわね。一から説明するわ」

 

「?」

 

 

嘆息しながらも一人納得するマリーに、純夏は話が見えていない。

 

マリーが気づいた――否、思い出したのは『そもそも純夏は一般人である』という事だ。

 

つまり、機動兵器を操縦するに於いて万が一の為に、基本動作は出来なければならないというのは常識だ――そういった認識が、そもそも職業軍人では無い純夏には無かったという話である。

 

動かす事が出来れば、戦う事が出来れば良いという話では無い。

 

衛士でも同じ事が言えるのだ。例えば衛士の場合、その殆どは対BETA戦で命を消耗する事になる。仮に機体を破棄する必要があった場合、BETA戦の最中ではBETAの腹に収まるのも時間の問題だろう。

 

ではだからと言って、機体を破棄する事になった場合の想定訓練をしないで良いかと言えばそんな筈は無い。

 

加えて、この世界の人類が戦っている相手がBETAだから、という原因もあるのではないかとマリーは考えていた。

 

言うまでもないが、多元世界では様々な敵性勢力が存在していた。それこそ、BETAの様に物理攻撃を行うだけでは無く、精神や機体に干渉してくる敵も少なくなかったのである。仮に脳波を遮断された場合、純夏には機動兵器を動かす手段そのものが奪われるという事に直結する。そうなってしまったが最後、先に待つのは死という無情な現実だけだ。

 

大きな建物にはメインの動力源の他に予備電源があるのと同様。万が一の手段として脳量子波で機体を操作できるという状況がZ-BLUEの考えるベストなのである。

 

 

「うーん……つまり、手でも動かせた方が良いって事だよね? 難しいなぁ~むむむ……」

 

「何度もやれば、その内慣れる筈よ。私達も小さい時にはかなり訓練させられたんだから」

 

 

何処か寂し気な目をするマリー。超人機関で生まれた頃から訓練と調整を重ていたからか、苦々しい表情を僅かに浮かべているも、詳細な事までは純夏には分からない。

 

だが、そこに何か自身にとって重い物があったのだろうという事くらいは、雰囲気で感じさせていたらしい。

 

 

「……そうだよね! わたし、もっと頑張る!」

 

 

満面の笑顔で陽気を取り繕う純夏は、再びGN-X Ⅳのコクピットに乗り込んでいく。気を遣わせたと内心謝るマリーは、それに付き合うべく管制室へと踵を返した。

 

 

(……本当に放っておけない子ね)

 

 

元々、五感が無く脳量子波で会話しか出来ず、作られた身体で戦う事しか知らなかったマリー。

 

BETAに囚われて肉体を失い、失っていた五感を一時は脳量子波で意思疎通の代用をしながら取り戻し、戦う事を選択した純夏。

 

幾つもの共通点が、己と純夏を重ね合わせてしまうのか。それとも、単に純夏の人懐っこい一面が気に入ってしまっただけなのかもしれない。

 

 

「出力だけで無理に方向転換しようとしないで!」

 

「分かってるよ~!!」

 

「勢いをそのままにターンすれば直ぐに体勢を立て直せるから!」

 

「そんなの出来ないぃぃ~!」

 

 

弱音と悲鳴を吐きながらデブリにぶつかっては失敗しているが、やり直す度に少しずつ着実に基本動作を覚えていく。

 

最早特訓とも言うべき訓練が3時間は続いただろうか。

 

 

「その調子よ」

 

「へっへ~ん! だんだん掴めてきたもんねー!」

 

 

その動きは当初と比べ、格段に上達している。だが、素人がここまで急激に上達すれば、調子に乗ってしまうのもまた不可避。

 

 

「あっ、ちゃんと集中して!」

 

「大丈夫だいじょうぶ~、こんなとこスイスイ――あいたーーーっ!!」

 

「ほら、言ったじゃない……デブリは固定してる訳じゃないんだから、多少配置が動くこともあるの。調子に乗りすぎよ」

 

「うううう~~~~っ」

 

 

宙を漂うデブリをスレスレに回り込む様にして避けた先、思わぬ配置のデブリに気付かず正面衝突したGN-X Ⅳ。

 

その衝撃を身体に受け、激しく揺さぶられた純夏は唸る様にして不満を漏らしながら、正面のデブリを足蹴にする。

 

 

「訓練とは言え、戦場という設定なんだから注意力散漫は良くないわよ。一旦休憩にしましょう」

 

「……ちぇ~、はーい」

 

 

再び帰投を命じられた純夏は、八つ当たり気味にデブリを蹴飛ばし、その勢いを利用して艦の方へとベクトルを与えた。

 

こういった余計な技能を覚えるのが早いのは、良いのか悪いのかと苦い表情を浮かべざるを得ない。

 

 

「お疲れ様、マリー」

 

「結構長い事やってたな。彼女、初めてで3時間じゃ疲れたんじゃないのか?」

 

「彼女の肉体はクローニングで作られているが、備えとして医療用ナノマシンを幾つか投与している。一般人と同程度の体力では無い」

 

「なるほどね」

 

 

その光景を後ろから見ていた者達がマリーに声を掛ける。

 

誰よりも早く労いの言葉を掛けるアレルヤに続いたのは、ロックオンとティエリアだ。CB組という面子であるのは、純夏の肉体を再構成した技術にCBの医療技術が大きく貢献しているからである。また、脳量子波に対する理解が他よりも人一倍大きいというのも存在していた。

 

 

「彼女の調子はどう?」

 

「悪くないわ。乗っていた事があるって言ってたのは本当みたい。操縦方法が今とは違うから戸惑っていた様だけど、コツを掴んでからはかなりのスピードで上達し始めてる」

 

「アレか? スメラギさん達が言っていた、『平行世界の記憶がある』ってヤツ」

 

「なんにせよAGみたいなタイプじゃないのは嬉しいよね」

 

「よせよ、あんなのが何人も居るなんてキツイったらありゃしねえ」

 

 

ロックオンの指摘に最悪の想定で茶化すアレルヤ。軽く微笑む程度に話題に応えたティエリアは、自身の疑問を率先して口にしていく。

 

 

「だが、彼女の経歴や言動、行動からして従軍経験がある様には思えなかった」

 

「確かにそうは見えないね」

 

「俺もその線は薄いと思うぜ」

 

「00ユニットの最有力候補だったという状況から考えて、特殊な状況で機動兵器を扱っていたのだろう」

 

 

眼鏡の位置を指で上げ直して腕を組み、考察を重ねるティエリア。マリーは自身の見た中でも特筆すべき点を口にした。

 

 

「脳量子波を使った操縦が上手だったのも関係あるかしら」

 

「戦術機は思考操作出来るとは聞いていないけれど……」

 

「00ユニットは機械体だったと聞いている。神経を接続して操縦するならば、手動操作の必要は無いだろう」

 

「ジェレミアのオッサンみたいなモンか」

 

 

例として出てきたジェレミアという男はサイボーグの身を持つゼロの忠臣であり、搭乗機を神経電位接続により直接繋いで操縦するといった手法を取って戦う男だ。

 

これを聞けば、この世界の人類なら怒るか、悲しむか。どちらにせよ憐憫を孕んだ負の感情を純夏に向けるだろう事は明確。

 

だが考察に対するZ-BLUE側の感想にソレは微塵も内在しない。身体改造を強要された者などごまんと居るZ-BLUEにとってそこに感傷を抱く事は無く、施術を行う予定だった夕呼に批判を見せる事も殆ど無いと言い切っていいレベルである。

 

強化人間を生んだジオンも、超兵を欲した人革連も、ヴェーダの管理としてイノベイドを必要としたイオリア・シュヘンベルグ、人類の宇宙進出を願って作られたメガノイドを作った破嵐創造等、列挙すればキリが無い者達。その全員が、何かしら必要に迫られて作り上げた技術なのだ。

 

許されざる者も居るが、それでも利用された者の一部はZ-BLUEで自由を手にし、人々と平和と地球の為に戦っている。今更過去の事を蒸し返して怒りに煮える程、Z-BLUEは幼く無い。

 

 

「取り敢えず、戦闘訓練は今後もさせて良いと思うわ。特別適正が高いとは思えないけれど、低いって事も無さそうだから。」

 

「分かった。それは僕から報告しておこう」

 

「ありがとうティエリア」

 

「気にしないで良い」

 

 

話が終わったと見るや否や、ティエリアは足早に退室する。その後姿を見ていたロックオンが突如吹き出し、アレルヤとマリーは何事かと見やった。

 

 

「ティエリアが率先して誰かの面倒を見るなんてなーと思ってよ」

 

「そう考えれば珍しいね」

 

「彼が純夏の精神を今の身体に移したらしいから、その時に何かあったのかしら」

 

「思う事があったのかもね」

 

 

共通点のある人物は人の目に留まりやすいものである。その理論から話を構築して推察する二人に、話を展開し始めた張本人はケタケタと笑う。

 

 

「まさか今になって思春期が出てきたとか?」

 

「本人に伝えておいてあげるよ」

 

「おい、冗談だって!」

 

 

アレルヤの厳しい突込みにティエリアから冷ややかな視線が浴びせられるだろう事を理解しているロックオンは、直ぐ様取り消しを入れていた。

 

 

 

 

 

「マリーさん来ないな~……お腹空いたし、先に食堂に行っちゃおっと」

 

 

その頃、休息を取りにドッグへ機体を搬入した後、現れないマリーに痺れを切らした純夏は一人で食堂へと足を向けていた。

 

朝食の時間を過ぎてしまっているが、早朝から直向きに特訓していた所為である。さすれば腹の虫が暴れまわるのも至極当然。食堂のドアが開いて足を踏み入れれば、その時間帯には珍しく人が集まっていた事に純夏は少しだけ目を丸くした。

 

 

「純夏さん!」

 

「あ、ヒビキ君」

 

 

机に座って会話していた集団の内、逸早く純夏が入ってきた事に気付いたヒビキは立ち上がり、率先して声を掛ける。

 

軽く会釈をしてから食堂の生活班にメニューを注文した純夏がチラリと振り返れば、席の全員が純夏の方を見ている事に気付く。

 

 

「純夏さんもこっちに座らない? 皆、貴女と一緒にお話ししたいから」

 

「あ、はい。受け取ったら行きます」

 

 

決して好奇などと言った邪な意図は無く、純粋な親しみから齎されている柔和な雰囲気だと直ぐに察知出来て少し安心した所為か、ホッと一息付くと共に出されたお盆を抱えて席へ向かい、空いている場所に腰を下ろした。

 

 

「朝からお疲れ様! 特訓してたって聞いたわよ」

 

「最初は全然思う様にいかなくって、難しかったです」

 

 

ノリコの人当たりの良い快活な笑顔に笑顔で応えた純夏は、静かに味噌汁に口を付ける。

 

 

(…美味しい)

 

 

帝国がBETAに侵攻されていくに連れ、食べる機会が減っていった天然食。その貴重な食料がいつでも食べられるZ-BLUEに未だ馴染めていない純夏にとって、ここはとても不思議な場所だ。

 

純夏が目覚めた時、そこは横浜や日本、地球ですら飛び越え、地球から見て月よりも離れた場所に浮かぶ超巨大戦艦の中と聞かされた時はかなり取り乱したものだ。加えて言えば、彼女自身スケールの大きすぎる話に未だその実感は無かったりするが。

 

通信で一度のみ夕呼と話しているが、礼を言った時には何の事かと返され、どういう状況だと困惑極めた事もあった。夕呼が礼を受け取らなかったのは、単に純夏を救ったのは夕呼では無いし、対外的に見て『夕呼が鑑純夏の件に関係したと知られれば、第四計画の意義やZ-BLUEとの繋がりまで疑われかねないから』という側面もあったりするが、そこは純夏の意図しない事だろう。

 

 

「――ちゃん、純夏ちゃん」

 

「――へ?」

 

 

思考を逸らしすぎた余り、話掛けられていた最中だと言う事も抜け落ちていた純夏は、直ぐに謝罪を述べる。周りを見れば皆一様に心配していると言った顔模様。

 

 

「おいおい大丈夫か? 食べ終わったら休んでも良いんだぜ。あんたに当直は無いんだしさ」

 

「色々あった後でまだ俺達に慣れていない事もあるだろうさ。焦らすつもりはねえってだけ、覚えておいてくれ」

 

 

体調が悪いのか、それとも心情的な問題かと斜めに座っているデュオやクロウが気遣いを見せ、横に座っていたセツコも純夏の表情を心配そうに見つめていた。

 

 

「い、いえいえ! 大丈夫ですから! ほら、元気!」

 

 

多くの突き刺さる視線を手を振り笑顔を無理矢理浮かべる事で誤魔化す。誤魔化しきれる物では無いが、今はこうする以外の方法を純夏は知り得ていない。

 

疲れていない訳でも無いが、なにぶん整理が付かない事が多く、情報の共有出来る相手も居ない故である。

 

 

「……それとも、例の彼の事?」

 

「――ッ」

 

 

ノリコがおずおずと顔色を窺いながら出した話題に、純夏の天ぷらを掴む箸の動きはピタリと静止した。

 

考えていた中心事項はその話では無かったのだが、それでも話題にに出ただけで瞳を揺らしてしまう辺り、折り合いは付ききってはいないと誰もが悟る。

 

純夏が意識を取り戻した後、大体のメンバーは純夏が自主的に話した内容を聞き及んでいる。BETAに捉えられた事、最愛の人を失った事、精神が崩壊しかけた事、平行世界の記憶がなぜか流入している事も含めて。

 

一気に鎮痛さの増した場の雰囲気に小さくノリコが謝罪を切り出し、純夏はそれを気にしないでと返すが、重苦しさを払拭する事は出来なかった。

 

それを見かねたのだろう。ノリコの横に座るヒビキが徐に口を開く。

 

 

「無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す」

 

「?」

 

「純夏さん、落ち込んだ時は身体を動かすと良いんだ。今の純夏さんは身体より心が疲れている様に見える」

 

「……そうかな」

 

「ああ」

 

 

ヒビキが放つ格言の意味を捉えれていないが、純夏にはヒビキの不器用なりに労わる気持ちが伝わっていた。真を突いた指摘にヘラリと笑うと、ヒビキは乗ってきたと判断し素早く指を立てる。

 

 

「機動兵器の操縦で上手くなるには、対人練習が一番だ! 今度、俺達と軽く訓練してみないか?」

 

 

目を輝かせるヒビキ。

 

 

「コーチなら、私も出来るわよ純夏ちゃん」

 

「努力と根性を学びたいなら私に任せて!」

 

 

セツコやノリコも次々に闘志を燃やして誘いをかける展開に、想像もしていなかった純夏はあたふた。

 

自分は戦闘の初心者なのだ。後輩苛めは無いとは思っているが、それ以前に力量差が不明であり、雰囲気と意気込みからしてセツコやノリコは相当厳しいだろうと即座に察知し、額に汗を浮かべていく。

 

 

「ダメですよ皆さん。純夏さんは乗ったばかりですし、そもそも私達に慣れる事からでしょう?」

 

「でも、皆で身体を動かせば仲良くなりやすいと思うんだけど…」

 

「セツコもノリコもスパルタじゃねえか」

 

「じゃあゴミ拾いはどうです!?」

 

「ヒビキ。超銀河ダイグレンの何処を探し回っても、ゴミなんて落ちてないと思うぜ」

 

「そう、ですよね……」

 

「メンドクサ! ヒビキ君、落ち込まないの!」

 

 

スズネの静止を皮切りに、姦しさを増す。

 

趣味のゴミ拾いが出来ないと落ち込むヒビキだが、直後その脳裏に浮かんだアイデアで即座に気力を復活させ、机から乗り出す様にして再び純夏の顔を見やる。

 

 

「そうだ! 純夏さん、ジークンドーやりませんか?」

 

「ジークンドー?」

 

「「「――え」」」

 

「へ?」

 

 

ヒビキのアイデアに、聞き覚えの無い純夏。その提案に何人かの面子が揃って呆けた様な声を出し、何かヤバイ事なのかと純夏も困惑を見せる。

 

ベストアイデアと信じて疑わないヒビキは誘うべく、更に説明を加えていく。

 

 

「武道の一種です。本格的な事をやる訳じゃ無いですが、身体を鍛える事はパイロットとしても重要なんだ。どうです? やってみませんか?」

 

 

どういう武術か知り得ない故に、不安しか無い純夏。だが、周囲の反応は先とは少し違う様で。

 

 

「そういう事なら良いんじゃないか。齧る程度でも効果はあるだろうし、武術はやって損じゃない」

 

 

システマを極めるクロウの推薦に、肯定を受けて笑みが深まるヒビキ。

 

場の雰囲気も受けるべきという流れになってしまっている上、特に断る理由も無いと言えば無い。

 

 

「……じゃあ、少しだけお願いしても良い?」

 

「じゃあまた、都合のある時間に声を掛けてくれ。純夏さん専用のメニューを組んでおくよ」

 

「うん。ありがとうヒビキ君」

 

 

お礼を言って遅めの朝食を食べ終えた純夏は、話を打ち切る様にして口を挟む。

 

 

「ごめん、疲れたから少し寝てくるね。皆ありがとう」

 

 

何処か逃げる様な歩調に心配気な周囲の視線を見なかった事にしてお盆を持ち、そのまま下げる。

 

純夏は早い歩調で食堂から自室に向かう。その瞳に見え隠れする困惑と動揺の入り混じった疲労。

 

空気が抜ける音共に扉が開き、そのまま寝具へと倒れこむ様にして力無く寝転がった。

 

 

(……シャワー後にしよう。皆、優しいな……)

 

 

窓の外、何重にもなっている強化ガラスの向こうには、ここが地球で無い事を示す様に広がる無限の宇宙と無数の星空。そして、地球が僅かに見えていた。

 

部屋の明かりも付けず、暗くも眩い広大な宇宙のキャンパスに思い浮かべるのは、同じ人物の事だけ。

 

 

(……会って間もない私をとっても気遣ってくれる。タケルちゃんみたいに、皆優しいんだよ。ねぇタケルちゃん、覚えてる? あと一週間で、『あの日』なんだよ?)

 

 

最低最悪の虜囚の日々の後に待っていたのは、見知らぬ自分を理解出来ない程に気遣ってくれる信じられない程温かい人達。余裕の無い純夏にとって行き過ぎた優しい環境はいつまで経っても現実味を帯びず、虚ろな夢とまで錯覚してしまいそうになる。

 

そんな疑問を胸中で問いかけるも、何処からか答えが返ってくる筈も無く。

 

過去となってしまった筈の恋人に、いい加減涙を流し続けるのは辞めると決めていた筈でも、それでも愛する気持ちが失せる事は無い。

 

そういえばと、ふと思い出す。『以前』会ったタケルちゃんは因果導体として平行世界を行き来して会えたんだと。ならば今回も会えるのでは無いか。そう考えるも、直ぐに思考を打ち消した。

 

救われて元の世界に戻ったのならば、己が会いたいが為にBETAと戦う宿命を再び背負わせる必要は無い。自身へと言い聞かせる様に理解し、納得し、理屈を付けて心を抑えつけていく。

 

 

(きっと疲れてるだけだよね)

 

 

それでも純夏が眠りにつくまでの間、窓ガラスの向こうにうっすらと映る最愛の人の微笑みは、決して消えてくれる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年10月16日 6時00分 Z-BLUE所属横浜基地 地下19階秘匿研究室≫

 

横浜ハイヴ跡にアークグレンが着艦して約5週間ほど経過した今日。Z-BLUE主導で建設された横浜基地の一角が稼働を開始した日である。

 

初めて足を踏み入れた自身の専用区画はとても広く、機材や設備の殆どが注文通りの質を誇っている事に夕呼は微笑みを零す。

 

嘗て、これ程までに心躍る整理整頓があっただろうか。

 

これからこの素晴らしい研究区画を意のままに使用出来ると想像するだけで鼻歌でも歌ってしまいそうな気分である。自身で保管していた重要な書類を補完する場所を決定し、そのままそこに丁寧に収納していく。

 

 

(ホントに便利な場所が完成したわね。研究も出来るし、小型のフォールド通信機でいつでもZ-BLUEと連絡が取れる。控えめに言って最高よ、最高!)

 

 

未だ基地の全区画が稼働している訳では無く、優先的にこの研究区画の工事に取り組んでくれた事と、その施工スピードに感謝を表すターンステップを踏む。

 

通常、更地の場所に基地を建設して一か月弱で稼働開始する事など、有り得ないと口を揃えるだろう。当初は夕呼もその一人であった。

 

これはZ-BLUEというより、多元世界の技術力の異質さの表れと言う方が正しい。

 

嘗ての敵、サイデリアルは蒼の地球を僅か三か月で制圧し、その間に帝都ラースバビロンを建立していたし、宇宙怪獣殲滅作戦の為に結成された銀河殴りこみ艦隊は、幾ら惑星規模の軍団とは言えバアルへの殲滅兵器『新バスターマシン3号』を僅か一か月で完成させている。

 

新バスターマシン3号とだけ言われてもスケールが伝わりにくいが、その実態は圧縮した木星を建造物で囲い込んでいる小惑星サイズの大型爆弾だ。

 

ここまで語れば多元世界が有する建設速度の異常さが伝わるだろう。

 

現に横浜基地もモビルワーカーや獣人達の協力を採用していた。生半可な規模で無いなら、その速度も並みでは無い。

 

Z-BLUEに関する事案は細部まで突込みすぎると、脳内に直接時空振動が起こった様な感覚に陥り、知恵熱を起こしかける事を最近学んだ夕呼は考えるのを止めていた。

 

書類の束を分類ごとに棚分けし、最後の書類束を掴んでそろそろ整理整頓をし終えるかと言う頃合いに差し掛かった時、机の上に設置されている内線が音を鳴らして主張する。

 

瞬間的に鬱陶しげな顔をするも、その要件を思い出しては素早く受話器に手を掛けた。

 

 

「どうしたの? ああ、やっと到着? 許可するわ、入れなさい」

 

 

ピアティフからの無線に出終え、掴んでいた書類を決めた場所に仕舞い込んだ夕呼。その背後で入り口のドアが空気の抜ける音を放つ。

 

ゆっくりと振り返り入室者と視線の合った直後、些か懐かしい気持ちに包まれていく。

 

 

「帝国陸軍所属、神宮寺まりも大尉。只今を以て横浜基地に着任しましたッ!」

 

「相変わらずねえ……良いって言ってるでしょ? そういう堅っ苦しいの」

 

「そうは行きません、博士」

 

 

栗色のゆるくウェーブ掛かった髪を揺らしながら、規則正しさ溢れる見事な敬礼を繰り出した旧友。

 

馴染みの遣り取りに息災の意を込めた発言で返せば、それに靡かない返答まで含めてが全て懐かしい一連の流れだった。

 

 

「早速本題だけど、今日付であんたには衛士訓練学校の教官に就任してもらうわ。当然、階級も軍曹に降格するわよ」

 

「了解しましたッ!」

 

 

再度行われる敬礼。敬礼を止めろと言っても聞かないと判断した夕呼は視線を向ける事無く、机の上のコンソールを操作しながら会話だけを行う。

 

大尉から軍曹への降格など異例も良いところではあるが、訓練学校の教官に与えられる階級が軍曹止まりである以上、仕方のない事である。

 

 

「先に言っておくけど、あんたも訓練生も相当厳しい事になるわよ。そこらの訓練校とは質が違う上に、今後の帝国衛士に対する教育プログラムの洗い直しも待ってるわ。かなりハードだけど国の為を思って頑張ってちょうだい」

 

「はッ!」

 

 

夕呼の意図する詳細までは汲み取れないが、夕呼が言うのだからそうなのだろう。

 

肩に力の入った返事を返すまりもに、夕呼は徐に視線を上げて合わせる。どうしかしたのかと頭の中で疑問符を浮かべるが、夕呼の表情が悪戯っぽい笑みをニタりと浮かべ、思わず背筋に冷や汗を浮かべた。

 

 

「あんたぁ……分かってないわね~、特別忙しくなるのよ? 教官職に就きながら前線にも出てもらう事も少なくないだろうし、大変ねえ~」

 

「……り、了解です」

 

 

ニタニタと笑みを浮かべる相手の声色にこめかみに力が入るが、親友とあれども相手は上司。勤務時間中だと己を律して適切に応える。

 

地獄の様な日々が待っているのかと戦々恐々しようとも、命令である限り軍人に逃げ場はないのだ。

 

苦し気に返したのが十二分に伝わったのだろう。笑みが満足気なものに変化し、厭らしい声色を直ぐに引っ込めた。

 

 

「フォローはしてあげるから、上手くやんなさいよ色々」

 

 

気遣いをしてくれる分、やはり良い友であると再確認したまりもは笑顔で感謝の辞令を述べる。

 

実務的な話を幾つか交えた後、ふと夕呼が思い出した素振りを混ぜつつ話を切り出した。

 

 

「そうそう。あんた、この後時間あるわよね」

 

 

確かにまりもには特別命令を受けては居ないが、有無を言わせない物言いに思わず『時間は無い』と答えたくなる。だが、相手はこちらに特段命令を受けていない事くらい百も承知で聞いていると理解しているからこそ、嫌な予感しかしない。

 

 

「この後、ちょっとした実験に付き合ってもらうわ。良いわね」

 

「……りょ、了解しましたッ!」

 

 

了承の意を述べた時の、夕呼の『言質は取った』と言わんばかりに口角を釣り上げる様に、まりもは額に青筋を浮かべてしまう。

 

地獄のような日々は、既に始まっていた事を悟るも、時既に遅し。

 

その1時間後、まりもはグロッキー状態のまま更衣室で発見され、衛生兵に抱えて運ばれていったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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