to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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怒涛の展開です。

原作描写を参考にしていますので、それがなんとなくでも伝われば幸いです。

前半はちょっとやりすぎました(白目)

後半は苦手な方も居るかもなので、少し注意して読んでいただけると幸いです。

PS:多数の有難いご指摘により、表現や説明に多少の修正を加えました。


第三章 (3)

《1998年9月22日 6時10分 対馬 旧国道382号線》

 

 

日本列島で最も西に位置する最前線の戦場、対馬。

 

そこには、本土のハイヴを壊滅させた帝国に休息など無いと言わんばかりに、定期的にユーラシア大陸から送り込まれてくるBETAの波を命を賭して凌ぎ続ける部隊が存在していた。

 

 

「最少戦闘単位を必ず崩すな! ここで奴らを通せば、夏の悪夢の二の舞だぞ!」

 

 

中隊の最前列で87式突撃砲を両手に構えた撃震から中隊長の命令が飛び、タイミングを合わせながら後続の撃震達も前面のBETA群に向けてトリガーを引き絞る。

 

ハイヴが存在する限り、その中でBETAは増殖を続け、飽和状態に近づくと共にBETAは新たなハイヴや、その設立予定地に向けて大移動を開始する習性をもつ。それを理解している人類は、定期的にハイヴに攻撃を仕掛け、BETAの間引きを行うのだ。

 

現在の帝国でこの任を承っているのは佐渡島ハイヴのBETAを間引きする本土防衛部隊と、対馬の防衛部隊である。

 

只でさえ衛士たちの後ろには本土があり、少し前まで壊滅していた九州の北部は、内閣と軍部の決定により要塞を建設している真っ只中なのだ。ここを攻め入れられれば、貴重な建設職の非戦闘員と輸送してきた資材を大量に失う事となる。

 

目の前の戦術機など、障害とは露程も思っていないかの如く突撃級が突破を図るも、それを見逃す中隊長では無い。

 

 

「一匹抜けるぞ! 始末しろ!」

 

「「――了解ッ!」」

 

 

打撃支援が120㎜砲弾で側面から突撃級の足元を吹き飛ばす。それで息絶える突撃級では無かったが、片足を飛ばされた影響もあり流石に失速は禁じえない。

 

 

「抜けられると思うなッ!」

 

 

強襲前衛が撃震を反転させ、失速した突撃級の背部に74式近接戦闘長刀の剣先を勢いよく突き出す。

 

突き刺さった剣先を力任せに横に切り払い、赤黒いBETAの血肉を噴出させた撃震は長刀を振った勢いを利用して再び正面方向へ。左の背部ウェポンラックから突撃銃を手に寄せると、背後を見せていた強襲前衛へと躙り寄る戦車級へ掃射していく。

 

順調に見えるBETAの掃討だが、今までとは違いこの日の進軍しているBETAの数は前回をかなり上回っている。それを如実に物語るかの様に、指揮車から送られてくる通信は悲鳴に近い報告を挙げていた。

 

 

「第三中隊、半壊! 持ちません!」

 

「海底に更なる増援を確認しました! 数、二千!」

 

「くッ、こんな時に限ってこれほどに数が多いなんてッ…!」

 

 

CP将校の焦燥した声を受け、衛士達の士気のかなり低下し始めている。それもそうだろう、ここは対馬であり、本土からかなりの距離がある島だ。海底を踏破してくるBETAの動きは目でつかめず、有事の際でも対馬には増援が送られてこない事が決定している。

 

どのみち帝国は先の明星作戦までを含めた一連の危機により、何処の部隊でも手が足りていない。初めから増援など望めないのは承知の上での作戦。

 

つまり、地獄の第一線たる対馬に存在する部隊の全てはこのままだと、無残にも全員がBETAに喰い散らかされるであろう絶望の未来しか残されて居なかった。

 

 

「落ち着け! この立地なら光線は来ない!」

 

 

部下の撃震が浮き足立っているのを見て、直ぐ様中隊長は叱咤を飛ばす。

 

勾配のある丘陵地帯にも似た地形は光線属種という最悪の敵を無力化してくれてはいるものの、それでも圧倒的に有利という事では無い。

 

それを示すかの様に、少しずつではあるが対馬の部隊はそれぞれBETA群に包囲され始めていた。戦術機が優勢だった筈がいつの間にか均衡し、それは些細な事で崩れ去る。

 

 

「このッ――」

 

「やめろッ!!」

 

 

近寄る戦車級に36㎜弾を浴びせた迎撃後衛が、そのまま包囲から抜けようと隊列を崩し、突出してしまったのだ。戦場で死の圧に精神を狂わされ、判断ミスで死亡するというケースは少なくない。

 

隊列を崩したという事は即ち、BETA群に突出したも同義。

 

背後に回り込んだ要撃級の打撃で岩肌に打ち付けられた撃震を、ここぞとばかりに戦車級が飛び掛かり、体勢が崩れてしまった撃震へ噛みつかんと殺到する様に跳躍する。

 

 

「ひッ、いやッ、いやあああッッ!」

 

 

戦車級の強靭な顎で砕かれていく撃震。装甲の歪む音と衛士の死を間際にした悲鳴が劈く鼓膜。

 

誰もが仲間が死ぬと確信しきったその時――

 

 

「やらせないっ!」

 

「――あああッ!?」

 

 

他の衛士達の視界の中、撃震に四本の細い何かが刺さると同時に聞こえる若い青年の声。その衝撃に、今にもBETAの腹に収まりかけていた迎撃後衛の衛士も思わず別種の悲鳴を上げた。

 

スラッシュハーケンと呼ばれているアンカーの一つ一つが撃震に取りついた戦車級を的確に貫いて落とすも、周囲の戦車級は知った事かと撃震に追い打ちを掛ける為に飛び掛かる。刹那的で、死神が仲間を貪るのを見つめるしか出来ない地獄の数秒。

 

しかし枢木スザクにとって、死神は余りに遅すぎた。

 

 

「はああああっ!」

 

 

翠の閃光は跳躍している空中の戦車級と接触し、その瞬間に戦車級が両断される。決定的な瞬間を認識できた衛士は誰一人居らず、次の瞬間には翠の閃光は衛士達の視界から消え去り、彼等が困惑を見せるよりも更に早く、空中に飛び上り翠に光る翼を広げたランスロット・アルビオンは地表に蠢くBETA群へとエネルギー弾を掃射していた。

 

視認して捉える事すら敵わない増援らしき存在に困惑極める衛士達だが、それも仕方のない事。

 

第八世代のKMFでさえ、スザクの駆るランスロット・アルビオンの動きはカメラアイで捉える事を許さず、剰えビスマルクの持つ未来予知のギアスが見せるビジョンを上回る機動でナイトオブワンを呆気なく撃滅させたという超人的な戦果を持つのがこの枢木スザクなのだ。

 

 

「え――? 今、何が――」

 

 

光線が上空に放たれた事で、味方は空中に居ると認識して視界を上に向けるも、その瞬間には翠の光線が物理法則を無視した複雑な機動を描きながら眼下のBETAをスーパーヴァリスとエナジーウイングで殲滅し終えて飛び去っていた。

 

 

「――な、なんですか今の…!」

 

「援軍なんて聞いてません?!」

 

「た、助かったんだ! 誰だって良い!」

 

「落ち着けお前たち! ここは戦場だぞッ! CP! 応答しろCP! ――クソッ!」

 

 

通信が出来ない状況から鑑みて、指揮者がやられたのだろうと中隊長は判断し、思わず歯噛みする。一切情報が入って来ない戦地とは正しく地獄なのだ。謎の援軍により一時は助かったが、これからどう動けば良いのかは自分たちで判断しなくてはならない。

 

戦況に関する情報が一切不明のまま、戦場で取り残された衛士達は助かったという安堵感と先の見えない不安により、激しくバイタルデータが揺れ動いていた。このままでは少しのBETA群と衝突しただけでも全滅してしまうと中隊長が下唇を噛み締めた時、自然と下がっていた視線の先のモニターに映る赤点が恐ろしい速さで消えていく事に気付く。

 

有り得ない様な光景を目にし、漸く確かな安堵感が湧き始めた中隊長は、壊れた撃震の中で生き残っていた迎撃後衛の部下を救助する指示を出した後、後退の指示を出して戦地を離れる事に成功した。

 

 

 

 

 

「弾けろ!」

 

 

スザクの暴れていた対馬北東部、その反対側である南西部にて、海中から姿を見せるBETAに向けて薙ぐ様に輻射波動を照射。紅蓮聖天八極式が右手を上げれば、有線操作の鉤爪が素早く戻り、紅の光線の通った跡が見事に海岸部を焼き払う。

 

だが、蒸発した海水が生み出す爆風の中から上陸した重光線級は、空かさず紅蓮に最大照射で光線の反撃をしかけた。それに動じるカレンでは無いが、輻射障壁のエネルギーがもったいないと感じるや否や、小さく舌打ちをしてエナジーウイングで機体をガードする様に包み、目にも止まらぬ速さで空中を疾走する。

 

 

「いい加減、しつこい奴等! さっさと消えな!」

 

 

重光線級が紅蓮を捉える事を許さぬ速度で接近し、続いて上陸した四体の光線級を呂号乙型特斬刀で舞う様に刻んで飛翔。飛び上った勢いのまま、頭上から重光線級の上に目掛けて突撃する。重光線級は目に酷似している照射粘膜を保護しようと瞼にも似た保護被膜で覆い隠すが、それが重光線級にとっての命取りだ。

 

保護被膜の上に着地すると同時に紅蓮の右腕から発せられた真紅の波動は、接触面に黒紫の禍々しい電圧を生み、対象を溶解せんとする超高熱が続くようにして発生。重光線級の頭部は直ぐ様元ある形状を保てなくなり、赤く熱せられて沸騰する様な液体音を発した直後、逃げ場の無い無慈悲な高エネルギーが体内から溢れ出る様に爆散する。

 

凄まじい戦火と光景を少し離れた海上で見ていた者は、派手な功績に感化される様に闘志を燃やしていた。

 

 

「流石はカレン。ですが、わたくしも負けてはいられなくてよ!」

 

 

カレンに負けじと二隻の小型潜水艦を連結したサーフボードを乗りこなし、海上へ跳び上ってはその勢いを利用して海中に潜る赤いロブスター。海底を歩く事しか出来ないBETAは、その鋭いクローアームや魚雷の前では正しく無力であった。

 

反撃を仕掛けようとしたのだろう、海中でありながら要撃級はラケージ・ユンボロに突き刺そうと前腕を突き出す。だが、元とは言え『海の女帝』を名乗っていたラケージに敵う筈も無く。

 

 

「あら、反撃のつもりですの?」

 

 

ユンボロの体重を瞬時に細かくずらし、サーフボードを巧みに操るラケージは前腕をクローアームで受け流したのだ。幾らモース硬度15以上の前腕が恐ろしい武器と言えども、間合いに入られれば反撃のしようが無い。

 

海中で唯一の攻撃手段を失った要撃級に向け、ラケージは人で言えば脇に当たるであろう要撃級の前腕部の付け根をクローアームで固定し、サーフボードの出力を最大にまで急上昇させる。

 

 

「ふふふ、花火にしてあげますわ!」

 

 

サーフボードの出力を上げたラケージはそのまま重心を後ろに傾けながらの加速。当然、その勢いは上方向へのベクトルして加算され、サーフボードが顔面に減り込んだ要撃級は浮力の力も利用され、豪快に海上へと大きく跳ねあげられる。

 

海中から勢いよくジャンプする様に飛び上がったラケージ・ユンボロと跳ね上げられた要撃級。激しい水飛沫が太陽の光で反射して煌めく中心で、ニヤリと口角を上げたラケージは操縦桿から手を離し親指でスイッチを上に弾く。結果、発射された魚雷は宙を舞い、吸い込まれる様にして要撃級へ直撃。海上で爆散した死骸が海面へと叩き付けられる中を一連の勢いのまま、海中へと潜航していた。

 

 

「ヒュ~! ラケージちゃんは海での戦いになるとホントおっかないぜ」

 

 

肩を竦ませながらお道化た台詞を吐く桂。当然、そんな事を戦場で吐く余裕は通常、有り得ない事である。現に言っている側から上陸した重光線級がオーガスに向けて視線を固定していた。

 

 

「桂様!」

 

「おおっと! へへっ、感度良好ってね」

 

 

右側に座っているモームの警告にピタリと合わせてオーガロイド形態からバレルロールで光線を回避しつつ、フライヤー形態へ移行すると同時にミサイルをばら撒く。

 

朝飯前の機動に鼻を鳴らしながら、重光線級一帯に爆散したBETAの破片と白煙が湧き上がった。

 

 

「まだだぞ、桂!」

 

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

ミサイルというのはBETAが唯一迎撃可能な武器種だ。熱源に合わせて後続の光線級が幾つか撃ち落としたのだろう、白煙の向こうから伸びる光線は再びオーガスを目標として飛来し始める。警告を促したオルソンも、これには眉根を寄せながら素早くタンク形態に移行。

 

丘陵地帯である事を活かし、二機のオーガスは射線から上手く外れる事が出来た。

 

 

「まずいな。俺達のオーガスでは、あの軍勢を切り抜けるのは骨が折れるぞ」

 

「ああも数が多いとやってられないぜ。アレで見た目がかわいこちゃんだったら、迷わず飛び込んで行くんだが」

 

 

軽口を叩く桂だが、その表情は対照的に明るさを失っている。オーガスはBETAの攻撃程度、華麗に宙を舞う様な高機動で回避するには難色を示す事は無い。だが、オーガスの武装には問題があるのだ。何せ、オーガスはミサイルガンとグレネード、機銃といったレパートリーで構成されている。

 

全てが弾数制限のある実弾兵器なのだ。桂やオルソンは多元世界での戦いに於いて、複雑な機動と巧みな技量でミサイルの軌道を予測させないまま的確に当てるといった戦法が中心であった。その為、少ない弾数消費で的確に相手の『機動兵器』を落とす事には長けているのだ。

 

だが、こうも数ばかり押される局面に弱いのが、実弾兵器だけを搭載した機動兵器の弱点である。

 

 

「どうします? 桂様」

 

「じゃあ作戦変更と行こう。ちまちま戦って埒が明かないってんなら、一気に決めていくぜ」

 

「まさか、あの数相手に格闘戦か?」

 

 

オルソンの困惑に爽やかな笑みで返した桂は、オーガスをフライヤー形態に移行してBETA群の横を突く様に突撃する。それに合わせてオルソンもオーガスⅡを変形させ、桂とは逆回りで飛行を始めた。

 

二機のオーガスを見失っていたBETA群は白色の可変機を見つけるや否や、それに向けて一心不乱に照準を合わせて光線を放つ。バレルロールや逆噴射による減速などで華麗に避けながらBETA群の周囲を迂回するオーガスに夢中で、光線級は背後から急接近してきた水色のオーガスⅡへの対処が遅れる。

 

 

「アドリブでやらせてもらう!」

 

 

照射を開始するも既に遅く、オーガスⅡは光線級に足を向けたまま突撃を開始。光線級の一体が敢え無く踏みつぶされた。

 

 

「桂!」

 

「デートも、たまにはアドリブが必要ってね!」

 

 

次の瞬間には地を蹴り離脱寸前の、最も接近していたオーガスⅡを他の光線級やBETAが狙う。しかしそこはガウォーク形態のオーガスが機銃を浴びせて照射を即座に阻止しに掛かる。三度目の照射を試みる光線級達だが、BETA群を左右から囲む様に二機のオーガスが位置取った時、既に末路は決していた。

 

 

「低コストな攻撃でごめんね!」

 

「確実に落とす!」

 

 

二機によるグレネードの同時発射がBETA群の中央に直撃し、レーダーの赤マークの群れを壊滅させた桂とオルソン。Z-BLUEでも上位に食い込む腕の立つ二人組のコンビネーションを見せ、軽いハイタッチを決めた二機はBETA群が居そうな戦火を探してガウォーク形態へと移行した。

 

 

「…………」

 

 

その光景を映像として、アークグレン内部からリアルタイムで見ていた夕呼は腰を下ろしていたソファの上で力無く体が横に倒れそうになる。

 

KMFと呼ばれている5メートル前後の機動兵器は、その性能の高さが可笑しい。小型化というのは基本的にかなりの技術が必要とされる。一般家庭に普及されているPCも、元は軍事用の巨大な演算装置であったりするのと同じ事だ。

 

それがどうだ。戦術機の3分の1以下のサイズながら、その性能は一機あれば戦局を余りにも容易く覆してしまっている。夕呼の目にした経験上、スペースガンメンやバスターマシンなどの大型機動兵器が常識外の戦闘能力を有していた。Z-BLUEの本隊である母艦に始まり、現在自身の滞在しているアークグレンもその大きさは常識に喧嘩を売っているレベルの物だ。

 

だからこそ、夕呼は『大きい機体はヤバイ』そう思っていた。

 

 

(……あー、はいはい。小さくても十分ヤバイのね~。エナジーウイング、輻射波動ね。ふーん)

 

 

今までの積もりに積もるZ-BLUEの常識破壊攻撃を受け続け、最早脳内で怒鳴る事すら辞めてしまった夕呼だが、何も衝撃を受けたのはKMFだけに限った話では無い。

 

戦術機よりかは二回りほど小さいラケージ・ユンボロは、何処か古ぼけたデザイン性を放つ故に外見だけを見て高性能機と夕呼は思えなかった。しかしその性能は戦術機顔負けであり、クロー型のマニピュレーターで数多くのBETAを殴り倒しても損傷していない堅牢な装甲と、サーフボードを乗りこなして機敏な機動を巧みに乗り熟す乗り手の技量にも感服している。

 

なにより、夕呼が感じたこの異質なラケージ・ユンボロの恐ろしい所は、MSの様な左右一本ずつで複雑な操縦を行う操縦桿では無く、大型重機の様な複数本のレバーを瞬時に選択・操作して動かしているという事実だ。

 

後に、ガソリンだけで駆動していると聞かされて脳が強制的に思考停止しかけたのは余談であるが。

 

オーガスに関しても、夕呼は特段驚きを露わにはしなかった。

 

小型原子力推進エンジンである熱核反応タービンエンジン搭載、ミサイルの軌道までもを操作する桂とオルソンの技量、計四形態もの変形機構を持つ8メートルほどの可変機。

 

普通におかしいと言わざるを得ないが、重ねて言うがここまで来れば夕呼も常識がマヒしている。二機のコンビネーションを目にしても、あーすごいなー程度の感想だけを抱き、Z-BLUEのトンデモ技術に対して驚愕するという行為そのものを喪失していた。

 

 

(――いや、というか遊んでる場合じゃないわ。ゼロにどう返答しようかしら……こっちもまだZ-BLUEに関して、そこまで詳しい訳じゃ無いし)

 

 

アークグレンの帝国入りと同時に修理と補給を済ませた数機が先遣隊へと合流しており、夕呼の知らない機体達を中心とした戦闘映像をモニター越しに見ながら意識を逸らしていた夕呼は、我に返る様に現在悩むべき本題へと思考をシフトさせる。

 

ゼロから『ある提案』を持ちかけられており、その返答をどうしようかと悩んでいたのだ。事はYESかNOだけで返答出来る様な内容では無い為、それについて後々の事も十分に考慮しなければならない事案である。

 

 

(『この世界の人類』にとってみれば、端的に見てメリットが大きい。そしてZ-BLUEの行動理念を建前として分かりやすく見せる事も出来る…でも、もし確保してきた国家が米国だったら?――いえ、それよりも、ゼロがどこまで考えているのかを聞くのが先ね)

 

 

巡る思考を打ち切り、ゼロへと繋ぐ回線に切り替えた直後、眼前のモニターが変化する。そこに映っているのは、お馴染みの不審者マスクとマントを羽織った男。

 

 

「…………」

 

「…………んんっ、失礼」

 

 

マスクの左目の部分を開放させ、その隙間からストローを入れて飲み物を飲んでいたのだろうゼロは、夕呼の唖然とした顔が見えるや否や、素早くマスクからストローを引き抜いて開放されていた片目部分を閉じ、咳払いをした後に小さく謝罪を入れる。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

数秒の沈黙。

 

 

「どうしました、香月博士」

 

 

何事も無かったという体で進めようとするゼロに合わせ、夕呼も何も見なかった事にしておく事にした。

 

 

「…先ほどのお話なのですが、ゼロはどの様に考えているかを詳しく聞きたかったので連絡させて頂きました。他の国家であればいざ知らず、米国は第五計画推進派が一番大きな力を持っています。その影響力が直接及ぶのであれば、彼等が対価として欲するのは――」

 

「――G元素、または大量破壊兵器に関する技術及び情報と」

 

「……ええ。恐らく」

 

 

夕呼の疑念に合わせ、ゼロは直ぐ様回答を口にする。

 

現在、夕呼とゼロの間で交わされている議題とは、『米国がZ-BLUEに何を望むか』という内容だ。米国は地球の中で一番影響力のある大国であり、またその大国の中でも唯一国土が無傷な後方国家である。

 

前線国家は米国の軍事的・食糧的な支援が無ければ継戦は望めないのが現状で、国連も米国が主体となっている事から、その影響力は無視できないものだ。その米国の狙いは、概ねBETA戦後に於ける『覆す事が不可能な国際的アドバンテージ』だろうと夕呼は睨んでいる。

 

このままBETA戦が何らかの形で終了した場合、国家間のバランスは圧倒的に米国が優勢のままに世界は次のステージへと進むだろう。それを見越している米国だからこそ、かの国家は戦術機という整備性や人的損失の可能性が大きい兵器より、G弾という強力無比で説明不要の兵器を重要視している。

 

 

「しかし、Z-BLUE側としてはG元素を出すつもりは無い。だからといって、米国が他の資源をZ-BLUEに頼る事を彼らは認めないでしょう」

 

 

夕呼の指摘にゼロは一つ頷く。

 

米国が国家間のバランスを注視しているのなら、他国に資源や技術を頼るというのは有り得ない事だ。

 

 

「ならば次に要求するのは、大使の常駐。次点で技術のライセンス契約及び特許の取得だと」

 

「その筈です。ですが大使は兎も角、提供する技術の度合いはかなりシビアだと思います」

 

 

その返しに、ゼロは口を閉ざす。

 

米国にとって本命となる要求とは、間違いなく『特命全権大使』の常駐である。だが、これをZ-BLUEが許可する事は出来ない。大使というのは通常、大使館及びそれと規定された建物に常駐する事となる。

 

現状、Z-BLUEは租借した土地以外の国土を持たず、国土と定義できる場所は母艦に限られている。当然、本隊の母艦と言えば超銀河ダイグレンの事を指す。

 

しかし、超銀河ダイグレンに大使館として一角を設けるという議題に、Z-BLUEの誰もがそれを良しとする筈が無い。超銀河ダイグレンは戦艦であり、戦闘に参加するのが常なのだ。加えて、グレンラガンと変形合体して最前線で暴れまわるというオマケ付きで。次元力で装甲は直せるものの、その大きさから被弾は少なくないという特性もある。今までの戦いでも居住ブロックに被弾する度、幾人かの非戦闘員が亡くなる事は決して少なくなかった。

 

その大使館、変形合体するよ――と分かり切っているからこそ、各国の大使達の命の安全が保障出来ないのが確定しているこの要求は色々な意味で飲める筈が無い。

 

 

「本来Z-BLUEにとって、提供されたとしても決して不可欠では無い『モノ』ですが、米国はそんな事お構いなしで吹っかけてくる筈です」

 

「政治交渉ならお任せ願いたい」

 

「――ッ、頼もしい限りですわ」

 

「それより、対価として資源を欲さないと博士は仰ったが私はそうは思わない。これを見て頂きたい」

 

 

ゼロの反論に、夕呼は訝しそうな顔を見せる。直後、モニターの右上の端に現れた情報を目にし、夕呼は思わず眉を上げた。

 

 

「これは…!」

 

「米国はこれに必ず食いつくと私は考えている。それを餌とし、米国にはBETA掃討により一層、尽力してもらおうと思っている」

 

 

仮面越しでありながら、ゼロの口角が厭らしく上がっているのが手に取る様に感じられる。だが、夕呼もそれに負けてはいられないと口角を上げ返す。

 

 

「ですがゼロ、軍事的のみの観点に留まらない技術の提供という点もあると思います。例えば――」

 

 

そう促しつつ、手元の貸し与えられていた端末からゼロの元へ情報を送る。それに素早く目を通したゼロは、素直に夕呼へと言葉を返した。

 

 

「――なるほど。近未来の将来的な生活の点でも則している。流石は香月博士だ」

 

 

傍から見れば、何かの暗躍を企んでいるとしか思えぬ二人の遣り取りが白熱していた最中。

 

アークグレンに響く唐突な警告音は、事態が動いた事を示していた。

 

 

「――ッ!? 何!?」

 

「何かあった様ですね」

 

 

非常事態を示すけたたましいサイレンに、反射的に不快感を示し顔を歪めた夕呼は、手元の端末で状況を確認する。

 

 

「なッ! 佐渡島ハイヴのBETAが急な活性を見せた!?」

 

 

夕呼の口走った内容に、ゼロも思わず眉根を寄せる。現在、BETAは鉄源ハイヴから定期的に日本へ侵攻しており、その数が激増した為にZ-BLUEは対応せんと九州へ移動している。

 

この状態で佐渡島ハイヴのBETAが本土へ侵攻してきた場合、何とかして食い止めなければ帝都や仙台を含めた本土が一気に壊滅するだろう。

 

少し前までのBETA侵攻による帝国の傷は深く、佐渡島ハイヴを見張る様に配置されている関東絶対防衛線を死守する部隊以外は張子の虎であり、関東防衛に配属されている部隊も数がそれほど多い訳では無いのだ。BETAが散開という一手を打とうものなら、一気にカバー仕切れなくなってしまう事は明白であった。

 

 

(一度に2つのハイヴから同時攻撃ですってぇ…!? そんなの、どうしろってのよ!)

 

 

帝国にこれを抑える余力など、逆さに振ってもありはしない。歯噛みする夕呼は対応策を考えまいとして焦燥を必死に振り切ろうとしていたが、ふと思考の外で誰かが叫んでいるのに気付いた。

 

 

「なんだと!? 馬鹿な! 今すぐ奴等を止めるんだ!」

 

「私に怒鳴るな、みっともない。大体どうやって止めろと言うんだ? あの『問題児』達を」

 

「リディ少尉やルナマリア達も居るんだろう! 何故彼等も止めないんだっ…!?」

 

 

見れば、モニターの向こうでゼロと夕呼にとって初見となる緑髪の女性――C.C.が言い合っている事に気づく。正確にはゼロが苛立ち混じりにC.C.に噛みつくが、サラリと躱されていると言った様子だ。

 

ゼロの見たことも無い困惑と苛立ちを目にし、まるで年相応の青年の様な振る舞いに夕呼は思わずクスリと小さく微笑んでいた。

 

 

「見ろ、香月博士もお前の痴態を目にして笑わずにはいられない様だぞ?」

 

 

突如として己に飛び火し、思わず慌てて弁解しようとする夕呼。

 

 

「いや、これはその――」

 

「――なっ、クッ…! こうなれば止むを得ん! 奴等に指示を出す! 香月博士、すまないが話はまた後だ」

 

 

しかし、優先事項を前にして一方的に通信を打ち切ったゼロがモニターから姿を消す。

 

一息ついた夕呼ではあるが、思い返ば『話は後だ』と言われており、それに関して様々な芳しくない想像を巡らせては、一人戦々恐々とする事となる。

 

 

 

 

 

《1998年9月22日 11時38分 超銀河ダイグレン 特殊格納区画》

 

時はゼロ発狂の直前に少し遡る。

 

超銀河ダイグレンはその広さから、数多の区画が存在している。

 

その内の一つ、特殊格納区画と名付けられた一帯にC.C.が『問題児』達と銘打ち、ゼロが発狂した原因となるメンバー達が秘かに集結していた。

 

そんなメンバーの内の一人、リディは主犯格である竜馬に対し、額に汗を浮かべながら諌めようとしていた。

 

 

「竜馬さん、これどう考えたってマズいって!」

 

「どうしたよリディ。今更になって怖気づいちまったのか?」

 

「今更って…! 最初からこんな事するって聞いてなかったんだよ、俺は!」

 

 

しかし、飄々とした表情で挑発する竜馬に、直ぐにリディは乗せられていた。

 

自身の胸中で、どうしてこうなったんだと自問自答を激しく繰り返すが、その返答は誰も返してくれる事はない。

 

 

「俺たちはただ、『暇なら着いて来い』と言っただけだ。来るかどうかはお前の自由意志だった筈だ」

 

「出張ライブで暴れんだ。メンバーは多い方が楽しいに決まってんだろうが」

 

 

悪気を微塵も見せない五飛とバサラに、謀られたと悟ったリディは奥歯を強く噛み締める。

可哀想な話ではあるが、竜馬・五飛・バサラという碌でも無い面子に誘われた時点でニュータイプとしての勘を働かせ、事前に断るべきだったと言えよう。

 

 

「だからって無断出撃して言い訳無いでしょ!?」

 

「やめとけミレーヌ。バサラに噛みついても無駄だ」

 

 

リディと同じくバサラに騙されてこの場に招集させられたミレーヌが吠えれば、彼らFire Bomberを纏めるリーダーであるレイ・ラブロックがやれやれと言わんばかりに諭す。

 

 

「ヘっ、待機命令を無視してここに居る時点で、俺達は全員共犯者ってヤツだ。だったら、暴れなきゃ損だろ」

 

「うぅ…お姉さまに怒られるのは嫌ですが、こうなっては仕方ありません! 地球でリフレッシュも必要なのです! ごめんなさい、お姉さま! ノノは一足先に努力と根性で地球の人達を助けに行きます!」

 

「くっ…! 分かったよ! 俺だってやってやるよ!」

 

 

同じく謀られたノノは、持ち前のポジティブさで気持ちを切り替える。ウジウジと文句を言い続けるのも良くないと理解したリディもヤケクソ気味に気合を込め、最終決戦に用いなかったデルタプラスへと乗り込む事に決めた。

 

 

「日本に危機が迫ってるのを見過ごすなんて良くないよな! な!? 行くぞ、レイ! ルナ!」

 

「無理に自己正当化しちゃって…」

 

「だが、俺達を余らせるのは見過ごせない問題だ。Z-BLUEの活動拠点となる日本の安全を確保しておく事にも異論は無い」

 

「……そう言って、レイも出撃したくてウズウズしてたんでしょ?」

 

「否定はしない」

 

 

五飛に謀られたザフトの赤服3人組だが、以前に出撃できなかった事に対して不満を述べていただけあり、なかなかどうしてやる気に満ち満ちている。

 

竜馬の『共犯者』という脅しが効いているのか、どうせならと覚悟を決めた者ばかりだ。

 

 

「バサラ。ガムリン大尉に声を掛けていない様だが、構わないのか?」

 

 

コクピットに飛び乗ったブレラは、Fire Bomberと良く行動を共にしているガムリンが居ない事を訝しんでいた。その通信内容に苦笑いを浮かべたバサラは、ファイアーバルキリーをバトロイド形態に移行しながら溜息交じりに返す。

 

 

「あいつを呼んだらチクられちまうかもしれねえだろ? 折角地球で俺達の歌を聞かせるチャンスが来たってのに、野暮な事はさせねえよ」

 

「そんな事言って、後でガムリン大尉に説教されるんじゃないのか?」

 

「屁でもねえな」

 

 

アルトの指摘に不敵な笑みを浮かべて受け流したバサラ。

 

 

「ったく、相変わらずだな。…腹決めて行くぞ、ブレラ!」

 

 

それを受けて、やる気はいつも以上だと理解したアルトは、まるで自分に言い聞かせる様な言葉でブレラに声を掛け、バサラ達に続いてバトロイド形態へと移行させた。

 

 

 

 

 

この日、帝国は改めて思い知る事となった。Z-BLUEが如何に常識外れかを。

 

この日、BETAは思い知った。Z-BLUEという史上最大の脅威を。

 

最初に異変を感じ取ったのは、国連宇宙軍の計器だ。謎の波形と計器異常を感知した宇宙軍だが、原因が何かを突き止める前に、『次元震』と呼ばれる振動を感知していた計器異常は収まっていた。

 

なんだったんだ、と誰が零したか。

 

急接近する物体に対して計器はけたたましく警報を発令。しかしそれは既に遅く、一連の原因となる異形――ビーストロン級と呼ばれるバスター軍団の一体は、宇宙軍の航宙駆逐艦を赤い眼で横目にしながら直ぐ傍を超スピードで通過し終える。肉眼でビーストロン級を確認し、眼と駆逐艦の搭乗員達の視線がすれ違い、1.5キロメートルにも及ぶ巨躯が見えなくなるまで僅か二秒にも満たない。余りの異常事態とビーストロン級の迫力に押され、艦の誰もが数秒動けなかった程の衝撃である。そのまた数分後、喧騒収まらぬ駆逐艦にZ-BLUE代表代理からの遅ればせながら取り繕われた事情説明にも衝撃を受けたのは余談だろう。

 

宇宙軍の混乱の数分後。佐渡島ハイヴの対応命令が下された関東絶対防衛線の衛士が新潟の県境に入った頃、上空に群がる赤く燃ゆる蠢く影を発見している。

 

空力加熱で発光する影が空中で散らばった時には既に、BETAにとっての悲劇が始まった事を意味していた。

 

 

「化け物共が! ぶっ殺してやる!」

 

 

物騒な文言を浴びせながら、激しい気流に忙しなくはためくマントを全身に纏い、布の隙間から拡散する様にマゼンタの光線を乱れ撃つ一際黒い影。

 

本土に上陸したBETAを一挙に葬り、その夥しい残骸を蹴散らす様にしながら最初に地に降り立ったのは、名は体を表すと言える黒き暴力――ブラックゲッターである。

 

突如として現れたブラックゲッターを目にし、その障害に向けて一目散に突撃し始めるBETA群。戦術機の倍近い巨体であろうとも、彼等の行動はただ一つ、突撃前進のみ。対するブラックゲッターは殺意に満ちた凶悪な目付きで眼下の『ゴミ』を一瞥。

 

足元へと一直線で走り来る突撃級へ狙いを定め、両手を前に構えて力を貯める。腹部が丸く割れると共に赤い光が溢れ出せば、初期照射である赤い光が前方へと伸びた。

 

 

「ゲッタァァァァァァァ――!」

 

 

ボクシングの防御を彷彿とさせる構えで力を篭めたブラックゲッターは、竜馬の叫びと共に力を存分に開放させる。

 

 

「ビィィィィィィィィィム!!」

 

 

最前列の突撃級へと直撃した赤き光線は左右のBETAも呑み込み、全てを吹き飛ばしながら直線状全ての敵を焼き払い、被弾した地面は溢れるエネルギーの逃げ場を求めて遅れる様に爆散。爆風を周囲に撒き散らしていく。

 

その圧倒的な光景を前にしても、思考能力の無いBETAはインベーダーとは違い、止まる事は無い。ゲッタービームの照射範囲から運よく逃れていた要塞級がブラックゲッターの突破を狙う。

 

 

「皆殺しにしてやるぜ!」

 

 

それを見逃す優しい人物がブラックゲッターの搭乗者である筈も無く。黒いマントを体に引き寄せ身体を覆い隠して跳躍。後方で上陸したばかりの光線属種の光線をジグザグの不規則な機動で避けつつ、両肩から飛び出した柄を勢いよく引き抜いたブラックゲッターは、直下の要塞級へと小振りのトマホークを投げ下ろす。

 

 

「うおおおりゃっ!」

 

 

前2本の脚の関節部を見事に両断したトマホークの間へ急降下し、左腕のゲッターレザーで切り付けながら着地したブラックゲッターは、真正面の要塞級へスパイクを展開した拳を打ち付け始めた。

 

右ストレート、左ストレート、右ストレート。スパイクで傷つき続ける要塞級にとって、これが戦術機ならば踏みつぶせば良いだけの話だ。しかし、その倍あるゲッターを脚で迎撃する事は叶わず、そもそも最前列の脚は間接から両断されていて立っているのもやっとという状態である。

 

苦し紛れに放った衝角はブラックゲッターの腹部に吸い込まれ――

 

 

「甘えんだよ」

 

 

左手で胴体への狙いを逸らされた挙句、恐ろしい力で衝角の根本を掴まれて最後の攻撃手段すら封じられてしまう。なんとか距離を取ろうと渾身の力で後ろに重心を掛け、距離を取ろうとすれどビクともしない。

 

 

「逃げてんじゃねえ! BETA野郎!」

 

 

それが癪に障ったのだろう、要塞級は衝角と尾節を繋げる触手を力任せに引きずりだされた挙句、ゲッターレザーで頭部諸共両断される事となる。

 

 

「ヘっ」

 

 

死した要塞級の残骸に満足したのか、見下し鼻で笑った竜馬。しかし、その直後に機体が小さく揺れを起こす。

 

竜馬が視線を動かせば、ブラックゲッターを狙って光線を放ったのだろう。要塞級の下から潜り出てきた個体が必死に光線を照射している。それだけでは無い。周囲には群がる様にしていた戦車級や要撃級までもがブラックゲッターに今にも襲いかかろうとしていた。

 

ああも派手に暴れたブラックゲッターが目立つのは当然であり、それをBETAが襲うのもまた当然だと言えるだろう。しかし、相手はゲッター。

 

BETAの持つ最恐の攻撃手段たる光線がブラックゲッターの表面を僅かに赤く光らせている程度で、ブラックゲッターに勝てる道理も無い。

 

 

「――それでビームのつもりか?」

 

 

足元で必死に光線を放つ光線級を鋭く睨みつけた竜馬は、素早く両腕を挙げてゲッターの腹部を展開。一秒と掛からず、直下の地面に解き放たれたゲッタービームは周囲一帯を薙ぎ払う様にして放たれ、次々に戦車級要撃級共に爆散の運命を辿っていく。

 

周囲一帯を焼き払った暴力装置は次なる獲物を探し、マントを纏い直して飛び立つのだった。

 

散々暴れていたブラックゲッターであるが、BETAに対して一番の被害を出している軍団は別に存在している。

 

問題児達が大気圏降下を行った際、周囲のデブリを利用してバルーンパラシュートとしての形状を形成。全員を空力加熱から守り抜き、その後に散開して一目散にBETAを襲い始めたのは、鉄の女ハマーン・カーンでさえ制御しきれない人物――

 

 

「行くのですバスター軍団! ノノも後からゴーゴゴーです!」

 

 

バスターマシン7号ことノノと、その指示を受けてBETA群に向けて強襲するバスター軍団である。

 

群れを形成し、海底を歩く非力なBETA群を変形突撃しながら強襲し続ける8機のザザゴラス級。

 

二本の黄色く太い触腕で地面の小型BETAを叩き潰しながら、蛇腹状の腹部先端から放つ赤いバスタービームで遠方のBETAや佐渡島ハイヴ周辺で群れるBETAを始め、地上構造物までもを直接破壊しに掛かっていく16機のツインテール級。

 

 

「人を襲う悪い奴等は叩き出します!」

 

 

そして彼らを統括するノノは、EVO-4に搭乗しての出撃である。本来の力であるバスターマシン7号としての修理は完全なのだが、如何せん地球での戦いには火力が凄まじすぎる故にその力は制限している。

 

今更あるとは思わないが、ドジな性格が散見されるノノの『やりすぎちゃった』で帝国の本土が二つに分かれたなどあってはならない。

 

戦術機よりも遥かに小さなEVO-4の火力は高いとは言えないが、BETAの小型種程度ならば十分相手取れるのだ。サスマタコレダーを振り回し、機関銃で戦車級を中心に排除していく。

 

そんな彼女でも、EVO-4の性能からして光線属種を相手取れば忽ち防戦一方になってしまうのは必須であり、気が抜ける状態では無い。だが、それはこの戦場でEVO-4が目立っていたらの仮定の話。

 

 

「そんな光線で俺のサウンドは止まらねえぜ!」

 

「コォォォォォォー!!」

 

 

こと戦場に於いて、この男より目立つというのはかなりの難易度を誇ると言われている。光線属種が大量に放つ光線を華麗に避けながら、上空を飛び回り戦場で『歌う』という奇行を行うロックバンド、Fire Bomber。

 

 

「BETAだかバアルだか知らねぇが、お前たちのハートに俺のサウンドを響かせてやる! NEW FRONTIER!」

 

 

そのボーカルである熱気バサラは、ドッキングしたサウンドブースターと地上構造物にありったけ打ち込んだスピーカーポッドを介して戦場に歌を響かせ始めた。

 

熱気バサラの歌はフォールドウェーブが次元力に干渉する事で、何らかの効果を作用させるという特異すぎる特性を持つ。その所為だろう、ファイヤーバルキリーを撃ち落とそうとしている光線属種ないし周辺のBETAの動きが徐々に鈍り始めたのは。

 

歌に惹かれて地上に出てきたBETAは攻撃を行うが、ギターを掻き鳴らしてサウンドを響かせる歌を聞けば聞くほど徐々に攻撃頻度が収まってきたのだ。だからと言って、他に何をするでもない。BETAは正しく戦いを止め、文字通り動きを止め始めていた。

 

 

「へっ、戦いが下らねえって理解出来るんじゃねえか」

 

 

攻撃行動を止めていくBETAを目にし、バサラは満面の笑みを浮かべる。バジュラはともかく多元世界で対峙した相手達を振り返り、歌を聞かせて明確に戦いを止めてくれた事自体、余り多くなかったというのが本音だ。そういった事を踏まえれば、バサラが『サウンドが心に響いた』と笑みを零すのも当然だろう。

 

実際には、BETAの動力源である次元力にバサラの歌が干渉し、変調を来している所為で動作不良になっているだけであり、それをバサラ本人は知る由も無いが。

 

 

「かぁぁぁぁーっ! 燃えてきたぜ! 今日は特別ライブだ! サブメンバーを紹介するぜ! 来い、お前ら!」

 

 

テンションを更に上げて叫んだ直後、特徴的な波長を発しながら遅れて大気圏突入を果たしたのは嘗て互いのすれ違いにより、Z-BLUEと幾度も交戦してしまった存在。

 

『無数の群にして巨大な個』という特性を持ったELSは、その一部がZ-BLUEへと参加する事で情報を共有しつつ、御使いとの戦いで幅広い戦局での協力関係を続けていた。そんな彼らが知った刺激的で新しいコミュニケーションこそ『歌』なのだ。

 

バサラの歌の特性上、バアルにダメージを与える事が可能であるが、それはバサラの放つ果てしない『存在しようとする力』を内包する生命の歌が『消滅しようとする力』の因子を超える事で発生する現象と言われている。

 

バアルでは無い所謂『普通の金属生命体』であるELSにとって、バサラの歌はダメージとなるどころか、気力を益々上げていく最高のコミュニケーションとして理解。Fire Bomberのスピーカー役として擬態する事でサブメンバーとしての参加をバサラからも認められているのだ。

 

戦場の上空を飛び回るFire Bomberと、小型ELSが複数融合して擬態するGN-X IVに擬態し、胸部や肩部装甲部分をサウンドスピーカー状に変形させたELSが複数参加している光景はカオスと言わざるを得ない。

 

だが地上と打って変わり、ハイヴ内ではいつもの戦闘光景を広げていた。

 

 

「シン! そっちのツインテール級を守って!」

 

「分かってる!」

 

 

ルナマリアの指示に即座に反応したシンは、ツインテール級に取りついている戦車級に向けて側頭部の機関砲である17.5mmのバルカンを発射する。

 

バスターマシンであるツインテール級が戦車級の噛みつきに太刀打ち出来ない訳では無いが、その数が如何せん多いのである。振り払う事も可能ではあるが、BETAの数の多さからしてキリが無いのだ。故に、そもそも近づけない様に注意を払えと指示されている。

 

だが、それでも圧倒的な数的有利を活かし、取りついてくるBETAは後を絶たない。力で勝負して勝てるBETAなど居ないが、戦車級はその小回りの効くサイズが厄介極まり無いのである。

 

フォローに回るデスティニーが鬱陶しいと睨んだのか、一体の戦車級がツインテール級を踏み台に、デスティニーへと強襲を掛けた。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

相手がシンで無ければ、コーディネーターで無ければ、Z-BLUEで無ければ。

 

戦車級の機転による反撃が通用する筈も無く、4メートルほどの小さな肉体は余りにも呆気なく右手で受け止められ、掌から発動したパルマフィオキーナにより爆散してしまう。爆散した戦車級を気にも留めないBETA群は、後続として次々にデスティニーに標的を定めて挑むも、その側に居るツインテール級の触腕に殴り殺されるのがオチであった。

 

前方のBETA群を高エネルギー長射程ビーム砲で一掃したシンは、通信で作戦の『要』となるレイ達へと繋げて情報共有を行う。

 

 

「レイ、そっちの様子はどうだ?」

 

「ばら撒くのにはもう少し時間が掛かりそうだ。退路を確保しておいてくれ」

 

「了解!」

 

 

その数分後、新潟の海岸線でBETAの上陸を食い止めていた関東絶対防衛線の帝国軍衛士達は、ふと佐渡島に聳え立つ地上構造物が見えなくなっていた事に気づいたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月24日 13時10分 仙台第二帝都城》

 

「先ずは佐渡島の反応炉を排除するのが先の筈だ!」

 

「それだけの余力がどこにあると言うのかね? 物事は順序立てて行うものだ」

 

「貴様らが配備していた筈の対馬防衛部隊が半壊したからこその事態だったろうに!」

 

「予測を超えたBETAの規模を相手に、常に十全に対応出来るとは思わないで頂きたいですな」

 

 

BETAの同時襲撃事件から二日が経過したこの日。国会では武官と文官が今まで以上に激しく対立していた。

 

とは言え、騒ぎ立てているのは専ら文官であり、武官側は幾らか落ち着いている様子だ。常日頃から反りの合わない武官と文官でああるが、この日の文官の騒ぎ様は度を超えている。

 

 

「此度のBETAの襲撃は、横浜の反応炉が既に破壊されているというのに何故発生したのだ!? 奴等はZ-BLUEを狙っているのではないのか!」

 

 

一人の文官の指摘により、他の文官もそうだそうだと机を手で叩いては喚き立てていく。

 

 

「それはBETAの思考回路を理解した上での指摘ですかな?」

 

 

それを受けた武官達からすれば失笑モノなのだが。

 

武官の反撃に喉に言葉が詰まってしまう文官達。

 

確かに、今回のBETAの襲撃に関しては幾らか疑問な点が多いのは明らかだ。二つのハイヴによる時間差の襲撃。反応炉の無い横浜ハイヴに向かう理由の無い筈のBETAが、帝都方面を目指したとすれば、それは横浜にあるZ-BLUEの巨大所有艦アークグレンを狙ったのでは無いかという指摘。

 

武官達もその言い分を理解出来ない訳では無い。だが、仮にも政治を司る文官達がこぞって大恩あるZ-BLUEに対し、批判を浴びせるというのは無礼極まりないと言う想いの方が勝る。

 

そもそも、武官達がどうしてこうまで落ち着いているのか。端的に説明すれば、『割り切った』という所が妥当な表現だろう。

 

何故ならば、佐渡島ハイヴの対応などまるで出来ていなかった軍部であるが、それを僅か2時間でZ-BLUEは鎮圧を果たしていたのだ。その後届いた衛星画像には、佐渡島に聳え立っていた筈の地上構造物が傾き崩れ、地中へと一部が埋まっている――そう、岩盤が崩れた様になったハイヴが映っていたのである。

 

それもその筈。竜馬と五飛はゼロから罵声混じりで受けた急造作戦により、『ハイヴの反応炉付近のみを生け捕りにする』という結果を残している。

 

バサラでBETAを地上に誘き寄せつつ、ハイヴ内にゼロが広報2課から大量に買い付けていた振動地雷をばら撒き、起動させると共に地上構造物の根本をツインテール級のバスタービームで破壊。最大出力の振動地雷で液状化して地盤が弱まったハイヴを、衝撃と地上構造物の自重で落盤させ、地中のBETAを全滅に追い込みつつ反応炉だけを鹵獲するという作戦だ。

 

非常に単純でありながら、Z-BLUEらしいぶっ飛んだ作戦と言えるだろう。

 

地中に生き埋めにされた以上、BETAであろうとも反応炉へと戻り次元力を補給出来なければ活動は停止せざるを得ない。一週間も経過した頃には、比較的安全に反応炉を鹵獲する事が可能となると予想されている。

 

ハイヴ奪還とは人類に於いて悲願に等しい筈だった。だが、Z-BLUEは余りにも呆気なく、僅か数時間でそれを達成しているというのだから驚愕せずには居られない。

 

それで居て、馴染みのZ-BLUE先遣隊は対馬の作戦に参加しており、全滅と予想されていた対馬の部隊が半壊で済んでいるのだ。頭が下がる思いである。

 

Z-BLUEの常識外れの戦力をまざまざと見せつけられている武官達にとって、国や部下達を幾度も救われている恩こそあれど、邪推で生まれた疑念だけを以てして罵るのは意に反していた。

 

ましてや、現在の国防の要としてZ-BLUEに頼っている現状ならば尚更だろう。

 

 

(彼等の情報によれば、BETAがZ-BLUEを狙ってるのは確かなんでしょうけど)

 

 

BETAに纏わる次元力の話を聞き知っている夕呼からすれば、強ち間違いでは無い文官の指摘だが、火に油を注ぐのは明らか故に口を挟まない。

 

皮張りの上質な椅子に腰を深く掛けて腕を組み、静観の姿勢を貫く夕呼。

 

その視線の端にあった入り口の扉が静かに開かれ、扉が閉じた音に意識が集まった所為だろう。いつの間にか喧騒は止んでいた。

 

何の用だと鋭い視線を浴びせる高級官僚達に向け、静寂を生み出した一人の情報将校は深く頭を下げ、議長の側へ足早に赴いては報告を行う。

 

用事を済ませた情報将校が退室して数秒。議長は厳かに口を開く。

 

 

「先程開かれた安保理により、帝国を後方国家と認定する動きが活発化しているそうだ」

 

「なんだと!? こちらにはまだ佐渡島の反応炉があるでは無いか!」

 

「冗談では無い! 前線国家を支援出来るだけの資源など、何処にあるというのだ!」

 

(ちッ、予想通りとは言え厄介な事に変わりは無いわね。後は頼んだわよ、ゼロ)

 

 

糾弾では無く、焦りという方面で更に騒ぎ立て始めた文官達を余所に、夕呼はこの事態を動かしてくれるであろう奇跡の男の事に意識を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月27日 17時40分 超銀河ダイグレン》

 

対馬及び佐渡島防衛戦から5日が経過した9月の末。今日も今日とて超銀河ダイグレンの内部では艦長会議が行われていた。

 

前半の議題は専ら、BETAに対する考察と情報共有。

 

 

「ではゼロ。そちらも報告をお願いしたい」

 

 

そして先日に行われた国際連合安全保障理事会の話題である。

 

 

「順序立てて説明しよう。先ず香月博士の推測により、24日の安全保障理事会で日本が後方国家に認定される恐れを事前に指摘して頂いた」

 

 

ゼロの言葉に各員が小さく頷く。

 

この世界では、人類が協力してBETAと戦わなければならないのは言うまでもないだろう。そこで、各国はBETAの侵攻を阻止する役割を持つ『前線国家』と、前線国家を中心とした人類全体への幅広い支援を行う事を義務付けられた『後方国家』が存在している。

 

後方国家の行わなければならない義務は、経済援助、軍事物資の安価提供、難民の受け入れの3つが主である。

 

しかしながら現在の帝国にとって、経済援助及び難民受け入れの2つが不可能なのだ。前者は言うまでもなく、国土を半壊させられた帝国が国防に力を入れなければならない現状、その様な他の国家へと援助出来る状態では無い。そして後者は政治的に苦しいのである。

 

帝国には謎の超軍事集団Z-BLUEが滞在している。租借地も有しているZ-BLUEを前にして難民の受け入れを公表すれば、各国は挙って帝国へと難民を移住させようとするだろう。難民の保護という治安的にも人道的にも経済的にも難しい難題はどの後方国家も避けたいのが本音である。加えて、難民に紛れて間諜を送る事も容易になるのは忘れてはならない事だ。

 

現在の租借地である横浜に、万が一難民と自称する人間が侵入しようとすればどうなるか。

 

それを易々と通すZ-BLUEでは無いのは帝国も理解している。だが問題は、帝国の管理不行き届きで帝国とZ-BLUEの関係に亀裂が生じる恐れが出てしまう事だ。

 

そもそも論を展開すれば、反応炉が生きている佐渡島から万が一、BETAの侵攻があった場合には難民の安全を確保しきれない事もある。

 

 

「今の日本に後方国家としての義務を果たせる余力が無いのはこちらでも把握していた。そこで帝国には、軍事物資の提供ノルマの増強、食料物資の援助及び緑化技術の提供、軍事派遣を義務とした上で暫定的に前線国家のままで居て貰う事を煌武院将軍へ提案する様に手は打っておいた。当然、反発も大きかったがな」

 

「どの国家ですか?」

 

 

ゼロの言葉に素早い反応を示したのはスメラギである。

 

帝国内では願っても無い状況である為、国内の反発は予想されない。ならばその反発とは、一部の諸外国を指すだろう事は容易に推測出来る。各国が独力で義務を果たしている中で、帝国だけがZ-BLUEの力を借りて義務を果たそうという状況もやっかまれている故に。

 

 

「米国では無いだろうな」

 

「いや、アフリカの一部国家とオーストラリアが主立っていた。後方国家としての義務に苦しみ喘いでいるからこそ、帝国の特別待遇は看過出来ないという事だろう。前線国家としてもBETAの脅威に晒される頻度が激減していると見做されている以上、決して賛同する事は無い状況だった」

 

 

オットーも推測を並べるが、安保理の場に設けられた特別席で見ていたゼロの記憶とは一致しない。眉間に皺を寄せて低く唸るオットー。

 

 

「佐渡島の反応炉が残っているとはいえ、ハイヴとしての機能は壊滅している。加えて、我々という存在もあって後方国家としての活動が行えない帝国の為、次の一手を指した」

 

「技術提供か」

 

「そうだ」

 

 

F.S.の反応にゼロは一つ頷く。

 

ゼロが安保理で出した提案とは、各国にZ-BLUEの技術を提供する事である。

 

Z-BLUEの圧倒的な軍事技術。それを欲っさない国家があるだろうか。その場の議題は直ぐ様、提供する技術の分配へと移る。一挙に騒ぎ立てたのは後方国家だ。前線国家が手厚く技術提供をされる事は自明の理である。となれば、現在の前線国家と後方国家で特許や戦後の技術に大きな格差が生まれる可能性は非常に高い。

 

 

「そこで米国が先進戦術機技術開発計画の参加を我々に提案したのですね」

 

「96年に提唱された米国とソ連主導による世界各国が情報交換や技術協力を行い、より強力な戦術機を開発する計画と聞きますが…どの様な立場での参加を考えているのですか?」

 

「派遣する人員はそう多く予定していない。飽く迄主体的なのは国連というスタンスだ。我々はアドバイザーという事だろう」

 

「また米国か!」

 

 

クレアの補足に頷きつつ、ゼロはテッサの言葉に的確に返答する。

 

先進戦術機技術開発計画の立案自体は96年であり、それを既に耳にしていたゼロは技術公開を米国の国連大使へ視線を送りながら行っていた。この流れはゼロの予測通りであるが、『米国』というキーワードはどうにもオットーの気を荒げさせる。

 

前線に出ていた物として、米国が管理している国連宇宙軍によるG弾投下に一番怒りを露わにしていたのはオットーであった。加えて篁唯依の来訪時、数多くの衛士がハイヴ内に残されたまま、背後でG弾の爆発を目にして震える唯依を直接目にしていたのもあるのだろう。

 

少なくない部下と己の家庭を抱え持つオットーにとって、多くの衛士を巻き込みその家族や仲間を悲しませる原因を身勝手にも作った米国への悪感情は強く残っている。

 

 

「オットー艦長。腹立たしいのは私も同じだ。しかし米国には利用価値がある」

 

「分かっている! ……感情的になってすまなかった」

 

 

怒りを押し込め、感情的になった事を謝罪するオットー。

 

一連の様子をモニター越しに見ている夕呼からして、オットーの怒りは何処か超然的なZ-BLUEのスタンスからは連想し辛い人情深さを垣間見せ、Z-BLUEという存在の本質を一人、再確認させられていたりする。

 

 

「しかし、我々も戦っていた戦地へG弾を落とした米国が国連主導で協力を持ちかけるとはな」

 

「彼の国家は早くもBETA戦後の事を見据えているだなんて情報もチラホラと聞きますし、多少はそういう姿勢も見せておこう…という事かもしれませんね」

 

 

国連主導とはつまり、米国主導にも等しい。競争原理の導入で各国の戦術機開発を促進する一方、国際的に協力しあう体制だと示した米国。唯一、BETA大戦後の事に注視している米国が戦術機よりもG弾という大量破壊兵器を重要視しているのも、偏に国力温存の為なのだ。

 

現状をただ一人見ていない国家が国際的な協力を謳うほど、白々しい事は無いだろう。

 

ブライトの皮肉に合わせ、田中司令が呆れた様に苦笑を零す。

 

 

「だが、これは好機とも言えるだろう」

 

「BETAとの戦いは彼等にも尽力して貰わねばならない。世界全体の技術力が向上するのは素直に喜ぶとしよう」

 

 

F.S.とジェフリーが締めくくろうとするが、その意図に反してゼロは言葉を続ける。

 

 

「最後になるが、反応炉から抽出可能なODLを彼らの要求する資源と独自のレートで取引する事も提案した」

 

 

その爆弾発言に、事前に聞かされていない一部の者達は凍り付く事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ひッ…!? やめてッ! やめてよぉぉ……! いやっ、いやああぁぁぁッ!!」

 

 

人類に敵対的な地球外起源種、BETA。それが『人』という種族に注目したのはいつからか。その答えとなる正確な解答を人類は得ておらず、そしてこの少女、鑑純夏もまた知る所では無い。

 

捕虜として兵士級に連れてこられた僅かばかりの人間は等しく、絶望・恐怖という感情に全てを支配される。地球外生命種の行動原理など知る由も無い純夏は、触手と思わしきBETAの感覚器官に身体の隅々まで調べられる様に蹂躙されていた。

 

 

「いやだッ! やめてぇッ、タケルちゃん! 助けて、助けてぇぇッ! いやだよぉぉ…!」

 

 

これが痛みであれば。瞬間的に死を齎すのならどれだけマシか。

 

痛みとは真逆の感覚、『快感』をただ只管本人の意図に一切配慮せず与えられ続けた純夏にとって、最も抗い難い屈辱だった。

 

羞恥心を覚え、愛すべき人の為に貞淑でありたいと思う乙女心など理解しないBETAにとって、鑑純夏を始めとした捕虜とは実験動物に等しいのだろう。

 

 

「いやぁぁ…あッ、いやッ、もうやめてぇぇ…! あがッ、あああッ! あぐううううッッ――!」

 

 

体内に繋がる部位の全てが細い触手に接続され、神経を通して直接快感を送られていく。身体を捩れど抗える事など不可能であり、恐怖と絶望の慟哭は次第に艶を帯び始めた。

 

快感に明確に反応を示し始めた純夏。それを学習するBETAの手が休まる事は無く、次第に激化していく。

 

余りの果てしない長時間の快感に発作を起こし、心臓が止まった純夏。

 

正しく地獄とはこうなのだろう。無理矢理にも蘇生され、死というこの地獄の『終わり』すら奪われた純夏は、真に終わりの無い拷問に精神を食い荒らされ、ただ与えられた感覚に流され続けていく。

 

強い感覚に押し流され、大切だった全てを踏み荒す様に純粋な快感が塗りつぶす。快感を与えるだけならばと、BETAは無情にも純夏の四肢を始め、生命活動に不必要と判断した部分を綺麗に削ぎ落とし始めた。

 

それでも、そこに痛みなど微塵も介在せず、あるのは僅かばかりの恐怖と、人で無くなろうとする自身のアイデンティティの喪失による精神的ダメージ。縋りたい記憶を失い、喪失感すら抜け落ち、諦観に飲まれたが最後。残るは絶望の今を甘美だと認識する精神の防御反応――そして崩壊。

 

快感の波が激しく押し寄せる度、時間が掛かれば掛かるほど、純夏の手から零れ落ちていく。

 

日常。思い出。友達。大切な人のぬくもり。その顔や好きだった表情までも。

 

 

(――あ……タ……ケ…ルちゃ………)

 

 

思考のほぼ全てを奪われ、最後に残ったその名。音に出して発する器官を失って尚、最後まで覚えていた大切な存在。その名を呟いた理由に思考プロセスなど残っている筈も無い純夏が、云わば本能で口にした固有名詞。

 

既に願いを口に出来る身体で無くなり、そういった思考回路すら奪われた者の心が崩壊する寸前。

 

 

「…………」

 

 

ふと、BETAによる凌辱は終わりを迎えていた。

 

全ての感覚器官を奪われた純夏は無の世界で一人、あれだけ快感に蹂躙されて騒がしかったのが嘘の様な静けさの中、漂う様にして時を過ごす。

 

時間感覚など既に失っているが、静寂の中で一人純夏は呟いた。

 

 

「…タ…ケル……ちゃん……タケル…ちゃ……」

 

 

BETAの凌辱の無い暗黒の感覚世界。悲嘆に暮れるよりも何もよりも、一番最初に純夏が行った事は、言葉の意味を思い出したという事。

 

タケルちゃんとは、誰で、どういった人で、自分にとってどういう存在か。

 

 

(…タケルちゃん、会いたいよ……)

 

 

失い欠けていたモノを、少しづつ着実に芋蔓式で取り戻し始めた純夏に突如として『ある記憶』が流れ込み始める。

 

 

(――なんだろう……以前にも、こんな事があった気が……)

 

 

自身の身に降りかかった口にするのも震える程の悲劇。それに言い知れぬ『既視感』をどこか覚えた純夏。

 

きっかけとは些細なもので、それが引き金となり様々な事柄が頭の中に流れ込んで来る。

 

 

(その後、00ユニットになって、タケルちゃんを傷つけて……それでも、受け入れてくれて……あれ、なんで――)

 

 

未来にも等しい、だが確かに『体験した』様な記憶。純夏達の囚われているハイヴ、その上空で二発のG弾が起爆している正にその時の事であった。

 

困惑する純夏はただ、暗闇の世界で外界の全てから自身を守らんと蹲る様に手足を縮こめる。

 

タケルちゃんの受け入れてくれた世界。そこで見た元の世界の記憶を見た事。別の世界で大けがをした事。

 

只でさえBETAに思考能力を奪われていた純夏に整理するだけの思考能力は戻っておらず、理解の追い付かない全てに嫌気が差していた。

 

幾ら思考を手放そうとしても、時間や本能が無意識的に解決する事は往々にしてある。様々な記憶を『まるで一度既に経験した事の様に』取り戻した純夏は、現在の人格を基に記憶を統合。暗闇の世界で一人、『またタケルちゃんに会いたい』という思いだけを頼りに微かな生命力を紡いでいた。

 

(会いたい…会いたいよ、タケルちゃん……)

 

只管にそれだけを呟く。だが暫くして、ふと何かを感じる事に純夏は気付く。

 

取り除かれてしまった心臓にも、唯一残された脳にも存在しない機関、心。

 

人を形成するその最重要部分へ、何かが温かく訴えかけているのだ。五感を失っている純夏にとって、耳と言う感覚器官を介さずとも伝わる温かさ――嘗て耳にしていた人の文化の一つ。

 

 

(――歌……?)

 

 

それに耳を向けたからこそ、気付いたのだろう。

 

全ての外界の刺激を拒んでいた純夏には、歌とは別に『声』が微かに聞こえ始める。

 

 

「――こえ………か……」

 

「…………タケルちゃん?」

 

 

蹲ったままの体勢だった純夏は、反射的に一番会いたい人の名を口にする。だが、次第に明瞭になっていく声は最愛のソレとは違い、酷く落ち着いたものだった。

 

 

「すまないが僕はタケルでは無い。だが、声は聞こえている様だな」

 

 

その声に戸惑いを見せる純夏。当然だろう。BETAの凌辱が無くなったと思えば、違う自分の記憶が流入し、最後に己の『意識』の中に他人が入ってきているのだ。

 

蹲った体勢のまま、顔だけを上げて戸惑う純夏の前で、夕呼よりも落ち着いた色合いの紫髪が特徴的な青年は、冷静さの塊とも取れる表情で純夏を静かに見つめていた。

 

少しの時間が経過しただろうか、落ち着きを取り戻してきた純夏を視線の揺れ方で判断した青年は徐に口を開いた。

 

 

「早速だが今の君の状況を説明しよう。君の肉体がBETAによって脳髄だけの肉体にされてから約二カ月が経過している」

 

 

BETAに身体と精神を蹂躙された期間が二カ月。一瞬だけ、『以前は』一年ほどだった様なと想起するも、そんな事より二カ月なのだ。

 

それだけの長い期間、昼夜問わず休み無く凌辱されていた事で、身体に震えが走る。

 

 

「生き残りは君しか居なかった。その間、何があったのか教えてほしい」

 

 

何があったのか。それを見ていない青年にとっては仕方ない事だが、純夏にとってその発言は余りにも無遠慮で残酷過ぎた。

 

 

「――あ、あああぁぁぁぁぁッッッ!!??」

 

 

100人余りの捕虜。連れていかれ、泣き叫ぶ者達。素手でBETAに立ち向かい、無残にも食い殺される最愛の人。

 

取り戻した思考能力が、純夏の意志とは裏腹に鮮烈な地獄を次から次へと呼び起こし、それが純夏の心を軋ませる。

 

 

「落ち着くんだ鑑純夏。今の君はBETAに囚われていない」

 

「いやああッ、いやああああぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

 

青年の声から耳を塞ぐ様に体を強張らせて蹲り、悲鳴を挙げる純夏。埒が明かないと判断した青年は、一つの言葉を口にした。

 

 

「憎しみを超える為に愛する心がある、絶望に立ち向かうから希望が生まれる」

 

「――ううぅぅぅッ…、ううっ……」

 

 

嗚咽を漏らす純夏だが、その感情は少しづつ落ち着きを取り戻し始めている。唐突な言葉に困惑したのもあるが、その言葉の意味をなんとなくで理解したからかもしれない。

 

 

「僕たちの仲間、タケルという男の言葉だ」

 

「え……」

 

 

『タケル』というワードに、打たれた様に顔を上げた純夏。青年が口にした人物名は奇しくも、純夏が最後まで手放すことの無かった人の名である。

 

正確には、発言者はギシン星出身の『明神タケル』であり、純夏の求める『白銀武』とは出自も顔も名前も全然違うのだが。

 

 

 

「タケルちゃん…?」

 

 

譫言の様に小さくその名を呟く純夏の中に、タケルちゃんはそんな事言ってたかなという疑問が浮かびはするが、それでも青年の話を聞く姿勢には自然となっていた。

 

只の同名の人物だという偶然はあれど、落ち着きを取り戻した好機を見逃す青年では無い。

 

 

「先に謝っておく事がある。僕は脳量子波を通して君と対話している。先ほど君が取り乱した時、君が経験した事を僕も見てしまった。不可抗力とは言え、謝罪させてほしい」

 

 

その言葉と共に頭を下げる青年。対して純夏はその青年に対し、困惑を隠せないで居た。

 

壮絶な光景である筈のソレを垣間見て尚、感情の発露を殆ど見せないままに謝罪したのだ。同情して眉根を寄せる事も、慰めの言葉がある訳でもない。

 

何故あの光景を見た上で表層だけでも平然としていられるのか。その疑問を口にする事も無く、また青年がその疑問に答える事も無かった。

 

 

「君がBETAを憎み、絶望した事を僕は知った。その上で聞きたい。君の希望は何だ?」

 

「希望……」

 

「そうだ」

 

 

優しく促す様に問う青年。本人自らが願う『生きたい』という想いを強く呼び起こす必要があるからこそ、畳みかける様にして純夏の望みを聞きだす。

 

純夏の望みは、既に決まっていた。

 

 

「……タケルちゃんに、会いたい」

 

 

目の前の少女が何度も口にする名前から察して、とても大事な相手だろうというのは把握している。

 

鑑純夏が唯一二カ月もの間、ODLの中で脳髄という状態で生きながらえた理由として、とてつもなく強い生存願望が次元力を発動させたという見解はZ-BLUEの公式的なものとされており、青年もそれを把握済みだ。

 

 

「その彼に会うのが、君の希望か」

 

 

もう一度、強く願わせる為に再び問いながら青年は手を差し出す。

 

涙を流しながら、それでも溢れる思いを止められないのだろう。

 

 

「――っ、会いたい…! タケルちゃんに会いたい!」

 

 

決意を固めた掌が、青年の手を掴んだ瞬間。暗闇だった世界が一瞬にして移動させられる様な感覚の襲来と同時に意識が途切れた。

 

 

 

 

 

再び失っていた意識が浮上する感覚を受けつつ、純夏はゆっくりと瞼を明ける。

 

二カ月ぶりに視野という情報収集分野を行使したからか、寝起きの時の様に視界がハッキリとしない。だが、それでも色や光の強さを確実に認識出来ている辺り、確実に『目』という感覚器官が存在する事は自認出来ていた。加えて、指を動かせば下に敷かれているのであろう、シーツの感覚も朧気ながらに理解出来る。

 

徐々に鮮明になっていく視界が捉えたのは、自身を収容しているカプセル型の何か。知識量の多い純夏ではないが、何かしらの治療器具だという事ぐらいは察する程度の教養くらい持っている。また、その向こう側に移る天井は白く、病院の様な印象を与えていた。

 

とは言え、『前の世界』で見た横浜基地でこの様な場所に見覚えは無い。

 

整理の付かない思考ながら、睡眠装置のハッチを内側から押し上げ様と試みるが、上手く身体が動かずに上体を起こす事すら碌に出来ないでいた。もどかしくも上体をなんとか起こそうとすれば、ハッチの向こう側にどこか見覚えのある青年が現れ、視線が交差する。

 

 

「~~~~~~」

 

(…………あれ?)

 

 

口が動いている青年だが、耳を通して聞こえる音は言語として拾ってくれはせず、理解が出来ない。

 

どうしてと表情を歪める純夏だが、即座にその答えが返ってきた。

 

 

――視角とは違い、まだ聴覚の機能を完全にコントロール出来ていない様だ――

 

 

「…っ」

 

 

脳に直接声が響くなどと言う、通常では考えられない体験に硬直する。良く見れば、先ほどまで意識の内側で話していた青年が立って居り、先ほどは気付かなかっただけなのだろうか、驚くべき事にその虹彩は金色に輝いていた。

 

 

――君も僕と同じ能力を持つというのは説明したと思う。五感を自由にコントロール出来る様になるまでは、脳量子波を通じて話すと良い――

 

――脳量子波って、なんですか…?――

 

 

戸惑いながらも、自然と脳量子波での会話しているのは流石と言うべきか、将又嘗てリーディングやプロジェクションと言った能力を行使していた00ユニットだった時の記憶が流入している故か。

 

本来、人見知りな気質も持ち合わせる純夏は恐る恐るといった感じで疑問を投げかける。

 

 

――それにはまず、君の肉体についての説明から入ろう――

 

 

前置きの後に純夏が知らされた事実は驚くべき、というよりどう受け取って良いか分からないというのが本音であった。

 

鑑純夏の細胞から塩基配列を読み取り、医療用ナノマシンで強化処置を施した上でクローン技術により肉体を復元。自身の脳髄にある意識を新しい肉体へ移す為に脳器官を改造し、脳量子波が使える肉体という前提条件のもと、与えられた特別権限により意識体をヴェーダ端末へリンクさせて新たな肉体へ意識を移動させるという方法を取った等の説明を受けている。

 

しかし、専門用語が散見される青年の説明に純夏が完全に理解仕切っている訳では無く、『ちょっと特殊な新らしい肉体に生まれ変わった』という事だけを掴めていた。

 

青年の説明はまだ終わらない。

 

純夏の心情を考慮しきれていない青年は、現在の世界情勢や自分たちの居る場所についての説明を詳しく行うが、そもそも純夏は知識的に見て一般的な少女である。専門性の高い詳しい話についていける筈も無く、理解出来る単語が出ては虫食いながら理解しようとし、知らぬ単語が出てくるたびに疑問符を浮かべていた。

 

 

――この話は他の者ともするだろう。またその時にでも理解すれば良い――

 

――は、はい…ごめんなさい――

 

 

配慮なのか、諦観なのか。

 

冷静な表情を崩さない青年の言葉はどちらにも取れるが故に、純夏は少しばかり落ち込みを見せてしまう。

 

些細な事で気落ちし精神の不安定さを見せる純夏を前に、青年も僅かに難しそうにする。そもそも、Z-BLUEの強きメンタルを持つ面々と普通の少女である純夏を比べてはいけない。

 

話題に困った青年は、思い切って別の話を振る作戦に変更する。

 

 

――君の会いたいと言っていた『タケル』という人物。可能ならば調べよう――

 

 

その提案に少しばかり動揺を見せた純夏は、しかしながら弱弱しく顔を背ける様にして断る姿勢を見せた。いや、純夏としては『そうせざるを得ない』心情という方が正しいだろう。

 

 

――なるほど。君の気持ちも分かる。だが、僕たちは君や君の大切な人に危害を加える事は無いだろう――

 

 

大切な人を見知らぬ存在に教える訳にはいかないという事か、と違った解釈をした青年はそれについて安心を促そうとするが、少しズレているのがこの青年らしいと言えばそうだろう。

 

 

――あの、違うんです…わたしがあんな目に合って、人間じゃなくなって…それでもタケルちゃんなら受け入れてくれるって信じてる…でも、やっぱり怖いんです――

 

 

自分が自分じゃなくなって、大切な人が受け入れてくれると信じれない。そう弱音を零す純夏。

 

その悲しげな表情を金に輝く虹彩を通して見る青年は、慣れていないフォローという名の援護に内心四苦八苦していた。

 

 

――君が何故そう思うのかは分からないが、君は人間だ――

 

――え……――

 

 

青年の発言の意図を掴めない純夏に、青年は自身の経験から話をしていく。

 

 

――僕は以前、仲間を助ける為に自爆を試みた事がある。ヴェーダに意識をバックアップしていた僕は、予備の肉体に意識を移し替えて再びこの部隊に参加している。肉体がどうあろうと、心が人間であるならば重要では無いと考えている――

 

 

純夏は貞淑であろうとした事に於いて悩んでいる比重を置いているのに比べ、青年の話は肉体そのものの出自や在り方についての理論を展開し、見事にすれ違っていた。

 

これは仕方がない話と言えばそうなのだ。

 

青年は戦闘用のイノベイドという特性上、男性でも女性でも無い謂わば中性の存在。故に恋愛を経験した事もなければ、貞操と言った理屈が概念的に身近では無いという経緯がある故だろう。

 

純夏がBETAになにをされたのか。その極僅かな一部を脳量子波を通して見た青年にとって、それは性的に辱められたというより、尊厳を踏みにじられた屈辱という認識の方が強かったのも一因と言えた。

 

余談だが、予備の肉体があるからと言って自爆を行うのは普通の人間にとっては大事であり、後にスメラギにも呆れ半分で怒られているのだが、この発言から青年にはあまり効果が無かった事が窺い知れる。

 

心配するなと遠回しに伝えようとするが、その目論見が外れたと青年が悟ったのは、純夏の目が急激に潤んだ時あった。

 

 

――それでもっ、タケルちゃんはもう…あいつらに、BETAに――ッ!――

 

 

絞り出す様な負の思いを受け、悟った青年も悲し気に目を伏せる。そしてゆっくりと、言葉を脳量子波に乗せた。

 

 

――僕にも覚えがある――

 

 

その言葉に、涙を頬伝いに零していた純夏は瞬きで涙粒を取り除きながらも青年を見やる。

 

物憂げな表情をする青年の言葉に、気付けば静かに耳を傾けていた。

 

 

――僕も嘗て、大切な存在を失った。今はその人の双子の弟が合流しているが、最初は別人だと認識していた。だからこそ、初めは僕の中に葛藤や反発があった――

 

 

青年の話に、純夏は思うところが無いとは言えなかった。

 

記憶の中の前の世界で、BETAに凌辱された純夏が00ユニットとして復活した際、食い殺された武では無い別の武と出会ったが、それでも自身の全てを受け入れてくれた上で愛してくれたのだ。

 

青年と純夏は、互いに大切な人を失った上でその人に非常に近似した人と接触し、距離の保ち方に悩んだ事があるという共通点があるのは確かである。

 

とはいえ、純夏は恋人なのに対し青年の方は自身の指針を作る大きなきっかけになった存在。純夏がサラっと、『双子の弟』というワードを聞き流していなければ、また別の謎が純夏を襲っていたのは杞憂か幸運か。

 

何はともあれ純夏は青年の言葉で『タケルちゃんは、自分がどうなっても受け入れてくれた』という大切な事を思い出す事が出来ていた。そうなれば、あふれる感情は止まる所を知らない。

 

嗚咽を漏らしながら最愛の人への思いを胸に大粒の涙を流していた。

 

 

――…少し席を外そう。落ち着いた頃にまた顔を出す。遅かれ早かれ、君の今後を決めなくてはならない――

 

 

出来るだけ優しい声色を出しながら、人の身を取り戻した直後で凄惨な思い出もある事から、感情の整理が未だ付かないのだろうと把握。青年は、最後まで名乗らないまま静かに退室していった。

 

一人、静かな部屋の中。純夏は思いを巡らせる事しか出来ない。

 

 

(タケルちゃん…もう、会えないのかな…)

 

 

そう考えれば、急に胸の中が空っぽになった気がして。

 

 

(わたし、忘れないから。タケルちゃんの事…絶対)

 

 

強がりはするものの、半身だと思わずにはいられない程の相手を失った喪失感は大きく。

 

 

(…………やっぱり、嫌だよ…タケルちゃんにもう会えないなんて、嫌だよぉ…っ!)

 

 

気丈に振る舞った考えをしたのも束の間。

 

 

(タケルちゃんの居ない世界なんて…タケルちゃんが居ないなんて…!)

 

 

どれだけ嘆いても、茶化した発言も、いつものお道化た声も、いざという時に出してくれる優しい声も聞こえては来ない。

 

 

(……タケルちゃん、会いたいよ……)

 

 

静かに涙を流し続ける少女の姿を外界から守る様に遮断する部屋の中、フォークソング風に比較的落ち着いた曲調でアレンジされたFire Bomberの曲が、戻り始めていた純夏の聴覚を通して涙に濡れる少女の心を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全員の戦闘の話を出したかったのですが、余りの文字数と戦闘シーンが長くなりすぎると判断した為、一部カットしています。

また別の場所の戦闘では積極的にスポットライトを当てていく予定なのでご理解下さい。

PS:嘗て主人公よりヒロインの方が先に復活するマブラヴSSがあっただろうか…

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