to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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ずっと前に出来ていたのですが、見せ場も無く、話も大きく進まずツマラない為、次話とほぼ同時に投稿しようとしていました。

しかし、要望があった為に投稿させて頂きます( ゚д゚ )

論文の練習の為に文章の簡略化が癖になっており、小説としての腕がかなり落ちていますので、表現の部分になにかありましたらいつでもお申し付け下さいm(__)m


第三章 (2)

《1998年9月10日 11時00分 仙台第二帝都 司令室》

 

 

日本帝国の首脳部が集い、危機に晒されてしまった帝都の代わりとして機能している仙台第二帝都。その司令室に己が顔を出す時、普段とは打って変わり場の雰囲気が鋭さを増してしまう事を悠陽は常々痛感している。

 

政威大将軍という悠陽を己足ら占める肩書の存在だけでは無い。武官の一員として帝国議会に出席している副司令とその部下達が、悠陽と度々同行している夕呼を毛嫌いしているというのも大きいのだろう。夕呼は帝国の人間でありながら、国連軍に席を置いている。グローバルである国連では一般的に、年齢や人種・性別を問わず優秀な者を評価する傾向があるのだが、帝国で開かれる学会では必ずしもそうとは言えないのが現状だ。

 

そういった性質を夕呼が疎ましく思っているのは誰もが認知しており、それ故か帝国軍や議会が夕呼に向ける視線は冷たい。それは最早、夕呼がどこの所属になろうとも変わらない確執と言えるのだろう。

 

悠陽は夕呼に信頼を置いており、最近では閣僚や軍部を差し置いてZ-BLUEとの良好な関係が度々確認されている事も高級官僚達が眉根を寄せる原因だ。その活躍が外野の耳に入る度、夕呼との溝は深まってしまうばかりである。

 

大人の確執を会話や気配りで配慮している少女が居るという事を真に理解している大人は、この場で言えば基地司令と渦中の夕呼くらいか。

 

 

「香月博士、そろそろ時間では無いかな?」

 

「Z-BLUEから事前に通信がある筈です司令」

 

「フン、随分と待たせてくれるでは無いか」

 

 

腕の円盤で音を鳴らして動く針から視線を上げた基地司令と夕呼の遣り取りに、ヤジを飛ばす副司令の構図を横目にし、悠陽は口内で音もなく溜息を吐く。

 

この場で悠陽だけが夕呼から事前に知らされている情報。Z-BLUEから基地建設の為に寄越される常識外の大型輸送艦と、作業員の半分近くが『人間』という種族では無いという。

 

許可は既に出しているが、話に聞くだけではイマイチ実感が持てず、文面だけでは理解し辛い内容である。後にお忍びで視察をする予定ではあるが、実態の掴めない種族を国土に踏み入れさせる抵抗は悠陽にも当然あり、Z-BLUEへの信頼に物を言わせてどうにか押し進めた案件である。

 

ここで手を返されようものなら、悠陽の信頼どころか帝国の存亡の危機までもを想起し、直前まで許可を出すべきかと唸り悩んでいたのだ。少女の表情は普段よりも幾段と堅い。

 

 

「こちらZ-BLUE、ブライト・ノア大佐です。『輸送艦』の方の準備は完了しています」

 

「ありがとうございます。殿下、許可を」

 

「分かりました。許可します」

 

 

ブライトから掛かってきた通信に夕呼自らが応答し、許可を求められた悠陽は首を縦に振る。大型輸送艦は一度、日本領空ギリギリに位置する太平洋上空に跳躍し、入国するという手順を取ると事前に決まっていた。

 

説明に出てきた『跳躍』という単語が何を指し示すのかと疑問に思っていた悠陽。その疑問は、夕呼の視線が注がれているモニターへと同じく視線を向けた直後、その常軌を逸した光景に嫌でも理解させられる事となる。

 

 

「なっ!?」

 

「ッ…!」

 

「っ、なるほど。聞いては居たけど大迫力ね」

 

「アークグレン、跳躍に成功した様です」

 

 

夕呼の呟きやモニターの向こう側から淡々と報告を挙げるブライトの声が脳に正しく筈も無い。一瞬で思考が停止していた悠陽は只々信じがたい光景を目にし、茫然とした表情の裏側で冷静に現状をゆっくりと丁寧に噛み砕き、己の目にした『謎現象』は溶けて染み渡る雪の様に崩れながら浸透する様に理解していく。

 

悠陽が見たものとは、即ちこうだ。

 

そこは太平洋上空。青い海に青い空しか映っていないどこにでもある空間。その空間が何の前触れも無く、瞬間的に発光したのだ。そこからは刹那的に事態が変化している。

 

認知できているか分からない程の速さで光が内側から蹴破られる様に弾け、鼠色の尖った先端が渦巻く光から飛び出す。見る見る内に鼠色は大きさを増し、勢い良く飛び出した超巨大な宇宙船が映像に収まりきる事は無かった。

 

 

「なッ、なんて大きさだ…!」

 

「全長5キロメートルとの事です、副司令」

 

「なんだと!?」

 

 

この司令室で各員が驚愕の様相を見せるのは、最初にZ-BLUEと接触した時も同じである。だが、今回のインパクトはそれを遥かに容易く上回っただろう。

 

この世界の技術力で宇宙戦艦を作る事は不可能では無い。『作るだけ』ならば。

 

戦艦を重力圏内で空中浮遊させようと思えば、最速の計算をしても何十年分もの技術力が不足していると言わざるを得ない。しかしながら『戦艦を空中へ浮遊させる』という技術だけを取ってみれば、将来的に見て、決して届かないレベルのものでは無いだろうと肯定的に推測するのがこの世界の技術者及び学者の見解である。

 

では、今回の問題である『跳躍』に焦点を当てよう。

 

この世界で言えばSF小説や夢想家の脳内――所謂、空想の世界にしか存在しない概念『時空間跳躍』であり、アークグレンでのシステム名は螺旋界認識転移システムと呼ばれるソレを見せつけられた者達は、如何に優秀な部下達と言えども私語を慎む事など叶わず、余りの衝撃に目を白黒させながら立ち上がる者も居た。

 

ファンタジーだと揶揄されるであろう分野に存在している筈の現象を実際に目撃した者達は、Z-BLUEが往々にして所持しているトンデモ科学力の一端に思考が停止し、恐れを成す事さえ忘れている始末。

 

そんな中で悠陽は一人、自身の選択に戸惑う事無く『選択した先』を見据え、未だに姦しく騒ぎ立てる部下を横目に、政威大将軍として次の職務に移ろうと切り替え、踵を翻していた。

 

 

 

 

 

「地上部隊はハイヴ周囲の警戒。許可が無い奴は誰も通すんじゃないよ! 量産型ボン太くんも総動員させておやり。レドとチェインバーは予定通り頼むよ。研究班も引き締めていきな!」

 

「「「了解!」」」

 

 

アークグレンの転移から1時間ほど経過した頃。トライアの出す指示により、横浜ハイヴ上に固定されたアークグレンからZ-BLUEが一斉に動き出していた。

 

巨大輸送艦から降下した地上部隊は小隊としての隊列を維持しながら全方位に展開していく。研究班のMSを引率する様に降下してきた8メートルほどの機体であるチェインバーは、地球の重力を感じさせない独特な機動で地表に剥き出しだった主縦抗の中を降下し始めていた。

 

 

「チェインバー、捕虜の居場所は何処だ」

 

「データを照合…目標地点の座標を表示」

 

「直行しろ。研究班、離れるな」

 

 

チェインバーに指示を出すレドは研究班を連れ、ハイヴ内を迷いなく進んでいく。

 

たった数日前まではBETAが無数に跋扈していたのだろう巣窟は薄暗く、Z-BLUEの機体の中でも比較的小さめなチェインバーにはかなり広く感じられる。だが息が詰まりそうな程に物々しい雰囲気を漂わせるハイヴ内の中で、レドは少しばかり眉根に力を篭め、周囲の警戒を隈なく行っていた。

 

戦後調査により得られ、帝国から譲渡されたハイヴ内の大まかなデータを基に進むこと数分弱。

 

 

「…? これは…」

 

 

深度を増していく横坑内の変化に、研究班が僅かに色めき立ち始めていく。

 

 

「…壁が、床が…!」

 

「さっきまではありませんでした! 火星のハイヴの映像では、反応炉付近の場所だけです。……座標に違いは無いと思われますが…」

 

「この壁の光もデータとして取ろう。各員、記録レコーダーを起動しておく様に」

 

 

研究班の興奮と緊張は、先導するレドにも十二分に伝わっている。ハイヴ内での戦闘する映像は本隊に居た時から見ていたが、床や壁が淡い光を放つ場所は、唯一反応炉付近のみと記憶していたからだ。

 

 

「チェインバー、この先に反応炉があるのか?」

 

「否定。当機のデータでは、反応炉は主縦坑の最深部にあると推測」

 

「……そうだな」

 

 

念のためとチェインバーに確認を取るも、万が一チェインバーにミスがあったという筈も無く。

 

こんな事は事前の情報には知らされていない。この先、何があるか分からないと操縦桿を握り直し、周囲に目を配らせながら異様な光を放つ通路を進む事、更に数分。

 

 

「研究班、ここだ」

 

 

長く続いた横坑の先にある巨大なホール。地下に居るとは思えない程に広大な土地は、先の横坑と同様に一定の光度を保っている。以前はBETAが悍ましいほどに犇めいていたのだろうそこは閑散としていた。

 

ホールに入った者がまず注目するであろう中央部分、そこに『ソレ』は確かに存在していた。

 

 

「…ッ! あ、アレです!」

 

「なんと…!?」

 

「本当にこんな物があるのか…」

 

 

蜘蛛の糸の様に細長い柱が床と天井を繋ぐその合間に、光る微細な管で繋がれた青白く繊細な印象を放つ檻。試験管を彷彿とさせるその中に囚われている人の脳髄を目にし、誰もが息を飲む。

 

 

「微弱な生命反応を確認。『鑑純夏』と断定」

 

「…ッ、まずはこの液体を採取。増幅と解析のデータを研究班にも共有しろ」

 

「了解」

 

 

鑑純夏の囚われていない柱に接触したチェインバーは青白い光を放つ液体を採取し、命令通りに解析を始める。研究班も同様にサンプルの回収をしているが、ジェガンは飽く迄移動用として乗っているだけにすぎない。AIが高性能なマシンキャリバーであるチェインバーとは訳が違い、その場での研究解析と言った能力には限度があるのだ。

 

Z-BLUEの中でも科学的にオーバーテクノロジー気味なチェインバーがこの場に駆り出されたのは、こういった現地や敵地に於き、その場で情報処理を可能とする高度な情報収集能力を持っているという理由は非常に大きい。戦闘能力もZ-BLUE基準で見て低くは無いのだが、生憎武装に関しては修理や補給が未だ完全では無いのが現状だ。それ故か、レドは未曽有の事態を想定して先ほどから周囲の警戒を怠らないでいる。

 

 

「ハイヴの調査任務を続行。反応炉の方も確認するぞ」

 

「了解。最深部に急行する」

 

「研究班は調査の続行を。何かあれば連絡してくれ」

 

「「「了解!」」」

 

 

研究班を広間に残したレドとチェインバーは、先とは違って速度を上げながら横坑の来た道を戻り、主縦坑に出るや否や急降下を開始する。研究班は基本的な操縦技術こそ知ってはいるが、それは動かすことが出来るという程度の物であり、高い出力を維持したままの機動が出来るという事では無い。

 

素人同然のMS達を引率する必要が無いからこそ、チェインバーは並みのMSを置いてけぼりにするだけの速度でハイヴ内を深く深く降りて行く。

 

 

「これか……」

 

「最深部に到達。反応炉と推定」

 

 

ものの数分で広間よりも更に広大な大広間へと降下したチェインバーの眼下には、脳髄に流れていた光と同色のものを淡く放つ巨大な物体が鎮座していた。直径200メートルを悠に超える反応炉は、全長8メートルしか無いチェインバーと比べれば遥かに大きい。

 

 

「光源に微弱なエネルギーを確認。BETAはこの液体を動力源として活動していると判断」

 

「なっ!? じゃあさっきの広間に流れていた液体と同じという事か!?」

 

 

チェインバーの報告に、レドは困惑のあまり声を荒げてしまう。

 

それもそうだろう。鑑純夏は脳髄だけの存在となってしまっている。それを生かしているのは、紛れも無くあの青白い液体だと想像が付く。

 

だが、その液体がBETAのガソリンだと知らされれば、その驚きが小さい筈も無い。レドの思考は『BETAが人間をBETAに作り替える事が出来る』という発想にまで及んでいる。であれば、現在救助しようとしている鑑純夏もBETAになりかけている可能性があるのではないか。

 

直ぐに研究班へ小型のフォールド通信機で注意を促したレドは、本題である反応炉へと視線を向けた。

 

 

「反応炉の情報は手に入りそうか?」

 

 

レドの指示に従い、高度を下げたチェインバーは反応炉へと近づく。ゆっくりと手で触れた直後、チェインバーは探りを入れる様にカメラアイを点滅させつつ機械音を発しだした。

 

 

「閲覧可能なデータを検索…アクセス…」

 

「可能な物からで良い」

 

「了解」

 

 

コクピット内、正面モニターに砂嵐が一瞬発生する。鬱陶し気に目を細めたレドは、次の瞬間に映され始めた画像を素早く確認する。

 

地球の地図と各地に点在するポイント。そのポイントそれぞれに存在する色の濃淡と、支配率を表すと推測出来る赤く染められた大地。そして――

 

 

「――ッ!?」

 

 

一瞬だけ映された『何か』。それをレドが認識した刹那、反応炉が大きく震え始めた。

 

異常事態を感知したチェインバーはレドの指示を待たず、反応炉への接続を中断して距離を取る。

 

 

「なんだッ、何が起こっている!」

 

「反応炉の内部エネルギーに急な活性を確認。次元力と判明」

 

「なッ!?」

 

 

チェインバーの説明に理解が追い付かないレドだが、異常事態である事に間違いは無い。操縦桿を瞬時に握り直して引き、反応炉から距離を更に離しながらグラビティ・ウェイバーを発動させた。

 

 

「対ショック防御」

 

 

胸部が翠色に発光した直後、反応炉からゆっくりと距離を取る様に空中を滑るチェインバーの全方位を、同色のバリアが瞬時に防護する。

 

それとほぼ同時のタイミングだろうか。反応炉の動きが激しさを増した直後、盛大に爆散。瑞々しい音を滴らせつつ、大広間一面の壁や床を汚した反応炉の亡骸を視界に捉えながら、翠色のバリアは解除されチェインバーの胸部に回収される様に吸い込まれて消えていく。

 

身に降りかかる障害は払いのけたが、レドは一息付くよりも前に研究班へ通信を繋げていた。

 

 

「研究班に連絡しろ! 反応炉が壊れた事で、捕虜を生かす液体が枯渇する可能性が高い!」

 

「了解」

 

 

指示を出したのもつかの間、直ぐ様研究班と合流を図るべくしてチェインバーは首を上げ、機体は速度を増しながら大広間から上昇して離脱を始めていく。

 

 

「…チェインバー、今の爆発をどう思う」

 

「自爆及び何らかの外部的要因による破壊と判断。こちらの情報接収を避けた模様」

 

「そんな物まで用意していたのか……となれば、やはりティエリアの推測通りか。BETAに思考能力はあるらしい」

 

「接収したデータから統合して判断。反応炉は通信機能を有し、別ハイヴとも情報の共有をしている」

 

「異論は無い。研究班を連れてアークグレンへ戻る。帰ってデータを洗い直すぞ」

 

「了解」

 

 

報告する内容を頭の中で纏めつつ研究班の所へ向かうレドの頭には、接収したデータの最後に映った三対の瞳、先端が硬質化されているのだろう触手を何本も有する異形と呼べるだろう『何か』――それがどうしようもなく引っ掛かっていた。

 

 

 

 

 

(こんなのを所有しているだなんて……可能性としては有り得たでしょうけど、見るまでは欠片も想像もできなかったわ…本当に恐ろしく、そして頼もしいわね)

 

 

ラー・カイラムやネェル・アーガマの前に初めて立った時、夕呼はその大きさに気圧されていたが、現在足を踏み入れているのはそれと比にならない規格の超巨大な輸送艦である。その内部へと足を踏み入れる事を許されている名誉と興奮に胸が震えるが、それ以上に緊張の震えが大きいのは愛嬌か。

 

ふと気分転換に強化ガラスの外を見やれば、眼下には綺麗に地表を抉り取られ渇き果てた味気ない大地が広がっている。

地平線を超えた遠くの方には蹂躙され尽くし、廃墟と化した街の残骸が幾つもあるのだろう。大地に点在する大小様々な地下へと繋がる穴が見える事で、ここが確かにハイヴの『上』なのだと実感させられていた。

 

アークグレンの通路から地上をチラリと眺め、少し前までこの渇いた大地はBETA一色だったのだと。それをG弾が全て呑み込んだのだと。凄惨な戦火が大地に刻んだ傷跡は、夕呼に不自然な静けさと不気味さをひしひしと感じさせている。

 

BETAの生み出す光景に今更動揺を見せる夕呼では無く、戦場を駆ける衛士の方が余程動揺するんでしょうねと口内で小さくゴチつつ、案内役の兵士の後を歩き、そして一つの部屋へと促された。

 

 

「お、ようやく来たね香月博士。改めて初めまして、トライア・スコートだよ」

 

「お初に御目に掛かります。ワタシ、AGと申します。ロボットの身ですが、トライア様や夕呼様と同じく科学者として普段は動いております! どうぞお見知りおきを!」

 

 

待っていたと言わんばかりに喜色を浮かべるトライアと握手を交わせば、トライアの横に歩いてきた珍妙な背の低いロボットも頭部のディスプレイににこやかな表情を表現しつつ三本指のマニピュレーターを差し出してくる。

 

握手のつもりと受け取った夕呼はロボットに右手を求められるという経験に少し戸惑いながらも、器用で表情豊かなAGに興味を示していた。

 

 

「宜しくお願いするわね、AG。所で貴方はどんなAIで動いているのかしら?」

 

「ノンノン。生憎、中の人など居ないというのが世の常識なのです」

 

 

手を差し出しながら投げた質問に、AGはジョークを以て答える。それにクスリと笑った夕呼からすれば、こんな返答も出来るだなんて凄いわね――そう考えていた。

 

だが、夕呼の細い右手とAGの三本指が触れようかと言う時、トライアの口から爆弾が投げられる。

 

 

「多重人格者染みた小汚いオッサンが入ってるから気を付けるんだよ」

 

「――えッ」

 

 

瞬時に引き抜かれた右手。それもそうだ。AIとして優秀で見た目も相俟って受け入れようとしていた夕呼は、中に入っている汚いオッサンと遣り取りしていたと聞かされれば衝撃でそうもなるだろう。

 

飽く迄、ジョークを口にする高性能なAIに興味を示しただけなのだ。それに女性として、中に汚いオッサンが居ると聞かされれば心象は間違いなく悪いに決まっている。特に「汚い」の部分が。

 

 

「なんてご無体な…ワタシのファーストインプレッションを此処まで暴落させたのはトライア様が初めてです…」

 

 

力なく垂れ下がったマニピュレーターでディスプレイを覆う様にしながら、およよと鳴きまねをし始めるAG。だが、マニピュレーターの隙間からチラチラと態とらしく目を覗かせているのがバレバレである。

 

既にトライアの指摘でAGへの印象が下落してしまっていた夕呼にとっては、「これも中に入った汚いオッサンが嘘泣きをしている」と理解した瞬間、片眉をヒクつかせながら困惑するしかない。最早夕呼の中でAGに対する同情を抱く事は無く、今後一切無いかもしれないと本人も薄々自覚済みだ。

 

結局、AGは夕呼と握手を交わす事のないまま本題に入る事になった。

 

 

「さて、本題に入りますが…夕呼様はハイヴ内で捕虜を生かしていた『あの液体』。あれが何かはお分かりになりましたか?」

 

 

雰囲気を真面目な物に切り替えたAGの質問に、夕呼は悔しげながら首を横に振る。

 

オルタネイティヴⅣのチームは捕虜を発見したとの情報を得た翌日、Z-BLUEよりも前に一度ハイヴへ潜って液体と捕虜を調査しているのだ。その時にESP能力者である霞の尽力によって、脳髄だけの捕虜が『鑑純夏』と判明している。

 

だが得た情報はそれだけなのだ。

 

現状、脳髄だけとなった生命が生きながらえる事を可能とする成分など、当然知られている筈がない。心臓も無い者が生きていられる筈が無いのだ。その他の生命として重要な機関が悉く取り除かれているならば尚更。

 

 

「なるほど。では率直にお答えします。あの液体には、次元力が使われていました」

 

「…次元力…」

 

 

聞き知らぬワードを耳にし、思わず呟く。『次元』と名の付く力、或は作用。それだけの名前でそのエネルギーがどういった性質を有するのかを推察することは、夕呼だけでなくこの世界の誰もが不可能である。

 

 

「そ、次元力。大まかに言えば『消滅しようとする力』と『存在しようとする力』の性質を持った霊子の根源にある力の事だよ」

 

 

続くトライアの説明に出てきた『消滅しようとする力』。

 

その単語は、以前ブライトから聞かされているものだ。Z-BLUEが嘗て戦っていた世界で、それを操るバアルと呼ばれる存在と戦っていたと。そして、消滅しようとする力の残滓がこの世界にあるとも。

 

 

「香月博士は『因果律』、ってわかるかい?」

 

「――ッ!? え、えぇ。原『因』がある事で結『果』が起こる。その関係性の事ですね」

 

「そう。で、この次元力は全ての『果』における『因』になれるんだよ。だから次元力を使えば受けた傷を無かった事にしたり、瞬間移動なんて事も出来ちゃうんだよ」

 

 

絶句。それが説明を受けた夕呼の状態を指し示す、最適解たる言葉だろう。

 

この国で、いやこの世界で一番『因果律』を理解している人物こそ、香月夕呼である。その付き合いは応用量子物理研究室に編入されて17歳の時、因果律量子論を提唱した時から始まっているのだ。

 

この世界の基本法則として、因果律は絶対とされている。

 

上に物を投げれば、重力により必ず下に落ちてくる。食べ物を買うという因があれば、買った食べ物を得るという果と共にお金が減るという果も必ず発生する。逆こそあり得ない一方通行の法則で、因があれば必ず果は起きる。過去の出来事を全て必然と説明出来る絶対の法則。

 

だが、今トライアが説明した次元力はそれを覆す。

 

次元力の性質は、『次元力を使った』という因さえあれば、全ての『果』を引き起こせる事にある。

 

つまり、木に成っている果実を、『捥ぎ取る』という因の代わりに次元力を使用し、『手の内に果実を得る』という果を成立させる事が出来る。これを第三者視点から見れば、木に成る果実が瞬間的に、行使者の手の内へと果実が『瞬間移動した』様に見えるだろう。

 

次元力には『量』の概念がある為、量に応じて次元力で出来る事象の大小は限られるが、それでも問答無用で因果律に干渉出来る力だというのだから、理解するのに苦しむのは当然だろう。

 

夕呼の知る物理法則こそ机上の物であり、ミクロの世界でのみ通用すると知らしめられた夕呼を、偏頭痛と名を替えた知恵熱が襲い始める。

 

 

「加えて『共鳴』する性質もある。次元力を使って人を癒したいと願った場合、想いに次元力が共鳴して想定以上の治癒を施した結果が発生するんだよ。恐らくだけど、この捕虜――『鑑純夏』の生きたいという思い。その強さが次元力と共鳴して、脳髄だけで生きながらえているってのがこっちの推測さね」

 

「……な、なるほど」

 

 

夕呼からすれば、何一つとして『なるほど』では無いが、そこは本人も最早気にしていない。

 

物理法則や因果律に直接横槍を入れる事が出来る次元力が実在したとして、どうやってそれを『科学』で制御するというのか。

 

しかし納得させられている以上、話を続ける為にも肯定の返答以外を口にする事が出来ない。

 

 

「そして分かった事はもう1つございます」

 

 

指を立てたAGの方へと夕呼は視線を滑らせる。

 

ここまでの衝撃を考えれば、まだあるのかと身構えるのも無理は無い。

 

 

「BETAが反応炉付近で活動エネルギーを補給しているとされていますが、アレも次元力と推測されます。恐らく、彼らは『消滅しようとする力』で動いているのでしょう。そして次元力の入った液体はガソリンという訳です。BETAが生命体と違い個々の本能的な回避をしない事からみても、乗り手の無いマシーンという認識で、まず間違いは無いと思われます。故に、BETAはバアルとほぼ同等の存在であり、攻撃目標の優先順位も納得と言う訳です!」

 

 

AGの言葉に首を傾げる夕呼。

 

その反応にニヤリとしたAGはここで、説明用の画像を手元のコンソールに表示させていく。

 

 

「我々が前の世界で戦っていたバアルは、『存在しようとする力』を消滅させる為にもZ-BLUEを重点的に狙って来ました。この世界でもBETAに狙われるのは同じ理屈だと思われます。そして、BETAが『人間の搭乗する戦術機や兵器』を優先的に狙うのも、『存在しようとする力』自身が発揮されやすい『人とマシーンが揃っている』からだと言えますな!」

 

 

明かされていく内容に夕呼はスケールの違いを感じ、思わず頭を抱えそうになる。もしこれが本当だとすれば、それすら理解できなかった今の人類がZ-BLUEを抜きにし、BETAとの戦いを経て生き残れていたのだろうか。

 

その推測は悲観的で現実的じゃないと頭を振った夕呼は、一つも漏らす事無く話を理解しようと質問を始め、推察の応酬は静かに繰り広げられていった。

 

暫くして夕呼がアークグレンから出てきた頃、その姿は妙にゲッソリとやつれていた。

 

しかし、それも仕方のない事である。

 

以前、夕呼は基地建設や植物再生適応試験の為、ハイヴ周囲の重力異常を取り除かねばならないのではないか――そう事前に指摘していた。

 

この難題をどうするのかと問われたトライアは口角を上げ、アークグレン内に秘匿していたソーラリアンを使用。次元力で重力異常をほんの数分足らずで何事も無かったかの様に消してしまったのを目の当たりにし、夕呼は眩暈で壁に手を着いて身体を支えながら俯いてしまったのだ。

 

先の疑問であった次元力を科学で制御する。それを意図せず、目の前で見せられてしまったのである。

 

結果、全ては滞りなく進む事が可能となり、あれよあれよと言う間に地上部隊は建設予定地一帯を大きな仕切りで覆い隠してしまい、建設着工の準備段階に既に入っている。横浜ハイヴ周辺の租借契約及び横浜基地建設についての内容は『横浜ハイヴ周辺一帯をZ-BLUE管理下に置く』『Z-BLUEが基地を建設し、国連軍にも一部区画を解放、利用できるものとする。一部区画はZ-BLUE専用区画とする』『建設の際、予め全ての概要を日本帝国政威大将軍にそれを報告する義務が発生する』『横浜基地への立ち入りはZ-BLUE及び政威大将軍の許可を得た人物であるものとする』が原則だ。

 

こうして僅か数時間で、横浜ハイヴ周辺は帝国内で最も秘匿されたエリアに早変わりしてしまう事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月14日 11時00分 宮城県仙台市 第一難民キャンプ》

 

現在、Z-BLUEの一部は東北の数ある難民キャンプの内の一つを訪れていた。その中でも特に大きな仙台第一難民キャンプは第二帝都城と比較的近い距離に併設されている。

 

元々仙台は人の多い都市であり、BETA侵攻時の避難民を逸早く、より多く受け入れていた。故にその規模は他よりも大きく、食糧状況や難民の生活状況に対する不満、個々の将来の展望に対して抱えざるを得ない不安も多く募っているのが現状だ。

 

BETAを国内から退けた朗報に一度は湧き上がったが、帝国や政府が一番に尽力するのは間違いなく防衛に対する事案であり、これは譲れない物だ。しかし、難民たちに支援の手が差し伸べられるのはいつになるものかと、政府に対するやり場のない不満や不安の悪感情が見え隠れしている現状は好転せず、これに高官達も頭を悩ませていた。

 

 

(この難民キャンプが変わるとすれば、間違いなく今日。今の不安定な国民感情を煽動でもされたりでもすれば、内閣は防衛力の増強どころではなくなる…! 何一つ漏らす事無く見張らなければならないわ)

 

 

そう胸中で呟きながら口許を引き絞って気を引き締め直した女性。

 

黒のパンツスーツを着用しており、難民キャンプで日々を過ごしている様には決して見えないだろうその人物は、Z-BLUEへの『監視』として送られた人物である。とはいえ、こそこそと監視するのでは無い。堂々とZ-BLUEと接触する事で不穏な動きを牽制する『首輪』の意味合いでだ。

 

デスクワークばかりだった日々、彼女が急に上司に呼び出され、仙台へと派遣される事になった原因もまた、Z-BLUEである。

 

 

「ッ! あれが……」

 

 

空中を飛行するソレは、帝国海軍の保有する母艦達と遜色無いほどに巨大。全長200メートルを超えているだろう艦を浮遊させれるだけ激しく推進剤を消費しているという事は無いのだろう。地面に近づいてくる音は想定よりも遥かに小さい。

 

サイデリアルでもZ-BLUEでも度々使用されていた輸送艦、グラーティアは静かに仙台の地へと降り立った。

 

どの様な者達が現れるのかと戦々恐々する内心をひた隠しにしながら、輸送艦から僅かに離れた所で様子を見守る事、数分。女性の前にはZ-BLUEから派遣されてきたメンバーが次々に現れる。

 

 

「初めまして、Z-BLUEの皆さん。アドバイザー及び案内役を務めさせていただきます」

 

 

脳内で既に決めていた自己紹介文を偽名と共に使用し、頭を下げてからZ-BLUEの人員を改めて見やり、胸中で困惑を直向きに押し殺す。

 

不躾な視線こそどうにか抑えているものの、彼女が少し動揺したのは仕方がないだろう。

 

スーツを着用している社会人らしき集団は理解出来る。式典用と見紛うほどの赤く派手なスーツの青年と、対照的で葬儀にでも来たのかと思わせる黒のダブルジャケットと白黒ストライプのネクタイが目立つスーツの青年は微妙な所だ。青年達の付き人だろうか、スーツを着こなす執事風の老人が二人ほど居る事には違和感しかない。洋装の使用人らしき服装を纏う少女が居るのも十分におかしいと思える。

 

だがしかし。小学生か中学生にしか見えない子供が5人ほど居るのは完全に理解出来ない。どう考えても状況にそぐわない筈なのだ。

 

困惑する彼女は思わず、先頭に立つ青年に疑問を投げかけていた。

 

 

「あの…大変不躾な質問かと思うのですが、彼らも今回の事に関係するのでしょうか?」

 

 

隠し切れない困惑が混じりながらの質問に、『破嵐』と名札を付けた青年は女性の視線で何を指しているかを瞬時に察する。快晴を思わせる晴れやかな笑顔を浮かべ、万丈は爽やかに言い切った。

 

 

「ええ大丈夫です。彼らも優秀な人材ですので、ご心配無く」

 

 

ご心配無く、では無い。

 

これも何かの作戦かと相手の見えない策略を幾つも想定しながら、各員へ難民キャンプ内部へと案内を開始した。当然、部下達には巨大な輸送艦を見張らせている。

 

視察しながら女性が説明を随所に加えれば、二人の青年は積極的な姿勢で質問を投げかける。『破嵐』と『スミス』と名札の付くこの二人が、集団の頭脳なのだろうと情報を纏めながら視察する事、一時間。

 

 

「大体の状況を理解して頂けたでしょうか?」

 

 

貼り付けた笑みに篭める思いは、Z-BLUEに対する懐疑心を覆い隠していた。

 

帝国でも対処しきれない問題を他の国の組織に助力して貰うなど、施し以外の何物でもない。政治的にも大きな借りとなる。加えて、彼らは戦闘集団。難民達の不満を解消させる案件を軍部に持っていく様なものだ。正しく愚行と言えるだろう。

 

どうせ何も出来ない――その認識が変化し始めたのは直ぐだった。

 

これが軍部であれば、専門外の業務に何から手を付けるかと高官達は唸り、椅子から立ち上がる事をしないだろう。

 

だがZ-BLUE――現在、仙台に居る集団が名乗る企業名『ズィー・コンツェルン』に所属している一人、大杉春男の『一帯の地図を頂けませんか』という一言から連中は動き出した。

 

渡した地図を基に数人を連れた大杉は監視役たる女性をトラックに乗せて地域を一っ走り。各地の写真を撮影し、時折女性に土地の状況や気候を訪ねながら情報収集を終えた面々は、戻り次第地図を広げて速やかに議論を始めたのだ。

 

 

(…さて、まずは様子を見させてもらいましょう)

 

 

耳を傾けた女性がまず耳にしたのは『地域にあった効率的な避難誘導経路の作成』。そしてそれに伴う『地域に設置する万が一の為の地下シェルターの設置』である。

 

議論の最初こそ静観していた女性だが、次第に口を閉ざしている訳にはいかなくなり、背に首元に、そして額にまで汗が浮かび始めていた。

 

彼等の欲する情報から生まれ投げられる疑問。その質問事項の数が半端では無かったのだ。地域の特性、難民キャンプに居る人たちの職種、帝国からキャンプへの詳細な援助内容など、多岐に渡った情報を湯水の様に要求する。女性は幾ら情報省で監視役とは言え、全てを把握できている訳では無い。

 

慌てて応援を呼んだ女性は難民キャンプの代表数名と情報省の部下を数名呼び寄せ、総員でズィー・コンツェルンの質問の嵐を受け止めていく。

 

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ…ありがとうございます…」

 

 

中学生くらいだろうか、金髪を後ろにまとめた素朴な雰囲気の女の子が出してくれた労いのお茶を受け取りながら、余りの疲労に覇気が感じられない返事を出してしまう。

 

 

(っ…これだけハイペースで情報をかき集めているのに、全然疲れないのね彼等)

 

 

口内で誰に聞こえる事も無く愚痴るのも当然の事。

 

情報を集めるだけならば女性もお手の物である。だが、彼女は基本的にデスクワークが主だったのだ。そこらの企業戦士と比較するならまだしも、数多の苛烈な戦場を潜り抜けたZ-BLUEの者と体力勝負をさせるのは酷としか言えない。

 

出されたお茶に視線を落とし、口を付ければ合成製品とは思えない香りと澄み切った味に思わず目を見開き、疲れも相俟ってか表情を思わず崩してしまう。諜報員に名を連ねている筈の人間である事を鑑みれば決して良しとされないが、彼女の中には既にZ-BLUEに対する懐疑心が少しずつ氷解し始めていた。

 

湯呑から視線を移せば、目の前の現状は先ほどお茶を配ってくれた女の子ですら、相方であろう男の子と一緒に電卓を叩きながら予算管理を始めとする経理業務に移っていた。女の子以下の体力なのかと凹みながらも、直ぐ様気合を込めて再び手伝いに取り掛かり始める。

 

 

(なんだか不思議。只の軍隊から派遣されただけの筈なのに、変にこういう事に慣れてるって感じ。これだけ動きが早いのは、元々こういう事をやってたって事?)

 

 

難民キャンプから連れてきた元建設関係者を集めている大杉が『仮設住宅建設』についての議論を交わしているのを横目に、女性は疑問をぐるぐると巡らせていた。

 

Z-BLUEが平行世界からの使者である事は聞き及んでいても、以前の活動内容を知らねばその疑問が解ける事は無い。

 

多元世界で戦っていたZ-BLUEの日常は大きく分けて3つあった。

 

1つは戦闘。サイデリアルの侵攻を阻止し、近くのキャンプや重要な補給地点の防衛をする事が一番大きい仕事だ。2つ目は守った補給地点で物資の補給や情報収集である。そして3つ目がキャンプなどでの奉仕活動だ。清掃、炊き出し、鹵獲した機動兵器の安価提供を始め、各地の施設や生活の向上を滞在中に可能な限り行っていた。

 

そしてサイデリアルを壊滅させた後、銀河殴り込み艦隊として出航する直前まで、蒼の地球の復興作業や避難民の受け入れから自立した生活に向けての支援し、全スーパーロボットが土木関係を始めとした作業を経験し、Z-BLUEは惑星規模で貢献していた経緯を持つ。

 

戦闘部隊としては些か貴重な経験を今回も活かし、『妙に手馴れている』と印象を与えているのはそういう事なのだ。

 

また、ズィー・コンツェルンという組織の内訳の説明も必要だろう。主な部署は3つに構成されている。

 

セキュリティ事業部と名を替え、多種多様な業務の要となっている21世紀警備保障広報2課と竹尾ゼネラルカンパニー。

 

勝平が戦力になっているかは甚だ疑問視されているが、経理担当の神ファミリー。

 

そして各方面との交渉などを担当する営業部を担う破嵐万丈の仲間とロジャー・スミス達という構成だ。

 

帝国からすれば未だ懐疑的なZ-BLUEの動向や目的を探り続ける為、手近な人に声を掛けては再び手伝いを買って出る女性。そんな女性を視界に収めながら、万丈はロジャーに話しかける。

 

 

「彼女の様子はどうかな?」

 

「仕事振りという意味合いでは悪くない」

 

 

飲料の入った容器を両手に持った万丈から片方を渡されたロジャーは、軽く口を付けた後にチラりと上に視線をずらす。

 

9月半ばにしては強めの日差しに背を向けながら、ロジャーは黒のサングラスを外して内ポケットにしまった。

 

 

「両方の意味でかい?」

 

「意地悪だな。私が彼女の上司であれば、間違いなく注意している。情報収集にも長け、頭の回転も速い。だが本職を考えれば素直すぎるだろう」

 

「エコーズやミスリルの諜報部隊によればの話だが、僕たちが日本帝国に来た事で各国の諜報機関への対応で天手古舞いらしい。単純に人手が足りないのもあると思うが、僕たちへの警戒心が少しずつ薄れてきたと捉えても良いのかもしれないね」

 

 

万丈が最初にどうかと聞いたのは他でもない。『彼女』がどこから派遣されたのかを両名が察しているからこそ成立している内容だ。加えて、帝国から首輪を付けられるという旨に二人は理解を示している。ズィー・コンツェルンとしては後ろめたい活動をするつもりは一切無い。気が済むまで疑うだけ疑わせればいい。

 

 

「さて、これから忙しくなるな」

 

「地域を整備したら、少しずつ難民達の自立支援もしなくちゃならない。ここをモデルケースとして世界に僕たちが貢献すれば、世界中の国民達の支持を得て政治的にも大きな力と意味を持つ。遣り甲斐は十分だ」

 

「本当にこの世界を乗っ取れてしまいそうだな」

 

 

万丈のやる気に満ちたウインクに合わせて、ロジャーが冗談を飛ばして笑い合う。

 

この二人にとっては何ら意味を持たぬ談笑であるが、背後で柿小路から二人を呼ぶようにと言われたドロシーが秘かに聞いており、『最低ね』と毒づかれた二人は揃って苦笑を零していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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