to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫ 作:(´神`)
いつも通りの拙い文章ですが、皆さんの暇つぶしになれば幸いです。
《1998年9月8日 5時45分 プトレマイオス2改 格納庫》
プトレマイオス2改の格納庫、ティエリアは足早気味にそこを訪れていた。
ここ最近の彼はZ-BLUEの中でも格段に忙しい。横浜ハイヴに捕縛されている脳髄――鑑純夏とリーディングで判明したその少女を救出する準備に追われているからである。
ヴェーダの情報の大部分を把握しているティエリアであれど、脳髄だけで生きている人間を直接元の姿に戻すという知識など存在せず、当たり前の話ではあるがその経験もティエリアには無い。だからこそ、万全を期するために優れた再生医療技術を持つCBの技術とイノベイドの肉体をDNAから構成する技術の二つを中心とし、Z-BLUEのあらゆる技術を利用すると決めていた。
夕呼からの話では00ユニットとして飽く迄『人』では無く『機械』として復活させるつもりだったらしいのだが、機械では無く人として復活出来る可能性はあるとティエリアは見ている。その可能性がある以上、最初から人である事をやめさせる必要は無いというのが、ティエリア含むZ-BLUEの総意なのだ。
だが、当然この件は各国に知られてはならない。
『脳髄だけの人間が肉体を取り戻し、健常者と同じ様に生きる事が可能』と各国が聞き知れば、その医療技術を何がなんでも欲しがるだろう。それこそティエリアの状態一つとっても、掻い摘んで言えば意識データをヴェーダに保存し、肉体を作っておくだけで事実上不老不死の存在であるのだ。そんな存在がZ-BLUEに実在すると知れば、世界中の学者が間違いなく騒ぐのは知れた事。もっと言えば、Z-BLUEには不死にも多様性が存在し、『太極の呪い』に関わるC.C.や『異能生存体』であるキリコ、ロージェノムが与えた不老不死を持つ獣人ヴィラルなどが存在している。意図しない『ギャグ補正』で無傷のまま何度も生還を果たすシリアスブレイカーことコーラサワーの存在も居るのは余談だろうが。
BETA戦の全てが終われば超時空修復が完遂される以上、世界の在り方は代わるのが必然だ。この世界の常識や態度も変化せざるを得ない事をZ-BLUEは確信している。あらゆる平行世界が天柱で繋がるだろう事を鑑みれば、この世界も他の世界といつでも接触出来る機会が生まれ、稚拙な確執に囚われにくいだろうとはZ-BLUE首脳陣の意見だ。
しかしそれでも直ぐに安心安全とは言えないだろう事を想定し、鑑純夏にはBETA戦が終わった後は念のため別の世界で過ごしてもらう必要があるとティエリアは考えている。
客観的にみれば、たった一人の少女を救出する事にこれほど全力を掛ける組織は居ないと言っていいだろう。ティエリアにとっては、自身の嘗ての境遇と合わせて鑑純夏という少女の先行きに何か思う所があるのだろう。冷徹さが目立っていた男は、未だ見ぬ少女の為に思案しながら奔走していた。
「チェインバー、少し良いだろうか」
そしてティエリアの目的の人物――改めマシーンであるチェインバーの前に立ち止まり、上を見上げる様にしながら声を掛けた。
珍しい人物の来訪に疑問符を浮かべたチェインバーは、空かさずカメラアイを点滅させる。
「推測。約3日後に予定された鑑純夏救出作戦に関する事案により、貴官は当機を訪ねたと思われる」
「半分ほど的を得ている。鑑純夏の救出もそうだが、君にはハイヴ中枢に存在する反応炉から情報収集が可能なのか調査を頼みたい」
「反応炉はBETAの活動に於ける重要なエネルギー源と推測されている」
ティエリアの依頼にチェインバーは疑念を浮かべて反論する。なにせ、反応炉の詳細は帝国からの報告にある通り補給炉としての役割としてハイヴに設置されているという情報だ。
そこから情報収集するという事の意味に、チェインバーは理解を示す事が出来ない。
だがこの提言もティエリアは予測済みだ。用意していた理由をスラスラと口に乗せてチェインバーに語っていく。
「反応炉がエネルギー源というのは確かだろう。だが、そもそもハイヴの役割が『基地』だと考えれば、『司令部』と通信する機能があっても可笑しくない」
「懐疑提言。その根拠とは?」
「先遣隊による最初の映像にある、BETAの光線を駆使した戦術。そして火星調査隊の戦闘映像で散見された光線属種の出現タイミング。最後に、個々のBETAが自律行動の一貫として回避を行わない事から推測している」
ティエリアの指摘した三点を鑑み、その推測を断片的にチェインバーは理解を示す。
先遣隊最初の戦闘では、戦術と思わしき行動で光線属種を集めた奇襲による一斉砲撃を使用していた。ここからBETAに指揮能力があると容易に推察できるだろう。
二点目だが、火星調査隊の戦闘に於いてハイヴ内戦闘の序盤から中盤に掛けて光線属種は殆ど見られなかったのだ。そして、地上部隊やクロウ達が主縦坑から離脱するタイミングで横坑から出現し、大広間から直上に向けて狙い撃ちを開始していた。
最後に個々のBETAが回避運動をしない事だ。戦闘中のBETA一体一体に思考能力が直接備わっている訳では無いと理解出来る。故意に回避しない理由は無い。戦力を無為に減らす事は誰もが避ける筈だからこそ、そこに思考能力が無いとティエリアは断言する。
「貴官からの情報を統合して推測。ハイヴはBETAの前線基地と判断。反応炉に意思共有と類似する通信機能を有しているものと推測される」
「そうだ。僕達CBのプトレマイオスにヴェーダと直接リンクできる専用のシステムルームがあった事と同じだろう。反応炉をヴェーダ端末、BETAを無人機と仮定すれば、彼等の行動の論理性と指揮形態の理解に近づいていると考えている」
「全面的に肯定する。貴官からの任務を受諾。レド少尉へ報告する」
「ありがとう」
チェインバーの理解にティエリアが微笑みを見せた。要件は終わったと言わんばかりに踵を翻して遠ざかっていくティエリアを見つめながら、セルフメンテナンスを中断してレドへの通信を開始する。
セルフメンテナンス機構を備えているチェインバーだが、以前から度々レドの手に依るメンテナンスを受けている。もしかしたら彼がまたメンテナンスをすると言い出すかもしれない事を想定した結果、先ずは報告だけを挙げる事にしたのだ。
「レド少尉」
「どうしたチェインバー」
「ティエリア・アーデより任務を確認。内容の確認を推奨」
「分かった。そっちに行くから少し待っていろ」
「了解」
数言の会話を終えた後、チェインバーは静かにレドを待つ。人生支援啓発システムにランクアップしたチェインバーの日々は『機械』としては得られる筈の無かっただろう『充実さ』を獲得している。
ティエリアとチェインバーの会話と同時刻。夕呼が参加する二度目のZ-BLUE艦長会議は、前日の火星調査隊の報告から始まった。
顔合わせして最初に行われたのは、地上部隊に配属されていた回収班の一人に捧げる黙祷。静寂の数分を経て、F.S.が静かに口を開きだした。
「さて、火星調査の報告を見てほしい」
その言葉と共に、映し出される戦闘映像。夕呼にとっては初見となる機体ばかりだ。大きさもバラバラで、巨大な一等身という理解に苦しむ規格の機体も存在している。それ以上に目を奪われるのは、超常現象かと見紛う程の現象が画面の向こう側で繰り広げられている事か。
横からスッとブライトに差し出された資料に目を通せば、今回の火星調査隊のメンバーについて簡略的に纏められた資料だと分かる。
映像から手元の資料に視線を滑らせ、パラリと1ページ。それだけで夕呼の表情が音を立てて固まった。
(なっ…!? 全高3キロですって!? フェイズ6ハイヴの地上構造物の倍以上あるってワケ!? この一等身の機体も…!?)
映像に視線を戻せば、主縦坑に極大のビームを放つ二機が目に入る。刹那、夕呼は何も見なかった事にして次のページを捲った。
(こっちは……ナニコレ、ゼウス神? ギリシア神話のあの? 機械体?! つまり生身って訳!? 光子力で武器も鎧も無限に生成出来るってなんなのよ! 高次元生命体って意味分かんないに決まってんでしょ!!)
巨大な槍を投げたと思ったら、ゼウス神と呼ばれているモノの手に輝かしい光が収束し、それが瞬時に槍を形成する。物理法則などあったものでは無い。
(∀ガンダム。動力、縮退炉…装甲、ナノスキン――)
資料の文字を目で追った直後、パタンと両手で資料を閉じる。これ以上の衝撃を受けることを本能的に回避した夕呼は、必死に貼り付けられた笑みで衝撃の大きさを物語るかの様に吹き出る汗を堪えている。そんな状態の夕呼を余所に、会議は進んでいく。
自身を襲っていた困惑を総動員した理性を以て、数秒で無理矢理沈下させる夕呼の様子に口を挟む者は居ない。思考停止しながら再び資料を開きザッと目を通し終えた夕呼は、自身の精神的安全を理由として早急にF.S.の話に思考をシフトさせた。資料は後で読み返せるが、話となってはそうはいかない。加えて、遠慮せず質問する事を許可されている夕呼としては、己の存じない単語が出てくれば気になって仕方ないのだ。
だが、やはりZ-BLUEは夕呼にとって優しくない。映像に出てきていたCコンテナの説明については、概ねキャニスター弾という説明までは問題無かったのだ。『融除ジェル』が出て来るまでは。
『大気圏突破』を容易にし、『多数の光線照射の集中砲火を数秒耐える』という性能。加えて、Z-BLUEにとっては生産コストが安価とのこと。
それだけでは無い。加工処理は愚か、散布・塗布するだけでも少なくない効果があるという事は、特別な加工技術を要せず、場所・人を選ばず使用出来るという事を意味する。それほどの技術を欲さない国家などありはしないだろう事は軍事関係者であれば誰もが理解できるだろう。
優秀な衛士が配されるにも関わらず、損耗率の高い光線級吶喊任務の成功率の上昇及び損耗率を下げる事にも直結してくれるだろう技術は、攻防選ばずその後の作戦全てに関わる可能性があるのだ。全衛士の生存率を引き上げる事に繋がっている以上、これをこの世界の科学者が作り出したのであれば歴史に名を残し、企業であればその利益は莫大なものとなるのは間違いない。
戦術レベルに留まらず、人類の戦略レベルで莫大な利益を齎す事を力説する夕呼。これを世界に普及させる事が叶えば、オルタネイティヴ5という敗走前提の計画から目を逸させる事にも繋がり、衛士の士気にも好影響だ。どうにか一部の国家だけでも公開が出来ないかと頼み込む夕呼に、さらりと答えてみせたのはトライアだった。
「安心しておくれよ。それも公開する技術として既に決定しているからね」
「えっ……!?」
「今作戦に融除ジェルを利用したのは、BETAに対する性能検査の意味もあったの」
最初から公開を予定をしていたと何気なく補足するスメラギの言葉に、夕呼は開いた口が塞がらない。戦術機を主軸に於いた人類の生存戦略を大きく左右するであろう融除ジェル。超重要な技術である筈の物の公開を事前に検討済みであったなど、呆気に取られるのも仕方ないだろう。その後、夕呼に湧き上がるのは末恐ろしさだけだ。
Z-BLUE側としては、それを用いて牙を剥かれるという代物でも無い以上、出し渋る必要が無いのである。この世界の人類にとって有益かつ、公開にデメリットが発生しないとなれば公開しない筈も無い。
「公開のタイミングは私に一任してほしい。研究開発班に委託した重金属及び残留放射能の除去装置と共に、此方のカードと成り得るだろう。香月博士、構いませんか?」
「え、ええ…そういう事でしたらお任せしま――……」
「では、この件はゼロに一任しよう」
(……――え? 今、なんて言ってた? 重金属及び残留放射能の除去装置ですって!?)
ゼロの提案にジェフリーが一つ頷き、視線で周囲に賛否を取る。否と答える者は誰も居ない様だ。
夕呼も飲み込めきれていない状況を何とか騙し騙しにしながら返事する。が、冷静に言葉を反復して噛み砕き始めれば、その言葉に頭が錯乱するばかり。
驚愕の連続に頭を苛まれる夕呼は脳を高速回転させながら情報を整理しつつ再び手を挙げようとし、ぐっと思いとどまっていた。
(いえ…除去装置についての話題はどうせ後日にまた出るでしょうね。確実に…それと、このサイズの機体。地球での戦闘には流石に不向きかしら。それに以前、植物の生産実験をすると言っていた…食料事業だけでなく、環境回復や緑化活動にまで手を出すのだとすれば、環境ごと破壊しそうな機体の使用は当然避けると見るべきね)
目下の書類に目をチラリと落とし、誰にも気づかれない様に内心で溜息を零す。陳腐で無意味な質問をする訳にはいかないというのが今の夕呼の本音だ。Z-BLUEにとって取るに足らない質問をし、科学者という頭脳として参加している以上、落胆される事を何よりも恐れていた。
そんな不安を押し込めながらも瞬時に思考を元に戻す。
Z-BLUEは名義として国家を名乗る戦闘集団だが、夕呼から見ればかなり手広に活動するというのは簡単に予想が付く。
先のゼロの発言からしてもそうだ。重金属や残留放射線の除去装置など、戦闘集団が考慮する事では無い。ましてや、環境よりも先に人類が滅びそうなこの世界の現状を鑑みるに、そんな悠長な事は言ってられないのだ。
だが、環境回復を可能とするのであればその力は言うまでもなく大きい。BETA戦が終わった後、国土の回復は誰もが望む事である。それを可能とする装置や技術を研究開発しているZ-BLUEの力はどの国家も望み、同時に警戒するだろう。世界の覇権を狙っている国家であれば特に。やはり底知れないと夕呼は再度震えを走らせる。
飽く迄アフターケアを考慮するという事は、その後の支配を目論む者ならば当然の事だろう。
しかし身も蓋もない言い方をするなら、僅か数時間弱で10に満たない機動兵器の部隊が起こした、フェイズ7以上が密集する火星のハイヴ3つ以上を滅ぼす『偵察・調査』と名乗る戦闘映像を見せるだけで、大半の国家が頭を垂れるに決まっている事は明白。それをしないという事は、つまりそういう事なのだと夕呼もいい加減理屈では理解しているつもりだ。Z-BLUEの戦力の上限がどこまでかは想像もつかないが、朧気ながらも想定すれば、Z-BLUEがこの世界の地球を武力で支配すると仮定した時、全戦力を持ってすれば2日掛かるかどうかだろうと予測している。
話を戻すが、環境回復や緑化活動に関しては推察の域を出ない。
だが、夕呼の頭の中ではZ-BLUEは本気でこの世界を救う事だけを見ているのだろうと苦笑気味に捉えていた。楽観視と揶揄する相手を鼻で笑い返せる程には悟りを開いている。
「火星に関しては分かった。地球の方は現在、横浜ハイヴに始まり日本帝国を奪還したのが大きい」
「次に焦点を当てるべきは佐渡ヶ島ハイヴ。そして鉄源ハイヴだな」
先遣隊筆頭のブライトとオットーの目付きが鋭さを増す。
今までは目の前のハイヴを叩けば良かったのだが、今度は2つのハイヴが相手だ。そして、位置関係上2つは離れていながらも、絶妙な位置で帝国を威圧している。
どちらかに攻撃を仕掛けている最中、もう片方で動きがあった時の対処は厳しいと言わざるを得ない。
「先遣隊としてはBETAの数が多いと予想される鉄源ハイヴを注視したいが、本土により近いのは佐渡ヶ島だ。どうにか此方に援軍を送れないだろうか」
「そう簡単では無いでしょう。幾つかの機体の修理・補給は済ませていても、それだけの機体を搭載出来るだけの艦の問題があるのではありませんか?」
クレアの指摘で沈黙が訪れてしまう。
唯一本隊で長時間の戦闘行動が可能だった艦であるドラゴンズハイヴは、火星調査隊として帰還した後に修理を受けている。比較的軽微損傷ではあったものの、火星降下時及び離脱時に多数の方向から光線照射を受けた為、如何せん修理箇所が広かったからか、少しばかり時間を要するとの判断が下されている。
「――その件については、一つ心辺りがある。だが、必ずしも上手く行くとは限らない」
「…分かった。これもゼロに任せよう。纏まり次第報告してくれ」
打開策として手を挙げたゼロに、再びジェフリーが頷く。
夕呼としては、流石Z-BLUE代表代理を務めるだけあると感心せざるを得ない。見た目も含め、頭脳としての存在感は大きい。各作戦の戦略を練る事も少なくないと初めて聞かされた時は、その頭脳を幾らか分けてほしいとすら僅かに逡巡している。
予防線を張ってはいるが、自信の無い物言いでは決して無い。次々と難題に継ぐ難題を突破していくゼロは、正しくZ-BLUEの要の一人だと夕呼は納得していた。
続く話題は修理状況に移る。当然、ここでも夕呼は驚きを隠せない。
「AT、ラケージ・ユンボロ、オーガスシリーズの2機、KMFは復帰出来てるよ。デスサイズヘル、アルトロン、ヘビーアームズ改、VF-25GメサイアF・TP、VF-27γルシファーF・SPもいつでも出撃は可能ってとこさね」
何処か自慢気に言い放つトライアとは対照的に、夕呼の表情は当然の如く驚嘆一色。
説明に出てくる機体の殆どが、名前が違う事に違和感を失いかけていたのは内心失笑を隠せない。Z-BLUEの先遣隊を見ても火星調査隊を見てもそうだが、同じ姿形の機体は殆ど無いと夕呼は記憶している。
規格の違う機体も多く、話に聞けば操縦方法や動力も多岐に渡っているという話だ。どれだけの期間が掛かって修理しているのかは知らないが、それでもZ-BLUE整備班の能力の高さが計り知れない事を理解していた。
「後はもう少し掛かる機体も居るけれど、優先的に修理してほしい機体はあるかい?」
「ではダイターン、トライダー、ザンボット、ダイ・ガードを優先的に頼みたい。彼等にはやってもらいたい仕事がある」
F.S.の要請に何かを察したのか、ニヤリと口角を上げるトライア。キツネの面を片手で弄びながら、質問を返す。
「…なるほどね。ビッグオーは良いのかい?」
「彼等の能力は素晴らしいが、ビッグオーという存在に少し問題がある。だが、可能であれば頼みたい」
「分かったよ、整備班にはそう伝えておく」
F.S.とトライアの謎の遣り取りに、理解を示せないのは夕呼のみ。
トライダーとダイ・ガードが指名される時点で、Z-BLUEの者ならどういった組み合わせなのかは瞬時に察する事が出来る。後に指名を受けた21世紀警備保障の広報2課と竹尾ゼネラルカンパニーは大喜びしたとか。
何の話題なのかと逡巡している最中、モニター越しにトライアの視線が夕呼に向けられた。
それに気付いた夕呼が疑問符を浮かべると同時に、仮面越しの顔に笑みが浮かび上がる。
「そうそう。二日後に迫った基地建設の時には私もAGと一緒にそっちに行くからね。香月博士と会えるのを楽しみにしてるよ!」
おコンさんから覗かせる片目でパチッとウインクを決めるトライアに、苦笑気味の夕呼。
だが、その苦笑は瞬く間に凍りつく事になる。
「それとだけど、そっちに人間以外の種族を連れて行ってもいいかい?」
「――え?」
何を言ってるのかと目を白黒させる夕呼だが、瞬時に思い返す。人間種族以外の生命体も居るとは確かに聞いて居た。そう考えれば、火星調査隊に居たゼウス神とやらも神族か何かで人間以外なのだろうと、露骨に思考を逸してみる。
返答を待つトライアを見て、一拍置いた後に困惑をこらえながらも最低限の質問だけは返す事にした。
「…ッ、どの様な種族かにも依ります。人間との外見の相違という問題は大きいですので。特に、日本帝国は単一民族国家ですから、そういった事に寛容とは言い切れません」
「そこは重々承知してるから、あんまり人目に晒すつもりは無いよ。建設作業員として非戦闘員の獣人達に仕事させてやりたくてね」
説明と同時に映された獣人達の画像に、言葉が詰まる。明らかに人と同じ体格をしていない者が殆どだ。夕呼自身、BETA以外の地球に存在しない生命体を見るのは初めてである。動揺も少なくない筈だがそれを堪えているのは褒めるべきだろう。
(規格としてはだいたいは人に近い。人目に極力触れないのであれば、或いは…)
「ええ、人目を極力避けて頂ければ、話は通しておきます」
渋々とは言った体ではあるが、それを承諾する。
建設予定の横浜基地は通常の基地とは違い、Z-BLUEが自ら建設する基地である。その技術は当然この世界のソレを超えているものであり、機密事項も多い筈。となれば、必然的に秘匿された空間での建設作業となるだろう。
そこで働く人員が外に漏れないのであればと、夕呼は頷く。
「有り難いね。獣人は日中しか活動出来ないとは言え、人間よりもスタミナや力は遥かにあるからね。人と連携した共同作業をさせれば遥かに効率的なんだよ」
効率的。つまり、基地建設が人間だけで行われるよりも早く済むという比喩に、思わず喜色を浮かべる。
夕呼は想像出来ていないが、戦闘能力も高い事が多い獣人は不審者をつまみ出すのにも最適である。なんせ、作業員の大半が獣人であれば、残りの人間を覚る事は難しく無い。
そこにふと知らない人間が紛れていれば、目立つのは言うまでもないだろう。
「ところで香月博士、一つ此方からお願いしても宜しいでしょうか?」
「……はい、なんでしょう?」
話の切れ目を狙って声を掛けてきたのは田中に、夕呼は思わず身体を強張らせた。
夕呼の見立てでは技術者でも無く、戦略家でも無い田中は会議内でもあまり接点の無い人物だ。
そんな関係性の人物が急に『お願い』という言葉を発すれば、相手がZ-BLUEの人間であったとしても身体に力が入るのは仕方ないだろう。いや、Z-BLUEからのお願いだからこそか。ましてや、飄々とした雰囲気を持つ田中の発言回数はそれほど多くなく、心情を読み取るには些か情報量が足りない。
表情を引き締めた夕呼とは対照的に、田中は頬を掻きながら要件を述べる。
「横浜基地で行う予定の植物再生適応試験なのですが、この世界の植物情報に詳しい人間を探していてですね。なので、どうにかその手の詳しい人を紹介して頂けると嬉しいのですが…お願い出来ませんか?」
「なるほど…」
お願いの内容自体は、夕呼にとって無理難題という内容では決して無い。だが少々問題があるのも事実だ。
動植物に関して詳しい人材を夕呼は知り得ていない。何故ならば、夕呼は物理学者であり、学会で関わるのは当然その方向性の人間である。
つまり、『誰かの伝手』を頼ってZ-BLUEに紹介する事になる。
帝国を通せば話が大きくなりすぎるし、恐らく『誰よりも権威を持つ』植物学者が推されるだろう。だが、Z-BLUEが望んでいるのは間違いなく『権威など関係なく優れている』植物学者の筈。
夕呼としては、誰にも貸しを作りたくなど無い。しかし、話に聞く植物再生適応試験はこの世界の食糧事情だけでなく、環境回復に繋がる大きな話と見ている。地球を捨てて人類だけが生き残るならまだしも、BETA戦を切り抜けた人類が再び地球で生きるのに、動植物は不可欠なのだから。
誰かを頼るしか無いという事態を避けれないとして、次に夕呼が考えるのは誰が最適か。己の利益を優先的に考える者とZ-BLUEを繋げる訳にはいかない。
逡巡を繰り返している最中、神出鬼没の中年男の顔がチラチラと脳裏を過り、それを見ない事にしていた。が、その男であれば殿下の意向にも添うだろうこの植物再生適応試験にぴったりな人材をきっと見つけるだろうという妙な信頼を浮かべてしまい、胸中で舌打ちを放つ。
(…止むを得ないわね…)
「分かりました。伝えておきますので、また後日に改めて連絡させて頂きます」
悪くない返答に助かりましたと笑みを見せる田中。不安な事項も幾つかあるが、それでも先行きは決して悪くない。
寧ろZ-BLUEのお陰で格段に良くなっているばかりだ。だからこそ、気を抜くまいと顔を引き締めつつ会議に思考を瞬時に戻す。
二回目の艦長会議の参加ながら、Z-BLUEの会議に少しずつ馴染み始める夕呼が居るのだった。
《1998年9月8日 7時30分 仙台港 ラー・カイラム》
艦長会議が滞りなく終了して数十分が経過しただろう朝、一人自室で苦悩の声を漏らす者が居た。
机の上に散らばるのは図鑑・書籍・ノートと様々であり、それが一様にして勉学の痕跡だと伝えている。そんな机で必死にペンを動かしていた少年は脳の疲れを感じ、指先の動きを止めた。
「はぁ……」
休憩しようと机の上をそのままに、空気音を吐き出す扉を抜けて自室から出た少年は背後から声を掛けられる。
「ハサ!」
自身の愛称を呼ばれ、ハサウェイは声の方に振り返った。
ハサと呼んでくる者は一人しか知らないハサウェイは、視界に入った少女を見て笑みを零し、疲れた表情を霧散させていく。
「クェス、特訓は終わったの?」
「今日もバッチリ! ギュネイにはスコアの差でまた負けちゃったけど、α・アジールさえあればギュネイだって追い越しちゃうのに!」
廊下の壁に背を預けながら、不満で頬を膨らますクェス。
そんな彼女を宥める様に微笑んで見せ、彼女の気になった論点を柔らかく指摘してみせる。
「でも、α・アジールだと地上では機動力落ちるよ? ファンネルも宇宙ほど使いやすくは無いだろうし…」
「あーあ、やっぱりそうだよね。ハサも特訓やってみた?」
「…………」
快活な笑みを見せる少女に、苦笑いを向けるハサウェイ。それを見て何かを感じ取ったクェスは訝しげな顔をしながら、上目遣いに覗き込む。伏目がちだった視線と憂う視線が交差したと気付いた瞬間、ハサウェイはついて出る様に苦笑いを零した。
「あ、ごめん…実は少し悩んでて…」
「…ハサが悩むなんて珍しいね。個人的な事?」
「うーん、個人的と言えばそうだけど、皆に全く関係無い訳でもないんだ…」
苦い顔を続けるハサウェイにクェスはそっかと零し、パッと顔色を明るいものに切り替える。この快活さと切り替えの速さで、憂鬱な空気を吹き飛ばせるのはクェスの美徳だろう。
「皆にも関係あるならさ、聞いてもらおうよ! アドバイスだって貰えるかもしれないでしょ?」
「……うん、そうだね。そうしてみようかな」
「じゃ、今直ぐ食堂に行こ! 私だって聞きたいんだから!」
グイグイと背を押され、あっという間に食堂に着いてしまう。
いざ話す時が近づけば動悸は少なからず激しくなるもので、ハサウェイの表情は幾らか硬いままだ。クェスの呼びかけに集まった者達を前に、ハサウェイは重たくとざされていた口をゆっくりと開ける。
「…さっき、父さんから提案があって…新しく出来る予定の横浜基地で行う植物の実験に、良ければ参加してみないかって」
「良い事じゃないのか?」
重々し気に開かれたハサウェイの言葉にあっけらかんと返すのは、タッグを頻繁に組む間柄のカツだ。
各々には戦争が終わった後の未来がある。戦いに図らずも巻き込まれた者達は、軍属以外の生き方を選択する予定の者も少なくない。植物学を専攻する予定のハサウェイもその一人である。
戦いはいずれ終わるのだから、進路の為に役立つだろう事に参加するのは良い事だと推すカツだが、ハサウェイの表情は依然明るくない。
「カツ、多分そういう事じゃない。BETAとの戦いの最中、一人だけ戦線を離脱しかねない戦況に頭を悩ませている…そうだろ?」
「……はい」
カミーユからの的確な補足に、問題点を改めて突き付けられた気分のハサウェイ。
俯くハサウェイに対し、斜め前に座っていたギュネイが素っ気なく声を掛ける。
「別に良いんじゃないか? 現状、戦線が厳しいって事は無いし、いざって時に戻ってこれない訳じゃない。BETA程度なら、多少腕が落ちてもなんとかなるだろ」
「そうかもしれませんけど…まだ色々決まってないんです。最初は横浜基地でってなってますけど、それからずっと横浜基地で植物研究をやるのかどうなのか…」
「場所が変わる可能性もあるのね」
不透明な予定に、苦しい表情を受かべるフォウ。
現状、得ている情報が少なすぎるが故に、結論をおいそれと出すのは難しいと場の誰もが実感している。
「それって場所が変わった時に、BETAの襲撃があったらどうするの?」
「う…流石に、近くに軍事施設とかがあるとは思いますけど…」
「楽観的に考えられないね」
ファの指摘に、全員の顔色が渋みを増す。日本であれば、Z-BLUEの近くであれば問題は無いかもしれない。
だが、これがアフリカやオーストラリアといった、全く別の大陸へとハサウェイが離れてしまうのであれば、万が一の時にZ-BLUEが駆けつけるのは困難となってしまう。
「どのみち俺達がBETAを退け続けなければ人類は厳しいままだ。やることは変わらないし、後方に控えている人達を守るのも変わらない。ハサウェイ、自分の道は自分で決めるんだ。何か分かれば、また相談してくれ。俺達からも上に掛け合う事は出来る」
「ありがとうございます。もう少し、考えてみます」
そう言って愛想笑いを零した後、席を立って背を向けたハサウェイの瞳は僅かに揺れていた。
ハサウェイの葛藤と同時刻、とある一室でC.C.がソファに腰を下ろしていた。足をフラフラと動かし、胸元にお気に入りのチーズたん人形を抱えつつ、手元のタブレットを操作している。
そこに映し出されているのはBETAの占有領域で色分けされた世界地図であり、つまらなさそうに眺めながらページをスライドさせていく。すべてのページに目を通し終えて溜息を吐いた時、入り口のドアが空気音を吐き出した。
「ああ、戻ったか。で、どうだったんだ?」
明らかな喜色を浮かべてタブレットをソファの横に押しやると、挑発的な笑みを浮かべる。その眼差しを一瞥しながらヘルメットを外し、ゼロからルルーシュへと戻った青年は冷蔵庫のドリンクを一つ手に取ると、C.C.に背を向けながら答えた。
「概ね問題無いだろう。大杉課長も喜んでくれていた」
「ふふ…そうだろうな。広報2課は万年金欠だからな。お前が大量にダイ・ガードの兵器を買い取れば喜びもするだろう」
ドリンクのストローを口から離し、肩越しに緑髪の女を見やれば自身のソファに寝転がっている。自分の部屋の様に寛ぐC.C.に内心呆れつつ、向かい合わせになる様に設置された反対側のソファに腰を下ろした。
「米国に対する牽制は、お前の得意とするところだろうが…BETAの方はどうだ?」
「それも概ね問題ない。だが、俺たちはBETAの『対応能力』がどれほどのものかを完全に把握できている訳では無い。これからの戦場では、BETAの対応能力とその戦略に依っては撤退させられる事もあるだろう」
「ふふ、奇跡を起こす男にしては弱気だな」
「相手を過大評価するつもりも、過小評価するつもりもないだけだ」
寝転がりながら発せられる蠱惑的な姿勢と視線を受け、ルルーシュは不敵な笑みで迎え撃つ。
BETAの対応能力とは、はっきり言って恐ろしいものである。今まで戦ってきたバアル達の中に、戦う度に進化する者など居なかった。せいぜい違う種類が奥の手として出てくるか、数が増えて出てくるか程度である。
だが、それは『対応』とは別物なのだ。
BETAは嘗て、航空戦力の排除の為に光線級を生み出したと言われている。Z-BLUEから見て、この世界の航空戦力が特別秀でているとは思えない。だからといって、ここまで完璧に封殺する種を半月で創造されてしまうのは、ルルーシュからしても恐ろしく感じてしまう。
BETAが『どこまで』対応できるのか、という疑問は当然ある。たとえば、Z-BLUEの機体には幾つか『バリア』を持つ機体がある。ルルーシュの駆る蜃気楼の絶対守護領域を始め、輻射障壁、A.T.フィールド、フィン・ファンネル・バリア、D・フォルト、GNフィールド、ピンポイントバリアなど、多数多様だ。もし、BETAがバリア貫通能力を持ったBETAを創造する場合、それがどれほどまでの性能なのかが分からない。
単なるエネルギーバリアである、ピンポイントバリアやブレイズ・ルミナスを抜くならばまだ想定の範囲だ。だが、物理法則に干渉しているバリア――次元の歪みで遮断するD・フォルトを始め、ラムダ・ドライバやイナーシャルキャンセラー、サイコフィールドやA.T.フィールドまでもを突破する能力を打ち出されれば、脅威という言葉以外出てこないだろう。
未だにBETAのポテンシャルを把握しきれていない以上、当然ついて回る問題だとルルーシュは思索している。
「それより、次の一手は決めてあるのか?」
「愚問だな。BETAには確実に戦略を理解する存在が居る。故に、此方が日本帝国を開ける様に動いてやれば、奴らもまた動くだろう。伏兵も既に用意してある上、ハイヴを短期で生け捕りにする作戦も万全だ」
「流石だな。各国に対してはどうする」
「一番大きな力を持った米国に対しては問題無い。だがソ連や他の大国を始め、国連内のパワーバランスには未だ大きな偏りが存在している。まずはそれを変える」
「米国に仕掛けるのか?」
悪い笑みを浮かべて問うC.C.に、ルルーシュは口角をクイと上げただけ。それだけでC.C.は何かを察したのだろう、その話題を振る事は無かった。
「そこは追々見させてもらうとするか…所で――」
不敵な笑みが一転し、瞬時に不満気な顔に早変わりする。訝しげに片眉を上げながら反応を示したルルーシュに、そっと細長く肌の綺麗な腕が差し出された。
「……なんだ」
「ピザは無いのか? それくらいお前なら用意していると思ったのに、冷蔵庫にも何処にもないぞ」
さも当たり前だと言わんばかりに上から目線で好物を元共犯者に要求する。早く出せと催促する様に、手首を上下に揺らすC.C.にルルーシュは素早く視線を逸らし、シッシッと追い払う様に手を払う。
だが、当然それで言う事を素直に聞く筈もなく、結局はゴネられた挙句にピザを作らされる事になるルルーシュであった。
《1998年9月10日 7時30分 仙台第二帝都城》
「……こちらも良い香り!」
封を切り開けたばかりの茶缶から漂う香ばしい風味が鼻腔を刺激し、年甲斐も無く目を輝かせた中年女性は、茶葉を急須に必要分だけ入れると、そこに程よく冷ましたお湯を注ぎ込む。
葉が開くまで待つ一分。
それを今か今かと待つのはどれほどぶりかと内心苦笑を零す。苦味を出さぬ様、なるだけ揺らさずに湯呑へと中身を注ぎ、目的の人物の元へとそれを運んだ。
「お疲れ様でございます殿下」
「――あ…侍従長、感謝します」
侍従長の接近に気が付かなかったのだろう、悠陽はハッとした顔で面を上げて笑みを繕う。
その笑みで隠し切れないでいる疲弊の色を憂いた侍従長は、そっと手元の湯呑を差し出す。僅かに驚きの表情を浮かべた悠陽が湯呑を口元に運ぶ。
湯呑に口を付け、俯きがちだった顔が再び上げられた時、驚き一色で染められていた。
「侍従長。これは……」
「はい、今となっては大変珍しい梅昆布茶ですよ! 鎧衣課長が持ってきてくださったのですが、大変良い香りで――」
満面の笑みを浮かべる侍従長の説明を聞きながら、悠陽は思い耽る。
(明らかに合成とは異なる味わい、香り。――鎧衣が持ってきたものであれば、その出所は間違いないでしょう……嫌に、なってしまいそうです)
「殿下…もしや、お気に召しませんでしたか?」
「――! いえ、とても美味しいです」
無意識に眉根を寄せていたからか、憂え気に覗き込む相手を安心させれば、再び笑みを見せてくれる。
一人になりたいと侍従長に断りを入れた悠陽は、襖に囲まれた静まり返る自室で黙考を再開し始めた。
(今の帝国に、Z-BLUEの手を一切借りないという選択肢は無いのでしょう。それは誰もが理解している筈……彼等が納得する妥協点を見つけ出すしか手は無い……)
そこまで考えた悠陽は、脳内で情報を纏めていく。
Z-BLUEと帝国の奮闘により、BETAから一気に本土を取り返した帝国は、現状BETAの支配地域とされている佐渡島を除いた全域を活用できる状況だ。
しかし激減した人口で国土全域を一気に復興させる事など、出来る筈も無い。
悠陽の国土に対して優先的にやるべきだと考え進めている事項は三つ。
一つは帝都復興。これにより、全ての本部を一度京都に移すのだ。国の中心機関が元ある場所で元の姿に戻れば、それだけで対外的な復活アピールは少しでも果たせる筈である。
二つ目は、悠陽達が避難している東北を避難民に広く活用して貰う事。避難民にも再び職を提供出来る時期になったと言えるだろう。生産業の拠点としての再興を想定している。
そして三つ目。九州の要塞化、及び防衛線の再構築である。
九州はBETAの支配地域であるユーラシア大陸との距離が非常に近く、再びBETAの侵攻があるとするならば、第一防衛線は再び九州に敷かれる筈。となれば、軍事拠点としての機能を最低限復活させるのは間違いなく急務である。
つい昨日、国連軍総司令部がカムチャツカ、日本、台湾、フィリピンを始めアフリカ、イギリスまで至る防衛線にて、ユーラシア大陸へBETAの封じ込めを基本戦略として決定を下した事も大きな一因である。
(苦しいですが、持ち得る全てを戦力としなければ……)
そう思案するも、戦力と言えるほどの武力も国力もそう多い筈も無く。事態を一刻も早く打開する為、その一歩が今朝踏み出された事に思考をシフトさせる。
早朝に、総理である榊是親が打ち出した女性の徴兵対象年齢に対する修正法案が議会で可決されたのだ。これにより、15歳以上の女性が徴兵の対象となってしまう。政威大将軍である悠陽が前線に出る状況はまず無いだろうが、この引下げにより悠陽も来年は戦術機の適正試験を受ける必要が出てきた。
これに反対するつもりは無い。しかし自身と同じ年の少女を戦場でBETAにぶつけるというのは、心苦しいものであるのは確かなのだ。当然、悠陽としては誰であろうと戦場で命が散る事を決して良くは思わないが。
悠陽には可決された瞬間、木槌の鳴り響く中で榊の辛さを押し隠した表情が見えてしまっていた。榊にも悠陽と近しい年頃の娘が居ると侍従長から耳にした時、その表情に得心と共にやるせなさを感じたのは新しい。
この修正法案は実のところ、少し前から考えられていた。それが何日も縺れ込む程、大いに揉める事となった原因――それもまた、Z-BLUEなのだ。
そもそも15歳の少女に戦場でのなんたるかを指導したと仮定し、17~18で戦場に出したとしても効果があるとは思えないと武官の誰もが口を揃えていた。それは悠陽も共感する所。しかし、それを可能とする為の策。それこそが『Z-BLUEの高性能シミュレーターで十分に経験を会得させてから戦場に送る』というものである。
稼働にかなりの電力を使用する現行のシミュレーターとは性能もコストも一線を画すシミュレーターがあるという話は、帝国軍部からの報告で上がっている。一部の者がZ-BLUEとの交流があったと悠陽も耳にしているため、その者達からの報告なのだろう。
Z-BLUEに対する悠陽の印象からすれば、シミュレーターの提供を拒む相手では無いというのは簡単に予想が付く。
しかし、問題はZ-BLUEに頼りすぎているといった議会内部での反発が増している事にある。
Z-BLUEが帝国を支配しようと画策しているなどといった懸念が絶えないが、それには疑問符を浮かべる者も当然多い。Z-BLUEに銃口を向けられ『言う事を聞け』と脅されれば、軍事的な観点から見て白旗を振らざるを得ないのは誰もが理解している。
そういった事態が容易に想像出来る反面、現実にならない所か、その素振りを殆ど見せないZ-BLUEへの警戒は変わらず強い。
今朝の議会で、数少ない同胞の夕呼が提示した『とある』案件でも騒がしさを増したものの、それを上手く纏める方向へと話題を滑らかに通したのは悠陽からしても有難いと言えるのがまだ救いか。
夕呼の話術による予定調和な部分が見え隠れしていたが、最終的に高官を苦し紛れであれど納得させ、要件を押し通すのは流石だと悠陽も感心していた。これにより、帝都復興に国力を予定よりも多く割く事が出来るのは僥倖か。
(全てが同時となってはしまいますが…今、一番大きく力を入れるべきは九州防衛線の強化ですね……国民の皆様には本当に苦労を掛けてしまいます)
内心小さくゴチた悠陽は、湯呑の冷め切った梅昆布茶に視線を落とす。
今朝の朝食時に出てきたほうじ茶も、合成では存在する筈の無い香ばしさがあった。恐らく、これもそれもZ-BLUEから提供されたのは間違いないだろう。趣向品に始まり、軍事だけにとどまらないであろう種々の技術、物資に至るまでZ-BLUEに頼らざるを得ない現状に、僅かに湯呑の底に沈んでいる梅肉を見やる視線は鋭い。
横浜にはZ-BLUEの基地建設計画があり、そこで建設作業をする者は『人間とは違う種族』という夕呼から耳にした極秘事項。建設される横浜基地のスペックやそこで行われる研究の概要も概ね知らされているが、そのどれもが規格外でこの国――延いては世界全体の益と成る内容が大半を占めている。
そして、そのどれもがZ-BLUE無くして出来る事では無い。この国が単独で成せる事など最早無いのかと、悔しさ任せに奥歯を噛み締めてしまう。
「焦っては、しかし――」
小さく呟いた少女は、『立ち止まってはならない』と心に言い聞かせ、湯呑に僅かに残った液体を素早く飲み干すと、襖に手を掛けて部屋を後にした。
戦闘がしたい…
戦いたい…です。
MSばっかりの戦闘だと満足出来ないですよね?(白目)