to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

15 / 29
GWなので私も息抜き程度に投稿させて頂きます。

息抜きなのでかなり短いです。ご容赦を。


第ニ章 幕間(1)

《1998年9月1日 5時30分 練馬基地》

 

 

明星作戦を終えた翌日の早朝。

 

日が昇り始める少し前の時間帯は未だ薄暗く、それでいて彼方に見える夜の端には青白い薄明の兆しが見えかかっていた。まだ起床時刻には少し早い故か基地内の通路を使用する人影は少なく、周囲を満たす静寂さこそ、この国がBETAの脅威を一時的でも退けたのだと実感できる証である。

 

歩を進めながらも僅かに冷たさを感じる新鮮な空気を胸いっぱいに積め、昨日までの緊迫した重苦しい空気をゆっくりと吐き出し、全身の気を入れ替える。この数ヶ月間、滅多と感じられないでいた清々しさを体中で堪能しつつ、唯依は目的地へと向かっていた。

 

唯依は現在、帰還したばかりの基地の司令室に単身呼び出されている。

 

一介の少尉――それも、ついこの間までは衛士養成学校に通っていた未熟な衛士が名指しで呼び出される事は多くないだろう。

 

しかし、自身が有象無象の新任少尉達と何ら変わらない立場であるなど、それこそ考えてすらいない。

 

特段呼び出される理由が思いつかないなどと恍けるつもりも無い。幾ら、上官の命と帝国の事を思った行動を取ったとはいえ、それが上層部に取って望まれていた結果だと断言は出来ないのだ。

 

 

(私は衛士としてまだ未熟だ…この一度で、衛士としての立場を失う事は避けたい…)

 

 

胸中で軽く整理を付け、司令室の扉を二度叩く。大きくない声だが、ハッキリと中からの応答が耳に入り、ジワジワと滲み溢れ出てくる緊張を生唾と共に飲み干した。

 

 

「失礼します、お呼びでしょうか」

 

 

敬礼と共に要件を伺えば、上質な木製の机で書類仕事をしている手がピタリと止まる。

 

万年筆をそっと置いた禿頭の男は鋭い視線を唯依に向け、一拍置いてから低い声で唸るが如く言葉を発し始めた。

 

 

「篁少尉。貴官はまだ衛士として、斯衛の軍人としての日が浅い事を考慮し、その質問に答える事としよう。――報告せよ」

 

「――――っ!?」

 

 

威圧感を滲み出しながら放たれた命令に、思考が停止し硬直する。

 

それも数秒。意図を理解した唯依は、即座に敬礼をしながら上官の指示に従ってみせた。

 

 

「はッ! 失礼しましたッ! 第零特務大隊所属、篁唯依少尉。ただいま帰還しました!」

 

 

成り行きとは言え、唯依は戦闘中に事前報告をせず他国の軍と接触、剰え合流している。その他にも色々と言いたい事はあったが、それを飲み込んで男は淡々と話を続ける。

 

 

「ご苦労。貴官と崇宰大尉の状況は概ねZ-BLUEからの通達で把握しているが、詳しい状況整理の為にも後で取り調べを受けて貰う事になっている。異論は無いな?」

 

「了解しました」

 

「それとだが――」

 

 

承諾の返事を返すと、矢継ぎ早に再び開かれた言葉に疑問符を浮かべ、注目する。そして、放たれた文言に唯依は呆然とした。

 

 

「篁祐唯殿の戦死が確認されたそうだ」

 

 

無情にも静まり返る室内。夜明けが始まった事を意味する淡い日光の暖かさがやけに鮮明に感じられる。

時が止まった様な静けさの中、唯依の頭の中では言葉が反響するように忙しなく響いていた。

 

 

「今、なんと……」

 

 

失礼に値するとは理解していても、聞き返さずにはいられない。目を見開いた表情は動揺をありありと見せ、額や首の裏には脂汗が薄っすらと浮かんでいる。

 

 

「以上だ。退室してくれたまえ」

 

 

要件は終わったと言わんばかりに淡々と放たれた言葉こそ、聞き間違いだと信じたかった唯依の心に深く鋭く突き刺さる。

 

下唇を強く噛み締め、制服の裾を強く握りしめずにはいられなかった。だが、悔しさの滲み出る表情だけは見せない様にと、下を俯き震えを噛み殺す。

 

 

「……ッ! 失礼しました…!」

 

 

様々な負の感情を飲み込みながら一息にて吐き出された言葉と必死の敬礼に、相手は目線を合わせない。

 

司令室を後にし、気付けば基地内の自室前まで来ていた。何処からどの道を通って戻ってきたのかなど、今の唯依には記憶すら出来ていない始末である。

 

覚束ない足取りで部屋に入れば、普段から整頓されている見慣れた机の上には茶封筒が置かれていた。

 

手に取りながら力無く寝具の上にへたり込み、恐る恐る開封した中身は父の情報と自分宛ての遺書。

 

水滴で滲む目に微かに映るのは、父の乗機が横浜ハイヴに突入した事。暫くしてG弾が投下され、それと同時にマーカーが消滅。戦後の現場調査では部隊諸共機体の鱗片すら見つからなかった事。

 

今の唯依に、二度も読み返す気力は無い。

 

只々肉体と精神の疲労と倦怠感に身を任せ、膝を抱えて身体を丸めるかの様に、寝具に包まれながら嗚咽を漏らすだけだった。

 

 

 

 

 

夕刻。昼過ぎに執り行われた身体の精密検査と取り調べを終え、基地内の地下ハンガーを独り訪れていた。

 

数日ぶりに訪れた基地は、予想通りいつもと変わらない。出撃前でもそうでなくとも、ここの雰囲気だけは変わらないでいる。小休止とあらば各自が自由に過ごし、各自が好きな様に自主訓練に励む姿は疾うに見慣れたものだ。変化点といえば、ハンガー内の機体と乗り手である衛士が幾らか見えない事か。

 

唯依は、この場所の雰囲気が特段好みとは言えない。仲間内との友好を温める事が嫌いという訳では無いが、積極的に知らぬ者と関わりを持とうとする性格でも無い事から得意としていない。ましてや、第零特務大隊は個人主義者の塊という言葉が相応しい部隊。最低限の連携こそあれど、元の所属が違う者同士で言葉を交わす事はそう多くない。

 

脳震盪の影響で強制的に安静を強いられている恭子は現在、Z-BLUEから移送されて軍の病棟で数日間入院させられる嵌めになっている。

 

恭子の居ないハンガーは、唯依の思っていた以上に居辛い場所だったのだと今更ながらに一人痛感させられていた。

 

取り敢えずハンガーに来た目的だけでも果たそうと目的の人物を探すと、一人の衛士と目線がぶつかる。その直後、遅れて自身を見やる三対の瞳。それに敬礼を示すと、相対する四人も向き直って敬礼を返してくれた。

 

 

「漸く顔を出したか、篁少尉」

 

「漸く、というのは?」

 

 

眼前の集団を率いており、恭子以外で数少ない会話をしたことの有る者であり、同時に好感の持てる人物である月詠真那が言葉を掛けてくる。投げかけられた言葉の意図を聞けば、連れの三人から重機関銃の様に色々と飛んできた。

 

 

「貴官の機体。あれは何だ!?」

 

「搬入されてきた貴官の武御雷を目にして、平時から言葉数の多い斑鳩大隊長が珍しく閉口していたぞ」

 

「記録映像を私達も見せてもらったが、中々腕が立つようになったな!」

 

 

口々に話し出した三人に、唯依は無意識的に半歩下がる。言葉を交わした数そのものが少ないからか、三人がこれほど生き生きとしながら口を開くとは思っていなかった。

 

真那の側で控えている時の堅苦しい雰囲気を忘れたかの様で、比較的歳相応と言っても可笑しくないのかもしれない。

 

 

「お喋りはそこら辺にしておけ。篁少尉、あちらで大隊長が待って居られる。早く行くと良い」

 

 

真那の静止の声に表情筋と口許を引き締め直した三人に、何処かおかしさを感じて苦笑いを浮かべつつ真那の示す方向に目をやれば、入り口からは柱の影になって見えなかったが自身の乗機に整備兵達が群がり、それを包む異様な活気に目を惹かれる。そしてその中に、件の斑鳩の姿も見つけた。

 

真那と三人に再び敬礼を返し、唯依は直ぐ様乗機の元へと駆ける。

 

自身に近寄る者に気付いた斑鳩は首だけを回して確認し、誰かを確認すると向き直って同じ様に敬礼を返す。

 

 

「斑鳩大隊長。篁唯依、ただいまZ-BLUEより戻りました!」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

 

労いの言葉と共に、唯依は乗機に関しての説明を求められる。

 

昼過ぎにも取り調べで話した内容を想起させつつ、目線を斜め上にして乗機を見つめながら口を開く。何度も説明をするのは些か癪なものだが、それも仕方がない。自身の武御雷がZ-BLUEの手に依って復活したその姿はどうあがいても目を見張るもので、整備兵達が興奮を隠さずに弄り回し、事細かに議論を繰り返していることからも、どれほどの注目を浴びているのかは理解しているつもりだ。

 

説明を始めた唯依は、脳の片隅で忘れられない数日間の事を鮮明に思い起こしていた。

 

 

 

 

 

《1998年8月28日 17時19分 ネェル・アーガマ》

 

唯依と恭子が同行しているZ-BLUEの艦――ネェル・アーガマは、ラー・カイラムと共に現在BETAへの追撃を開始していた。

 

つい数時間前にハイヴへ落とされた二発のG弾。その圧倒的な威力に唖然としたが、それはBETAも同じだったのだろう。G弾の効果範囲が消滅するのを待たずBETAは転進。佐渡ヶ島と鉄原のハイヴを目指してそれぞれ撤退を始めたのだ。

 

これを逃す手は無いと各部隊が一斉に追撃を仕掛けており、それはZ-BLUEも同様である。

 

 

(くッ…こんな時、武御雷が健在であれば…!)

 

 

自身の不甲斐なさで、恩人も戦術機も危険に晒してしまった。そしてこの数ヶ月の間、帝国を散々好き勝手してくれた怨敵に対し、千載一遇の報復行動に出る機会を前に、ただ座して見ている事しか出来ないでいる。この胸の内と硬く握られた拳の中で蠢くドス黒い圧が、口惜しさで無くて何なのか。

 

隣のベッドで眠り続ける恭子をカーテンの隙間から手を差し込んで確認するも、今暫く起きる気配は無い。カーテンを音を立てず静かに戻し、宛もないまま気を紛らわせようと医務室を後にしながら溜息を零した。

 

とは言っても、今の唯依にとって艦内で行き来を許されている場所を考えれば、医務室と格納庫のみが現時点での活動範囲内だと考えている。

 

一切立ち入りの指示は受けていないが、不信感を煽る様な行為は恭子の為にも避けるべきである。とは言え、こうも自身をフリーにするZ-BLUEとは警戒が足りないのか。将又、自身の想像し得ない要因による自信の現れかと詮無き事をぐるぐると巡らせていた。

 

 

(…悩んでいても仕方無い。何か出来る事は…)

 

 

そう思い立った唯依は格納庫へと歩を進める。戦えない自分でも戦場で何か役に立ちたいという意志を瞳に灯し、収容されている自機へと向かう事にした。

 

格納庫内で見慣れぬ人物である自分に気付いた者は一瞬視線を向けるが、直ぐに誰もが視線を外し、気にした素振りを特に見せない。帝国では、部外者として締め出される事は勿論、拘束されるかも知れない事を考えれば、やはりこのZ-BLUEは異質だと唯依は思わずに居られない。

 

そんな視線を掻い潜りながら自機のコクピットへ向かい、乗り込んでは整備マニュアルを探し出す。機体には、万が一の応急処置をパイロット本人がする時を想定し、簡易ではあるが整備について書かれたマニュアルが置いてあるのが一般的だ。それはこそ武御雷にも言えることである。

 

それを膝の上で開けつつ、機体のシステムを起こして各部の状況を確認させていた時である。

 

 

「君。そこで何してるの?」

 

 

掛けられた声に従って首を動かすと、視界にはコクピット内を覗き込んでいるくせ毛気味の少年。

 

整備兵とは思えないその者に、訝しみながらも問いを返す。

 

 

「そちらこそ、ここに何の用だ」

 

 

意識からさっきまですっぽり抜けては居たが、この武御雷は帝国の最新鋭機であり、未だ各国の何処にも情報を漏らせない代物なのだ。幾らZ-BLUEの者であろうとも、見られる相手が少年ではその視線に鋭さが混じる事も致し方無いだろう。

 

そんな唯依の威嚇を受けた本人は、一瞬面食らうも直ぐ様反撃に掛かる。

 

 

「むっ…! 君はこの機体のパイロットかい? 軍の機密とかで過敏になるのは分かるけれど、こっちに機体を見せてくれなきゃ手当て出来ないじゃないか。ほら、良いから退いた退いた!」

 

 

不貞腐れた相手が見たまま子供だと分かるや否や、唯依も迎撃に打って出る。衛士養成校では落ち着いた雰囲気を全面的に出していたが、生来気の強い性格でもあるのだ。歳の近いだろう男性にこうも正論で説かれ、癪に障るのは彼女も歳相応である限りおかしい話ではない。

 

 

「この機体は私が預かっているものだ! 貴方の様な年端も行かない――」

 

「へぇーそんな事言って良いんだ!? 君の機体、直して戦場に戻す事だって出来るかも知れないのにさ!」

 

 

『年端も行かない』。このフレーズは、唯依と相対する少年がZ-BLUE参加初期、密かに気にしていたモノ――古傷とでも形容しよう。

 

Z-BLUEの生活班と整備班は、いついかなる時でも人手不足で悲鳴を上げている部署だというのは周知の事実。幾ら人手不足とは言え、ただの工業系の専門学校生が即戦力に早変わり出来るモノでは無い。

 

しかし、Z-BLUE参加初期にチーフであるアストナージに弟子入りした彼は、他の軍属整備士に混じりながらメキメキと実力を上げ、今では立派な整備員としてZ-BLUE内で高い評価を受けている。

 

そうとは知らない唯依は、少年の発言に目を白黒させる。が、直ぐにその表情は怒り一色に染まった。

 

 

「嘘を言うなッ! 私は代々戦術機やその武装開発を手掛けた家系の生まれだ! この武御雷を修復する為に充分な予備が必要な事も、ここではそれが不足している事も全て理解している!」

 

 

コクピットから出ながら、食って掛かる様に少年の襟を掴んで睨みつける。マトモな戦術機一つも載せていないこの場所で、どうやって半壊した戦術機を修理出来るのだと怒りをぶつけると同時に、心の底から滲み出るのは虚しさか。

 

無知な者に悪質な希望を持たせるかの如き眼前の若造に、感情任せに拳を叩きつけそうになった時、再び衝撃的な言葉を投げ掛けられた。

 

 

「――直せるよ」

 

 

憤怒に満ち満ちる唯依の目を真っ直ぐ見つめる少年の目は何処までも真っ直ぐで、機体と自分の腕を信じぬいている――唯依の怒りを受け止める眼に宿すのは、紛れもない自信から来る力強さだろう。

 

掴んでいた襟を離せば、青いツナギの襟を肩を動かすことで元の位置にずらし、再び目線を合わせて諭しだす。

 

 

「手が無い訳じゃない。ちょっと時間は掛かるけれどね」

 

 

真っ直ぐな翠色と視線が再び交差し、思わず息を飲む。そんな事が出来るのかと。その疑問は口に出さずとも、瞳に宿る炎が応えてくれた。

 

 

「当然、君にも手伝って貰うよ。俺も付きっ切りで居れる訳じゃないし、人手が多ければ時間が短縮出来るだろうからね」

 

「……分かった」

 

 

半信半疑ながらも了承の一言だけを短く返し、唯依と少年は行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月31日 5時43分 ネェル・アーガマ》。

 

 

「本当に、ここまでとは…」

 

「言っただろ? 直るって。カラーリングには目を瞑って欲しいんだけどさ…というか、随分派手になっちゃったね」

 

 

頭を左手で掻きながら、半分気まずそうに少年はそう溢す。

 

約2日間の限り有る時間を掛け、手が比較的空いている者を総動員しながら武御雷を修復する事を唯依達は遂に成し遂げた。以前と全く同じ姿・性能ではない故、『修復』という言葉は適切では無いが、それでも充分戦えるだろうと少年は自慢気に笑みを見せる。

 

 

「治って良かったな、武御雷! お前のパイロットも喜んでくれてるぞ!」

 

 

そう言いながらまるで友人に語り掛ける様に武御雷の装甲を撫でるタクヤを、唯依は変な物を見る目で思わず見つめた。

 

 

「…な、なんだよ、変な目で見て…」

 

「…いや、戦術機に話しかけるなんて変な奴だと思ってな」

 

 

その一言に――正確には、同年代の女子に奇異な視線を浴びせられた事に、大きく動揺し傷付く。どもり気味に慌てて弁解する様は、修理している時の輝いている表情は何処へやら。打って変わり格好悪くしか映らないでいる。

 

 

「は、はぁ!? 別に変じゃねぇよ! ……ロボットってのはさ、期待を込めれば一緒に戦ってくれるし、治りも早くなってくれるんだよ」

 

 

『只の機械がそんな訳無いだろう』。そう内心で思いはするが、日本古来には物に魂が宿るといった思想・信仰が存在する。

 

それに加え、『あり得ない』といった内容はこのZ-BLUEに滞在して幾度と無く経験してきたものだ。今迄の常識を以ってして切り捨てる事は無いだろうと内心思いつつ、願掛けの類だと当たりをつけながら視線では『本当か?』と訝しげに問うてみる。

 

 

「……別に信じないなら、それで良いよ……」

 

「そう不貞腐れるな。君には感謝している」

 

 

凹む少年に軽くフォローを入れれば、今度は相手が『本当か?』と同じく訝しげに目を細める。それがどことなく笑いを誘い、気付けば二人してクスクスと笑っていた。

 

笑って出来た目尻の水滴を拭いながら、少年が腕時計をチラリと覗いて話を切り替える。

 

 

「出撃許可はオットー艦長に通してあるよ。『奴らに目に物を見せるならば、所属は関係無い』ってさ。ハマーンさんとマリーダさんの部隊に配属されてるから、後は確認しておいて」

 

「分かった、本当にありがとう」

 

 

少年の手配に礼を言いつつそのままコクピットへ向けて踵を翻し、ハンガーに足音を響かせながら軽く拳を握る。自身の折れた筈の剣が、この少年の手により復活を果たし、未だ撤退し続けているBETAを屠る機会まで手に入れた事に酷く高揚している己をまざまざと自覚していた。

 

 

「大した事じゃないさ。壊して帰ってきたら怒るからな!」

 

 

見せない様にしていた緊張が伝わったのだろうか、ふと肩越しに彼の顔を見れば、キョトンとした目を向けてから再びニカッと歯を見せる。

 

 

「…ああ、分かっている」

 

 

思考を内側に入れすぎていたからか反応が遅れてしまう。少年の冗談半分の忠告に背を向けたまま返事しつつコクピットに乗り込もうとして――体を入れる直前に振り返る。ソレを見て、少年は何事かと首を傾げてみせた。

 

 

「少年、名前は?」

 

 

そう問えば、ここ数日で随分と見慣れた優しい表情を予想通りに浮かべる。

 

 

「俺はタクヤ。タクヤ・イレイだ」

 

 

戦場に向かう者の背中を押す爽やかな笑顔は、戦闘に参加出来ない整備員がパイロットにする激励の証。少々無邪気さを覗かせる笑みを受け、唯依も肩越しに笑みを返す。

 

 

「そうか。タクヤ、行ってくる」

 

「おう!」

 

 

気持ちの良くなる快活な返事を背に受けながら今度こそ乗り込み、網膜投影を開始。機体に火を入れながら、この数日間の事に思いを馳せる。

 

 

(Z-BLUE。変わっていて何かと明るく、なんだか居心地の良い…不思議な場所だ)

 

 

唯依がネェル・アーガマに滞在している期間、関わっていたのは何もタクヤだけでは無い。

 

彼の友人であるミコット・バーチには生活班の手伝いを強いられ、恩人であるカトルの指揮下に所属しているトロワ・バートンに機体の武装を幾つか譲ってもらう交渉もさせられ、高圧的な女傑ハマーン・カーンには食堂で遭遇した際、何もかも見透かされる様な問答と視線を受けた。

 

ここまで言えば大変な事ばかりに思えるが、決してそうでは無い。

 

ミコットやタクヤと食べた食堂のメニューは、どれも合成食材を一切使用していない天然物の絶品料理ばかり。トロワやその友人ヒルデ・シュバイカーからは武御雷修理の手伝いや改良プランの提示があり、ハマーンの口添えで本来休息中の筈である者達がシミュレーションの相手をいつでも受け入れてくれる状態にあったのだ。

 

他国の軍人にここまで手を尽くす必要は、どこにも感じられない。そしてそれはZ-BLUEからしても同じである。

 

つまり、高待遇であった理由は唯依本人にある。

 

上官を守ろうと戦場で孤立しながら戦い、噂の部隊に保護されても諜報活動より恭子の心配を優先させ、いつの間にかタクヤと打ち解けては整備班の手を借りつつ乗機を必死で直そうと努力を怠らない。

 

Z-BLUEを知る者ならもう分かるだろう。こんな実直な少女を、Z-BLUEが素っ気なくする理由が無いと。

 

国籍が違う。世界の出自が違う。使っている機体が違う。

 

そんな細事を蹴っ飛ばして集まったのがZ-BLUEだ。軍属だから当然と言えばそうなのだが、唯依の軍人としての礼儀正しさや佇まいに感銘を受けた大人も少なくない。派遣部隊はともかく、本隊には小学生達を始め、様々な常識外れが数多く居る。それを決して嫌う事は無いが、清い礼節を見て軍人の良さを再確認出来る少女という存在であったのも、好印象と受け取る者は少なくなかった。

 

そうと気付かない本人は、操縦桿を握りながら一つ小さく呟く。

 

 

「…頼むぞ、武御雷。帝国の未来は、お前に掛かっているのだから」

 

 

自身の機体に少しだけ声を掛け、待つこと数分。出撃命令と共に、操縦桿を大きく前に倒して飛び出る武御雷がそこに居た。

 

 

 

 

 

《1998年8月31日 6時10分 福岡県、旧若宮IC》

 

 

「なっ! うっ、くぅっ……!」

 

「ファントム12!」

 

「どうした篁唯依。機体に振り回されているぞ」

 

(そんな事ッ…!!)

 

 

勢い良くネェル・アーガマから飛び出した武御雷は、搭乗者である唯依に牙を向いていた。随伴しているマリーダとハマーンからの言葉は理解しているが、唯依にとってそれどころでは無い。

 

復活した武御雷はタクヤの言葉通り、『元通り』では無い。

 

Z-BLUEの手が加えられたそのボディは深青と山吹を灰色が繋ぐ継ぎ接ぎの機体であり、恭子の武御雷のパーツを組み合わせニコイチにしてやっと戦えているのが現状だ。生憎再塗装の時間が無かったその姿は、熾烈な戦場の中で手段を選ばずに生き抜いた荒々しいフォルムに成り果てている。

 

当然、変化は外部だけでなく内部にまで及ぶ。

 

脚部関節にはタクヤの提案により、アストナージに頼んで脚部の電気系統や配線をバイパスさせて調整を施した上でマグネットコーティングが採用されている。関節の可動摩擦面に磁力のコーティングを施し、反応速度を劇的に改良された武御雷は、唯依に言わせれば『敏感』そのもの。

 

反応速度向上の目的に伴ってOS等のインターフェイスやFCSに至るまで再調整されており、戦術機の中でもずば抜けた機動性と運動性能が飛躍的に上昇。反応速度や出力までも向上した事により、唯依を振り回すじゃじゃ馬として生まれ変わっている。

 

これは武御雷に問題があるのではない。修理以前の武御雷との操作感覚のギャップを試運転で埋めることが叶わなかった時間と、ぶっつけ本番で戦場に飛び出した唯依にあるのだ。

 

つまり、幼い格闘家が体の成長に応じ、技を再確認する必要があるのと同じ系統の問題であると説明すれば分かるだろうか。

 

 

(くッ、このままではッ…!)

 

 

だが、事態は悠長な事を言っていられない。

 

この作戦は敗走しているBETAの追撃をする為、BETAの撤退ルートである福岡・佐賀~壱岐島及び対馬~釜山ルートで迎撃する事を目的としている。

 

一見必要の無い作戦に思えるが、これはBETAを帝国から完全に追い出すという外聞重視の名目と、予測外の転進によるBETAの再侵略及びハイヴ建設を阻止する目的が合わさっている。そこで日本海側を大きく迂回し、この福岡で迎え撃って一匹でも多くのBETAを殲滅する作戦が発令されたのだ。

 

帝国の戦術機甲部隊も幾つかは内陸からBETAを追撃している為、BETAを分断・挟撃するのが、この福岡の地に選ばれている。

 

ここまで言えば、作戦が楽では無いのはわかるだろう。

 

母艦こそ光線を警戒して沖で砲撃しながら待機しているとは言え、陸地ではそこら中にBETAが居り、いつ後ろに抜けたBETAが反転して挟撃されるやもしれないのだ。リスクこそ高いものの、リターンで得られる一時の安全と他国への軍事力アピールでは天秤が等しく釣り合う訳も無く、正しく戦場は死地である。

 

そんな場所でBETAを正面から相手取るのだ。Z-BLUEの機体にBETAは目を奪われがちだが、だからといって武御雷を無視してくれるほど現実は有情では無い。

 

オーバーな挙動ながらもなんとか姿勢制御しつつ、87式突撃砲の銃口を要撃級に合わせてトリガーを引き抜く。

 

 

「このおおおオオオオオッ――!!」

 

 

標的を銃口でなぞるように左腕を滑らせれば、眼前の要撃級と戦車級の大半は体液を散らしながら弾ける――筈だが、挙動の制御を掴めていないからか、感覚よりも早い突撃に弾の散らばりが噛み合わず、正面の無傷の要撃級に抱かれる様に飛び込んでしまう。

 

当然、眼前の敵を破砕しようと対処する要撃級。咄嗟の判断で手足を動かし、横から迫る鋏を跳躍で躱す武御雷。

 

以前なら機体に大きく負荷が掛かる挙動であり、回避可能な確率も限られる咄嗟の垂直跳躍。それを安々と成功させるだけの推力は、姿形を変えて搭乗者の生身を強烈なGで押し潰そうと襲いかかる。

 

 

「ぐッ…!! 邪魔だあああアアアアッッ!!」

 

 

体への負荷を歯を食いしばって耐え、揺れる視界の中で標的だけを視界に捉えながら、無意識的にトリガーを絞る。それに呼応する武御雷は、右の副腕に握る突撃銃を斜め下に向け、眼下の標的を睨みながら36mmを叩き込んだ。

 

戦術機が戦場で跳躍する事は危険とされている。

 

場合によれば光線級に狙い打たれ、要塞級の衝角が優先的に襲いかかり、戦車級が跳躍して張り付きに来る――戦場で浮いた行動を取るという事は、死に近づく事を意味する。

 

今回であれば、要撃級と共に居たBETAの死体達の下から這い出る生き残りの影を認識した時には、既に起き上がり体勢を整えた重光線級数体が武御雷を一斉に見つめている事が当て嵌まる。

 

 

「――無視されては困るな」

 

 

高圧的な声が耳に届いた次の瞬間、三体の重光線級はファンネルが放つ緑の光線で同時に貫かれ、崩れ落ちていた。

 

無事着地して背後を確認すれば、死角に居たのであろう重光線級がキュベレイのビームサーベルで瞼ごと頭部を幾重にも輪切りにされ、死骸が器用にも突っ立っているだけという悲惨な死を遂げている。

 

 

「当てにはしていないが……手間は掛けさせない事だ」

 

 

苦もなくBETAの急襲を退けたキュベレイが腰に手を当て、ファンネルを回収しながら武御雷に近寄り苦言を放つ。

 

瞬間的に四方向の重光線級を始末するなど不可能だろうと内心ゴチながらも、唯依は素直に反省の意を示す。『鉄の女』という二つ名を持つ相手に反骨心を見せるのは、流石に命が惜しい。

 

 

「すみません、ハマーンさん」

 

「詫びの言葉は後で良い、まずは此方が先だ」

 

「9時方向から来るぞ!」

 

 

直後、マリーダの警告と共に退避してきた複数のBETA群を捉える。思考を切り替えた唯依は、BETAが距離の中に踏み込んできたと同時に跳躍を開始。

 

跳躍の勢いのまま飛び込む様に一直線に突撃を掛け、脚部を着地体勢に以降させつつ空中でスライディングするかの如く要塞級目掛ける。左腕は120㎜滑空砲を浴びせる為に標的へと真っ直ぐ向けられていた。

 

 

「吹き飛べッ!」

 

 

放たれた120㎜は肌色の巨体の背部を炸裂させ、武御雷のフェイスガードから覗く紫のカメラアイが鋭く煌めかせ、着地の緩衝材として崩れ落ちる目標を踏み殺す。

 

足元から弾ける体液の飛沫で覆われた正面。その先に突撃してくる物体が覗いた瞬間、唯依の腕と足が自然と動く。それに遅れる事無く応えた武御雷は再び跳躍。要撃級のタイミングに合わせ、要撃級の背部を足場として強く踏み込むと同時に操縦桿のボタンを押して跳躍ユニットを大きく蒸かし、大きく飛び上がった機体は更に先の要撃級に長刀を突き立てていた。

 

葬られたのは、踏み台にされた要撃級もである。

 

ただの踏みつけで――等と思う事なかれ。タクヤの施した改造は、脚部が主な内容だった。その内の一つが、大量のBETAを触れるだけでも始末するという目的を持った全身スーパーカーボン製ブレードエッジ装甲を『中途半端なんだよね』と断じた彼が新たに施したモノ。踵部に後付けされた射出機構付きグリップホルダーである。

 

ATのターンピックを倣って設置されたそれは、脹脛後部のホルダーに収納されたガンダニュウム合金製のアーミーナイフを踵の部分から射出。踏みつけや蹴りを一撃必殺とし、踏み台にして更にBETA群を突破する為の兵装としている。

 

これをただの武御雷に設置し、唯依と同じ機動をさせた暁には数回の踏みつけで脚部が損傷してしまうだろう。それを緩和する為の脚部関節に施したマグネットコーティングなどの調整であり、これ無くして有効活用出来ないモノとなっている。

 

BETAの波を撃破して次の波に相対するのでは無く、足を止めずに撃破すると同時に進撃する事を可能としているこの兵装こそ、大群を相手に生存能力と手数を増やす2つを両立した兵装と言えよう。

 

 

「ファントム12、出すぎだぞ!」

 

 

緑色のファンネルが武御雷の上を多数飛び交い、周囲のBETAを尽く焼き切る。よく見れば、自身の気付かぬ方向からの敵を全てカバーしてくれていたのだと思うと、唯依はZ-BLUEを驚異的だと再確認せざるを得ない。

 

己の敵も屠りながら、片手間にファンネルを複数操作して誰かを援護するなど、唯依には想像もつかない技量だ。それがZ-BLUEの機体だから可能なのか、Z-BLUEのパイロット故に可能なのかと思考を逸してしまう。真実を言えば、そのどちらも正しいのだが。

 

思考を逸したその一瞬――戦場では命取りになる刹那のタイミング。それこそ、衛士の生死を分かつ分岐点となる。

 

光線の警告が響く。それと同時にBETA群はモーゼの海開きが如く割れ、その先には武御雷を見つめる光線級が。これこそ戦場で衛士を精神的に苦しめる大きな要因の一つであり、長距離射程の死の宣告。けたたましい警告音が鳴れば、後は自動回避が成功する事を祈るのみだ。

 

焦る唯依の脳裏には絶対的な白い死の光のイメージが浮かぶ。しかし――

 

 

「避けろ!」

 

「――ッ!」

 

 

瞬間的に前方に向けて跳躍ユニットを蒸かす事で、後方へ跳躍して光線を回避する。

 

整備班が修理中に見つけたシステムである自動回避。これはネェル・アーガマで一つの議論がなされる問題のブツであった。『完成度の低いシステムに命を委ね、有能な衛士も確率の元に死を強制させられる』という問題は、Z-BLUEにとってみれば恐ろしいものとしか言えないだろう。

 

しかし、練度の低い新米を技量と運次第とは言え生かす事が可能だと捉えれば、一概に悪とは断じれない。あくまで対BETAかつ光線級を相手にした時だけであり、Z-BLUEの戦ってきたバアルや相手が人間だった場合には足枷としかならないと切り捨てられるだけなのだが。

 

そこでハマーンと一部の者が提案したのだ。『自動回避システムを切断しろ』と。その代わり、シミュレーションで唯依の回避技能を鍛える事で生存率を強引に引き上げるという地獄があったが。

 

 

「フッ、特訓の成果はあった様だな。存外素質は低くない事が功を奏したと見るべきか」

 

 

現状、この地球で光線を自力で回避出来る者が極少数という事を考えれば、ハマーンが唯依を褒めるのも当然だろう。仕込んだ本人は不敵な笑みを浮かべながら、出力を上げたビームサーベルを舞う様に撓らせBETAの群れを美しく撫で斬りにしていく。

 

一方、避けた本人は褒められたというのに意識はそこに無い。

 

 

(――今のは何だ…? まさか、これがタクヤの言っていた…)

 

 

彼女がハマーンの珍しい賛辞をそっちのけにして考えていた事は、先程の避けた感覚についてである。

 

正直な話が、訓練でファンネルを避けれたのは、『ファンネルが来る』と常に意識し、その思考を回避に特化させていたが故であり、通常の戦闘で不意打ち気味に放たれるファンネルを回避出来るかと聞けば、本人は間違いなく青い顔をして横に首を振る。

 

この戦闘に於いても同じく、敵が光線級だけと分かっているならまだしも、BETA群の中で飛び交う光線を避ける技量はまだ無い。

 

そんな唯依に浮かんだ死のイメージ。だが、彼女はそれとほぼ同時に、『どこから光線が来るのか』――そんな感覚を見たのである。直後、半ば無意識に回避を成功させていたのだ。それも、『本来の戦術機ならば間に合わない』回避の仕方で。

 

そう、これこそ出撃前にタクヤが言っていた『機体がパイロットに応える』という事だ。先程の現象をZ-BLUEの人員に解説させれば、唯依の『閃き』により回避したとでも言えるだろうか。

 

 

「――ファントム12、無事か?」

 

「――ッ! はいッ!」

 

 

思考を逸していた唯依を気にかけたマリーダの声により、意識が戦場へと引き戻される。ここは変わらず戦場であり、油断すれば命取りなのだと気を再び引き締める為に軽く頭を振り、操縦桿を強めに握り直す。

 

 

「少し戦列から外れている。このまま殲滅しつつ鞍手に戻り、本隊と合流するぞ」

 

「はッ!」

 

「了解!」

 

 

ハマーンの指揮に二人が合わせて肯定を示す。目標地点までのBETAを屠りつつ、武御雷を切り込み役として突っ込みつつ動くその様は、数時間後に合流した帝国軍の間で広まった噂の原因となるには充分すぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月1日 22時18分 仙台第二帝都付近 城内省》。

 

 

照明の明るさを程良く落とし、窓から差し込む夜天の光をに取り入れた室内で、グラスに注がれた飲料を片手に静かな夜を過ごす男達が城内省に居た。

 

優雅さを思いなさせる字面だが、実際はその逆である。室内の主が放つ刺々しい雰囲気に、穏やかな夜に似合わない物々しさが充満しているばかりだ。

 

 

「斑鳩、これはどういう事か説明してくれるだろう?」

 

 

発言者の言葉は決して質問をしているのではなく、疑問に答えてほしい訳でもない。『言いたいことがあるなら言ってみろ』と言っているに過ぎず、掻い摘んで言えば責めているだけである。

 

威圧を真っ向から受けるも涼しい顔をして無言を貫く斑鳩に、男は放つ怒気を益々強めていく。

 

 

「よせ、槐。不測の事態こそ多かったが、得た物はそれを遥かに超えている。斑鳩も、良く間に合わせてくれたと褒めるべきだろう」

 

 

視線を一切ずらさずに睨みつける槐に対し、斑鳩の隣に座っている黒葛が宥める。

 

斯衛軍参謀総長であれ、城内省大臣に対しての言葉遣いでは無いが、両者が士官学校時代に同期であったことを考慮すれば何ら可笑しいものではない。公式の場では無いというのも大きいだろう。

 

重心を前にし、机に乗せていた左腕の拳を強く握った男は鋭い視線を斑鳩の横に素早く滑らせる。

 

 

「このザマで喜べというのか! 奴らが想定を超えた数で攻めてきたとは言え、命令も無しに基地司令が撤退したのはどうだ!? 彼らZ-BLUEが居なければ関東絶対防衛戦も蹴散らされ、今頃本土全域がBETAのテーブルクロスの上と化していただろう!」

 

「その件については参考人の話を精査した上で、早急に会議に掛けている。想定を超えていた件に関してもこれまでのBETAの行動を洗い直し、新たな想定と対策を早急に練っているところだ」

 

 

怒りとは対照的に冷静さを纏わせている黒葛に、思わず槐も閉口する。

 

が、再び視線を斑鳩に向け、依然強い語気を放ちだす。

 

 

「喜べ。先程の会合で、武御雷の制式採用が決定した。武御雷と第零特務大隊の評価は高い。よって大隊は解隊され、各衛士や整備班は武御雷を所有したまま本来の部隊に帰還、または新たな部隊に配属される事を許されている。配属希望も優先的に受け付けるそうだ。これで良いな?」

 

「感謝致します大臣。不甲斐ない我々にそこまでして頂けるとは」

 

 

激しい気をぶつけつつ確認を取れば、平時と変わらぬ不敵な笑みを持ってして返されるのがまた腹立たしい。感謝などと述べているが、この待遇は武御雷の試験部隊を設立する際、万が一完成前に表に出す必要が起きた場合、その後の対処として事前に取り決めていた事だ。

 

逆撫でする笑みと言葉は、今の槐にとって悪い意味で効果的である。

 

 

「ときに、武御雷をこんな所で切らねばならなかった訳だが、それよりとんと派手な部隊のお陰で、幾らか影は薄れたのでは無いか?」

 

「む…」

 

「…………」

 

 

黒葛の言葉に、他二名の表情が大きく変わる。槐は怒気を幾らか収め、斑鳩の表情からは笑みが抜け落ちている。

 

これは、両者の武御雷に対する思惑の相違に依るものだ。

 

槐からすれば、武御雷を帝国の切り札として温存しておきたかったというのが本音――つまり、目立たなければそれだけ良いのだ。しかし、斑鳩からすれば、既存の帝国戦術機を突き放す性能を幅広く認知させたかったのが本音である。

 

掻い摘めば、両者の見据えるモノが違うに過ぎない。歯に衣着せぬ言い方をすれば、未だ見えぬ敵を見る者と、自身の影響力を気にする者の差という訳だ。

 

 

「そう楽観視出来る物か。その派手な部隊は国連に協力的な姿勢を見せていると報告がある。軍事的後援者となっているZ-BLUEが米国に染まる事も想定しておかねばならないだろう。そんな矢先、小娘二人が仕出かしてくれた訳だが」

 

 

槐の指摘する小娘二人とは、崇宰家次期当主と名高い恭子と、篁唯依の両名の事である。これには黒葛も渋い顔を隠せず、禿頭に手を宛てながら僅かに俯く。

 

なにせ、第零特務大隊の試験機であり当然の如く機密たる武御雷を、別の所属の軍にお披露目したのだ。少女の所業と笑って済ませられるレベルをとうに超えた大問題なのは明白だろう。衛士と機体が揃ってハイヴ内などで行方知れずになる方が、まだ良いとさえ言われるほどだ。

 

この両名に特に処罰が加えられなかった理由として、一番大きいのが『Z-BLUEの手によって復活した武御雷』に施されていた技術が目を見張る物が非常に大きかった。Z-BLUEの技術が末端とは言え採用されているのだ。これを解析、再現できれば現在のどの国家よりも技術的に大きな一歩で突き放すのも夢ではない。

 

生還した両名の供述により、Z-BLUEの情報が少なからず手に入っているのもまた幸いだ。両名には無許可で精神操作及び記憶操作を可能とする薬物投与などが疑われた為に検査を実施したが、問題のある結果は一つも出ていない。

 

 

「その件に関しては此方で。五摂家の一人として、次期当主の両名にはそろそろ『おてんば』を卒業する様、厳しく指導しておきます」

 

「摂家の者には摂家が、か。そちらは任せよう」

 

「ふん、好きにしろ」

 

 

斑鳩の言葉に同調する黒葛と吐き捨てる槐。

 

それぞれのグラスに注がれていた色と味だけを模倣している合成ワインの減りは、各々の心的余裕を表しているかの様である。

 

 

「では、我々はこの辺で失礼するとしよう」

 

 

結局、話合いと言う名目で集まった状況報告の場は、終始悪い雰囲気のまま幕を閉じる。

 

 

(むぅぅ…『奴等』に対抗する新たな手を考えねば……)

 

 

室内で一人、静寂の中で眉間を指で抑えて頭痛を紛らわす。

 

そんな槐の耳に、何処からともなく革靴が床を鳴らす音が聞こえる。太めの左腕に巻き付く腕時計を覗き、軽く息を吐いた。

 

 

「……来たか。時間通りだな」

 

「名高い城内省大臣から直々に及びが掛かったとあらば、時間くらい守りますとも。これでも紳士なので」

 

 

いつ入室してきたのか槐には一切分からないが、今に始まった事では無いと思考を淵にやり、軽口をたたく鎧衣を見やる。

 

普段は彼から槐の元に現れる事はあっても、呼びつけたのはこれが最初。

 

貼り付けられた笑みは変わらないが、鼠色のハットから覗く眼光と纏う雰囲気が普段より鋭い。

 

 

「聞いているぞ、最近Z-BLUEと仲良くしているそうだな」

 

「いやはや、流石の私も裏庭に見知らぬ者が居れば声くらい掛けますとも」

 

 

何の事を言われているのか、しらばっくれる気は無いという鎧衣の態度に珍しさを覚え、槐は一歩踏み込む。

 

 

「不審者と仲良くする必要は無いだろう」

 

「ハハハ、仰る通り。そして、敵を作る必要もまた無いですな。これからも程良い関係を築いていくつもりですよ」

 

 

Z-BLUEを警戒しすぎる槐への皮肉と悟ったのだろう。それを皮切りに、両者の視線が瞬時に鋭く交差する。

 

無言の睨み合いが暫く続くが、辞めだと槐から視線をふっと外した。

 

 

「これを見ろ」

 

 

そう言い、机の引き出しの暗証番号を解除して中から一枚の写真を取り出す。

 

青空を背景に荒野だろう場所で撮影された写真には、黒い大きな影が写っていた。よく見れば、それが人型に近い影である事が分かる。

 

 

「……戦術機の影ですな」

 

 

そう結論付けた鎧衣に、一つ頷いてからもう一枚の写真を取り出す。

 

夜空を背景としてブレた黒い物体が幾つか映されていた。隊列を組んで飛行している事から、これも戦術機であろう。

 

じっくりと眺め、二枚を見比べるがこれでは何も分からない。

 

考察を諦めた鎧衣は肩を竦め、写真を槐の方に差し出す。しかし、槐はそれを受け取ろうとはしなかった。

 

 

「二枚目、隊列を組んだ先頭の戦術機、遠近法で判別がつきにくいが、他より大きい」

 

「……なるほど。米国の次世代機か何かですか?」

 

 

妥当な辺りを付けて質問するが、何も言わない反応からそれが違うと悟り、鎧衣は再び視線を写真に戻す。

 

 

「噂の第三世代型とは根本的に違う。一枚目の影を分析させたが、他の写り込んでいる物体と比較して大きさを測定した結果、通常の戦術機の倍近いらしい」

 

 

驚愕の情報に鎧衣は目を大きく見開き、一枚目を見やり直ぐに二枚目をじっくりと睨み始める。

 

 

「それだけではない。戦術機とは似ても似つかぬ物もあると聞いている」

 

「なるほどなるほど。では、何故米国はそれを戦場に投入しないのでしょう」

 

 

これ以上の混乱を避ける為か、話を打ち切って話のイニシアティブを強引に奪った鎧衣が、槐を見下ろす形で疑問を投げる。

 

しかし、眼前の男はそれに答えない。

 

 

「鎧衣。先日の衛士射殺事件、射殺した衛士は何も吐かなかった――いや、吐ける状態に無かっただろう」

 

「……耳が早い事ですな。何か知っているので?」

 

 

ピクリと片眉を上げる鎧衣は、内心苦い思いだ。情報省の人間より、一介の大臣の方が事を多く知っているのは、良い気がしない。それが如何に、槐の下に同じく情報省の子飼いが居るとしてもだ。

 

それでも情報省の者として聞かずには居られなかった。

 

 

「記憶操作、精神制御。全て私の亡き部下が経験している。そしてその二枚の写真も出処は同じだ。鎧衣、はっきり言って私と貴様の折り合いが良いとは思えんが…手を組むならば『奴等』の情報を教えよう」

 

 

槐の提案に、鎧衣は暫し考え込む。鎧衣からすれば、槐に能力を認められてはいるという事だろう。そして、鎧衣の持つ情報収集能力を欲しているとも取れる。

 

 

「貴方には優秀な部下が居ると思っていましたが、思い過ごしでしたかな」

 

「私の部下は外より内に長けている。悔しいが、外務の貴様には及ばん。だが、遺書は常に用意しておけよ」

 

 

その言葉に鎧衣は笑みを深め、肝心の話を促す。

 

 

「それほどなのですか?その相手とは」

 

「あれは世界全体に根を張っているだろう。この帝国には現状殆ど干渉していないというのが、まだ救われている点だな」

 

「ほう、世界全体。それは強大ですな。是非とも用心しておかねば」

 

 

戯けてみせる鎧衣に、諦めにも似た溜息を一つ放ってから、机の上のグラスを手に取り残りを一気に喉に流し込む。

 

上を向いていた顔が正面に再び向けられた時、男の表情が鋭さを見せた事に鎧衣の雰囲気も至極真面目な物に変化する。

 

威圧にも似た雰囲気は、若くして大臣に上り詰めたその身だからこそ放つ事の出来るものだろう。図らずも室内の空気が一瞬にして張り詰めていた。

 

 

「奴等は『クロノ』――そう呼ばれている。貴様に聞き覚えはあるか?」

 

 

多元世界では幾らか名の通った組織。Z-BLUEにも少なくない関わりと因縁を持つその名を、槐は静かに、だが確かに口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武御雷の修理している期間、唯依姫とZ-BLUEの交流全てを書くことは出来なかったので、泣く泣く割愛する事になりました。

この話の投稿と同時に活動報告で、今後に関わる提案をします。

気になる方は良ければどうぞ。

誤字などを発見した際には、宜しければ報告をお願いします。


PS:通りすがりの読者N様という読者様が、なんと唯依の武御雷Z-BLUE改修Verをプラモで製作して下さったとの事です!ヽ(=´▽`=)ノ

ということで、許可を頂きURLを下記にて張らさせて頂きます。文章の想像がよりしやすくなる事を願っております。通りすがりの読者N様、本当にありがとうございました!

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=62939668

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。