to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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お久しぶりです。

本格的な再開は来年になりました(`;ω;´)すみません!

この章はこれで終わり、幕間を経てから3章に入ります。

先触れとして有名な人の名前を出しました。


第ニ章 (5)

《1998年9月5日 11時21分 国連本部》

 

アメリカに設置された国連本部の本部ビルにて、一人の男が通路を歩きながら思案していた。その額には薄っすらとだが浮き出た汗が。無意識に力を込めていたのだろう、肩に違和感を感じながらも、解すように軽く腕と肩を回しながら歩いている。

 

 

(…Z-BLUE、何処まで此方側に協力的か。見極めなければな)

 

 

帝国に突如現れBETAを尽く屠った挙句、帝国存亡の危機を圧倒的大勝利という結果をもってして見事に覆したZ-BLUE。

 

正体不明の集団に、この男も少なくない警戒を抱いている。

 

昨日までの彼に取っては対岸のなんとやら。所詮は他人事、自身の管轄外であると切り捨て、意識する事は今まで一度も無かったのだ。

 

しかしながらその認識は、先の出来事により改られる事となったのである。

 

 

 

 

 

時は1時間と少しほど遡る。

 

男は自身の執務室で、心の奥の浮ついた気を机の上の冷めた珈琲と共に体内の奥底に押し込めていた。これからの時間を少なからず楽しみにしているのだが、行われるのは非常に重要な事だ。軽々しい気持ちで臨んではいけないと、息を細く吐き出して気を引き締め直す。

 

約12日前。突如として日本帝国沿岸の太平洋付近上空に大気圏外から降下してきたZ-BLUEだが、その正体は未だ国連を始めとして、米国でも掴めていない。

 

組織としての全容、性質や、どういう目的で創設され、活動しているのか。代表がどの様な人物なのか、構成員が何処の国出身なのかも殆ど分かっていないのが現状である。

 

その正体不明の組織にて情報が出ているのは、3隻の宇宙戦艦と思わしき母艦を所有し、100にも満たない僅かな戦術機をもってして万単位のBETAを殲滅させる常識外れの集団。おまけと言ってはなんだが宇宙にも月ほどの巨大母艦を所有しているという眉唾物の情報も存在する。

 

この様な組織を、良い意味でも悪い意味でも手放しにさせておく者は居ない。

 

一刻でも早くZ-BLUEの情報を手にし、パイプを持ちたい――物騒な表現をすれば、首根っこを掴んでやりたいと思うのは何処の組織でも同じである。

 

だが、Z-BLUEが確認されてからこの数日間、今まで各組織を静観という選択肢の中に押し込めていたのは状況という一言に尽きるだろう。

 

なにせZ-BLUEは現在、帝国内でのみ活動を確認されており、その帝国は数日前まで国土の半数がBETAで埋め尽くされていたのだ。何処の国にもそれほどまでに絶望的な状況の国家を救う気力も、物資の余力もありはしない。『Z-BLUEと話がしたいので邪魔するが、BETAの駆除は手伝わない』等と抜かせば帝国は当然反発していただろうし、帝国を救援しているZ-BLUEからの心象も良く無いのは明らかである。

 

BETAが掃討された後も、静観は続いた。

 

僅か10日程で国土の半分をBETAから取り返す超常の存在に、上から圧力を掛けて物を言える事が出来る国など今の地球上には存在しない。加えて、各国の殆どが帝国に対しての援助を渋っていたのだ。種々な負い目からかアメリカ・ソ連・統一中華を筆頭として各組織はZ-BLUEに声を掛ける事は叶わないで居た。

 

帝国からBETAが一掃され、各国がZ-BLUEに接近出来るチャンスは生まれたものの、そのZ-BLUEとの接点を持たぬ者達には、手の出し様が無いという状況は変化しない。

 

故に、裏側では各国の激しいプレスが帝国に怒涛の様に襲いかかる事となる。情報省と間諜が秘密裏に動いては、表からは見えない激しい攻防線が密かに繰り広げられていたとの噂が絶えない。

 

それも僅か数日前までの話。

 

唯一、大義名分をもってしてZ-BLUEに近づいた組織が各国を牽制したのだ。それが、国際連合である。

 

もし仮に、何処かの国がZ-BLUEの全面的かつ集中的な援助を受けた場合、その国こそこの地球の覇者になる可能性があるのだ。今の国家間のバランスを大きく揺るがす可能性を秘めた存在は、核やG弾と等しいかそれを上回る存在である。こういった危機感を逸早く感じたのは、他でもないアメリカだ。

 

そこで、国連という『地球の代表』がZ-BLUEを傘下に入れる事で、その強大な力の恩恵を受けようという算段でZ-BLUEと帝国に近づいたのである。国連の中で一番の力を持つアメリカからすれば大いに恩恵を受ける事ができ、周囲への体裁も保てる以上、何処にも文句は無い。

 

皮算用を脳内で弾き出していた国連に、思いがけない幸運が舞い込んだのがつい数日前。なんと帝国から直々に、国連宛への交渉があったのだ。

 

内容を掻い摘んで言えば、『Z-BLUEとの会談の機会を設けるから、国連基地を横浜ハイヴ跡に建設するので許可を寄越せ』という内容である。

 

この案件に於いて、国連内では意見が二つに別れる。

 

帝国の企みを勘ぐる者とBETA侵攻にて失った軍事力の回復を真っ先に図ろうとしているだけだと見做す者だ。

 

前者と考える者こそ始めは多かったが、それは直ぐに否定された。

 

予てから帝国で警戒すべき事は、数年前から横浜の女狐と呼ばれて頭角を現してきている香月夕呼くらいの物だ。新たに就任した政威大将軍は成人すらしていない少女であり、大した影響力は持たないと見られている。

 

『高潔さ』を重んじる帝国はなにかと拘りが強いかと思えば時に弱腰であり、ハッキリ言って外交し易い相手だ。懸念材料である賢しい女狐も、帝国の高官とは専ら折り合いが悪いと評判であり、この件には関わっていないと見られている。

 

故に総じて『帝国の企み』を虚像だと断じ、韓国の鉄原ハイヴが健在である以上帝国は未だ前線国家という枠組みから抜けだせていない事実を鑑みても、軍事力増強説が有力であった。

 

万が一何かしらの企みがあろうとも、正当な理由で用意されたZ-BLUEとの交渉の機会という利を比べれば、多少のリスクなぞ気にする事でも無いだろうという風潮に纏まりつつある。

 

結果として交渉は成立となり、この国連本部にZ-BLUEの代表代理が来る事が確定したというのが経緯である。

 

加えて男は、Z-BLUEとの交渉役という大役を担っているのだ。つい前日までは興味を惹くかどうか程度の関心しか寄せていなかった故に、Z-BLUEという組織については殆ど無知に等しい。必要以上に緊張するべきでは無いが、緊張するなと言うのは無理があるだろう。

 

 

「事務総長、Z-BLUEが到着致しました」

 

「分かった」

 

 

内線で報告が入ると男は直ぐ様席を立ち、執務室を出て会議室に向かう。

 

事前に会議室の席に着いた男の心臓は五月蝿く騒ぎ立てるばかりで、右手を左胸に充てるが一向に落ち着かない。静寂に包まれる部屋で一人、深呼吸を二度ほど行った後、イメージトレーニングを開始する。

 

 

(男性、女性で言えば恐らく相手は男性だろう。女性は扱い難い部分もある以上得手とは言い難い相手だが…やはり経験上、男性という線が打倒か。歳は多少老いていると想定しておくとしよう。それにしても、何故相手の性別や外見などを報告してこないのだ)

 

 

相手の性別や年齢、雰囲気もついでに報告してくれても良いだろうと、男は不満気に鼻を鳴らす。局員への不満へと逸れがちな思考にハッと気付き、雑念を叩きだそうと頬を2回パシパシと軽く叩き、心を無心にして落ち着ける。

 

静寂な部屋に意識を向け、思考を落ち着けて数秒。

 

自身の心音のみ耳に入る会議室に、二度軽い音が鳴る。相手が来たのだと瞬時に脳が判断し、素早く椅子から立ち上がって相手に入室を促す。

 

 

(――ッ!?)

 

 

開け放たれた扉から入ってきた人物を目にして、男は瞬間的にではあるものの、確かに驚愕を露わにした。

 

扉から入ってきた人物が目の前にまで歩いてきた時には既に表情を繕え治しているのは褒めてやるべきだろう。

 

 

「初めまして。Z-BLUE代表代理を務めるゼロです」

 

「…国連事務総長、モーガン・ニコルソンです」

 

 

思考を停止させかけながらも無意識に握手を交わしている眼前の人物を見て、どれだけの人間が驚嘆を見せないだろうかと男はふと思考を逸してしまう。

 

『顔全体を覆う黒い仮面』と『同じく黒い外套を纒う』特異な服装の人物を前にして。

 

分かるのは、声と話し方からして恐らく男性だろうという事だけだ。老いも若いも、人種すら不明である。

 

ゼロの外見に僅かに怯んでしまった事務総長は挨拶も程々にして席に着く。動揺をやり込む為に眼前の用意された紅茶を音も無く啜り、会話の主導権を取るため積極的に話を振り始めようと身を少しだけ前に乗り出す。

 

その話題は当然、ゼロの外見について言及する事だ。

 

 

「ゼロ殿。先んじてお聞きしたいのですが、その仮面は取っていただけないのでしょうか」

 

(さて、どう返してくる…)

 

 

事務総長の言葉は当然であり、なんら問題のある発言では無い。

 

交渉事に於いて、正装で対面するならまだしも怪しげな黒い仮面で顔を覆われたままでは話にならない。エチケットやマナーを知らないとされ、相手に不快感を与え、交渉を滑らかに進める事への妨げに他ならないのだから。この際突っ込まないが、目の前の人物が握手の際に手袋を取っていない事も、事務総長の神経を逆撫でさせていた。

 

会社同士の取引の際、やってきた取引先の企業の人間が仮面を被っていようものなら、信頼されるのは当然難しいのと同じだ。現実的に言えば、破談まっしぐらどころか下手をすれば不審者として通報されるであろうが。

 

だが、事務総長の中には懸念がある。

 

宇宙人という噂を真に受けずとも、自身等の『常識』が通用しない相手なのでは無いか。

 

その懸念を見事に体現した様な格好をした人物こそが今の交渉相手。やりにくいにも程がある。

 

ジャブの心積もりでこちらの『常識』を以ってして投げかけた疑問の答えは、直ぐ様帰ってきた。

 

 

「私はZ-BLUE内でもこの仮面を付けて平時を過ごしていますので、気を悪くなさらないで頂きたい」

 

 

まるで「これが正装です」と言わんばかりに平然としているゼロに、事務総長も苦しい表情を出してしまいそうになる。

 

常識的に仮面を被ったまま過ごしている人間など、並の人間には想像出来る訳も無い。この話に於いては事情や経緯が極めて複雑故に、ゼロの事を知らぬ事務総長には理解出来ないのも当然なのだが。

 

だが、男もこんな事で尻すぼみする訳にはいかない。

 

 

「…そうですか…所で、貴方が今日来られた理由――それは、先日のG弾投下の件では?」

 

 

部下に用意させた紅茶に口を付けた後、イニシアティブを考えて先制攻撃を打って出す。ゼロを見やる視線は幾らか鋭い。

 

 

「随分と話が早いのですね」

 

「しかし、この件については、問い正す相手を間違えているかと存じます」

 

「…………」

 

 

この返答に、ゼロは言葉を発さない。それを話の続きを促すモノとして捉えた事務総長は、予定されていた言葉の続きを口にする。

 

 

「帝国からお聞きになってはいませんか? G弾投下は本来、帝国からの要請があっての事です」

 

「あの様な大量破壊兵器を無勧告で投下するというのは、こちらも納得しかねます」

 

 

ゼロの言葉の勢いが少し衰えたと感じ、すかさず発言を畳み掛けた。

 

 

「こちらは『帝国に』要請されたからこそ投下したのであり、退避の勧告を怠った責任は帝国そのものにあると考えますが?」

 

「…………」

 

(…この程度で尻すぼみか?)

 

 

内心奥底で、動きの読めなかったゼロに怯えていた自身を笑い飛ばし、情報と状況を整理しようと頭を回転させる。

 

 

(ふむ。この反応からして、帝国とZ-BLUEは然程親密と言った状況では無いのだな。であれば、Z-BLUEが帝国に現れたのは偶然か、BETAと戦闘する真っ当な理由欲しさか…なんにせよ、代表がこの程度ではZ-BLUEとやらも知れているかもしれん)

 

 

思わずゼロを過小評価する事務総長だが、世の中そんなに甘くない。ゼロは男に噛み付けなかったのではない。Z-BLUEから帝国に、この件で言及する必要性が『今は』無いだけだ。

 

それどころか、ゼロはどうにも話を急いでいる眼前の男が『こういった場』に慣れていないのだろうと当たりを付けて始めていた。

 

 

「フッ、そちらも随分と大変な様ですな」

 

 

ふと、ゼロが思案していると男が微笑を漏らす。その意図が読めないゼロは無言のまま話の続きを促すと、紅茶を軽く口にしてから言葉が続けられる。

 

 

「帝国と親密な関係を築いて居られるのかと思っていましたが、彼の国は恩人である貴方方に充分報いるだけの器量が無いのでしょう」

 

「……ほう」

 

「しかし我々国際連合はそうではありません。早い話がZ-BLUEと良き関係を結び、互いにWin-Winの関係を結んでいたいと思っています。そこで提案があるのです――我々国際連合に参加して頂きたい」

 

「…………」

 

「これはこちらの推測ですが、貴方方の目的は『BETAを地球から追い出す事』――そう踏んでいます。しかし各地で活動するには、その国の許可が無ければ正式な戦闘行動は認められない。その許可を、国際連合の名に於いて手間を省く事が大幅に可能となります。加えて、他の部隊との連携を基にした作戦も可能となり、補給活動も円滑に進む筈……悪い話では無いと思いますが?」

 

 

やや高圧的で自信増々に放たれたその提案に、呆れた表情を仮面で隠すゼロは内心でため息を漏らす。Z-BLUEを知らないのだから無理も無い事だ。破格の譲歩だと自負している相手の提案の中身に、Z-BLUEにとっての不可能は無い。

 

各国との交渉は、『BETAに奪われた国土を取り返す事と、各国に対しての物資及び技術支援』で事足りるだろう。各国からすれば、自国土内部での戦闘参加を認めるだけで、BETAを国土から取り返し、剰え物資をZ-BLUEから提供されるのだ。Z-BLUEからすれば大した事の無い物資や技術を提供する予定であり、技術も多元世界では極一般的な物であろうと、この世界では重要な物など山ほど存在するだろう事は確信している。

 

それは各国にとって国際連合を通してZ-BLUEと接触した場合、各国がZ-BLUEの提供する恩恵を『そのままそっくり』受けられる保証は何処にも無い。国際連合がどの段階でピンはねしようとも、各国には感知する手段が無いのだから。

 

二つ目の提示された利点である、各国部隊の援軍が必要かと聞かれれば、それは回答者によって回答が変わる。一般の衛士や軍人諸君に答えを求めれば、素直に必要だと答えるであろう。しかし、その答えはゼロやZ-BLUEのパイロット達に聞けば変化する。

 

後者からすれば、最低限個人個人がZ-BLUE並の戦闘力を持ち合わせていない場合、BETA戦に於いて足手まといとなる可能性を示唆する可能性は少なくない。その程度の腕では、無駄に気を回すだけで超多勢であるBETA戦では不利になる可能性を生み出す事に他ならないからだ。実際に、多元世界での殆どの戦場では、レジスタンス達を市民の避難活動などに従事させる事で戦場に参加させることを殆ど認めなかった。

 

そして、『自身の立てる作戦』如何によっては、完全に邪魔となるというのが前者たるゼロ個人の返答である。ゼロの作戦は明星作戦の第一段階を見ても顕著に現れるのだが、『地形』をかなり重視した戦い方を好む。火山があれば爆発させ、地下を崩し、地表を凍らせ、自身の描く盤面に調えて戦う。その際、多様な作戦を経験してきたZ-BLUEのパイロットと優れたポテンシャルを持ち合わせる機体ならまだしも、未熟な援軍であればゼロの盤上で無駄死にすると容易に想像できるのだ。これは、ゼロが未熟なパイロット達を活かす作戦が作れないという話では無い。容易した盤面で活躍する部隊の中心がZ-BLUEであるだけなのだ。

 

最後の利点として掲げられた物資補給だが、そんなものは超銀河ダイグレンでなんとかなる。そもそも、Z-BLUEで使われる特殊合金などをこの地球で用意出来るとは、露ほども思っていない。

 

この話、Z-BLUEの効率的な活動に於いてもG弾の件から鑑みても、受ける必要を全く感じられない話である。

 

どう話を続けるべきかと軽く黙りこむゼロを魅力的な提案に揺れていると勘違いしたのか、男は笑顔を浮かべて言葉を続けだした。

 

 

「悩まれているのですね。では、返答の前にお聞きしても宜しいですかな?」

 

「……私が答えられる範囲でよろしければ」

 

「前々より気になっていたのですが、Z-BLUEとはどういった組織なのでしょうか」

 

 

この世界の帝国以外の国全てが抱く疑問をぶつける。相手の組織の確信を突くだろう質問に、男は何処か緊張と興奮の色を隠せない。対照的にゼロはそこからだったな、と内心ゴチながらも口を開く。

 

 

「我々Z-BLUEは、こことは別の世界の地球で組織された勢力です」

 

「…は?」

 

 

ゼロが放ったド直球ど真ん中ストレートの予想させない回答に、気づけば男は思わずマヌケな声を漏らしてしまっていた。

 

それもそうだろう。宇宙人だなどと憶測を呼んでいたが、結局の所でまかせだと断じるのが普通であり、世界そのものが違うなどと言われて、すんなり『はい、そうですか』と言える者は居ない。

 

 

(この世界では平行世界や別世界という概念は一般的では無いのだったな。面倒な…)

 

 

ゼロも男の反応を見て、どの様に説明するかを暫し考える。

 

幾ら頭の回転の早いゼロと言えども、前提知識の無い者に物事を説明するのは難しい。『箸を持つ手は右手だ』と人に教えた際、『箸って何?』という顔を相手にされた時を考えると分かりやすいだろう。

 

 

「…俄には信じ難い話ですが、その話が本当だと仮定して、それを証明する物はありますか?」

 

 

訝しみを隠さない男から放たれた発言は、一概に無知から来る物では無い。

 

Z-BLUEという謎の組織の出現と、月よりも遠方に現れた人工物らしき謎の巨大物体の出現時期はほぼ同等。戦力などの規模から、地球出身の組織では無いのかもくらいには捉えていた。だが宇宙人などと荒唐無稽とも思える噂は、BETAという前例を鑑みれば否定しきれないのもまた事実なのだ。

 

驚いたのは偏に、予想も付かない以上考えても仕方がないなどと漠然と考えていた男の予想を裏切り、世界そのものの出自が違うと言われたからこそである。

 

ゼロの発言を疑っていないと言えば嘘になるが、それを信じるに値する明確な証拠が欲しかっただけに過ぎない。

 

 

「我々Z-BLUEの本隊は現在、月より少し離れた位置で待機しています。本隊の母艦の大きさからしてこの地球からの観測を可能としている。そして、あの規模の艦をこの地球上の誰にも知られずに建造出来る筈は無い。そうでしょう?」

 

「…………」

 

 

男が黙りこんでしまうのも無理は無い。米国の中で最悪の想定であった、『宇宙に現れた巨大物体は謎の組織Z-BLUEの所有物である』という説が必中してしまったのだ。それも只の所有物では無い。ゼロが母艦と口にした以上、トンデモない大きさの戦艦なのだと理解させられる。まだ、BETAの被造物だと判明した方が精神的には幾らかマシだったのかもしれない。G弾の試射実験の標的に使えたのだから。

 

元々、帝国内の噂でも一部にはZ-BLUEの所有物説が広まっていたのだ。当然、帝国の上層部はブライトから伝えられた情報を持っていたが、無闇に騒ぎ立てない様に緘口令が敷かれている。結果、他国にも噂の発生元である帝国に問い合わせが殺到したが、結局の所噂は噂と躱されていた。余談だが、帝国内で緘口令が敷かれていたのには、事実を真に受ける者が少ないだろうという懸念も含まれていたりする。

 

だが、今回はZ-BLUEの代表が公の場でそれを公表したのだ。予想されていても、改めて聞かされればその衝撃は小さくない。

 

加えて、ゼロが『この世界ではあの規模の母艦は作れないだろう』と言い切った理由は単純。作れる程に技術が発展しているのであれば、インベーダーや宇宙怪獣、ムガン程の強さを持っている訳でもないBETAに、ここまで人類が押される筈が無いからである。この世界の地球で普及しているマシンはどれも火力、装甲共に貧弱と言わざるを得ないという現実も、それを裏打ちするのが悲しい現実だろう。

 

確信こそ無いが、限りなく真実に近い答えとして弾き出し突きつけたのだ。

 

 

「では、なぜこの世界へ来られたのでしょう」

 

「我々の世界にもBETAと同様の地球外生命体が多数存在し、その中でも人類に非友好的な者達とは幾度と無く戦ってきました。詳細は非常に長くなりますので省きますが、我々は前の世界でも脅威から地球を守っていた以上、BETAの存在は見過ごせない」

 

「…BETAの殲滅の為に、こちらの世界へ?」

 

「そうなります」

 

 

ゼロの発言に嘘偽りは無いが、誰がこの発言を信じられるだろうか。

 

幾つかの国は『守ってあげよう』と言いながら、その裏では他国の土地を占領しようと画策する者が後を絶たないご時世だ。Z-BLUEの主張は正しくソレに聞こえる。

 

これでは埒が明かないと踏んだ男は、一気に本題へ入る事を決めた。

 

 

「それはこちらの世界としても、非常に有り難い次第です。ですが、Z-BLUEのこの世界での知名度はまだ高い訳ではありません。そこで再度提案させていただきます。我々国際連合にZ-BLUEも加盟して頂けませんか」

 

(やはり傲慢だな)

 

 

仮面の下で唾棄するゼロは、想定通りと言えども多少は不快感を口許に露わにする。

 

最初に手袋や仮面で不快感を煽るのも、香月博士からの報告を知らぬものとして話を出したのも、Z-BLUEの説明に必要以上に言葉を尽くさないのも、全ては国際連合という組織を推し量る為の揺さぶりでしかない。

 

仮面の男という未知数の相手に知らず知らず踊らされている以上、決め手無くゴリ押しで目的で果たそうとする相手の発言は全て読めていた。

 

幾らルルーシュより長く生きて国連の事務総長をやっていようとも、交渉事に秀でている者が事務総長の座に着くかは別。加えて、相手は多元世界の全てを騙し、動かし、奇跡を起こすゼロである。仮面で顔を覆った人間の演技に気付けないのも無理は無い。

 

聞こえの良くない言葉ではあるが、ゼロから見れば『この程度の人間』など取るに足らない相手なのだ。事が上手く運んだ時に高頻度で浮かべるしたり顔すら、今のゼロには浮かばない程度に。

 

 

(国連が此方の何を何処まで掴んでいるのか、正確には分からないが…そう多くは無いのは明瞭だ。国連に参加させられれば、Z-BLUEに視察団でも何でも送り込めれる以上、さほど問題とは思っていないのだろう。ならば次に俺が打つべき手は――)

 

 

そこまで思考した所で、男に見えない口角を1つ上げた。

 

 

「――なるほど。ところで、国連とはどういう組織なのでしょうか」

 

 

何を言っているんだこいつは。一瞬呆けてしまい、ハッと表情を取り繕う。

 

今まで、国連がどの様な組織かを知っている素振りで話を進めていたゼロが、ふと急に問うたのだ。

 

万が一にも、ゼロが国連を理解していないが故に投げ掛けた発言という事は決して無い。男にとっては与り知らぬ話だが、多元世界にも破界事変の間までは国連が存在していた。それも、再世戦争時には地球連邦政府へと改組され、緩やかな世界の統一に向けて邁進する組織へと昇華された様を当時のZEXISは目にしている。

 

ゼロの先の読めなさ、得体の知れなさ、霞がかった様な不気味さ。その全てを匂いとっている男は、言葉で心境を説明する余裕すら無いほどの緊張を感じながらも手短に説明を始める。自身の発言の何が琴線に触れるか不明な今、当たり障りのない発言を心掛ける事しか打てる手は無い。

 

 

「我々国際連合は国際平和の維持、及び経済や社会に関する国際協力をモットーとして活動しています」

 

 

男の説明を受け、ゼロは口角を更に上げた。

 

 

「なるほど。では、国際とは何でしょう?」

 

「…これは何の問答ですかな」

 

「お答え頂きたい」

 

 

流石に男もハッキリと眉を顰める。一見意味の無い問答。しかし、只の下らない茶番では無いと理解している。

 

疑いはある。しかし、それは相手の胡散臭さから来るモノなのか、自身が何かに気付き掛けているのか判別出来ている訳では無い。

 

それでも今は付き合うしか無いと割り切り、不快感を押しこめながらゼロに答える。

 

 

「……国境を越えた、世界全体という意味と捉えています」

 

「ほう。ではその『世界』とは?」

 

 

そう返せば、またもやゼロは疑問を投げつけてくる。

 

最早、男の中ではこの問答を不毛だと感じていない。それどころか、ゼロは明らかに此方の発言で、何かを誘っていると理解している。

 

だが、ここまで来た以上この問答は此方側から一方的に打ち切って終わらせる事が出来ない。

 

力関係だけで言えば、Z-BLUEはこの世界の全戦力を上回る戦力を持っているのでは無いかと推測されている。ここで問答を辞めたが最後。破談、戦争、滅亡となっては元も子もない。突飛な発想だと一笑に付せればどれだけ楽か。

 

今はただ、ゼロの誘いに乗らない様に細心の注意を払いながらも、国連に加入させるしか手段は無い。質問事態も漠然な物だった為、少し考えこんでから無難であろう応答を告げ続ける。

 

 

「全ての国家、人類の生活圏と認識しているつもりです」

 

 

だが、この答えが決め手となる。

 

 

「そうですか――それでは、我々Z-BLUEは国際連合に参加する資格が無い様だ」

 

「――なに?」

 

 

態とらしく少しだけ申し訳無さそうに声色を装いながら放たれた文言は、男を呆けさせるのには充分な破壊力を持っていた。

 

混乱した頭を整理させる時間など、ゼロは与えない。ネタばらしだと言わんばかりに、男に追撃を加え始める。

 

 

「我々Z-BLUEはこの世界に於いて理解しやすい様に国と便宜上、帝国を始め各国に名乗っているだけであり、元は一軍事勢力に過ぎません。故に、我々は『Z-BLUEが国家』だと断言した事は無い。非戦闘員も多く参加していますが、それ以前に地球出身で無い者や人類という種族で無い者も多く参加している」

 

 

この言い分は看過出来ない物だが、それを否定出来るほどZ-BLUEを熟知していない。

 

加えて残念な事に、ゼロの発言は通常では考えられないが、全て真実である。

 

地球出身で無い者にはコロニー出身者を始めとし、ガバール帝国人の梅本、ギシン星人のタケルやロゼ等、挙げていけばキリが無い。モームやノノ達も人間では無く、オリュンポスのゼウス神、プロトデビルンのシビルや無機生命体のWILL、ELS達は紛れも無く人と見間違う事すら在り得ない存在まで所属しているのがZ-BLUEだ。

 

 

「加えて、貴方は先程『人類の生活圏』と口にした。私には、この世界の人類の生活圏が月を超えているとは思えない」

 

「ッ…………」

 

 

この発言で漸く、総長はゼロの先の発言の意図に辿り着く。

 

自身の国連の参加定義として列挙した『全ての国家、人類の生活圏に居る者』と称した事。いや、そもそも問答に付き合い、真面目に回答する事そのものがミスだったと気づくが、もう遅い。

 

一度でも発した言葉を取り消す事は叶わず、最早口籠るしか出来なくなっていた。国連に参加させた後ならばどうとでもなる。

 

 

「なるほど。だが此方としては、ここで貴方をこの『国際連合』に侵入した正体不明のテロリストとして排除する事も出来る。この世界での信頼は、そちらよりも国際連合の方が上だ。貴方方の信用は墜ち、代表も消え去る事となる」

 

 

提案から要求へと変えた男に、ゼロも威圧感を放ちながら目を細める。だが、こんな事で屈する奇跡の男では無い。

 

 

「では、やってみせるが良い。その時は、ここが跡形もなく消し飛ぶ事になるが」

 

「フッ、随分と大袈裟に仰るのですな。国際連合の本部たるこの場には、かなりの数の戦力が揃っているのだ」

 

 

仮面の奥から発せられるソレを虚勢だと断じ、鼻で笑い飛ばす。平和維持活動(PKO)を掲げた脅し――それが、それこそが相手の逆鱗に触れる。

 

 

「――我々に出来ないとでも?」

 

 

今迄感じたことの無い威圧感。怒気に任せた荒々しい言葉では無い。努めてフラットな物言いだからこそ、淡々とした言葉に潜む圧力こそが息苦しく感じさせる。仮面越しの迫力に、男は生唾を飲む。空気は次第に重く、重力さえも増強され、身体は思う様に動かないと錯覚される力。

 

ゼロの覚悟や迫力は、命を賭ければ御使いであるドクトリンやテンプティをも狼狽えさせる事を可能とさせたほどなのだ。政界のピリついた空気を味わった事はあれども、命を賭けた脅しを受けた経験も無いその男には、下手な返事は愚か、圧倒されて何も口に出来ないでいた。

 

Z-BLUEを国連傘下として従えるなど到底不可能だろうと判断した男は、潔く簡潔に回答する。

 

 

「…そうですか。真に残念です」

 

 

折れた男の言葉を受けたゼロは立ち上がり、座っている男の前までゆっくりと歩を進め、ピタリと止める。そして、静かに言葉を紡ぎ出した。

 

 

「我々は飽く迄人類を守る事を第一に考えています。元居た世界でも、数多の存在が我々を阻んできました。だが我々は決して屈せず、今ここに居る」

 

「…………」

 

「フッ、気を落とさないで頂きたい。国連に加盟する事は叶いませんが、国連や各国と相応の協力体制を取る事は可能だ。転移前の戦闘で減少した設備及び戦力を一定水準以上に復帰させてからとなりますが、技術交流や輸出入については私から議題に挙げておきましょう」

 

 

最後には比較的柔和な物言いで手土産を披露し、握手の為に手を差し出す。

 

男にとって、ゼロとの会談で収穫無しでは問題があるのは明白だ。

 

加えてゼロからすれば、眼前の男との会談は非常に易しい。この窓口を捨てるには少々惜しまれる。それを理解したのか、苦しげな表情を直向きに隠しながらも愛想笑いを浮かべ、感謝の意を述べる事のみが男に残された数少ない選択肢であった。

 

この握手を締めとし、僅か1時間の会談を終える事になる。

 

人類にとってもZ-BLUEにとっても非常に重要なこの1時間は、終始ゼロの手の上で順調に進んだものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月6日 18時17分 仙台第二帝都城、臨時執務室》

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

社霞は思い出を殆ど持たない。思い出とは、経験とも言い換えられる重要なものだ。

 

故に、霞は何か通常時と違う事態が発生した場合、どうすれば良いのかを知り得ない。その情報源たる経験が無いのだから。

 

 

「……どうすれば良いのよっ……」

 

「…………」

 

 

それは極度に落ち込んだ夕呼が、霞の手を握ったまま離さないという異様な現状でも言えるだろう。

 

近日特に忙しくしている夕呼であり、そんな上司に呼び出されて部屋に入れば、呼び出した本人が頭を抱えていたのだ。

 

霞が来た事に気づいていないのかと思い、静かに夕呼の側に近寄れば、突如として夕呼に腕を捕まれたのだ。急な行動に瞬間的に全身に力を入れるも、掴んだ方がそのまま固まっているので霞も困惑する。

 

ただうんうん唸って何も話さない夕呼の記憶を密かにリーディングしてみたものの、経験の少ない霞はそれを見て読み取れた物は多くない。分かった事と言えば、驚愕、困惑、僅かな喜びとそれを塗りつぶす莫大な恐怖くらいな物だ。他にも幾つかの感情が『色』で見えたが、霞はその感情を知らないでいる。

 

ここまでで夕呼について判明した事は、何かとてつもなく悩んでいる事。そして、それに対して解決策を見いだせずにいるという事に尽きるだろう。

 

そこまで理解出来れば、次に霞が考える事は1つ。

 

この状況を打開する事である。

 

故に霞が取った行動は――

 

 

「っ……」

 

 

夕呼の頭をそっと撫でるという行為。

 

実のところ、霞は特に理解して起こした行動では無かった。撫でた本人には他者から頭を撫でられた経験など無い。そういう行為が存在する事は見聞として知っている程度にすぎない。敢えて言うならば、霞にそうさせたのは無意識という物である。

 

しかし、無意識の労う行為が、夕呼の意識を覚醒させたのだ。

 

まさか夕呼も、霞から頭を撫でられるとは思っても居らず、頭を上げて目線をあわせながらも白黒とさせる。

 

 

「……フ、分かったわよ」

 

 

硬直も僅か。直ぐに復活した夕呼は鼻から息を1つ吐き出し、何処か諦めた様な表情を一瞬見せるも、表情を瞬時に引き締めて席を立ち上がる。

 

 

「社、行くわよ」

 

「…はい」

 

 

夕呼の変化に霞は上手くいったのだと理解している時、先導する為に夕呼が霞を追い抜いたと同時に、その小さな頭を温かい何かが僅かに触れた。

 

瞬間的に理解出来ず、遅れて自分が何をされたかを理解して夕呼を見れば、彼女は執務室の扉の前で霞の方に振り返えって再び視線が交差する。

 

 

「来なさい」

 

 

いつもと同じ一言だけ告げられ、夕呼は扉のノブを回す。

 

 

「はい」

 

 

遅れまいと小走りで夕呼を追いかける霞の二度目の返事は、心做しか喜色の孕んだ物であった。

 

 

 

 

 

夕呼が帝都城から出て数分。護衛に伊隅を付け、夕呼は霞とピアティフを連れて仙台港まで訪れていた。

 

工事現場で使われている様な簡素な白い仕切りで囲われた一角の周囲は何も置かれておらず、それが逆に目立っている場所。それこそが、Z-BLUEの現基地もとい停泊地である。

 

場所が開けている故に、何が接近してもZ-BLUE側から察知されてしまうという状況を意図的に作っている地形だ。

 

そんな仕切られた一帯の周囲。唯一仕切りを意図的に開放している通路の前で、一台の高機動車が動きを止める。

 

 

「ご苦労だったわね。アンタはここでピアティフと待ってなさい」

 

「は!」

 

「分かりました」

 

 

護衛兼運転手として使われていた伊隅は、運転席から外に出て夕呼に敬礼するとそのまま周囲の警戒を開始した。車内の助手席で待機しているピアティフも万が一の時に備えるため、膝の上に乗せた小型コンピュータを起動させて視線をそちらに移す。

 

二人をチラリと横目にした後、霞を率いる夕呼は白い壁の間に作られた通路を抜け、仕切られた敷地内に足を踏み入れ、そこで思わず足を止めてしまう。

 

 

(初めて生で見たけど…ホントに大きいわね…)

 

 

何と言ってもまず最初に目に入るのは、ラー・カイラムとネェル・アーガマの二隻の白い戦艦が鎮座している様だろう。二隻の周囲で警戒する様に配備されている人サイズのきぐるみらしき物体が多数居るが、それとはインパクトの差が段違いである。

 

帝国にも母艦として戦術機揚陸艦が配備されているが、ネェル・アーガマの規模はそれを上回り、更にラー・カイラムが一回り大きいと聞いている。

 

それが宙に浮き、内部に多種多様なトンデモ戦術機を楽々運用してみせ、艦単体で超長距離高威力の光線兵器をBETAにぶっ放しては索敵レーダー内の赤い点を一瞬で跡形も無く消滅させるのだ。

 

この世界に存在し得ない二隻の戦艦は、紛れもない迫力を夕呼と霞に感じさせていた。

 

だが、夕呼が足を止めたのには別の理由がある。それこそが、数十分前に執務室で夕呼を錯乱させていた未解決の問題だ。

 

 

(…覚悟を決めるわよ! ここまで来たんだもの。もうどうあれ、後には引けないのよ)

 

 

拳を握り、下唇を噛んで体の震えを力技でもってして無理矢理押さえ込む。

 

意識が夕呼自身の内なる問題に強く向けられていく中、夕呼の恐れを感じ取ったのか、握り込まれた拳にそっと幼さの残る白い手が添えられていた。

 

少しだけ首を斜め下に向けて霞の方を見やるが、霞は二隻の戦艦の方に視線を固定したままだ。夕呼の拳が自然に解かれると、霞の手も自然と下に降ろされる。それこそ、霞に出来る最大の気遣いだったのだろう。

 

霞の頭を再び一度だけ撫でて視線を戻せば、戦艦から迎えが降りて来るのが丁度見えていた。

 

これが普段なら、Z-BLUEのトンデモ戦艦内部に入れるという僥倖に興奮してもおかしくない夕呼だったが、その表情はどこまでも硬いままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月6日 18時38分 仙台港、ラー・カイラム艦長室》

 

 

「フォールド通信、繋ぎます」

 

「頼む」

 

「…………」

 

 

先程挨拶を交わしたメランにより、艦長室のモニターに映像が映される。

 

この様な状況になっている事に対して、夕呼は回答を知り得ないでいた。

 

そもそも、今の状況は二日前にZ-BLUEからの艦内へのご招待があったからこそ夕呼は今、ここに居た。

 

 

(私が何かヘマをした…いや、そんな雰囲気では無いわ。あの事がバレた訳でも無さそうね…でも、じゃあ…)

 

 

そう、呼ばれたから居るのだ。では何故呼ばれたのか。その部分こそ、夕呼が引っかかっている所である。ブライトから招待はされたものの、理由や目的については一切明かされていないのだ。『信頼の証として招待したい』などと言われても、額面通りに受け取れるほど夕呼の警戒心は弱くない。

 

推測ではあるが、検討は1つだけならば付いている。だが、それにしては雰囲気が穏やかに感じられるのである。

 

しかし、ここはZ-BLUEの『顔』を担当してみせるブライトの艦である。雰囲気を偽れても可笑しくはないと、一人心の準備を着々と進めていた。

 

そんな夕呼の横には霞が大人しく座っている。

 

霞という存在はラー・カイラムのブリッジにてかなりの視線を集めたが、本人は気にしていないのだろう。初めての会談時に顔合わせをしたオットー艦長が用意したとされる紅茶を美味しそうに啜っている。

 

夕呼もその落ち着きを見習い、一口だけ紅茶に口を付ける。

 

 

(――!? なにこれ…! まさか本物の茶葉なワケ? 香りも合成のものとは全然違う…)

 

 

苦味や渋味が少なく、ほのかな甘さとバニラのような香りを放つその紅茶は、ほぼ全ての飲食物が合成食品となってしまったこの国では、上層部のほんの一握りでさえ、ここ数年は口にしていないだろうと容易に想像させる事が出来てしまう豊かな香りだ。ストレートで注がれているが、味覚が子供の霞でさえ美味しそうに、ましてや大事そうに飲んでいるほどである。

 

口に出来るのも幸運だと思える程に上質な紅茶に、多少の緊張を紛らわせた所でモニターに映像が反映された。

 

モニターに映った人物達を見れば、テッサとオットーとは面識があるものの、後は皆が初見となる。

 

 

(――っ、これがZ-BLUEの――なんて規模よ…)

 

 

生唾を飲み、そしてZ-BLUEの組織力の高さを実感させられた。

 

ブライト、オットー、テッサに共通するものは、艦の長であるという事だ。それがこの三人を含め、十一人存在している。

 

マデューカスはテッサの補佐だとしても、艦長クラスの人間が十一。その十一人こそがZ-BLUEの未来について議論を重ねている面々なのだろう。

 

国として見た場合、絶対的なトップが存在しないというのは外交的にも内部での責任如何に於いても些か問題が生じる。しかし、所詮は顔を立てているに過ぎず、実質的なトップは複数人存在するものだ。

 

組織として見た場合もまた、リーダーという存在は不可欠だ。組織の規模の大小に関わり無く、人員を纏め上げる求心力の強い人間が頭として必要である。そして、Z-BLUEにはそれが無いのだろう。いや、必要無いというべきか。

 

国として見れば少なく、組織としてみれば些か多い。

 

モニターの向こうでこちらを見ている首脳陣の前に駆り出された事に、心拍数は急激に上昇し始めている。

 

 

「香月博士。この度は大変お忙しい中、お時間を割いて頂きまして誠にありがとうございます」

 

 

そう言って畏まった態度を取ったのは、蓄えられた髭と古傷が特徴的な男性だ。

 

夕呼は直ぐ様同じ様に畏まった態度を見せ、返事を返してみせる。

 

 

「いえ、こちらこそお待たせしてしまい申し訳ありません」

 

 

定型的な社交辞令を返し、夕呼は立場が下の者としての義務を果たす事から始める。

 

 

「では、自己紹介をさせていただきます。私はオルタネイティヴ第四計画総責任者、香月夕呼です。そして隣が、社霞。ESP能力者です」

 

 

普通ならば『ESP能力者』という紹介で疑問符を浮かべる者も少なくないだろうが、そこで口を挟む者は居ない。

 

既に色々と調べ上げられており、ここで口を挟んでまで直接夕呼の口から聞く必要が無いのかも知れないと密かに恐々とする。

 

そんな夕呼の恐れなど知らぬと言わんばかりに、今度はZ-BLUE側の自己紹介が始まった。

 

 

「では私から。Z-BLUE所属、マクロス・クォーター艦長、ジェフリー・ワイルダー大佐です」

 

「トゥアハー・デ・ダナン副長のリチャード・ヘンリー・マデューカス中佐です」

 

「Z-BLUE代表代理、ゼロです」

 

「ドラゴンズハイヴ総司令、F.S.だ」

 

「同じくドラゴンズハイヴ副司令の様な立場を努めております。田中、と申します」

 

「プトレマイオスの戦術予報士をしています。スメラギ・李・ノリエガです」

 

「ネオ・ディーバの聖天使学園理事長、クレア・ドロセラです」

 

「スコート・ラボ代表兼ソーラリアン艦長、トライア・スコートだよ」

 

(…随分と濃いメンツね…)

 

 

自己紹介の後、夕呼の初めて抱いた感想がそれである。

 

軍事組織の代表として存在している面々の内、最初の二名であるジェフリーとマデューカスを含め、既知のブライト、オットー、テッサを除いても約半数ほどしか階級持ちが存在しないのだから驚きだ。

 

代表代理を名乗る黒い仮面の不審者。女性と見紛う黒い長髪と真紅の瞳が目を惹くも、その印象を更に強めるのは男性的な低い声で淡々と話すF.S.。それとは対照的に飄々とし過ぎている副官、田中。既知ではあるが、少女と呼んでも遜色の無い身でありながら大佐と名乗るテッサ。夕呼と対して歳が変わらないであろうスメラギは、艦長では無く戦術予報士と名乗り、理事長と名乗ったが、外見はどうみても霞と歳が近い様にしか見えないクレア。狐を模った白い仮面を片手で遊ばせている、スメラギと同様に歳が近いだろう印象を受けるトライアという面々。

 

この顔触れをパッと見た印象は、異色の一言に尽きるだろう。

 

服装に関してもそうだ。金髪で名前からして日本人では無いにも関わらず、トライアは純和服の出で立ちである着物を。ゼロの純黒たるマントと仮面。F.S.の黒いシャツに無地の紫のネクタイに、真っ白なコートと着る人が違えばチンピラかヤクザに早変わりとなるだろう服装と、統一性がまるで無い。

 

纏まりが完全に無いのかと思えば、オットーの羽織っているコートの隙間から覗く首元の中のデザインは、ブライトが現在着用している服の首元と全く同じデザインだったりと、疑問は一向に尽きないでいる。

 

 

(そう言えば、最初の会談で平行世界が複数融合して出来た世界から来たって言ってたわね。ま、それで説明はイマイチ付くのかしら…?)

 

 

ほぼ正解に近い推測を弾き出し、疑問を一旦納得の行くレベルのまで解決させた時、トライアが徐ろに口を開いた。

 

 

「さて、それじゃあ早速で悪いんだけど本題に入るよ。AG、設計図を映しな」

 

「分かりました!」

 

 

トライアが夕呼からは画面外で見えない知らぬ何かに呼び掛けると、数瞬の内にモニターに図面やイメージが展開される。

 

 

「これは…!」

 

「気付いたかい、香月博士。それはあんたに数日前持ち掛けた、基地建設の設計図の草案だよ」

 

 

思ってもよらないZ-BLUEからの基地建設提案。

 

地下を除いているとは言え、地上の図面がこの数日で既に完成手前なのは、流石の夕呼も驚きを隠せない。

 

基地の形としては見ない形状や構造をしており、その細部に目を凝らしていると、興味を示した夕呼に対してトライアが微笑を見せ、詳しい説明を返していく。

 

 

(……………は?)

 

 

質問と説明の押収が二桁に届いた辺りで、夕呼の思考は鈍くなってきていた。

 

仕方のない事だろう。Z-BLUEが作るとなれば、その規模は夕呼の既知のものとはかけ離れるのは当然なのだから。ふと霞の表情を横目に盗み見れば、まるで理解していないと見える。知らない事こそ幸福とはこの事かと、思考力の落ちた夕呼は内心ゴチていた。

 

 

(電力エネルギーの自給率は100%どころか、余剰電力を売れる。食物栽培の試験も兼ねた、地下施設及び付近の土地を活用した食物栽培での天然食物の自給力。全方位をカバーする光線兵器の砲台と大型ビーム砲……なによこれ)

 

 

擬似太陽炉と、ソレスタルビーイング号に搭載されていた高性能の高効率太陽光発電システムを採用したエネルギー供給システムで基地内の全エネルギーが完全自給で賄われる計算だ。戦術機の蓄電池すら不足なく充電が可能であり、シミューレーターに掛かる電力も気にする必要など何処にもなくなる程である。

 

合成食物などの食料事情に於いてはコロニーなどで広く採用されている水耕栽培を中心とし、BETAに荒らされた乾燥地でも成長の見込める植物の生産実験が行われる予定となっている。当然、事前に秘密裏ながらソーラリアンの事象制御でG弾の重力異常を解消させておいてからではあるが。

 

加えて、魚介類の生産プラントも設置されているという説明まで存在する。

 

防衛機構には擬似太陽炉のエネルギーを使用した全範囲をカバーする複数のビーム砲台が、死角を無くす様に完全配備されている。

 

また、過剰戦力とすら思えてしまうのがメメントモリをやソレスタルビーイング号を参考にした二つの擬似太陽炉をまるまる使用して敵をなぎ払う自由電子レーザー掃射装置だ。基地の上部に設置されたリング状のレールを滑るように移動し、周囲360度に照射が可能というトンデモぶりである。

 

それだけではない。当然、横浜基地と併設されたZ-BLUE専用区画には大型艦整備ドッグを始め、機動兵器の整備ドッグ及び量産機と武器の製造ラインも設置される事は確認済みだ。

 

これを見て、この世界で驚かない人は一人も居ないだろう。

 

Z-BLUE案の横浜基地は、控えめに言っても他国に設置していい規模の基地では無い。それでもZ-BLUEが帝国に設置する理由は大きく別けて2つあると夕呼は踏んでいる。

 

明星作戦時の、BETAの包囲網に掛かったZ-BLUEを救援した事を含めての帝国への信頼。そして、万が一このトンデモ基地を占領されたとしても、瞬時に奪還若しくは壊滅させる事が可能だと思われる戦力だ。

 

なんにせよ、これほどまでに堅牢で強固な基地は、Z-BLUEからの帝国に対する信頼や期待の大きさと言い換えても良いのかも知れない。

 

どこぞの大国の施しとは安心感がまるで違う事に、夕呼は思わず口許が緩みそうになる。

 

だが、その表情は依然引き締められたまま。間違っても、口許を緩めてはいけない立場に夕呼はあると自覚している。

 

 

(さて、もうこの話が出ちゃった事だし――ここらで打ち明けるしか無いわね…ホント、憂鬱だわ)

 

 

夕呼は渋々ではあるものの、ついに覚悟を決める事にしたのだ。

 

 

「すみません、少し宜しいでしょうか」

 

 

話の切れ目を狙い、手を少しだけ挙げて主張する。

 

 

「どうしました?」

 

 

ブライトが反応を返してくれるが、他の者は夕呼の言葉を待ち、静観の姿勢を保っている。

 

極度の緊張が走る中――夕呼は、まるで告解する罪人の様に、その重たい口を開け始めた。

 

 

 

 

 

夕呼が話始めて、何分経ったのだろうか。時計の針を覗けば、僅か十分も経過していない事が分かるが、それを認識出来るほど今の夕呼は余裕のある者は居ない。

 

 

「――先程説明致しましたオルタネイティヴ計画。その第四計画の主軸こそ、対BETA諜報員の育成にあります――」

 

 

正確には、それだけの余裕を持って聞ける内容では無いし、なにより夕呼の晒しだす必死さがそうさせなかった。

 

 

「――BETAの情報を得るには、これが不可欠だと判断しています。そして、賞賛される行為では無い事も――」

 

 

話している時の夕呼の表情は、その場の空気と同じだ。沈痛、苦悩、諦観、恐怖。これらを纏め、無力さで括って絞り出せば、発言者の精神的負担を共有出来るのかもしれない。

 

 

「――発見された脳髄の中で、唯一生きている者が居ました。社にリーディングさせて読み取れた名は――」

 

 

それほどまでに、夕呼の表情は怯えていた。声の覇気は薄れ、正しく弱々しい語気ながらも絞る様に言の葉を繋ぎ続ける。

 

 

「――今の人類には、この捕虜となった『鑑純夏』を脳髄の状態から人間に戻す事は不可能なのです。だからと言う訳ではありません――」

 

 

親に叱られるのを想定し、少しでも身体を縮こませようと震えて俯く幼児の如く。

 

 

「――現状、数少ないBETAへの対抗手段であり、人類を救う第一歩だと私は思っています。――」

 

 

許しを請う罪人の様な面持ちのまま、必死に言葉を吐き出す。

 

 

「――賛同を受けれるとは…露程も思っておりません。ですが、何卒っ…御理解、頂けませんでしょうかっ…!」

 

 

言い終わるのが早いかというタイミングで艦長室の来賓用ソファから立ち上がり、モニターに向かって腰を折る。四十五度の最敬礼。夕呼には現状、頭を下げる事しか考えられないでいた。

 

 

「……お願いします」

 

 

遅れて、霞も夕呼の真似をする。声こそ小さいが、霞の言葉を聞き漏らした者は一人として居ない。

 

こうなった事に、夕呼に直接的な非は無い。謂わば、運が悪いというのが正しいだろう。

 

夕呼がブライトから基地建設の話を受けて小躍りしそうな程に喜んでいたその半日後、難航していた現場調査隊にて、横浜ハイヴ内で生きた捕虜を発見したとの報告が上がったのだ。

 

その捕虜の状態と性質が判明すればするほど、彼女は酷く狼狽えた。なにせ、彼女の00ユニットの構想にとっては願ってもない素体だったのだ。しかし、大手を振って喜ぶほどに愚かではない。何故ならば、捕虜が見つかった場所にこそ、Z-BLUEが建設する予定の基地が建つのである。

 

Z-BLUEと共に使用する基地を、不用意に国連に作らせる訳にいかない事は百も承知だ。間諜に対して用心しすぎるという事は無い。

 

しかしだ。このままでは00ユニットを隠す事はどうあっても叶わない。脳髄だけの捕虜を、独力で誰にも知られずに別の基地に移す事も考えたが、BETAの技術で生かされている脳髄を切り離して運ぶ事も不可能だと判明している。

 

そう、此度の告解は回避不可能だと言えるだろう。基地建設の約束の後に捕虜を発見してしまったのが運の尽き。捕虜を『生かす』のも『活かす』のも、非人道的な手段である00ユニット無くして考えれない。正確には00ユニットにする場合、人としては一度殺してしまう必要がある事を鑑みれば死者を弄ぶと批判されても仕方の無い事なのだ。

 

頭を下げ続ける夕呼の脳内には、最悪の事態が瞬時に浮かび上がる。考えるだけでも震えは止まらない。汗も止まる事を知らず、耳に入る音は耳障りなほどに高鳴る自身の鼓動のみ、自身が呼吸を正常に出来ているかすら誤認しそうになる様は、見ていて哀れになる程だ。

 

断罪の言葉を今か今かと待ち受けていた夕呼に、一つの声が聞こえる。

 

 

「――なるほど」

 

 

それを発したのは、Z-BLUE首脳陣において、最も異彩を放つ服装を纒うゼロだ。諭すでも宥めるでも無い言葉が、続く言葉を待っていた夕呼にモニターを通して告げられる。

 

 

「フ…貴女を見ていると、過去の俺を思い出しますよ」

 

 

発言の意図を理解しきれていない夕呼と霞は、無意識に顔を挙げてしまう。同情の言葉が振ってくるとは、微塵も考えすらしていない事だった。

 

 

「ゼロ…」

 

 

ゼロの発言に、スメラギを含めた数人が反応を示す。ゼロとしての仮面を被っているルルーシュが、一人称を意図的に『俺』に変えた事も大きいのだが、それ以前にゼロとしての行動の数々を振り返り、誰もが思う事があるのだろう。

 

 

「科学者ってのは、時と状況次第で倫理を侵してまでやらなきゃならない事があるからね。そうしたいと思う科学者が居るかは置いといて」

 

 

トライアの言葉でZ-BLUEのメンバーが想起するのは、再世戦争で衝突した聖インサラウム王国。その宰相を兼任する科学長官アンブローン・ジウスだ。

 

禁忌たる次元科学を使用し、手段を選ばないという非道さの色こそ強く見えるものの、王と愛する母国の為に命を賭して戦い散ったアンブローンは、その芯こそ高潔で心優しき科学者だったと当時のZEXISが知ったのは、エウレカがアンブローンの善性を戦後に語った時である。

 

この言葉が決め手だった。

 

 

「では、問題は鑑純夏さんの方ですね」

 

 

香月夕呼の正当性から、BETAの捕虜である少女への話へと切り替えたのはテッサだ。

 

他者の都合によってウィスパードにされた事も起因してか、夕呼に対する視線は先程までは鋭さを見せていた。そのテッサが切り替えた事もあり、娘を持つオットーも険しさを鎮めるなど、夕呼の関与しない所で首脳陣内での空気が徐々に改善されていく。

 

 

「では、その脳髄を本隊の方に――」

 

「待ちなよ大佐。脳髄だけの人間がどうやって生きてるのか調べないと始まらないよ」

 

「む…それはそうですな」

 

「ならば、捕虜が浸かっているという液体から調べるのが妥当だろう」

 

「では資材と建設員を運ぶついでに、アークグレンで研究員も派遣しちゃうというのは如何ですか?」

 

「アークグレンの螺旋界認識転移システムを使うのですね」

 

「捕虜の移送後の処置に関しては、ティエリアに話を聞いてみます」

 

「うむ、早速皆に準備を急がせるとしよう」

 

 

気付けば、夕呼が話の流れを理解しきる前に勝手に話が進んでいる。それも、夕呼には実行できない、想像すらしなかった『鑑純夏を殺さずに人に戻す』という方向性なのだろう、恐らく。

 

これには唖然とするしかない。自身の隣の霞を見れば、話を理解出来ているのだろうか、微かに笑顔を浮かべながら夕呼を柔らかく見つめ返すだけだ。

 

夕呼がここまでZ-BLUEに優遇されるのは、運では無い。紛れもなく、夕呼自身がZ-BLUEにそうさせている。

 

リスクを可能な限り避け、これでもかと用心深く動くのが本来の性質だ。しかし、Z-BLUEに対して――基いブライトに対してのみ、非常に稀有な事ではあるが、ある程度の腹を割って見せながら信頼を得るという交渉方法を取っている。

 

これには、夕呼自身がZ-BLUEを見極めなければBETAだけでなくZ-BLUEまでも地球や人類の敵に回って破滅する可能性を考慮しての事だ。相手との力関係を考えて尚、交渉で対等に持っていけると抜かす人が居れば、自身の執務室の紙束を鈍器としてその頭に振り下ろしている自信さえ夕呼にはある。

 

対するブライトは階級や立場上、軍や政治の上層部の海千山千の権化と化したお偉方を相手にする事もあるが、総じてそれに該当する部類の人間を苦手としている。そんなブライトに対し、友好的かつ親切な態度で対応してくれるのが夕呼なのだ。政治家程では無いにしろ人を見る目を持つブライトには、相手が慣れない事をしているという事くらいは既に感づいている。

 

それは言い換えれば、普段表に出さないのだろう親切さと誠実さを不慣れながらも出してくれているという事。ブライトは当然、夕呼の姿勢を評価していた。要は、それがZ-BLUE内でも話に上がっており、初対面の時点で既に比較的評価が高い事に起因する。

 

力関係を意識し過ぎるが故に謙り過ぎている部分が少々目立つが、それも丁寧さの裏返しと言えば評価の上方修正に繋がるものだ。

 

 

「――しかし、オルタネイティヴ計画に関するならば――」

 

 

聞き知った言葉が耳に入ってきた事で、再び意識が現実に引き戻される。首脳陣が揃って口を閉ざし、じっと夕呼の方を見つめていた。

 

呆けて話を聞けていなかった夕呼はしまったと焦り、何か口にしようとする。

 

 

「…え、えと…」

 

 

苦し紛れに出てた言葉は、衝撃的な発言によって呆気無く掻き消される事となる。

 

 

「では、香月博士に一時的にだがZ-BLUEに参加してもらうというのは?」

 

「――え?」

 

 

通報待ったなしの不審者スタイルを取る代表代理が放った突拍子も無い言葉に、脳が瞬間的に理解を放棄したと錯覚させる程の衝撃を与えられていた。

 

またもや、そんな状態の当人を差し置いて首脳陣内での話が始まる。

 

 

「エルガン・ローディックが提唱したZ-BLUEの根底の概念から見ても問題は無いだろう」

 

「F.S.もそう言っている事ですし、私も異論は特にありません」

 

「私も歓迎しましょう」

 

「うむ。科学者の協力者というのは今のZ-BLUEにとっても有り難い」

 

「さて、香月博士。如何しますか?」

 

 

またもや、知らぬ間に話が決まっていた。それも何故か、Z-BLUEに参加してもらうかどうかという話である。超技術の塊であるZ-BLUEに参加出来る事は願ってもいないのだが、どうしても疑問をぶつけずには居られなかった。

 

 

「…不躾を承知で問いたいのですが、何故、私をZ-BLUEに参加させようとするのでしょう」

 

 

警戒する夕呼の視線を、あたかも微風を浴びるが如く受け流しながらもゼロは答える。

 

 

「Z-BLUEには、出自や経歴を含めて極めて多種多様な者が居ます。彼らと触れ合う事で、香月博士の地球を救う閃きに幅が生まれるかもしれません。聡明な香月博士ならば我々の技術をこちらの世界に流して良い技術と、そうでない物は判別出来るでしょう。それに、こちらとしてもこの世界の情勢を詳しく知る存在や、この世界への橋渡しとなる存在が必要だと感じていたまでです」

 

 

何処か気遣う様に告げられた発言に、Z-BLUEの懐の深さと大きさをありありと見せつけられた様に感じていた。これが、様々な世界が入り乱れる多元世界で、人類を滅ぼそうとする存在を尽く倒してきた者だけが持てる、心の余裕なのだろう。自分達とは生きてきた世界や経験そのものが違うのだと、今一度強く理解させられると共に、Z-BLUEならばもしかしたらBETAを滅ぼせるのでは無いだろうかと夢想してしまいそうになる。

 

ゼロの応答により、自身の抱く疑念を全て解消してくれる最適解を頂けたのだ。ここまでお膳立てされた状況で、首を縦に振らない筈がない。

 

宜しくお願いしますと一言告げ、再び頭を下げる。

 

その後に話した事は、夕呼にとって負担となる話は一切無かった。

 

むしろ、OSや戦術機のサンプル提供。新兵装や新OS・新FCS、そして戦術機用のビーム兵器対応型プログラムやZ-BLUE製戦術機のデータ収集への協力という役得まで手にした程である。簡単に纏めると、現在研究中のオルタネイティブⅣの研究を実質的に一時中断し、新戦術機の制作のサポートとネゴシエイターとしての活動を主に行う事を任されたのだ。ネゴシエイターとしての活動は本領では無いが、不得手でも無い。今までの苦労を考えれば大した事は無いだろうと、メリット・デメリットを秤に掛けては今にも浮かれそうな気分になっていた。

 

最後に基地建設と鑑純夏についての話を後日、本格的に始める事を決め、一度解散する事となる。

 

香月夕呼はこの日、秘密裏にではあるがZ-BLUEの協力者として目出度く迎え入れられる事になったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




交渉事の描写は苦手です…こんなもんで勘弁してください(`;ω;´)

では、また会いましょう。

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