to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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皆さん、お久しぶりです。

会談や話合いは…苦手です。

不自然な会話内容や説明、誤字があれば連絡下さい。

久しぶりに文章を作ると、冴えていないのがありありと見えますね。ご容赦を。

※一部表現を削除しました。詳しくは活動報告で語ります。よろしくお願いします。


第ニ章 (4)

《1998年8月31日 20時40分 仙台第二帝都城、城前広場》

 

 

明星作戦。

 

BETAの大規模な侵攻を受けていた帝国が、カウンターアタックを狙って発動した反攻作戦の名である。

 

28日から数えてこの4日間、人類は全軍合わせて800人程の衛士を失っている。

 

引き換えと言っては不躾であるが、横浜ハイヴ内の推定16万のBETAに大陸からの増援であるBETA7万を合わせた総計23万超の大軍勢を葬った上での大勝利を納め、剰え九州を含めた本土の奪還に成功しているのだ。これは歴史的にみても、かなりの快挙だろう。

 

BETAに対する反逆の狼煙を成功させたとも言える帝国に、一月以上も失われていた安らぎを感じられる夜が、この時久しく訪れていた。

 

 

 

 

 

「我が親愛なる日本国民の皆様。

BETAの本土襲来が来る先月より、我が国は果てを感じさせない程の辛酸を嘗めさせられ続けていました。数多もの人々や地域が多大な損害を受け、この国も、そして皆様も心身共に浅からぬ傷を負いました。地の獄とも言えぬ長き一月余りの日々を、私を含め、皆様も忘れる事は決して無いでしょう。

そして、此度の戦にてこの国は再び目覚めました。日本は再び歩みだしたのです。背後に滅亡の危機を感じようとも、正面に数多ものBETAを捉えようとも、この国は窮地を脱して見せました。今日という日は1つの過程に過ぎません。

私は、これを足音の様に感じております。私達が、この国がBETAを退けて尚、前に進む為に力強く踏みしめ始めた足音の様に。

この国には歴史があります。そして、私達には古くから続く由緒正しい歴史と共に、嘗てを生きる先達から受け継いだ強靭な精神も持ち合わせている筈です。それが今日、明白な証となって明かされたのです。

遥か広大な大陸の大半を侵攻するBETAであっても、私達の誇りと底力を砕く事は叶わなかったという事に他なりません。

ですが、これはまだ一歩目でしかありません。そして、私達の行く末には必ずや、様々な障害が立ち塞がる事でしょう。

座しているだけでは、次のBETAの襲来に対処する事など決して叶わないでしょう。

BETAを退ける事に成功した日本に、既に後方国家や前線国家という固定概念は存在しません。前線国家の激しい戦闘による消耗も、後方国家の支援難における苦悩も知った日本は、BETAに立ち向かう為の真の不可欠な要素を手に入れたのです。

徒に力を浪費するのでは無く、我武者羅に進むのでも無い。努めて謙虚で常に堅実に、これまで学んできた事を何一つ忘れる事無く、国と民が共に力を合わせながら歩いて行く事こそが、この国の未来を作り出す最上の道なのです。

日本国民の皆様、今暫く力をお貸し下さい。

那由他の英霊達が残していった志を胸に、振り返らず進み続けるのです。

国民、国家、そしてその果にあるであろう星の未来を必ずや守り抜く事を誓い、先を見据える事を忘れず、共に歩んで参りましょう」

 

 

城前の広場にて行われた悠陽による演説は、本来行われる予定では無かった。

 

しかし、明星作戦初日の無勧告G弾投下という暴挙が行われ、ハイヴ内に突入していた勇敢なる帝国の衛士が無為に消失した事に、国民を始め少なくない衛士達の不満が吹き出したのだ。

 

そこで急遽、悠陽の演説の提案により帝国国民の怒りを鎮める事になったというのが事の顛末である。

 

事前準備無しの演説だった事で、拙い演説だったと猛省する悠陽ではあったが、その効果は著しく現れていた。

 

その甲斐あってか手放しに不平不満を言う者は居なくなったと共に、勝利に喜びを見せる者も見当たらず、各自が自粛を行った故の不気味な程に静かで沈痛さが滲む夜となっていたのだった。

 

 

 

 

 

そんな帝国の中で、現在国内で一番激しい怒りを煮え滾らせていたのは夕呼である。

 

演説で衛士を含めた一同が不平不満を収めていった中、演説を聞いても耳に一切入れる事は無く、作戦初日から変わらぬ怒りを秘めていたのだ。

 

悠陽の演説が終わり次第、早足で一目散に自室に戻ると夕呼は荒々しく内線に手を掛ける。

 

物が激しくぶつかる様な音が聞こえるが、憤怒一色の夕呼にそれを気にする余裕は微塵も無い。

 

 

「ピアティフ。悪いけど、国連の方に繋げて頂戴」

 

 

悪いけどと断りを入れているものの、言葉の端々や僅かに大きめの声量から滲み出る怒りの気をまざまざと感じ取ったピアティフは、直ぐ様国連の宇宙軍宛に連絡を繋げる。

 

数分と経たずに繋がった相手に、夕呼は口早に畳み掛け始めた。

 

 

「おやおや、誰かと思えば香月博士では無いですか」

 

「夜分遅く申し訳ありません。早速なのですが、横浜ハイヴへの無勧告でG弾を投下された事につきまして、その意図を問いたいのですが」

 

「……フッ…」

 

 

夕呼は強い口調で有無を言わさぬ様に詰問するが、耳元の受話器から一瞬だが微笑が聞こえる。

 

如何にもな嘲笑が耳に届けば、反射的に目を細め忌々しげに顔を歪める。今にも吹き零れそうな怒りを左手の握り拳に力を込めて堪えてみせるも、逆撫でするかの様に愉快そうな声が届いた。

 

 

「意図? それは何を意味するのですかな? 我々は、『そちらの要請に従って』G弾を投下したまでですよ」

 

「――――ッ!!」

 

 

いけしゃしゃあと放たれた言葉に怒りを突沸させた夕呼により、あまりにも強い力で握りこまれた受話器がミシリと軋む音を瞬間的に鳴らすが、即座に我に返って肩の力を無理矢理抜く。

 

一方的に気を荒げていては話にすらならないと百も承知だが、話の内容や電話相手の口調が夕呼の自制心を逆撫でするのだ。決して楽ではない。

 

 

「…それが真実だと仮定したとしても、無勧告というのは非常識ではありませんか? 此方にはG弾による少なくない死傷者が居るのですが」

 

 

歯を食い縛り、怒りに震える声を誤魔化しつつトーンを落とし気味に話す。

 

しかし、帰ってきた答えはまたしても逆上しかねないものだった。

 

 

「要請したのはそちらだと言ったでしょう。ならば、帝国側が自主的に避難しているべきだとは思いませんかな?それより、Z-BLUEと言いましたかな、例の援軍。どうも宇宙人か何かでは無いかという噂がある様なのですが、真偽を確かめるべく直接対話の機会を――」

 

 

相手の喜色を孕みながら続けられる声に、食いしばった歯が音を立てた瞬間、「また後日掛け直させて頂きますわ」とだけ食い気味に返答し、受話器を叩きつける様に机に置いた。

 

 

「巫山戯んじゃ無いわよッ! こんな時に、人類の支配者気取りで好き放題してくれて! このクソッ…!!」

 

 

手近な書類を掴んで壁に叩きつけようとするが、ふと夕呼の耳に声が届く。

 

 

「随分と荒れて居られますな。どうです? お1つ」

 

「…今は虫の居所が悪いのよ。アンタの相手をしていられる程余裕じゃないの、帰って頂戴」

 

 

振り上げた手の中の書類を机の上に静かに戻し、いつの間にかソファに座っていた鎧衣を睨みつけながら怒気を放つ。

 

夕呼がここまで荒れるのは当然だ。

 

Z-BLUEの対応で高官との望んでいない遣り取りが発生し、Z-BLUEにも気を遣い、無勧告でG弾を落とされて第五計画の優位性を無理矢理示そうとされた挙句、詭弁としか受け取れない米国の言い訳ではあったが、反論の余地があったのだ。

 

之ほどまでに苛立つ事が続けば、こうもなるだろう。

 

そんな事はお構い無しに、使えるけど会いたくない人間のトップ3に入る鎧衣が素知らぬ顔で自室に居るのだ。何故か落花生を食べながら。

 

これほどイラ立つ事は無いと夕呼は思いながらも机に荒々しく座り、鎧衣と一度視線を合わせてから顎で扉を指して退室を促す。

 

夕呼の態度から、まだ話の余裕があると踏んだのか。鎧衣はいつも通り態とらしく意外そうな表情を浮かべ、デフォルトの表情なのだろう内心を全く見せない意味深な笑みに戻す。

 

落花生を食べる手を止めた鎧衣は徐ろに立ち上がりながら、夕呼の座る机の側まで歩み寄り、いつもの飄々とした様子で口を開き始めた。

 

 

「その様子では、博士もご存知の様だ。つい先刻、練馬基地で一人の女性衛士が捕えられたのですがね、どうやら絶滅危惧種と思われていた第五計画寄りの帝国衛士だったそうです。国籍は帝国なので、向こうの息の掛かった者か見分けるのは至難だったと言ったところでしょうか」

 

「……ハァ。なるほど、やけに向こうが満足気に話す訳だわ。思い出すだけでもクソ忌々しいけど」

 

 

先程の国連側の応対相手の声が喜色を孕んでいたのは、それだけ用意周到かつ強いカードをここぞという所で切れてご満悦だったのだろうと、この数日間気付きもしなかった自身に夕呼は歯噛みする。

 

御蔭で、横浜には微弱ながら重力異常が未だ残っている。それだけならまだしも、これから事の顛末をZ-BLUEに報告しなければならないのだ。面倒極まりないと頭を抱える。

 

 

「で、ソレが結局何処の誰さんかは、まだ分からないの?」

 

「いやはや、これが困った事に誰なのか分かりづらくなってしまったんですよ。彼女、もう話せないので」

 

 

鎧衣が呆れ半分に訝しげにボヤいた事に、夕呼は珍しい物を見たと感じながら伏し目がちな鎧衣の目を見つめる。

 

 

(…コイツもこんな顔する時もあるのね。初めて知ったわ)

 

 

重たく細めのため息を1つ吐き出しながら浮かべる表情に、いつもの演技臭い印象は受け取れない事から鎧衣が本気で呆れている事を理解し、失礼な話なのだが鎧衣が一人の人間である事を再確認すると共に、話の内容に興味を持っていた。

 

 

「どういう事?」

 

「…捕縛された時に激しく抵抗した様でしてね。その場の衛士に暴行を受けて死亡したんですよ。衛士装備を付けていても、複数人に投打されれば無事では済みませんからね。犯人の中にはG弾投下で部下や同僚を失った者も居た事が、運の尽きというのでしょうが…」

 

 

心底呆れた様に話す鎧衣は、頭を抱えて如何にもやれやれと言った様子だ。

 

情報を取り扱う事が仕事の鎧衣だが、死体から情報を聞き出せる確率はかなり低い。

 

つまり、G弾投下に不満を募らせていた衛士達が鎧衣の仕事を邪魔した事になるのだ。それも、相手は重要参考人である。鎧衣が表情を繕わない程呆れるのも仕方が無いだろう。

 

詳しく話を聞けば、連行時に暴れた参考人に複数の衛士が暴行を加え、挙句に射殺したのだとか。

 

 

「ですので、落花生を摘んでいるんですよ。天然物でして、これが中々美味なのです。疲労回復に加えて美容効果も期待出来るとか。博士も如何ですかな?」

 

「遠慮しとくわね」

 

 

話の切り返しが不可思議な目の前の相手の誘いを神速の如き早さで断り、夕呼は手元のコンソールで作業を再開させる。

 

鎧衣を無視しつつ眼前のモニターを見つめる夕呼の顔には、この件をZ-BLUEにどう報告するべきかという苦悩が隠れて切れないでいた。

 

 

 

 

 

夕呼が鎧衣をあしらっていたのとほぼ同時刻の夜。

 

本土奪還の為に出張っていた福岡から、仙台港にラー・カイラムとネェルアーガマが帰港していた。

 

 

「メラン。本隊とフォールド通信を行い、艦長室にモニターを繋げてくれ」

 

「了解しました」

 

 

メランに指示を飛ばした後、ブライトは疲れた足取りでブリッジから艦長室に向かう。

 

多元世界では基本的に短期間及び短時間で一息に敵や敵性勢力の基地を壊滅させるのが主流だったのだ。数日休んだとは言え、聖アドヴェントとの戦いからこうも戦いが断続的に続けば、歴戦のZ-BLUEとは言えブライトを含め幾つかの人員が少なくない疲労を感じているのが現状である。

 

しかし、先遣隊の司令として戦いの後の報告を遅らせる訳にはいかないのだ。

 

艦長室に戻ったブライトは疲れで普段よりも重く感じる体を椅子に降ろす。椅子は投げ出された体を仰け反りながらも見事に支え、ブライトは脱力しながら数秒間目を閉じた。

 

今回の戦いが特別苦しかった訳ではない。しかし、色々と問題が浮上した戦いだったと言える。

 

まず特筆すべき点と言えば、米国主導と睨んでいる国連宇宙軍の無勧告G弾投下事件。この世界に転移してきた直後の激戦から、僅か3日という休息を挟んで行われた4日間にも渡る長期戦での、一部パイロットや整備士達の少なくない疲労。BETA奇襲の際に於けるラー・カイラムの損傷を未だに修復しきれていない事を含めての大規模修理や補給の必要性。そしてそれに不可欠と言えよう秘匿された土地など、問題は山積みである。

 

疲労感や倦怠感と共に息を大きく吐き出すと、艦長室に設置されているモニターに映像が映り始めた。モニターの向こう側には既に、見慣れた顔触れが揃っている。自然と進行役を買って出ているジェフリーの言葉で総じて会議が始まった事を示す。

 

 

「では、艦長会議を始めよう。ブライト艦長、報告を」

 

「今回の作戦についてだが、少々厄介な事が起きた。これを見てくれ」

 

 

ブライトが隊の状況報告を始めるより早く本題に入った事により、全員の表情が少しばかり強張る。よく観察すればブライトの顔色からは疲労感が伺える事から、この数日間の作戦は只事では無かったのだろうと何人かは察しが付いていた。

 

加えて大層な言い方だが、Z-BLUEが居て尚、戦闘が四日間も長引いたのだ。これはつまり、Z-BLUEが苦戦させられたという状況証拠にもなり、この世界のバアルたるBETAの継戦能力がそれほど高いと容易に推定出来る。これを始めとしたBETAに対する懸念が先遣隊からの報告を待っていた本隊に蔓延していた直後の会議。そこでブライトが性急とも言える表情を滲ませながら話を展開すれば、緊張の色を帯びるのは自明の結果だった。

 

ブライトは手元のコンソールから、容易していた1つの映像を本隊に送る。

 

 

「…なっ!」

 

「こ、これは…」

 

 

数人が息を飲み、数人が思わず声を挙げた。

 

映像に映るのは、紫黒色の全てを飲み込む巨大な空間。そう、数分でも退避が遅れていれば、嫌という程主張している黒紫色の暗黒空間に飲まれていたかもしれないと思わせる、間近で捉えたG弾爆発の瞬間の映像である。

 

皆が驚いたのは、この様な兵器がこの技術レベルの世界の地球に存在している事だが、なによりもかなりの近距離で捉えた映像だと言う事が伺える。

 

 

「…ブライト大佐、この映像は何でしょうか?」

 

 

普段はオブザーバーとしての存在感が強いクレアが、戸惑いを隠しつつブライトに逸早く疑問をぶつけた。

 

当然、この疑問は本隊の全員が考えている事だろう。技術レベルが高いと思われていなかった世界に、ニーナが生み出した限定領域核兵器であるフレイヤや反応兵器を――いや、反応の色からすれば、バスターマシンに搭載されている光子魚雷を彷彿とさせるのだ。光子魚雷では無いと仮定しても、この様な大量破壊兵器が人の居る戦地に向けて使用されたのだろう事まで思考が巡れば、幾人かは目つきが鋭くなっているのも無理は無い。

 

ブライトは夕呼から受け取っていたG弾の詳細な情報を送信し、補足説明も加えながら全員の疑念に答えるべく説明を開始した。

 

 

「重力異常で全てを分解する兵器――G弾と呼ばれているらしい。アメリカを実態とする国連宇宙軍が、無勧告でこれを横浜に投下してきた時の映像だ」

 

「それはそれは…」

 

 

ブライトの不快感を滲ませた報告に、モニターの向こうの代表達の顔付きが非常に険しくなる。

 

田中司令までもが飄々とした雰囲気を引っ込め、何処と無く表情を硬くしていた。ゼロに至ってはモニター越しかつ仮面越しでも、怒りの色を滲ませているのが手に取る様に分かる。

 

艦長会議は早々に重たい雰囲気を漂わせていた。

 

 

「話を進ませよう。そちらの状況を詳しく知る必要がある」

 

 

それぞれが沈黙する中、唯一普段と変わらない表情のF.S.が冷静さを促す。

 

 

「…そうだな。知っての通り、こちらでは28日に横浜ハイヴ奪還を主目的とした明星作戦を開始していた。Z-BLUEの死傷者は0。全軍の死傷者は合わせて800人超。23万のBETAを撃退し、本土を含め九州まで奪還したというのが大まかな流れだ」

 

 

淡々と報告された内容に、幾つかの人物は平静さを取り戻したと同時に、納得した様に頷いている。

 

19という若い頃から長年艦長として務めていたブライトの力量は、Z-BLUEでもかなりのものだ。艦長達のまとめ役になる事も少なくないほど皆から頼りにされているブライトの活躍を聞くのは、Z-BLUEの面々ならば誰もが悪い気はしない。

 

 

「機動兵器に関して言えば、ヴァンセット以外の全てが軽微損傷程度に被害を抑えているが、ラー・カイラムの修理が万全じゃない。応急処置はしているが、どうしても大規模な修理になると相応の土地が必要になってくるのがネックになっている」

 

「我々の情報を不用意に与えない為にも、仙台港では無い別の土地を打診する事が必要でしょうね」

 

 

スメラギの同意にブライトが相槌を打つと、再び口を開く。

 

 

「加えてだが、ネェルアーガマで二名の帝国パイロットと一機の帝国製機動兵器を保護している。一名はハサンから絶対安静が言いつけられていて、もう一人はその付き添いだ。カトルが保護したらしい」

 

「カトルが…フ、彼らしいな」

 

 

付け加えられた内容の重大さに、何人かは目を丸くしていた。

 

地球からすれば、Z-BLUEは異星人達の集まりの様な未知なる組織の筈だ。そこに軽々しく人を招待するのは双方にとって如何なものかとも思ってしまうのは当然だろう。未だこちらは地球の人間の精神性や特徴を掴めては居ないのだから、慎重になるのはおかしい話では無い。

 

プリベンターとの付き合いが深いゼロは保護を申し出たのがカトルと聞き、カトルの持ち合わせている相手を選ばずに発揮される優しさと、温かみ溢れる人間性に微笑を浮かべていたが。

 

 

「勝手に部外者を入れて良かったのかい?」

 

「幸い保護した両者はこちらに従順だ。反抗の意志も怪しい動きも見られない。それどころか、一部とはかなり友好を温めているとの報告も上がっている」

 

「なら、一応は安心といった所さね」

 

 

トライアの疑念に答えた苦笑混じりの返答で、場に見え隠れしていた緊張感が一気に霧散したのを感じる。トライアも本気で心配している訳では無く、懸念について念押しする程度の意味合いしか持たず、確認事項程度にしか考えていない。空気が多少軽くなったところで、ゼロが積極的に口を開いた。

 

 

「では、今後の方針として以下を提案する。ブライト艦長には香月博士に土地を打診して頂き、トゥアハー・デ・ダナンには先日報告の上がっていた帝国からの機動兵器マニュアルを管理。補給目的で本隊に帰投してもらう」

 

「今はそれが最適でしょうな」

 

 

肯定したマデューカスに続き、誰も異論は無いと見るや、ゼロは話を続ける。

 

 

「私が懸念している地球各国からの技術交流の件だが、これは地球の機動兵器マニュアル抜きでは語れないだろう。そして、今後の地球で展開されるであろう作戦に我々も備えなければならない」

 

「あの~…」

 

 

続けざまの発言に反応して、田中司令が手を低めに上げながら発言する。

 

頬を掻きながら申し訳無さそうに発言の許可を求める田中司令に、ゼロはどうぞと応えて続きを促す。

 

 

「あと数日もすれば、ドラゴンズハイヴは完全な修復を遂げるのですが、我々が地球へ補給物資を届けるのは駄目なのでしょうか?」

 

 

田中司令の質問は最もだった。

 

ドラゴンズハイヴは全長が一キロ近い巨大戦艦であり、物資を運ぶにも200メートル弱のトゥアハー・デ・ダナンより効率的なのは明らかだからだ。誰であれ、効率的に運ぶのならばトゥアハー・デ・ダナンよりドラゴンズハイヴを選ぶだろう。

 

 

「いや、トゥアハー・デ・ダナンの方が良い。ドラゴンズハイヴより効率は落ちるが、複数の見知らぬ戦艦が地球に度々来訪するより、見知った艦が移動している方が印象は良い筈だ。ドラゴンズハイヴや真ドラゴンなど、戦闘力の高い艦を手放しにひけらかす様な真似は避けたいという理由もある」

 

「ははぁ、なるほど。これは失礼しました」

 

「次に、具体的な土地借用の件だが――」

 

 

田中司令が納得した所でゼロも1つ頷き返し、次の話に進んで行く。

 

戦闘力の高い艦を見せて下手に刺激しない様にと考えるゼロの思考は、極めて政治家よりである。シャアやハマーンと並んで貴重な政治的観点から事態を観れる人物である為、艦長会議の度に出席を要求される程の重要人物であり、前の組織であるZEXISでは組織の頭として活躍していた事から鑑みても、かなり頭がキレる。

 

地球から本隊の要である超銀河ダイグレンが観測できている時点で、ドラゴンズハイヴ1つを秘匿しようがしまいが、今更影響力に大差は無かったりするのは余談だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月1日 10時12分 仙台第二帝都城、臨時執務室》

 

いつもの臨時執務室で、夕呼は部屋を練り歩く様に落ち着きなく足を動かしていた。足の裏を刺激し、歩き回るという行為は頭脳にとっても非常に良い行為であるのは確かだ。しかし、それを意識してかと本人に問えば、単に落ち着きを取り戻せないだけという答えが投げ槍に帰ってくるのが現状である。

 

そう、今の夕呼に精神的な余裕は無い。

 

昨晩の国連宇宙軍の見解。それを今から無勧告G弾の説明をZ-BLUEにしなければならないのだ。

 

一刻でも早く報告するべき事だとは分かっていても、こんなに言い難い事は滅多と無いだろう。

 

無勧告投下による怒りは、Z-BLUEも当然溜め込んでいるだろう。その様な状況で、帝国からの要請でG弾が落ちた等と報告した暁にはZ-BLUEの怒りが突沸し、迷わず帝国に向かって吹き零れてくるだろうと想像するのは容易い。

 

今の今までZ-BLUEと帝国との関係を少なからず築きあげてきたと自負している夕呼にとって、関係性を崩すであろう報告を自らがしなければならないのだ。耐え難い苦痛なのは易易と理解出来るだろう。

 

 

(…いつまでも悩んでいても仕方無いわよね…腹を決めるのよ…!)

 

 

言い訳なら簡単だ。だが、Z-BLUEには――正確には窓口を担当するブライトには、下手な言い訳をすれば逆に信頼を墜とす事になりかねないと理解している。

 

まるで罪の告解や懺悔をする様な気分だと自嘲しながらも、震える手を受話器に伸ばす。

 

震える指先に弾かれたからか、カタリと鳴らす受話器の音に一度反射的に手を引っ込めた夕呼は、これから起こるであろう恐怖に怯える自身の情けなさに思わず引きつった笑みを浮かべていた。

 

精神の摩耗と心情に任せた力の無い微笑を零した後、頬を両手で力一杯叩き、顔と脳を引き締め直した。

 

瞳に力を入れ直した夕呼の手に震えは何処にも無く、受話器に素早く手を掛けてZ-BLUEに繋ぐ様に伝える。

 

回線が繋がるまでの数秒間、五月蝿い程に響く鼓動を煩わしく感じた夕呼は、服に皺が入るのも構わずに胸元を強く手で握りしめていた。

 

 

 

 

 

「――これが、今回のG弾投下の顛末です」

 

 

数時間にも感じられる僅か数分の説明を終えた夕呼は、視界を固定出来ない程の精神的重圧を感じていた。視界は薄く黄ばみ、視界の端が細かく振動で揺れ動いている様な感覚。まさに、極度の緊張状態と言えるだろう。

 

最後の一句に、本来なら『現在確認されている』と付ける予定だった。しかし、それを直様取り出したのは、客観的な報告をする事の重要性を知らない夕呼では無いが、それ以上に他人事としての印象が強くなってしまうのを避けたかったからである。

 

それほどまでに言葉を慎重かつ素早く選び、丁寧に釈明していったのである。対して、自身の説明の間、ブライトは相槌の声すら発さず受話器の向こう側からは一切の音が聞こえなかったのだ。これには、流石の夕呼も緊張と重圧に喘ぎそうになっていた。

 

早く何か喋ってくれと念じる夕呼の耳元に、漸くブライトの声が届く。

 

 

「…なるほど、了解しました。態々報告して下さり、感謝します」

 

 

耳に届いた声。それは、夕呼の想像していた内容とは、遥かに違う。それだけではない、夕呼には想像出来た。出来てしまった。ブライトは恐らく、受話器越しに頭を下げているのだろうと。

 

ブライトから怒りの言葉や不平不満が絶えず飛び出てきて、それを終始受け止めるというのが夕呼の想定していた流れだ。だが、ブライトから返ってきた言葉の一言目は、先程までの想定されていた思考に掠りもしない感謝の言葉である。

 

何も言葉が出てこない夕呼の耳元に、普段通りの穏やかな声色で話が続けられる。

 

 

「此方の世界が一枚岩では無い事は、我々も重々承知済みです。幸い、我々にG弾投下での死傷者は存在しません。ですので、今はこれからの事について話し合うのが先決では無いでしょうか」

 

 

怒りを殆ど感じさせずにキッパリ丁寧に告げられたその言葉の裏には、夕呼に対する密かな気遣いを感じ取ると同時に戦慄を覚えていた。

 

通常、これだけの大事をスルー出来る組織があるだろうか。問うまでもないだろう。G弾を投下した立場とされた立場が逆だった場合、帝国と米国はBETAそっちのけで戦争を始めかねない程の事案である。しかし、話をした感触ではZ-BLUEは夕呼が真実を告げる以前にG弾投下の件について割り切っている様に見える。これが不気味でなくて何と表現するのだろうか。

 

自身がZ-BLUEの代表なら帝国の評価を下げる絶対の自身がある夕呼には、Z-BLUEが未だに理解出来ないで居たのだと再確認させられていた。

 

しかし、これには幾つかの理由がある。

 

ブライトとしてはZ-BLUEに死傷者が出なかったからといって、無勧告G弾の投下を見過ごせる程脳天気では無い。しかし、それを同じく被害者と考えている帝国の、それも指揮権も何も持たない一科学者の夕呼を詰る必要は無いと考えているからだ。

 

そもそも、男としてのプライドもある。いい歳した大の男が、下手に出ている歳下の女性を八つ当たりで無慈悲にも責め立てる等、情けない事この上無いだろう。政治の世界に男のプライドを持ち出す事など政治家からすれば笑い話にしかならないが、この下らないと断じられるだろうポリシーに知らず知らずに救われている夕呼や帝国――果てには米国やこの世界が居るのだから恐ろしい話である。

 

もう1つの理由としては恐ろしい話だが、『馴れ』と言う物がある。

 

これは目の前の脅威を無視し、自身達の利権や情勢のみを優先して暴走する組織の強行に過去何度も晒された事にある。アロウズを筆頭に、幾つかの組織や敵性勢力の妨害行為やミサイル投下に遭遇しているZ-BLUEの面子からすれば、少なくない悪感情はあれど『ああ、ここでもか』とか『そういえば前にもこんな事あったな』という認識で通ってしまっている。

 

帝国からすれば耳を疑う話だが、Z-BLUEにとってG弾投下は看過出来ない事態だが、割り切れない話でも無いのだ。文字通り経験が違うという思考で済ませて良い話かどうかは、些か微妙ではあるのだが。

 

 

「では、話を進めようと思うのですが如何でしょうか」

 

(――えッ? 本当に何も言わないの?! この話は終わりなの?!)

 

 

一瞬本気で狼狽える夕呼だったが、悠陽にはZ-BLUEとの交渉事の窓口を担当すると啖呵を切った身だ。己の役目を果たす為、直ぐ様調子を取り戻して返事をしてみせる。

 

 

「え、ええ。勿論ですわ」

 

 

少々声が上擦ったのはご愛嬌。ブライトも、さも気にした様子もなく「では…」と言いつつ話の本題に入ろうとする。取り繕え切れていない夕呼をスルーしてくれた優しさを、Z-BLUEのしたかった話がこちらにあったのだと無理矢理納得する夕呼を鎧衣あたりが見ていれば、迷わず含み笑いを浮かべていただろう。

 

 

「以前の戦闘の際に母艦の1つであるこのラー・カイラムに受けた大きな損傷があるのですが、全面的な修理には今の土地では見込めず、他の機動兵器の迅速な修理や補給の為にも基地を建設させて頂きたいのです」

 

「――それはZ-BLUEの基地としてでしょうか?」

 

 

夕呼の浮かんだ疑問は当然である。補給基地の意図は理解出来るが、帝国領内にZ-BLUE管轄の基地の設置を快諾とはいかない。夕呼が良しとしても、上層部がGOサインを出すかは些か疑問が生じる。

 

とは言え、帝国がGOサインを出せない訳では無い。疑いたくなる程の低姿勢を常に続けているZ-BLUE相手だからこそ互いに悪感情を抱かせにくいが、通常なら『ガタガタ言うのならば、Z-BLUEは撤退させてもらう』と脅されたが最後、帝国は折れる他無くなるのだ。

 

つい先日にBETAから国土の大半を取り返したとは言え、国力が年始めと比べてと激減したと形容出来てしまうほど消耗している。国土防衛を自国だけで担える力は無いと言い切っても良い。

 

では、誰と提携するのか。米国、ソ連、統一中華――様々な国家の名前は浮かべど、それらに防衛を任せようなど言語道断。高官が少しでもそんな話を持ちかければ、その日中にはその者の席の氏名標から名が消え去るだろう。現状、帝国はZ-BLUEと連携する他選択肢は無く、そうでなければ自国の防衛は確実に立ち行かなくなるのが目に見えているという悲惨さを誇っている。

 

自国が自力で立ち上がる様になれるまでの間、なんとしてでもZ-BLUEという組織には協力的な姿勢で居て貰わなければならない。しかし、そんな懸念もZ-BLUEが相手では特に意味を持たないと、多元世界の人間ならば誰もが言ってみせるだろう。

 

 

「いえ、可能ならば国連軍基地の横に併設する様な形であれば有り難いのですが」

 

「――ッ! なるほど。そちらの希望は分かりました」

 

 

ブライトの決定的な発言を受け、Z-BLUEの謙虚な姿勢に隠れた意図を汲み取った夕呼は口角をクイと上げた。

 

背中に電撃が走った様な感覚に陥ると共に、これまで読めなかったZ-BLUEの言わんとしている意図が今、手に取る様にハッキリと読めたのだ。先程とは打って変わって夕呼を瞬間的に上機嫌にさせる程、その意図は素晴らしい内容だったのである。

 

 

「では、補給基地の件は早急に打診させて頂きます。所で、技術交流の件なのですが――」

 

「ええ。香月博士から頂いた機動兵器の資料を一度本隊に持ち帰った後、本格的に検討する予定です。ご安心下さい」

 

 

話の終わり際に重要な用件をサラリと振ってみると、想像以上に良い答えが返ってくる。厚かましいとはわかっているが、自身の仮説をより強固な物にする為には必要だった事だ。結果、事態は急激に好転している。

 

夕呼の気分は通話開始時とは真逆であり、報告開始時までの低めのトーンは何処へやら。今ではかなりウキウキ気分に近い。

 

 

「それは安心しましたわ。ではまた何かあれば連絡します」

 

「了解しました。それでは」

 

 

この会話を最後に受話器を置いた夕呼は、今にも小躍りしそうなほどに上機嫌だ。部屋に誰も居ない事を確認した後、ついに喜びを隠さず露わにする。

 

 

「最ッ高じゃない! 良い流れよ!」

 

 

夕呼の気分が急に良くなったのは、先程までの話が己に取って都合が良すぎた事に起因する。

 

Z-BLUEの補給基地を作る話は帝国にとって悪く無い話だ。

 

元々帝国は、度重なるZ-BLUEの活躍に応じた報酬を用意出来ない事に非常に悩んでいた。それをZ-BLUE側の要請で補給基地を設置するという形で用意出来るのである。しかも、国連基地に併設するという条件付きだ。

 

国連基地に併設する意図は大きく分けて2つあると夕呼は考えている。

 

窓口を担当する夕呼自身が国連軍に派遣されており、その夕呼とコンタクトが非常に取りやすくなる事。そして、国連宇宙軍の無勧告G弾投下を受けて、『国連軍への監視の為に併設する』という形を取る事で国連軍への仮の牽制の姿勢を見せる事だ。

 

国連への監視として併設する事に違和感は感じないだろう。G弾投下事件でZ-BLUEが警戒するのは常識的に考えれば当然であり、少しでも情報を握ろうと国連に焦点を当てる事はおかしくない。逆に言えば、異常な程にスルーした先程の態度がおかしいのである。

 

牽制という姿勢が建前なのに気付かれた所で、さして問題も無い。国連視点では、Z-BLUEの視線は立場を固める為に帝国に向いている。及び、国連軍に睨みを効かせている様に見えるだろう。

 

どちらにせよ、彼等は想像出来ないに違いない。本部の想像以上に帝国とZ-BLUEの距離は既に近く、Z-BLUEが国連基地ではなく、所属している香月夕呼を見ての基地建設提案などと。

 

国連はZ-BLUEの窓口を一科学者である夕呼が請け負っているとは現状知らず、帝国の国連軍を牽制しても米国に影響が無いだろうと高を括る事は簡単に予測出来る。Z-BLUEとの直接的な繋がりの無い国連は、前日の話でZ-BLUEを『宇宙人』という噂どうこうと宣っている始末だ。ここから、Z-BLUEがこの星の組織では無いのではと推測出来ているのかもしれないが、Z-BLUEがどれほどの組織なのかを国連も把握出来ていないのは明白である。

 

国連がZ-BLUEと夕呼の関係を知った時には、既に夕呼とZ-BLUEの間に浅くないパイプが形成されているという状況がガチガチに完成しているだろう。

 

加えてZ-BLUEの基地からは、あの超兵器とも言える様な兵器の製造ラインを遠くない内に譲り受ける事すら視野に入る。技術交流の話に対して、ブライトからは話題を避けようとする姿勢は見られなかった事もそれを確信させる大きな要因となっている。

 

Z-BLUEとの距離がますます近くなる以上、夕呼の人間性や諸々を試される事にはなるが、それを加味してもこれは夕呼個人にとってもこの世界にとっても大きなチャンスであると感じていた。この展開を喜ばない人はこの世に存在しないと夕呼は迷わず断言出来る程に。

 

実際、夕呼の上記の推測はその殆どが補給基地設置のシナリオを考えたゼロの思惑を正確に汲み取っていた。それも、夕呼を見極めるというゼロの考えまでも理解している。

 

この数分の会話で、夕呼からして都合の良い話が大挙して押し掛けた事になる。確実に夕呼と帝国への追い風が吹き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年9月3日 2時50分 超銀河ダイグレン、格納庫》

 

地球では深夜も深夜。殆どの人間が肉体と精神を休めるために眠っているであろう時間帯に、超銀河ダイグレンの格納庫内では忙しく動きまわる人間が何人も居た。

 

その殆どは機体の整備を担当しており、言わずもがなZ-BLUEの中で時期問わず一番忙しい役職であろう整備士達だ。

 

つい先程地球からトゥアハー・デ・ダナンが帰投した事もあって、整備と補給や物資の積み込み作業で格納庫は相も変わらず忙しいのである。

 

そんな格納庫内で時間帯を気にせず汗水垂らして整備業に励む人達を横目に、ボロボロの機体の前で立ち竦む男と、その傍らに申し訳無さそうにパイロットである青年が立ち尽くしていた。

 

 

「あらら…これはまぁ…酷いね…」

 

「ごめんね、カシオ」

 

 

バスターマシンの整備を中心に請け負っているカシオは、ボロボロのヴァンセットに近寄りながら、状況を細かく観察し始めた。

 

ヴァンセットの足元に近寄って上を見ている様子が、機体状況を見ているのか天を仰ぎ見ているのか判別が付かないカシオに、流石のニコラも苦い顔を浮かべている。

 

左手で後頭部を2、3回掻くと目線を下げ、足元のコンピュータに映しだされた機体状況を見ながらまた1つ重苦しそうに息を吐いていた。

 

 

「にしても、随分無茶したね。君らしく無い…」

 

 

Z-BLUEの戦力は、アドヴェントとの戦いでかなりの損害を受けている。現状、動ける数少ない機動兵器の中でもトップクラスの火力を持つヴァンセットがボロボロになって帰ってきたのだから、カシオもこれには呆れ気味だ。

 

コンソールを動かしながら、微細な機体状況に素早く目を通して修理状況を理解し、瞬間的に脳内で修理までのおおまかな日数と手順を整理しつつ、右肩越しに振り返ってニコラを見やる。

 

カシオからの視線を受けたニコラは一瞬苦しそうにうっと声を漏らすが、直ぐにいつもの調子を取り繕って見せた。

 

 

「仲間を守るためには、多少の無茶が必要だったんだよ」

 

 

悪びれもせずにウインクして見せるニコラ。カシオは返答の代わりに再度溜息を吐き出してからヴァンセットに向き直り、すごすごと作業に取り掛かり始めたのだった。

 

 

 

 

 

「頼む、チーフ!」

 

「ダメだよ」

 

 

場所は変わってソーラリアン内部の研究施設。

 

其処には一人の男と一人の女。そして両者の遣り取りを横目に見遣りながら、黙々と作業を続ける一体のロボットが居た。

 

 

「そこを、なんとか…!」

 

「…今は忙しいんだよ。見れば分かるだろう?」

 

 

両手を合わせて頭を下げながらしつこく食い下がるクロウに呆れるトライアは、手元の資料を読み進める。この遣り取りが、既に5分近く続いていたからか。トライアはその他の感情を抜きにして面倒だと言わんばかりに投げやりにあしらっていた。

 

 

「クロウさん。何事も、一本調子では相手は折れてくれませんよ? 臨機応変なディメンションジョークを使い分けるワタシの様に――」

 

「AGは少し黙っててくれ」

 

「あ、はい…」

 

 

見兼ねたAGがフォローと言う名の茶々を入れるも、真剣な表情のクロウの訴えの前に閉口する始末で一向に話が終わらない。

 

だが、クロウもこのまま引き下がれないのだろう。

 

徐ろにトライアの横に移動し、右手をトライアの左肩。左手で手を握りながらも彼女の気を無理矢理引きつける。加えて、至近距離で目線を合わせながらだ。この間約一秒未満。突然の行動に驚きを隠せないトライアの目には、クロウの必死な涙を滲ませる眼だけが映っていた。

 

 

「っ!?」

 

「…チーフ、頼む…!」

 

 

不意打ち地味たクロウの急接近にトライアは瞬間的に体を固くし、弾かれるようにクロウの手を振りほどいて距離を取る。

 

 

「…仕方無いね。私の貴重な時間を使わせるんだ。シャキシャキ働くんだよ」

 

「本当か!?」

 

 

観念するかの様に出てきた溜息混じりの言葉に、クロウの表情が光の速さで笑顔に変わる。背中の向こうには、見えない尻尾がブンブン振られている様にすら幻視してしまうほどだ。

 

トライアを見つめる目は非常にキラキラしており、顎で行きなと促すと感謝の言葉を言いながら凄い勢いで部屋を飛び出していった。

 

 

「まったく、心臓に悪いね…あんなの、誰に仕込まれたんだい。バカ…」

 

 

慌ただしい男が退室したと同時に、疲れと呆れを乗せた息を細く吐き出す。その声は横のAGにも聞こえない程に小さい。溜息だけは見逃さなかったAGは、この場の同僚に少し間を開けてから気遣いを見せた。

 

 

「トライア様、少し休息を取りませんか? 最近は特に忙しかったのですから、一息付きましょう」

 

「気にしないでおくれ。今を乗り越えれば、少しはマシになるだろうからね」

 

 

疲れを見せない態度とは裏腹に、ここ数日常に同行しているAGは若干の疲れがある事を見抜いていた。

 

トライア一人に限った事では無い。Z-BLUEの整備士達や機体の修復に従事する者達は全員、アドヴェント打倒後もこの世界に転移してから休日を返上して尚機体の修理を行っている。彼女はそれに加え、空いた時間に不完全な時空修復によって大部分が消費されたZクリスタルの状況を調べ、現状最大限に有効活用させながらデータを収集し続けるという激務に駆られているのだ。

 

忙殺されていたのは同じ仕事を担当するAGも同じ事だが、擬似とは言え高次元生命体で中身は兎も角として表向き機械の体を持つ彼と比べれば、生身であるトライアは肉体的な疲れも考慮しなければならない。

 

ましてや、トライアはZ-BLUEの中でも最重要人物の内の一人。ここで倒れられては皆が困るのは明白だ。だからこそ、AGもトライアの様子を逐一気にかけているのである。

 

 

「お気持ちは分かりますが、4時間後には地球の兵器に関しての集まりもあるのですから。今は仮眠を取る方が、効率的だと思いますよ!」

 

 

気遣いながらも明るく振る舞うAGの言葉にトライアは微笑を浮かべ、少しだけならとAGの提案に肯定する言を述べた。

 

 

「……じゃ、そうさせてもらうとするかね。3時間後には起こしておくれよ」

 

「分かりました! それではトライア様。ゆっくりお休み下さい!」

 

「はいはい、おやすみ」

 

 

普段の彼女なら不敵な笑みで疲労の指摘を笑い飛ばすであろう事を考えれば、やはり少なくない疲労が溜まっていたのだろう。

 

少々歩幅の小さめなトライアを見送りながらマニュピレータの三本指を振り続け、扉が閉まれば部屋にはAGが一人取り残される形となった。先程まで騒がしかったのが嘘の様に静かな部屋で、AGの顔のディスプレイに表示された口角は僅かに釣り上がっている。

 

 

(この数日、常に一緒で監視されている様な気分でしたが…邪魔者は居なくなりました。ワタシも自由時間と洒落こみましょう!)

 

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべながらAGは一人、自身しか使用していない超銀河ダイグレンの格納庫の一角を目指し、軽い足取りで向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、やったぜ!」

 

 

翌朝、クロウがサムズアップしながら満面の笑顔を浮かべ、超銀河ダイグレンの食堂に顔を出す。

 

当然、大部分の人間はクロウの表情の意味が分かっていないが、それを即座に理解した青山はクロウの側に近寄りながら、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「やったな、クロウ!」

 

「ああ、お前のお陰だぜ。安定してきたら、今度何か奢らせてくれ」

 

「砂糖水は要らないからな」

 

「そんな事しねぇよ!」

 

 

軽口を叩きながらも肩を組みながらお互いをバシバシと叩き合っては嬉しさを表現している二人に、食堂に居た他のメンバーが気になって事情を聞き出す流れに当然なる。

 

最初に話を聞き出したのは、人懐っこい笑顔を浮かべる赤木だ。

 

 

「借金絡みの話か?」

 

「まぁな」

 

 

お得意の借金ネタの話かと少々意地悪気味に話を振った赤木だったが、予想と反してニヒルな笑みを浮かべるクロウは赤木達と同じテーブルの開いている席に腰を下ろして口を開いた。

 

 

「聞いて驚け。仕事が手に入った」

 

 

衝撃的な発言を聞かされた周囲にざわつきが広がる。当然、幾つかの疑問があるからに他ならない。

 

 

「クロウ、嘘は良くないよ」

 

「嘘じゃねぇよ! 数日後の火星調査の仕事に、ドラゴンズハイヴの直衛として正式に参加するのさ。『昼飯』付きでな」

 

 

アレルヤのGNシザービットばりの素早さと鋭さを誇りるジョークが心に突き刺さりながらもすかさず吠えたクロウは、気を取り直して自慢気にその内容を話す。一番強調していた部分が、昼飯という単語だった事に何人かは呆れた表情を隠せない。

 

 

「クロウさん、おめでとうございます」

 

「フ、お前は優しい男だぜ。シンジ」

 

「所でさ、どうやって仕事貰ったの?」

 

 

青山を除いて唯一純粋に祝いの言葉を口にしたシンジに感激していると、シンジの横に座っていたワッ太が純粋な疑問をぶつける。

 

 

「青山に教えてもらった秘奥義――『不意打ち』でチーフから仕事をもぎ取ってやったんだ」

 

「「「え?」」」

 

 

キメ顔で言い切るクロウに、その場のほぼ全員が瞬間的に固まる。

 

その反応は当然だ。言葉だけでは状況を捉えられない程に説明を省きすぎている。

 

 

「…つまり?」

 

「クロウが博士に急接近して神妙な面持ちで頼み込む事で、博士の不意を付く作戦ってワケだ。恐らく、一度しか通用しない手だけどな」

 

「流石の俺もチーフにあんな事をするのは覚悟がいったぜ。失敗したら気まずくて堪らないからな…」

 

 

話の続きを促したマリーに、青山が簡単に説明する。クロウはその場の苦労を一人ゴチていた。彼の背中は哀愁を漂わせており、これを当事者が聞いていれば、何かしらの理由を付けて借金を倍増させられる事となるだろう。

 

その後、それではあのトライア博士から仕事を貰えた理由に直結しないという考察をアレルヤが展開した事で、クロウを含む全員が結果に軽く困惑する事になった。トライアがクロウに『ほの字』だという事を、この場の誰も気付いていないので必然なのだが。

 

 

「…ま、結果オーライってトコだ。50万Gで中古のアクシオを専用にチューンして貰う事になったからな。これでバリバリ働けるってもんだぜ」

 

 

流石はクロウと言ったところか。持ち前のポジティブさで直ぐに切り替え、口角を上げながら語りはじめる。それとは対照的に、他の面々の表情から困惑以外の色が抜け落ちていった。まさに唖然と言うのだろう。

 

 

「は? お前、まさか…」

 

「…呆れた」

 

「まさか、借金増やしちゃったの?!」

 

 

青山やマリーの口からは呆れる声が漏れだし、ワッ太からは驚愕の声が飛び出す。

 

それもそうだろう。

 

借金を返す為に働く事は立派な事だ。誰が聞いてもそう思うだろう。

 

だが、クロウは借金を返す為の仕事道具を用意する為、新たに借金を重ねたと言うのだ。

 

本人に言わせれば、借金を返すアテさえあればコツコツ働いて返すだけだと豪語するのだが、常人は逆立ちしてもそう考えない。

 

発言者であるクロウが機体と己の体のみで、何度も莫大な借金を完済しているのだから余計に始末が悪い。

 

余談だが、青山が驚いているのはトライアから仕事を貰う為の交渉戦術をレクチャーしただけであり、仕事を貰う際に機体の改造費を新たに借金として負担する宗は聞かされていなかった事にある。

 

 

「それで、今は150万Gの借金なんだね」

 

「…大丈夫なんですか?」

 

「フ…嘗ては幾度も負債を背負いながらも、その全てを綺麗サッパリ返済してみせた男だぜ? 今更100万Gが150万Gになったところで、どうって事はねぇよ」

 

「本当に大丈夫なのかなぁ…」

 

 

アレルヤの苦笑いやシンジの心配を余所に、懲りた様子を見せない高額債務者にワッ太は本気で心配の言葉を漏らす始末。小学生に懐事情と金銭管理能力を心配される大人という状況に、何人かは呆れて物も言えない。

 

ワッ太の不安が後に現実の物になるという事は、この時はまだ誰も知らないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今更ですが、UA、お気に入り登録、感想。その全て、いつもありがとうございます。本当に感謝しております。身に余る評価だとも思っています。

今年最後の投稿です。次は予定通り来年2月以降だと思います。

なんだかんだで、まだエタる予定はありません。ありそうなら活動報告で報告させて頂きます。

では皆さん、来年までお元気で・ω・ノシ

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