to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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内容は戦闘前の説明回なので、非常にツマラナイ物ですが、ご容赦下さい。

キリが悪くなりそうでしたので、前話より文字数増やす縛りは辞めますが、文字数は一万文字オーバーを基本としていきます。

さて、次話から再び戦闘を再開させる予定です。BETAが圧倒される所、見たいですよね(*´艸`*)

頑張って執筆していく予定ですので、気長にお待ち下さい(●´ω`●)



第ニ章 (1)

《1998年8月25日 23時01分 国連軍総司令部》

 

現在、人類は異星起源種であり、侵略者であるBETAと世界各地で戦闘を繰り広げている。

 

人類はその圧倒的な数に蹂躙され、常に劣勢を強いられており、激しい損耗に苦しみ喘ぐのが偽らざる現状だ。

 

そんな地球のリーダーであり、地球人類の戦力にとって要であり軸となっているのがアメリカである。

 

求心力のある国などでは決して無いが、自国が一度もBETAに踏み入られていない事も相まって世界各国に物資を提供。戦力としても中心的な存在となっていたし、アメリカもそれを望んでいた。

 

そんなアメリカは今、1つの悩みの種を抱えている。日本帝国だ。

 

日本帝国はアメリカの前線基地の内の1つであり、重要な拠点として扱われている。

 

日本がユーラシアの東端に位置している以上、日本がやられなければアメリカは西からBETAが来るという事を気にしなくても良いからだ。

 

日本とアメリカは日米安全保障条約で同盟を組んでおり、アメリカが日本にある程度の援助をしていれば安泰だと思っていた。そう、前までは。

 

日本はアメリカの要請を尽く無視した結果、日本とアメリカは決裂。日本がBETAに攻めこまれている時に、無情にもアメリカは日米安全保障条約を一方的に切って日本から軍を引き上げたのだ。

 

アメリカからすれば再三の要請を無視されたのだからという言い分だが、その要請がBETA抹殺という名目で『G弾の実験』を日本帝国で行おうとしていたのだから、反発されるのは当たり前と言える。

 

日本を一国では無く、1つの消耗品や前線基地としか見ていないアメリカの態度に日本が憤慨して関係が拗れたのだから、この様な事態になるのは必然だったし、予見できて当然の筈だった。

 

そんなアメリカは今の日本に対して、BETAに蹂躙され尽くすか、アメリカに頭を下げて援助を媚び諂うだろうと踏んでいたのだ。

 

だが、日本帝国はBETAの襲来に耐え切った。

 

間諜からの報告は一日近く入らず、日本帝国が本当に健在なのかも不明だった時、幾つかの情報が国連に飛び込んできた。

 

初めは衛星写真だ。

 

仙台の第二帝都城は未だ健在。BETAは横浜でハイヴ建設の動きを見せているが、侵攻は一時中断している事を確認。

 

二つ目は日本帝国の発言だ。

 

『米国からの不当な条約破棄を受けた為、帝国国内の国連軍の指揮権を帝国が譲り受けたい』という要求を国連本部に提出してきたのが前日。

 

そして先程、『BETAの侵攻に耐え凌ぐ事に成功。横浜ハイヴへの反攻作戦を三日後に行う』という宗の声明が出された。これに大東亜連合は参加の意を示している。

 

そこまではまだ良かった。日本の作戦が成功すればそれで良し。失敗しそうならば『G弾の実験地』にと、米軍も参戦の意を示した。日本が落ちようとも、その前にはG弾でBETA諸共海の藻屑だ。アメリカに被害は及ばないだろう。国連内での反感は高まるだろうが、各国はアメリカに

頼らずには要られない。

 

高を括っていた。

 

雲行きが変わったのは約1時間前、日本に放っていた間諜から連絡が遂に届いたのだ。

 

連絡が取れたのは間諜達の内の一人で、情報省からの嘗て無い規模の妨害を喰らい、連絡を取る暇さえ無かったらしい。

 

残りの間諜が皆捕縛された中、唯一連絡をしてきた男からの報告は理解し難い物だった。

 

『日本がBETA侵攻を食い止め、反攻作戦を計画しているらしい。それを可能にした援軍が居る』

 

それだけを言い残して、受話器の向こうから間諜の呻き声が聞こえ、次の瞬間には通話が途切れた。

 

間諜を新たに送ることは叶わない。軍艦に乗せ、最大船速で日本まで向かっても一週間は掛かるからだ。米軍から日本に送る予定の援軍は国連の宇宙軍に派遣させていた米軍の一部を再突入型駆逐艦で複数の戦術機を送りつけるだけであり、戦力としては一個大隊程度であり、そこに余分な人員を加える事も不可能だ。そもそも、間諜を宇宙に一度飛ばす時間の猶予すら無い。

 

そしてつい先程、国連軍総司令部の司令室に1つの封筒が届いた。

 

静寂に包まれている室内で、別の間諜から届いた封筒を手にする男――国連軍の副司令を務めているサミュエル・バークレーは、茶封筒の紐をゆっくりと解いて開封する。

 

外から封筒を触ってわかった事は、紙の感触ではなかったという事。サイズや硬さの質感からして、恐らくは写真の類だろうと推測している。

 

そして何より、その推測を可能とするのは送ってきた間諜本人が写真や音声データ等の物的証拠を以ってして、物事の証明を好む人物だったからだ。

 

封筒を覗き込めば、何枚もの白い写真が内包されていた。どうやって撮影しているのかは不明だが。

 

茶封筒を机の上でひっくり返せば、音を立てながら乱雑に写真達が散らばる。

 

 

「これは…噂の物か?」

 

 

重なっている複数枚の写真の一番上を手に取って見れば、そこには数機の戦術機が映っていた。

 

見たことの無い戦術機だったが、どれも同じ形状をしており、日本の戦術機『瑞鶴』に通ずるカラーバリエーションである事から、日本の新型戦術機であるのだろうと推測している。以前にも間諜から、日本の帝国軍内で秘密裏に戦術機の開発を行っているという噂はあったからだ。

 

二枚目も同じ新型戦術機の写真。三枚目もだ。同じ様な写真を除きながら素早く確認を続けていくと、たった一枚の写真に不可思議な物体が映っていた。

 

 

「なんだ…これは…?」

 

 

手に取った写真に映っていたのは、2つの白い物体。写真では大きく見えないが、手前に映る戦術機との兼ね合いで遠近法を考慮すれば中々に大きいのだろう。

 

宙に浮く白い巨大な物体。新型戦術機にしては大きすぎるし、何より形状がらしくない。戦場で撮影されている以上、兵器の一部と推測は出来る。だが、それが何なのかを正確に判断する事は出来ない。たった一枚の写真に写っている、見たことも無い物体。何処が正面なのか、そもそも正面があるのかすら不明だ。

 

 

(…例の香月夕呼の仕業か? いや、断じるには早い。我々に何も掴ませず、個人でこれだけ巨大な物を作成出来るのか? …オルタネイティヴ4に関係している?)

 

 

情報不足の今、何を考えても分かりはしないと頭を振る。

 

サミュエルは生粋の慎重派だ。決めつけを嫌い、浅慮さを戒める。

 

手の中の写真を机に起き、他の散らばる写真と共に掻き集めると、写真達の下には写真よりも一回り小さい、真っ白な封書が隠れていた。

 

封書を手にとって見回しても宛名は無いが、誰から送られてきたのかは見ずとも分かっている。封書の一番上の部分を細く千切り取ると、中には一枚の紙とデータが入っているのであろうチップが同梱されていた。

 

 

「そうか…」

 

 

急いで書いたのだろう。殴り書きで書かれた『帰れそうにない』という文字を見て、一言零しながら暑くなった目頭を親指と人差し指でキツく抑える。

 

封書の中のチップを取り出し、チップの確認よりも先に写真を掻き集めて入れた茶封筒をデスクの引き出しに保管する。仕舞う時に力が強かったのだろう、デスクが立てた音が予想より大きかった事に気づけば、出てくるのは自嘲の微笑みだけだった。

 

半世紀ほど生きていても、知り合いであり、善き部下だった者との別れは馴れない物だ。

 

一息吐いて感情を落ち着けた後、矢継ぎ早にデスク上のコンピュータにチップを挿し入れ、中身を閲覧する。

 

 

「――なにっ!?」

 

 

そこに記載されていたのは、日本で起きた戦闘でのかなり大まかな情報だ。

 

だが、それだけでも驚きだ。たった一日で総数18万超えのBETAを相手にし、日本は未だ滅んでいないのだから。

 

早朝から昼前までの戦闘は劣勢だったのだろう、損耗率は9割超えであり、BETA戦では見慣れた絶望的な数字である。

 

だが、正午から3時前に掛けてが不自然だ。

 

その時間帯で起きているであろうBETAとの交戦記録の一切が空白なのである。

 

BETAは一度侵攻を開始すれば、滅多と侵攻を辞めないものだ。それが3時間近く、戦闘記録が存在しない。BETAに休息は不必要だ。であれば、この間の3時間何が起こっていたのかが分からない。

 

それまでの侵攻速度から見ても異常だ。前日から午前中に掛けて、ある程度侵攻を進めていたBETAが、正午を境に3時間の間、ピタリと進軍を横浜付近で停止させていた事になる。

 

 

(横浜でBETAが動きを止めた理由は何だ? ハイヴ建設地の視察でもするというのか?)

 

 

尽きない疑問を頭の片隅にやりながら、記載されている情報に目を通し続けると、3時から始まっている多摩川攻防戦での損耗率は五割程度という目を疑う数字がそこに存在した。

 

前代未聞な話だ。日本がどうやってここまでの戦果を叩き出せたのか、理解が出来ない。

 

記載ミスとは思えなかった。記載ミスで五割が五分や五厘なら、日本が滅んでいてもおかしくない。0が1つ2つ足りなかったという事は無いと感じる。

 

G弾の使用も疑ったが、その考えは瞬時に断じた。自国でのG弾使用の提案をしたアメリカにあれだけ反発していたのだ。在り得ないだろう。

 

頭を捻るが、一向に答えは出ない。

 

足りない情報にもどかしく感じて居た時、机に設置されていた内線が音を鳴らす。

 

 

「どうした」

 

「副司令、宇宙軍から連絡が入っております」

 

「む、繋いでくれ」

 

 

宇宙軍からの連絡というのは、日本への軍の派遣の話だろうかと想起しながら、回線が繋がるのを待つ。

 

顔の表情が少し強張っていたのは、数少ない部下の死か、つい先程見た驚異的な情報の影響か、はたまた別の嫌な予感がするからなのか。

 

回線が繋がるまでの僅か数秒の間に聞こえる、胸の鼓動が五月蝿く感じていた。

 

 

「副司令、大変です!」

 

「――ッ! どうした!」

 

「月と火星との間の宇宙空間に、突如巨大な物体が現れました! 今そちらに情報を送ります!」

 

 

現地の司令官の悲鳴地味た報告を聞き、直ぐにコンソールを操作して眼前のコンピュータに送られてきた情報を開いた。

 

その瞬間、動きが固まる。言葉は出ない。思考が停止する。自身が生きていることを証明してくれるのは、瞼と鼓動のみだ。口の中は乾ききっており、カラカラで唾液すら出てこない。

 

人工物かと聞かれれば、不明だ。では、こんなもの誰が作ったのか。画像に映っている月と同等サイズの物体は何なのか。自分はオルタネイティヴ5の関係者では無いが、オルタネイティヴ5が微塵も関係していない事くらい容易に分かる。

 

BETAが作った物かと聞かれれば、それも不明だ。だが、BETAは有機的なデザインの物が多いと考えるし、現れた人工物は人の顔らしき部分も見える。

 

だが、人間が作ったかと聞かれればノーとしか言えないだろう。コレほどに巨大な物を作る時間も、資材も余裕も無い。

 

一番の問題は、誰が作ったかではない。

 

司令官は只、これを報告してきた訳では無いのだろう。

 

指示を仰ぐ為に態々副司令の自分に聞いたのは理解している。

 

では、こんな物を見せられた自分は果たして、誰に何をどの様に指示を出せば良いのか。無論、全く分からない。

 

人工物と表現する事すら正確かも判断のつかない『この物体』に、下手に手を出してBETAが出てきたら。それで宇宙軍が壊滅したら。ifを考えれば、キリが無い。

 

 

(……分からん、分からん、分からん…!!)

 

 

全身から噴き出る汗を肌に感じ、視界が黄色く染まった時、立て続けに起こった衝撃とプレッシャーに耐えかね、副司令は意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月26日 4時00分 トゥアハー・デ・ダナン、格納庫》

 

本隊と合流し、復旧に全力を注ぐZ-BLUEは地球での情勢と2日後の戦闘に備え、トゥアハー・デ・ダナンに物資を可能な限り積載する作業を進めていた。

 

Z-BLUEの中で、トゥアハー・デ・ダナンは戦闘面で頼りになる艦かと聞かれれば、そうではない。

 

無論、弱い訳ではない。ウィスパードの知識から生み出され、実戦で活躍するトゥアハー・デ・ダナンは、従来の潜水艦とは比べ物にならない性能を誇り、たった一隻でこの世界の技術レベルの地球なら制圧する事くらい余裕である。BETAが居ない前提の話ではあるが。

 

だが、Z-BLUEの中のトンデモ兵器やトンデモな母艦達と比べると、どうしても見劣りしてしまうのは否めない。

 

そんなトゥアハー・デ・ダナンの任務は、地球に派遣されている先遣隊に可能な限りの補給物資と、幾らかの戦力を届ける事にある。

 

 

「何度言われても駄目だ。お前達の機体は乗せられん」

 

「どうしてですか! 戦力は多い方が有利なんですよ!?」

 

「そうですよ、私達の機体だってもう万全なのに!」

 

 

格納庫にて、言い合いになっている3人が際立って目立っていた。

 

その中でも一番の年長者は、兵站グループ第11整備中隊に所属するトゥアハー・デ・ダナンの優秀な整備士であるサックス中尉だ。

 

宗介の相棒であるAIのアルとレーバテインを主軸にAS全般の整備を担当している貴重な存在である。一度は戦闘の衝撃でコンテナに挟まれて死にかけたサックスだったが、ピニオン達の御蔭でなんとか生き延び、現場に復帰。今でも整備士として、縁の下で大いに活躍している。

 

 

「俺に噛み付くな! 文句なら上官に言え、上官に!」

 

 

サックスの的確な反論に、苦虫を噛み潰した表情をするのはシンとルナマリアだ。

 

両者のMSは戦闘に出ても支障を来さない程度には修理と補給が済んでいるからこそ、自分達も派遣してほしいとの思いだった。

 

サックスに訴えても仕方無い事は理解しているのだが、それでも援軍として抜擢されなかった事に悔しさを隠しきれなかったのが今回の発端となる。

 

 

「…お前達の気持ちは分からんでも無い。だが、それは他の者も皆、思っているだろうよ。今はその時を待って、訓練したり修理の手伝いでもしていろ」

 

「分かりました…すみません…」

 

 

宥められたシンとルナマリアは沈んだ面持ちで格納庫から退出していった。

 

物資の搬入作業を進めるサックスは、シンとルナマリアの背中を見て思わず肩を竦める。

 

今回シン達が選ばれなかった理由は、トゥアハー・デ・ダナンにあった。

 

トゥアハー・デ・ダナンが先遣隊への補給に出向くのは、一重に『一番損傷が少なかった』事に尽きる。大気圏突入には、少なからず艦に負荷が掛かるのだ。無理をして艦を轟沈させる訳にも行かず、他の任務に着いていないかつ損傷の少ない艦。それがトゥアハー・デ・ダナンだったのだ。

 

だが、そのトゥアハー・デ・ダナンが補給係を担当するには、実際不向きであった。何故ならば、Z-BLUEの中で一番小さな艦だからである。大きさだけで言えばプトレマイオス2改と良い勝負であったのだが。

 

200メートル程のトゥアハー・デ・ダナンが二倍以上のラー・カイラムとネェル・アーガマの補給を行おうと言うのだ。限界ギリギリまで補給物資を積んでも、物足りないのは否めない。

 

それに、補給物資を可能な限り積載して、機動兵器を収容しない訳にも行かなかった。

 

よって、機動兵器を最低限収容した上で可能な限り補給物資を積む現状、他の機体が乗せられなくなっている。

 

また、甲22号攻略作戦に於いて、Z-BLUEは一機のみではあるが戦略級兵器を派遣する事を決定している。周囲の環境に被害を与えないよう、威力をかなり抑えつつも最大限に活躍するであろう一機だ。

 

戦略級兵器というのは、20メートル以内に収まらない物が殆どなのだ。それだけでも、結構場所は取ってしまう。

 

そういった様々な理由を含め、シン達の派遣は見送られていたりする。

 

 

「親方ぁ! 積み込み作業が終わるのは、いつになるんだ?」

 

 

指示を飛ばしながら忙しなく格納庫を動き回るサックスは、自身を呼ぶ声のする方へ顔を向けた。上階の通路から上半身を乗り出して声を張るのはピニオンだ。

 

顔を向けなくとも、サックスを親方と呼ぶのはピニオンだけなのだから、顔を向けて確認する必要はイマイチ無かったかもしれない。

 

 

「休憩は後だ! お前も降りてきてこっちを早く手伝え!」

 

 

サックスの言葉に、不機嫌さを見せるピニオンは直ぐ様反論を述べた。

 

 

「違ぇよ、親方! 艦長さんから時間の見積もりを聞かれてんだよ!」

 

 

艦長さんとは、テッサの事だろう。サックスは量の多い顎髭を触りながら、格納庫を瞬時に見回す。

 

そして直ぐに格納庫の状況と残りの搬入物資の量、そしてそれを積み込むのに掛かる時間を再計算し、ピニオンの方に再び首を向けた。

 

 

「もう一時間もあれば充分だ! お前が降りてきたならもっと早く済むって伝えといてくれ!」

 

「おうよ! 伝え終えたら直ぐにでも手伝うぜ!」

 

 

身を乗り出していたピニオンは満面の笑みを浮かべながら、勢い良く手を振った後に近くの内線のある場所まで走っていった。

 

ピニオンの上半身が見えなくなったのを確認したサックスは、作業している集団の所に戻って積み込み作業を続け始める。

 

この一時間後、トゥアハー・デ・ダナンは地球に舵を取り、航行を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月26日 17時00分 仙台第二帝都城》

 

第二帝都城には、中央会議室という大きな部屋が設置されている。

 

主な使用方法は、専ら大臣や高官達を含めた大人数での会議となる。

 

厳かな装飾が施された上質な樫の木が採用されている扉を開けて中から出てきた2人の女性は、顔に隠し切れない疲労を滲ませながら退室してきた。

 

 

「本当にお疲れ様でした、殿下」

 

「香月博士こそ、そなたにはいつも苦労を掛けていますね」

 

「お気になさらないで下さい。私は、自分が必要と思って動いているだけなのですから」

 

 

お互いに労いの言葉を掛けながら帝都城の中を歩くのは、やはりと言っても良いこの2人である。

 

悠陽は夕呼に、夕呼は悠陽に負担を掛けていると思っているからこそ、お互いを意識して気遣う事は少なくない。

 

同じ大変な仕事を2人で分担しているからだろうか。歳の離れた2人の間には、今まで意識する事も無かったであろう信頼が、着実に芽生えだしていた。悠陽だけにでなく、夕呼にも少なからずそれを感じさせる物があったのだから確かだろう。

 

20過ぎの夕呼と15歳前後の悠陽の間に信頼が生まれる事は、世間一般的に見ても非常に珍しい。

 

悠陽は政威大将軍という立場上、人を信頼出来るか否かを見極める必要が幼い時からあったからか、普段から近づいてくる者に、信頼に値する人間は非常に少なかった。

 

夕呼に至っては、10代後半には既に学会を通して世の大人達の理不尽さや薄汚さ諸々を理解し、世渡りの術に従って他者を疑う事に慣れきっている。当然、その夕呼が信頼出来る人物は極僅かであり、一定の信頼を置きはするものの、油断もしない上に一定以上の警戒も怠らない。万が一の事態も常に考え、時には瞬時に切り捨てる事も容易に行える。

 

そんな2人を結びつけた原因を両者に聞けば、紛れも無く『Z-BLUE』の名前が出てくるだろう。

 

先程、2人が参加していた会議も、内容の殆どがZ-BLUE関連だったのだ。

 

『戦力はどれだけ保有しているのか?』

 

『友好的であるのか?』

 

『Z-BLUEとは何なのか?』

 

『Z-BLUEの目的は?』

 

『Z-BLUEの一昨日の戦闘の見返りはどうするのか?』

 

『そもそもZ-BLUEが帝国に牙を剥くことは無いのか?』

 

矢継ぎ早に飛び交う疑念の声、質問に丁寧に答えれば騒音の如く『ありえない』『非常識だ』と唱えられる反感。

 

 

(…まだ殿下と共に出席する事が出来ただけ、良かったわね。私は兎も角、殿下は…)

 

 

夕呼は歩きながら、悟られない程度に歩調を悠陽に合わせる。

 

やはり疲れが出ているのだろう、第二帝都に避難して以来悠陽と過ごす時間が少なくなかった事で覚えた悠陽の歩調より、少し遅めに感じていたからだ。

 

先の会議での夕呼への批判は強かった。その度に悠陽がそれを庇っては、どうにか話を進めていたというのが主な流れだったのだ。

 

僅か15歳前後の少女が通常の執務に加え、超銀河ダイグレンの出現に拠るものだろう国内外からのZ-BLUEに対する問い合わせ等も対処しているのだ。ここ数日の間に押し寄せる激務の所為で、碌な睡眠すら取れてないのだから無理も無い。

 

体力、精神力共にかなり消費しているのは目に見えている。

 

 

「では、殿下。私はここで失礼します」

 

「ええ、誠にご苦労様でした」

 

「ありがとうございます。殿下も早めに御体をお休め下さい」

 

 

夕呼は会釈して廊下で別れ、足早に自室に戻る。

 

扉を乱暴気味に閉め、使い心地に慣れ始めた椅子に凭れ掛かる様に座った。

 

息を吐き、体の力を抜いて体重を預け、目を閉じて疲れを忘れようとする。

 

夕呼が動きを止めて数秒。次に目を見開いた時には、その瞳から疲れの色は伺えない。

 

 

(…良し! 取り敢えず今日は乗り切ったわね! 次に発生する問題としては…アメリカでしょうね。Z-BLUEや帝国にどんなちょっかいを仕掛けてくるか…Z-BLUEの超技術を手に入れるため、何がなんでも動くでしょうけど、そこはまだ様子見ね。後は…)

 

 

思考を瞬時に切り替えては、また思考を巡らせる。

 

しかし、手元ではコンピューターを起動させ、紙媒体とコンソールを交互に使い分けながら別の情報を纏めていた。

 

数分掛けてコンピュータの情報を纏め終えた後、印刷機の設定を調整しながら、忙しなく内線に手を掛けた。

 

 

「ああ、ピアティフ? 伊隅を呼んできて頂戴」

 

 

要件だけ言い終えると、印刷機の設定を再開し、コンピュータから印刷機に注文を送りつける。

 

印刷機は間も無く、特徴的な音を立てながら紙を吐き出し始めた。

 

 

「香月博士、伊隅です」

 

「入って来なさい」

 

 

数分後、印刷機の駆動音が鳴り響く部屋の扉がノックされ、体を印刷機に向けながらも顔を後ろに軽く向け、呼び出した相手を横目に確認する。

 

恐る恐る入ってきたのは『伊隅みちる』という名の女性だ。

 

オルタネイティヴ4の誕生と共に結成された特殊任務部隊であり、夕呼直属の非公式実働部隊A-01の中隊長だ。

 

呼びだされた理由が分からない伊隅は、何処か落ち着かない表情で、扉の側で立ち尽くしていた。当然だろう。呼びだされてそのまま、呼び出した本人は印刷機の方に向いているのだから、困惑しても仕方無い。

 

 

「そんなとこで突っ立って無いで、こっち手伝いなさい」

 

「――ッ! はい!」

 

 

急に声を掛けられて多少声が上擦ったものの、伊隅は駆け足で夕呼の側に近寄る。

 

 

「はい」

 

「…?」

 

 

徐ろに紙の束を渡され、頭にクエスチョンマークを浮かべる伊隅に、夕呼はコンピュータの前に移動しながら顔だけ伊隅の方に向けて呆れ顔で要件だけを述べる。

 

 

「ソレ、纏めなさい。ページバラバラだから気を付けなさいよ。あ、あと幾つか分けて束ねて。分厚いと読み辛いし」

 

「…はい」

 

 

伊隅は渋々ではあるが、印刷された紙のインクを乾かしながら、ページを整理してはそれぞれバインダーに纏めて綴る作業に入る。

 

印刷のペースが中々に早い事から、結構なハイペースで処理しなければ紙の吐き出す量の方が上回ってしまう。

 

呼びだされた時には内心非常に緊張していたが、蓋を開ければなんて事は無い。只の雑用事務にホッとしている反面ガッカリもしていた。

 

専任即応部隊であるA-01の使い方が可笑しな気がするが、文句は無い。上官の命令は絶対だからだ。

 

二十分近く印刷しては纏めてを続けていた伊隅の作業は無事終了し、伊隅が一息ついていた所に、夕呼が労いの声を掛ける。

 

 

「お疲れ様。じゃあ今度はそれを、Z-BLUEのとこまで持ってって」

 

「…はい?」

 

「聞こえなかった? アンタが今印刷して纏めた紙を持ってって頂戴」

 

 

何の気無しに手に渡された通行許可証を片手に唖然とするが、夕呼は一瞥もくれない。

 

労いとはなんだったのか。

 

了承の返事を絞り出し、気づけばバインダーを抱えながら部屋を足速に退室していた。

 

釈然とはしない伊隅だったが、何故夕呼が自分を呼び出したのかを思考しながら歩を進める。

 

 

(…まさか…)

 

 

伊隅には、1つの考えが頭を過ぎった。

 

A-01はオルタネイティヴ4の完遂のため、それに特化した作戦のみを遂行する部隊だ。時には超法規的な措置により、必要と在らば何処にでも派遣される。任務内容は過酷を極めており、人員損耗率は激しい。

 

A-01は現在、兵力として数えられるのは伊隅みちる只一人である。

 

BETAの日本侵攻に伴って殿下の護衛に参戦した事に始まり、様々な戦線でその数を減らし続け、多摩川攻防戦では遂に伊隅只一人が無事生還した。

 

元は大隊だっただけに損耗率は尋常では無く、減っていく仲間に正気を失って早死する仲間を何度も目にしながら、伊隅だけが軽傷で帰還したのだ。死ななかった者も居たが、体だけでなく一様に心がやられている。戦線の復帰には期待出来る筈も無く、戦力として数えられる者は自分のみ。

 

無論、伊隅自身も心が疲弊しているのだ。

 

上官、部下の全てを失ったに等しい伊隅の心の負担は少なくない。

 

夕呼には『それだけアンタが衛士として優秀っていう事でしょ』と言われ、悲しみのやり場が無くて塞ぎ込みかけていたのだ。

 

そんな自分に体を動かさせる事で、少しでも忘れようとさせたのでは無いか。

 

夕呼の先程の行動はきっとそうなのだろうと肯定的に捉えながら、Z-BLUEが滞在する仙台港まで高機動車で移動する。

 

走る事数分、仙台港の一角には簡素な仕切りで覆われた場所があった。その場所こそ、Z-BLUEが滞在している機密区画なのだろう。

 

高機動車を降り、複数のバインダーを抱えながら通行出来そうな場所を探す。仕切りと仕切りの合間に意図的に開けられた通路を通ると、広大な土地には何も無く、土地に面した海に巨大な白い戦艦が二隻佇んでいるだけだった。

 

 

(――え?)

 

 

よく見れば戦艦の周囲には人間よりも少し大きいサイズの鼠か猫らしき人形が置いてあり、その全てが武装していた。

それ以外に周りは何も無く、警備体制を疑いながらも恐る恐る手前の戦艦に近づいた。

 

誰も居ないからだろうか。足取りは少し重く、手は震えている気がする。

 

帝国に突如として現れた増援であり、技術力は恐ろしい程に高い謎の軍という事は知っている。多摩川では共闘もしているし、一機一機の圧倒的な火力には目を疑った。

 

どの様な人が所属しているのか、気に成りはするものだ。

 

緊張を誤魔化す為に思考を巡らせながら、戦艦に一歩一歩近づいていたその時――

 

 

「――止まれ」

 

「ッ!?」

 

 

背後から急に声を掛けられた伊隅は体を硬直させるが、反転は出来ない。

 

後頭部の髪に触れている何か。恐らく、拳銃だろう。

 

これがド素人なら、直ぐに反転して手の拳銃を払いのけて制圧出来る。

 

だが、伊隅にはそれが出来るとは到底思えなかった。

 

自分は大切な書類を抱えているのだ。乱雑に扱えないし、それを武器に使うという選択肢も無い。加えて、相手は自分の背後を取ったのだ。

 

正確に表現しよう。

 

『軍人の中でもエリートである衛士の伊隅が、何も無い広いこの空間で突如として背後を取られた』のだ。

 

相手の接近を察知出来なかった。悪く言えば、声を掛けられるまで気付かなかったのだ。相手はかなりの実力者か暗殺者並みだと推測出来る。

 

静止を求めた相手の声は非常に冷静で、今でも脳の中で繰り返し反響している程だ。微かに聞こえる呼吸音も、静かで一定。

 

下手な事をすれば『死』に一直線に突き進むだろう事を瞬時に理解させられた。

 

極度の緊張からか、言葉を発せない伊隅に再び声が掛かる。

 

 

「ここに何の用だ」

 

 

発せられた声は、やはり静かで少し低めの男の声。冷静の極地とも感じ取れる印象を持つ。

 

 

「…っ、自分は国連軍特殊任務部隊A-01所属、伊隅みちるです。香月夕呼博士からの指示で書類を届けに来ました。こちらが許可証になります」

 

 

震える声をどうにか抑えながら話す。如何せん尻すぼみになりがちではあったが、説明を終えつつ手に持っていた許可証を後ろ向きに提示した。

 

背後の男が許可証を手に取らないのは、警戒心の現れだろう。手に取ればその隙に反撃する事は可能だ。隙を見せない男に、伊隅の心臓の鼓動は強く主張を始める。

 

無言の数秒の後、髪に当てられていた何かを引いてくれたのだろう。違和感が無くなると共に声が聴こえる。

 

 

「そうか。驚かせて悪かったな」

 

 

伊隅は相手を見て、何よりも先に出たのは驚きだ。

 

自分の背後を取った男は、恐らく自分よりも幾つか年下に見える少年だったのだ。

 

そこに佇んで居たのは前髪が特徴的な少年であり、整備工らしき繋ぎを着込んで、右手にはスパナを持っていた。拳銃だと思っていた物の正体はこのスパナなのだろう。見た目だけは整備工そっくりだが、雰囲気が只の整備工では無いと物語っていた。

 

雰囲気や物腰、表情の所為だろうか。案外若いのだろうという印象も受ける。

 

そしてこの少年が、自分よりも兵士として上であるのだろう。

 

感情の発露が幾許――いや、微塵も見えないこの少年に嫉妬など浮かばない。

 

感じるのは戦慄だけだ。どの様な訓練を、経験をすれば、此程までに冷静さのみを表に出す事が出来る様になるのか。

 

 

(…きっと想像すら痴がましいのだろうな…)

 

 

心の中で一人ごちる伊隅に、少年は左手を差し出した。

 

 

「渡す物があるなら、俺が渡しておこう」

 

 

有無を言わせない少年の言葉に、伊隅はバインダーを差し出してしまった。

 

それを受け取った少年は、それ以上何も言わずに伊隅の横を通りぬけて戦艦の方に戻ってしまった。

 

伊隅の仕事は終わったと言えば終わったが、夕呼に報告しに帰る事が先決だと判断し、釈然としないまま踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1998年8月27日 15時00分 仙台第二帝都城、作戦司令室》

 

明日から始まる甲22号ハイヴ攻略作戦――通称、『明星作戦』の為、作戦司令室は

情報で混濁していると言っていい状況であった。

 

先のBETAの大侵攻から未だ3日程しか経過していないのだ。

 

その3日で部隊の再編成を行い、補給と修理を済ませておこうというのだから、各員の負担は少なくない。

 

だが、帝国の人間にとってはこんな事は慣れていると言っても良い。

 

一月前のBETAによる帝国侵攻以来、気を抜いている者は一人も居ないのだ。

 

BETAを食い止めても、それは一時的な話に過ぎない。またいつBETAの侵攻が再開されるのかは不明であり、その時を待ち続けながら抵抗するという流れをこの一月、ずっと続けていたのだ。

 

通常時であれば、皆が憔悴した顔をしている事だろう。3日は長いようで短く、その間充分な休息を取れる者は居ないのだ。

 

彼らの明日と国の明日が直結している今、正しく背水の陣なのである。

 

この作戦に敗れれば、間違いなく帝国は本土奪還の機会を手放すだろう。

 

しかし、帝国の人間達に悲壮感を漂わせている者は居ない。

 

 

「司令、部隊の再編成は如何ですか?」

 

「帝国軍のほぼ全ての衛士を召集し、再編成し終えて既に練馬に派遣しています。まずまずですな」

 

 

仙台帝都城で勤務する朱神司令に質問を投げかけるのは夕呼だ。

 

この質問内容に大した意味は無く、所詮は世間話程度の意味合いしか持たない。

 

夕呼は作り笑いを浮かべながら、適当な賛辞を口にする。

 

 

「そちらの調子は如何ですかな? なんでも、香月博士があのZ-BLUEの交渉役を買って出たとか」

 

「悪くはありませんわ。幸い、Z-BLUEは我々に非常に友好的です。明星作戦では、彼らの援軍の約束も取り付けれましたし」

 

 

上機嫌に鼻を鳴らしながらしたり顔を浮かべる夕呼に、朱神は呆れた様な素振りを見せる。

 

朱神からすれば、夕呼は何処の国の所属とも分からない謎の軍と友好的な関係を結んだというのだ。

 

これが淡々と言われれば話半分に聞いているだけだったが、子供の様な表情で自慢気に言われても朱神としては困る。

 

夕呼の話の真偽はさておき、少しでも増援が来るという事にだけ微かに期待しておく程度に留めておいていた。

 

それからも両者の間で幾つか言葉を交わしていた所、夕呼の目の前で座っていたピアティフが夕呼の方に突如向き直った。

 

 

「香月博士。Z-BLUEのノア大佐から通信です」

 

「直ぐに繋ぎなさい」

 

 

耳元にインカムを装着しながらピアティフに指示を飛ばし、自身は座っているピアティフの肩越しにモニターを覗き込んだ。

 

程なくして、印象的とは言い難いが、この数日で見慣れた男の顔が映った。

 

 

「ノア大佐、どうなさいました?」

 

「香月博士、先日お話しました援軍が衛星軌道上に到着した様なので、入国の許可をお願いしたいのですが」

 

「暫しお待ち下さい」

 

 

夕呼は耳元のインカムをそっと手で握って音を遮断しながら、横に居た朱神に声を掛ける。

 

 

「司令、Z-BLUEの援軍の入国許可をお願い出来ますか」

 

 

有無を言わさぬ夕呼の口調に、朱神は「許可する」とだけ答え、直ぐに目線を元の場所に戻してしまう。

 

要件だけを手早く済ませた夕呼は、比較的柔らかい笑みを浮かべながらブライトの映るモニターに向き直り、インカムの先端から手を離した。

 

 

「ノア大佐、無事に許可が降りました」

 

「ありがとうございます」

 

 

手短にブライトが答えると、ブライトがモニターの向こうで指示を飛ばす。

 

 

「テスタロッサ艦長。今、許可が降りた」

 

 

 

 

 

一時間後、司令室ではモニターに映らないZ-BLUEの援軍に少なくないどよめきが起こった。

 

司令室のセンサーでは振動も音も感知出来ないというのに、ブライトから「後数分で到着する」という情報が入ったのだ。

 

最初はいつまで経っても現れないZ-BLUEの援軍に懐疑を囁く者が現れ始めたが、数分前のブライトからの連絡で収まりはしたのだ。

 

 

(さて…今度はどんなのが出てくるのかしら…?)

 

 

センサーでも目視でも捉えられないという事は、常識を超えたステルス機能を持ち合わせているに違いないと踏んでいた夕呼だった。

 

 

「香月博士。我々の援軍と通信を繋ぎます」

 

「…っ! 分かりました」

 

 

思考に耽っていた夕呼は、突如話しかけられて反応が遅れたが、直ぐ様返事を返してモニターを見直す。

 

暫くしてそこに映ったのは、銀髪の少女だった。

 

 

「此方はZ-BLUE所属、トゥアハー・デ・ダナン艦長。テレサ・テスタロッサ大佐です」

 

「私は国連軍所属オルタネイティヴ4総責任者、香月夕呼です」

 

 

表向きの挨拶は手短く済ませた夕呼は、早速本題に入る。

 

 

「早速なのですが、1つお聞きして宜しいでしょうか」

 

 

戦艦が常にステルスという事は無いだろう。よって、意図的にステルス機能を発揮して入国した事になる。

 

その真意を聞かなければ、安心は出来ない。ブライトの心積もりはある程度理解しているつもりだが、その他のZ-BLUEの人間は知らないのだ。

 

モニターの向こうの人物は少女だが、曲がりなりにも大佐なのだ。油断は出来ない。

 

 

「ええ、なんでしょう」

 

「そちらの艦の姿が先程から一向に見当たらないのですが、ステルスを使用されているのですか?」

 

 

その質問に、モニターの向こうの少女は一瞬だけ微笑んだ。

 

理解出来ない微笑に夕呼は気に食わない表情を押し殺したが、テッサからすれば純粋に喜ばしい事だ。

 

自身が基礎設計した潜水艦が、『搭載されていないステルス』を疑われる程、性能が富んでいると言われた様な物だ。

 

Z-BLUEの他のトンデモ兵器やトンデモ戦艦達と比べると見劣りしそうなトゥアハー・デ・ダナンの実力を褒められた様に感じただけであり、悪気は何処にも無い。

 

テッサは直ぐに表情を引き締め直し、横で直立不動の姿勢を取るマデューカスに指示を出す。

 

 

「浮上させなさい」

 

「アイ・アイ・マム。浮上」

 

(浮上…?)

 

 

テッサの命令に疑問符が浮かぶ夕呼。その答えが見つかる前に、マデューカスの復唱を受けて、仙台港に変化が起きる。

 

 

「な、何だ、アレは!?」

 

(まさかこれ!?)

 

 

特徴的なフォルムを持つトゥアハー・デ・ダナンが文字通り海上に浮上した事により、夕呼は援軍の正体を思い知る。

 

援軍は戦艦では無く、潜水艦なのだと。

 

 

(…いや、でも少し待ちなさいよ! 潜水艦だったとして、宇宙から来てるはずよ!? 大気圏はどうしたってのよ! それに逆に考えたら、潜水艦が宇宙に単独で戻れる事になるわよね!? 出来ないなら地球に降りてこない筈だもの! というかどうなってるの!? 降下を直接確認出来なかったって事は、結構離れた海上に降りた筈よね!? この1時間程度で仙台港まで来れるってどれだけ早いのよ!)

 

夕呼は紛れも無く錯乱していた。

 

潜水艦に限った話では無いが、船というのは基本的には遅い物だ。高速道路を走る一般車より遅い。これは海の中の抵抗があるから当然である。

 

その筈の潜水艦が、かなり遠くの海から1時間足らずで仙台港に来たのだ。

 

また、潜水艦は機動力を上げる為に出力を上げれば静粛性が損なわれ、静粛性を上げるには出力を抑えなければならない。

 

二律背反の筈の両方を、目を疑うレベルで解決した上に超越した潜水艦だ。よくよく見れば、通常の潜水艦の三倍近い大きさでもある。最早、潜水艦なのかさえ疑問に感じる。

 

夕呼は人知れず強い目眩に見舞われた。その後のテッサとの顔合わせは、何も覚えていなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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