哿の暗殺教室   作:翠色の風

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86弾 殺意の時間

指定した時間が迫り、草木も眠る深夜に複数の人影が見えた。

 

「全員が来たか……」

「キンジ君、茅野さん。その触手をそれ以上使うのはやめてください。今すぐ抜いて治療しないと命が危ないんです‼」

 

タコ……ここまで来て、殺し合いをやめろってか?

 

「なんで?すこぶる快調だよ。そんなハッタリ聞くわけないじゃない」

 

茅野の言葉の通りだ。

兄さんを……カナを奪ったこのタコを見ると、あのドス黒い血流。ベルセの血流がドクン、ドクンと流れ、それとは別に触手のおかげか通常とはまた違った血流が集まってきている。

こんな最高なコンディションなのにそれの要因だと考えられる触手を手放すわけないだろ。

 

「それに俺達の目的はまだ達成してねーんだ。お前の言う通りなんてするわけないだろう」

 

俺の言葉にタコは何か言いたげな顔をするがそれ以上は語らず、代わりに渚が1歩前へ歩み出てきた。

 

「ねえ、茅野。今までの事全部演技だったの?楽しい事を色々したのもつらい事や苦しい事を皆で乗り越えたのも」

「全部演技だよ」

 

渚の問に茅野がばっさりと切り捨てる。

まあそうだろうな。肉親を殺されて、その仇が目の前にいてそんな感情が出るはずない。

 

「私は触手に何になりたいかと聞かれて、『殺し屋』になりたいって答えたわ。そしてまずやったのは自分の感情を殺すこと。殺意を殺して標的にバレないようにひ弱な女子を演じたの。そうしないとお姉ちゃんの仇をとれないからね」

「ねえ茅野ちゃん、キンジ君。この先生がいきなり殺すって本当に信じているの?今2人がやっている事が殺し屋としての最適解だとは俺には思えない」

 

カルマが茅野だけではなく俺にもむけてそう口を開く。

……俺達の気持ちもわからねえくせに。

 

――そうだ。所詮こいつらも他人、兄に救われながら罵倒したアイツらと同じだ。

 

殺意があのタコだけでなくこの場にいるヤツラ全員へと向き、血流が一段と強くなる。

 

「キンジ、お前異様に汗を搔いてるぞ。それに茅野も薄手にマフラーか。触手の移植者特有の代謝異常が顕著に出ている。その状態で戦えば触手に生命力を吸い取られて、死ぬぞ」

「……うるさいな。部外者のくせに」

 

イトナの言葉に茅野がイラつき、それにともない触手の先が発火し炎に包まれる。

そろそろ殺らねえと、高ぶりでおかしくなりそうだ。

 

「イトナ、最初に言っただろう?止めたいなら力づくで止めて見せろと」

 

俺が戦うために前へ出るとすすきに炎が燃え移り、俺と茅野に境界線ができる。

 

「……キンジ君。死ぬことは否定しないんだね」

「人なんていつか死ぬもんだろ」

 

そんな俺に有希子が聞いてくるが、その表情は覚悟を持った顔をしていた。

 

「殺せんせー、トリアージは?」

「二人とも赤です。茅野さんの触手は性質上いつ暴走してもおかしくありません。キンジ君は戦闘をしていれば暴走する危険性は茅野さんより低いです」

「なら殺せんせーは数名連れて茅野さんの触手の対処を、残りでキンジ君を止めます」

「……分かりました。戦闘に秀でた人でキンジ君をお願いします、すぐにでも茅野さんの触手を取り除いてきますので」

 

そう言って、殺せんせーと菅谷、奥田、千葉、倉橋、三村、そして渚が俺の横を通って炎の境界線を越えていく。

 

「やっぱり優しいねキンジ君は」

「はっ、何言ってんだよ有希子。止めれば俺をためらいなく撃つつもりだったくせによ」

「ふふっそれを簡単に防げるくせに」

 

そんな会話をしながら、どんな状況にも対応できるように構える。

ああ、そうだ。殺りあう前に聞きそびれていた事を聞くか。

 

「おい、凛香。お前は兄さんが助けた人を見てどう思った」

「……私は、それでもいちにぃのやったことは間違いじゃないと思っているわ」

 

そうハッキリと答える凛香へ俺はうっすらと笑みを浮かべる。

なんせ背中を任せていた奴と敵として殺りあえるんだ。

これ以上の楽しみはないな。

 

「この遠山桜。手向けには血染めの桜と決めている。例えお前たちでも容赦はしないぞ」

 

俺が拳を構えると、凛香も小通連とベレッタを構えた。

 

「やらせない。私は正義の味方を目指した幼馴染の隣に立つ。例えキンジが立ちふさがっても私は止まらないわよ」

「……そうかその道は後悔しか生まれない、お前なら分かると思ってたんだがな」

 

その言葉を皮切りに待ちに待った殺し合いが始まった。

 

――パァン‼

 

最初に動いたのは凛香だ。

引かれた引き金によって、俺の肩目がけて銃弾が飛んできた。

 

避けるのも煩わしいな。

 

いつもよりスローモーションに移動する銃弾を指で挟み、飛んでくる角度を変える。

銃弾の回転によって、右手の指にケガを負うがそれを極細の触手で矯正させる、痛みは頭の痛みで何も感じない。

手を握ったり広げたりと問題なく動くことを確認しつつ、再び凛香へと拳を構える。

凛香が今度は小通連を構えて、近距離戦へと持ち込んでくる。

 

――ガキン

 

俺の拳に合わせ、凛香の小通連の峰を振り抜かれかち合う。

およそ、拳と刀を合わせた音ではない。

それはそうだ。

今の俺の体には触手が伸ばされているからな。

 

俺は触手を手に入れていたから時間が浅く、茅野に比べると触手の操り方は雑だ。

だから俺は触手を体に纏うように伸ばした。

例え筋肉が切れようと触手でその部位をカバーし、無茶な動きも人体よりも有用な触手で可能にできるようにと。

今回のも拳が壊れるのもいとわない殴り方をし、それを触手が補強して怪我なく打ち合えている。

 

そして打ち合うたびに相手の勢いを利用するカウンター技、絶牢を応用し拳の速度を速めていく。

 

――ガキン……ガキン…ガキン、ガガガガガ……

 

ヒステリアモードと似たような事ができる小通連だからなのか、ある程度の速度は凛香も捌けていたが次第に遅れていき

 

――――パァン‼

 

俺の拳がマッハを超えるころには明確な隙が生まれていた。

自身もそれを自覚できているのか、いつの間にか持っていたもう一つの短刀、恐らく大通連だろう。それらの両刀をクロスするように構えている。

まあ、そんなもんで防げるほど俺の拳は軽くないがな。

 

まずは1人目だ ――ドンッ‼

 

確かな手ごたえと衝撃。

だがそれはいささかデカく、硬いものだった。

 

「おいおい律、盾が一撃でおじゃんだぞ」

「寺坂さん、まずお兄ちゃんの一撃を耐えれたことに驚きです」

「おい待て、それって下手したら盾の意味なかったってことだよな」

「…………テヘッ」

 

俺が殴ったのは凛香ではなく、間に割り込んできた寺坂が持っていた大型防弾盾だった。

だがなんで寺坂が俺の拳を受け切れたんだ?

そう思い地面を見ると、寺坂の足元の草は抉れ地面がむき出しになっている。

その抉れ方には見覚えがあった。

 

(こいつ、見様見真似で橘花の真似事をやったのか)

 

俺の様に亜音速では出来てないため完璧とは言えず、その分の逃がしきれなかった衝撃で盾はひしゃげているがそれでも耐えれるほどまでに抑えているのは吹っ飛んでいないことで証明されている。

 

「お前らも俺の復讐の邪魔をするのか」

「俺達だけじゃねえ、全員で邪魔してやんよ。それでそのバカな頭に一発叩き込んでやる」

「お兄ちゃんを止めるのも義妹の役目ですから」

 

面白い。

俺はこいつらをいささか見誤っていたようだ。

 

他の面々も俺に向けて武器を構えてくる。

 

草木も眠る深夜。

月とすすきに燃え移った炎に照らされながら、俺達の暗殺が始まった。


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