哿の暗殺教室   作:翠色の風

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84弾 不安の時間

~凛香side~

 

「なんで……なんでなの?」

 

キンジとのデート。

それに浮かれていた私は、一瞬にしてぞん底に落とされた。

事故を知ってこの場を去ったキンジは、きっといちにぃの状況を確認しにいったはず。

なら私は頼まれた事をきっちりとしないと。

今にも涙が零れそうだがそれをぐっとこらえ、私は荷物を持ち自身の家へと寄り道せずに帰った。

 

『え?お兄ちゃん、帰ってこれないんですか?』

「大丈夫よ、もしかしたらだから。キンジは万が一でも律が独りぼっちで寂しい夜を過ごさないようにって思っただけよ」

『そうですか……分かりました。お兄ちゃんの言う通り、パーティーが終わったら凛香さんの家に向かいます』

「うん、わかったわ。パーティー楽しんできなさい」

「はい……」

 

家に戻り、律へと電話をかけると少し残念そうな声で律がそういう。

律の気持ちはわかる。

きっと、クリスマスイブという特別な日にキンジと過ごせないのが辛いんだろう。

私だってそうだ。

私も今日という日をキンジと一緒に過ごしたかった。

 

TVの電源をつける。

そこには相変わらず、いちにぃが巻き込まれた事故が映っている。

そして行方不明者の名前が1人だけ表示された。

 

『遠山金一』

 

なんで、なんでいちにぃが……

どんな状況からでも必ず帰って来てくれたのに。

 

「左翼派が大きく動き始めたぁ? ッチ、ああ、それは今見ている。あの事を考えると、十中八九アンタが睨んだそいつが原因の1人だね。はぁ、明日から忙しくなるよ。いいかい、大岡の名にかけてアンタはそいつの裏を絶対に揃えな」

 

私、ううん。私達にとってとても悲しくなる事件を見る中、母さんは誰かと通話していた。

 

「凛香」

「何、母さん?」

 

電話を切るなり、唐突に声をかけてくる母さん。

そして母さんはあるものを私に向けて投げ渡してくる。

それはかつて渡された短刀と似ていた。

名は聞かなくても分かる。

小通連の対の短刀、大通連だ。

 

「母さん、なんでこれを?」

「護身用さね。ずいぶんきな臭いんだよ、この事件。複数の思惑が絡み合っているね。凛香が巻き込まれる可能性があるから、それと小通連は肌身離さず持っておきなよ」

 

そう私に言いながら、こんな時間から出かける準備をしていた。

 

「母さん。こんな時間の、しかもこんな時に出かけるの?」

「ああ、ったく。こちとら、仕事をやめたパート業の主婦なのに。凛香、母さんはしばらく帰れそうにないから、良い子で待っていなよ」

 

そう言って、荷物をまとめて玄関へ向かう母さん。

その直後――ドンと家が揺れるほどの音が響き、その発生源であろう玄関へ向かい私はその姿に体が無意識に震えた。

 

「恩人の息子の事故を利用して……金と権力に群がるハエどもが!」

 

その姿はまさに鬼だ。

以前E組に来た時に見せた殺気の比ではない。

そして、これほどの怒りを見せる母さんの姿は、暗にいちにぃの事故の裏の大きさを物語っていた。

 

「……気を付けてね」

「ああ、行ってくるよ」

 

結局、私はそれ以上何も言うことができず母さんが家を出た後はTVの前にただ座っている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

律が家に来た後、事故の事について調べてもらったがニュース以上の事は分からなかった。

たぶんそれまでは色々と思うことがあったんだろうけど、律からの返答に頭の中が白くなっていて、気づけば私はTVの前で寝ていた。

 

『昨夜のアンベリール号の事故から翌日、今だ行方不明者1名が見つかっていません。その行方不明者である遠山金一氏はどんな人物だったかを聞こうと思います』

 

いちにぃについて何か分からないかと、消えていたTVをつけるもいちにぃは相変わらず行方不明のままだった。

ただTVに映った映像に私は目を見開く、そこに映っていたのはキンジが住んでるマンションなのだ。

 

「大変です!金一お兄さんの捜査が打ち切られています。それに急にお兄さんが事故の原因だとバッシングする声が‼」

 

律の言葉に混乱していた頭が余計に混乱してくる。

なんで翌日に行方不明者の捜索が打ち切られているの?

なんで急にいちにぃが責められているの⁉

いちにぃの事もだが、それよりもキンジだ。

取材の場所からして標的はキンジに定められているのは明白なんだから。

なんだかとても嫌な予感がし、キンジの居場所を探してみる。

 

「律!キンジの場所は分かる?」

「ダメです。ケータイを切っているのかGPSの反応がなく分かりません!」

 

クソッ、なんでこういう時に限って!

TVを見ても映像はもうキンジのマンションではなく、今はもう番組のスタジオが映っていた。

 

「取りあえず、キンジの家に向かうわよ!」

 

そう律に言って、家を飛び出す。

キンジの家までは少しかかる。

その間に皆には迷惑をかけるけど、演劇発表を休むことを連絡しないと。

 

『おかけになった電話番号は電源が入ってないか、電波が――プツッ』

「あーもう!どいつもこいつもスマホ持っている意味ないじゃない!」

 

なんで今日に限って、殺せんせーも烏間先生も電話に出ないのよ!

 

「落ち着いてください、凛香さん。まだビッチ先生がいます」

 

そうね。これでビッチ先生もダメなら、誰かクラスの人に伝えてもらおう。

律に諭され、イライラしていた気持ちを落ち着かせビッチ先生の連絡先から電話番号を開く。

 

『――プルルル――プルルル  もしもしリンカ、アンタも今日は休むの?』

「うん、そう……え、私も?」

『ええ。他の子も全員、朝のnewsを見てトオヤマが心配だからって言ってたわ。カラスマもサヨクハ?が大きく動いて、コウアンに呼び出されて今日は来れないみたいよ。学校の方は私が言いくるめるから、リンカもトオヤマに会いに行きなさい』

 

優しい声色でビッチ先生がそう言って、通話が切れる。

ビッチ先生や皆の行動に不覚にも目頭が熱くなる。

皆がキンジを心配して優先してくれた。その事が幼馴染として嬉しかった。

 

「凛香さん、泣くのは早いです。もうすぐ家に着きますよ」

 

律の言う通りだ。

まずはキンジと合流してから、後のことはその後考えよう。

 

『キンジを見つけた人いる?』

 

全員が探してくれていると分かったため、E組全体で使っているグループにそうメッセージを送る。

そうすると数分を待たずに続々と返信が来た。

 

『学校には来ていないよ』

『今、遠山君の家に向かったけどマスコミだけでいそうにないよ』

『じゃあ、僕は武偵庁の方に向かってみるよ』

 

皆が手分けして探してくれている。

有希子が先に行って家にいないことを確認してるけど、キンジの家はもう目の前だ。

念の為にこのままキンジのマンションに向かってみよう。

 

「律、目的地は変更なし! その後は武偵庁に向かうわよ」

「分かりました!」

 

キンジが今住んでいるマンションへと着いたが、そこには有希子の言う通りたくさんのマスコミが張り込んでいた。

たぶん朝の放送からずっとスタンバっているんだろう。

 

「ここに住んでる彼とはどういう関係?良かったら、彼に戻ってきてもらえるように言ってもらえない?」

「おい!取材許可出した責任者に追及しろ!このネタで特番組んだのにどうすんだと言え!」

 

見れば有希子が女性にキンジと連絡をつけれるかと聞いたり、奥のほうでは電話越しに怒鳴っている偉そうな男などがいる。

朝は肝心な部分を見逃していたが、この阿鼻叫喚とした現場からしてたぶんキンジは取材途中でいなくなったんだろう。

そこで有希子と目が合う。

 

『絡まれたらしつこい。早く移動』

 

ウインキングでそう伝えてくる。

だがそれは遅かった。

目ざとく私達に目をつけた奴らがこっちへと来る。

まるで獲物を見つけた飢えた野良犬のように血走った目でこちらを捕らえる。

それを見た瞬間、私の怒りの沸点は容易に超える。

 

それが人の生死がかかった事件、それも被害者の身内や知り合いに対して取材する態度か‼

 

何か一言言ってやりたくて立ち向かうように一歩前に出ようとして……それを律に遮られた。

 

「凛香さん。気持ちはわかりますが、それは悪手です。最優先はお兄ちゃんです」

「…………」

「ここは私が引き受けますから、凛香さんは早く行ってください……みなさーん、お兄ちゃんの家の前で何をしてるんですかー?」

 

キンジの妹だと分かるや、こちらへと来ていたマスコミは全員律を囲むように迫る。

あまりの数に既に律の姿は見えていなかった。

 

「…………ありがとう」

 

一言、自分も会いたいはずなのにここで残ってくれた律に向けて呟いて私は次の目的地へと走って行った。

 

武偵庁には渚と赤羽の二人が先にいることになっている。

武偵庁の方も先ほど同様にマスコミでいっぱいだが、こちらは庁の職員が対応しているためこちらは標的にされる心配がなかった。

 

「あ、速水さんこっちだよ」

「なんでこんな路地裏なんかに……ってどんな状況よ、コレ?」

 

渚に呼ばれ後ろをついていくと路地裏へと案内され、そこでは何故か大人の男がカルマに怯えているという良く分からない状況だったのだ。

 

「ん? ああ、これね。キンジ君の事を殴ったって自慢げに話してたから詳しく聞いたんだよ。ほら、俺に言ったみたいに彼女にも自慢話してみろよ」

「ヒィ⁉お、俺はただあの事故で彼女がケガしたから、そうだよアイツの兄が悪いんだ。だからその弟を殴っブペッ」

「やっぱ口塞いどいてくれない?聞いていて気分が悪くなるからさ」

 

ビビっていた男のあんまりな言い草に私より先に手を出して黙らせた赤羽。

渚も特に止めることはせず、私も特に何も言わなかった。

むしろ赤羽が先に手を出さなければ、全力でこの男を殴ってたわ。

 

「残念だけど、キンジ君をみたのはこの人だけだったんだ。マスコミの人は全く相手にされなかったし」

 

渚の言葉にキンジの家の前と武偵庁に殺到しているマスコミを見て察しがつく。

きっと見ていたとしても、取材に忙しいから無視をしていたのだろう。

ほんと、反吐が出るわ。

それにしてもキンジはここにもいないか……

 

「あと中にコッソリ入った時に金一さんの同僚の人にコレを渡されたんだ。キンジ君と速水さんに渡してくれって」

 

そう言って渚は私に一つの紙袋、結構な重量を感じさせるものを渡してくる。

詳しい事を聞くと、渚が気配を消して中へと侵入し情報を得ようとしてあっさりと一人の男に捕まったらしい。

 

『その年齢で、この技量。間違いないな。キンジの知り合いだろ、これをキンジと凛香に渡してくれ』

『重ッ⁉あの、あなたは?』

『金一の同僚だ。それはアイツが行方不明になった時点で渡してくれって頼まれていたものだ。たくっ、冗談だと思ってたのによ。上の方から、金一のモノは事件の関連性を疑って全部押収するなんて言ってるが、俺はここに荷物を置いていつの間にか無くなっていた。そう言うことだから、少年。ちゃんと渡してくれよ』

『え、ちょっと⁉』

 

色々ときな臭い気もするし、渚に渡した人物も気になるが中身を見てみるとそれは普段キンジが身につけているものと同じ……いや、キンジがマネをして身につけていたバタフライナイフ、いちにぃが持ち歩いていた刀身が緋色のバタフライナイフと弾が籠められたSAA。いちにぃの愛銃が入っていた。

更には一枚の手紙、『ナイフはキンジに。銃は凛香にクリスマスプレゼントだ。ここぞという時できっとお前たちの役に立つはずだ、大事にしてくれよ』

 

「……こんな物騒なプレゼントなんて嬉しくないわよ。バカにぃ」

 

絶対にキンジと2人でいろいろ文句を言ってやるんだから。

そう誓い、左の太もものホルスターのベレッタをSAAに入れ替える。

 

「キンジにも渡してくれって頼まれたんだし、さっさとあのバカを見つけましょう」

 

そこで再び渚達と手分けしてキンジを探す。

 

 

 

キンジが良そうな場所。

椚ヶ丘、人工島、巣鴨……心辺りのある場所はしらみつぶしで探し回った。

だがキンジを見たという情報は得られても、終ぞ本人を探し出すことはできなかった。

時刻はもう夕方を示す時間帯になっていた。

 

キンジが見つからない。

視界が滲む。

それもそうだ。

いちにぃが行方不明になって直後にコレなのだ。

胸中に押し込めた不安があふれ出す。

このままキンジまで見つからなかったら……

 

「ちょっとアンタ、銃を持ってるみたいだけど許可証を持ってるんでしょうね」

 

目の前でどこかで見たようなピンクブロンドのツインテールが揺れ、まるでアニメに出てくるような女子の声が私にかけられる。

でもこの時点で私の不安は限界だった。

 

「なんでみつからないのよぉ……キンジに会いたいよぉ」

「うぇ⁉ちょっちょっと泣かなくても。ほ、ほら、ももまんあげるから」

 

泣き出した私に目の前の子はアタフタと、ももまん片手に慌てるのだった。

 

 

 

 

それからその子に連れられ、近くの公園に移動する。

そこで私が落ち着くまで待ってもらい、落ち着くとなんで泣いたのか促される。

 

「そう、幼馴染の兄が事故に巻き込まれた直後に幼馴染も……ね」

 

詳しく話すとキンジに迷惑がかかると思い、少し濁して話すとその子は何かを考えるようにうつむく。

 

「なんだか嫌な予感がするわね。明日になってもまだ見つからないならここに電話しなさい。本来は専門外だけど、あなたの幼馴染の捜索を手伝うわ」

 

そう言って私に電話番号がかかれた紙を渡してくる。

この子、もしかして武偵高のインターンなの?

 

「安心しなさい。Sランク武偵が手伝ってあげるんだから、その子も絶対に見つかるわ」

 

そう言って武偵手帳を見せてきて、その中身に私は思わず二度見してしまった。

そこに書かれていたのは『神崎・H・アリア』の名前と強襲科Sランクの文字。

でもそれ以上に驚いたのは、

 

(え、年上だったの⁉)

 

見た目はしょうがく……ゲフンゲフン、中学生に見える人がまさかのキンジと同じ年齢だったのだ。

 

「ありがとう……ございます」

「あら?Sランクだからってそんなにかしこまらなくてもいいのよ」

 

違うんです。年下と思ってたんです、ごめんなさい。

 

とそんな事は言えず、ただ黙ってコクリと頷く。

 

「銃は事故に巻き込まれた人のを同僚の人に渡されただけだからお咎めもなしね。一度帰ってココアでも飲んで落ち着きなさい。ちゃんと帰るのよ~」

 

そう言って神崎さん……有希子と被ってめんどくさいわね……

そう言って、アリアさんは帰って行った。

話し込んだこともあって、すでに日は落ち空は真っ暗だった。

でも胸中の思いを吐き出したからだろうか、少し不安は少なくなっていた。

その時スマホに特有の音がなる。

見れば茅野からの一件のメッセージがE組のグループに投稿されていた。

 

『遠山君が見つかった。疲れていたみたいで、今は私の家で貸した部屋で寝ているよ。殺せんせーも心配しているみたいだから、明日○○時に学校で皆集まろう。遠山君は私が責任もって連れて行くから心配しないで』

 




最近書いていて思うこと、主人公誰だっけ?ってレベルでキンジ出ていない気がする。

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