「キンジ君、今ツッコむところ絶対にそれじゃないよ‼」
俺の叫びに律儀に叫ぶ渚だが、言わずにはいれなかったんだ。
ここの校舎、地味に良い木材を使っているせいで見たことない桁数を請求してきた。
そんな木材を使った壁代を理事長は国に請求して、国は破壊した俺に請求してきたのだ。
「ここを壊すことは今朝の理事会で決定したんですよ。さあ退出準備をしなさい。君達には来年開講する系列学校の新校舎に移ってもらう。刑務所を参考にした牢獄のような環境で勉強してもらい、校舎の性能試験に協力してもらうよ」
新校舎だと?
それに新校舎がこんな山奥に建てるはずはないはず。
「どこまでも……自分の教育を貫くつもりですか」
殺せんせーが理事長に問うた時に俺も口を開く。
「国との契約はどうするつもりなんですか?」
「それはもう終了だ。なにせ私の教育に彼はもう不要だからね。ここで彼を殺します」
そう言って理事長が懐から出したのは『解雇通知』だった。
おいおい、マジかよ。
「……とうとう伝家の宝刀を抜きやがった」
「はわわわわわわわわわわわわ」
前原の言葉に殺せんせーに動揺が走る。
「それでこれ面白いほど効くんだよ。このタコには‼」
「どうしよ杉野。超生物とキンジ君がデモに訴えて……え?キンジ君?」
――ガタガタガタガタガタガタガタガタ
渚の言う通り、俺の手には今『労働者よ。立ち上がれ』のプラカードが握られている。
「渚さん、私から説明します」
「律、なんでキンジ君も?」
「お兄ちゃんは現在校舎の壁の修復金を国から借金しています。ここで殺せんせーが解雇されると残りの借金が一括返済しないといけないんですが、現在の貯金額と照らし合わせますと…………圧倒的に足りないんです」
「キンジ君……」
なぜか周りから憐みの目を向けられるが、1人暮らし、いや今は律やほぼ毎日俺の家に来る凛香や有希子で一人暮らしとは言えない状況だがそれでも金のありがたみは嫌と知っている。
世の中金が全てとは言わないが、金も必要なのだ。
「二人とも早合点なさるよう。これは標的を操る道具に過ぎないだけ。私は暗殺に来たのです」
ということは、理事長の提案に飲まなければ解雇するぞってことか。
よかった、まだ大丈夫か……
「……確かに理事長(あんた)は超人的だけど、思い付きでやれるほどうちのタコは甘くないよ」
カルマの言う通りだ。
いくら超人的だと言っても、殺せんせーは簡単に殺ることなんてできないぞ。
「さてそれはどうですかね。殺せんせー、ここを守りたければ私と
理事長が提案した賭けはこうだ。
5教科の問題集に挟まれた手榴弾。手榴弾は4つを対殺せんせー用、1つを対人用。
それのピンを抜き、問題集に挟む。
それを開いて右上の問題を一問解くというものだった。
順番は殺せんせーが先に4問解き、その後理事長が1問解く。
殺せんせーの勝利条件は理事長を殺すかギブアップさせるかだ。
あと、ルールとして問題を解く間はその場から動いてはならない。
「なあ、理事長。タコが4回も殺す爆弾を受けなきゃならねーのにテメーは危なくなったらギブして無傷。圧倒的に不公平だろ」
寺坂の言う通り、ハッキリと言って殺せんせーが圧倒的に不利なルール。
解雇通知という崖っぷちな状況じゃなければ受けないようなルールだ。
「寺坂君、良い事を教えよう。この世は社会に出るとこんな理不尽の連続だ、弱者の立場ならね。だから私は強者の立場になれと教えてきた。さあ殺せんせー、
「もちろん、受けましょう」
殺せんせーに断るすべはなかった。
もう金だなんだと言っている場合じゃない。
理事長の暗殺は今までよりも高確率で殺せる。
爆風などの危険があるため、俺達は校舎の外に出た。
中にいるのは暗殺をしかけた理事長と標的である殺せんせーだけ。
その殺せんせーは社会の問題集の前に座っている。
「開けた瞬間、解いて閉じれば爆発しない。あなたのスピードなら簡単かもしれないですね」
「も、もちろんです」
理事長の言葉に若干言葉を詰まらせる殺せんせー。
心なしかドクンドクンと殺せんせーの心音が聞こえてくるような気がする。
そして、触手が問題集に触れ……
――バァン‼
四方八方に対殺せんせー弾がばらまかれた。
「まずは1ヒット。あと3回耐えきればあなたの勝ちです。さあ回復する前に説きなさい」
殺せんせーの顔は対先生弾のせいでいつもの状態を保てず、ところどころが溶けてなくなっていた。
これで1発の威力だ……あと3発なんて到底耐えられない。
「強者はいついかなる時でも好きに弱者を殺せる。これがこの世の心理だ。この心理を防衛省から得た金と賞金で全国に我が系列校を全国に作って知らしめる。さあ殺せんせー……私の教育の礎になってください」
「どこまでも教育のことなの……」
理事長の言葉に思わず呆然としてしまい、凛香のつぶやきにも答えれない中殺せんせーの触手が理科の問題集へと伸び……
「はい、開いて閉じて解きました」
そう言う殺せんせーの前にあるのは理科の解答が書かれた紙。
その言葉に理事長は目を見開いて言葉を失っていた。
「この問題集シリーズ。どこにどの問題が書かれているかは憶えています。ただ社会と数学だけは長く貸していて忘れていまして……」
あ、そういえば殺せんせーに社会の問題集返し忘れていたな……
俺の横では同様に長期間借りていたのだろう矢田がカバンから数学の問題集を出していた。
ちょっと待て、数学を貸していたなら殺せんせーもう一回爆発を受けるんじゃ……
俺がその考えに至ると同時に殺せんせーは数学の問題集に触手を伸ばす。
数学の問題集は理科と同様に爆発はせず、そこには解答が書かれた紙が置かれていた。
「まあ数学に関しては、残念なことに曾祖父譲りで得意なんで憶えてなくても爆発までに解けますがね」
「……私が持ってきた問題集なのにたまたま憶えているとは」
「まさか、日本全国すべての問題集を憶えたにきまってるじゃないですか。教師を目指すのにそれぐらいはするでしょう?」
金銭的にも時間的にも無理だろと言いたいところだが、この先生はそれをやり遂げている。
そして理事長もそれぐらいできそうで、外から見ていた俺達は何も言えなかった。
「そもそもあなたの提案したルール、情熱のある教師なら誰でもできますよ。どうやら教え子の敗北で心を乱したようですね……っと、これで残り1冊になりました」
気づけば、殺せんせーは問題集4冊を解き終わっていた。
残ったのは理事長の目の前にある英語の問題集のみ。
「あなたの目の前にある死を前に、完璧をほこるあなたの脳裏には何が映っているのでしょうね」
英語の問題集をじっと見て動かない理事長を見て、ふと律に頼んだ事を思い出す。
「なあ律、ここの事何か分かったのか?」
「はい。皆さんがテストなどをしている間に調べ終わっていますよ」
「律は何を調べたんだ?」
竹林がそう聞いてくるため、俺はざっと皆にここが過去私塾として使われた事、理念が真逆だったことを教えた。
「お兄ちゃんの説明の続きですが、理事長が今の理念になった原因は端的に言えば弱さを悔いたからだと予想されます」
律は皆が試験勉強などで動けない間に、過去ここが私塾だった時に通っていた人に聞いて回ったらしくそれらをまとめるとこういうことだった。
理事長がここを私塾として開校した当時、生徒は3人いたらしい。
そして思いやりを持ち、自分の長所も他人の長所もよく理解できるそんな生徒に育つように指導し、無時にその生徒たちは志望した私立中学に入学できたらしい。
だがその3年後に事件が起きたのだ。
理事長が指導した生徒のうち一人が亡くなったのだ。
原因は部活の先輩による恐喝や暴力が主な原因だ。
そして律が聞いたその生徒は『優しい子』らしい。
そしてこの事件がきっかけだろう、『強い生徒に育てなければ意味がない。たとえ他人を生贄にしてでも自身は生き残ることができるぐらいに強い生徒じゃないと』と。
「……ふっ。殺せんせー、私は別にあなたにあなたが地球を滅ぼすならそれでもいいんですよ。それも私の教育論のひとつの理想ですからね」
「ッ全員伏せろ!」
理事長の行動と共に全員に指示を飛ばすとほぼ同時に
――ドグォッ‼
爆風が吹き、窓ガラスが割れ、弾ける。
おいおい、自分の命はどうでもいいのかよ。
理事長の安否もだが、まずは皆だ。
「全員無事か?」
「ああ」
「うん、ケガはないよ」
「こっちもおなじく」
よかった、全員無事か……
「これは?」
教室の中から理事長の声が聞こえる。
中をみると、爆心地だった床が黒くなった中で透明な膜につつまれたケガひとつない理事長の姿があった。
「私の皮は脱いだ直後は手榴弾くらい防げるんですよ。ちなみに窓ガラスも全部回収して接着剤で元通りにしてあります」
どおりで皆ケガひとつないのか。
「月に一度の脱皮か……なぜ自身に使わなかった?」
「それはもちろん、あなた用に残していたからです。私が勝てば、あなたは迷いなく自爆することを選ぶのを分かっていましたから」
いつかの俺のカンは当たっていた。
ある個所で殺せんせーと理事長は枝分かれしている。
「あなたの十数年前の教育は私の求めた理想でした」
そう理事長と殺せんせーが違うのは……
「私は恵まれていました。なんせこのE組があったのですからね。纏まった人数が揃っているから境遇を共有でき
、相談でき、耐えられました。そしてあなたがここを創り出したのは無意識に昔描いた教育を続けていたんです。私が目指しているのは生かす教育。あなたと同じ理想です。これからもお互いの理想の教育を貫きましょう」
俺達は……いや仲間たちは皆がいたから乗り越えた。
仲間の有無の違いがきっと枝分かれの分岐点だったんだろう。
「……私の教育は正しい。それはこの十年余りの卒業生たちが証明している。ですがあなたも今私のシステムを認めたことですし、特別にこのE組をさせることを認めます」
「ヌルフフフ、素直に負けを認めませんか。それもまた教師という生物ですね」
「それとたまには私も殺りに来ても良いですか?」
「もちろんです。好敵手にはナイフが似合いますねぇ」
そう言って理事長は対先生用ナイフを懐にしまい教室を出て行く。
これで校内抗争は決着か……
あとは暗殺に集中って、なんで教室から出た理事長がこっちにくんだよ。
「なにかようですか理事長」
「いやなに。律君の推測がほぼ正しかったからね。少ない情報で正解へと導いた報酬に一つ教えておこうと思ってね。人はきっかけ一つで変われる。それが超生物でも超人でも、しかもそれは良い意味でも悪い意味でもね。君たちもこの事を心にとどめておくといい。いつか役にたつかもしれないよ」
そう言って去っていく理事長を俺達はただ見ているだけだった。
だがこの言葉の意味を真の意味で知ることになることをこの時の俺はまだ知らない。