哿の暗殺教室   作:翠色の風

81 / 94
79弾 期末の時間 2限目

学園祭が終わって数日、いつものメンバーで登校していると烏間先生と園川さんが疲れた顔で本校舎から出てくるのが見えた。

烏間先生だけだったら、蘭豹とビッチ先生が学園祭以降もなにかしたのかで済ませられるが園川さんも同じ顔ってことは別件か?

 

「烏間先生、園川さん、おはようございます。どうしたんですか?」

「遠山君達か、おはよう。なんでもないさ、今日の訓練は実銃での射撃訓練だから、事前の整備とかをしっかりするように伝えといてくれ」

「わかりました」

 

そう受け答えすると、二人は速足で旧校舎に向かう。

烏間先生からは読み取れなかったが、園川さんの『政府にどう説明するんですか⁉もう私の給料の数百年分のお金になってますよ』という泣きが入った言葉でようやく疲れた顔の原因が理解できた。

 

「何かあったのかしら?」

「たぶんだが凛香。理事長に金吹っ掛けられたんだろうな。園川さんが泣いてたのが見えた」

「ああ、そうだもんね。暗殺場所を提供してるから強請られても国は何も言えないもんね」

「お兄ちゃんや有希子さんの言う通り、理事長の口座にたった今10億振り込まれましたよ」

 

おいおい、10億って……俺達の暗殺成功報酬の10分の一だぞ。

現時点でこれなら、もう100億近くは請求してそうだな理事長のヤツ。

 

「あ、理事長といえば……」

「どうしたの有希子?」

「杉野君からの又聞きなんだけど、理事長が本格的にA組の担任になったって言ってたの」

「とうとうラスボス登場ってわけね」

 

たぶん俺達が本校舎の奴らと一緒のテストを受けるのが最後だからなんだろう。

最初のほうは小細工を使って翻弄してきていたが、最後に正攻法ってなんだか意外だな。

 

「意外って言えば、あの時の資料も意外だったな」

「何が意外だったんですか?」

 

俺が零した言葉が聞こえたのか律が顔を覗き込むように見上げてきて、それにつられて凛香達も俺の方を見る。

俺が思い出したのは、ここに来る際に理子や情報科の奴に頼んだ資料の一文だった。

 

『・またE組の校舎は現理事長が開いていた私塾だが、現在の学校との理念とは真逆のものであった』

 

「ここの事を前に調べてもらったんだが、俺達が使ってる校舎はもともとあの理事長が私塾で使っていたものなんだよ。んでそこでの理念ってのが今と真逆なんだと」

「真逆って確かに今の理事長からは考えられないわね」

「だろ、凛香。だから意外だなってな」

「真逆って言われたら、まるで今の私達の教室みたいだよね」

 

有希子がそう言うと、凛香や律も確かにとうなずく。

確かに殺せんせーの教育は今の本校舎の方針に真っ向に逆らったものになっている。

武偵の俺からしても理事長の腕っ節はすごく、多岐にわたる才能を有していることが分かる。

そう考えると、殺せんせー同様に異常な力を持ちつつ教師をしているという点で共通してるな。

違いは教育方針の実、そう考えると二人はある個所で枝分かれした道のように感じる。

 

「そんなに気になるならアレと並行して理事長に何があったか調べておきますね」

 

律にはすでに武偵殺しの件について頼んでいる。

武偵殺しと理事長の過去では前者のほうが重要だ。

「武偵殺しを優先で頼む」と律に言うと、返ってきた言葉はこうだった。

 

「理事長の過去は片手間にできますので」

 

時々俺は思う。

律が仲間で良かったと、こんなんが敵に回ってみろ。

情報は筒抜け、かく乱されて、その上本人の戦闘力も高い。

例え国が相手でも、律一人で戦いになる前に潰されそうだな。

 

「キンジもうすぐチャイムなるわよ」

 

考え事をしていたせいか、凛香達はかなり先に行っていた。

って、チャイムなるまで15分もないじゃねーか!

 

「ああ、走るぞ‼」

 

 

 

ギリギリチャイムが鳴る前に席につくと、始業のベルとともに殺せんせーが入って来た。

 

「みなさん、おはようございます。遠山君はまだ来ていないときですが、覚えてますか?一学期の中間の時、先生はクラス全員を50位以内という目標を課したのを」

 

それは凛香から聞いていた。

たしか理事長がギリギリで範囲を変えたらしく、その目標は達成できなかったんだよな。

 

「今になってですが謝ります。あの時は先生も成果を焦りすぎたし、敵の強かさも計算外でした。でも今は違います、君たちは頭脳、そして精神が成長しました。どんな策略も障害も退け目標を達成できるはずです」

 

その殺せんせーの言葉に全員の顔つきが変わる。

もちろん俺も含めてだ。今も無意識に拳を握りしめていた。

一年下と言っても、勉強に関しては俺はここの皆より遅れていたのだ。

だからこれはまさしくここでの俺の努力の証明に繋がる。

 

「堂々と全員50位以内に入り、堂々と本校舎復帰の権利を得て、堂々とE組として卒業しましょう」

 

その後、有希子から聞いてたように杉野が改めてA組の担当を理事長に変わったとう事が伝わり、一瞬だが騒めいたがそれもすぐに落ち着く。

まあ敵がどうだなんて今更だもんな。

ここまで来たら全力で突っ走るだけだ。

 

その日の放課後、殺せんせーに分からない事を聞いて裏山を下りていると本校舎前で皆が止まって何か話してるのが見えた。

 

「お前らいったい何してんだよ?」

「あ、遠山君。浅野君が依頼して来たんだよ理事長を殺してほしいって」

「はあ?」

 

渚が言うにはそれは暗殺依頼らしい。

俺達の事がバレたってわけじゃねーよな?

いや違うか、仮にそうだとしたら皆が落ち着きすぎてる。

 

「勘違いするんじゃない。僕が殺してほしいのは教育方針だ。君達には次の期末で上位を独占してほしい。もちろん僕が1位だが、君たちのようなゴミクズがA組を上回ることによって理事長の教育をぶち壊せる」

 

ところどころ俺達をバカにしてる気がしたが、浅野の提案する暗殺方法は分かった。

だが分からない事もある。

 

「なんでA組の頭のお前が頼むんだよ」

 

寺坂の言う通り、そもそもなんで浅野がこんな依頼を出したんだ?

浅野はいわば、理事長の方針で育ったヤツだ。

自身の土台ともいえる、理念を殺してくれという理由が分からなかった。

 

「浅野君、君と理事長の乾いた関係はよく耳にするわ。もしかして、お父さんのやり方を否定して振り向いて欲しいの?」

 

片岡はこう言うが、あまり接点のない俺でもコイツがそんなタマではないことは分かる。

 

「勘違いするな。『父親だろうが蹴落とせる強者であれ』僕は父にそう教わり、そうなるように実践してきた。それが僕ら親子の関係だ。だが僕以外の凡人は違う。今のA組はE組の憎悪を唯一の糧に限界を超えて勉強している。あれでは例え勝てても彼らはこの先それ以外の方法ができなくなる」

 

ああ、そうか。

 

「侮蔑や憎悪だけで手に入れる強さは限界がある。君達程度の敵にすら手こずるほどだ。A組は高校に進んでからも僕の手駒なんだ。その手駒が偏ってたら、支配者()を支えるなんて到底無理だ」

 

プライドの高いコイツが本心も隠さず

 

「――時として敗北は人の目を覚まさせる。それは体育祭の時、ケヴィン達で知った。だからどうかお願いだ、正しい敗北を僕の仲間と父親に刻んでくれ」

 

仲間の為に手を貸してほしいんだな。

なんだかんだで仲間思いなんだなと思いつつ、俺は皆の前に1歩出る。

 

「成功報酬は?依頼を出すって言うなら、あるんだろ?」

「ちょっと、遠山君⁉」

 

片岡が焦ったように俺の肩を掴むが気にせずに浅野を見る。

 

「……僕にできる事なら言ってくれ」

「だってよ。俺はすぐに思いつかないが、カルマなんかいい案あるか?」

「そうだね。浅野クンの依頼達成と同時に見れるし、『浅野君の悔しがる顔』かなぁ」

「なんで同時に見れんだよ?」

「だって1位取るの俺だし。そもそもこんな依頼だして、他人の心配してる場合?」

「…………」

 

おーおー、言うと思ったが予想以上にカルマも煽るなぁ。

割と近い場所から浅野を見てるが、額の血管浮き出るぐらいには怒ってんぞ。

 

「言ったじゃん。次はE組全員容赦しないって。1位は俺でその下もE組、浅野君は10位くらいがいいとこなんじゃない?二ケタの順位まで落ちた浅野クンの悔しがる顔なんて良い成功報酬っしょ」

 

カルマの挑発の言葉に、村松や竹林が反応を示し、寺坂が絡む。

寺坂、あんまり調子乗ってやってたら……案の定、からかい過ぎて膝蹴り食らってるし。

 

「浅野」

 

カルマを見ていた浅野を磯貝が声をかける。

 

「俺達は今までも本気で勝ちに行ったし、今回だってそうだ。いつも俺らとお前らはそうしてきただろ?勝ったら喜んで、負けたら悔しんで、それで後は格付けとかなし。そんな関係になるのが俺達の成功報酬だな。俺たちも『こいつ等と戦えてよかった』ってA組に思ってもらえるように頑張るからさ」

 

相変わらずイケメンぶりを発揮するな磯貝のヤツ。

 

「というわけだから、余計な事考えないで殺す気で来なよ。それが一番楽しいんだからさ」

 

カルマが磯貝の言葉を引き継ぐように首を掻っ切る仕草をしながらそう言うと、浅野も口角をニッと上げ蘭豹ほどではないが肉食獣を彷彿させる獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白い、ならば僕も本気でやらせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日をきっかけに俺達はより一層勉強にのめりこんだ。

分からないところは殺せんせーに聞き、お互いに得意な教科を教え合う。

有希子なら国語、カルマなら数学、奥田なら理科といった具合に。

そうやって全員が学び、教えてチームワークを深め、俺達はとうとう決戦の日を迎えるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。