哿の暗殺教室   作:翠色の風

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今回キンジ君の出番はありません。


62弾 死神の時間

~凛香side~

 

ビッチ先生と烏間先生をくっつけようとして失敗した翌日、やはりビッチ先生は学校へ来ないまま放課後を迎えてしまった。

 

「やっぱり来なかったなビッチ先生」

「私達余計な事しちゃったかなぁ」

 

今も烏間先生と殺せんせーの教師陣、後は朝から武偵高に行ってるキンジ以外は帰らずにその場に残っていた。

烏間先生は情けは無用とばっさりと切り捨て次の殺し屋と会いに行き、殺せんせーはブラジルにサッカーを見に行って今はいない。

……烏間先生は分かってたけど、あのタコこんなときぐらいサッカー見に行くのやめなさいよ!

普段は野球派のくせに!

教師陣の対応がこんな為、ビッチ先生を特に慕っていた矢田を筆頭にクラスの空気は暗くなっていた。

 

「ねえ矢田さん、ビッチ先生と連絡ついた?」

「ううんメグ、ケータイもつながんない」

「まさかこんなんでバイバイとか無いわよね」

 

一切の連絡が出来ないこの状況、誰もが想像した最悪な状況が思わず口から洩れてしまった。

 

「そんな事はないよ。彼女にはまだやってもらう事がある」

 

一段と教室が暗い雰囲気になったタイミングで一人の青年が教室に花束を持って教室に入ってきた。

 

「だよねーなんだかんだいたら楽しいもん」

「そう。君たちと彼女の間には十分な絆が出来ている。それは下調べで確認済みだ、僕はそれを利用させてもらうだけ」

「「「ッ⁉」」」

 

え……なんで。

なんで今、この男が入ってきたのに何の違和感も感じなかったの⁉

 

「あなたは、花屋の……」

 

潮田のつぶやきに私はこの男が花屋の店員で、つい最近起こしたわかばパークの園長との事故で救急車などを呼んでいた男性である事に気が付いた。

 

「僕は『死神』と呼ばれる殺し屋です。今から君達に授業をしたいと思います」

 

気づいた今でもこの男に私は警戒することが出来ない。

たぶん皆もなんだろう。その事実に全員言葉ひとつ出なかった。

 

「花はその美しさにより、人間の警戒心を打ち消し心を開かせます。渚君達に言ったようにね」

 

~~~♪

 

あっちこっちでケータイが鳴り始めた。

わたしのも音が鳴る……これはメール?

 

「でも花が美しく、そして芳しく進化した目的はなんだと思う? 解答は君達のメールに送ってるから確認してみてよ」

 

メールを見ると、本文は書かれておらず画像ファイルが一枚だけ送られていた。

それを確認すると……

 

「「「び……ビッチ先生⁉」」」

 

画像に写っていたのは縄で拘束されたビッチ先生だった。

 

「正解は虫をおびき出すためのものです。手短に言います。彼女の命を守りたければ、先生方には決して言わず、君達だけで僕の指定する場所に来なさい。来るかは君たちの自由です。来なかったときは彼女を小分けにして君達全員に平等に届けるだけですから」

 

それは単純に言えば脅迫だった。

それなのになぜ私はここまで安心してられるのか、自分自身の状況が信じられない。

 

「そして多分、次の『花』は君達のうちの誰かにするでしょう」

 

――ゾクッ

 

そう死神が言った瞬間、私は小通連を抜くのも忘れて思わず首が繋がっているか確認してしまった。

一瞬だけ出た濃密な殺気……アレはもしかして次の花も既に決まってるんじゃないだろうか。

 

「おうおう兄ちゃん好き勝手くっちゃべってくれてっけどよ。別に俺達は助ける義理なんてねーんだぜ。あんな高飛車ビッチ」

 

なッ⁉

あの殺気を浴びたはずなのに、寺坂達は何をしてるの⁉

 

「それに第一……ここで俺等にボコられるって言う考えは無かったのか誘拐犯?」

 

寺坂達はゆっくりと死神を囲むが死神はククッと声を押し殺したように笑うだけだった。

 

「不正解です寺坂君、もし君が殴りかかろうと思っていたら既に手を出しているでしょう? 君たちは自分たちが思っている以上に彼女が好きだ。話し合っても見捨てるという結論は出せないほどにね」

 

いつかロブロさんが潮田に言っていた。『優れた殺し屋ほど万に通ずる』、私達の考えをなんて死神には筒抜けなんだろう。

 

「さあ、続きはまた後だ。畏れるなかれ死神の授業はまだ始まったばかりだ」

 

教室に花びらが舞い、突如それが氷のようにくだけるとそこには死神の姿はなく一枚の地図が落ちてるだけだった。

 

 

 

 

 

 

あの後、前原が何を思ったのか昨日の花束をばらまくと中から盗聴器が出てきた。

 

「クソッ‼これで俺達の情勢を探ってビッチ先生が単独になったところを狙ったのか」

 

これでキンジや殺せんせー、烏間先生がいない事を確認して、1人で乗り込んできたんだろう。

 

「…………」

「どうしたの神崎?」

「……ううん、何でもないわ速水さん。それよりもコレ」

 

そう言って神崎は地図の裏を皆が見える位置に置いた。

 

『今夜18時までに、クラス全員で地図の場所に来てください。先生方や親御さんはもちろん……外部の誰かに知らされた時点で君達のビッチ先生の命はありません』

 

裏面にはそう書かれていた。

 

「鷹岡やシロの時とおんなじだな。俺等を人質にして殺せんせーをおびき寄せるつもりだ」

「クソッ‼やっかいなヤツに限って俺達を標的にする!」

「ううん、そこじゃないの千葉君、杉野君。私が言いたいのはキンジ君を呼ぶべきかどうか」

 

……そういうことか。

 

「え? なんで遠山君?」

 

岡野など幾人かは神崎の言葉が理解できず、何が問題か分かってなかった。

 

「キンジ君は私達と同じE組ではあるけど、武偵高の生徒でしょ。外部の存在になるのかクラスの一員としてカウントされるのか微妙な立場なの」

「もし外部扱いなら、この事を伝えるだけでアウトだね」

 

神崎やカルマの説明で全員が理解する。

キンジを呼ぶか呼ばないか、この選択だけでビッチ先生の命が決まる事を

しばらく誰も口を開かなかったが、まず律がこの沈黙を破った。

 

「……私は呼ばないべきだと思います。キンジさんがいない時を狙ってきたんです、キンジさんも数に入れてるならこのタイミングで呼ぶはずありません」

「律の言う通りだ。キンジを呼ぶのをやめとこう」

「アイツがいなくても行けるだろ、俺達にはコレがあるからな」

 

律の言葉に磯貝が頷き、寺坂はつい最近受け取った超体操着を取りだした。

 

「守るために使うって誓ったじゃん。今着ないでいつ着んのよ」

「ま、あんなビッチでも色々世話になってるしな」

 

中村、岡島が苦笑を浮かべながら自身の超体操着を取りだす。

私もそれに続いて取りだし、自らを鼓舞させる意味を含め笑みを浮かべて全員に向けて言う。

 

「最高の殺し屋らしいけどそんなの関係ない。そう簡単に計画通りに進ませないわ」

 

 

 

あれから1時間、もうすぐ指定された時刻に差し掛かろうとしたところで私達は死神に指定された建物のすぐ近くで待機していた。

 

「どうだイトナ?」

「空中から1周したが周囲や屋上に人影はない」

 

前原の問いにラジコンで偵察していたイトナがそう答える。

私も双眼鏡で探るがそれらしい人影が見当たらない。それに……

 

「あのサイズじゃ中に手下がいても少人数ね」

「あ、それと花束に盗聴器を仕込む必要があったって事は逆に考えるとその直前の情報には詳しくない可能性が高いって事よね」

 

不破の推理通りなら私達の力や超体操着は知らないはず。

最終確認の意味も込めて私達は情報の共有をしていく。

指定の時間まで残り5分を切った。

 

「皆、敵がどんだけ情報通でも……俺達の全てを知る事はまず不可能だ。大人しく捕まるフリをして、スキを見てビッチ先生を見つけて救出。全員揃って脱出するぞ」

 

磯貝によって、最後の作戦の確認も終わった。

 

「律、12時を過ぎても戻れないときは」

「分かっています原さん。殺せんせー、烏間先生、キンジさんにこの事を伝えるメールを送るように設定しています」

 

万が一の時のことも大丈夫だ。

 

「行くぞ」

「「「おう!」」」

 

時間になったため、私達は建物の中に入る。

そこには死神どころか何もないだだっ広い空間が広がっていた。

 

『皆散らばるように広がってくれ』

 

ウインキングによって、全員が警戒しつつ散らばっていく。

 

『全員来たね、それじゃあ扉は閉めるよ』

 

――ガコォン

 

「ッ⁉ 扉が!」

 

スピーカーから音声が流れたかと思うと私達が入って来た扉が勝手に閉じる。

こっちからは取っ手がない、マズイ閉じ込められた。

 

「……ふん、やっぱりこっちの動きが分かってんだろ。死神ってより覗き魔だね」

「皆揃ってカッコいい服を着てるね。隙あらば一戦交える気かい?」

 

カルマが監視カメラに向けて皮肉を言うも死神はどこ吹く風とまったく取り合わず

 

「……ふむ、部屋の端々に散っている油断の無さ。良くできている」

 

そう言葉を続けた。その瞬間――ガコッと部屋が震えた。

 

「何が起きた⁉」

「部屋全体が下に⁉」

 

渚が言う通り、部屋にあったわずかの窓から見える景色から下から光が消えていく。

体感として30秒ほどだろう、部屋が下に降りていくとそこには

 

「捕獲完了。予想外だろ?」

 

教室に乗り込んできた姿のままの死神と拘束されて気を失っているビッチ先生が鉄格子を挟んだ先に立っていた。

 

「部屋全体が昇降式の監獄。こうやって一斉に捕獲するのが一番早い」

 

全員が目配せ、何人かで壁を叩く。

 

「お察しと思うが君達全員、あのタコをおびき寄せる人質になってもらうよ。心配しなくても奴が大人しく来れば誰も殺らないさ」

「……本当? ビッチ先生も今は殺さない」

 

片岡達は、死神から情報を引き出している。

クソッ! どこにあんのよ!

 

「人質は多い方が良いからね。場合によっては30人近くは殺せる命が欲しい」

「でも今は殺さない。本当だな?」

「ああ」

 

――ガン、ガン

違うここでもない。片岡に続けて岡島も情報を引き出そうと頑張ってくれている。

この時間を無駄にできない、どこ……どこなの。

 

「俺達がアンタに反抗的な態度とったら……頭にきて殺したりは?」

「しないよ。子供だからってビビりすぎだろ」

 

――ガン、ガン、()()()()()

 

「見つけた‼ この先に空間があるわ!」

 

私が示した場所に竹林が指向性爆薬をしかけ、奥田が煙幕を張る。

 

「いや、ちょっぴり安心した」

 

岡島の言葉と同時に爆発、壁が壊れた先に広がる空間へ私達は脱出する。

 

「いいね、そうこなくっちゃ。肩慣らしも含めて予習の時間を始めよう。見せてあげるよ、万を超える死神の技術(スキル)を」

 

壊れた壁の奥から子供が目の前のおもちゃにはしゃぐような、そんな声が響いてきたのだった。

 

 

 

 

脱出してもやはりと言うべきか死神は私達の動向が見えてるようで、わざわざスピーカーで死神本人を倒さない限り脱出不可能だと説明して来た。その説明の仕方もまるでゲーム感覚……私達が取った行動は3手に分かれての行動だった。

まずA班、この班は戦闘がメインで死神やいるかもしれない部下を叩く班だ。

メンバーは、磯貝、カルマ、潮田、岡野、茅野、木村、千葉、前原、村松、吉田の10人。

続けて私がいるB班は人質となったビッチ先生の救出。私と片岡と杉野が護衛しつつ助ける手筈になっている。

私以外には、神崎、矢田、倉橋、片岡、中村、杉野、岡島、三村、律の10人

最後にC班、ここは各自の力で偵察と脱出経路を探すことになっている。

 

「各班トランシーバーアプリで何かあった時は連絡、監視カメラは即破壊で。警戒は忘れるなよ、散るぞ‼」

「「「おう‼」」」

 

こうして、恐らく今までで一番の強敵だろう死神を相手にE組の戦いが幕を開けた。

 

 

 

~渚side~

閉じ込められた部屋から脱出した後、僕たちは3手に別れて行動した。

僕がいるA班は現在死神を探すために来た道を戻っているところだ。

その道すがら、『死神』にどう対処するか皆で話し合う。

 

「いいか『死神』は必ず不意打ちで襲ってくる。殺し屋って人種は正面戦闘は得意じゃない。多勢でかかればこっちが有利なのは経験済みだ」

 

前原君が言っているのは夏休みに行った離島、そこで戦ったガストロさんとの戦闘のことだろう。

 

「不意打ちをかわしてバトルに持ち込んだ後は皆で一斉にスタンガンで襲い掛かる。そうすれば必ず気絶まで持ち込めるはずだ」

 

前原君の言葉にうなずいた後、全員がスタンガンを素早く取り出せる位置に移動させていると

 

――カツーン……カツ―ン

 

来た!

そう思い身構えるも全員が呆気にとられる。

音はするのに……目の前から歩いてきているはずなのに、死神の姿が見えない⁉

これは……

 

「これって渚の……」

 

茅野の言う通り、これは僕がウー先生に教えてもらった技とほぼ同一のものだ。

自身の雰囲気を変えて、今では花屋さんの面影なんてどこにもない。

 

「バカが!」

「ノコノコ出てきやがって」

「村松君!吉田君!」

 

僕が二人を呼び止めようと名前を呼ぶが遅く、二人は見えない死神に単身で特攻を仕掛けていた。

 

――ゴッ‼

 

そんな……二人がたった一撃で……

 

「殺し屋になって一番最初に磨いたのは」

 

そう言った死神は気づけば木村君の前に立ち

 

「正面戦闘の技術だ」

 

その言葉と共にアッパーを死神が繰り出す。

いくら大人と子供だとはいえ、50㎏はあるはずの木村君は天井に体を打ち付けそのまま地面から起き上がらない。

超体操着を着てるため骨折などのケガはしてないはずだが、なんて威力なんだ。

 

「殺し屋には99%必用ないが、これがないと1%を取りこぼす。世界一を目指すなら必須のスキルだ」

 

そう言って、死神が再び動き出し一番奥の茅野の前に

 

「茅野‼」

 

――べキッ‼

茅野のおなかに吸い込まれるように入った死神の蹴り、およそ人から鳴ってはいけない音が鳴る。

 

「それを着てるんだ。これぐらいしなくちゃ、君たちは動けるだろう?」

 

今死神はなんて言った⁉

()()()()()()()()()()()()()』なんでこの人は超体操着の機能を知ってるんだ⁉

そこまで考えたところで僕は決心して、隠していたナイフを抜く。

 

「どいて皆、僕が殺る」

 

なんでこの人は盗聴器を仕込まれる前にもらった超体操着を知ってるのか分からない、けど今ここで倒さないと皆が危ないことだけは確かだ。

出し惜しみは無用だ、正体不明(アンノウン)、猫だましを使ってこの人を倒す。

例え僕が無理でもスキは絶対生まれるはず、そこを皆に突いてもらえば……

さあ、覚悟は決めた。行くぞ死神。

僕は1歩進む事に雰囲気を変える。

僕は……

 

ザッ――――おと「まだまだだね」

 

そう言われた瞬間、僕の足は止まってしまった。

僕の前にいたのは先ほどまでいた姿が見えない者ではない。

僕の正体不明が生やさしい物に感じられるほどの化物がそこに立っていた。

前にいるのは何者なんだ⁉ もはや生き物なのかすら怪しくなる。しかも殺気だけは残っており、少しでも動けば僕みたいな小さな命簡単に刈り取られてしまう。

 

「君がやってるのはあくまでどんな人物か分からないだけだ。本来ならこの技はそこから先の人外の雰囲気を纏う必要がある。そうすれば……」

「あ……ああ……うあぁぁぁ‼」

 

恐怖のあまりすくむ足を叫ぶことによって動かし、死神のノド目がけてナイフを振るった。

 

「ほら、君の波長は簡単に僕が操れるだろう?」

 

――バァァン‼

 

何が……起きたんだ?

何も考えられない……

体も支えられず、地面に倒れる。

そのさなか視界に写ったのは、足を凍らされ身動きできない皆が一方的にやられる姿だった。

まだ1分もたってないのに全滅なんて……

 

「夏休みの君は見ていたが、ロブロや君では単なる『猫だまし』で終わっている。だがこれにはもう一段階先があって、それが『クラップスタナー』という技術だ。人間の意識には波長があり、波が『山』に近いほど刺激に敏感になる。相手の『山』に音波の最も強い『山』を当てるとその衝撃は『猫だまし』の比なんてもんじゃない。当分は神経がマヒして動けなくなる」

 

死神の模範解答を遠くの方で感じながら僕は痛感した。

 

 

 

これが最高レベルの殺し屋なのかと

 

 

 

「君があと数年、今の技術を磨いていたらもう少し歯ごたえを感じたんだが残念だ」

 

その言葉を聞いたのを最後に僕は遠くなりつつあった意識を手放した。




次回も凛香視点からのスタートとなります。

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