魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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99話

 負傷した緋真さんたちは教団内の医務室に運ばれていた。

 病院と合併している教団だけど、あっちは外来の人だけを取り扱っているらしく、教団関係者は内部で治療を行うことになっていた。

 

「緋真さん……っ!」

 

 病室に入るなり、眼を背けたくなるような姿になっている緋真さんに飛びついた。

 

「酷い怪我……ですね」

「あら……みっともないところを見せちゃったわね」

 

 丁度治療が終わったばかりのようで、あちこちに包帯などが巻かれた緋真さんがベッドの上で横になっていた。その隣には父さんもいる。現状は同じように見えた。

 

「お姉ちゃんにここまで傷を負わせるなんて……相手は、月と殊羅なのよね」

「あの二人とんでもないわね。逃げ帰るだけで精一杯だったわ」

 

 最強のA級とS級。アンチマジックの最高戦力とも呼ばれる月ちゃんと殊羅のすさまじさは、疲弊した緋真さんたちの姿が物語っている。

 

「いやいや、逃げ帰れただけでもむしろ大したもんだろ」

「そうだな。無事に戻ってきている辺り、さすがは白聖教団の幹部だな」

「そうでもないわよ。私たちを追いこんだのは、あの月ちゃんっていう女の子一人よ。あの子、信じられないぐらいに強いわね」

 

 以前、屋敷前に緋真さんと月ちゃんは戦っていたことはあったけど、あの時よりも更に強くなっているってことなのかな。

 

「いくら研究所脱出後で弱っていたからとはいえ、幹部二人係で何とか切り抜けられたほどだ。おそらく、あの子一人で僕たちと互角かそれ以上だろう」

「と、とんでもないんですね。月ちゃんって……」

「パッとみた感じは可愛らしいのにね」

 

 中学生ぐらいの人懐っこい子。そんな印象を持っているだけに、暴力的な部分はあまり聞きたくなかった。可愛い子は可愛いままの印象でいたい。イメージが壊されるような情報は余計だ。

 

「そういえば、殊羅の方はどうしたんです?」

「彼なら副リーダーが一人で引き付けてくれていた。幸いにも僕たちのことは眼中にない様子だったみたいでな」

 

 最強の戦闘員とも言われている殊羅をたった一人で相手にしていた、教団の副リーダーって何者なの? と疑問すら湧いてくる。

 その副リーダーはというと、唯一無傷で帰ってきてベッドに腰掛けている。どっちが化け物なのかまるで判別がつかないね。

 

「S級との直接対決。いかがでした?」

「正直なことを言わせてもらいますと、俺には到底手に負えない相手だ」

 

 この発言には、訊ねていた久遠以外が驚いていた。

 

「そうですか。概ね、想定の範囲内になりますね」

 

 リアクションの薄い久遠。その、色々と突っ込みたいところはあると思うんだけど。私の感覚がおかしいのかな。

 

「おいおい……冗談きついぜ。うちの副リーダーですら敵わねえなんて、あいつの実力ってそんなになのかよ」

 

 そう。それ、そんな感じのリアクションが出るよね。まさに私が言いたかったことを覇人が代わりに聞いてくれていた。

 

「さすがに全く敵わないというわけではないが、もしあの男が本気を出せば、俺では太刀打ちできないだろう。それでも組織のためなら、この剣を振るうことにためらいはないがな」

 

 勝てないと分かっている敵でも、戦うしかない。そういう覚悟ができている。

 組織に所属している以上、私にもいつかそんな時が来るのかもしれないと感じた。

 

「可能な限り無駄な犠牲者は出したくはないのですが、現状を踏まえればあなたしかいないのも確か。時がくれば、任せることにしましょう」

 

 今更ながらに思い知らされる。私の今、いる場所のことを。

 私たちは、あのアンチマジックと全面的に戦っていかなければならないんだ。

 たぶん、自己犠牲になれ。なんてことはこの人なら言わないと思う。それぞれの魔法使いにできることだけを割り当てる。そんなやり方をする人なんだろう。

 

「それはいいが、この先俺たちはどうしていく? 緋真と源十郎がこの様子では、慎重に動いていく必要がありそうだが」

「……致し方ありませんね。しかし、今回の緋真たちがもたらした被害は絶大と言えるでしょう。よくやってくれました」

「おかげでこんな目に遭っちゃったけどね」

 

 研究所の崩壊から支部の襲撃。あれだけ無茶苦茶なことをやってのけて、笑い話で済ましている緋真さん。とんでもないことをしたのに、何というか大物感があまりない。

 

「緋真と源十郎にはしばらくの療養期間を与えます。万全の状態で復帰してください」

「了解した」

「分かったわ」

 

 なにはともあれ、みんな無事でいてくれて良かった。それだけで、何だか胸が一杯になってきた。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 茜ちゃんがためらいがちに久遠に呼びかける。

 

「どうしました?」

「緋真さんたちの怪我のことなんですけど……。もしかしたら、私……治せるかもしれません」

 

 治す? 治すって治療するってことなんだろうけど、どこか違う意味にも取れそうな言い方だった。

 

「どういうことでしょうか」

「えっと、上手く説明が出来ないのですけど。たぶん見てもらった方が早いと思います」

「いいでしょう。茜さんにお任せします」

 

 茜ちゃんはうなずきで返し、緋真さんの包帯に手を触れた。

 

「緋真さん。包帯を外しますね」

「ふふ、茜ちゃんの怪我を診てあげたことを思い出すわね」

「あの時とは逆になってしまってますね」

「傷はもうちゃんと塞がった?」

「はい。緋真さんのおかげです。だから、今度は私が治してあげますね」

 

 腕に巻かれた包帯を丁寧にほどいていくと、やがて全体に大きく広がった無数の擦り傷が顔を見せる。

 私にはあれだけ気を付けるように言っておきながら、そのくせ自分が一番無理して、傷ついている。

 

「酷いですね」

「何をするつもりか分からないけど、無理だけはしちゃダメよ」

「大丈夫です。――少し、集中しますね」

 

 茜ちゃんは傷口にそっと手を触れ、大きく深呼吸をした。そして――雰囲気が変わる。

 静かに、鎮かに、寂かに。

 纏う雰囲気が変わり、それは伝染して私たちの口を閉ざした。

 異様な場に包まれ、寂寞とした状況は荘厳な演出をしている。

 茜ちゃんの手には魔力が集められていた。だけど、それは魔力弾のように固めているのではなく、まるで手を覆うようにして形成されている。

 異変はすぐ後に起こった。

 魔力で包まれた手を撫でるように、這うようにしてゆっくりと緋真さんの腕を滑っていく。その後には、信じられないことに傷跡が綺麗に無くなっていた。

 目を疑った。それほどまでに見違えて変わっている。新品の腕と取り換えたかのような、何も残されていなかった。

 

「ふう……うまくいったみたいです」

「茜ちゃん、あなた一体……」

 

 治療を受けた本人ですら何が起こっているのか分かっていない様子だった。しきりに腕を動かし、傷があった場所を食い入るように見つめたりもしている。

 

「なるほど……魔力の操作ですか」

 

 久遠はこの現象を冷静に分析して、納得をしていた。

 

「ああ、それも極めて精密な操作だ。これほどの逸材……僕は今まで見たこともない」

「ど、どういうこと? 分かりやすく説明してよ、父さん」

 

 この場で理解できているのは父さんと久遠しかいなかった。それだけ、珍しいことを茜ちゃんはやったんだろう。

 

「いまやってみせたのは、魔力の操作と言われる行いだ。彩葉たちも魔法使いの血液には魔力が含まれていることは知っていると思うが、それを精密に操作することによって、体内中の不純物を破壊させることが可能だ。その結果、自己回復力を促進させ、異常なまでの速さで回復が実現する」

「そ、そんなことが出来るんだ?」

「理論上は可能とされ、僕も試してみたことはあったが、無理だった」

「父さんって結構すごい魔法使いだよね。それでも無理なんだ」

「操作は極めて繊細な作業だ。ちょっとでも誤れば、体内を傷つけ、取り返しのつかないことに発展してしまう恐れもあるからね」

 

 聞けば聞くほどどれだけすごいことなのか、いまいち分からなくなってきた。

 

「この力って……回復とはまた別物なんですか」

「そうだよ。そもそも魔力には破壊する力しかないからね。その力を使って、あくまでも不純物を取り除いているだけだ。同じような使い方をすれば、病原菌を破壊して、完治を早めることも可能になってくるだろう」

 

 そういえば、茜ちゃんが風邪を引いたときって治りが早かったっけ。それに、殊羅に付けられた手の刀傷だって、跡形もなくなっていた。

 普通、あんな傷なら跡ぐらいは残っていてもおかしくはなさそうなのに、完全に消えていた。

 風邪も一日や二日程度では治りきらないぐらいに重症だったのに、一日足らずで完治した。

 ここ最近のことで言えば、もう一つ。二十九区に渡って来た時に、茜ちゃんは数発の弾丸を受けていた。その傷も今では、完全に癒えている。

 おかしいとは思っていたけど、そういうことだったんだ。そして、そのことに茜ちゃん本人は気づいていたんだろう。

 

「しかし驚きだな。自身だけでなく、まさか他人に干渉するとはね……普通の神経では絶対に不可能なことだ」

「そうなの?」

「自分の魔力を他人の体内へと注ぎ、不純物を破壊しているのだよ。分かりやすく例えると、外科手術のようなものだ」

「つまり……なに? 茜ちゃんは体内にメスを入れている感じってことなの?」

「一歩間違えれば死を招く危険な行為とも言えるな」

 

 魔力を固める魔力弾は、ただ念じて一点に集中させるだけの簡単な技だ。そこに調節を加えると、威力は自由自在に変えることが出来る。

 言ってみれば、握りこぶしを作るような感じ。強く握ったり、弱く握ったりと。そんな感覚に似ている。

 でも、操作はきっとそんな感覚とは違うはずだ。握るこぶしを作るような単純な作業では済まされない。全神経を研ぎ澄まし、まるで爆弾の解体作業でもしているような。まさに命のやり取りを茜ちゃんは成功させた。

 

「ご、ごめんなさい。緋真さん。私、そんなにも危ないことだとは知らずに、勝手なことをやってしまって」

 

 事の重大さを改めて知った茜ちゃんはひどくうろたえて謝った。

 

「いいわよ、それぐらい。上手くいったんだから、気にする必要ないわ」

「だ、だけど、もしかしたら私、緋真さんを殺してしまっていたかもしれませんし」

「茜ちゃんになら殺されてもいいわね」

「え……ちょ、ちょっとそれは私が困ります。もし、そんなことになったら私、自殺しますよ」

「冗談よ。真に受けちゃダメよ」

 

 茜ちゃんなら後追いしそうな気がする。たぶん、自分の過失には絶対に耐えられないはずだから。

 

「だがしかし、その力には危険性もあるが、貴重な才能でもある。もっと、その部分を伸ばしていくべきだろう」

「いいんですか?」

「そのままにしておくよりは、完璧に使いこなせてしまえる方が良いだろう。魔力を精密に操作する魔法使いなんて、かなり稀少だ。君はひょっとすると、新しい技術を生みだす可能性を秘めているかもしれないな」

 

 研究者である父さんがいうぐらいなんだから、相当なものなんだろうね。

 

「でも、どうやって使いこなしていけばいいのですか?」

「それは自分で見つけていくしかありませんよ」

 

 久遠が悟すように語る。

 

「私《わたくし》の知る限り、茜さんほどの使い手はおそらく、過去に数人ぐらいしか確認されていない技術です。ですので、私《わたくし》たちから助言を与えることは不可能です。自力で解決してもらわなければなりません」

「そう……ですか。分かりました。すでにこの力は何度か使っていますから、実はちょっとだけコツも掴めてはきているんです。このまま自力で頑張ってみます」

 

 残念だけど、こればっかりは仕方ないよね。何か力になってあげたいけれど、私は魔力弾ですら苦手だから黙って見守ってあげることしか出来ない。でも大丈夫、茜ちゃんならそのうち物にしてみせる筈だ。私はそう信じている。

 

「まさか、魔力を持って一年にも満たない者があなたと同じ、大魔法使い級に名を連ねるほどに成長するとはな」

「これほどの逸材と出会えるとは思いもよらないことでした。将来への成長を期待させてくれます」

 

 ずっと昔から寄り添ってきた親友に期待が寄せられ、何だか私も誇らしくなってきた。

 

「大魔法使い級って言ってたわよね。何なのよそれ? アンチマジック内でもそんな呼ばれ方をする魔法使いは聞いたことがないわよ」

 

 さっきの会話中で出てきた単語。茜ちゃんが褒められていたことを気にするあまり、思わず聞きそびれてしまうところだった。

 

「知らねえのも無理はないだろうな。大魔法使い級なんてのは、ごく一部の限られた魔法使いしかいねえし、上層部で直接その目で見たって奴なんていないんじゃねえか」

「そうだろうな。おそらく、国内での大魔法使い級は久遠しかいないだろうし、現アンチマジックのメンバーはおろか、ほとんどの魔法使いは存在すら把握していないはずだ」

 

 そこまでいけば、もう都市伝説とかになってそうな気がしてきた。

 

「具体的に大魔法使い級というのは、どれほどのものなんだ?」

「通常の魔法使いとは一線を画した者たちのことだよ。ある者は天候に干渉し、自然災害を意図的に引き出し。また、ある者は並外れて魔力の使い方が上手かったりと、桁違いな魔法のセンスを持っている連中だ。……プロと達人の違いと言えば分かりやすいか」

「はっきり言って目指そうと思って目指せるような物じゃないわよ。誰にだって自分自身の限界を感じる時がくるように、才能やセンスと言い換えちゃってもいいわね」

 

 魔力や魔法は人でいうところの筋力のようなものだ。だから、鍛えようと思えばとことん鍛えて、強化していける。でも、いつかは成長も止まって、そこが自分の限界だと感じてしまう。

 出来る人と出来ない人の違いは何かなんて分からない。でも、得手不得手で言い表せられるようなことじゃないことは確か。

 魔力弾を作ることが苦手な私だけど、頑張ればそれなりにまともなのは作れる……はず。だから、それは努力でどうこう出来るレベルの話しだ。決して、不可能じゃないことではない。

 だけど、茜ちゃんの力は生まれ持った才能やその人だけの独特のセンスとも言える。ようは、自分だけが持っている個性みたいなものなんだと思う。それを真似したって似たようなものには近づけられるけど、完璧にはなれない。つまり、なれる魔法使いはなれる。なれない魔法使いはなれない。そんな運命なんだろう。

 

「限界を……超える、か」

 

 神妙な顔でボソッと呟いた纏の声が聞こえた。私はそんな言葉になんだか含みを感じてしまった。

 

「どうしたの?」

「いや……そうだな。試すだけは試してみるか」

 

 心配して声を掛けてあげたのに一人納得して落ち着てしまった纏。なんだったんだろう。

 

「あの、零導白亜と言いましたよね」

「……どうした?」

「零導さんは魔法使いの中でもかなりの使い手ですよね」

「一応、これでも副リーダーとしてマスターの側に控えている身だからな。その言い方に間違いはないだろう」

 

 組織のナンバー2でS級と互角で戦える魔法使い。はっきりいって格の違いが出てくるほどだろう。

 

「お願いがあります。一度、本気の俺と戦ってもらえませんか?」

「ちょ、ええ――っ! いきなり何言ってるの纏?」

「止めないでくれ。俺は、俺自身の力の限界を見極めてみたいんだ」

 

 そんなかっこいい事を急に言われても。なんて茶化したい気持ちもあるけど、真剣さが伝わり、言葉を飲みこんだ。

 

「……なぜ、俺に頼む?」

「剣の使い手として指南してもらいたいというのもありますが、なにより俺の中に眠る力が暴走した際でも、適切な処置を施してくれそうだからです」

 

 腰に提げられている一本の刀。実際に刀を振るっているところは見たことがないけど、一目で分かる。私なんかでは足元にも及ばないってことが。

 殊羅も剣を持っていたけど、とは言っても鞘付きだけど、凄まじい使い手だった。アレと同等だとしたら、纏なんか殺されてしまうんじゃないかな。力関係なら、私と纏は同じぐらいだと思うし。

 

「白亜、相手をしてあげなさい。おそらく面白い物が見られるでしょう」

「あなたがそういうなら構わないが」

 

 段々ととんでもない方向に話しが進んでいっている。止めない方が……いいんだよね。

 

「ありがとう」

 

 私たち全員が知らなかった、纏の隠している正体。言い方からして、危険性が高いんだろう。それが一体どう影響を及ぼすのか計り知れないけど、嫌な予感だけは渦巻いていた。


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