魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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98話

 私たちが正式に白聖教団所属になり、とは言っても纏は協力者という立場なんだけども。一応ながら、専用の部屋を用意してもらえた。

 私たち女の子組と纏の別々に当然用意してくれ、覇人は元からある個室を使う。

 そうして、白聖教団内での新しい生活が始まった。

 

「結構私たちも馴染んできたよね」

「この部屋の有様を見ればね」

 

 最初は物置として使っていた部屋だったらしくて、手始めに掃除をして、適当に女の子っぽくそれぞれの趣味を反映させたような部屋へと作り替えた。

 それらの作業を終えた頃には数日が流れていた。

 

「随分と好き放題に作り替えてしまいましたけど、良かったのでしょうか」

「いいんじゃない? せっかくの個室なんだし。それに、変に気を使いながら生活していくのもしんどいし」

「そうね。気楽でいいわ」

「そ、そういうものなんですか」

 

 どうやら茜ちゃんはまだ、他人の家に住まわせてもらっている。そんな気持ちを抱えているっぽい。

 まあ、確かに生活そのものが変わってしまったんだし、落ち着かない気持ちも分からなくもないけど。

 

「引っ越ししてきたような感覚だよね」

「あ、そう言われるとそんな感覚がしますね」

 

 ほら、気の持ちようなんだよね。こういうのは。

 

「でしたら、ちゃんと部屋の掃除、整理整頓はしっかりしてくださいね。散らかしっぱなしはダメですよ。――あと、彩葉ちゃん」

「な、なにか?」

「朝寝坊もちゃんと治すようにするんですよ。私が同室してますから、ゆっくり寝るなんてことはさせませんよ」

「じゃあ、起こしてもらえるってことだよね」

 

 寝かせない。なんてことを言ってくれるんだから、そういうことだよね。

 

「最初だけ、ですよ。ちゃんと起きれるようになるまで、私がしっかりと面倒みますから」

「えー……そういうのは別にいいんだけどなぁ」

「ダ・メ・で・す。もう、蘭さんからも何か言ってあげてください」

 

 そっちに助け船を出すのは止めて欲しいんだけど。蘭のことだから、絶対に暴力に出てくるはずだから。

 

「起きないのなら、叩き起こせばいいのよ。そうしたら、そのうち嫌でも起きるようになるわ」

 

 ほら、やっぱり。

 

「でもさすがに叩き起こすのはかわいそうですよ」

「彩葉にはそのぐらいが丁度いいのよ」

「ぜんっぜん良くないから。目覚ましは茜ちゃん担当。それでいいよね」

 

 名案。やっぱり三人で過ごすからには役割分担って大事だと思うんだよね。

 

「そっちの方が良くないわよ」

「ですね。彩葉ちゃんの目覚まし担当は私と蘭さんの二人にしましょう」

「いいわ、覚悟してなさい」

「なぜに暴力前提……っ?! やめよ、ね? そういうの」

「問答無用よ。その甘え切った態度を叩き直してやるわ」

「暴力反対」

「うっさいわね」

 

 言ってる側から一撃入れてくる。

 蘭を教育関係に積極的に絡ませるのは危険だ。

 

「ほどほどで大丈夫ですからね」

 

 たぶん、茜ちゃんのフォローは無意味に終わりそうな気がする。

 ああ、新生活が怖い。

 

「そうだ。そろそろ何か食べに行かない? 朝から一気に疲れたから、お腹空いたよ」

「あんたが疲れさせたんでしょうが」

 

 すんごい怒ってる。これからの朝はもう少し穏やかにできるように努力しよう。

 

「まあまあ、取りあえず食べに行きましょうよ」

 

 半ば、茜ちゃんに押されるように形で部屋から出ていく。

 戸締りは例のカードキーで行っている。

 父さんから預かっていたカードキーは返却し、私たちは各自、白色のカードキーを貰っている。それは簡単に言ってしまえば家の鍵であり、それ以外にも教団内の一般的な施設の開け閉めができる代物になっているという説明を受けた。謎は多いけど、技術だけは最先端をいっているのは分かる。

 朝ごはんを食べる話にはなっているけど、教団内には食堂という場所はない。それらしき場所があるにはあるけれど、食事目的以外にも使われている。いわゆるリビング的な場所。教団関係者の共用スペースだ。

 教団員たちがだらけ合ったり、気の合う者同士が集ったり、あるいは任務の進捗状況がどうのこうのと話し合ったりするのに使われている。

 そもそも、日常生活で必要不可欠な要素は各部屋の中に一通り揃っていたりする。だから、わざわざこんな場所にまで移動してくる必要ないけど、ちょっとでも教団に馴染めるようにするためにもこっちに来ているのだ。

 

「さて、今日のメニューは何かなっと」

 

 料理が趣味な教団員たちが、朝昼晩と作り置きをしてくれている。メニューはその時々の気分らしいので、何が置かれているのかは誰も分からないし、誰が作っているのかも分からない。リクエストを出すこともできないらしいけど、気まぐれで要望を受け付けているときもあるのだとか。

 更に付け加えると、作り置きされている量もその日ごとに違っていたりもする。多かったり少なかったり、いい加減な量である。調理者曰く、食材の都合があるのだとか。

 あくまでも趣味で教団員たちが勝手に作っているだけなので、その辺りは運任せというか、どうしようもない部分でもある。

 共用の台所で置かれている朝ごはんを手に取り、適当に空いている席に向かう。

 

「私たちもそのうち、ここで作ってあげるようにしましょうか」

「う、うーん。いいけど、早起きからの料理はつらいなぁ」

「あたしは、料理がちょっと苦手ね。煮たり、焼いたりするだけの単純な物かインスタントぐらいしか用意してやれないわ」

「そうですか……」

 

 見るからに残念そうにする茜ちゃん。性格的に受けた恩は返したいとでも思っていそう。

 

「でしたら、今度からは自分たちの分だけでも用意するようにしますね」

「いいの? ここに来た方が楽じゃない?」

「いいんです。私が好きでやるだけですから」

 

 母子家庭で育ってきたこともあって、家事全般は母親と一緒にやってきているので、料理もお手の物だ。私も何度かバイト帰りにお世話になったこともあるし、腕前は十分あることも知っている。

 

「分かった。じゃあ、たまには手伝わせてもらうね」

「大したことは出来ないと思うけど、あたしもやるわ」

「ふふ、その時はよろしくお願いしますね」

 

 綺麗に真っ二つに割れた割りばしで朝ごはんを食べ始める。そのしばらくした後に纏たちの姿を発見した。

 二人は自動販売機に立ち寄り、たまたま私と目が合ったおかげで、こっちにやって来る。

 

「おはよう。彩葉たちは朝ごはんの最中だったんだな」

「なんだ? 意外と遅かったんだな」

 

 向かい側に座って、ちょっと失礼なことを言ってくる

 

「……缶コーヒー?」

「? ああ、これか。そうだが、どうかしたのか?」

「コーンポタージュとかお汁粉じゃないんだ」

「なぜそうなる……」

「いや、だってさ。この前、朝ごはんに用意してたじゃん。だから、てっきりそうなのかなって」

 

 コーンポタージュはいいとしても、お汁粉はどうかと思った、忘れもしない衝撃の朝のこと掘り返してみる。

 

「あのなあ、いつもそんなものを食べてるわけがないだろ」

「違うんだ?」

「あの時は、まともな食べ物がそれしかなかったから、仕方なかったんだよ」

 

 そういえばそうだっけ。用意されていた物のインパクトが強かったから、よく覚えていないや。

 

「あんたたちはもう済ましたのかしら? まだだったら、たぶん残りはあると思うから、貰ってきときなさいよ」

「ああ、部屋でもう喰ってきたぜ」

 

 これまた驚き。部屋で食べたってことは自分たちで用意したんだ。

 

「つってもインスタントラーメンだけどな。カップの奴」

「あんたら朝から濃い物食べるわね」

「それしかなかったからな」

 

 なんだろうこの感じ。放っておけば、そのうち肉しかなかったりしたら、朝からステーキとか焼いて食べそうな勢いだ。

 この二人って感覚がおかしいんじゃないのかな。それとも男の人って毎朝そんな変なのばかり食べてるの? いや、違うよね。この二人が異常なだけだよね。少なくとも、父さんは普通だった。

 缶コーヒーを飲んで一息つかせた纏はおもむろにため息を出した。

 

「さすがにラーメンはきつかったな」

「いや、まったくだ。懲りたぜ」

 

 そりゃそうだ。

 覇人はため息代わりに紫煙をくゆらせていた。

 

「良かったら、今度から作りにいってあげましょうか」

「いや、それには及ばないよ。二人で話し合って、今度からここで食べることにしたからさ」

「うん、絶対そうするべきだよ」

 

 強く言っておく。この二人の健康のためにも。

 やがて纏と覇人は缶コーヒーを飲み終わらせ、私たちも朝ごはんを済ましたころ。一際目立った存在感がやってくる。

 みんなついついそっちに目が行き、軽く会釈をしていた。その場違い感のありそうで、意外と絵面的には悪くない存在が、当然のように私の視界にも入っていた。

 

「お食事の方は済ませたようですね」

「ついさっきね」

 

 白聖教団リーダーの如月久遠は、私たちの方へと一直線に向かってきた。

 

「教団内にも慣れてきましたか」

「はい。住み心地のいい場所です」

「ま、悪くはないわね」

「ここはあなた方の帰るべき場所。満足してもらえているのなら、結構です」

 

 生活環境も人付き合いも安心。なんだか、真っ当に暮らしていたころの環境を思い出しそうだ。

 

「にしても、わざわざこんなところにそれだけ言いに来たのか? ウチのボスにしちゃあ珍しいこともあるもんだぜ」

「……」

 

 気楽に語る覇人の口調が空気に伝染していくも、如月久遠は涼し気に流した。まるで、そんなことはどうでもいいとばかりに。

 

「付いてきてください。たったいま、緋真たちが戻ってきました」

 

 立ち去ろうとした背中越しから、如月久遠は短くそれだけ言った。


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