魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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93話

 ふと目を覚ますと、朝焼けを迎えたばかりの駅の構内に私はいた。

 まだわずかな暗さを残した空が二度寝を誘ってくるなか、隣に寄り添っていた重みに気づいて、態勢を変えようと動かした身体が止まる。

 

「あ、起きたみたいですね」

 

 ぼやけた頭と視界が捉えたのは、日も昇りきっていないというのに、完全に目が冴えていた茜ちゃんだった。

 

「おはようございます」

「お……おはよう?」

「どうして疑問形なのですか? あ、もしかして、まだ寝ぼけているみたいですね」

 

 仄かに伝う茜ちゃんの体温が、まだ少しだけ冷える朝の気温を紛らわしてくれている。

 目が冴え切らないのはきっと、そのせい。

 冬の朝に布団から中々出られないのと同じ原理。

 

「もう少しだけ……」

「ダメですよ。もうみんな起きてますから」

「まだ朝じゃん」

「朝だから起きるんですよ」

 

 ですよね。普通はそうだよね。変な時間に起きてしまったせいでちょっとぼけているみたい。けど、いくら何でも朝早すぎないかな。

 

「もう、仕方ないですね。あとちょっとだけですよ」

 

 やったね。許しが出たから早速、二度寝をしようっと。

 

「あんたね。なにを甘やかしているのよ」

「あ、蘭さん。周囲の様子はどうでしたか?」

 

 タイミングの悪い時に現れるね。起きたことに気づかれた……かな。

 

「問題なさそうね。纏の姿も確認したし、もうそろそろ帰って来るわ」

 

 会話の流れ的に魔眼を使って、駅周辺を見張ってくれていたみたい。朝から大変だなぁ。

 

「それよりも、あんたはとっとと起きなさい」

「――痛い……っ!」

 

 例の如く、蘭による目覚ましの一撃を頭に入れられる。そこそこの痛みを感じつつ、目を開けると蘭の怖い顔。寝起きに見るような表情じゃない。

 

「起きているのは分かってるのよ」

「じゃあ、何も叩かなくてもいいじゃん」

「そんなことしたところで、あんたのことだからどうせ寝たふりでもしてやり過ごそうとするじゃないのよ」

「……そ、そんなことないし……ちゃんと起きるし」

 

 五割の確率で、だけどね。にしても、蘭も結構私の性格を理解してきているみたいで、嬉しいような嬉しくないような。おかげで誤魔化すことも難しくなりつつある気がする。

 

「子供みたいなことを言ってる暇があるなら、顔でも洗ってきなさい。でないと、殴って目を覚まさせるわよ」

「……鬼。もうちょっとこう、茜ちゃんみたいな優しさがあってもいいと思うのに」

「あたしには無くて悪かったわね。ほら、さっさと準備してきなさいよ」

 

 仕方ない。とりあえず言われた通りに顔でも洗ってこよ。

 駅のトイレで軽く顔を洗い、鏡に映ったもう一人の私と見つめ合う。

 寝不足気味でだらしのない顔。今の私ってこんな顔をしているんだ。

 昨日……というより日付的には今日。

 緋真さんたちがアンチマジックの二十九区支部を襲撃し、戦闘員が一斉に集結してきた事件から夜が明けた現在。私たちは戦闘員が乗ってきたスポーツカーを強奪し、逃走。無事に逃げ切ることが出来た私たちは、途中で立ち寄った駅で仮眠を取ることにしたのだった。

 けれども、仮眠程度ではあまり疲れも取れていなかった。鏡に映っている私の眠たそうな顔がその証拠。だけど弱気はいってられないよね。あと、もう少しで本来の目的地に着けるんだから、ここらで気合を入れないと。

 トイレから蘭たちが待っている場所へと移動がてら、構内やホームに目を通してみる。

 始発電車はもうそろそろ出発しようかという時間だけど、人は誰一人として見当たらない。それもこの惨劇を見れば、納得がいくものだと感じた。

 私たちと同じように、戦闘員と争った形跡があちらこちらに生々しく残っていたから。あの事件が起きて、どの魔法使いも考えることは同じだったみたいで、公共交通機関を使って逃亡しようとした。でも、結局争うことになってしまった。

 唯一の救いは、ここに死体が一つもないこと。無事に逃げ切れたことを祈っておこう。

 寂れた哀愁漂う駅は、廃線も同然と思わせてくれた。捨てられた駅。

 再建はすると思うけど、この分だと相当な時間がかかりそうだった。

 ゆっくりと歩きながら、茜ちゃんたちの元に戻ってくると、そこには纏の姿もあった。

 

「おはよう。目は覚めたか」

「うん、バッチリ」

「そうか。それは良かった。それと、彩葉どっちがいい?」

 

 そう言って差し出してきたのは、缶に入ったコーンポタージュとお汁粉。たぶん、その辺にある自動販売機で買ってきたやつ。

 

「なにこれ?」

「見ての通り朝ごはんだ」

「あ……あさ、ごはん?」

 

 コーンポタージュはいいとしても、なぜにお汁粉? 寝起きから食すものでもないような。何というか、斬新な朝ごはんだね。

 

「近くのお店は深夜の争いで潰れてしまったみたいです」

 

 ああ、それでこのラインナップね。納得。

 

「食料がないだけマシだと思うことね。あんたも何か食べておきなさいよ」

 

 確かにそうだよね。この環境下だと、緋真さんとサバイバル生活をしていた日々のことを思い出す。何か食べれる物があるだけでも十分と言える状況だ。

 

「どっちもホットで買ってきているんだ。早く受け取ってくれないと冷めてしまうぞ」

「えっと、じゃあ。コーンポタージュで」

 

 受け取った缶はまだ仄かに温かくて、その温もりが冷めないうちに蓋を開けて口を付ける。流れ込んできた少量のコーンを食べていると、なんだか朝ごはんを食べているような気がしてきた。

 丁度そんな頃、まだ暗さが残っていた遠くの空には陽が昇り始めようとしていた。私はコーンポタージュを片手にして、無心になって見入っていた。

 夜が明ける。

 思えば、陽が昇る瞬間を見るのは初めてかもしれないなぁ。

 

「そういえば、覇人はどこに行ったの?」

 

 朝からずっと見掛けていなかったけど、やっぱりいつも通りフラフラとどこかに遊びに出かけているのかな。

 

「知らないわよ。大体、勝手にいなくなることなんていつものことじゃない」

「早くから車に乗ってどこかに出かけて行ったところを見かけましたけど、まだ帰ってきていませんね」

「ふーん。ドライブかな」

「アンチマジックの私物でドライブなんて、アイツ頭おかしいじゃないの?」

 

 うーん、否定してあげられないのが残念。半ば強引に奪い取ってきた車だし、それでドライブなんてかなりの極悪人だ。

 

「覇人はついさっき俺と戻ってきたところだ」

「あんたたち一緒に買い物に行っていたの?」

「たまたま同時に戻ってきただけだ。それよりも、全員が揃ったのならそろそろ出発しておきたいのだが」

「え~もう行くの?」

「午前中には到着しておきたいからな」

 

 私まだ寝起きでそういう活発的な動きには身体が付いていきそうにないんだけどなぁ。

 

「そういうことでしたら、早速行きましょうか。さ、彩葉ちゃん。行きますよ」

「うん……そうだね。あともう少しだし、頑張ろっか」

 

 気持ちも入れ替えて、ホームを後にする。

 駅前の広場に出ると、覇人は退屈そうにタバコを吸いながら車にもたれ掛かって待っていた。

 

「お! やっと来たか」

「待った?」

 

 デートの待ち合わせでありそうな挨拶を交わす。雰囲気は全然似ても似つかないけど。

 

「待ちくたびれたぜ。つーか、彩葉はよくあんな場所で爆睡なんて出来るよな。お前のそういうところって、すげえなぁって思うぜ」

「ええ、それに関しては同感よ。あんたぐらいじゃないかしら、ゆっくり寝られたのは」

「寝る子は育つって言うし、いいじゃん別に」

 

 悪い事ではない……よね。

 

「どこでも寝れるのはある意味羨ましいですよね」

「こんな状況でもしっかりと睡眠を取れることは、確かに羨ましいな。俺なんて中々寝付けなかったからな」

 

 ああ、そんな話を聞かせないで。呑気に眠りこけていたことに対しての罪悪感を持ってしまうよ。

 

「だったら車の中で寝ておけよ」

「いや、遠慮するよ。あと一息だとはいえ、何が起きるかは分からないしな」

「……そうかい。じゃあ、そろそろ行くとするか。まだ結構距離はあるから、疲れたら休んでおけよ」

 

 奪った車の後部座席に乗り込む。女子三人と前に男子二人。四人乗りの車だけど、詰めて座ればそれほど苦にもならない。

 緩やかに発車し、段々と速度が上がっていく。私はぼんやりと車窓から流れる景色を眺めておく。

 線路沿いを進んでいき、次の駅が見え始めた頃に速度も緩まっていく。そこでは、すでに警察がバリケードを張って通行止めをしていたからだ。

 遠目から見ても分かる様にここでも同じように駅前に戦場の跡が残っている。更には線路上に電車が脱線しており、先頭車両の一部が道路に飛び出し、行く手を阻んでもいた。

 相当苛烈な戦いを繰り広げられたらしいことは明らかだった。

 

「どこも酷い有様ね」

「考えることはみんな同じらしいな」

 

 公共交通を使っての移動。だけど、それはアンチマジックも同じ。

 結果的にここで鉢合わせてしまい、裏社会の逃れられない運命を辿った。

 魔法使いが死に、人が死ぬ。裏社会ではよくあることで済まされても、表社会には露見させてはいけないこと。

 何も知らない一般人が途方に暮れた様子で壊れた駅を眺めている姿もある。

 今頃になって気づいた。そんな様子で眺めている。

 関わりにならないよう、迂回してまた緩やかに進んでいき、駅から少し離れたところにある住宅街の方へと入っていく。そこはまるで、駅前とは別の世界のようにも思えるほどに綺麗な世界が広がっていた。

 町中が壊れた様子もない。誰かが亡くなった様子もない。騒ぎが起きた様子もない。

 いたって平凡で、当たり前の姿。ここ人たちはきっと、昨日までとあまり変わらない朝を迎えることが出来るだろう。

 

「この辺りには被害がなさそうですね」

「アンチマジック支部から離れているおかげで、警察も町の治安維持に集中できたのでしょうね」

「騒動の中心から随分と離れてきているからな。ここから先は平和そのものな日常が見られそうだ」

 

 まだ寝静まっている町並みを見ていると、あぁ平和だな。て思えてくる。こんなありふれた日々の中に私も組み込まれたい。

 

「平和……か。そう長くは続かねえだろうけどな」

「どうしてそう思うのですか?」

 

 いきなり物騒なことを言い出した覇人に疑問を持ちかける茜ちゃん。せっかく普通の日常に見惚れていたのに水を差された気分。

 

「この数日で裏社会の内情は結構変わっちまったからな。裏が変われば、表にも多少の変化が起きるもんなんだよ」

「裏の戦闘の激化。それに伴って警察機構が多忙な毎日を送り、疲弊していく。この世は表裏一体なんだな」

 

 アンチマジックのリーダーが変更されたせいで、魔法使いと人の争いは増え、警察も連日深夜に発生した被害の情報隠蔽と混乱の沈静に振り回されてしまっていた。

 

「そういう意味でしたら、今回の騒動で一旦争いは止まりそうですね」

「そうね。支部がなければ、アンチマジックもしばらくは動かけないわ。態勢が整ってくるまでは、裏も表も静かなものでしょうね。しばらくは表の治安維持と復興作業。あとは警察機構の休息。しばらくはこれに集中してくるでしょうね」

 

 仮初の平和。これが恒久的に続けばいいのにね。

 

「緋真さんって、そこまで考えて行動していたのかな」

「いや、それはないと思うぜ」

「確かに研究所での事を考えると、そこまで頭が回るような人物ではなさそうだ」

「あんたたちは、お姉ちゃんを何だと思っているのよ。命救ってもらったのだから、感謝ぐらいしなさいよ」

 

 あー、蘭の機嫌が悪くなってしまった。昔から姉妹のように育ったって聞いたことがあるし、蘭ってかなりのお姉ちゃんっ子なのかもしれない。

 

「緋真さんに助けてもらったのってもう何回目だろうね。なんかいっつも迷惑ばかり掛けてるような気がするし、次にあった時に何かしてあげたいね」

「そうですね……でしたら、プレゼントを贈ってみるのもいいかもしれませんね」

「あ、いいんじゃない。それ。今度探しに行ってみようよ」

「もちろん、あたしも付き合うわよ」

 

 何がいいんだろうね。緋真さんのことだから、何を贈っても喜びそうな気がするけど。こう、気の利いたやつをあげられたらいいな。

 

「この手の話しになると、女ってすっげぇ盛り上がるよな」

「確かにな。俺なら自分で色々考えて内密に進めていくが」

「なんだ? お前も贈るつもりなのかよ」

「いや、その予定はないが、礼ぐらいは言っておくべきだろう」

「律儀だねぇ。あいつには必要ねえと思うけどな」

「相手の人格は関係ない。人としての常識だ」

 

 纏は車内に取り付けられているラジオをいじりながら話した。

 

「――――――」

 

 耳障りなノイズが走りだす。纏はなおもラジオをいじりつづけ、しばらくノイズを聴いていると、不意に電波を受信する。

 

『アンチマジック二十九区支部周辺で起こった、テロリストによる襲撃事件についてお伝えします』

 

 その一文で車内が静まり返る。まるで凍り付いたように。

 私たちは一言も発することなく流れてくる言葉に耳を預けることだけに集中することにした。

 

『複数名から構成されたテロリスト集団は突如として数件の放火を行い、その後アンチマジック支部を襲撃。各地から迅速に集った戦闘員はこれを食い止めるべく応戦しましたが、間もなく支部は陥落しました。瞬く間に戦火に包まれた町でしたが、幸いにも最高ランクの戦闘員が介入し、テロリスト集団は一掃され、現在は収束へと事態は進んでいる模様です。

 今回の被害による町の住民にけが人は奇跡的に出ておりません。しかし、アンチマジックの被害は甚大なものであり、ほぼ壊滅的な状態となっております。

 被害内容は以下の通りとなっており、五名のB級戦闘員が戦死。他、多数の戦闘員が戦死しました。これによって、アンチマジックは今後、町の復興作業を行いながら、態勢を立て直していくようです。

 アンチマジック二十九区支部周辺で起こった、テロリストによる襲撃事件ですが、事態は沈静化され、現在は収束へと向かっている模様です』

 

 そこでラジオは途切れた。纏がラジオの電源を切ったからだ。それからはというと、張り詰めたような緊張感が車内を支配していた。

 

「まさか、本当にあの人数で陥落させたと言うのか……」

「俺らの副リーダーさまも出向いているしな、連中では荷が重すぎたんだろうぜ」

「それとお姉ちゃんの活躍があったおかげよ」

「簡単に言っているが、とんでもないことをしたぞ」

 

 実際、考えてみると本当に凄い偉業だと思う。

 私たちなんて、駅前に現れた百人規模ぐらいの戦闘員を相手にするので手一杯だったのだから。そう考えると私たちとの格の差を感じてしまう。

 

「確かに凄いですけど。ですが、もう一つ気になることが……最高ランクの戦闘員も介入したそうですけど、それってもしかしてあの二人なんですよね」

 

 いまの二十九区に居る最高ランク。間違いなくあの二人のはず。その答えを蘭は告げてくれた。

 

「ええ。月と殊羅のことね。あの二人が向かったというのなら、少し現状が気になるわね」

「緋真さんたちは無事なのでしょうか。おそらく、かなりの過激な争いを繰り広げることになったと思うのですけど」

 

 月ちゃんと殊羅の強さは私もよく知っているし、緋真さんたちの実力も知っている。ほぼ同じぐらいの戦闘能力を持った者同士がぶつかり合えば、怪我どころでは済まなさそう。

 

「厄介な連中だが、あいつらなら問題ねえだろうぜ。何といったっても、キャパシティの幹部が三人も集まってんだ。そう簡単に遅れは取らねえよ」

 

 研究所内で月ちゃんたちと対峙した時でも、私たち側が圧倒的に不利と思えるような状況じゃなかった。特にあの緋真さんたちのリーダーと言われていた人に限っては、味方になれば頼もしさすら感じるぐらいだった。

 

「そうだな。あの人たちのことなら、いくら気にかけたって仕方がないだろう。俺たちとは最早次元が違うようだし、無事な確率は遥かに高いだろう」

 

 なんの保証もない希望的観測。だけど、緋真さんたちならば不思議と期待出来てしまう。

 そう思わせれるほど、十分な力を私たちは目の当たりにしてきたのだから。

 いまは、無事を信じる。それだけのことを考えておこう。


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