魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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92話

 葬式帰りにも思える黒服集団の正体は、私たちを死へと送る団体だった。

 敵の追加に嫌な気分にさせられている中、蘭が最初に口を開く。 

 

「……柚子瑠」

「蘭。てめえ、前回の橋の件といい、今回といい。魔法使いになってから、随分と見境なくなったみたいだな」

「あんたには言われたくないわ。――《紅の蹂躙》」

 

 どこにいても目立つような紅い髪が特徴的な女性。華南柚子瑠の二つ名。

 両端《ターミナル》で一度戦った経験が思い返される。歴然とした差を見せつけられ、あと一歩というところで私たちは殺されかけたことを。

 キャパシティ幹部である覇人にまで迫るかもしれない実力の持ち主。

 いま、現在。集まってきている戦闘員たちの中でも間違いなく最高の戦力の一つに数えられる存在が目の前に現れてしまった。

 

「それにしても、まさかまたアンチマジックの管轄下で事を構えることになるなんてよ。しかも今度は、ウチらの戻る場所をあんな風にしてくれやがってよ。随分とまあ、思い切ったことをしでかしてくれたもんだぜ」

 

 確かにそうだよね。陽動として目立つ何かをするとは聞いていたけど、まさか支部を燃やすなんて行動に出るなんて夢にも思わなかったよ。

 

「思い切ったことをしているのは、アンチマジックも同じじゃないですか。この数日間でどれだけの死人が出ていると思っているのですか」

「あの野郎の命令なんざ知るかよ。研究所の襲撃犯と逃げ出した魔法使いを炙りだすためだとか何とか言いやがってたけどよ。いくら裏側の事情だからといって、これだけ派手にやっちまえば、問題は表側にまで拡がってんだ。警察の連中がひっきりなしに事後処理に動き回ってるもんだから、治安悪化に繋がっちまって苦情が回ってきてるんだぜ」

「とりわけ深夜の出動回数が一段と増えているからな。一般人の不安が募ってしまうのか」

「警察の人たちの手が回らなくなってしまうのも無理ないかもしれませんね」

 

 そういうことなら苦情や愚痴の一つがあってもおかしくはないね。うん、気持ちは分からなくない。

 

「そして今回の支部襲撃。ありゃ、前代未聞の事件だぞ。両端《ターミナル》だけに飽き足らず、ここまでのことをやらかすなんて――」

 

 不意に押し黙る柚子瑠。しばらく考え込んだ様子を見せた後、黙った時と同じく不意に声を漏らす。

 

「……支部襲撃なんて大それたことをこいつらだけで出来るのか。……待てよ、そういや情報とも一致してねえ……そうか、てめえら二手に分かれやがったな」

 

 勝手にしゃべって、勝手に納得している柚子瑠。独り言をつぶやいたことで何か考えがまとまってしまったのかもしれない。

 

「アレをやったのは脱走したキャパシティ幹部だな。そうだろ、研究所襲撃犯の魔法使い」

「あんた、知っていたの?」

「天童守人から特徴を聞いたときに、てめえらのことだとすぐに分かったよ」

 

 襲撃犯のメンバーに新局長の息子がいるのだから、そのことを知っている柚子瑠なら簡単に特定されてもしょうがないかも。

 

「にしても、これだけの大事件とあっちゃあ、やっぱり背後にはキャパシティが絡んでやがったか」

「B級戦闘員のあんたなら、キャパシティ関連のことは放っておくわけにはいかないわよね? 今から支部に向かえば、脱走した幹部に会えるわよ」

 

 キャパシティに関わるには、上位の戦闘員でないと危険すぎると言われているらしい。だから、一般的にはほとんどの戦闘員は存在すら知らない人が多い。でも、柚子瑠ぐらいの戦闘員なら話しは別ってことだね。

 

「はっ! どうせそっちはてめえらを逃がすための陽動か何かだろ。んなもん放っておいても構わねえよ」

「B級のクセに小物の相手をするってわけ? ランク相応の相手を選ぶべきよ」

「てめえらが小物だと……? 笑わせんな。両端《ターミナル》を落としておいて、そんな言い訳が通用するわけねえだろ。つーか、てめらには一度、ウチは負かされてるんだぜ。どこが小物だよ」

「キャパシティの幹部よりも上に見られてるってこと? 私たちは」 

「それはねえけどよ。だからといってこっちの方を見て見ぬ振りをするってわけにもいかないだろ」

 

 普通に否定された。しかもはっきりと敵対心を示してきたし。

 

「それに、あっちにはウチよりも最適な二人組が行くだろうしな、ウチは余計なことを考えずにてめえらの相手をしてやれるってわけだ」

「最適な二人組……。水蓮月と神威殊羅のことか」

 

 ああ、そっか。二人とも二十九区で私たちを探しているのだから、来ていてもおかしくはないね。

 

「こういう事態に関しては、青髪のチビッ子なら飛んでくるだろうよ」

「あの子なら間違いないわね。でも、めんどくさがりな殊羅が足を引っ張るかもしれないわよ」

「それはあり得るかもな。ま、あいつが興味を持つかどうかの問題だろうぜ。最悪、あのチビッ子が一人でも来るだろ」

 

 裏社会を揺るがす大事件だというのに、興味が湧くかどうかでしか動かないなんて、色々な意味で大物さを感じさせる人だ。

 

「やれやれ、あいつが来ることだけは勘弁してもらいたいぜ。あの男、どう考えてもヤバいだろ」

「ああ、あいつの強さは次元が違いすぎるからな。ウチ程度が挑んだどころで片手で捻り殺されるだろうぜ」

 

 殊羅の強さは言葉で上手い例え方が見つからないほどに強い。それは一度戦ったことがあるから分かっているつもり。だけど、あの柚子瑠でさえもそこまで言わせるなんて。

 

「殊羅の乗る気になっていないことを祈るしかないわね」

「せいぜい祈ってな。ウチはさっさとてめえらを仕留めて、現場に向かわせてもらうぜ」

 

 柚子瑠は言い終わるとともに魔具の"終末無限の世界蛇"(ヨルムンガンド)と拳銃を取り出した。

 改めて対峙してみて、よく前は勝てたなと思ってしまう。

 しなる鞭が風を切り、果ては地盤を砕いてみせる。

 その痛快な一撃を見せられれば、嫌でも身構えさせられてしまう。

 戦わなければいけないのだと。

 そして、退けなければいけないのだと。

 あの砕かれた地盤のようになりたくないなら、全力で刃向わないと。

 戦闘員と魔法使いが出くわせば避けては通れない道。

 毎夜の如く裏社会で繰り広げられている殺し合い。これから行われることもその一部となる。

 

「前回の借りを返させてもらうぜ」

 

 振り下ろされた"終末無限の世界蛇"(ヨルムンガンド)が唸りを上げるが如く、風を斬って疾く――私たちに喰らい付こうと伸びてくる。まるでお腹を空かして死にかけている動物が見せる、危機感迫る獰猛な迫力のようなものがある。

 見掛けは二、三メートルぐらいの。そこそこな長さといったところで、到底ここまで届きそうにない。だけどあの魔具が伸縮自在であるが故に、彼我の距離なんてもちろん関係ない。

 "終末無限の世界蛇"(ヨルムンガンド)の脅威に対抗したのは、魔法を発動した覇人だった。半透明の壁に遮られ、しおらしく主の元へと戻っていく"終末無限の世界蛇"(ヨルムンガンド)

 とはいえ、さすがはB級の放った一撃。魔具と魔法がぶつかり合った時に生じた影響は凄まじく、周囲の地面が抉れていた。でも、それよりも驚いたのは覇人の魔法が押され気味だったこと。わずかだけど、衝突したときに半透明状の壁が私たちの方へと押されていた。

 たった一撃だけど、本気で殺そうとしていることが十分に伝わる威力だ。

 

「同期に対しても手加減がないわね」

「それお前が言うのかよ」

 

 うん、その通りだね。前回、容赦なく打ち負かしておいて言えたようなことじゃないよね。覇人に便乗したいけど、しない。蘭って当たり方がきついから何言われるか分からないしね。

 

「さすがにいま、B級との戦闘は避けたいところだな」

「ですが、逃げることはたぶん不可能ですよ」

「そうそう。伸縮自在だって言うんだから、背中を向けたらあっという間にやられるし、ここは攻めの一手しかないよ」

「私もそうするべきだと思うのですけど、これだけの数の戦闘員に囲まれている状況で正面から挑むのは無謀すぎますよ」

 

 周りにいるのはC級以下の戦闘員たち。ちなみに覇人以外はC級が相手でも厳しいぐらい。元戦闘員でC級の蘭からしたら、自分と同格が相手ということになる。そんなのが数十人いるとなれば、下手な動きもしようがない。

 よくよく考えてみれば、いまの私たちは完全に詰んでいるとしか言えないんじゃ……。

 

「さっき全員を生かして逃げる手段がねえ。て言ったけどよ、一つだけ。手段が出来たぜ」

「――! 本当か!」

 

 覇人が唐突に希望をもたらしてくれた。この状況なら、何を言われたって期待を持ってしまう。

 

「あいつらが乗ってきたあの車を奪って逃走する。それしかねえよ」

「……な! 何を言っているんだ」

 

 あんまりな提案に絶句してしまった。車を奪って逃走? 覇人はいたって真面目な顔つきで言っているけど、犯罪だよね、それ。いや、まあ魔法使い(わたしたち)そのものが悪者扱いされているから、別にどうってことないのかもしれないけどさ。やっぱり、こう色々と犯罪と分かっていることに手を出すのは抵抗を感じてしまう。

 

「いやいや、でもさ。それが出来たとしても誰が運転するの?」

「俺だ」

 

 提案者が胸を張る。

 

「安心しろって、免許もちゃんと持ってるからな」

 

 私と同じ年なくせして、何を平然と。

 作戦会議でわけの分からない提案が出て来て、悶々としている最中、再び"終末無限の世界蛇"(ヨルムンガンド)が襲いかかり、覇人が魔法で食い止める。今度は、覇人の魔法を砕こうと二度、三度と何度も何度も叩き付けてくる。

 なりふり構わない、力任せなやり方なだけにいつ壊されるかも分からない。さっきこの魔法が押し負けていたことから、長くは持ちそうになさそう。

 

「考えてる暇はなさそうね。このままでは全滅するわ」

「ですね。覇人くんのアイデアでいくしかなさそうです」

「……聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず一旦置いておくとしよう。だが、後できっちりと事情は聞かせてもらうぞ」

 

 また一つ謎が生まれた覇人に煮え切らない様子で纏も賛成する。長年連れ添っている親友のことが分からなくなってきているのだろうね。

 

「……分かってるよ。俺のことはちゃんと話させてもらうぜ。それに……纏にはいつかは話そうと思っていたことでもあるしな」

 

 最後に意味深に呟いた後で、耐久度が限界に達した魔法が砕ける。

 

「ともかく、車を奪うためにはまず、こいつらの隙をつくしかねえ」

「だったらあたしの魔力砲で――」

「待ってくれ――! ここは、俺に任せてもらえないか」

 

 蘭が言いかけたところで纏が割り込む。

 

「魔力砲だと、さっきのように生き残る連中が出てくるかもしれないだろ。だから、俺の魔具を使って道を開く」

 

 纏は帯刀している魔具“散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)に手を添えた。その力はたった三回限りの飛ぶ斬撃を放つことが可能な太刀だ。ここ数日は抜くこともなかったから、最大まで充電されている。

 

「だけど、それを使ったところで柚子瑠に二度目が通じるとは思えないわよ。最悪、あの魔具で取り押さえられる可能性だってあるのよ」

「分かっている。だから――すべて使い切る」

 

 収められている太刀が鞘ごと光を放ち始める。

 眩く、黒い輝きを帯びる“散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)。あの光こそが満ち満ちた魔力を放出させる前触れの輝き。

 

「すべて……あんた、まさか!?」

「ああ。前に柚子瑠が使っていたのを見て、こいつの凄さを知ったんだ」

 

 黒い輝きは更に増し、魔力量も目に見えて増幅する。

 それは、二段階目へと上がったことを知らせている光。

 まばらに飛び散る様相を見せていた一段階目と違い、光は凝固し、眩いまでの煌めきを見せている。

 もしも、夜に瞬く星を一か所にまとめるとするならば、きっとあんな輝きを見せるのかもしれない。

 

「重複だと……っ!? てめえ、そんなもんをここでぶっ放すつもりかよ」

「そうでもしないと、あんたには通じないだろう」

 

 そうして、いま――輝きは絶頂を迎える。

 際限なく溢れ出る濃密な魔力と燦然とした黒い輝きが異彩を放つ。

 それは、とてつもなく妖しくも美しい瞬き。煌めき。輝き。

 暴風を呼び覚ますほどの魔力が迸り、その発散を今か今かと待ちわびている。

 

「おいおい……冗談きついぜ……」

 

 全三段階の工程を完了させたことを知らせる至上の光が照らされる。

 その光景には、さすがのB級戦闘員もこればかりは焦りを見せている。

 大気を伝った魔力が肌に痛いのが分かる。それはこの場にいる全員が感じ取っているはず。だからこそ、受け手としてはこれ以上にない恐怖と焦りが生まれている。

 

「悪いな。全てを込めた、この一振りで終わらせてもらう――」

 

 持てる限りの力をすべて出し切られた”散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)はようやく役目を果たす、その時を迎える。

 貯蓄された魔の全財産が解き放たれ、夜を裂いて黒き刃が閃く。

 そのほぼ同時に、柚子瑠は”終末無限の世界蛇”(ヨルムンガンド)を地面に叩き付けるように振り下ろして攻勢に出ていた。

 やがて、二つの魔具がぶつかり合い、衝撃が地表を揺るがした。

 風、風、風。それは暴風と呼ぶべきほどの威力を生み出して、私たちを撫でつけていく。

 しっかりと目で見届けないといけないのに開くことが許されない。それでも、刃と鞭のぶつかり合って出来上がる結末を見届けたいから無理やり目を開く。

 と、甲高いガラスが砕け散るような音に次いで、地面に衝撃が伝わって土煙が爆ぜ上がる。

 何が一体どうなったのか。状況を確認しようとしたときに、纏の姿が目に入った。

 使い果たされた魔具からは、魔力の残滓がわずかながら漂わせ、今にも消えてしまいそうに弱く、仄かに光りを保ち続けていた。

 だけど、纏が力尽きて膝を付く動作と一緒に、まるで主に呼応して”散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)は、その名の通り、光を散らせてしまう。

 疲労困憊となった纏が気になって側に駆け付ける。

 纏はただ、気が抜けて呆然としていただけ。で済めば良かったのだけど、近寄って異常性に初めて気が付いた。

 魂が抜け落ちているような、命が宿っていないような。――そう、人形みたいに見える。生きながらに死んでいる。そんな表現に近かった。

 慌てて、茜ちゃんが無事を確かめようと纏の身体を一生懸命にゆする。すると、それがきっかけとなって纏が声を漏らした。

 

「――……っつ! 俺は、いったい……」

 

 溺れて息を吹き返すかのようにして纏は目を覚ました。

 

「巨大な力を使って気でも抜けていたのかしら?」

「……あ、いや。そう、だな。たぶん、そうなんだろうな」

 

 何とも煮え切らない様子で答える纏。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、少し眩暈でもしていたみたいだ。心配かけてすまなかった」

 

 みた感じ、気分が悪そうでも怪我がありそうでもないから、たぶん大丈夫だね。

 

「それよりも、柚子瑠はどうなった?」

「……見ての通りよ」

 

 蘭は簡単に言うけど、この惨状を見せられて、ああ、そういうことね。て一口で済むようなものではなくなっている。

 土煙が晴れ、見えてきたのは無数に切り刻まれた大地の様相だった。

 

「強力な一撃を持った魔具同士が衝突し合って爆散したみたいだな。地面にできてるのは、砕けて散り散りになった刃が斬り込んじまった跡だろうな」

 

 そう言えば、何が砕けるような音がしたけど、アレはそういうことだったんだね。

 

「す、すごい威力だね。中途半端に中断した工事現場みたいになってるよ」

「あたしには加減しろとか言っておきながら、あんたとんでもないことをしたわね」

「全くだな。俺にもアレコレ言いやがるくせにな。お前も人の事を言えねえな」

 

 蘭の言い分は理解できるけど、覇人は絶対にここぞとばかりに便乗して攻めようとしてるだけだよね。

 

「こ、これは不可抗力みたいなものだろ」

 

 痛いところを突かれてしどろもどろになりながら言い返す纏だった。

 

「それよりも、車を奪うのなら今の内にするぞ」

 

 本来の予定へと話を逸らして、これ以上言い寄られるのを避ける纏。無数に飛び散った纏の刃が戦闘員たちにも被害が広がり、絶好のチャンスになっていた。

 

「よし! じゃあ、さっさとここから逃げよう」

 

 砕けたアスファルトに足を取られながら、私たちは戦闘員たちが乗ってきた黒塗りのスポーツカーを一台拝借させてもらう。

 さて、ここから先は覇人の腕の見せ所になるのだけど、正直に言ってしまうと不安しかない。

 五人で乗るには狭苦しい車体は、マフラーを唸らせて軽快に滑り出した。


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